«00008 メイン 00010»
 | トップ |  | ビル概要 |  | テナント構成 |  | 沿革 |  | アクセス |

観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2008-08-01-Friday 内閣改造

福田首相が内閣改造をするらしい。

少なくてもこれまでの組閣では誰が大臣になるのか興味を持って見ていたが、今回はまるで興味が湧いてこないのである。なぜだろう?と考えてみても一向に思い当たらない。

きっと、誰がなっても同じだと、遅ればせながらようやく気がついたからなのかもしれない。

福田内閣は同僚の与党国会議員たちからも「泥舟」だと言われているらしい。でも、そんな泥舟内閣ででも大臣に就任したい御仁が大勢いるという。国会議員にとって大臣と名が付けば、選挙の時に有利に働くとでも思っているのか。それとも例え1日だけでも大臣をやれば肩書きに「元○○大臣」と載るのが嬉しいのかは分からない。

いや、そうではない。今日の日本の危機的状況を自分が大臣になって変えてやるという憂国の士がいるのかもしれないではないか・・・。

いずれにしろ、あまり期待はしていないけど・・・。

この明日への希望が持てない世界の状況をなんとか打破して欲しいと思うのだが、国会議員に期待する方が無理というものか・・・。


■2008-08-02-Saturday 掲載本

私のことが紹介されている本が送られてきた。

2008年8月10日発行予定の勝見明著『「度胸の経営」(「次の一歩」この決断ができるか?)』三笠書房という本である。

著者の勝見明さんとは1995年からの付き合いである。この年、私は帯広JCが行った「国際環境大学構想プロジェクト」の担当副理事長としてプロジェクトリーダーを務めていた。JCの例会の講師として、会津大学などの開学をレポートしていたジャーナリストの勝見さんを招聘したのがきっかけである。その後、「北の屋台」を一橋大学の野中郁次郎教授(当時)と一緒にレポートしていただき、月刊誌「プレジデント」やリクルートの「Works」や日本経済新聞社の「イノベーションの作法」などでもご紹介して頂いた。

今回の本には、キャノンの御手洗富士夫さん、セブン&アイの鈴木敏文さん、楽天の三木谷浩史さん、旭山動物園の小菅正夫さんなど、今をときめくそうそうたる人物が紹介されている中に、私も登場しているので、とても気恥ずかしくそして恐れ多いことでもある。

今年の5月に東京で一緒にお食事をしたときに、「今度出す本に書いたからね」と言われたが、勝見さんには私が北の屋台を卒業した経緯を詳しく話してもいたのでどんな内容になっているのかとても気になっていたのだ。

卒業した後にも、こうして評価していただき、本に紹介してくれたり、講演によんでくれたり、帯広を訪ねて来てくれる方々がいることはとても嬉しい事である。今まで一生懸命にまちづくり活動に励んでいたことが決して無駄ではなかったと思えるこの頃である。


■2008-08-03-Sunday 大道芸の見(味)方!

今年も大道芸フェスティバルを開催する。 

2002年に一組の大道芸人から始まった「北の大地de大道芸フェスティバル」、今年は7組9名の芸人たちが14日からの「平原まつり」を盛り上げてくれる。

6年前までは、大道芸がなかったからか、見物のマナーをまだ分かっていない方が若干いるようなので、大道芸の薀蓄(うんちく)を紹介することで、鑑賞の幅を広げてもらいたいと思う。

古来、日本の大道芸は「ガマの油売り」に見られるように商品を売ることが主目的の、いわば客寄せの芸であり、客が芸を見ること自体は無料のものがほとんどであった。芸そのものを見せてお金をもらう大道芸は少なかったのである。

大道芸には小屋や劇場という箱がないから入場料を徴収することができない。だから、全ての芸が終了し、最後に見物料をもらうしかないのだが、日本ではこの習慣が災いして、お金を払わずに立ち去ってしまう人が多いのである。だが、そうなると芸人の生活は成り立たなくなってしまう。

大道芸では「投げ銭(見物料)」を集めるのも芸の内で、演技が素晴らしいだけでは稼げない。芸が終了した瞬間に観客をその場に留めて投げ銭を帽子などに入れてもらう巧みな話術も必要なのだ。「投げ銭」とは言うが本当に投げるのは失礼である。大衆演劇の「おひねり(お金を紙に包んで舞台に投げる)」とも混同してはいけない。最後にキチンと帽子などに入れてさらに握手を求めると芸人も喜ぶ。

戯れ歌に「芸人殺すにゃ刃物はいらぬ。あくびのひとつもすれば良い」というのがあるが、芸人も人の子である。近くに寄って芸人と一緒に場を盛り上げると興が乗ってきて普段見られないような面白いものを見せてくれるかもしれない。側に寄っても物を売りつけられることはないのでご安心を。

近年、物を売る大道芸は姿を消しつつあるのに対して、芸だけを見せる大道芸は全国各地で「まちおこし」として注目されている。が、大道芸には屋台と同様に法律の高い壁が存在し、普段の日には自由に道路や公園で演じることは許されない。「平原まつり」の期間中だけ許可をもらって演じているのである。

北海道のあちこちで開催される同様の催しと比較しても、帯広には世界中から一流の芸人たちが集まってくる。なぜなら、スタッフと芸人との信頼関係が篤いからだ。ぜひ、この機会に他所では見られない素晴らしい大道芸を見てもらいたい。

最後に「大道芸人殺すにゃ刃物はいらぬ。雨の三日も降れば良い」という戯れ歌もある。今年の平原まつりが天候に恵まれることを祈る!


■2008-08-04-Monday 全英女子オープンゴルフ

このところ寝不足気味である。

31日からイギリスのサニングデールで始まった女子ゴルフのメジャー大会、全英女子オープンゴルフを毎晩遅くまで見ているからだ。

今回は日本の不動裕理、宮里藍、上田桃子ら3人がトップ10に入っていて、しかも3日目には不動が単独トップ、宮里が2打差の3位に着けて優勝争いをしているのだから面白さも格別だし、力の入り方も違ってくるというものだ。

結果は残念ながら、不動は3位、宮里は5位に終わってしまった。

不動も宮里もとても良いゴルフをしているのだが、後数センチの差でバーディパットが入らずまことに惜しいゲームであった。対して優勝した韓国の20歳の申智愛はかなり強めのパットをど真ん中からポンポンと放り込んでいた。申のパットは2〜3ミリでも左右にずれていたらカップに蹴られるような距離を無視した強さのパットであったが、逆に距離を合わせると左右に曲がってしまうラインを強引に直線にしてしまう思い切りのよさが運の神様を引き寄せた感じだ。対照的に不動も宮里も大事に距離を合わせに行って逆にカップに嫌われてしまったようだ。

ゴルフというのはだから難しい。

それにしても最近の女子プロゴルファーはかなり綺麗になった。昔はおじさんみたいなおばさんか、ごついおばちゃんばかりだったのが、まだ鑑賞に堪えられる容姿の女性が少しずつ増えてきた。今回は最初から宮里選手を応援していたのだが、最後の18番ホールは集中力が途切れたのかダブルボギーをはたいてしまい2位からいきなり5位にまで落ちてしまった。18番で一体藍ちゃんの心になにがおこったのか?

