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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2008-06-01-Sunday ゴルフは!?

ゴルフは腕か?道具か?回数か?

今日、十勝カントリークラブの月例会に参加してきた。今年3回目の月例会である。Aクラスなのでバックティ(一番後ろのティグランド、普段のレギュラーティよりも10〜30ヤード後方)からプレーするのだが、3度目にしてようやく距離感やらティグランドの景色の違いやらに慣れてきた。これまでは必要以上にバックティということを意識し過ぎていたのかもしれない。

もう6月だというのに、冬に戻った様な気温でメチャクチャ寒くて、おまけに霧雨まで降っている。4月末には半袖でプレーしていたのに・・・。

前半はINコースからスタートして42打であった。とにかく寒くて腕がチジコマッテしまって、ドライバーがさっぱり当たらないから、グリーンに辿りつく前に余計な1打を打ってしまう、しかし、パットが入ってくれるから何とかボギーで収まっていた。

最初のロングホール13番(パー5)でドライバーを引っ掛けてしまい、ボールが左の丘の途中に止まってしまった。つま先下がりで左足下がりの難しいライである。いつもならカッ〜となって、長いクラブを持って振り回しては自滅するのだが、同伴プレーヤーの方は自分がミスしても冷静さを失わないとても穏やかな方だったので、私も見習って無理せず5番アイアンで真ん中に出した。しかし、残りが240ヤードほどもある。スプーン(3番ウッド)で強振したら、これが見事にカップの下1メートルにナイスオンしてバーディを取った。この日はこれで気分が良くなって3つのバーディを取った。ゴルフはイラついたらダメな競技なのだ。

後半のOUTコースは39打であった。グロスが81、ハンディが9.7だからネット71.3で初めてアンダー(ネット72.0以下)で回り、3位に入ることが出来たので少しは自信が出てきた。

今年はゴルフを一生懸命にやろうと決めて、すでに今日で12回目のプレーである。やはり、ゴルフは回数なのか?

今年はルールの改正で去年まで使っていたドライバーが使用禁止になってしまった。

3月に東京に行った時に、セミオーダーでドライバーを新調したのだが、このドライバーがとても気に入っているのだ。

さらに10回目からは、5番と7番ウッドを買ってバッグに入れている。この新しく買ったクラブ達が調子の良い原因でもある。年と共に長いアイアンが段々と振り切れなくなってきたのだ。

若い頃はフェアウェーウッドが苦手で、2番アイアンを入れていたほどだったのに・・・。

やはり、過去の栄光(?)は捨てて、自分の現状にあったクラブを使わなくてはスコアがまとまらない。やはりゴルフは道具なのだろうか?

今年はここ10年間の平均プレー回数をすでに越えた。めざせ!片手シングル(ハンディ5以下)!


■2008-06-02-Monday 観光土産品協会

2日に札幌で北海道観光土産品協会の総会出席の為、

1月の末以来、久し振りに札幌に行った。

北の屋台出身の「順香(しゅんしゃん)」さんが先月の5月12日に札幌時計台ビルの地階にオープンしていたので、昼食はそこを訪ねた。6年間北の屋台で営業し、先月、札幌に自分のお店を開いたのである。官庁街の真っ只中であるから、サラリーマンやOLたちでとても繁盛している様子であった一安心である。北の屋台の出身者が成功してくれることはとても嬉しいことだ。北の屋台の目的がそこにあるからだ。屋台は商売の原点であり、終着点ではない。商売のいわば素人の人が、屋台で商いのノウハウと顧客を獲得し、軍資金を貯めて、やがて屋台から独立して街中に自分のお店を構える。これが北の屋台のサクセスストーリーなのだ。だから、北の屋台の卒業生には何としても成功してもらいたいのである。

メニューの数は格段に増えていた。開店準備期間中に相当努力をしたのだろうと推察する。順香のご主人の商成順は中国人で日本語がまだ十分とは言えないが、帯広出身の奥様かおりさんは5ヶ国語を話す才媛だ。彼の本格的な中国北方家庭料理と彼女の明るい笑顔でお客さんも癒される事だろう。流行ってほしいと切に願う。

午後から、近くのすみれホテルで北海道観光土産品協会の理事会と総会が開催された。今年の北海道は洞爺湖サミットで話題はあるが、観光には結びついていない。むしろ逆に観光客から敬遠されているようでもある。果たして、サミットが今後の北海道に光明を与えてくれるのか、難しいところであると思う。

業者が集まると最近は愚痴ばかりが多くなる。特にメーカーの人は原材料をはじめ燃料も上がっているのにバイヤーは値段を上げるなと無理な注文をしてくるというのである。頼んでおいた原料も他国に横から取られてしまって、なかなか手に入りにくいとのこと、世界的な規模で食料加工の問題が起きている。

組織というのは年月が経つと、衰退していくもののようだ。かつて15年前には全道で600居た会員数がこのところずっと右肩下がりに減り続けて今年は343にまで激減している。会員数が減れば当然ながら会費収入も減るし、財政の苦しい北海道からの援助金も減らされる一方である。

そんな中で、北海道の生き残る道は「観光」だと、「北海道観光連盟」が今年の4月1日から「北海道観光振興機構」という組織に改編された。行政主導から民間主導に切り替えるということである。多少、遅きに失したという感は否めないが、今後に期待したい。

地元の帯広市でも先週「観光コンベンション協会」の三役人事が刷新された。私は10年ほど前の観光協会の会議に出席して意見を述べた時に、時の副会長が「新しい事はやらずに例年と同じ事の継続しかしない。」と言うので、「そんな(新しい発想を受け入れない)会議に私が出る意味がない」と役を退任したことがあった。以来、生意気な奴だということで一切お声も掛からないが、人心一新されたことで体質が変わってくれたらなと思う。どうか新鮮な発想でこれまでのマンネリ感を打破してもらいたいものである。


■2008-06-03-Tuesday 蕎麦

蕎麦の種まきが始まった。

という記事が今朝の新聞に出ていた。十勝は蕎麦の産地でもある。

北海道では幌加内町が町村単位では生産量日本一として有名だが、十勝でも新得町と鹿追町が蕎麦の産地として有名である。

蕎麦は俗に「三たて」と言って、「挽き立て」「打ちたて」「茹でたて」が美味いと言われているから、産地である十勝の蕎麦は美味いのだろう。

私は蕎麦が大好きで、ほとんど毎日昼食は蕎麦である。十勝中の蕎麦屋を歩き回って食べ比べをしていた時期もあったほどである。

十勝の蕎麦屋はどの店も、麺はそこそこに美味しいのだが、タレがイマイチの店が多い。出汁の取り方やかえし方がまだ一歩足りない様な気がするのである。

十勝の蕎麦屋の麺は、「田舎そば系」であれ「更科系」であれ、腰があって大変美味しいから、私はどのタイプのそばでも大好きなのである。

最近「立ち喰いそば屋」のそばが美味しくなった。昔の茹で麺のノビタようなモサモサした食感がなくなり、しっかりとした腰がある麺が増えているのである。冷凍技術の進歩によるものらしい。300円台でお腹を満たすだけのモノだった立ち喰いそばが美味しくなったのは学生やサラリーマンにとっては朗報であろう。

昔は女性が立ち喰いそば屋で食べている姿を見かけたことはなかったが、最近は牛丼屋に行っても女性の姿を見かけるようになった。どうゆう心境の変化による行動なのか、調査をしてみると面白いかもしれないなぁ。

私は東京の更科系の甘いタレで食べる蕎麦も大好きで、東京出張の際には必ず食べに行くのであるが、東京の気取った高級なそば屋は量が少なくてモノ足りない。セイロは箸で2回すくっただけで麺が無くなる様な量で700円以上もの値段がする。国産のそば粉にこだわるとこの値段になるらしい。東京の地価は高いし、仕方がないのかもしれないが、やはり、「蕎麦は産地に限る」のである。


■2008-06-04-Wednesday メタボ

今月下旬に会社の健康診断がある。

毎年、受けているのだが、今年の4月1日からは40歳以上の人はメタボリック症候群の検診が義務化されたというのである。メタボの人は腹囲、血圧、血糖値、コレステロール値の4項目を検査し問題があると判断された場合、医師や保健士、または管理栄養士といった専門家と面接を行い、改善方法を一緒になって検討するのだというのである。

私の場合は、腹囲が問題だ。男性は85センチ以上がメタボという基準なのだそうだが、私の腹回りは現在88センチもあるのである。

政府には余計なお世話だ!もっと他にやるべきことがあるだろう。と言いたいところだが、最近お腹の出っ張り具合がとても気になってきたところだし、これを機会に少しは痩せて(また)モテようかなとも思うが、後3週間で3センチの腹囲の減少が可能なのであろうか?

