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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2008-05-01-Thursday 春夏冬

と書いて「商い(あきない)」と読ませる。

「秋が無い」→「あきない」ということだ。

もう一つ、昔から言われていることに「商い」は「飽きない」だ。というものがある。客に飽きさせないように常に色々な事(新商品の開発・イベントetc.)をやり続けるということだ。しかし、商売自体の質がここ数年の間に随分と変化したように感じる。

例えば、デジタルカメラで撮影をしたら、すぐに自分の家でプリントすることが出来るようになったことなどである。フィルムのカメラであれば素人は自分で現像など出来なかったからカメラ屋さんに持って行くしかなかった。

デジタルカメラで自宅にコンピュータがあり、プリンターまであったら、全部自分で処理出来るようになったのである。

案内状や年賀状や名刺なども自分で作れるようになったから、印刷屋さんに頼まなくてもよくなった。ホテルの予約や航空券の手配も自分でインターネットで出来るようになったから旅行社に頼む必要がなくなった。商売あがったりである。

でも、これが果たして本当に良いことなのだろうか?

このままの状態が進行していけば、個人が営める商売というものが極端に少なくなってしまうではないか。

今の子供たちが大人になった時に、一体どんな商売が残っているというのだろうか?

完全に自給自足が出来ない限り、商店主も従業員も消費者の一人なのである。

大企業は効率化と称して、機械化したり正社員を減らしたりしてドンドンと人手を省いていっている。このままいけば大企業という「箱」だけは存在するが、肝心の消費者が居なくなってしまうし、消費者が居なくなってしまっては、大企業といえども成立しないのではないのだろうか。

こんなことは多くの人が既に気付いているはずだが、目先の利益確保の為には止むを得ないとばかりに突き進んで行くだけである。

一握りの大金持ちに、大多数の人が施しを受けて暮らす世の中というのはどんな社会なのだろうか?そうなった時に人間の尊厳は保てるのか?

ある程度の発展や成長も必要だとは思うが、社会全体で職業を分かち合い、自分の職業に誇りを持って暮らす世の中の方が健全な社会なのではなかろうか?必要以上にお金を持っていたってお墓には持っていけないのだし、ある程度の収入で我慢する事ってできないのだろうか?

どうも日本の進んでいる方向性が誤っていると強く感じる今日この頃なのである。


■2008-05-02-Friday 筋肉痛

29日にの朝散歩していたら太腿の筋肉が痛い。

年をとったのか最近は筋肉痛になるのにも反応が鈍くなって、翌日ではなくて二日後になるようになったのだが、ゴルフをしたのは24日だからすでに1週間も経ってるし、何で筋肉痛になったのか見当がつかなかったのだ。

色々と考えながら歩いている内に、フト思い出したのが、27日に兄弟全員が弟宅に集まって夕食を食べた後に、ニンテンドーのWiiというゲームをやったからではないかと思い当たった。

そういえば、白いプラスチック製の板の上に乗って、スキー、スキージャンプ、バランスゲーム、体力年齢測定、玉落としなどのゲームをして遊んだのであった。

きっとその時にゴルフでは使わない筋肉を使ったのだろう。たかがゲームで筋肉痛になるとは・・・。

しかし、人間の感覚とはいい加減なものである。テレビ画面の映像に脳がものすごく影響を受けていることが分かった。実際にその競技をやっているかのように感じるのである。

デイズニーランドなどのアトラクションで乗り物がその場で揺れたり、前後左右斜めに動いたりするだけなのだが、その振動に合わせて周りの風景が変わるとそこに居る様な錯覚を覚えるものがあるが、乗り物に乗っている訳ではないが、それの小型版のような感じだ。

映画に出て来たバーチャルの世界は近いなと思った。

私たち大人は、それがバーチャルな世界だと初めから判っているから娯楽として楽しんでいるが、生まれた時からこのようなものを経験していたら、ウソと現実の区別が付かなくなってしまうのではないだろうか。

どこかで何等かの歯止めが必要だと思うのである。


■2008-05-03-Saturday 髪の毛

久し振りに妻から嬉しいことを言われた。

「アラッ、あなたの髪の毛増えたんじゃない!良かったわネ〜」と、「エッ、そうか〜?」と早速普段、自分では見ることの出来ない頭頂部を合わせ鏡で見てみたら、以前より地肌が見えにくくなっているように感じた。そういえば、最近、朝起きると髪の毛に「寝癖」が付くようになってきたのである。

ここしばらく、寝癖とは「おさらば」していたのに。

ようやく、ヘアーケアーの効果が出て来たようだ。

4月17日から医者の処方箋で購入する経口薬の毛生薬を飲み始めた効果もあるのかも知れない。購入した薬局の店主に報告したら、成功事例として残したいから写真を撮らせて欲しいと頼まれた、が、恥ずかしいから断った。

その薬局の店主も頭頂部が薄くなりかけているから、「あなたも飲んだら如何ですか」と言ったら、「薬は身体に毒だから、私は一切薬は飲まない」のだと言うではないか。そのくせ「この薬はずっと続けて飲まないとダメだ」とも言う。

俺はモルモットか!でも、髪の毛は重要だしなぁ〜。

「後は、この出ぱったお腹を引っ込めれば、また女にモテルようになるぞ!」と独り言を言ったら、妻にしっかりと聞かれてしまった。

妻が言うには「あら、あなた、女にモテルつもりだったの?」「「私はあなたのお腹と頭髪がカッコワルイから一緒に歩きたくないだけなのよ」と。

結局、心配してくれたのは夫の為ではなく、自分の為だったのか・・・


■2008-05-04-Sunday 道新、朝の食卓25 

北海道新聞2005年7月16日掲載「晴れ男?」

結婚二十年目を迎えて梅雨真っただ中の六月中旬に、沖縄方面にハネムーン以来の夫婦水入らずの旅に出た。

「梅雨が明けてから行きたい」と言う妻を、「俺は晴れ男だから」と強引にスケジュールの隙間に日程を入れた。

宣言通り、移動中は雨が降っても、見学する時には見事に晴れて傘いらずで、晴れ男の面目躍如であった。ただし、一日を除いては・・・。

西表島の港からホテルに向かう途中で運転手さんが「今から雨の壁の中に入ります」と言う。五十メートルほど先で雨が激しく降っている様子が車中からも分かる。滝に突入したような感じでワイパーなど役立たないものすごい豪雨だ。この雨が一日中降り続いた。

ホテルは日本最南端の温泉で露天風呂を水着で楽しむ場所だったので半分やけ気味で露天風呂に入った。風呂で体が温まったら雨のシャワーで冷やすことを繰り返すのだが、これが思いのほか心地良かったのである。しばらく一人で楽しんでいたのだが、いつまで待っても妻が出て来る様子がない。しばらくすると近くの山にすごい雷が落ちたのでさすがの私も恐くなって内風呂に替えた。

妻は「そんなばかなことをする人間はいない」とあきれていた。一緒に楽しもうと思ったのにいまだに夫の嗜好を理解していない。

めったにできない面白い体験だったのに・・・。


■2008-05-05-Monday 道新、朝の食卓26 

北海道新聞2005年8月30日掲載「百聞は」

七月中旬に山形県で講演してきた。梅雨の真っただ中であったが例によって私は晴れ男、連日快晴でかえって暑過ぎるほどだった。

名産のサクランボの収穫が終わった直後だったが、兼業農家の役場の課長さんが「一本だけ収穫をしないで、あなたのために残しておいた」とうれしいことを言ってくれた。

その場でおなか一杯に食べたが、とても一人で食べきれる量ではない。取らなければ後は鳥の餌になるだけだからと、大きな箱一杯に取って渡された。いったい何万円分のサクランボを食べたのだろうか?

