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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2018-05-25-Friday 米朝会談中止

スンナリ行くとは思っていなかったけど・・・。

アメリカのトランプ大統領が、6月12日にシンガポールで開催を予定していた米朝首脳会談の中止を北朝鮮に書簡で送ったと云うニュース。

昨晩のニュースでは、北朝鮮の核実験場の爆破を記者団が視察していると云うニュースを放送していたのに・・・。

ここ最近の北朝鮮高官による挑戦的な発言が、トランプの逆鱗に触れたと云うことなのかなぁ〜。

元々、金正恩もトランプも、ガキみたいな精神構造の持ち主であると思ってはいたが・・・、首脳会議開催1ヶ月を切った状況での主導権争いも、互いの心理状況を、互いに読み違えていたのではないだろうか?

トランプ大統領がイスラエルの首都問題を実行したから、アメリカは2ヵ所での紛争を抱える力が無いと踏んだのか、更に、金正恩は中国を後ろ盾に出来たことで急に強気になったのだろう。ここに来て微笑み外交から急に強面外交に戻った感がする。だが、トランプ大統領の性格を読み間違っていたのだろう。交渉を有利にしようとして、ハッタリを掛け過ぎたのではないだろうか?

トランプが、韓国の文大統領みたいにズルズルと大人しく条件を緩和するハズはない。

昨晩、金正恩が行った核実験施設の爆破は、恐らくは本来の機能は残しているはずだ。全部の放棄ではないだろう。

今回の中止で、北朝鮮が、再び核の報復をチラつかせたら、トランプは「ほれ見た事か、やっぱり完全に核実験場を破壊していなかったじゃないか」と世界にアピール出来るから、さすがの金正恩もすぐには動けないだろう。それを見越しての中止発表のタイミングだったのかもしれない。

北朝鮮は、かえって、以前より状況を悪化させたのではないだろうか?

金正恩の強気は一体どこから来るのか?

本当に中国の後ろ盾があるからなのか?

単にガキの虚勢なのか?

ガキの喧嘩は、常識では判断出来ないから余計に始末が悪い。

トランプ大統領は、中東でも、東アジアでも、紛争のタネをまき散らしている。

ますます世界情勢がキナ臭くなってきたなぁ〜。


■2018-05-24-Thursday 可笑しな風潮

日本大学のアメフト部の

内田前監督と井上コーチの会見を見ていて、可笑しな風潮が流行っているなぁと感じた。

日本の政治家、それもトップである首相や副首相や、官僚のトップである財務省らの役人が、揃いも揃って皆似た様なことを言うものだから、国民も皆、それに右倣えしているかのようである。

恐らくは、自身が言った事に身に覚えがあるのであろう。が、「言っていない」と断言してしまい、後から本当の発言内容が発覚したら「嘘」になってしまうから、「記憶にない」と言っておけば、後々、裁判などになった時に、重い罪からは逃げ切れると踏んでの発言なのであろう。

だが、現在は、同時刻に国民が見ているのだから、「イメージ」の良し悪しと云うものが後々に、もっと重大になって自身に跳ね返ってくることを理解しておかないとならないだろう。あんな歯切れの悪い会見は逆効果でしかないだろうなぁ。

前日の、反則タックルを行った日大の宮川選手の会見にも違和感を覚えたが・・・。

「乖離」があったと言う監督側の発言は、恐らくは率直な感想なのであろうと思う。

宮川選手側の会見でも「はっきりと監督から反則をしろ」と言われてはいない様子が窺える。

監督の内心までは分からないが、恐らく「反則に近いラフプレーをしろ」とは心の中では思っていたのであろうなぁ〜。

それでもまさか、宮川選手があんなにアカラサマに反則をやらかすとは思っていなかったのであろうなぁ〜。それが「乖離」発言につながるのだろう。

念の為に言っておくが、私は反則行為を奨励している訳ではない。だが、スポーツはフェアプレーでとは言いながらも、サッカーだってゴール前では相手選手のユニファームを引っ張ったり、審判に見えないところで小さな反則行為をしているではないか。だが、今回の反則は、そんな小さな反則とはまるで次元が異なる。傷害事件になるかもしれない重大かつ故意の犯罪である。下手したら相手が再起不能になってしまう危険性がある悪質な障害行為だ。

問題は、その反則行為の後の日大側の反応である。

内田監督がたとえ「アッチャ〜、バッカ野郎、どうせやるなら、もう少し上手く(反則)やれよ」と思ったのだとしてもだ、あれだけアカラサマで悪質な反則を見たら、それが今後どんな問題を引き起こすかに頭を回さなければならない。それが監督の役目だろうに・・・。

だが、どうも、この内田監督は、自身の保身だけに走った様だなぁ〜。

アメフトの監督は辞めてもよいが、日大の常務理事は辞めたくないのであろう。

それが、今回の会見にも如実に表れていた。

笑っちゃうのは、会見の後で、体調不良で入院したというから、どこまでクダラナイ政治家の真似をしようと云うのだろうか・・・。

会見の司会をやった日大の広報担当の人間の対応もかなりヒドかったよなぁ〜。今回の問題で、日大のイメージはかなり悪くなったと思うよ。日大がこのまま内田氏を常務理事に留める様な判断をしたら、存続の危機を招く事態にまで発展する可能性すらあるのではないだろうか?


