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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2009-02-01-Sunday ダボス会議

今年もダボス会議が開催された。

スイスのダボスで世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議が開催され、日本からは麻生首相が参加して講演したとのニュースがあった。たった数時間の現地滞在時間という超強行日程なのに参加して講演したのは、何としても存在感を演出したかったのだろう。そんな程度の思惑でパフォーマンスする為だけに政府専用機で出掛けるなんて金の無駄使いも甚だしい。まずは内政をしっかりとやれ!

ダボス会議は数年前は「賢人会議」などとも言われたことがあったが、結局今回の不況を阻止することが出来なかったし、警告すら発しなかった。結局どこの国のお偉方もパフォーマンスの為に集まっているだけで、この会議は何の実効性も持ち合わせてはいない。何が賢人会議だ。

しかも、麻生首相は日本の新聞に、またまた漢字の読み間違えを指摘される始末である。前回のはご愛敬かとも思っていたが、これでは本当に漢字が読めないと思われてもしょうがないぞ。

荒唐無稽なストーリーのゴルゴ13ばっかり読んでいると、世界の政治や経済からドンドンかけ離れたものなっていくぞ。少しは活字の本でも読んだほうが良いのではないか?

一国の首相が、一国民に過ぎない私からもバカにされる様になったらもうお終いだ。


■2009-02-02-Monday 政治家の質

昨日、麻生首相の漢字のことを書いたら、

今日は地元出身の中川昭一大臣のことが言われていた。

国会答弁で中川昭一財務相が28日の衆院本会議で行った財政演説について、財務省が26カ所の訂正願いを衆院事務局に提出したことが30日に分かったというではないか。

実際に訂正するのには衆院議院運営委員長や自民、民主両党の同委理事の了解が必要となるらしい。しかし民主党は「尋常な数ではないので財務省に説明を求める」として了解を先送りする異例の事態になっているとのこと。

財務省の訂正願いによると、中川大臣は「歳入」とすべきところを「歳出」と言った他に、数字でも「7兆4510億円」を「7兆4050億円」などと2度も間違えていたとのこと。「経済を守る」を「経済を図る」と言うなど日本語として成立しない発言もあったとの報道である。

財政演説で中川大臣は「渦中(かちゆう)」を「うずちゅう」と誤読したが、幸いなことに漢字で書かれている速記録では読み方まで分からないから、財務省の訂正願にはこの誤読は含まれていないという笑い話まである。

民主党からは「演説を練習しないで臨む気の緩みの表れ。まさに政権末期だ」という批判が噴出している。

中川大臣は東大出身なんだからまさか漢字が読めない訳ではないだろう。財政演説は本来なら大臣としての重要な仕事のはずなのに緊張感が足りないと言われてもしょうがない事態である。その内、週刊誌に二日酔いだったなんて書かれる可能性が高いぞ。しっかりとやって欲しいものだ。


■2009-02-03-Tuesday 大相撲

大相撲でまた大麻事件!

十両の若麒麟が大麻取締法違反で30日に現行犯逮捕された事件で相撲協会が下した処分が解雇であったことに批判が噴出した。

除名処分なら退職金等が支払われないが、解雇なら若麒麟から請求があった場合には養老金という名目の退職金が支払われることになるという。

大麻を巡る大相撲の不祥事は去年の若ノ鵬、露鵬、白露山らのロシア人力士に次いで4人目で日本人力士としては初めてである。ロシア人力士の事件の時にも日本人力士の中にも大麻を吸っていた力士がいるようだとの灰色情報が出ていたが、この時には日本人力士は不問であった。

この時の対応をみても、次に同じ事をしたらどうなるかという予想は幼児じゃあるまいし簡単につくだろう。自分だけの問題に留まらない事は容易に想像がつくはずである。漫画家やくみつる氏がコメントしていた。「25歳にもなって・・・」という感想は私も同感だ。相撲協会はこんなバカな奴にはミセシメをしても効果は無いと判断したのか?