翌日、松尾芭蕉の「閑さや 岩にしみ入蝉の声」の俳句で有名な山寺・立石寺に連れて行ってもらった。ストレートなだけのこの句がなぜ名句なのか正直理解できずにいた。

ご丁寧に蝉まで鳴いてくれる中、千十五段の急な石段を汗だくになりながら山頂の奥の院まで上ったが、訪れる前にイメージしていた「山の寺」ではなかった。荘厳さが漂う立石寺を前に、十七文字でこの場所を表現するにはまさにこれしかないと納得した。やはり百聞は一見にしかずである。これからは先入観を持たずに素直な気持ちで訪れよう。

騒々しい下界に戻ると膝がガクガク笑う、運動不足を嘆きながらも妙に贅沢な気分の山形であった。


■2008-05-06-Tuesday ゴルフ

GWはゴルフ三昧であった。

例年はGW明けから始めるゴルフであるが、今年は温暖化の影響か、雪解けが早くゴルフ場の状態も良い。十勝の場合は、5月中旬でもコースの地面がグチャグチャのケースが多かったので、コースの状態が良くなってから始めるのが例年なのである。

ゴルフといっても私の場合は、まだ、コースの地面が雪解けで柔らかくて6インチリプレース(コースの状態が悪い時はそのゴルフ場のローカルルールでボールを拾いあげて6インチ以内に置き直しが出来る)をしたりするとゴルフがつまらなくなるから行きたくないとか、雨、風、寒さなどが強い時はやりたくないとか、もともとかなり我儘なプレーヤーなのである。

ここ10年間ほどは、忙しくて年に12〜15回しかプレーが出来なかった。もともとの練習嫌いだからハンディキャップ(HC9.7)通りのプレーなど出来はしない。本来なら自分の現在の実力に合わせるのがHCの意味なのだから、HCを下げれば良いだけなのだが、仲間が下げさせてくれないのである。それに私にも多少のプライドもあるし・・・

それでいつも苦しいゴルフをやっているのである。しかし、ゴルフは回数であることが判った。今年は既に例年の半分の回数に当たる6回もプレーした。すると昔の感覚が徐々に戻って来た様に感じるのである(スコアはまだ戻ってないが)。

GW中は所属するクラブの競技会に始めて参加した。まったく見ず知らずの人たちとプレーするのである。しかも皆シングルプレーヤーだし、バックティー(一番後方のティグランド)からのプレーなのでとても緊張した。

その緊張の為か、初めて誤球というのをやってしまった。185ヤードのショートホール(パー3)でグリーンに向かって打った私のティーショットの球がグリーン左手前のバンカー(砂場)の右側に落ちてグリーンにはわずかに届かなかったように見えた。次に打った人はそのバンカーに打ち込んだように見えた。

実際には私の球は左に跳ねてバンカーとグリーンの間にあり、次打者の球はバンカーから右に跳ねてグリーンの手前にあったのである。つまりお互いの球がクロスして落ちたと思しき場所が逆になっていたのであるが、ティーグランドから距離が離れているので最後の球の跳ね方がよく見えなかったのだ。

私はてっきり自分の球が右側にあると思い込んでしまったのである。

次打者の人も自分の球がバンカー内に落ちたと思っているのでサンドウェッジを持ってバンカー向かったのだが、球がバンカーから出ていたのでクラブを取替えにキャディさんのところに戻って行ったという間の悪さも手伝って、私は先に次打者の人の球を打ってグリーンに乗せてしまったのである。球の感触が違うのですぐに気が付いたが後のまつり、誤球の罰打は2打+である。ガックリ来てしまった。

やはり「思い込み」はいけないのである。キチンと確認しなくては・・・

ゴルフというのも人生の良き師なのだぁ〜。


■2008-05-07-Wednesday タンポポ

わが家の庭中にタンポポが咲いている。

さながら黄色い絨毯の様である。

4日の午前中にゴルフから戻ったが、午後から何もすることがなかったので、庭のタンポポ取りを始めた。

初めは一本ずつ根っこから抜いていたのだが、タンポポの根は深くてとても時間が掛かるのだ。それに数も多過ぎて、とても一本ずつ抜いていることは出来ないなぁと考えて、鎌を持ち出して花を刈り取る方法に変えたのである。これなら手っ取り早くて良いわいと庭中のタンポポの花を刈り取ってしまった。

ところが今朝(7日)会社に出勤する時に庭を見たら、また庭一面に黄色いタンポポの花が咲いているではないか。なんという生命力であろうか。

やはり、手抜きをしないで一本ずつ根っこから抜かなくてならないようだ。

ニュースではチューリップの花を切る事件が多発していたが、同じ花なのにタンポポとチューリップとでは扱われ方が随分と違うものである。

タンポポだって同じ花だし、一面に咲いているのはある意味では綺麗なのだから、開き直ってそのままにしておこうかしらとも思うのだが、タンポポはそのままにしておくとメチャクチャな勢いで増えてしまい、近所にも迷惑を掛けるから、やはり取らなくてはならないのだろうなぁ。

そういえば、昔、祖母がタンポポの葉を採ってきて、「おひたし」にして食べていた記憶があるので調べてみたら、今生えているタンポポはセイヨウタンポポという品種で明治時代に食用として植えたということが判った。根はコーヒーの代わりにもなるという。

タンポポは生命力が強すぎて増え過ぎた為に雑草化してしまい嫌われたのだろう。

食糧難の時代に備えて「タンポポ」の食品開発でもやってみるか。原料は無尽蔵にタダで存在するのだから。


■2008-05-08-Thursday GW

今年のGWにも何処にも出掛けなかった。

わが家ではGWに何処かに出掛けて行ったということがない。私が小学校4年生までは職住一致であったし、商売をやっていたので土日祝日は稼ぎ時だから休日に仕事を休む事ということはなかった。

小学4年生時に家と店舗が火事になり、住宅を別な場所に建てたから、職住一致のせわしさからは開放されたが、親が商売をやっているから依然として日曜祝日には親は仕事を休めない。

大学を卒業してから親の会社に入社したが、寄合デパートをやっていたので休日は毎月第1・第3木曜日だけであった。

地方の零細企業なんて皆こんな程度のものだった。物心ついた時から日曜祝日は学校は休みでも、親は休みではないとずっと思っていたのである。それが当たり前になっていた。

小学校の時にはサラリーマンや公務員を親に持っている子供達はGWにどこそこに行ったと、休み明けに学校で自慢していたのだが、その数は少数だったのでさほど気にもならなかったものだ。私が通っていた帯広小学校は親が商売をやっている家庭が圧倒的に多かったのでGWは友達同士で遊ぶ週間だったのである。

中学生になって第三中学校に通ったら、公務員やサラリーマンの親の数が多くなった。親の世代も昔より余裕が出て来たのであろう。GWに旅行に行く家庭が増えてきた。

父に「皆と同じ様にGWにどこかに連れて行って欲しい」と頼んだら、「GW中はどこも混んでいるし、料金も高くて、サービスも悪いんだ。こんな時に出掛けるのは愚の骨頂だ。」と言われて断念したことがある。子供心には行けない言い訳にしか聞こえなかったものだ。

父の会社の仕事が「寄合デパート」だった時には土日祝日がなかったが、仕事内容を「貸しビル業」に転換してからは、カレンダー通りの休みに変更したので、GWは休日になったから、一度だけ家族旅行をしたことがあるが、以前に父が言った通りにGWに旅行などするものではないということを痛感した旅行になった。

北海道内はGWの頃はまだ雪解けが完璧ではないから、観光的にも端境期にあたる。無理して行っても楽しめない。道外に出るのは並ぶ事が苦手な人種にとっては地獄の苦しみだ。

それ以来、会社は休みにするが旅行には出掛けないGWになったのである。


■2008-05-09-Friday 変な天候

なんて変な天候なのだろう!