もともと、朝食は食べない主義だったが、何も食べないと逆に肥ると言われたので、最近はミルクティ(紅茶)とバナナとアロエヨーグルトを食べている。昼食はほとんど麺類で済ますが、そばが7、ラーメンが2、その他が1といった割合で食べている。夕食も晩酌はやらないし、御飯は一膳きりだし、最近は子供たちが家に居ないから魚料理を中心にした献立で食べているのでおかずに問題はないと思う。それにもともと大食いの方ではない。

結婚当初はガリガリに痩せていたのに、結婚してから去年までの22年間というもの幸せ肥り(?)のために毎年、体重が1キロ、ウェストが1センチずつコンスタントに右肩上がりに増え続けてきた。今年は増加がようやくストップして初めての現状維持、横並びである。

昨年3月末に北の屋台を卒業してからは、お酒の量は4分の1以下に減っている。朝夕2回の犬の散歩の距離も3倍に伸ばした。ゴルフも週2回のペースで行っている。温泉には毎日の様に通って汗を流している。こんなに健康的で規則正しい生活を送っているのに、一向に痩せないのである。何故なんだろう?

お腹さえ引っ込めたら、後は問題が無いと思うのだが、そのお腹だけがどうしても引っ込まない。

最近、会う人毎に私の顔を見ては「少し痩せたんじゃない?」と嬉しいことを言ってくれる。しかし、どうやらこれは顔一面に生やしている髭の黒い色が、頬に陰影を作って細くなったように見える為で、錯覚にしか過ぎないのである。

とにかく後三週間である。一週間に1センチのウェストの削減、なんとか頑張ってみることにしよう。結果は後日に報告!


■2008-06-05-Thursday ゴルフ開眼!?

今年はゴルフに凝っている。

なにせ今年は誘われたら平日でも会社をサボって出掛けて行くのである。

スコアもまとまりだしたし、ドライバーを初めとするウッドやパットがとても好調なのである。練習が嫌いなのでいつもぶっつけ本番なのだが、回数をやっていると練習の必要がないくらい調子が良い。すっかり、ゴルフの真髄を開眼したつもりになっていた。

ところが・・・

ゴルフはそんなに甘いものではなかった。高校の同級生に誘われて帯広国際カントリークラブ(9ホール×3(東・中・西)コース=27ホール)でプレーした時のことである。混んでいたのでいつもは回らない西コースからスタートした。西の1番はロングホール(パー5)である。いきなりドライバーがベストショット、セカンドの5番ウッドもベストショットでピンまで6メートルに2オンした。イーグルチャンスである。今年はパットも絶好調だし出だしから悪くてもバーディだなと思ったら、グリーンが重たいの何のって、練習グリーンとはまるで速さが異なる重たさなのだ。最初のパットが半分くらいしか行かないのである。2パット目もショートして結局3パットでパーに終わった。

3ホール目でOBを打ってイライラしだした。こうなると集中力がイマイチになる。ショットが曲がりだし木に当たる、そうなると益々イライラしてくる。グリーンが重過ぎてパットのフィーリングが合わない。悪循環だ。一緒に回ったハンディ18の人は強めに打ったパットがスコン、スコンと面白いように入って大喜びする。

西は我慢、我慢だと自分に言い聞かせながらプレーしたが、東に入ってからもショットもパットもパッとしないままで結局私が最下位であった。

ゴルフはメンタルなスポーツであることが良く判った。会社をサボって、後ろめたい気持ちでプレーするのはスコアがよろしくない様である。

でも、このままサボリを繰り返すことで後ろめたさが消せるかも・・・


■2008-06-06-Friday 温泉でびっくり!

このところ毎晩の様に水光園という温泉銭湯に通っている

が、4日の晩の温泉で妻が「びっくりした〜」とお風呂から上がってきた。

「誰に会ったと思う?」と聞くから、お風呂屋で会いそうな人の名前をいろいろと挙げてみたが全員違うという。じれったくなって「一体誰に会ったんだ?」と聞き返したら、「アキマさんよ!」という。全然ピンと来ないので「どのアキマさん?」と聞くと「アメリカのボゥルダーの秋間美江子さんよ!」と言うのである。「エ〜ッ!?」としか答えようがなかった。

秋間実江子さんは1995年に、帯広青年会議所の「国際環境大学構想プロジェクト」で『大学を中心とした「まちづくり」をしている米国コロラド州ボゥルダー市』の視察に行った際に、ご主人の浩(故人)さんにも大変お世話になったのである。以来、家族ぐるみでお付き合いさせていただいているのだが、いつも何の連絡も無く突然に帯広に訪ねて来られるのである。

秋間さんは「ちょうど良いところで偶然出会ったわ!明日の朝、坂本さんにお電話しようと思っていたのよ。」と妻に言ったそうだ。せめて前の日にでも「明日帯広に行く」ぐらいの連絡を入れて欲しいところだが、いつも突然現れては驚かされるのである。

私が帯広に居なかったらどうするつもりだったのだろうか?

驚くのはこれだけではない。秋間さんは、おん年81歳で、乳癌と喉頭癌の手術をされているのであるが、とても病人には見えないエネルギッシュな方なのである。

ここ最近はご自身の長年にわたるボランティア活動が評価されて、今回も静岡で赤十字社の表彰式があって来日したのだと言う。

秋間さんの実兄の「宮沢弘幸(1919-1947)」さんが北大生だった時に、「宮沢・レーン事件」という冤罪で特高につかまり亡くなった事件の企画展が北大総合博物館で開催され、お兄さんの写真などが展示されているので札幌に行こうかと思ったのだが「よさこいソーラン祭り」で混んでいるので急遽、帯広に行くことにしたのだと言う。

6日(金)に横浜に行くというので、列車(飛行機ではなく、寝台車で移動するというのでこれまた驚いた)までの時間、秋間さんを中札内美術村にご案内した。私も美術村は6年振りである。

雨が降っていたが、柏林の中にスズランが群生していてとても良い匂いであった。展示物も建物もだいぶ変わっており、秋間さんも楽しんでくれた。

レストランで秋間さんが豆腐の冷奴を注文したのだが、「ハチミツは無いか?」と従業員に聞く。レストランには生憎ハチミツが置いていなかった。すると秋間さんが「豆腐にはハチミツが常識よね〜」と妻に言う。私も妻も「エッ!」と一瞬絶句して、「豆腐には醤油でしょ!」と言ったら、「アメリカでは豆腐にハチミツをかけて、プリンのように食べるのよ。ハチミツが無いなら食べられないからいらない。」と言うのである。なんとも秋間さんには驚かされ続けた3日間であった。


■2008-06-07-Saturday マジックアワー

映画「マジックアワー」を見に行った。

例によって「夫婦50割引」は2000円で見られるのである。一人1000円で2時間楽しめるのは安上がりな娯楽である。

マジックという文字が入っているだけで反応してしまうのだが、手品とは何の関係も無い映画であることは判っていた。

封切り日だったので思ったよりも混んでいたが、東京ならば朝から映画館の前で並ばなければ入れないだろう。画面は東京よりもかなり小さいが、それさえ我慢すれば同じモノが並ばずに見られるのであるから良である。

三谷幸喜作品は、エログロが無く、ゲラゲラと笑えるから好きである。そのくせ、完全なる悪役という人物が出てこないし、真意を深読み(監督の意図を正しく理解しているかは別)する楽しさもある。チョイ役で色々な役者が顔を出しているのも、監督の人徳(?)なのか、とても楽しい演出でエンドロールを見るのがとても楽しみな映画でもある。

