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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2019-09-16-Monday タネ明かし論争

今、マジック界では論争が巻き起こっている。

古くて新しい「タネ明かし論争」である。

過去には何度も同種の論争が巻き起こり、その都度意見が激しく飛び交っては、しばらくすると鎮静化したのだが、今回のは、これまでとは若干様相が異なるようである。

どうやら、スマホのツイッターやら、SNSやら、ラインやら、フェイスブックとか云うもので、激しい論争が巻き起こっているらしいのだが、何せ私の携帯は未だにガラケーなので、この種の情報に疎くて、つい最近まで、この論争のことを知らなかったのである。

更に「タネ明かし」の原因となったのがYouTubeでのマジックのタネ明かし映像にあると云うのである。

昔のタネ明かし論争は、テレビ番組でのタネ明かし問題であったり、書籍によるタネ明かし問題などであったのだが、情報機器の進歩に依って時代が変わったと云うことなのであろうなぁ〜。

テレビは、まだまだ一般家庭にはビデオ録画機能なんて無かった時代だったから、見逃したらそれまでであった。書籍も立ち読みしない限りは、金を払って書籍を買い求めることが必要であった。

しかし、YouTubeってのは何時でも無料で見られるから、昔とは状況が大きく異なる。

私がマジックを始めた頃には、先輩から「サーストンの三原則」と云うのを最初に叩き込まれたものであった。それは

.織楊世しをしてはいけない。

同じマジックを続けて演じてはいけない。

これから起こる現象を先に言ってはいけない。

の3つであった。いずれも「不思議さ」を大切にすると云うことである。

では、マジックの中において「タネ」は一体どれくらいの比重があるのであろうか?

昔は「タネ」が90%位を占めていると思われていた。しかし、近年ではその比率はかなり下がっていて、マジシャンの演技力や、雰囲気や、技術力といったものに比重が高まっている。

「タネ」を知っただけではマジックを演じることは出来ないのだ。

どんな芸能にも言えることだが、何度も何度も練習を積み重ねて、自分の一部にまですることが重要なのである。

しかし、日本の観客の中には、タネを知っただけでマジックの全てを理解したつもりになってしまう人が多い。

また、マジシャンの中にもそういう人が増えて来たようにも感じる。プロの徒弟制度が無くなって、YouTubeなどでマジックを習得しただけでプロマジシャンを名乗る人が増えた為なのであろうなぁ〜。

プロマジシャンには資格が必要な訳ではないから試験なんてものも無いが、せめて心得程度は学んでからプロマジシャンを名乗って欲しいものだがなぁ〜。

YouTube上でマジックのタネ明かしをしたら、興味本位だけの所謂素人の人が見るであろう。その内容が、面白ければ見る人がネズミ算的に爆発的に増える可能性があるであろう。YouTubeの利益構造をまったく理解していないが、検索する人が増えたら、その分利益が出るらしい。

そうなると、刺激的な映像なり、キャッチコピーなりで、視聴者を増やそうとするのが自然な流れであろう。それが流行れば、我も我もとタネ明かしをする人が増えてくるであろうなぁ〜。

マジシャンだけに限らず、マジック界に無関係のまったくの素人の参入もあるであろうことは想像に難くない。

マジック界と云うところは、「タネ明かし」と共に発展して来た。

最初は、極少数の職業マジシャンがタネを独占し、弟子に口伝することで継承されていた。

やがて、マジックを解説する書籍が発行され、一般人にもマジックのタネが公開されたのである。日本でもマジックの解説本は、江戸時代からたくさん出版されている。

昭和になると、マジック研究家の高木重朗さんが海外のマジックを翻訳して日本に紹介したが、原作者の許可を得ていなかったことからクレームが来たなどの問題も起こっている。

功罪の両面があるのであろうが、日本のマジック界の発展に於いては高木重朗さんが果たした役割は大きい。私も恩恵を受けた一人である。

マジック界では、オリジナル作品を「レクチャーノート」として出版して利益を得る方法が定着しているが、これには単に利益だけと云うよりも「名誉」の部分が大きいと感じる。こんなマジックを考えましたと発表したり、「〇〇メソッド」などと自分の名前がマジック界に残ることに喜びを見出すマジシャンもかなり多いのではなかろうか?