今日の天気予報では北見網走地方では雪が降るという。ついこの間は同じ北見網走地方ではフェーン現象で30℃を越えたと言って驚いていたのに・・・

十勝地方も北見網走ほどではないにしろ、気温の上下幅があり過ぎる。半袖で良い日もあればストーブを点ける日もあるのである。これはやはり異常と言わざるを得ない。三寒四温てなもんではないのである。

今日は雨が降っているが、今年は異常に雨が少ない。降ってもお湿り程度ですぐに土も乾燥してしまう。南半球のオーストラリアは去年に引き続いて大旱魃だという。世界的な人口爆発や中国などの途上国の工業化による農地の減少や異常気象によって引き起こされるであろう食糧危機に対して、日本では人口が減少しているから危機意識がまるでないかのようだ。お金さえ出せば食料は簡単に手に入ると高をくくっているが、本当の飢餓が来たら食料輸入なんてそう簡単にはできないであろう。人は食べなければ生きていけないのだから。自らの生存がかかっている時に、食料より金銭を選ぶだろうか?金では腹は満たせない。最貧国と言われる国だって、いよいよの状態になったらいくらお偉方が金儲けをしようと思っても、国民側が命がかかっていれば黙ってはいないだろうし、おそらく暴動になるであろう。地球環境問題から言ってもフードマイレージが多すぎる国は非難される。

日本の食糧自給率が39%では心元ない。十勝は食料自給率1000%と自慢しているが人口が36万人しかいないのだから10倍の360万人分でしかないのだ。

この320万人分の余剰を活用した戦略的な振興策を早急に考える必要があると思う。農協のただ売れるところに売るだけの政策では足りないと思うのである。

都会に暮らす人間が貴重品を田舎に持って行って食料に替えた、終戦直後のような食料不足がそこまで来ているかもしれないのだ。


■2008-05-10-Saturday 道新、朝の食卓27 

北海道新聞2005年10月7日掲載「静電気」

指先にビリビリッとくる静電気に悩まされる不快な季節がやってきた。私はこの静電気というやつが大嫌い(好きだと言う人は聞いたことがないが・・・)なのに、人一倍帯電しやすい体質のようで、車から降りる時や、金属製のものに触れるたび、バチバチと音を立てて火花が散る。

この季節にはドアノブに触れる時に人差し指の爪でチョンとはじいて放電させてから触るのが癖になっている。当然、自宅や会社は乾燥させないように加湿器をたくさん置いて自衛しているが、困るのは、出張先で泊まるホテルだ。絨毯敷きの廊下の場合は最悪で、歩くたびにたっぷりと帯電しているから、そのままドアノブに触ろうものなら悲鳴をあげてしまう。強烈な静電気で持っていたカメラの日付機能が初期設定に戻ってしまったこともあった。

風邪を防ぐ意味も兼ねて、部屋に入ったらすぐにバスタブにお湯を入れ、バスルームのドアを開ける。寝る時もお湯は抜かず枕元には湿ったタオルを置く。これで少しは防ぐことができる。

最近石油製品が値上がりしているが、安くてもセルフ販売のガソリンスタンドでは怖くて給油できない。

心臓の弱い方は、この時期、握手などで私に触れる時にはご用心!


■2008-05-11-Sunday 道新、朝の食卓28 

北海道新聞2005年11月21日掲載「すれ違い」

便利になり過ぎるのも考えものだ。地方の学校に行っている子供たちから毎日の連絡が無いと妻がカリカリしている。わが身を省みて、学生のころ実家に電話したのは月に一度の「金送れ」の時だけだったじゃぁないかと言うと「時代が違う!」と怒りの矛先がこちらに向いた。

かつて銭湯が空になったという伝説のラジオドラマ「君の名は」(昭和27〜29年)のようなすれ違いは、国民のほとんどが携帯電話を持つようになってからは有り得ない話になってしまった。

昭和三十年代生まれの私の世代なら、生まれる前だった「君の名は」の世界も、便利さにそう大差が無いから分かるが、現代の若者なら「携帯を使えば良いのに」と不思議がって言うだけだろう。ここ最近の便利になるスピードは加速度的な速さでついていけない。

かつてどんな人たちが待ち合わせていたのか、想像をめぐらすのが楽しかった駅の伝言板も見かけない。出会いの感動や面と向かっての会話がない世の中になったと思う。

「便利も過ぎると情緒に欠けるし、ドラマが消えちゃうよなぁ」とつぶやいたら「出会いのすれ違いは少なくなっても、感情のすれ違いは増えたわよ」と妻が言う。それが一般論なのか自分たち夫婦のことなのか怖くてとても聞き返すことができなかった。


■2008-05-12-Monday 変な天気

竜巻に似た「じん旋風」が起きた。

昨日、11日に帯広市の緑ヶ丘公園で開催された「おびひろ桜まつり」で、突然、小型の竜巻のようなじん旋風が起きて大騒ぎとなったニュースが流れた。

「おびひろ桜まつり」も例年なら桜が満開の季節だが、今年はすでに桜は散ってしまい。さながら葉桜を見ながらのジンギスカンパーティのような感じであったろう。

この時期ですでに桜が散っているから温かいのかと言うと、ここ2,3日は雪が降りそうな寒さなのである。暑かったり、寒かったりが極端で実に変な天気なのだ。

ニュースによると、突然、渦巻状の風が起きてテントやダンボール、シートなどを20メートルほども巻き上げたという。新聞にはダンボールが空中高く舞い上がっている写真が出ていたが、現場にいた人たちはさぞや驚いたことだろう。

帯広測候所の見解がこれまた面白かった。

地表の気温が11度と低いところに、太陽が射して、更にジンギスカンの焼肉の台が200台も一箇所に固まってあったので、その焼肉の熱で上昇気流が発生したのではないかというのである。

大きな怪我が無かったようだから幸いであったが、まさか外でジンギスカンをやるのにこんな危険があるとは思わなかった。

ミャンマーの巨大サイクロン被害もそうだが、今後の地球環境の劇的な変化で、どんな気象状況になるのかは予想も付かない。

一部の学者は、「地球温暖化なんて」と軽く考えていたり、人間のセイではなく、地球の周期なのだとか言っているが、いずれにしたって、地球の気候が大きく変化していることは事実だろうと思う。

転ばぬ先の杖になるかもしれないが、対策は取っておくに越した事はないと思う。なってしまってからでは遅過ぎるのだから。


■2008-05-13-Tuesday 欠如

日本人は考えるということを止めてしまったのだろうか。

昨晩(12日)愛知県警の熱田署で事情聴取を受けていた男性が火達磨になって死亡したというニュースを見た。

ニュースでは別れ話で内縁の妻と喧嘩して、灯油をかぶったところを保護された男を取調室で事情を聞いていて、男にタバコをせがまれた署員がタバコを渡したら、その火が引火して火達磨になったという。

バカじゃないのかと思うしかないほどのバカな警察官だ。

その警察官の年齢は出ていなかったが、どうも、最近の日本人は老いも若いも、「自分がする行為がどの様な結果を生み出すか」ということに関しての想像力が著しく欠如しているのではないだろうか?と思う。

事情聴取を受けている男性側も、引火させて自殺しようとしたのか、それとも、本当にホッとして一服するつもりだったのかは判らないが、警察官は灯油をかぶった服をそのままにして、タバコを渡すという行為が、どのような結果を生み出すのか分からなかった、というより、最初から考えることをしていないのだと思う。

馬鹿馬鹿しいと言えば、船場吉兆の「食べ残しの使い回し」も同じ次元だ。基本的に反省が無いから、情報を小出しにしては傷口を広げている。最初から全部、膿を出しておけば昔の話でこんな扱われ方はしなかっただろうに。

危機管理能力の欠如である。これまで、いくつの大会社のお偉方がテレビの前で頭を下げてきたのか。その度に、危機管理のやり方も出ていたではないか?まさか自分の所はそんな事態にはならないと高をくくっていたのだろう。学習した気配がまるで感じられないのである。

船場吉兆の「ささやき女将」は学習能力が欠如している人である。

きっと、この御仁はまったく反省などしていないのだろう。

せっかく造った料理を手付かずで捨てるのが「もったいない」というのはまさしくその通りである。しかし、高額の料金を取って料理を提供している料亭のする行為ではない。プロ意識の著しい欠如である。

料理人のプロを育てようという意識が、この女将にあったなら、若い職人に「まかない食」として食べさせて、味を覚えさせ、舌を鍛えさせれば良かったのである。きっと使用人に食べさせては金は取れないから「もったいない」とでも思っていたのだろう。

職人を育てるより、目の前の金しか目に入らなかったのだろうと思う。

どうも世の中の、政治家から大会社の社長さんまで、皆、深く考えることを止めてしまったかのようである。

世の中のスピードが速くなって、皆から余裕がなくなっているからなのだろうか?