この映画はなにより佐藤浩一という役者の面白い面を引き出した愉快な作品になったと思う。彼はコメディもやれるということで芸域がかなり広がったことだろう。

この映画のセットでは道幅の狭い、石畳の曲がりくねった街並み、そのくせチョットした広場がある街を造っていたが、この雰囲気がとても気に入った。直線でだだっ広い十勝の道路にはまるで情緒が無い。これはこれで車を中心にした街としては良いのだろうが、「人」を中心にした「まち」ではない。

「ひと」の暮らす「まち」とはこうありたいものだと思った。


■2008-06-08-Sunday エコロジーパーク

妻が紹介した人たちがテレビ番組に出演する

というので、8日(日)正午にエコロジーパークでの撮影を見に行くことにした。

エコロジーパークに行くのはオープンの時以来だから5年ぶりである。晴れていたこともあって結構お客さんで一杯であった。

公園内のどこで撮影しているのかは判らないと言うのでとりあえずブラブラと公園内を歩いて回ったが、どこにもそれらしき人たちは見えない。妻はエコロジーパークが総面積409.2 haの広大な公園であることを知らなかった様で、行けばすぐに判るだろうと思って詳しい場所の確認をせずにいたと言うのだ。

「どこにいるのか電話して聞いてみろ!」とブツブツ文句を言って電話させたら、前段の撮影が伸びて、まだエコロジーパークには到着していないと言う。見当たらない筈である。歩き回ってお腹も空いたからとりあえず昼食にしようと、近所にある「無漏路(むろじ)」という店に行くことにした。この店は大平原ホテルの中津川女将が始めたランチだけのお店で、大平原ホテルとエコパークの中間の丘にある民家を使った店だ。

メニューは一週間単位で同じものが一つだけというシステムである。この日は「タラバ蟹のてっぽう汁・じゃがいものミートソースグラタン・揚げ出し豆腐のあんかけ・大根ともろみ・煮豆・大根の醤油漬け・アスパラガスの胡麻和え・揚げとほうれん草(?)・温泉卵・芋団子(デザート)・コーヒーor紅茶」といったメニューで一人前1260円。地産地消の家庭料理といった感じの料理であった。

味には人それぞれの好みがあるから何とも言えないが、食べ終わった後にやたらと喉が渇いて水分を取った。

昼食後に再びエコロジーパークに戻り2時まで待ったが現れなかったので、帯広に戻ることにした。車で走り初めたら3分後に「今、到着した」という電話が入った。間の悪い時というのはこんなものである。

エコロジーパークでジンギスカンをやっているグループがいたので、ジンギスカンが食べたくなり、夕食はわが家の庭で焼肉をすることにした。だいぶ日も長くなってきているし、今日は温かいから、両親を呼んで一週間早目の父の日をやろうということだ。

自宅の庭で家族で食べる焼肉というのは格別においしく感じるものである。


■2008-06-09-Monday 何ということだ!

秋葉原で凄惨な事件が起きた

というニュース速報を見て驚いた。夜のニュースでは25歳の青年が一人でやった犯罪で、7人死亡して10人が怪我をしたのだという。

一体なぜ?!としか言い様がない。犯人は「死にたかった」と言ったそうだが、なぜ、見ず知らずの人間を道連れにしなければならないのか。結局、犯人は生きたまま捕らえられたのだから、道連れでもない。そんなに死にたければ他人には一切の迷惑を掛けずに一人で勝手に死んでいけば良いのだ。

これで、また犯人が精神を患っていたとかで無罪なんかになったら、死んだ人間は浮かばれまい。

恨みがある人間を殺すというなら、まだ理由が判らなくもないが、それにしたって殺人は許される行為では決してない。

被害者の人は、理由も判らずにある日突然に殺されたのだから、さぞかし無念なことであろう。ご冥福をお祈りする。

最近、似たような事件が続いている。未来に希望が持てない社会が悪いと言ったって、日本国民全員がそうなのであって自分だけではない。甘えている。そんなこと理由になんかならない。

どこかが変だ。日本全体が狂っているとしか言い様がない。

こんな事件が報道されると、またバカな奴が模倣するのだろうから怖くて人込みに行けなくなるではないか。常に周りを警戒しなくてはならない社会なんて真っ平ご免である。


■2008-06-10-Tuesday 大道芸

今日の午前中に「北の大地de大道芸フェスティバル」の委員会があった。

大道芸を帯広で開催するのは今回で通算7回目になる。初回は2002年の夏に私の友人のマジシャンが「面白い大道芸人がいるから会わせたい」と帯広に「キャプテン・ケーボーとクリスピー・クリス(後にファニー・ボーンズと名乗る)」の二人組を連れて来たのがきっかけである。

帯広に到着した晩に4人で酒を飲みながら芸能論を闘わせて大いに盛り上がり、意気投合したのである。

彼等は「帯広でも路上パフォーマンスがしたい」と言う。しかし、帯広市も例に漏れず、道路上では大道芸などのパフォーマンスは禁止されている。

たまたま翌日からは駅前通りが歩行者天国になる「帯広平原まつり」の日程だったので、急遽、事務局に掛け合って、わが社、坂本ビル前の空間を使わせてもらえるようにした。

彼等は人形を使った面白い芸を披露したところ、観客にバカ受けしたのである。平原まつりも出し物がだいぶマンネリ化してきていたので、新鮮に感じたのだろう。また、本格的な大道芸を見るのは初めてであったとも思う。投げ銭もかなり集まった。気を良くした彼等に、夜は北の屋台で美味しいものをご馳走して更に喜んでもらった。興が乗って、北の屋台でもパフォーマンスをやってくれて、屋台のお客さんたちも大喜びであった。

彼等は「こんなにお客さん達に喜んでもらって、しかも美味しい料理が食べられる帯広とはすごいところだ。是非、来年は仲間達を引き連れて、また帯広を訪れたい。」と言ってくれた。

翌年から、その言葉通りに大道芸人たちの参加数が増え続けていった。来てくれた芸人たちは皆、帯広を気に入ってくれて、「来年も来たい」と口を揃えて言ってくれる。芸人の間では「帯広の大道芸フェスは良いよ!」という噂が広がったのである。

そうこうしている内に、実行委員会が組織され、北海道からの補助金も付き、規模も年々大きくなっていったのであるが、北海道が財政難で補助金が無くなってしまったから、今年は少し芸人の人数を減らして対応することになってしまった。

帯広に来てくれる芸人は、皆、各地の大会で優勝したことのある一流どころばかりであるし、外国人のパフォーマーも参加してくれる国際的な催しになってきている。芸人の参加人数が減っても質は保証付きだ。

芸人も、「帯広の大道芸は特別だ」と言ってくれる。人と人との繋がりが良い企画に発展していっている好例ではないだろうか。今年も7組9名のパフォーマーが参加してくれる。今から8月14・15・16日がとても楽しみである。


■2008-06-11-Wednesday 大人になっていない

秋葉原の事件を起こした

加藤智大は25歳にもなって何を甘えたことばかり言っているのだろう。

全てを「人のせい」にしているではないか。

私は講演の中で『成功した人というのは、「成功は他人のお陰、失敗は自分のせい」という考え方が出来る人が多く。逆に失敗した人というのは「成功は自分の力、失敗は他人のせい」という考え方の人が多い』といつも言っている。北の屋台を経験してこのことが良く判ったからだ。

この伝でいけば加藤はまさしく後者に当たる。

容姿にコンプレックスがあって、恋人が出来なかったとも言っているが、容貌よりも立ち居振る舞いが大事なのだと思う。確かに見かけだけで判断する人が多くいることも事実である。

動物だってカラスは色で損をしているし、パンダはタレ目で得をしている。

第一印象は重要な要素ではある。だからこそ普段からの態度を良くしなくてはならないのだと思う。世の中には顔はハンサムだが人間としては最低の奴だって多いのである。外見だけで判断しないようになるには人付き合いの経験が必要なのかもしれない。