日本での大会なら応援することの少ない不動選手の仏頂面も外国の大会に出ているとつい応援してしまう。3日目、4日目と不動選手と一緒に回った今回優勝した韓国の申選手はまだ20歳なのに堂々とした態度と体形であったから不動選手がかわいらしくみえてしまったようだ(ゴメンナサイ)。

今回の女子オープンは同じメジャー大会の全英でも前週に行われた男子の大会とはまるでコースの難易度が違ったようだ。男子の全英のコースなら、私なら1ホール目でギブアップしてしまうだろう。女子の方は簡単なコースだったのかスコアが大幅に延びたので、我慢大会みたいだった男子の大会よりは見ている方は面白かった。

それにしても、最近のゴルフ界の韓国勢の活躍はすごいの一言だ。それに較べてなぜ日本人は海外で活躍できないのだろう。内弁慶になることなくもっと日本人選手も他流試合をする感覚で海外に出た方が強くなれるだろうと思う。

ゴルフはメンタル面が大きく左右するスポーツなのだから。


■2008-08-05-Tuesday 北京オリンピック

中国新疆ウイグルでまたテロが起こった。

平和の祭典が建前であるはずのオリンピックがなにやらきな臭くなってきた。オリンピックは4年に一度だし、競技数も多いから世界の注目度も他の単体のスポーツの大会とは比較にならないほど高い。その注目度の高さを狙ってテロを行ない、自分達の主張を世界中に認知もしくはアピールしたいのだろうけど、テロという行為はいただけない。もし、罪の無い人が犠牲になどなってしまったら、例えどんなに大義名分があろうとも世界中の人たちから受け入れてもらえるはずがないではないか。テロを行なう人たちは世界の情勢分析を誤っている。

それにしても、今回の北京オリンピックの人気の無さは際立っているようだ。日本では石油価格の暴騰が災いして飛行機のサーチャージなどは格安航空運賃以上の料金を要求されるから海外旅行は不人気だし、おまけにテロだの環境問題だの食料問題だのが多くて、しかもチケットが何故だか手に入らないというのではせっかくお隣りの国での開催なのに見に行く意欲を削いでしまっている。ホテルの予約状況もガラガラだと新聞に載っていた。

テロ組織の思惑も、オリンピック本番にはテロを行なうつもりなど初めからなくて、やるぞ!やるぞ!と中国政府を脅かして、何か起きたら威信に関わるからと過剰な反応をさせて、警備をやたらと厳しくさせることで、一般国民や世界中の人たちに中国政府の評判を貶めようという作戦なのかも・・・。


■2008-08-06-Wednesday 水の事故

夏といえば水の事故がつきものだが・・・

何だか今年の水の事故のニュースは例年と大きく違っている。海や大きな河川での事故ではなく、神戸で起きた街中の小さな川での事故や、昨日の東京都豊島区の下水管での事故などはそれを象徴している。都市整備で本来は蛇行している川を人間の都合によって直線化したり、街中の道路を全て舗装してしまうから、地面の土の保湿効果が無くなり、すべての水が道路の表面を流れて下水や川に一気に雨水が集中してしまうのだ。

それに加えて、最近の日本の天気のおかしさである。ゲリラ豪雨という集中豪雨がやたらと頻発している。東京は連日30℃を越える猛暑と激しい雷雨がこのところ毎日続いている。まさに異常気象である。

更に、昨日は足立区の商店街で道路がいきなり陥没してバイクに乗っていた人が怪我をしたというニュースも流れた。

以前にも指摘したことだが、地下をやたらと掘ったら、雨などの影響で地中の土が流されてしまう。地中には水脈という地下の水の流れがある。やたらと地下を掘って地下水の流れを変えてしまうと上の土地に影響が及ぶ可能性も高いと思う。

東京は江戸時代はもっと海が大きかったし、山や谷も多かったのだ。渋谷や赤坂など地名にその名残りがあるが、家康以来、土木工事を行い続けて、山を削っては谷を埋め、海を埋めてて今の東京が出来ている。江戸城は大田道灌が造った時は海に面していた城であったのに、周りを埋め立ててしまったから、現在の皇居は海からかなり遠いところにある。

埋立地の地盤は軟弱であろうから、昔は海だった港区あたりに建っている建物は地震にもかなり弱いだろうと思う。

東京という街は人工的な脆弱な地盤の上に建っている街である。そこに超高層ビルを建て、超深度地下を掘るのは狂気の沙汰であると思う。

今回の事故は東京は人間の住む場所ではないぞという警告かもしれない。


■2008-08-07-Thursday 妻の不機嫌

最近、妻がとても不機嫌なのである。

私がこのところ嬉々としてゴルフに出掛けるのを見て「私は毎日、毎日、休み無く仕事してるのに、貴方はゴルフばかりして楽しんでいる!

」と怒るのだ。

「だって、君が今年はゴルフを徹底的にやってごらんなさいと言うから・・・」と言い訳したら「限度というものがあるでしょう」とやり返されてしまった。

妻は他人が幸せそうにしているのを見ると何となく腹立たしくなるようなのだ。困った性格である。

昨日も33℃の猛暑の中を今年33回目のゴルフに出掛けた。グッタリして自宅に戻ると、妻が不機嫌な顔をして待ち構えているから「イヤ〜!今日のゴルフは暑くて、暑くて死にそうだった。こんな暑い日に汗でビチャビチャになりながらゴルフをしなければならないなんて、俺も辛いんだよなぁ〜」と言ったら妻の顔が一瞬ほころんで「そう〜大変だったのね」と優しそうにねぎらいの言葉をかけてくるのである。