ミヒャエル・エンデの小説「モモ」を読んでみると良い。きっと皆、灰色の男達に時間を盗まれているのかもしれないなぁ。


■2008-05-14-Wednesday 後付の理論

事後にあれこれ理由を付ける事は誰にでも出来る。

事前にこうなると思うから、こうしようと言って実行することは難しい。

何にでも当てはまる事だが、先日、「まちづくり」の会議で「『職住一致』が望ましい。街中に商人が住まないのは間違っている。」という御仁がおられた。確かにその通りである。私もそう思う。しかし、「商人は今すぐ、皆、1〜2階を店舗にして、3階以上に暮らせ!」と言うのは如何なものかとも思う。今すぐというのは理想と現実を考慮していない極端な考え方ではないだろうかと思うのである。

昔(昭和42年まで)のわが家は職住一致であった。わが家の場合は火災によって職住不一致になったのだが、当時の風潮は、商人は郊外に自宅を建てて店に通うという生活を選んだ人が多かったのである。

いわゆる「時代の流れ」というやつである。

昔のわが家は、住み込みの従業員の人たちも大勢いた家だから、プライバシーなんて無かったし、ゆっくりできる時間も無かった。土産店を20時頃に閉店してシャッターを下ろしていても、夜中や早朝にドンドンとシャッターを叩いて「これから出張に行くのでお土産を買いたい」などと言う客がかなりの数いたのである。土産店の隣でダンスホールやビヤホールなどの夜間の営業もしていたから、昼夜の関係がなかったという事情もあったが、商人だって人の子である。いくらサラリーマンとは違うとは言っても、ゆっくりと自宅でくつろぎたいと思う時だってあるだろう。

時代は高度成長期、人口も収入も右肩上がり、皆が裕福になり、人々の考え方も変わっていった。商人に生まれた宿命だから自宅を諦めるという時代ではなかったのである。

郊外にドンドンと住宅地が広がっていったし、当時の考え方は、「住宅は金を生まないから固定資産税が一番高い場所に住むのはもったいない。土地の高度利用を図るべきだ。」というものだった。中心街は商業ビル化され、そこに住む人は少なくなった。

人の嗜好というのもあるだろうが、足が地面から遠いビルの上で暮らすのはどうにも落ち着かないという私のような高所恐怖症の人間も居るのである。

特に地震などの災害が怖い。電気や水道などのライフラインが止まった時のことを考えると、人間はエレベータなどに頼らずに自分の足で上り下りの可能な階数に暮らすべきだとも思っているのだ。

だが、人口が減少する時代の考え方は増えていく時代とは根本的に変えなければならないと思う。

私が理想とするのは、1階が店舗やコミュニティ施設、2階は老人用の住宅、3階には中年の住宅、4階には若者用の単身住宅、共用の中庭があって、エレベータは不要、その分広い階段をつければ良いのである。年齢と共に住む階数を下げていくことでコミュニティを維持するのである。人々が集まって暮らす必要があると思うのである。老人だけの街では活気がなくなるから、若者用の住宅は家賃を極端に安くして、その分を掃除や介護などのボランティアをしてカバーするようにしたら良いと思う。

街中は、車を排除して、広場を造り、人々がその広場に自然と集まってくるような街が理想だ。今から12年前に公表した理論で、10年掛けて徐々にそうしていこうと呼び掛けたのである。あの時に着手していたら今ごろは実現していたかもしれない。

だが一人で思っているだけでは実現はしない。街の将来像と今後の生活に対する危機意識を共有した人が大勢いなければ実現は不可能なのだ。

後からこうしておけば良かったという後付け理論では駄目なのである。


■2008-05-15-Thursday 思想

重大な事業を成し遂げるリーダーには確固たる思想が存在する。

大勢の人たちが共感できる思想が無いと、方法論やシステムだけでは他人はついて来ないものなのだ。

そして、その思想には太い柱が必要なのである。簡単に折れてしまったり、曲がってしまったりしては他人の信頼は得られない。一旦構えたらどっしりと構えていなければならないのだ。

かといって、ただ頑固なだけでは逆に困りものになってしまうだけだ。思想を築き上げる為には人間としての懐の深さや引き出しの数の多さが重要になってくる。つまり、普段からの勉強や他人の声を謙虚に聞く姿勢が大切なのだ。

「弱い犬ほどよく吠える」と言うが、自分に自信が無い人間ほど去勢を張りたがるものなのである。

過剰な反応というのも自分に自信が無いか、余裕が無い事の現われであろう。「金持ち喧嘩せず」「柳に風」「カエルの面にションベン」と我関せずで放っておけばよいのである。過剰な反応を見せて、稚拙な対応をするから相手につけ込まれるのである。

事業の根本は何であったのか、いつも初心に帰って、省みることである。

他人が喜ぶ仕事、他人が幸せになる仕事を心掛けたいものである。


■2008-05-16-Friday 結婚記念日

今日は私たち夫婦の結婚記念日である。

私たちが結婚したのは1985(昭和60)年5月16日(木)だから今回で23回目の記念日だ。

今回の記念日を機に色々なことを考えてみたが、23年間というと、夫婦生活の期間が、親と同居していた期間よりも長くなることに気がついた。妻とは小学校からの同級生で、共に27歳で結婚した、二人とも4年間は東京で大学生活をしていたし、卒業後は二人ともすぐに帯広に戻って来て再び親と同居したから、27−4=23で今日を境に夫婦生活の期間の方が長くなるのである。

共に親が近く(30m以内)に住んでいて毎日顔を合わせているから、別段それがどうしたということなのだが、区切りとしては感慨深いものがある。三人の子供たちが三人とも学校で帯広を離れているから今は夫婦二人きりなので、よけいにそれを感じるのかもしれない。

結婚式が木曜日だったのは、私の会社の定休日が木曜日だったからである。当時は父が「サニーデパート」という寄合百貨店を営業していたので、職場の関係者に出席してもらうには木曜日しかなかった為だ。一応は暦を調べて大安の木曜日を選らんだ。

新婚旅行は豪勢にヨーロッパ15日間の旅に出掛けた。旅行会社の支店長お勧めの旅行だったのだが移動が忙しかったのとフランスのパリでの日程が日曜日に当たっていた為に、ルーブル美術館もデパートも休業で行くところが無くてつまらなかったことを未だに妻に言われる。その度に今度連れて行ってあげると言い続けて23年が経ってしまった。

カレンダーの「今日は何の日」というので5月16日を見ると「性交禁忌の日」と出ていた。

気になったのでインターネットで調べてみると「電気も無い江戸時代の夜は暗いだけだから一年中性交ばかり、しかも一日に三〜五回もやっていた」そうだ。あんまり過ぎると身体に良くないからと、一年に一日くらいは性交をしない日を設けたらしいのである。江戸時代に発売された艶本『艶話枕筥』(つやばなしまくらばこ)という本に「五月十六日房内禁事、犯すときは三年を出ずして死す。」とあるのだそうだ。でも、何故この日にイタシタラいけないのかは色々調べてみたがよく判らない。この話は、平安時代の医学書「医心方」に由来しているのだという。こんな日に結婚していたとはと夫婦で笑ってしまった。でも、これは旧暦の5月16日だから、今の太陽暦に直せば今年なら6月19日(木)に当たるので関係ないといえば関係ないが・・・。結婚以来、私は妻一筋に「ミシンの針」「風呂場の軽石」(注)亭主状態できたのであるから、この日だけは・・・。

私たち夫婦は職場も同じだから、四六時中一緒に居る。昼食も一緒に食べに行くから、他人からは「いつもご一緒で、仲の良いご夫婦ですねぇ〜」と冷やかされることも多い。

さしあたって、このまま25年の銀婚式を無事に迎えたいものである。

(注)「ミシンの針」も「風呂場の軽石」も同じ意味である。質問「風呂場に置いてある軽石は何の為に置いてあるのか?」答えは「踵(かかと)を磨(す)る為だけ」→「かかとをするだけ」→「カカァとスルだけ」


■2008-05-17-Saturday 結婚記念日のデート

昨日の結婚記念日に夫婦でデートをした。

イタリアンレストランで夕食をした後、「最高の人生の見つけ方」という映画を観て来た。

レストランは「タベルナ・センナリ」という、北の屋台の出身者である東成人さんが去年の2月に西1条南9丁目に開いたお店で、六花亭本店の東側にある洒落た店である。店名の「タベルナ(TAVERNA)」というのはイタリア語で[食堂]の意味であり、「食べるな!」という意味では勿論ない。彼は現在OCTV(地元のケーブルテレビ局)で料理教室番組を担当している気さくな男で、料理の腕前は本物である。奥さんも明るくて人当たりが良く夫婦で切り盛りしているお店である。北の屋台時代から、ここのスパゲッティ「蛸のぺペロンチーノ」が大好物で毎回行く度に注文するメニューだ。この日は映画の始まる時間が迫っていたので、ゆっくりと食事をするというわけにはいかなかったが、美味しい料理とお酒を戴いてから映画館に向かった。