最近の若者は、フェースtoフェースで直に触れ合うことをしない。すぐ目の前に居る人にも携帯やパソコン等でコミュニケーションしてばかりいるから、生身の人間の良さが分からなくなっているのだろう。顔の細かな表情や仕草等がコミュニケーションには重要な要素なのに、それらを省いてしまっている。

今回の事件にも携帯のサイトが深く関わっている。

「不便さが生み出すコミュニケーション、便利さが殺すコミュニケーション」という造語を講演で使っているが、相手を特定しない、誰に向けて発信しているか判然としない、薄っぺらな表面だけのコミュニケーションの仕方に大きな問題があると思うのである。


■2008-06-12-Thursday 道新、朝の食卓31

北海道新聞2006年4月13日掲載「会釈」

何が苦手かって、人の顔と名前を覚えることが大の苦手だ。長年の飲酒習慣のせいか、それとも若年認知症が始まったのか、近ごろますます覚えることが不得手になった。顔と名前が覚えられない人は自己中心的な人間に多いそうだが・・・。

困るのは道を歩いているときに他人から会釈されることである。最近は視力が衰えてしまい、少し離れるとぼやけてしか見えないのに、眼鏡が嫌いだから普段は掛けていない。だから前から来る人がどこの誰か分からないまま、いきなり会釈されてしまう。

会釈されると反射的に笑顔で答える癖はついたが、頭を下げると相手の顔を見られないから、すれ違うたびに「今の人は誰だったんだろう」と、?マークが増えていく。

でも、はたして相手の人も、私のことを本当に分かって会釈しているのだろうか。どこの誰かは知らなくても、見知った顔の人にはとりあえず会釈しておく習慣が日本人にはあるのではないだろうか?

15年ほど前に福岡のホテルで王貞治さんらとすれ違った。エレベーターの扉が開き、よく見知った顔が急に目の前に現れたので反射的に会釈したら、王さんが会釈を返してくれたのだ。一緒にいた他の有名野球選手たちは誰一人返してくれなかったのに・・・。

同行した仲間と「さすが世界の王さんは人間ができているな」とうなずき合ったのだ。


■2008-06-13-Friday 道新、朝の食卓32

北海道新聞2006年5月26日掲載「ご先祖様」

書類棚を整理していたら、大正8年発行の古い戸籍謄本が出てきた。祖父のものだ。和紙に手書きされたもので、幸いなことに油紙に包んであったから保存状態が良く、しかも癖のない読みやすい文字だったのでしっかりと読むことができた。

見ているうちに謎解きをするようなわくわくした感じを覚え、坂本家の沿革年表を作ってみようと思い立った。嘉永元年は西暦に直すと1848年か、なんていう作業をしているとだんだん面白くなってきて徹底的に調べたくなったのである。結局、五代前の、祖父の祖父母の名前までさかのぼることができた。

父は末っ子だし、祖父は父が25歳の時に亡くなっているから、実は詳しいことはよく分からなかった。父が生前、私に「おまえのおじいちゃんが最初に十勝に来て住んだ場所が分からないからいつか探し出したいなぁ」とよく言っていた。今回出て来た戸籍謄本のおかげで、その住所まで判明した。

こうしてご先祖様のことを調べていると、この世に自分が生きているということが、気の遠くなるようなものすごい奇跡と奇跡の積み重ねなんだなぁと感慨深くなる。

最近、人の生命を軽んじるような事件が多発しているが、少しはご先祖様に感謝する心を持てば生命の大切さを認識し直すことだろう。


■2008-06-14-Saturday 道新、朝の食卓33

北海道新聞2006年7月6日掲載「介護」

妻がシニア向けケア(介護)ショップを開きたいと言う。

親たちがそろそろ介護を必要とする年代に差し掛かってきたため、少しは勉強しておきたいと、妻は昨秋、ヘルパー二級の資格を取得した。介護はコツを知らないと、体力の消耗が激しく、世話をする方が腰などを痛めてしまう。コツを覚えると比較的楽に対応できるので、ケアショップで皆にもこのノウハウを伝えたいと言うのである。

この春の介護保険法の改正は要介護の人にとっては厳しい内容になり、家族のケアが重要になったから、社会的にも意義のある仕事だと思って賛成した。

ショップを開くには福祉用具専門相談員の資格も必要なため、妻は毎週札幌に通ってこの資格を取得し、独自に人脈を広げ、どんどん仲間を増やしている。

結局、中心街のビルの中に、車イスや電動ベッドを実際に使用できる1LDKの体験ハウスをこしらえ、介護教室、住宅改修相談、介護用品販売に対応する65坪の施設をつくってしまった。手すりやキッチンの高さ、浴槽、便器、壁の位置なども変えられるようになっており、状況に応じた住宅改修のポイントもつかめる。

一体、妻のどこにこんなバイタリティーがあったのだろう?

子供に手が掛からなくなったからだと言うが、もっと手の掛かる夫がいることもお忘れなく!


■2008-06-15-Sunday 富士会議

伊豆の天城高原のIBM天城ホームステッドで

14・15日に開催された「第21回富士会議」に出席してきた。

この会議は日本アイ・ビー・エムが主催しており、35〜50歳までの全国各地で活躍しているオピニオンリーダーたちが集まって意見交換をする一泊二日の会議で、私は4年前から参加している。

伊豆の天城高原での昼から始まる会議に遅れずに帯広から参加するためには、どうしても前泊が必要になる。最初に誘われて参加した時にはどのような参加メンバーがいるのか分からなかったので東京で前泊してから入った。2回目の時には伊豆下田での講演の日程を入れて下田に前泊して臨んだ。だいぶ気心が知れた前回は、天城ホームステッドに前泊して、他の前泊するメンバーとの交流を深めた。

私は今回がこの会議を卒業する最後の回になるので、前回同様に世話人係りのメンバーと一緒に十数名で天城ホームステッドに前泊することにしたのである。翌日には全国各地から54名が結集した。

同年代の人たちと一宿一飯をすることによって仲間意識が芽生えやすくなる。私は勿論、得意のマジックを使ってコミュニケーションを充実させた。マジックというのは、なかなか役に立つ趣味だ。

今年のゲストスピーカーはフェラーリの車をデザインした人として有名な日本人のデザイナーのケン奥山氏である。年齢は一歳年下の49歳。同年代の人の話は育ってきた時代背景が同じなので理解がしやすく面白さが倍増する。

学者の研究した話というのも興味深いものだが、実際に体験した話というのはやはり説得力が違う。奥山氏の話には聴衆を喜ばせようというエンターテインメント性や、一旦決めたコンセプトはブラさないゾというある種の頑固さと情に流されない強靭な意志の強さを感じて、私のやってきた北の屋台の活動にも通じる共感を覚えた。

夜の懇親会で卒業生4名が挨拶をしたのだが、その時にとても驚いてしまった。この会では年齢を自分から言わない限り年齢というのは話題にならないから誰が何歳なのかが判らなかったのである。卒業生が11名いるとあらかじめ聞いていたので、どの人が卒業するのかだいたいの見当を付けていたのだが、私が「この人とは一緒に卒業だな」と勝手に思い込んでいた人の名前が一向に呼ばれないのである。「今日の出席者で卒業生はこの4名です」と紹介された。ということはこの場に居る残りの人たちは皆、年下ということである。ウ〜ン、年齢というものは判らないものだなぁ。


■2008-06-16-Monday 富士会議2

会議は3時に終了するが

羽田空港を6時15分に出る帯広空港行きの最終便にはどの道、間に合わないから、結局、(前泊+)後泊が必要になる。

私を富士会議に推薦いただいた斎藤聖美さんは、このことをご存知なので、私のスケジュールを有効活用するために、斎藤さんが担当している成城大学での授業のゲストスピーカーとしてこの4年間、この時期に講演をするように依頼されていた。

斎藤さんは毎年お仲間を大勢引き連れて十勝を訪れてくれている大の十勝ファンの方であるから私に異存があるはずがない。大学生に講演できるのはとても楽しみなことのひとつでもある。