相撲協会は社会性が欠如していると言わざるを得ない。身内に甘い体質はまったく直っていない。こんな程度の処分で済ませたら世間が一体なんと言うのかという判断もできないのだろう?一旦下した処分を世間が騒ぐから重く直したとしたら、それこそ大恥である。

以後にこんなバカが出て来ない様に厳しい処分を下すべきである。相撲協会は力士に完全にナメラレテいる様だ。


■2009-02-04-Wednesday 旭川のデパート

丸井今井に続いて西武百貨店が

北海道から今年中に撤退するというニュースが流れた。

そうなると旭川のデパートが一遍に無くなってしまうというので、旭川の市役所や商工会議所などが大変だぁと騒いでいる様子が映し出された。

この件と北海道新幹線や高速道路の話は関係がなさそうで実は深いと思う。

以前にもこのブログで書いたが、便利(距離感)になればなるほど大都市が有利になるのは実証済みなのだ。東北では仙台に、九州では福岡に一極集中してしまうのである。さしずめ北海道は札幌一極集中である。

企業だって分散させるよりも集中させた方が効率的にも良いのだ。

札幌と旭川はJRの列車で時間距離的には1時間20分ほどで30分毎に特急が走っている。高速道路を走れば2時間程度で着いてしまう。

これ位の距離と便利さなら、品物が揃わない旭川よりも札幌に行って買い物をしてしまうだろう。北海道第一の都市札幌(人口170万人)と第二の都市旭川(人口36万人)でこんな実状なのである。

帯広に高速道路が繋がったらと思うとゾッとする。

移動を便利にすればするほど、実は実生活では不便になることを住民は理解していないようだ。

一極集中すれば、学校、大病院、デパート、商店、劇場などが大都市にしか存在できなくなるのだ。病気になったら札幌まで行かなければ治療できなくなって困るのは住民のはずなのに、ノー天気にも便利にしろ、便利にしろと叫ぶ。

一旦旭川のようになってしまったらも歯止めは利かない。

帯広が旭川のようにならないためには、藤丸デパートを核とした中心街をなんとかしなければならないのに、砂川市長にも市の職員にもことの重大性を認識している人間はいないようである。どの人もこの人もお役人ばかりで大局観に欠けた人ばかりのようだ。


■2009-02-05-Thursday 泡坂妻夫

作家の泡坂妻夫さんが亡くなった。

私にとってはアマチュアマジシャン厚川昌男としての方が馴染みが深い。氏のペンネームは本名の「あつかわまさお」をアナグラム(組み替え)して「あわさかつまお」にして漢字を当てたものである。このことからも判るようにとても茶目っ気と人を楽しませるエンターテインメント性のある人だった。

氏との出会いは、大学1年生(昭和51年)の時に杉並区荻窪駅近くにあった邪宗門という喫茶店にマジシャン仲間に連れて行ってもらった時であった。ここ邪宗門は昭和33年にアメリカから帰朝したプロマジシャン石田天海氏の薫陶を受けたアマチュアマジシャンで、邪宗門のオーナーでもあるフロタマサトシ(風呂田正利)氏が主宰する「邪宗門奇術クラブ」の本拠地、ここにマジック愛好家が集まってはマジックを披露しあうという場所であった。会員には厚川昌男さんや高木重朗さんらアマチュアマジシャンの有名どころがいたクラブなのである。

マジックが好きだと言えば、誰にでも気軽にマジックを披露してくれた。

私が初めて訪れた時にマジックを見せてくれたのがたまたま厚川昌男さんだった。あまり冴えないオッサン(失礼!)がトランプのマジックを5種類ほど見せてくれた。どれも初めて見るカードマジックで一緒に行ったマジック仲間と驚嘆しあったのであった。まだ上京したてでマジック界の事情に疎かった私は厚川さんが有名なアマチュアマジシャンで創作奇術家であることを知らなかったのである。

この邪宗門奇術クラブのメンバーはオリジナルのマジックを創作する人たちの集まりであったのだ。

以来何度かお会いする内に、推理小説も書いているのだという話を聞いた。「推理小説は私も大好きです」と言ったら出版したての「11枚のトランプ」という本を頂いた。幻影城ノベルズのアンカット・フランス装丁版(装丁が1ページ毎に切れていないから、1ページ読んだらペーパーナイフで切りながら読む)である。本好きな私はせっかくのアンカット版を切ってしまてはモッタイナイと思って、ビニールに包んで保存し(いまだにそのままビニールに包んだままの状態で保管してある)、すぐに本屋に行って普通の装丁版を購入して読んだのだった。

この「11枚のトランプ」はその後日本推理作家協会賞を受賞した作品で、マジックの11のエピソードを軸にストーリーが展開していくものでそれまでの推理小説とは一風違った作品であった。以来今度はすっかり作家泡坂妻夫氏のファンになってしまった。