映画は最近良く夫婦で観るようになった。夫婦50割引という料金で夫婦の内どちらかが50歳以上なら二人で2000円で観る事ができる。綺麗な映画館で新しい映画を観るのはとても気分が良いものである。

この日観た「最高の人生の見つけ方」という映画は、原題が「The BUCKET LIST(棺桶リスト)」という題名で、死んで棺桶に入る前にやっておく事のリストを作り実行するという映画である。ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの二人の名優が余命6ヶ月の癌患者の役で競演している。

内容はまだ観てない人の為に詳しくは書かないが、私が一番関心を持ったのは、フリーマン扮する妻ただ一筋に生きてきて浮気一つすらしたことのない自動車整備工のカーターに、香港のホテルのバーで言い寄る美しい女性が現れる場面であった。この映画の中で一番面白く、また深い心理描写の場面であった。私がカーターだったならたぶん・・・。

観た後に、妻にその場面の感想を言ったら「どうぞ〜」と軽くあしらわれてしまった。

映画の中では、「心臓麻痺で死ねる奴が羨ましい」というセリフがあった。「自分の死期を知りたいという人間は少ないのだ」とも言っていたが、私は知りたいと思う。やり残した事がないようにして、自己満足をして死んで行きたいと願っている。急に事故なんかで死ぬのはチョット困る。でも苦しみながら死ぬのも嫌だしなぁ〜。

何年何月何日何時何分にコロッと楽に死ねるというのが判っていて、直前まではピンピンとしているピンピンコロリが理想なのかなとも思ったのだが、本当にそうなったら恐怖心が湧いてくるのだろうしなぁ〜。


■2008-05-18-Sunday 道新、朝の食卓30 

北海道新聞2006年3月2日掲載「ひげ」

学生時代に所属していたマジッククラブには、花形の「鳩出し」という演目のマジックを演じる者は口髭を生やすという伝統があった。

当時は一ヶ月に一度の散髪と一緒に理髪店で髭をそってもらうだけで十分なほど薄く、伸ばしたくてもカビのような産毛しか生えずに、この伝統は私で途絶えてしまった。

それがなぜだか結婚したころから急に髪の毛に反比例して濃くなりだした。

十六年前の旅行中に伸ばし続けたらどうなるかいたずら心で試してみたら、髭全部がつながる形になったのでなんだか妙にうれしくなり、以来、気が向いたら時々伸ばしているのである。

不精で伸ばしている分には手入れをしなくてもよいから朝の洗顔時間が短くて済むが、ある程度伸びてくると今度は整える時間の方が、そる時間よりも掛かってしまう。そうなると面倒くさくなって全部そってしまうということを繰り返している。

髭は男性にしかできない「おしゃれ」だと誰かが言っていた。それに童顔を隠す効果もある。

今年は正月から伸ばしているが、まだまだ、そる気にはならない。髭は自前の毛皮を顔に着けているようなもので、とても暖かいのだ。そうか髭は地球環境にも優しい省エネだったのだ!

北海道新聞「朝の食卓29戌年」2006年1月22日掲載は以前に載せたので割愛しました。


■2008-05-19-Monday 今年のゴルフ

昨日は今年10回目のゴルフに行って来た。

ここ10年間は年間に12〜15回程しかゴルフをしていなかったが、今年はすでに10回も行っている。ゴルフ場の支配人さんにも「珍しいですね〜」と言われるほどだ。

先週の水曜日には地元の信用金庫のゴルフコンペに参加して、Aクラスでベスグロ優勝をした。40名ほどの参加者の中で私だけ一人がグロス70台(40・39)で回ったのである。

すっかり、ゴルフに開眼したつもりになって、この日曜日は所属するゴルフクラブの公式戦に参加したのであるが・・・。

出だしのアウトコース1・2番は難なくパーを取って好調さを維持しているかと思ったのだが、3番からショットが曲がりだしてボールが林の中ばかりに飛んで行く。結局、木に好かれ続けてその後5ホール連続でボギーを叩き、8番ホールは更にOBを叩いてダボにしてしまい、9番はやっとパーということで43打であった。後半は気合を入れ直して頑張るぞと思ったのだが、出だしの10番で、いきなりティショットが右に飛んでのOB。もうこうなると気力が続かなくて結局後半は45打で合計88打であった。つい先日と9打も違うのである。

同じゴルフ場でプレイしているのに何故なんだろう。ゴルフは難しい。

同じコースでも、球を入れる穴の場所が毎日変わるし、天候、気温、風、芝などの条件が変わるから同じ状態ということはない。

ゴルフを始める前は、止まっているボールを打つのなんて簡単だと思っていたのだが、飛ぶ距離が長い分(野球は100メートル飛べばホームランだが、ゴルフは一番飛ばないクラブのPW(ピッチングウェッジ)で打っても100メートル以上飛ぶ)手元での何ミリかのズレが到達地点では大きなズレとなって現れるのである。

また、ゴルフは精神力が大きな部分を占めているスポーツでもある。集中力が切れると途端にダメになってしまうのだ。

そうだ!今年は精神力を鍛錬する為にゴルフに精を出すことにしよう。


■2008-05-20-Tuesday 地域外交

昨日、帯広市に視察に訪れたい旨の連絡が入った。

以前にも書いたが、3月3日(月)に東京国際フォーラムで開催された「地域再生フォーラム」のパネリストとして帯広の「北の屋台」について私が述べた内容を聞いていた千葉県市原市の方からその場で要請を受けて3月23日(日)に市原市で講演をして来た。

そして、その市原市での講演を聞いていた市原市議会議員の方からの希望で7月23日に16名ほどで帯広市を訪ねたいとの連絡が昨日入ったのである。

私一人が、帯広以外の場所で発言した内容で16名もの方々が帯広市を訪ねて下さるのである。宣伝マンとしての効果は意外と大きいのだなぁ〜と感じた。

全国各地で「観光カリスマ」としての講演の依頼を受けているが、こうやって実際に視察に訪れていただけるのはとても嬉しいことである。「北の屋台」創生の話を、もう何百回と全国でやってきたから、落語の持ちネタみたいになっているのかもしれない。ほとんど毎回同じ話なのだが、私が飽きるということはない。聞く人たちの顔ぶれはその都度違うからである。どんな場所でも話し始めるとついつい熱が入ってしまう。講演を聞いてくださった方が社交辞令で「帯広に行きたくなった」と言ってくれることは多いが、実際に帯広まで来るには経費が掛かりすぎる。

だから今回の様に、来てくださる方々には最高のおもてなしをしたいと考える。それがまた帯広の発展につながるのだから。

自分が暮らしている街の自慢をして、楽しく、美味しく全国各地を回れて、そして帯広に貢献できるなんて最高に面白い仕事である。

地域の宣伝ができるこの種の外交がこれからの観光戦略になるのかもしれない。


■2008-05-21-Wednesday 変だぞ!日本!

最近のニュースを見ているとやたらと腹が立ってくる。

特に「後期高齢者医療問題」や「道路問題」などの国会関係のニュースには怒りを通り越して諦めのモードに入ってきた。

「高齢者問題」は政府にお金が無いから、老人にも受益者負担をしてもらうということなのだろうが、当初、社会保険には潤沢な資金があったはずだ。それを、官僚や政治家が自分の金の様に浪費して(この表現は間違い。自分のお金でないから浪費してが正しい)厚生年金ナントカとかグリーンピアなんとか等に使ってしまってスッカラカンになってしまったのではないのか?

人口がいつまでも右肩上がりに増え続けるという、誤った予測(途中で予測の修正をしなかった)の基に浪費しまくったのだろう。近年、人口が減り始めた(しかもその内訳は若年人口が減り、老齢人口が増える)から、収入が減って支出が増えるという倍の苦しさになったということだ。

人口の増減ほど予測しやすいデータはないはずだ。人口が減る事は何年も前から言われていたことだ。顕在化する前に自分たちだけは天下りや、高額の退職金などの甘い汁を吸っておいて、後任の者たちに押し付けるという無責任で自分勝手な連中が招いた事態ではないのか。その汚いケツをなぜ国民が拭かなければならないのか?