今年は、私の卒業ということもあって、「15日の晩には東京で夕食を一緒にしましょうね」とお誘いしてくれた。私は前泊したので、自宅に届いた斎藤さんからのメール内容の確認が出来ずに場所と時間が不明のままであった。伊東駅から斎藤さんの携帯に電話して、店の名前と住所と電話番号を聞いた。私の泊まるホテルが新宿ということもあって、新宿での食事にしたと言う。事前にインターネットでいろいろな店を調べたが、新宿は斎藤さんの守備範囲とは異なる場所だそうだ。食事をご一緒する斎藤さんのご主人も友人の方もまだ一度も行ったことのない中華料理のお店に決めたと言う。ホテルのフロントで場所を確認して出掛けたら、私が一番先に到着した。不安げに待っているとすぐに友人の大西さんが来られて、斎藤さんも続いたが皆、店が判らずに迷ったと言う。確かに判りにくい小さなビルの3階にある小さな台湾料理の中華料理店である。料理が出て来るまでは少々不安であったが、料理はとても美味しかったので満足した。料金も安くてとても良い店であった。やはり外見だけで判断してはいけない、ネットでの評判は正しかったのである。

食後に新宿駅前で別れて、ホテルに向かう途中の駅の構内で、私のすぐ後方で「バァン!」と甲高い破裂音がした。近くに居た若い女性が「キャァ〜」と悲鳴をあげたので、周りに居た人たちが騒然となった。私もビクッと驚いて足が止まってしまった。誰かが拳銃でも発砲したのかと思ったのである。しかし、何の事はない、近くに居たディズニーランド帰りの子供が持っていた風船が割れただけであった。こんなご時世だから人騒がせなことになるのである。

地震のニュースでスッカリ忘れていた秋葉原の事件を思い出してしまい、ホテルに戻るまで、背後から人が走ってくる様な気配がしたら、思わず後を振り返って見てしまうようになった。これでは安心して街を歩けない、秋葉原の事件を真似するようなバカが現れない事を願う。

なんて嫌な世の中になったのだろう。


■2008-06-17-Tuesday 都会と地震

成城大学からの帰りに

下北沢で井の頭線に乗り換えて渋谷で降り、話題の副都心線の渋谷駅を見にいった。

副都心線は6月15日に開業したばかりの地下鉄である。建築家の安藤忠雄氏が渋谷の駅をデザインしたというニュースを見たので、せっかくの機会だから見ておこうと思ったのである。

渋谷の駅は自然の換気を使った吹き抜けの構造で地下深くに縦の穴が開いているような感じである。建築家やまちづくりの関係者と思しき人たちが大勢来ていて、盛んに写真を撮りまくっていた。まるでSF映画のセットの様な感じだし、まだ、店舗が出来ていないからか何とも殺風景な感じがした。映画の撮影などには使われるだろうが、好きになれるような落ち着く場所ではない。

東北で大きな地震が起きたばかりだからかもしれないが、東京中こんなに地下を掘って、巨大な地震が来ても本当に大丈夫なのだろうかと余計なことばかり考えてしまう。

「もっと便利に、もっと便利に」と大した需要や効果が無いのにこんなに路線を複雑にしては返って不便になるのではないのか?案の定、運行遅れの放送が盛んに行われていた。

超高層建築に大深度地下、土地と空間の有効活用ということなのだろうが、東京は江戸時代からの埋めたて地が多いところなのだから地盤はしっかりしているのだろうか?とても心配になる。

高層建築は地震が起きても建物自体は大丈夫だというが、中身の家具や人間が振り回されて建物から飛び出るのでないかという予測もあるというし、もし、ライフラインの電気が停電し水道管が破裂したらマンションの高層階に暮らしている人間は毎日、水をもらいに1階まで階段で降りて来て、今度は重たい水を持って再び階段を上って戻らなければならないだろう。そんなことが実際に出来るはずはない。

人間が暮らすのは自分の体力でカバーできる階層に留めるべきだと思う。

今回の東北の地震は、お亡くなりになった方には大変気の毒だが、この程度の犠牲者数で済んでいるのは地震の起きた場所が人口密度が低かったからだと思う

都会への一極集中はもはや限度を越えている。東京はもはや人間の住むところではない。

東京に巨大地震が起きる前に人口の分散を真剣に考えるべきだと思う。


■2008-06-18-Wednesday 農業問題

週間ダイヤモンド(22,23,24号)の野口悠紀雄氏の

『連載「超」整理日記』のここ三週間(416〜418)の『食糧問題は優れて経済的な問題だ』、『「自給率を高めろ!」と言う消費者は愚かだ』という記述を読んで疑問に思う。

野口氏の論文はそれぞれに読んでもらうことにして、その内容はここでは書かないが、私が思う最大の疑問は「経済学は現実の世界で理論通りに展開するのか?」ということである。すなわち机上の論理になっていないのか?ということである。

「この世の中には例え正しいことでも、人類がその正しい行いをいつも実行してきたのか?」という疑問なのである。

これまでの歴史上では、誰が考えても正しいと思われることを人類はやってこなかったではないか。理論と現実は違うのだ。理論上は正しくても人類はその正しい理論通りには考えないし、動かないのである。

飢餓とは死に直結する恐ろしいことだ。一部の有識者(?)が飢餓状態になって半狂乱になった人間をコントロールすることなど不可能だ。そんな状態に陥った人間に「こうすれば、皆が上手く回るのだから、冷静になりなさい」と言ったところで誰が耳を貸すだろう。目の前の空腹を満たす事しか頭になくなるのが動物としての人間の性だ。

食糧問題は経済問題ではなく、心理問題だ。チキンゲームに陥っている世界で野口氏の理論は通用しないと考える。

今は人々の心を落ち着かせ、安心させるような政策が必要なのであって、世界の富を集めて食料を買うことではないと私は考える。

今こそ「安全で安心なエネルギーと食料の自給自足(十勝は自給他足)を目指す」活動が必要ではないのか?

自給できるエネルギーで動く自動車や農耕機具や住宅を創ることで自立する地域づくりを推進するべきであると考える。


■2008-06-19-Thursday 安全な社会とは

腰痛が辛くて思い出した。

中学生の時に器械体操部に入っていた。休み時間には中庭にある鉄棒でよく練習をしたものだ。

ある夏の日にその鉄棒で大車輪(身体と腕を伸ばした状態で鉄棒を中心にして背中側から回る)の練習をやっていた。前回りに回る先車輪(通称)は後方回りの大車輪よりも難しく、なかなか上手く回ることができなかったのである。中体連での鉄棒の規定演技では、フィニッシュはその先車輪で2回転してから3回転目の途中で鉄棒から手を離し、空中で身体を半回転させて着地するというものだったので、そのフィニッシュを練習することにした。

休み時間だから滑り止めの石灰などは勿論無いし、鉄棒用の革のサポーターも付けていない。もともと掌が汗ばむ体質なのでこの日も汗をかいていたのだが、クラスメートにイイカッコを見せようとしたのだ。

案の定、手がすべって背中から砂利の地面に落下した。背中をしたたかに強打して息が詰まり、意識が遠のきかけたがクラスメートが駆け寄り声を掛けてくれたのでなんとか持ちこたえることができた。

その時に背骨を痛めてしまい、結局、中体連には出られず、体操部も辞めることになってしまった。皆にカッコイイところを見せようと、調子に乗ったのが悪かったのである。

これが現代ならどうなるのだろう?

今朝、小学校6年生が屋上の採光窓の上に乗って、それが割れて落下して死んだというニュースを見た。子どもを失った親としての気持ちも理解はできるが・・・。

きっと学校の管理不足だとか言って訴訟が起こされるのではないだろうか?

私のケースなら、さしずめ中庭に鉄棒があるのが悪いとか、地面が芝生でないのが危険だとかという話にでもなるのだろうか?