妻は私がただ楽しんでいるのは気に入らないが、暑くて大変な中で苦しみながらプレーしたというのなら、どうやら許せるらしい。

そうか!今度から嫌々ゴルフに行っているのだという素振りを見せれば良いのだ。

でも、本当はただの嫌味だったりして・・・。


■2008-08-08-Friday ファット

久し振りに自宅のお風呂に入った。

このところ毎晩、夫婦で帯広市内の温泉銭湯に通っているのである。

石油価格が暴騰しているので、自宅のお風呂に夫婦2人きりだけしか入らないのに灯油のボイラーでお湯を沸かして入るのはモッタイナイ気がしているのだ。

温泉銭湯なら一人390円である。回数券を買えば一割引で351円になる。帯広市内の銭湯はどこも植物性のモール温泉でしかも皆サウナまで完備しているから狭い自宅のお風呂に入るよりも気持ちが良いのである。自宅から70メートル程度の距離にもこの温泉銭湯があるから歩いて行けるのでとても経済的なのであるが、最近はクルマで5分の距離に新しく改装した銭湯がオープンしたので、もっぱらそこに自動車に乗って行くので本当に経済的なのかは少々疑問なのだが・・・。

昨晩は久し振りに自宅のお風呂に入った。ということは、妻は久し振りに私の風呂上りの裸姿を見たのであるが、私が腰にバスタオルを巻いてお風呂から出て来た姿を見て妻が一言「何〜んだ!ゴルフばっかりやっているから少しは痩せたのかと思ったら、全然お腹が引っ込んでいないじゃないの!カッコ悪〜い」と。そうなのだ。お腹はまるで引っ込んでいないのである。

しかし、ここで下手な反論をしたらゴルフに行けなくなるかもしれないと咄嗟に判断した私は「イヤー、ゴルフをやった直後は細くなるんだけど、家に帰って来て君の美味しい手料理を食べるとすぐ元に戻ってしまうのさ」と答えたのである。

「それにしても、一体そのお腹には何が詰まっているのかしら」と言うので、すかさず「幸せが一杯詰まっているのさ」と答えたのである。妻は一瞬、何を見え透いた事を・・・というような顔をしたが、すぐに笑顔になった。とりあえず一安心である。

夫婦和合の秘訣は、たとえどんなに見え透いていても、くさいセリフが言えることなんだなぁ〜と感じた夜だった。


■2008-08-09-Saturday オリンピック開会式

いよいよ北京オリンピックが始まった。

開会式の時は温泉に行っていたので全部というより、ほとんど見ていないのだが、温泉に入る前から始まって、温泉から上がってもまだ選手入場をやっていたから、ものすごく長い開会式だったということだけは判った。あれでは式典の間中、立っている選手は気の毒である。恐らく3時間以上は立ちっ放しだったのではなかろうか?いくら鍛えている身体だとて3時間以上動かずに立っているだけならば辛かろうに。2日目に競技のある人はいなかったのだろうか?

演出は素晴らしかったとの評判だが見ていないのでコメントできないが、誰のためのオリンピックなのか?ナチスドイツのヒトラーがベルリンオリンピックをプロパガンダに使ったというのは有名な話だが、今回の北京オリンピックも中国政府のプロパガンダ用に感じてしまう。参加選手を何時間も立たせっ放しというのがそれを象徴している。

北京でアメリカのバレーボールチームのコーチの親が殺された事件が起きたし、グルジアにロシアが進行したというニュースも流れた。

一体どんなオリンピックになるのやら不安なスタートである。


■2008-08-10-Sunday 講演

9日に帯広で講演をした。

北海道印刷工業組合の全道大会が帯広のとかちプラザで開催され、記念講演として「北の屋台」の話をして欲しいとの依頼があったのである。

昨年3月末日付けで北の屋台を卒業した身であるから、講演はご遠慮したい。現在の北の屋台の運営スタッフの方に依頼して欲しいとお断りしたのだが、立ち上げの時の話をどうしても私にしてもらいたいと熱望されるので、引き受けたのである。

帯広以外の場所での講演ならいざ知らず、帯広市内で辞めた人間が講演しては、現在の運営スタッフがやりにくかろうと思ったのである。

印刷工業組合の式典担当の方が帯広JCの先輩ということもあったし、印刷業の人たちの大会だから一般には判らないだろうと思ったのだが・・・。

翌10日の北海道新聞の朝刊に、私のバストアップの写真付きでデカデカと掲載されてしまった。しかも、まるで私の講演会の様な扱いの記事なのである。内緒でするつもりが逆に大々的に報道されてしまったので、北の屋台の現スタッフの人たちは気分を害したのではなかろうか?

先に出版された本の「度胸の経営」もしかりだが、北の屋台を辞めた後まで、こうして評価していただけるのは大変嬉しい事である。いつまでもゴルフばかりして遊んではいられないかもしれない。


■2008-08-11-Monday 体操

オリンピックの体操競技を見て驚いた。

私は中学生の時に器械体操部に入っていたこともあって、体操競技にはいささか関心があるのだが、今回のオリンピックの体操競技を見ていて、体操というよりは、まるで曲芸の様だと感じたのである。

例えば鉄棒であるが、果たして片手で回る必要があるのだろうか?更には、正しく「離れ業」で鉄棒から一旦手を離して、身体を回転させてからまた掴むという技をやっていた。あれでは、競技というより曲芸に近い。あんなことをやっていたら選手は怪我が絶えないだろうと思っていたら、案の定、全選手が満身創痍の状態であるというではないか。

昔の東京オリンピックの時の女子体操のチャフラフスカ選手の演技は美しかったと子供心にも思ったものだ。その東京オリンピックの時にはウルトラCの技が最高だったのが、今ではE難度の技まであるらしい。この傾向は一体どこまで行くのだろうか。採点の仕方も変わったようで、見ていても良く判らなかった。

このサーカスの様な曲芸体操なら、雑技団が沢山あって、幼い頃からやっている中国には絶対敵うまいと思う。

どうも、最近のスポーツは選手の身体を極限まで酷使しているように感じるのである。プロとして、それでお金を稼いで生活できるのならまだしも、アマチュアで、むしろオリンピックに出る為には親もお金を掛けているような状況での競技種目で故障したり、障害が出てしまったりしたら後の人生は一体どうなるのか?恐らく保障なども少ないのだろうと思う。

せめて、オリンピックのメダリストには名誉だけではなく、生活の保障などの施策が必要なのではなかろうか。

何だかやたらと知らない種目も増えているし、オリンピックもそろそろ曲がり角に来ているのではないだろうか?一旦立ち止まって原点を見直す時期に来ているのかもしれない。


■2008-08-12-Tuesday 生命保険

昨日、生命保険会社から文書が郵送されてきた。

開封してみると、長女にかけていた「愛児成長保険」の満期保険金請求手続きの案内文であった。保存していた証書を引っ張り出して内容を調べてみると22歳満期で保障額100万円の30%が満期金として戻ってくると書いてある。手続書のお支払い金額欄を見ると満期金が25万5千円となっているので、30%なら30万円だから単純な計算間違いをしているなと思い早速お問合せ先と書いてあるカスタマーサービスセンターに電話してみたのである。