その後に出版された「乱れからくり」は映画にもなって、氏は全国的な有名人になってすっかり忙しくなりなかなか会えなくなってしまったのである。

氏の作風は随所に「仕掛け(トリック)」がほどこされ、知っていても、知らなくても両方楽しめる様になっている。少々無粋だが、氏が創作した名探偵「亜愛一郎」という名前は「探偵名鑑」のようなものに探偵名がアイウエオ順でもABC順でも並べられる時に一番先に載るように命名したというのである。しかも、その後に同様の事を考える作家が出てきても絶対に一番先を確保するようにしたのだと言っていた。

その後は推理小説だけではなく時代ものなど他の作品も描き、泉鏡花賞や直木賞も受賞した。

私がもっとも尊敬し且つ目指す存在が、75歳で亡くなられてしまった。まことに残念である。


■2009-02-06-Friday 円天

円天という擬似通貨のL&Gの

波和二容疑者が組織犯罪処罰法違反容疑で逮捕された。

要は組織的な詐欺事件ということだ。

何故、この種の事件が無くならないのだろうか?

私には被害者という人たちに同情する気はまるで起きてこない。被害者たちも皆、欲の皮の突っ張った連中だと感じるからだ。

この世の中にウマイ話なんて在り得ないということがまだ判らないのだろうか?

この種の事件が起きるとマスコミはすぐ「魔術的商法」・「マジック的商法」・「手品的商法」などとマジックを引き合いに出す。文学的比喩として使っているのだろうが、これはマジックを趣味とする人間には大いなる屈辱である。

そもそも、マジックは「人を騙して」いるのではない。楽しませているのだ。その大きな違いは、「マジックは日常の何でもない事を見方を変えることで不思議に見せて楽しませる」ものだし、対して「詐欺は、通常では在り得ない不思議なことを何でもない普通な事のように感じさせて騙す」のである。まったく逆なのだ。

誰が考えたって、魔法使い(マジシャンと魔法使いはまるで別)でもあるまいし、使っても減らない通貨がある訳がないし、年利36%の高金利で運用できる訳がないのは冷静に考えれば判るはずだ。それを集団真理などを使ったりして興奮状態にして判断を誤らせるのだろうが、根底にあるのは「金を儲けたい」という卑しい心だ。この金を儲けたいという気持ちがなければ、いくら集団真理状態であろうが、集団催眠状態であろうが、こんなバカな話に引っ掛かるはずがない。

自分だけは騙されないという自信があるのか、この種のものは先にやった者勝ちだとでも思っているのだろうか?

豊田商事事件だってまだ記憶に新しいだろうに・・・。

どうやら欲深な人につける薬はないようだ。


■2009-02-07-Saturday ゴルフ練習場

丸3ヶ月間ゴルフボールを

打っていないので久し振りにゴルフ練習場に行った。

自宅のリビングにパター練習用のマットを敷いてパットの練習はやっていたし、クラブもスイング(空振り)だけはしていたが、無性にボールを実際に打ちたくなって出掛けたのである。

土曜日2時の一番温かい時間帯を選んで出掛けた。二階建てで60打席以上はある練習場だから、すぐに打てるだろうと思って行ったら、何と待ち時間があるという。皆、考えることは一緒である。

今年は帯広青年会議所OB会のゴルフの会である「じゃがいもクラブ」の会長を務めなければならない。年齢の順送りで務めることになっていて、今年は昭和33年会の担当なのだ。33年会はゴルフをする人間が少なくなってしまった。私は「長」と名の付くものは自分の会社以外はやらない主義なのだが、33年会の誰かがやらなければならない。結局私がやるはめになってしまった。

きっと今年は不景気だからゴルフなんぞやっている暇はないと言って参加者が少なくなるだろう。でも引き受けた以上は楽しい運営をしたいから自分も一生懸命にゴルフに頑張るつもりだ。

去年の今頃と違って自宅でもスイングしていたから身体は硬くなってはいない。でも丁度100球打って止めにしておいた。急に沢山打ったら身体中が筋肉痛になると思ったからだ。