そんな事を言っていたら、何にも出来なくなってしまうし、何にも設置出来なくなってしまうではないか。

設置側や管理者側がある程度の危険をシミュレーションして予防措置をしておくことは必要である。しかし、何をやらかすか分からない者に対する予測は難しい。個人個人がある程度の危険を自ら察知し避けるようにする教育が必要だと思う。

何をしたら危険か、何をしなかったら危険かというのは日々の生活からおのおのが判断しなければならない。

日本は平和過ぎて、安全は勝手についてくるものだと思っていやしないだろうか?

秋葉原殺傷事件のようなものなら、察知することは不可能であるが・・・。

結局、私もその時の代償でずっと腰痛に悩まされ続けているが、誰かを怨んでいる訳ではない。

自分の愚かな行為から起きたことは自らの責任なのである。


■2008-06-20-Friday 愛犬?

わが家の2匹の愛犬は、

ラブラドール・レトリバーの薄茶(オス)のサニーと黒(メス)のバニーである。共に1996年に買ったから今年で12年目になる。人間なら70歳以上の老犬だ。

最初、6月末にオスのサニーを買った。顔と前足がやたらと大きくて間の抜けた顔をした子犬であった。案の定バカ犬であった。バカ犬が一匹ではかわいそうだと思い夫婦にしてやろうと一ヵ月後にメスを買った。優秀な子犬が欲しかったので優秀な血統書付きの高いメスを買ったのである。

二匹は確かにオスとメスなのだがどうやら夫婦ではないようだ。まるで女王様と召使いのような位置関係なのである。だから当然子犬は生まれない。普通は先に飼ったほうが上位にあると思うのだが・・・。

サニーがバニーのお尻の匂いを嗅いで、前足をバニーの腰に乗せて「なぁ〜」と誘うと、バニーは「冗談じゃないわよ!誰があんたなんかと」と噛み付くのである。するとサニーはスゴスゴと引き下がり「何もそんなに怒らなくてもいいじゃないか」と部屋の隅っこででかい図体を小さくして震えている。

きっとわが家にはオスを底抜けに優しくする「気」とメスをとても強くする「気」の両方が流れているのであろう。サニーを見ていると我が身を見ているようで哀れである。

サニーは賢いのかバカなのか時々判らなくなることをする犬であるが、バニーに相手にされないところを見ると、やっぱりバカなのであろう。

寝ている格好はとても犬とは思えない形なのである。前足を内側に折り曲げて坐るから、元の足を伸ばした状態に戻してからでなければ、すぐに立ち上がることが出来ないのである。

それにしても、最近は立ち上がる時には「ドッコラショ」と掛け声をかけたくなるようなスローモーな感じになってきた。

歳をとると犬にも認知症というのがあるのかしらん、最近、家の中で糞をするようになってしまった。我慢ができなくなってきたのか。それとも嫌がらせなのか・・・?

ペット・ロス症候群というのがあるそうだ。ペットが死んでしまうとショックで気が抜けたようになってしまうらしい。こんなサニーでも死んだら悲しいのだろうなぁ〜。

はたして後何年一緒に暮らせるのだろうか?


■2008-06-21-Saturday 過激な環境活動

名前に似合わない過激な行動をする団体だなぁ。

グリーンピース。

捕鯨船に船をぶつけたりする活動は新聞やニュースで見て知っていたが、この種の過激な活動は好きになれないなぁとずっと思っていた。

今回の宅配会社から鯨肉を持ち去った事件は、誰が見ても明らかに窃盗である。

正義の為なら何をやっても許されると思っているのだろうが、とても驕った考え方だと感じる。まるで「私が法律だ!」とでも言わんばかりである。

環境活動は、大勢の人たちの共感を得られる活動でなければ実を結ばないと思う。一部の過激な活動は反発を感じこそすれ、共感するものではない。

鯨の問題に関しては、以前から大きな矛盾を感じている。かつて鯨油を燃料に使う為に鯨を殺しまくり、油以外は捨てていた連中である。江戸のペリーの黒船だって鯨を求めて来たのではなかったのか。今更「かわいそうだ」とはなにごとか?同じ動物の牛や豚や鶏はどうなんだ!

理屈が通らんではないか。動物差別だろうが。

人間はこの地球上で暮らしている以上は、何らかの生命をイタダイテ暮らしているのである。生命を呉れたものに感謝して、余すところ無く活用するのが本来の姿勢であろうと思う。日本人は鯨は捨てるところ無く活用してきた。油だけ取って他は捨てていたのとは違うのである。

一方的で独善的な正義というのは危ういものだ。

文化の違い、考え方の違いを理解する努力が欠けている。

でも、今回の事件は日本人が起こしたのだしなぁ〜・・・


■2008-06-22-Sunday 来客

東京からお客さんが7人来た。

東京JC(40歳で卒業)のメンバーだった人たちで、皆49〜52歳、私と年齢が近い。

中の一人、Aさんがマジックつながり(私が大学卒業後に師匠のジミー忍師に師事した)の旧知の方で、十勝にゴルフに来たいと言う。

今年の私はゴルフなら大歓迎である。

十勝に来られるならゴルフだけではなく、食、モール温泉、ばんえい競馬なども楽しんでもらおうといろいろと企画した。

金曜日に東京から19:45着の最終便で5人が帯広に入る。市内の北海道ホテルで待ち合わせてから、平和園本店に行きジンギスカンを堪能してもらった。皆さんが、「美味しい、美味しい」とすごい量(ジンギスカン12人前・サガリ6人前・牛タン6人前・牛ホルモン2人前・豚ホルモン1人前)のお肉を食べお酒を飲んだ。

二次会はクラブに行きたいというので焼肉臭い身体のまま「クラブ・デルタ」にご案内した。いずれも金額の安さに驚いていた。

帰りに北の屋台に行ったが満席で入れず、翌日に残して、この日はホテルに戻った。

翌、土曜日の朝、東京から9:25着の飛行機で2人が合流し、清水の「クラシック・オビヒロ・ゴルフコース」に行く。生憎の雨と深い霧、初めてのコースで、霧で景色が見えないとまるでゴルフにならない、スコアもまとまらず、しかもせっかくの雄大な景色を堪能してもらえずに残念であった。

1人が親類の結婚式に出席する為、帰京するというので私が帯広空港に送って行った。近道をしようとゴルフ場のフロントで道を聞いて、農道を走り抜けて行ったが、私も初めて通る道である。私の車にはカーナビが付いていないから、不安になりながら通ったが何とか無事に到着した。すると空港では霧の為に飛行機が飛ばないかもしれないと言うではないか。今から帯広駅に向かって行って、列車で新千歳空港に行ったとしても、千歳発の東京羽田行き最終便には間に合わない。「もし、飛ばなければジタバタしてもしょうがないから、こんな時には諦めて、帯広で酒でも飲むしかありませんね」と言い残して、不安がる人を一人空港において帯広に戻り、「かに大将」で他のメンバーと合流した。幸いにも飛行機は無事に飛んで行った。

「かに大将」には二次会に「北の屋台」に行くから、少なめに注文してあったのだが、タラバ・毛蟹・松葉・花咲と並ぶと食欲が出てきたのか、皆の食べること、食べること。追加、追加で満腹状態になった。

腹ごなしに「北の屋台」の前に、再び「クラブ・デルタ」に行った。よっぽど店のオンナの子が気に入ったのだろう。ここでも時間を延長してワイワイと楽しんだ。

「北の屋台」に行くとタイミング良く、お目当ての「プチ・プレジュール」のお客さんが出た直後であった。この店の看板食の「ラクレットチーズ」を食べてもらいたかったのである。本来は丸い円盤状(厚さ7〜8cm)のラクレットチーズを半月状に切って専用の電熱器で温めて融かしてそぎ落とし、茹でたじゃがいもやパンなどに乗せて食べるのである。

これは誠に美味である。皆、店主の薀蓄話に興味深そうに聞き入っていた。私が「北の屋台」を訪れるのは1年半振りのことである。卒業してから始めて顔を出したのであった。

良い機会を与えてもらったと感謝している。楽しい一時であったが、時計が翌日になったのでホテルに引き揚げた。


■2008-06-23-Monday 来客2

翌、日曜日は朝から曇り空

ホテルに迎えに行って「十勝カントリークラブ」でゴルフ。天気は何とかもってくれたので昨日の雨の中のゴルフよりは楽しんでもらえた。

来勝メンバーの1人Nさんはハンディ5のゴルフ場の経営者だから、初めてのコースだというのに「地主」の私よりもはるかに良いスコアであがってきた。キャディのおばちゃんも「上手い、このコースの選手になって欲しいくらいだ」と絶賛していた。