すると、「お客様は東邦生命でこの保険をかけていらっしゃいましたね。東邦生命が破綻しましたのでこの保険は保障額が減額されて当社が引き継いでおります。」と言うのである。

そう言われて思い出した。東邦生命は破綻したのであった。

我が家は祖父の代に東邦生命の前身である「徴兵保険会社」の代理店をやっていた。父の代になってからも代理店を続け、父は十勝の代理店会の会長を務めていたから、我が家の生命保険は東邦生命オンリーであったのだ。

96年に、地元の帯広信用金庫が提携をして熱心に勧める生保会社があったので東邦生命一社だけというのもなんだからと、その信金が勧める生保会社にも加入することにしたのである。

帯広信金が勧める生保会社というのは、当時同じく父が代理店会の会長を務めていた「日産火災海上保険」という損保会社の兄弟会社である「日産生命」であったので、勧められるままに日産生命にも加入したのであった。

すると、1年も経たない97年に、日産生命が突然破綻してしまったのであった。

戦後初の生保会社の破綻である。生保会社が倒産することもあるのかと驚いたが加入したのは一本だけだったし、払った金額も小額だったのでこの時はまだ諦めもついたのだった。

翌98年になって東邦生命が危ないゾという噂がチラホラ出てきたが、まさか代理店が真っ先に契約を止める訳には行かない。結局99年に東邦生命が破綻してしまった。

加入していた保険はパーになったものもあったし、かなり減額されてAIGエジソン生命に引き継がれたものもあったが、この時は怒りが収まらなかった。

銀行などの金融機関がアブナイゾと言う噂を入手すれば、すぐに解約して他の銀行に移すこともできるが、生命保険というのは途中で解約することはそれまでの保険を捨てる事に等しいから事実上不可能に近い。そう簡単には他の生保会社に乗り換えることは出来ないのだ。国民の中には健康上の問題で新たに加入し直すことが出来ない人も大勢いる。それなのに、当時の政府は銀行は助けて生保は潰したのである。一般国民のことなどまるで考慮に入れていない非情な行為である。

当時はムチャクチャに腹が立って、以後、生命保険には絶対に加入するもんかと思ったものだ。

それにしても、今回の案内文は不備であるし、不親切である。この辺の事情がまるで書いていない。少なくとも貴方がこれまでに払った保険金は○○円で、途中に会社が変わって保障額が△△円に減額されました。生存祝い金はいついついくら支払ったので、満期保険金は○○円になります。と報告するのが筋ってもんではないのか?

ただ、何の説明書きもない書類を送ってきて判子をついて送り返せというのははなはだ失礼である。たぶん詳細を客には報告したくないのだろうが、昨今は生保会社による保険金の不払い問題が新聞を賑わせているのだから、もう少しお客の立場に立って説明する態度が必要なのではないのか?

金が戻って来るというのに、なんだか改めて腹立たしくなってしまった。


■2008-08-13-Wednesday イライラ

最近、何だか妙に気分がイライラするのである。

何故なのか、暑いのが嫌い、蛾(十勝で異常発生している)が嫌い、痩せない、腰が痛い、など等、少しずつなら思い当たる節はあるが、これらが単独の原因ではない。

全てが総合して訳が判らずイライラしているようだ。

このイライラというのは始末に終えない。じっくり腰を下ろして物事に対処することが出来ないのだ。特に先日のゴルフでそれが顕著に現れてしまった。

その要因はいくつかあった。まず、スタート時間が30分も遅れた。ゴルフ場側が欲張ってプレーヤーを多く入れ過ぎたのである。

次に私たちの2つ前の組の4人(男女2人ずつ)がハンディの総計が100は優に越えているような人達でチョロッチョロッとしか前進しないから、その前の組とは1ホール以上も間が開いてしまっているのに悠然と歩いてプレーしているのである。下手なら下手なりにクラブを2.3本持って小走りでボールに向かえばまだ可愛いものを、ユッタリとされるとなんだか腹が立ってしまった。この日はゴルフの直後にスケジュールが入っていたので、気が急いていたのだ。

おまけにこのところ雨が降っていないからグリーンが固くなっていて、ボールが止まらずに、ことごとくグリーンをオーバーしてしまう。こうなるとゴルフのプレーにも段々と影響が出てくるのである。

プライベートでの友人とのゴルフだったということもあって真剣みが薄かったし、スコアも悪いから集中力が無くなり、益々イライラが高じてプレーが雑になってしまった。結局90発も叩いてしまった。

終了した後には、やっぱりまだまだ精神的に未熟だなぁと深く反省して落ち込むのである。

どうやら巷に溢れているイライラが私にも伝染したのかもしれない。最近起きる妙な事件はこの伝染するイライラが原因なのかも・・・。


■2008-08-14-Thursday 花火

13日に開催された勝毎花火大会に行って来た。

この勝毎の花火大会は打ち上げ数2万発という全国有数の花火大会で、観客も道内はもとより全国各地からも訪れて来る大きなイベントである。

私は去年に続いて2年連続で家族と一緒に、十勝大橋近くの会場で見ることができた。観客数は一体何人いるのだろうか?すごい数である。これだけの人数が帯広に入ってくるのはすごい経済効果である。ホテルや交通機関やコンビニや飲食店には恩恵が多かったのではないだろうか。

事前に中心街の居酒屋でビールをジョッキで2杯飲み、食事は軽目に済ませて会場に向かった。車で会場まで行ったら駐車場が無いだろうし、渋滞も酷いだろうと、徒歩で会場に行ったのだ。会場にはトイレが少ないことは知っていたので、居酒屋でトイレを済ませてから行ったのだが、寒かったせいもあるがジョッキ2杯のビールはすぐに尿意をもよおしてきた。

始まる前にトイレを済ませようとトイレに向かったら1000人ほどの人達が並んでいる。1時間近くも並ぶ事になってしまい、結局、開始時間には間に合わなかった。観客の数に対して、トイレの数がまるで足りていない。

あいにく今年の天気は曇りで気温も低く、十勝川には薄っすらと霧がかかってしまった。霧がかかると薄い幕がかかった様になって、クリアに花火が見られないから少し花火がボケた感じに見えてしまい少々残念であった。去年の感動が強すぎた分だけ、今年は逆に感動が薄らいでしまったようである。だが、こればかりはお天気次第だから仕方がない。来年は晴れる事を祈ろう。