自宅に戻ったら雪かきで鍛えたはずなのに腹筋と背筋が痛い。使う筋肉が違うのだろう。

果たして今年のゴルフはどんなことになるのやら。


■2009-02-08-Sunday 地震対策

物置を整理していたら

地震時の対策用に作っておいた備品が2箱出てきた。

すっかり、忘れていた。

第一、実際に地震が起きて家が崩れたらこんな物置の奥に仕舞っていたら引っ張り出すこともできないだろうに・・・。

中を開けてみたら、乾電池・懐中電灯・ラジオ・タオル・ろうそく・固形燃料・ティッシュ・ロープ・スコップ・ナイフ・水のろ過器など等のサバイバルグッズがたくさん出てきた。更に奥にあったもう一つの箱には缶詰やらチョコレートやらの食料や野菜の種などが大量に出てきた。

一体いつ作ったのだろうかと食料の製造年月日をみたら95年とあるから、きっと阪神淡路大震災の様子を見て、すぐに準備したのだろうと思う。

大根やかぼちゃやとうもろこしの種が沢山出てきたということは、食料を自分で作ろうとしたのだろう。今考えると笑っちゃうが、それだけ阪神淡路大震災のショックが大きかったことの現れだろう。

驚いたのは500円硬貨の50枚包筒が2本出てきたことである。一体何の為に500円硬貨を5000円分も用意したのか自分でもまるで憶えていない。しかも、その筒が「たくぎん」のものなのである。だから拓銀がつぶれる前に用意したのだ。思わぬものが出てきたのでタイムカプセルを覗いているような気分である。

食料はどれも賞味期限を10年以上も過ぎたものばかりであるからさすがに食べることは止めた。

でもサバイバルグッズだけは取り出しやすい場所にもう一度整理して置いておくことにしよう。災害は忘れた頃にやってくるのだから。


■2009-02-09-Monday チェ2

映画「チェ39歳別れの手紙」を観て来た。

例によって、夫婦50歳割引料金での鑑賞である。何だかこんとこ毎週の様に映画を観続けている。

日曜日の21:25からの上映である。観客は私たち夫婦以外は3人だけの合計5名の鑑賞である。一作目の「チェ28歳の革命」が同じシネコンでまだ上映中なのに、しかも一作目は結構混んでいたのに・・・。

内容はまだ観ていない人の為に書かない方針であるが一言で表現すると観終わってドット精神的に疲れた映画だった。映画うんぬんというよりもゲバラの行動にドット疲れたのである。

チェ・ゲバラは一体何の為にボリビアに行ったのか????

私にはまるで理解できない!

映画の中に「準備に5年かけたのに・・・」というゲバラのセリフがあったが、それだけの周到な準備をしていてこの程度の事しか出来なかったのか?という疑問が残る。

私にはゲバラのボリビア行きは、行き当たりばったりのようにしか感じられない。史実がどうなのかは調べていないからまるで分からないが、この映画を観た限りでは、結局のところ独りよがりの思い込みで、しかも自分サイドの準備に5年かけただけで、受け入れ側のボリビアの体制をまるで無視しているかのようにしか感じられなかった。

無鉄砲というか、タダの戦争ごっこ好きのオッサンにしか映らない。

ついこの間もテレビで日本の赤軍の話を放送していたが、彼等の無鉄砲さと独りよがりの元は、ここから来ているのでは勘ぐりたくなるほどだ。革命家というのはあまりにも理想主義、教条主義的で現実がまるで見えていないのかもしれない。

自分がやりたい事と、他の人が望む事が全て同じだと信じて疑わない子供っぽさがあるのかもしれない。

革命後のキューバをみてると、武力革命に必要な人材と革命後に統治するのに必要な人材が違うのだと思わされる。

豊臣秀吉の天下統一の戦乱とその後の統治での部下の葛藤が思い出される。これは歴史の必然なのかもしれない。


■2009-02-10-Tuesday ネット古書店

最近ネット上の古書購入に凝っている。

一昨年の4月に、私の会社の一室に「マジック資料館」を設けたことはすでにこのブログにも書いたが、所蔵本の内容を高める為に、全国の古本屋さんのネット販売網にしょっちゅう検索をしている。

先週の金曜日に「手品・奇術・マジック・魔術」と順に検索していたら、「松旭斎天勝 伝記叢書・初代松旭斎天勝(石川雅章著)1999年3月大空社刊定価10500円」なる本を見つけた。これは同じ著者石川雅章が1963年に桃源社から出版した本の改訂版だというのである。しかも古書で3000円とあったからすぐに申し込んで購入した。