13:20にゴルフを終えて、帯広市内に戻り遅めの昼食は「ぱんちょう」の豚丼。日曜日には行列をつくる店だからと言い訳しながら行くと並ばずに座れた。「何だ、今日は空いているな」と思ったら、着席した直後からまた混み始めた。昨晩の北の屋台といい、今日のぱんちょうといい、実に良いタイミングで入店したようである。

「最近、東京でも「豚丼」という名前のメニューがあるが、これはまるで違う、とても美味しい」と喜んでくれた。

お土産を買いたいというので、食後に六花亭本店に案内した。

六花亭本店隣にある私の会社の「マジック図書館」に朝生さんだけを案内し、コレクションを自慢していると、これまたタイミング良く我々二人の師匠であった故ジミー忍師の未亡人から電話が入った。偶然もここまで続くと不思議である。

六花亭で待たせている時間に他のメンバーは店内で飲める無料のコーヒーで、お菓子を食べながら待っていた。その間に買ったお土産の量のすごいこと、すごいこと。

合流した時に、本店でしか食べらず、持ち帰れないお菓子「さくさくパイ」がちょうど出来上がってきたので、更にコーヒーを飲み、洋生ケーキの安さに感動されながら、また食べた。実によく食べる人たちである。

次に、昨晩北の屋台で食べた「ラクレットチーズ」を買いたいと言うので、藤丸百貨店地階の食品売り場に向かった。

そこに「豚丼のタレ」が売っていたので、それもたくさん買って、新得町協働学舎のラクレットチーズも全て買い占めてしまった。このメンバーはだいぶ十勝の経済に貢献してくれている。

飛行機の時間まではまだ間があるので、「ばんえい競馬」にお連れした。競馬が好きだという人が2人いたが、ばんえい競馬は始めてだと言う。ただ見学だけをしてもつまらないから馬券を買ってその馬を応援しようということになった。しかし、私も含めて馬の強さも馬券の買い方もよく判らないので、適当に買ってもらうことにした。

メンバーの1人Mさんが第五レースを「ミヤで―─廚般樵阿慮賚す腓錣擦200円購入したら、なんとこれが15,000円に化けてしまったのである。ビギナーズラックというのが本当にあるんだなぁと皆で大笑いしてしまった。

今回のゴルフツアーは天気はイマイチであったが、その他は十勝を堪能していただけたことと思う。

十勝を好きになって再び訪れてくれることを約束して別れた。


■2008-06-24-Tuesday 規制緩和

一体どこの国の話だ?

日本は規制緩和をする方向ではなかったのか?

自動車の後部座席のシートベルト、たばこ自販機のタスポカードetc

返って規制が増えてやしないか?

どうでもイイような国民生活にまで、お上の規制が入ってきている。

最近の自動車には後部座席にも全てシートベルトが付いているのだから、高速走行をするから危険だと思えば着ければ良いし、事故が起きたら死ぬかもしれないが窮屈は嫌だと思ったらしなけりゃ良いだけの話ではないだろうか。

タバコだって今どき吸っているのは健康が気になっていても辞められない依存症の人か、逆に信念を持って吸っているかのどちらかだろう。未成年者だって、おこずかいは携帯電話料の支払いで一杯一杯でタバコなんぞ買う余裕なんてないのでは?

余計な規制を増やすことで、経済が上向く効果があるなどと思ってもらっちゃ困る。これらの規制は明らかに経済活動を萎縮させる行為だ。こんな規制より、役人に対して、固い頭を柔らかくするクイズなどを受ける義務でも負わせた方がよっぽど効果があるかも・・・。

今朝、健康診断を受けてきた。これまたメタボ検診で義務化されたのだという。初めて腹囲というのを測られた。

このメタボ検診だって、腹囲などは骨太の人と、そうでない人とでは腹の出具合も体型によってかなり違う筈だし、年を取っても痩せているのは貫禄がまるでない。それに多少脂肪の蓄積がある方がいざという時に体力が持つともいうではないか。

結果は来週に判明するが、たぶんメタボと診断されるだろう。しかし、私は来るべき食糧難に備えてお腹に栄養を備蓄しているのであって、肥っているのは私流の危機管理なのだ。というのは冗談だが・・・。

どうもお上は国民を一律に管理したがるようである。

余計なお世話なのである。

規制を増やす事は、すなわち役人の仕事を増やすことになる。規制を増やすことで、役人の立場を維持しようという魂胆なのだろう。

もっと、他にするべきことが沢山あるだろうに。

私は、何でもかんでも規制を撤廃することには反対であるが、規制が多過ぎるのも大嫌いだ。程よい規制があればそれで十分なのである。

規制でがんじがらめにするよりも、社会的常識を判らせる方向に力を入れて欲しい。

自分のことぐらい自分で管理すれば良い、その結果がどうであれ、自己責任だと思えば良いのである。


■2008-06-25-Wednesday 巧妙?

今日、我が社宛てに不審な郵便物が届いた。

送り主は「日本電○○告株式会社」で住所は新宿郵便局の私書箱となっている。封筒の表書きには「広告料金振込案内書」と書かれていて、中には郵便局の払い込み用紙が入っているだけ、ミシン線でその用紙につながっている紙には我が社がNTTのタウンページに掲載した広告を切り抜いて貼ってある。そこに書かれている文面には下のほうに「日本電信電話株式会社のタウンページと混同なさらぬ様お願いします。」と書かれている。

「混同なさらぬ様」にと書いてはあるが「混同させる様」に作られている代物である。

慌て者が見たら、タウンページの請求書と勘違いしやすい体裁になっているのだ。

実に巧妙なのは、うまく誘導された(騙された)人が例え警察に届け出ても、犯罪の要件を満たさない様にと考えられている点だ。これを作った人間は頭が良いし、法律に詳しい人でもあるだろう。ひょっとしてマジックの素養があるかもしれない。実に巧みにギリギリの線を渡っている。

これだけの頭脳を持っているなら、もっと良い事に使えばいいのに・・・。もったいない。

「俺、俺、詐欺」の件数も一向に減らないようだし、騙される人のなんと多いことか。きっとその手口も日々、進化(?)しているのだろうなぁ。それとも日本人は疑うことが苦手な人種なのかしらん。

同じ騙される(この言葉は好きではないが)なら、マジックだけにしておきたいものだ。

マジックは知的好奇心を触発するが、詐欺に関しては怒りの感情しか起こらない。

マジック的な詐術(この言葉も好きではないが)を、悪用してほしくはない。

他人を喜ばせるエンターテインメントだけに使ってほしいものだ。


■2008-06-26-Thursday 商売

定年退職後に何か商売を始めたいが、

相談にのって欲しいと言われた。一ヵ月後に大手企業を定年退職する知人がネットビジネスや健康食品の販売などの商売はどうだろうか?とパンフレットを持参して来社した。

こういう類の相談が一番困るのである。

私がした返答は「中小零細企業もしくは個人が抜群のアイデアで画期的なシステムを開発して起業した場合、そのほとんどは数年の内に破綻している。そのアイデアが画期的であればあるほど、その傾向は強くなる。何故ならば、そのアイデアで壊されるであろう既得権益を持っている大手企業が、必死になってその権益を守ろうとするからだ。まずはその良いアイデアが広く浸透する前に徹底的に叩きに入る。その叩いている間に自社でそっくり同じ様に真似をして開発してしまう。開発に成功したら、今度は大手の信頼感と信用力で市場を押さえる。先発した零細企業は資本が続かずに駆逐されてしまう。」というのがこれまでのパターンになっていると説明した。