帰りは1時間ほどかけて歩いて自宅に戻った。アスファルトの上を歩くのは疲れるものだ。かなり足腰に疲れが残った。

帰りに飲み足りないのでコンビニ寄ってビールを買って帰ったが、コンビにはどこも混んでいた。駐車場には道内の札幌や北見ナンバーのクルマが目立った。皆これから帰るらしい。ホテルが満室で取れないからか、もしくは宿泊代がもったいないから帰るのかは判らないが、翌日まで帯広に泊まって「平原まつり」も見てもらいたいと思う。

さて、明日から大道芸が始まる。今年も楽しいお盆になりそうだ。


■2008-08-15-Friday 日本三大珍品玩具

日本には三大珍品玩具というのがある。

今朝、我が社に買い物に来たお客さんから聞いた話である。

自然物を使って作った玩具で、山口県の「岩国石人形」、鹿児島県「鈴懸け馬」、そして我が社の「十勝達磨」の3つである。そう言って十勝達磨を購入されていった。

初耳だったので、早速ネットで検索してみたら、上記の3つが載っていた。

販売している本人が知らない内に、いつのまにか「日本三大珍品玩具」なるものに指定されていたわけだ。

十勝達磨は私の祖父が作ったものだ。作ったといっても祖父が彫ったわけではなくプロデュースしたのである。

明治38年に十勝の池田利別から帯広に移って坂本勝玉堂を開き、印鑑や十勝石細工品などを販売していた祖父は、自分の名前の「勝」という字が入っている十勝石(黒曜石)に愛着があったようである。この黒い石を使って縁起物を作れないかと考えて、十勝というのは全戦全勝に通じるし、達磨は七転び八起きであるから、十勝石で達磨を作れば二つの意味が重なり合って更に縁起が良くなると「十勝達磨」の制作を思いついたらしい。

十勝川に自然に転がっている状態の丸い石をそのままの形状で使って、それに達磨の顔を彫った素朴な置物であるが、その素朴さが受けたのか当時としてはかなりのヒット商品であった。売れる物にはニセモノが出るのは昔からの常だが、この十勝達磨にも随分とニセモノが氾濫したので祖父は当時としては珍しい商標登録をおこなったのだが、今の中国と同じに当時の日本人には商標などどこ吹く風で、一向にニセモノがなくならなかったという。

我が社の職人も、広瀬・末木・初鹿の三人がいて、それぞれが彫る達磨の顔が違うので、それがニセモノの横行を許したのかもしれない。

それにしても、お客さんからそんな話を聞くのはなんとも嬉しいことだ。この三大珍品玩具というのをこれからおおいに活用させてもらうことにしようと思う。


■2008-08-16-Saturday 大道芸フェス(1)

お盆のまつりが終わったらもう秋の気配だ。

今年の「平原まつり(14〜16日)」は大道芸に関してはまずまずの天候に恵まれた。初日の14日は一日中曇りで気温が低くて助かったし、翌15日の二日目は昼間が曇りで夕方5時過ぎから雨が降り始めたので、大道芸はギリギリ雨に当たらなかった。夜の部も屋根の架かった広小路での演技であったので大道芸にとってはありがたい天気であったが、盆踊りはどしゃ降りの中を踊っていたので可哀想であった。三日目の16日は快晴で地元民の私たちには暑いくらいであったが、東京の蒸し暑い中で演技している芸人たちにとっては天国のような場所だと思う。

今年の出演者は7組9名で、クラウン芸・パントマイム芸・バランス芸・コメディー芸・絵描き芸・ジャグリング芸など等バラエティに富んだ人選をした。諸物価高騰の折からか「安・近・短(安い、近場、短期間でアンキンタン)」の傾向が強いようで、例年よりもお客さんの数が多いように思われた。

芸人達も今年はお客さんのマナーが格段に良くなったと言っていた。観客が集まり易い、乗りが良い、投げ銭(見物料)の入りが良いと三拍子揃っていたというのである。さすがに7年も続けるとマナー等が浸透してきたのかもしれない。

帯広の大道芸フェスティバルはまさに手作りのイベントである。7年前の2002年に、旧知のマジシャンから帯広で大道芸を披露する場所を確保できないかとの相談が入ったので、すぐに警察などの関係機関を走り回ったが色よい返事はもらえなかった。大道芸は屋台同様に法律の高い壁があって、自由に道路や公園などでパフォーマンスを披露することは禁止されているのである。自由に使えるのは民有地であるが、北の屋台の広場では空間が狭過ぎるし、坂本ビルの駐車場では観客が集まりにくい。

車道を封鎖して歩行者天国にする「平原まつり」期間なら町内会のOKさえ取れれば、関係機関の許可は無関係になるから、町内会に交渉して坂本ビル前の空間を使って演技してもらうことにしたのである。前日の13日に旧知のマジシャンとともに来帯したのは、イギリス人のクリスと日本人のけーぼー、女性マネジャーの3人組であった。かつてプロマジシャンを目指したこともある私は、彼等5人と北の屋台で夜を徹して芸能談義で盛り上がりすっかり意気投合してしまったのである。

彼等の芸は、まさしく本物であった。日頃からテレビで芸NO人たちのくだらないお遊びばかりを見せられていた十勝の人達にはとても新鮮に映ったことであろう。拍手喝采を浴びてこの年、他の出し物を圧倒する集客を誇ったのである。当初は一度きりの場所の提供と考えていたので、ホスピタリティを発揮して歓待し、連日、演技終了後に北の屋台で十勝の名物を腹一杯にご馳走したのである。十勝は気候は涼しいし、食べ物は美味しいし、観客の反応も良いということで、すっかり気分が乗ってきた彼等は来年は仲間達を引き連れてやって来たいと言ってくれたのである。

翌2003年には事前に北の屋台で予算を組んで芸人達を招聘するようになったのである。


■2008-08-17-Sunday 大道芸フェス(2)

北の屋台の広場はその名とは逆にとても狭い。

通路もお客さんがはみ出して坐っているので通路で演技を行うことは不可能だ。一部分とはいえ北の屋台の予算を使っている以上は北の屋台での演技も必要になる。

前年に来てくれたクリス&けーぼー達は約束通りに仲間を連れて来てくれたが、演技を目で見るタイプの芸だけではなく、耳で聞く音楽系の芸人も必要になったのである。

そこで彼等とはまったく別系統で関西で活躍している「チンドン屋」さんたちを招聘することにした。

このチンドン屋さんは前年の2002年にも招聘したのであるが、その時には平原まつりとは別の日程であったのだ。

このチンドン屋の5人組は北の屋台で受けに受けた。屋台からお客さんが出てこなくても耳で聞いて楽しむことが出来たからである。狭い通路を歩きながら演奏し、広場でも演奏をした。中には曲に合わせて踊り出すお客さんまで現れた。このチンドン屋の「東西屋」さんたちはチンドン屋コンクールで日本一になった人達で、皆、大学でブラスバンド部に所属していた連中だから本格的な演奏技術を持っているのである。レパートリーも何百曲とあってお客さんのリクエストにすぐに答えることができるのだ。