今日、昼間に届いたので開けてみたら、まったく違う「魔術の女王一代記(松旭斎天勝著)1991年12月かのう書房刊定価1236円」という本が送られてきたのだ。この本なら既に所有しているし、価格も古書ならせいぜい800〜1000円が良いところの本である。それを3000円だと、何だ、これは!と思ったのでこの本を送ってきた古書店にメールしたが返事が来ないので、直接、電話した。

すると、違う本を送ったというメールを土曜日に入れたではないかと言うのである。確かに「発送しました」というメールが送られてきて最後に注文と違う本を送ると( )書きで書いてある。

「どういう意味なのか、まったく私には理解できないのだが」というと

「注文を受けた本は看板として希少本を出してある。だが、その本を注文されても在庫はない、だからそれに関係する本を替わりに送った。」と言うのである。

私が「それでは羊頭狗肉ではないか?初めから送られて来た本をキチンとネット上に出しておけば注文はしなかった」と苦情を述べた。先方も「判りました。ではキャンセルするんですね。では送った本を着払いで結構ですから送り返して下さい。返金致します。」と言うので「当たり前だろ!注文していない本を送って来てキャンセルもクソもあるか!」と言ったら

「古本屋ではよくあるやり方です」と言うので「ふざけるな!そんなやり方は初めて遭遇したぞ!」と益々頭に来る事を言うふざけた野郎なのである。

こういう奴がいるからネット販売は信用されなくなるのだ。困ったものだ。


■2009-02-11-Wednesday マンマ・ミアー

9日夜に映画を観て来た。

8日夜に続いて連夜の映画鑑賞である。この日は急に夜のスケジュールがキャンセルになった。妻にそう言って「それだからデートしよう」と言ったのである(昨日デートしたばかりなのに・・・!)。

残念ながら妻にそう言わないと私の立場はないのである。

外食をしてカラオケに行って映画に行ったのだ。周りの人たちは私たち夫婦をどのような視点でみているのであろうか?果たして仲の良い夫婦なのか?女房の尻に敷かれた夫なのか?・・・

まぁ私は今更どっちでも構わないけどね。

今日の映画はマンマ・ミアーであった。ABBA(二番目のBが逆にできない)の音楽を元にしたミュージカルである。

大学生の時にデート(因みに妻とは別の女性)で池袋の映画館で「アバ・ザ・ムービー」という映画を観てすっかりアバのファンになった。

今日の映画は懐かしい音楽と、一切何も考えずに観れる久し振りのノーテンキな映画であった。

たまにはこういった映画も良いものだ。

21:35の上映時間の10分前に席に着いたら、観客は私達2人だけであった。初めての「貸切か〜」と思った。もし、私たちが居なければこの映画の上映は止めにしたのだろうか?もし、そうだとしたら、我々2人は映画館にとっては余計な客だったのだろうか?映画って一体、何人入ったらペイするのだろうか?等と妻と話している内にギリギリ暗くなってから2組が入って来たので合計6人で観る事になったので、最初の映画館にとって余計な客という心配は無くなったのだが一体何人ならペイするのかの疑問を残したままの上映であった。

こんなに少ない観客で大丈夫なのだろうか?

もし、不入りでこの映画館が無くなったら我々夫婦の楽しみが減ってしまう。もっと大勢の人に映画の楽しみを伝えねばなるまい。

今時一人1000円で2時間楽しめる娯楽はそうは無いと思うのだが、特に冬の北海道ならば・・・。

ところで「・・・」というのがセックスしたという意味だとは知らなかった。今後「・・・」の使い方を考えねば・・・。


■2009-02-12-Thursday 存在

知人から近々帯広に遊びに行きたい

との連絡が入った。帯広に一泊してその後道内を回って帰る予定だという。帯広に泊まる夜には一緒に酒を酌み交わしたいから君のスケジュールの空いている時めがけて休みを取ると言うので、以前の忙しい時ならいざしらず、今は暇を持て余しているからいつでもOKだよと言って日程を決めた。

「先週、テレビで田中義剛と高田純二が北の屋台で飲んでいる場面を見た。帯広に行ったら君が作ったその北の屋台に行きたいから店を選んでくれ」とも言う。「北の屋台は俺が作った訳ではないし、2年も前に辞めたんだ。辞めた後は北の屋台にはまったく顔を出していないのでどの店が良いのかよく判らないゾ。」と言ったのだが是非ともとのことなので、2年振りに北の屋台のホームページを開いて調べることにした。