「ネット社会がもっともっと進展して、情報の有り方が大きく様変わりしたら、今後もこのパターンが続くかどうかは判らない。が、現時点では、夢の無い話だが、信用の無い人間が画期的なアイデアを考え出した場合、そのアイデアを大手企業に売りつけるというビジネスならありえるが、それを使って自ら企業化することは難しいと思う。ハイリスク・ハイリターンでそんな企業に投資するという選択肢もあるが、ナケナシの退職金を全て投資するのは危険過ぎると思う。」としか言えなかった。

この知人は、「この事業を始める人は有名な○○株式会社の元会長さんで、信用の有る人だ。」と言う。私は「あなたはこの元会長さんと面識があるのか?」と訊ねると「会った事はないが、友人が信用できる人だと言っていた。」と言うのである。つまりは又聞きだけで自分で確かめた訳ではない。パンフレットにこの元会長さんの顔写真や経歴が載っていたが、本当に本人が承諾しているのか、誰かに担ぎ出されて名前だけ使われているのかも調べていないという。他者の評価だけで判断して、大金を投資しようというのである。

これが一般の日本人の感覚なのだろう。これだもの「俺、俺、詐欺」にも引っ掛かる訳だ。何故、自分で確認しようとしないのだろうか?私に判断を仰いで決めようというのはこれまた危険過ぎる行為だ。もしこれで全財産を失ってしまったり、止めることで儲け損なっても、どちらにしても結局は私のせいになってしまうのではないか。

自身の判断能力に自信がないなら起業はするべきではない。私のようなちゃらんぽらんな人間にも社長が務まっているのだから社長なんて楽なもんだと思われているのかもしれないが、社長というのは常に判断の連続を迫られているのだから心が安らぐということはないのである。

これからの世の中、商売は益々厳しくなっていく。安易な考えで起業することは決して進めるものではない。


■2008-06-27-Friday 洋服

妻がぼやいている。

「あなたの方が私よりも、洋服ダンスに入りきらないくらい沢山に、洋服を持っている。」と。

確かに妻の言う通りなのだ。結婚以来ほとんど体型の変わらない妻に対して、私は毎年、腹回りが1cmずつ着実に肥え続けてきたからである。

「仕様がないだろう。君の作る料理が美味し過ぎて肥ってしまったのだから、これは言わば幸せ肥りなんだよ。」と心にも無い事を言ってその場をしのいだのだが・・・。

私のスーツの型は、結婚した当初は、Y体であった。それがいつしかAY体から、A体になって、AB体になり、ついにはB体にまでなってしまったのである。このままいけばO体になってしまう危険性もあったのだが、ここのところの節制でかろうじてストップがかかっているような状態なのである。

スーツは男の仕事着である。毎日同じスーツを着ていくわけにはいかないから、毎年、春と秋に2〜3着ずつは買わざるを得なかった。ズボンのウエスト部分が閉まらなくて、無理して着ても苦しくなってしまうのだから仕方がないのである。

妻はブランドものや貴金属類にはまるで関心がないし、化粧気もないまことに安上がりな女性である。自分では洋服を買うことが少ないので、以前は私が東京などに出張した折にお土産として私の気に入った洋服を買って来ていた。しかし、私の好みと妻の好みとはなかなか一致しない。せっかく買って来ても着てくれないから、結局、お土産として洋服を買って帰る行為自体をいつしか止めてしまったのである。

そうなると、妻の洋服の数はさっぱり増えずに、私の着られないスーツばかりが貯まっていくことになったのである。

妻は「誰か着てもらえる人にあげたら?」と言うが、何せ、脚の短さにかけては人後に落ちない私であるから私のズボンは他の人の半ズボンになってしまう。ズボンの省エネルックなんぞは様にならないのである。

妻は「身体に洋服を合わせるからよ。洋服に身体を合わせなさい。」と言うから「判ったよ、もうすぐ痩せて、再度着られるようになるから」と言い続けて一体何年になるだろう。

でも、今年はなんだか痩せられそうな気がしてきた。でもそうなると「幸せ」ではないということになるのかしら。


■2008-06-28-Saturday ドライバー

今年20回目のゴルフに行った。

今日はこれまで調子の良かったドライバーがイマイチであった。このドライバーは今年3月初旬に東京のゴルフショップでスイングチェックをして、何度も試打して自分のスイングに合わせて作ったセミオーダーのクラブである。だからこれまでは以前に使っていた「高反発ドライバー」よりもしっくりときて、かえって飛距離が伸びたのである。

ところが、今日は右へ、右へと行くのである。強振するとヘッドが遅れてついて来る様な感じがして、フェード系の球になるのだ。

きっと、作った時がシーズン前の3月初旬だったから、20回もやっている内にヘッドスピードが上がってきて合わなくなったのだろうと思う。

シャフトを硬目に替えるか、クラブごと買い替えるか、それともクラブに合わせた打ち方にするか?ウ〜ン悩むところだが、残念ながら帯広では買えない。次に上京する時まで妻にゴマをたっぷりすって機嫌良くさせておかなくちゃいけないなぁ。

たぶん、妻に言ったら「たまたまそうだっただけじゃないの?使っている内に慣れるわよ!」と言うに違いないから・・・。


■2008-06-29-Sunday 夫婦

妻が居ない!

と言っても、喧嘩をして家から出て行った訳ではない。もし万が一、夫婦喧嘩をして妻が「実家に帰らせてもらいます」と言ったとしても、妻の実家はわが家と50メートルも離れていないご近所さんだから、全然脅威には感じないのであるが・・・。

今回の妻の上京は東京女子体育大学でフィギュア・スケートをしている長女が「ドーリーム・オン・アイス2008」というエキジビション大会に出場するというので見学のために出掛けただけである。

私はまだ、娘の生の演技を見たことがないのに、妻は何度も見に行っている(海外にまで)。

不公平だと思うのだが、娘にしてみれば夫婦一緒に見に来てくれるなら良いが、男親だけに見に来てもらっても仕方ないという。どの家庭でも男親というのはこんなものなのだろうか?

妻がいないので、ゆっくり寛ごうとおもったのだが、意外と落ち着かないものである。

昼間に仲間とゴルフをやって、帰宅してから犬の散歩、夕食はお酒を飲もうと思ったので近所の店に歩いて行ったのだが、休みだったり、混んでいたりで、さんざん歩き回り、結局最後はコンビニで弁当、ビール、焼酎、週刊誌やらを買って済ませてしまった。帰宅してソファーで週刊誌を読んでいる内に、歩き回ったから疲れてしまったのかうっかり眠ってしまい、気が付いたら夜中の2時だった。

風呂にも入らず、服を着たままソファーで眠ってしまったのである。今度は中途半端な時間に目が覚めてしまい眠れなくなってしまったので、再びお酒を飲んで酔っ払って眠るしかなかった。男寡(おとこやもめ)に蛆(うじ)が湧くというが、男一人だとだらしないものである。

私はこれまで何でも自分一人で出来ると思って生きてきたが、結婚23年も過ぎると、面倒くさくなってやる気が起きないのである。

こうやって、世の男性族は女房の手中で転がされ、調教されて行くのであろう。


■2008-06-30-Monday もう半分?

今年ももう半分が終わった。

「もう半分過ぎた」なのか「まだ半分残っている」なのか?

ネガティブとポジティブとの違いはあれど、いずれにしても月日が経つのが年々早くなっているような気がする。

何等かの目標を持たずに日々を過ごすということはまことに辛いものだ。かと言って何かをする気にも全くなれない。ただ毎日が怠惰に過ぎ去っていくのみである。

とりあえず、このブログを毎日更新する目標だけは達成している。最初は書くのが面白くなかったが、段々と楽しくなってきたところだ。

先ごろ十勝毎日新聞社から「論壇」のコーナーに執筆して欲しいとの依頼が来た。これも毎日書き続けてきたことの成果であろう。だが、一回が1000文字だという。以前このコーナーは1200文字であったそうだが文字が大きくなったので字数が減ったのだそうだ。1000文字で論文を書くことは難しい。1200字だと起承転結のある文章が書けるが、1000字だとエッセイになってしまう。はたしてどんな論壇のコーナーになるのやら、乞うご期待!

私の掲載日は14日(月)である。