昼間の演技を終えた芸人達が北の屋台で飲んでいると、夜の部でチンドン屋さんたちが演奏を始めた。観客が受け始めると芸人の血が騒ぐのであろう。控え室に戻って道具を持って来て、この狭い広場で、このチンドン屋さんたちの生演奏をバックにして、大道芸人たちが即興で演技を始めたのである。更に、音楽系の大道芸人も加わって、面白いコラボレーションが繰り広げられた。より以上に受けたのは言うまでも無い。これが去年から始めた最終日の芸人総出演によるコラボレーション「ファイナルステージ」へとつながっていくのである。

そして翌2004年からは実行委員会組織を編成して、「北の大地de大道芸フェスティバル」へとなって大規模になったのである。


■2008-08-18-Monday 大道芸フェス(3)

徐々に大道芸の面白さが浸透してきた

2004年に十勝毎日新聞社の事業部から、大道芸を実行委員会組織にしないかとの打診があった。実行委員会組織にすれば北海道庁から3年間にわたって毎年100万円ずつの補助金がもらえるというのである。

北の屋台のイベント経費と私のポケットマネーだけでは限界があるし、なにより事務局としての煩雑な作業が大変な重荷になっていたのも事実である。帯広の観客にもかなり大道芸の面白さが浸透してきたから、ここいらでイッチョ大掛かりにして大勢の芸人を一度に招集して観客を思い切り楽しませてみようかとも考えたのだ。

芸人さんとのコンタクトをしてもらっていたファニーボーンズ(クリス&けーぼー)が所属する事務所の社長でもある金丸雪菜さんに相談したら、帯広の大道芸は芸人間での評判が高くて、行きたがる芸人さんの数も増えているので歓迎するとの返事である。

だが、芸人の数をただ増やすだけでは、大道芸を使ったまちづくりにはつながらない。雪菜社長と今後の方向性とコンセプトを何度も話し合って、「帯広の大道芸フェスティバルは他所の地域で行っている同種のイベントとはコンセプトが異なるものにしよう」ということで意見が一致した。

すなわち、ただ単に芸人にギャラを支払って来てもらう、興行主と出演者というような関係ではなく、芸人さんもスタッフもアットホームな雰囲気の中で共に楽しみながら会を運営していくことにしたのだ。だがそれはけっしてナァナァな関係などではなく、帯広のまちを一緒につくっていく、参加することが楽しくなる、そんな関係性を作ろうと意図したのである。そして、これまでこの関係性は非常に良好に進んでいる。

お客さんと芸人とスタッフの関係性というのは、良い芸能には重要な要素なのである。

昨今テレビ界では「お笑い芸人」の番組がやたらと増えているが、彼等の演技時間は短くなる一方である。中には1分間で次々と出演者が入れ替るお笑い番組があるが、あれでは「一発芸」や「瞬間芸」になってしまい、キャラクターの面白さで受けるか、顔や格好などの面白さで受けるかしかなくなり、本来の話芸すら発揮することが出来ない傾向にある。これでは芸人の使い捨てである。

しかもテレビというのはテレビ局区側の一方的な発信、観客の一方的な受信という関係性であるが、大道芸は芸人と観客とスタッフが協力して共に「場」を作り上げていく芸能なのである。つまり大道芸というのはコミュニケーションが発生している空間なのである。

芸人と観客のやりとり、そしてそれを支えるスタッフの三者が揃って初めて楽しい「場」が創造できるのだ。

7年も続けていると、観客もそうした芸人とのやり取りが体感できているから、今年の大道芸には随所に、この良好なコミュニケーションの場が出現していた。

今年のフェスティバルでは観客も芸人もスタッフも確実にそれを実感したことと思う。そうなると来年に向けて更に面白い企画を実現させてみようという力が湧いてくるのだ。まちづくりにはこうしたやる気を出させる仕組みが大切なのである。


■2008-08-20-Wednesday 留萌

留萌から講演の依頼があった

ので19・20日と行ってきた。北海道中小企業家同友会旭川支部の留萌地区からの要請である。

留萌には母の実家があり、母の妹2人が現在も住んでいる街である。昨年の10月に祖母(母の母)の33回忌法要があったので、自家用車を運転して母と2人で久し振りに留萌を訪れたのだった。

以前に十勝支庁にいた旧知のBさんが留萌支庁に転勤になり、留萌で講演をして欲しいとの要請をかねてからうけていたのだが、この33回忌法要の時も日程が合わずに実現していなかったのである。

私は車の運転が嫌いだから、今回は列車で行こうと思った。「たしか小学生の時に一人で留萌に遊びに行った時の記憶では、列車だと深川と滝川で2回乗換えが必要になるはずだ。」そう言ったら、「根室本線が無くなったから、富良野でも乗換えが必要になるかもしれない。」と言うのである。「それならば一旦、札幌に出てから行った方が時間的にも早いし、乗り換えも便利だ。」と言うのだ。なんでもかんでも札幌を中心にして作っているようである。

「それなら、お盆近くでもあるし、一緒に行って墓参りしたいし、妹達とも話がしたい。」と言うので、孝行息子の私としてはクルマを運転して一緒に2人で行くことにしたのである。

およそ、1年振りの留萌である。途中のショートカットの道順も覚えていたし、夏のシーズン真っ盛りだというのに走っている車の数がとても少ないのでスムーズに4時間で到着することができた。国道沿いのロードサイドショップも駐車場がガラガラである。ガソリン代が高いから自動車での移動を控えているのかしらん。

講演を終えてから、懇親会で留萌の現状をいろいろと聞かされた。どうしたら良いかと私に聞く。小学生の時分には毎年訪れていた町だが、最近では去年の法要での来訪が35年振りくらいであるから判るはずもない。

寂れたなぁ〜ということは肌で感じるが、対策はそこに暮らす人達が自分で探すしかないだろう。探せば留萌の宝物はいくらでもあるはずである。

翌朝、母と母の妹達が泊まっている隣町の増毛の「オーベルジュ」というホテルに迎えに行った。時間はたっぷりあるので、増毛は歴史のある町だから興味があったので「元陣屋」という郷土博物館を見にいったら、母達も知らない面白い歴史がそこには一杯あったのだ。

郷里の人間が自分の暮らしている町のことを良く知らないのである。

よく「まちづくり」には「ワカ者・バカ者・ヨソ者」の三者が必要だと言われている。「エネルギッシュな人・夢中になって取り組む人・他所からの視点を持った人」とでもいう意味である。この三番目のヨソ者というのは、普段の生活に埋没してしまって自分達では気が付いていないことを、他所の人間の新鮮な視点が気付かせてくれることを言うのである。