私が居た頃とはHPの内容も随分と変化したが、今回一番驚いたのは私「坂本和昭」の存在が完璧に消されていることだった。

地図からは「坂本ビル」の文字が消され、受賞欄からは「観光カリスマ100選認定」の項目が消されている。そのわりに、私が写した世界の屋台の写真や私が書いたQ&Aの文章や紹介文などはチャッカリ使用している。著作権は一体どうなっているのだ?写真撮影者や執筆者名にも坂本の「さ」の字も出てこない。別に私の事を書いて欲しいとか残して欲しいとか思っている訳ではないが、何の為にそんな修正や削除をする必要があるのだろうか?

まったく意図が不明である。

売上や来客数の推移の欄を見たら、以前と較べると随分と落ち込んでいる様だ(私がいた頃の数字は比較されるのが嫌なのか削除してあった)し、一体北の屋台に何があったのだろうか?

北の屋台は帯広にとってはまだまだ重要な役割があるのだからこれからも頑張って欲しいものだ。

知人が来たら久し振りに顔を出すことにしようと思う。


■2009-02-13-Friday 写真帖

懇意にしている古書店主から

面白いものが手に入ったとの連絡があったので早速出向いた。

古い写真アルバムで表紙には帯広市のマークと2593のアラビア数字その下には左側から「帖眞寫念記制市廣帯」と旧漢字の金文字で書かれている。かなり昔のものだから右から読むので「帯広市制記念写真帖」だと判る。

どこを探しても発行年月日が入っていないが、かなり古いアルバムであることだけは確かだ。古書店の店主も初めて見たというし、どうやら貴重な資料であるらしいことは窺われる。

私は帯広の古い地図や書籍も集めている(何でもコレクションする癖がある)ので購入することにした。

早速、持ち帰って謎解きに取り掛かった。こういう事が昔から大好きなのである。

表紙に書かれている「2593」というアラビア数字はきっと「皇紀」を表しているに違いないと思い、コンピュータで調べたら皇紀2600年は昭和14年と出てきた。すると皇紀2593年は昭和8年、西暦だと1933年に当たる。帯広市が町から市になったのは昭和8年のことだから、まさにドンピシャであった。

帯広が町から市になった記念に作られたアルバムらしい。明治から昭和8年までの帯広の建物や人物が載っている。なかなか興味深い写真アルバムである。保存状態も良いのできっとこれは貴重な資料になることだろう。


■2009-02-14-Saturday サッカー

日本のサッカーが勝てない!

(この原稿は12日(木)に書いているので実際の日付より2日前に進んでいる。)

昨日の夜のサッカー2010年ワールドカップ予選の日本対オーストラリア戦をテレビ観戦した。私はたいしてサッカーが好きな訳ではないが、他に見たい番組がある訳でもないので自宅で一人(妻は私よりサッカーに無関心なので別な番組を見ていた)で見ていたのだが、

まぁ、何とイライラする試合であったことか!

日本チームがボールをほとんど支配している展開だし、シュート数でもオーストラリアをかなり上回っていたのにまるで点が入らない。昔から日本のサッカーは決定力不足とか最後の詰めが甘いとか言われ続けているが、あまりにも酷い試合運びだ。

ホームゲームのアドバンテージがあってもこの程度の試合しかできないのであれば、これからのアウェーでの試合は一体どうなることやら・・・。

経済不況で企業のスポーツチームの廃部や縮小が続いているこんな時こそスポーツが頑張って明るい希望を輝かせて欲しいのに、政治や経済と同じ様に手をコマネイテいるようで、ますます滅入ってしまうではないか。

キーパーに防御されるのは仕方ないにしても、ゴールから遥か離れた上に蹴っているシュートが何本かあった。ゴールギリギリならまだしも、あの大きなサッカーゴールの四角い枠の中ににボールを蹴る事ってそんなに難しいことなのだろうか?せめて枠の中に蹴ってくれよ!と言いたくなる。

頼む!スポーツ選手たちよ!日本に明るい希望を与えてくれ〜!