道路問題もこれまでの人口増加の理論のままで、利権確保だけの為に利用されている。人口減少社会では、これまでの理論は通用しないのだから、まったく新たな方法を考え出さなければ、もはや対処療法の限界に達していると思う。

国会議員の顔ぶれを見ても、国を憂いてナントカしようという意志は微塵も感じない奴等ばかりだ。前回の参議院選挙で当選した連中はこれで6年間は自分の生活は安泰だと思っているのではないのか。実に情けない。こんな奴等を選ぶ国民も情けない。

ミャンマーのサイクロンで13万人以上、中国四川省の地震で4万人以上の犠牲者が出た。帯広市の人口に相当する人命が一週間の間に地球上から消滅してしまった。地球の災害は弱い所ばかりを襲う様だ。

先進国の投機マネーは、相も変わらず、生活必需品である食料やエネルギーを投機の対象にして稼いでは弱い国を益々痛めつけている。その上でやれ援助だ、何だと偽善を言う。何かがおかしくないか?本当に世界はこのままでいいのだろうか?


■2008-05-22-Thursday ニュース

最近のニュースを見ていて不思議に思うことがある。

ニュースには偏向報道というのはないのだろうか?と。

日本のニュース番組ではミャンマーのサイクロンや中国四川省の地震に関しては被害状況や援助のことは出てくるが、現地で暴動や略奪などは起きていないのだろうか?

人間は食べなければ生きていけない。当たり前のことだが、これだけの災害が起きたらまず一番に心配なのが食料の供給だが、どうもどちらの国も満足な供給が出来ていないように見える。

日本人は1995年に起きた阪神淡路大震災でも、それ以後の大地震でも暴動や略奪などを起こさなかったから、ミャンマーや中国でも暴動や略奪が起きないと思っているかもしれないが、日本人ほど秩序だった国民は世界的には珍しい国民性だと思うのである。

きっとニュースには出さないが、暴動や略奪は起きているのではないだろうか?

飢餓状態になった時に、食べる為に犯罪を犯すことは十分にありえることだ。その時に、ミャンマーの軍事政府は、中国の軍隊は、どう対応するのか、秩序を守るためと称して同国人に向かって発砲するのであろうか?

翻って、これからの日本に於いて、同じ様な大災害が起きた時に、以前と同じ様に秩序だった行動を皆が取れるのだろうか?

局地的な災害で周辺地域に余裕があれば、まだ何とかなるだろうが、日本全体が被害を受けて、他人の事など構っていられない状態となったらどうなるのだろうか?

ここ最近、地球の気候変動が激しくなっているように感じる。世界中の農業地帯が同時に災害を受けるケースだってあるかもしれない。そうなったら他国に食料を輸出する余裕なんてなくなるかもしれないのだ。食べ物が無くなったら暴動が起き易くなるのだから・・・。

この面から考えても、やはり、日本の食料自給率を高める必要がありそうだ。自動車などの工業製品じゃ腹は満たされないのだから。


■2008-05-23-Friday 三重県津市

23日に講演の為に津市を訪れた。

これもまた市原市と同様に、3月3日に東京国際フォーラムで開催された「地域再生フォーラム」での、私の「まちづくり」の話を聞いて「北の屋台」に関心を持ってくれた県職員の方がお招きしてくれたものである。

私は昨年(2007年)3月末日で「北の屋台」から完全に卒業しており、現在はまったく北の屋台には関係していないから現況の説明は出来ないと言っているのだが、過去の立ち上げの話を聞かせて欲しいと言われると、国から任命された「観光カリスマ」としては引き受けざるを得ないのである。

というのは建前で、実はもともと旅行が大好きなので、行ったことのない街からお呼びが掛かると、行けるのが嬉しくてホイホイと引き受けてしまうのである。

三重県は以前に名張市から呼ばれて以来だし、津は始めてである。知らない街に自分で旅費を出さずに行けるなんて何という幸せな立場なのだろう。

講演で呼ばれる場合は、帯広は距離的に離れているのでどうしても前泊、後泊という二日間の余分な日程が必要になる。しかし、逆に、講演するだけに行って、終わったらすぐに帰るという慌しいスケジュールよりも、ゆったりとつぶさにその場所を見ることが出来るので、その方が暇な身にとっては嬉しいことなのである。

今回も、前日の22日の夕刻に津市に入り、担当の職員の方々や以前に北の屋台に視察に来られたことのある方々と一緒に夕食を共にすることができた。この配慮がとてもありがたい。見知らぬ街でたった一人で食事をすることほど寂しいことはないからだ。

翌朝は県立美術館にご案内いただいた。丁度「金毘羅宮書院の美」という展示が開催中で、前からとても見たかった企画展だったのでとても嬉しかった。今回は襖絵を実際の部屋の大きさと配置に合わせて展示してあるので、普段の金毘羅宮に置かれている状態で見ることが出来たからとても良い工夫をしている展示だと感じた。平日の朝一番に入館したのだが、お客さんが大勢来館しているので驚いた。この日は午後から美術家の「田窪恭治」氏による金毘羅宮に新しく納める襖絵制作の実演が見られるのだということであった。製作過程を美術館で見せるというのはとても面白い演出である。実際に大勢の観客が来たのだから、よその美術館も作品をただ並べるだけのものから脱却する良い見本ではないだろうか。旭川の旭山動物園の様に展示の仕方を工夫することで来館者を増やす事は可能なのであるから。

昼食は知事と二人の副知事との会食だという。県庁の応接室でお三方とご一緒させていただいたのだが、恐縮して緊張してしまった。これまた講師のプライドをくすぐる心憎い演出である。ウ〜ン三重県はなかなかやるなぁ〜と感じた。お金を掛けなくてもチョットした心配りで人は満足するものなのである。他人を喜ばせるホスピタリティとエンターティンメントが鍵なのだ。


■2008-05-24-Saturday みそ煮込みうどん

名古屋で大好きな味噌煮込みうどんを食べた。

三重県津市からの帰りに名古屋で新幹線の待ち時間が出来たので大好物の「山本屋の味噌煮込みうどん」を食べることにした。地下街の山本屋には何度も行っているので場所は覚えている。行くと店の前には数人が並んでいた。待つのは苦手だが、食べたい衝動は抑えられない。5分ほど待たされて店内に案内された。

待っている間に20年以上前に帯広市の商店街の視察で10名ほどで名古屋を訪れた時に、皆をこの山本屋に案内したことを思い出した。その時には皆が口々に「うどんがまだ生茹で硬い!」とか「しょっぱい」とか言ってとても不評だった。一緒に行った人に香川県の出身者がいたのである。わが家は山梨県の出なので「ほうとう」という煮込みうどんをよく作って食べていたので、うどんは讃岐うどんの系統よりも、煮込みうどんの系統の方が好きなのである。讃岐うどんを食べ慣れている人にとっては、確かにこのうどんは異質なのかもしれない。食の好みというは難しいものだ。

やはり食べ慣れたものが一番おいしく感じるのである。

ただそれにしても、卵とかまぼこ二枚と長葱と油げが入っているだけの鍋焼きうどんが1280円もするのは高過ぎる。名古屋コーチンの鳥肉が入ると更に1500円近くも値段が跳ね上がる。客は皆、食べ終わるとそそくさと店を離れて行く。ゆっくりと味わっている様な落ち着いた環境ではない。

この日の客は皆、他の地方から来たビジネス客や観光客ばかりの様に見えた。きっと名古屋の「味噌煮込みうどん」は山梨の「ほうとう」と同じ様に地元民は自分で作って食べる家庭の料理なのではないだろうか。

7分置きに新幹線が発車して大勢の観光客を相手に商売出来るほどの人の移動がある名古屋駅だからこそ成立する一見相手の商売だろう。

人口の少ない地方の町には参考にならない商売のやり方だと感じた。


■2008-05-25-Sunday 東京

東京に行くとドット疲れる。

とにかく人が多過ぎるのだ。街中を歩くだけで他人とぶつからない様に気を付けながら歩かなければならない。駅のホームに立つ度にも突き落とされない様にとこれまた背後に気を付けなければならない。ホテルのベッドが硬過ぎて腰が痛くなって眠れない。建物の高層階は地震が怖い。とにかく気が休まらないのである。