本当にヨソ者である必要はない。他人に自慢できるようなモノや場所を、第三者的な視点で探し出し、味付けすれば良いのである。

だが、この味付けが難しいのだ。素材そのままではありきたりだし、面白くないのである。プロデューサー的な感覚で演出するセンスが重要なのである。


■2008-08-22-Friday 講演

昨日、私の話を聞きたいと

10名ほどの人たちが我が社を訪ねて来た。

不動産関係の仕事やコンサルタントをされている方々で、今回は十勝のいろいろな場所を視察して歩いていて、北の屋台も視察箇所に入っていると言う。

「私は昨年3月末日付けで北の屋台を卒業し、現在はまったく関わっていないから」とお断りをしたのだが、現在の運営よりも立ち上げ時の話を聞きたいからと切望されるのでお引き受けをした次第である。

何だか最近やたらとこの種の依頼が増えている。一昨日の留萌での講演もそうであったし、9日の印刷業組合の大会での講演も同様であった。何故なんだろう?

元々話す事が好きだから、頼まれれば嫌とは言わないが・・・。

およそ90分の講演を終えると、「感心した」とお褒めにあずかった。「資料がすごい」、「取り組まれた事が10年早過ぎたですね」とも言われた。確かに自分でも早過ぎたとは思う。結局、実際に活動していた時(1996〜2006年)には評価されず、解散してから評価されるというのは嬉しいやら悔しいやら複雑な心境である。

私の講演回数も恐らく300回を越えていると思うが、いまだに話し始めると熱く語り出す自分自身に驚いている。何故いまだにこんなに熱っぽく語れるのであろうか?

また「10年間の活動で築き上げた人脈の広さに驚いた。」とも言われた。確かに十勝環境ラボラトリーの専務としてお付き合いさせて頂いた方々とは、今でも親しくお付き合いをさせて頂いている。これはこの活動で得た最高の宝物である。

最近、これらの方々から教えて頂いたことを、他の人々にも伝えることが私の役割かもしれないと感じるようになった。

今後はもっと積極的に講演を引き受けることにしようと思う。


■2008-08-24-Sunday オリンピック閉幕

北京オリンピックが終了した。

中国当局の発表では何事も無かったとのことだが、本当に何事も起こらなかったのかはもうしばらくしてみないと分からないだろうと思う。それほど報道にも規制が多かったのではなかろうかと推察する。

日本の成績としては、まぁこんなもんだろうというのが感想である。メダルを期待されていた選手は、精神的にもかなりきつかったろう。そんな中で、特にマラソンの男女の欠場問題と土佐の故障による途中棄権は理解しがたい。選手の調整が上手くいかなかったのはまぁ仕方がないとしても、補欠は用意しておくべきだったと思う。土佐選手も野口選手が先に欠場を宣言してしまったから2人も欠場するとはとても言い出せなくなったのだろう。なんだか選手たちと、上層部たちとの意志の疎通が上手くできていない気がする。あれではこれからも同種の問題が起こるだろう。上層部の連中は未だに精神論でなんとかなるとでも思っているのではなかろうか?

特にガッカリさせられたのはサッカーと野球であった。星野監督があんなに凡将だったとは・・・。短期決戦なのに過去の実績に惑っては調子の悪い選手に温情をかけて使ったりして、素人が見ても選手起用法には問題ありだと感じた。特にGG佐藤は韓国戦でエラーした時点で変えるべきである。汚名挽回をさせてやろうという監督の親心なのだろうが、かえって傷口を広げさせてしまった。あれがトラウマになってしまうかもしれない。

寄せ集めだからチームワークが難しいのは理解できる。だからこそムードメーカーが必要だし、悪い流れを切り替える戦法が必要だと思うのに、ベンチは何も手らしい手を打たなかった。いやむしろ雰囲気を悪くさせていた。最終アメリカ戦の大勢が決まってしまった後のダルビッシュの起用法、あれでは敗戦処理である。エースとしてのプライドをズタズタにしてしまった。ペナントレースにも引きずりそうな最悪の起用法である。私が監督だったなら、全投手に1イニングずつ任せて全力投球してこいくらいのことをやるがなぁ〜。それなら負けても納得するのではないのだろうか?何だかとても後味の悪い試合であった。

一方、北島康介の二種目二連覇は素晴らしかった。モチベーションを高く持ち続けることは至難の技である。今回メダルを獲得した選手たちは、皆、精神的にも強いものを持っているのだろう。こう言うのは容易いが自分に出来る事ではない。選手に過剰な期待をかけ過ぎるのは酷な気もするが、日本人選手が優秀な成績を納めるのは国民としては嬉しいものである。祭りの後の喪失感が出ないよう今度は政府に期待をかけるか?

でも日本をなんとかしようというモチベーションの高い政治家は見当たらないなぁ〜。


■2008-08-25-Monday 年齢詐称?

北京オリンピック女子体操に疑惑が出て来た。

今大会の段違い平行棒で金メダルを獲得した中国女子体操選手「何可欣」に年齢詐称疑惑が浮上してきた。大会前にNYタイムズ紙が報道していたが、女子体操競技には出場年齢制限があって年内に16歳にならなければ出場する事が出来ない規定になっているが、何選手は1994年1月1日生まれの14歳だとする中国体操関係者の証言もあるようなのだ。

体操競技は背が小さい方が身体の回転が速くなるし、恐怖心が芽生える前の若年から特訓した方が上達も早いとも言われている。しかし、過去に体操界では薬などを使って無理に身体の成長を遅くしたりする人権問題等が生じたので、上記の様な年齢制限を設けたのである。もし、何選手の年齢詐称が本当なら、何選手本人は体操界から追放され、メダルも剥奪されることになる。中国は16歳である証拠として中国政府が発行したパスポートを提示したというが、パスポートが偽造されたものだったら国家をあげて偽装に加担したことになるではないか。

日本のおばちゃん達が整形手術でリフトアップだの皺取りだのをやって年齢をごまかすアンチエイジングも年齢詐称の一種だが、この中国のメダル欲しさの偽装はいただけない。

果たしてこの結末やいかに!とても興味のあるところだ。


■2008-08-26-Tuesday 異常気象?!

日本の天気がおかしい!