■2018-05-21-Monday 三度アンコール

この題名はカンボジアのアンコール・ワットの

アンコールと劇場などでのアンコールを掛けている。

19日(土)13時からNHKのE−テレ「こころの時代」で、帯広出身の上智大学の石澤良昭教授の「アンコール遺跡 亡き友への思い 心の復興」の再放送がされた。

前回の放送を見て、アンコール王朝の謎についてあれこれ考察していたのだが、三度、疑問に思ったことを書いてみる。

それは、ジャヤヴァルマン8世による廃仏毀釈の理由についてだ。(年代など細かい部分は重複するので前のブログを参照の事)

13世紀のカンボジアでは、地元の精霊信仰、ヒンズー教、仏教がゴチャ混ぜになっていたことを書いた。多神教の世界観である。

歴史上、多神教 → 一神教になる際にも、民衆はすぐ素直には宗旨を変えない。宗教と云うものは根深いものである。

では、宗旨変更の原動力とは一体何であろうか?

私は「恐怖」であると思う。つまり唯一絶対神によって「罰」を与えられるという恐怖心だ。多神教の神よりも一神教の神のパワーの方が圧倒的に強いからだ。それはそうだろう。大勢で分担するよりも、一人が全ての権力を握っている方が、その力は大きく強いのが当たり前だ。

だから、それまで信仰していた大勢の神よりも強力なパワーを持ち、与える罰も圧倒的に強力な唯一絶対神は、恐怖の力で民衆の信仰を勝ち取るのだ。

だが、当時のカンボジアでは、精霊信仰もヒンズー教も仏教も混じり合っていた。J8世王が、この内の仏教だけを排斥したのは何故なのかと云う疑問がどうしても消えないのだ。

従前から言われていた。王権奪取(日本の様な万世一系ではなく、王位は実力で奪取出来た)の際の前王らへの「怒り」や「憎しみ」と云う感情だけでは宗旨変更は行われないのではないだろうかと思うのである。

私は宗旨変更の原動力は「恐怖」であると考える。ではこの「恐怖」はどこから生まれたのだろうか?

私は、J7世王がある種の「タブー」を犯したのではないかと推察する。

2004年にカンボジアを訪問した際に、石澤教授に案内されて聖地プノン・クレーン丘陵を訪れた。ここで石澤教授から「王たる証は、大寺院・都城・王宮の3つを建設すること、26人居る王の中でこの3つを揃えられたのはたったの4人だけ」と教えられた。

J7世王は、前の王が建設した建物を改築して済ませたと云う。新たに造るよりも合理的な考え方である。しかし、これは「タブー」だったのかもしれない。

大寺院・都城・王宮を新しく造ると云う思想は「穢れ」を嫌うことに通じるのかもしれない。J7世王は、仏教を信奉し、新しく造ることを止めて改築で済ませた。この「タブー(禁忌)」を犯しても、何事も起こらなければ何の問題も生じない。

想像にしか過ぎないが、J7世王、若しくは民衆に、何らかの「災い」(戦争・疫病・飢饉など)が発生したのではないだろうか?

洋の東西を問わず、古代の王権の側には、宗教を司る魔術師的存在が不可欠である。おそらくクメール朝でも、王様の横には、魔術師もしくは呪術師的な人物が居たはずである。

これまた洋の東西を問わず、宗教を司るには、特殊な才能というか「血」が不可欠とも考えられてきた。

だからクメール朝の王権の一族は力で取って代わることが出来ても、宗教を司る一族は能力を繋ぐ「血」であるから、そう簡単には代わらないであろうと思われる。だが、宗教的な部分を司る一族にも権力争いはつきものだ。

宗旨が変更されると言うことは、前の宗教を司っていた一族と新しい宗教を司る一族が入れ替わることを示している。

追い出された一族は、その追い出した相手を宗教によって「呪う」であろう。

三島由紀夫の戯曲に「癩王のテラス」と云う作品がある。三島がカンボジアを訪れた際にアンコール・トムにある癩王像を見て、J7世王が癩病に罹ったと云う民間伝承を聞いてインスピレーションが湧いて書いた作品だと云う。

現在ではこの「癩王像」は、碑文から「閻魔大王像」であると言われている。この「癩王像」の指が欠けていたり、苔などが癩病患者の様に見えたのだろうと言われているのだ。しかし、民間伝承と云うのはあながち捨てたもんじゃないとも思うが・・・。

まぁ、この説の真偽はさて置いても、J7世王の時代に、仏教を信奉したことでクメール王朝に何らかの災いが発生したのであろう。

それは、おそらく、宗旨変更に依って追い出された呪術師の「仏教」に対する「呪い」であると民衆などは思ったのではないだろうか。そう仕向けた人間がいたのかもしれない。

その「呪い」を取り除く為には、「タブー」を犯して始めた仏教よりも強力な「神」の力が必要になる。それがヒンズー教の破壊神たる「シヴァ神」だったのではなかろうか?

破壊神「シヴァ」の全てをゼロにして再生すると云う能力でクメール王朝を建て直す必要があったのではないかと考える。

だから、J8世王は「呪い」が掛けられた仏像を捨てさせ、もう「呪い」は解かれたぞと民衆にアピールしたのではないだろうか?

前回のブログにも書いたが、憎んでいる王様の名前を継承すると言う行為は心理的には有り得ないと思うのである。

まぁ、こんなことをつらつら考えていても、考古学的に新たな証拠が発見されない限り証明はされないから、ただの知的好奇心に過ぎないんだけどね。でも、こう云う想像って面白いなぁ〜。