電車に乗ると、乗客が一斉に携帯電話を取り出してはピコピコとメールやらゲームやらをやり始める。この光景は異常としか言い様が無い。

駅の構内もやたらと複雑になって東京駅や新宿駅はさしずめ立体の迷路の様である。地下のやたらと深い場所にホームがあるから、とにかく歩く距離が半端じゃない。帯広ならゆうに自宅と会社を往復できるくらいの距離を乗り継ぎで歩かされるのである。都会というのは一見すると便利な様に見えるが、実はとても不便なところでもある。私には田舎が性に合っているようだ。東京はお金と時間に余裕がある時に遊びに来る場所だ。

東京には大学時代に4年間住んでいた。世田谷区下馬、池袋、世田谷区三軒茶屋、中野と移り住んだ。かつて住んでいた場所(アパート)を訪ねる機会はないが、きっと随分と様変わりしたのであろう。共同トイレのアパートなんて、今はあるはずもない。

そんな、大学時代のクラブ(駒澤大学手品奇術研究会)の同窓会が24日に新宿で開催された。丁度、日程が津市での講演の翌日だったので昨年に続いて参加した。北海道からこの同窓会の為だけに上京するのは、さすがにお金も時間ももったいない。

50歳前後の人間たちが30年ほど前の繋がりで集うのは、懐かしく且つとても面白いものだ。卒業以来始めて会う人もいたが、会った途端にすぐに誰だか判るし、忘れていた当時の事を思い出す。大学時代には会ったこともない(大学で時代が重なっていない)先輩や後輩ともマジックという共通のことで繋がっている。青春時代とはまことに良いものである。

今、自分の子供達が東京の大学に行っていて、翌日には東京で会う事を考えると、子供達も青春を謳歌しているのだなぁ〜と感慨無量になる。親子が同じ様な経験を、皆が当たり前の様にしている国はそうざらにはないだろう。しかも住むところは格段にグレードアップして、幸せなことである。

少しは親の仕送りの大変さのことでも気に掛けろよ。と考えたら、自分の親達もきっとそうだったんだろうなぁ〜と思えてきた。親というものは実にありがたいものである。子を持って初めて判ることもある。あらためて親に感謝しなければ。


■2008-05-26-Monday WICKED

ミュージカルを娘と見に行った。

東京の大学に長女と次女の二人が行っている。帯広に帰るのが日曜日なので飛行機の時間に合わせて昼食でも一緒に行かないかと誘ったのである。

長女からは「丁度自分の誕生日なので友達とディズニーランドに行くから行けない」と言う連絡が入った。やはり男親と食事をするよりも友達と遊ぶ方が良いのだろう。

次女の方は「どうせなら食事だけよりもミュージカルWICKEDを見たい」と言うので、劇団四季の「WICKED」なら汐留の劇場だし、空港にも近いから飛行機にも間に合うということでチケットを手配して二人で見に行ったのだ。

学生が1万円のチケットを買ってミュージカルを見るのは金銭的にキツイ。私も学生時代にはお金が無くてなかなか見ることが出来なかったから見せてあげたいと言う親心が疼いたのである。私は今でもミュージカルや演劇が大好きなので、東京出張の時に時間が出来たら(無理しても大抵時間を作るのだが)いつも見ているのである。私のそんな血を引いているのかと思うとついついうれしくなるものである。

WICKEDは昔から大好きな「オズの魔法使い」のもうひとつの物語として昨年の10月1日に原作が日本でも出版されたのですぐにマジック関係蔵書の一冊として購入した(まだ読んでいないが)。

「オズの魔法使い」がドロシー側から描いた作品なのに対して、「WICKED」は西の悪い魔女の側から見た物語であるとは帯に書いてあったので興味はあったのである。

見ていない人の為に、ストーリーの詳細は書かないが、このミュージカルのテーマの奥深さにはとても感動した。「善」とは果たして何か、「悪」とは果たして何なのかを問いかける作品なのである。

「人当たりの良さ」、「容姿」、「性格」などと他人の「評判」、「思い込み」の関係などが大変面白く描かれていた。

最近のミュージカルは「ライオンキング」にしても皆、奥が深いテーマを持っている。それにしても、何十年も前に書かれた作品を基にして、別の物語を作るという手法も有りなんだなぁ〜。

本編を知らない娘が感動したくらいだから、「オズの魔法使い」のストーリーを知っている人間にはもっと別の楽しみ方も出来る訳だ。

他人の作品のオマージュとしてまったく別の作品を作り出すことも可能なんだなぁ〜。

色々なことに気付かせてくれたミュージカルであった。


■2008-05-27-Tuesday 環境ファッショ

ミュージカル「WICKED」を見て感じた。

今の地球環境問題に対する日本人の反応はファッショなのではないかと(ファッションの間違いではない)。

危惧しているのは、最近の、レジ袋を止めようとか、My箸を持とうとかいう運動である。

自分が信じて行なっている事に対してケチをつけるつもりはもとよりない。他人に強請することが問題だと思っているのである。

わが家にとって「レジ袋」は必需品である。毎日、朝夕の犬の散歩時に犬のウンチを持ち帰ることに使っているのである。つまり、レジ袋は使い道が無くてただ捨てるから問題なのであって、二次的に活用している人間にとってレジ袋は有効活用できるありがたいものなのである。それを、「My袋を持たずに、レジ袋をもらって帰るお客は環境問題の敵だ!」みたいな運動にエスカレートするから、ファッショ的になるのである。何でもかんでも皆が同じでなければならない。枠からハミ出た人間、協調性の無い人間はまるで「悪」であるかのような集団心理は甚だヨロシクナイと感じるのである。

My箸も同じである。自分が割り箸を使用することに罪悪を感じているならMy箸を持って歩けば良い。ただそれだけならば良い。

しかし、「今頃My箸を持ち歩かないなんて環境問題に無関心だ」などとは言って欲しくないのである。私は別の観点から、割り箸は必要だと思っているからだ。

日本の林業を守る為には間伐材を使った割り箸が必要だとも思っているのである。間伐材の有効活用を推進しなければ日本の森林は維持出来なくなるからだ。確かに他の事にも使えるようなリッパな材料で作った割り箸なら問題があるが・・・。

地球環境問題には矛盾が多い。CO2の排出量を抑えたいと言うなら、個人レベルの活動で言うならば自動車を買わないとか、乗らなければ良いのである。その方がレジ袋一枚、割り箸一膳を控えるよりよっぽど効果が大きいではないか。しかし、日本から自動車産業が無くなってしまえば国としては大いに困るから、絶対にそんなことを言い出したりはしない。

フードマイレージの問題だってそうである。地産地消を基本にすれば良いのに、相変わらず世界中から食物を集めては、食べ残して捨てている。船場吉兆のささやき女将はこのことを憂いて使い回しをしたのかもしれないゾ。

結局は今の環境活動にはご都合主義多いのである。

いずれにしろ、集団的に皆が同じでなければならないという考え方には問題が多いと思う。人それぞれに事情が異なるのだから。

だから、自分が正しいと思う事を他人に強請せずに黙々と行っていれば良いのである。それを他人が見て良いと思ったならばその人が倣えば良いのである。

強請されたらかえって反発するのが人間の性であるのだから。


■2008-05-28-Wednesday

汗のコンプレックスに悩んでいる。

子供の頃から掌(てのひら)や足の裏に大量の汗をかく体質であった。別段、緊張している訳ではなく普段の状態でも掌が汗でジトッとしてくるのである。鉛筆で作文を書くと右手の小指側一面が真っ黒になるし、原稿用紙が湿って破れてくるほどである。

冬に手袋をしていると雪にはまったく触れてもいないのに、学校に着いてストーブに手袋をかざすと湯気が出て来る。カバンの革の取ってはすぐに汗でダメになる。

趣味の手品をしていても、紙のトランプはすぐにふやけてくるし、コインやボールは汗ですべって落としてしまう。

その汗ばむ掌で他人の手を触ることが嫌なので、フォークダンスは大嫌いであったし、今も握手をすることが大嫌いなのである。

嘘発見器はウソを吐くと緊張から掌に汗をかくことを利用してウソを調べるようだが、私の場合は汗をかきっぱなしだからまるで役に立たないだろう。

足の裏も、靴下がすぐにビチャビチャになるほど汗をかく。濡れると気持ちが悪いから一日に靴下を何度も履き変えるので、幸い水虫にはならなかったが、靴の方がすぐダメになってしまう。まことに不経済な手足なのである。