この「タネ明かし論争」以外にも、「超能力」が流行った時には、超常現象を超能力だと云うのか、マジックだと云うのか、曖昧のままで演るのかと云う問題が起こった。

かのMr.マリックさんも、その渦中に入ったことがある。

私はマジシャンには「品格」を求めたいと思っている。

マジックを単なる金儲けの手段としてではなく。マジシャンが「マジックに対する愛情」を持って言動をしていけば自ずから「品格」と云うものが生まれるのではないだろうか。

マジシャン同士のタネ明かしはマジック界の発展に多大に寄与するであろうが、興味本位の素人へのタネ明かしは自らの首を絞めることにつながるのではなかろうかと危惧する。

だが、どこまでが玄人でどこからが素人なのかの判別は難しい。タネ明かしがネット上で拡散し始めたら、もはや発信した人間がコントロールすることは出来なくなるから恐ろしいのである。

根本はマジックに対する愛があるか、ないかだ。興味本位にタネだけを知りたがる人に、タネを公開してはいけないと思う。

マジシャンがマジックに愛情を持ち、マジック界が品格を持って発展していくことを望むものである。


■2019-09-15-Sunday 記憶にございません!

映画「記憶にございません!」を見て来た。

三谷幸喜の脚本・監督作品である。

何度も書くが、映画はコストパフォーマンスが抜群な娯楽であると思っている。2時間ほどを1100円で楽しめるのだから・・・。

週刊新潮(9月19日号)の映画評では何と35点という低い点数であったが、13日に公開されたばかりであるし、予告編でも面白そうであったので見に行くことにした。

予告編は別名「三分間の魔術師」とか「三分間の詐欺師」とも言われているが・・・。

三谷幸喜作品はこれまでほとんどを映画館で見ている。軽妙なコメディでクスリと笑わせてくれるのが好きである。劇中に有名俳優がチョイ役で出ているのも探すのが楽しみのひとつになっている。

映画の内容を詳しく書くのは、マジックのタネ明かしと同様の行為であるから、ここでは詳しく書かないが、今回の作品は政治を扱っているだけに三谷幸喜の「逃げ」の姿勢が表れているように感じた。

「政治批判」とは言われないように、軽く茶化す程度に収めている。

また茶化す政治家も亡くなっている人にしていたようだ。

現在のトランプと安倍首相の関係性を思わせるような場面がいくつか出てくるが、時代背景を、現在ではなく10年ほど前に設定していることを強調する為なのか、携帯電話はガラケーでスマホは出て来なかった。この辺が「逃げ」というかズルイというか・・・。

重大な政治問題は一切取り扱わずに、サクランボ対アメリカンチェリーに矮小化して、左右両方面からの批判が起きないように配慮したのであろうなぁ。

一見政治風刺映画という装いであるが、単なるコントになっていた。

まぁ、気楽に見られるコメディ映画として見るならば、それもまた良いのであろうが、少々物足りなかったなぁ〜。


■2019-09-14-Saturday 集合!

この3連休に合わせて、母のひ孫たちが帯広に集合した。

姉と妹のところの子供(甥と姪)がそれぞれの子供を連れて、母のところに集合したのである。

一番年長が4歳で、以下2歳、1歳の3人である。これに私の孫(10ヶ月)を加えると、母には4人のひ孫が居る。その内の3人が集まったのだ。

夕食は、私達夫婦と弟家族を加えて総勢16人、皆が集まって食べようと言うことになり、何が食べたいかと若い連中に聞いたら「平和園の焼肉が食べたい」とのリクエストだと言う。

2〜30年程前には、やれ生誕だ、百日だ、誕生日だ、クリスマスだ、正月だと、何だかんだと理由を付けては、家族が集まっては食事会をやっていたものだったが、子供たちが高校生くらいになると、集まることもなくなったのだが・・・。

久し振りの光景に、妙に懐かしい気分になった。

焼肉というと「高い」というイメージがあるかもしれないが、平和園は安くて美味しい店である。

本州からの客人をこの店に連れて来て「腹一杯に焼肉を堪能して下さい」と言うと、とても喜ばれるが、懐にはそんなに響かないのである。それだけコストパフォーマンス抜群の店なのだ。

この日も「おじさん(私)が払うから腹一杯好きな肉を食べて良いよ」と言ったら感謝されたのであった。

早目に食べ終わった子供たちが、私のところに来たので、マジックを見せたら、幼いなりに不思議に感じたのであろう。一生懸命に真似をする。

こんな小さい頃からマジックを好きになってくれれば、将来、誰か一人くらいはマジックを趣味にする子が出てくるかも・・・。

とても楽しい夜であった。