栃木県の鹿沼市では豪雨の為に街中の道路が冠水し、自動車内に閉じ込められた45歳の女性が亡くなってしまった。一方、四国の愛媛県今治市では雨が降らない為に24日に山火事が起きて26日現在まだ延焼中だという。

以前に街中に居ながら水の事故に合う異常さを書いたことがあるが、街中の道路上で車が冠水して死亡するというのは明らかに異常である。しかも携帯電話で助けを呼んだのに警察も消防も他の場所と勘違いして出動しなかったというではないか。誰もがまさか街中の道路上で冠水して死亡するとは思いも寄らないことだろうと思うが亡くなられた方は大変気の毒である。下水の処理能力以上の豪雨が局地的に起こっているということなのだろう。地球環境問題は都市の安全性を脅かす事態であることを物語っているようだ。

四国の方は例年の水不足に悩まされている。何年か前に四国に行った時もホテルのシャワーの使用制限などがあってつらい思いをしたことがあったが、一方では豪雨、一方では水不足である。こんなに狭い日本でありながらこのようなアンバランスな事態が起きている。これから地球規模でもっとすごい事態に陥る可能性が高いであろう。

水の惑星といわれる地球であるが、人間が飲める真水は少ない。世界的には砂漠化が進んでおり、水不足は必至の状況だ。地球上で日本ほど水に恵まれている地域は稀であるが、その日本の中でもこんな事態になるのである。環境問題に対する対策は早急に真剣に行わなくては手遅れになってしまう。

今回の事態は地球からの警鐘なのかもしれない。


■2008-08-29-Friday 家族旅行

久し振りに家族5人揃って旅行した。

といっても自動車で旭川に日帰りで行っただけだが。

子供たちが大人になってしまうと5人揃って行動するという機会がめっきり少なくなっている。家族と行動するよりも友人と行動する方が楽しくなったのだろう。

家族旅行も2000年にアメリカに行ったきりで、北の屋台をオープンさせてからは8年間も行っていなかったのである。

昨日は夏休みで帰省中の子供たち3人と親のスケジュールが急遽一日だけ空いたので、旭山動物園にでも行こうかということになったのである。天気予報では全道中が雨マークであったが、旭川は晴れていて暑いくらいであった。結局この日一日、一滴も雨には当たらなかったのである。例の如く、私は強烈な「晴れ男」なのである。

旭川の旭山動物園はテレビなどで話題になっているが、北海道の学校は既に二学期が始まっているから、全国的にはまだ夏休み期間中とはいえども、たぶん空いているのだろうと思っていた。しかし、予想に反してかなりの混み様であった。どうやらツアー客が多かったようである。人気のホッキョクグマ館やアザラシ館やオランウータン館などは30分待ちの行列が出来ていた。さすが人気が出るだけあって他の動物園とは違った面白い展示の仕方である。残念なのは肝心の動物達が寝ているとせっかくの展示の仕方も裏目に出てしまうことだ。特に新しく出来た「オオカミの森」にはガッカリした。汚い野良犬のようなオオカミ3匹がコンクリートの壁に背中を付けて転がって寝ているだけであったのだ。動物に人間のいう事をきかせるのは難しいものである。

今後、おそらく他の動物園たちも旭山動物園の人気にあやかってすぐに展示の仕方を真似するだろう。そうなると、もともと旭川でしか見られない動物ではないだけに集客が苦しくなることが予想される。わざわざ北海道まで見に来る必要がなくなってしまうからだ。

私にしても、まぁ、北海道に住んでいて、今話題の旭山動物園を見たことがないというのも何だから一応は見ておこうかという程度の意識でしか行っていないのであまり感動をしなかった。

旭山動物園は敷地も狭いから拡張は難しいし、名前の通りに山なので高低差があるから、足の悪い人向きの施設ではないので今後の展開は相当厳しくなるだろうと思う。何か良いアイデアで乗り切ってもらいたいものだ。

帰りに美瑛でトリックアート美術館に寄った。ここはなかなか面白かったし、子供たちも動物園よりも良かったと言っていた。しかし、ここも新しい展示物を増やしていかないと、地元のリピーターは来ないだろう。一度見てしまえば、二度続けて見に行くという絵画を鑑賞するタイプの美術館ではないからだ。観光客用の施設を少ない人口の北海道の田舎で運営するのは難しいことなのだ。

車を運転していると、時にトロトロと走る車があって一寸した渋滞になる。そんな時に先頭を走っている車には「枯葉マーク」が付いている。スピード制限が60キロの追い越し禁止の道路で、道の真ん中を40キロでトロトロと走られては敵わない。追い越し禁止が解除になったから抜こうと思ったら、突然右に曲がりだすのでぶつかりそうになった。ウインカーも挙げずに右折しようとするのである。

判断力と運動神経が鈍っている老人の運転は怖い。北海道の様な広大な場所で公共交通機関が少ないところは自家用車が無くては生活ができない。高速道路にあのトロトロ運転する老人ドライバーが入って来たらどうなるのだろうか?

今後はもっともっと高齢者ドライバーが増えるのだから、追い越しの出来ない1車線の高速道路を造るよりは、既存の一般道路を拡幅して老人用の低速道路を造った方が、北海道には適しているのではないだろうかと思う。

柔軟な地域に合った政策を取ってもらいたいものだ。


■2008-08-31-Sunday 交通違反

またスピード違反でつかまった。

日曜日のお昼休みのことである。街中でネズミ捕りをやっていたのだ。それにしても今回の違反にはまったく納得が出来ない。私は流れに添って走っていただけなのである。私の車のすぐ前を走っている車は捕まらずに私の車だけ捕まえたので、警官に車を止められた後でもなんで止められたのか信じられなかったのである。警官は「40キロ制限のところを59キロで走っていた」というのである。私は「流れに添って走っていたし、私の直ぐ前を車が走っていたではないか?先頭でもないのに何故私を止めるのだ?」と詰め寄ったが「あなたは煽る様に車間距離を詰めたからだ」と言うのである。街中で煽ったりする訳がないではないか。「納得できない」と言ったが「計測した以上はいくら弁明しても聞き入れない」と官僚的な対応である。一瞬、裁判にでもしようかと考えたが、日本ではこの種の裁判には勝てないから時間と費用の無駄になる。

私の格好が日曜日だったのでジャージ姿のままだったし、乗っている車が大きな外車だったからきっとやくざにでも間違われたのだろう。頭に来たがそんな格好で運転していたからだ、運が悪かったのだと諦めることにした。

それにしても8月は留萌や旭川など500キロくらいの長距離を運転してもスピード違反にはならなかったのに、帯広のしかも街中で捕まるとは。最近のガソリン高騰でドライブする人間が減ったから郊外での計測は止めて、効率の良い街中でやっているのだろう。

それにしても、ネズミ捕りというのは気分が悪い。だまし討ちみたいなものである。私はずるいネズミ男もネズミ捕りも大嫌いだ!