そんな手足にコンプレックスをずっと持ち続けているのだ。

それに加えて近年は、変なところから汗が出るようになったのである。

温かい蕎麦やラーメンなどの麺類に香辛料を大量にかけて食べる時や、香辛料の利いたキムチなどを食べていると、頭のてっぺんから汗が吹き出てくるのである。辛いものが好きなものだから、よせばいいのについつい食べてしまうのである。馴染みのラーメン屋さんなどは私が注文するとすぐに他の客には出さないオシボリを出してくれるほどである。

不思議な事に、この時は身体の汗のかき易い部分、例えばわきの下あたりからは汗は出なくて、頭のてっぺんからしか出ないのである。汗がラーメンの中にしたたり落ちないように汗を拭き拭きしながら食べなければならないのだ。

これは身体が肥ったせいかとも思ったのだが、若くて痩せていた時には、辛いものは一切食べなかったから、相関関係は不明なのである。

最近、毎日のように温泉の銭湯に通ってサウナで汗を流すのであるが、昨日、温泉に行った時に変なことに気が付いた。サウナで大量に全身からの汗をかくとその時には掌からは汗が出ていないのである。汗をかく経路が身体と掌では違っているのか知らん。今度よく調べてみようと思う。


■2008-05-29-Thursday 犬の風呂

昨晩、二匹の犬を風呂に入れた。

日曜日の晩に出張から家に戻ると、玄関を開けた途端に動物園の臭いがした。毎日暮らしているとそうたいして気にもならない臭いが、4日間ほど家を空けるととても気になるのである。

さすがに、ラブラドール・レトリバーの大型犬二匹を家の中で飼っていると、動物特有の臭いが家に染み付いているようだ。

先週、三重県津市の県立美術館で金毘羅さんの展示を見たのだが、その中で「代参犬」の展示物があった。代参犬とは、江戸時代に金毘羅宮へのお参りに行くのに、飼い主が何等かの理由で行けなくなると、その飼い主の替わりに飼い犬がお参りするという風習らしい。犬の首に飼い主の名前と、犬の食事代をぶら下げて、金毘羅さんにお参りに行く人に託すということである。犬がおとなしく見知らぬ人に付いて金毘羅さんまでお参りするとは、何とお利巧さんな犬なのだろう。それも一匹や二匹のことではなくかなりの数の代参犬がいたようなのである。それを見て私もすっかりわが家の犬が愛しくなってしまったのだ。

犬のお風呂はいつもなら腰痛を理由にして、2週間に一度釧路の学校から自宅に戻ってくる息子にやらせるのだが、今週は帰ってこないという。一旦気になりだしたら我慢出来なくなる性分なので、仕方なく私が入れることにした。

わが家の犬の序列では黒いバニー(♀)の方が上で、水を与える時などは、まずバニーが飲んで満足してから次に白い方のサニー(♂)が飲む順番になるのである。人間が勝手に犬の序列の順番を逆にすると、その時にはおとなしく従うのだが、後から犬同士で序列の低いサニーは上位のバニーに「順番が違うでしょ!」とこっぴどくやられるのである。だからこの日もその序列に従って臭いと性格がきつい方のバニーを先に入れることにしたのである。

私が風呂場でバニーを洗っている間中、居間ではサニーがクゥ〜ン、クゥ〜ン「僕も早く入りたいよ〜」とせつない声を出している。しばらくして妻が大きな声で「サニー!何するの!」と怒っている声が聞こえてきた。サニーは何を思ったのか、妻の目の前で糞をし出したのだ。夕方の散歩の時にチャンとしていたのに・・・。

完全に嫌がらせの脱糞行為なのである!

この犬たちを飼い始めたのは、1996年6月に生まれたばかりの子犬で購入してからだから今年で丸12年にもなる。ドッグイヤーが7年と言われているが6年と考えてもすでに72歳ぐらいの老犬だ。家の中で飼っていると、屋外で飼うよりは寿命が長くなるというが、さすがに少しボケてきたのであろうか?最近、やたらと自己主張が激しいのである。

自分の気にいらないことがあると、人間が居ない時に、ワザといたずらをしては人間を困らせて喜んでいるのである。

休日などにいつもよりゆっくり寝ていると、寝室のベッドのところに来ては、冷たい濡れた鼻を顔に押し付けて「早く起きて御飯をよこせ!」とせがむのだ。

毎晩、裏の家に住んでいる私の母が夕食を一緒に食べにわが家に来る。しかし、母は犬が苦手なので、母が居る間だけ階段下の部屋に閉じ込めておくのだが、サニーは自分が御飯を食べ終わると「早く出せ!」と吠え出すのである。

犬も人間と同じで、年を取ると段々わがままになってくる。

もうじき老犬の介護をしなければならなくなるだろう。なんせサニーは死ぬまで生きる丈夫な犬なのだから。


■2008-05-30-Friday 失敗を恐れるな!

よく聞くセリフである。

この言葉は人々にとても誤解を受けやすいセリフなのではないだろうか?

そして、大多数の人々が間違って解釈しているのではないだろうか?

私はこのセリフは言葉足らずではないかと思っているのである。

それは、「失敗する事を大いに恐れなさい。失敗したら何もかも失ってしまいますよ。失敗したくないのなら不断の努力を惜しまずに励みなさい。そして自分が最善の準備を成し、成功への自信があったなら、最後は失敗を恐れずにトコトン突き進みなさい。」という意味だと私は解釈している。

しかし、どうやら最近の解釈は、「何でもかんでもとにかくまず実行してみろ!」「失敗したって大した事はない」という様な感じなのではないだろうか。簡単に「失敗を恐れるな!」と言うのは甚だ無責任なように思う。

そこには、事前にじっくり検討するとかシミュレーションしてみるとかという考えは無いように感じるのである。確かに世はスピードの時代である。人より先んじて何かを成すということが重要な時代であることも解っているつもりだ。しかし、人に先んじただけで結局は失敗してしまったならば元も子もないではないか。

「七転び、八起き」という言葉もあるが、現代では七回も転んでなんかはいられない。一度の失敗がそう簡単には取り返せない時代なのだ。

あらゆるものが右肩上がりの時代なら、多少の失敗は「時間」が消して(隠して)くれる。右肩下がりの時代は一度の失敗が致命傷になるのである。

むしろ「失敗を恐れる」ことで「失敗をしない」ように努力することが必要なのだと思うのである。


■2008-05-31-Saturday タンポポ

今朝、犬を散歩させていて気が付いた。

最近、道路脇に生えているタンポポの背丈が高くなってはいないか?

昔からこんなに茎が長かっただろうか?

他の植物の背丈に負けないようにタンポポも背丈を伸ばしているのではないかと感じた。無理矢理に伸ばしているから自らの花の重さに耐えられなくて茎がグニャグニャと曲がっている様にも見える。更に、一本の茎では花の重さを支えられないから数本の茎がドッキングして太くなって支えている様に見えるものもあるのである。

タンポポも環境に合わせて進化しているのであろうか?それとも地球環境の異変なのであろうか?何となく気持ちが悪くなった。

昨晩、妻とひょんなことから「金持ち」とは何かという話になった。

「金持ち」になるには、ある種の性格が必要条件ではないだろうか。「自分勝手」「ケチ」「せっかち」「傲慢」「助平」などなど。

しかし、ケチして貯めるだけでは高が知れてる。時には適切な投資をしなければ金持ちにはなれない。その他に「名誉職に就かない」というのも必要だ。名誉職に就くと寄付やら見栄やらで余計な出費が嵩むから。

助平な金持ちというのは、愛人を作る。愛人に金を貢ぐのは無駄な出費だが、「助平」より「ケチ」が勝る男は少ない。「ケチ」は性格だが、「助平」は本能だ。

男が女に金を貢ぐのは高が知れてる。昔から愛人は男の甲斐性と言うではないか。むしろ男が男に金を貢ぐタニマチ的な方が桁が違う。

そんな話をしている時テレビでは、黒人の演歌歌手ジェロが缶コーヒーのCMで「氷雨」を唄っているのが聞こえたので、すかさず替え歌が出来た。「♪金が無いわけじゃないけれど〜、払いたくない〜♪」これだよ!真髄は!人の前で「いいカッコしい〜」では金は貯まらん。他人の目を気にしない神経の図太さが必要なのだ。

一度だけしかない人生!しょせんあくどく稼いでもお金はあの世には持ってはいけない。

お金は綺麗に意義あることに使わなくては!