■2009-02-15-Sunday 小泉発言

小泉元首相の発言が麻生総理に大打撃を与えた。

このブログは読者に読みやすくする為に一日分は1エピソードにしようと思っている。が、しかし、書きたいときには色々と重なるもので一度に3エピソードも書くことが出てくると3日分書いてしまうという事態も出てきて先日付になっていることをお詫びします。近々解消されると思います。(ということでこの文章は13日に書いてます。)

昨日(12日)、小泉元首相が自民党本部で開かれた「郵政民営化を堅持し推進する集い」という会合で挨拶した内容が麻生政権に対する批判だということで新聞やテレビが大きく取り上げた。

さすが、マスコミ操縦術に長けている小泉氏だ。実にウマイ!特に定額給付金に対するコメントでは麻生首相の発言を上手く活用して「あの時は賛成したけど実はそうではなかったと言いたくない」とやり返している。私は小泉氏の行った政策は全く評価していないが、マスコミにどう言ったらウケルかという感覚は引退を表明してもまだ健在のようだ。

私は、麻生首相とは違って、元も現在も「郵政民営化」には大反対であったから、当時から反対の言論を展開していた。「国家がやるべき仕事と民間でもやれる仕事をゴッチャにするな!」という論旨で小泉郵政民営化路線を批判してきたのだ。だから、麻生首相が言うところの「当時の国民は郵政民営化というものをよく理解していなかった」という発言には「その通りだ!」と思っている。当時はマスコミ操縦術に長けた小泉氏にマスコミも国民も踊らされていただけだと思うからだ。

だが、当時の閣僚、しかも最も関係が深い総務大臣をしていた人間が「あの当時、私は反対だったが・・・」という発言には、「こいつは一体何を考えているんだ?」という感想しか出てこない。「私は保身の為だったら靴でも舐めますよ」と言っていることと同じではないか。

麻生首相は、唯の世間知らずのお坊ちゃまだけかと思っていたら、とんでもないバカだったということに等しい感じがする。

こんな程度の人間を首相として戴いていることに恥ずかしさを感じないのだろうか?

自民党はもはや末期症状を越えてご臨終状態だ。


■2009-02-16-Monday ネット古書

10日のブログに書いたネット古書店のことで

その後、実に面白い展開があった。

羊頭狗肉の看板で客を釣る古書店のことを書いたのだが、すぐに詫び状とお金を返金してきた。この辺の対応の迅速さには感心したが・・・

ずっと長い間、探し続けていた本が、ようやく見つかったと思い、そしてようやく手に入れたと思った瞬間に手の間をスルリと抜けて行った様な感じで、探していた時よりも悔しさが増幅されてしまったのだ。

こうなると止まらない困った性格である。意地になってネットであらゆる角度から「松旭斎天勝」を検索して徹底的に調べたのである。

すると、思わぬ収穫があったのである。

「天勝」で検索していたら「彷徨舎が出版している彷書月刊」という本の2009年2月号の特集が『天勝』だということが判ったのである。すぐに彷徨舎に電話して「天勝特集の彷書月刊が欲しい」と注文しようとしたら女性の人が「特集・てんしょうのことですか?」と聞くのである。

若い人には天勝(てんかつ)が(てんしょう)と読めてしまうらしい。でもこの本は発行部数の少ない本で一般書店ではなかなか手に入らない本だったので、思わぬ拾い物をした気分になった。

検索を続けると今度は「異端の球譜・プロ野球元年の天勝野球団(サワズ出版)大平昌秀著1992年刊」という興味深い本が出てきた。これは面白そうだと思って出版元を探し出し、電話したらまだ在庫があるというので送ってもらった。まだ全部読んでいないが、読売巨人軍の前身「大日本東京野球倶楽部(1934年12月26日創立)」が出来る13年も前の1921年に日本プロ野球の第二号球団(第一号は「日本運動協会」1920年創立)として奇術師松旭斎天勝が創った「天勝野球団」があったという内容の本である。天勝が野球団を創ったという話は伝記にも出てくるが2ページ程度であり、サラッとした記述だったので大して気にも留めていなかったのだが、これはなかなか面白い本である。

更に検索を続けている内に、今回の顛末の大元になった本「伝記叢書・松旭斎天勝・伝記初代松旭斎天勝1999年刊(大空社)石川雅章著」という本の出版社の連絡先が判ったので連絡を入れてみたら在庫があるというので送ってもらうことにした。

結局この騒動のお陰で新しく貴重な本を手に入れることが出来たということだ。災い転じて福となすであったわけだ。終わりよければ全て良しで気分はスッカリ上天気である。


■2009-02-17-Tuesday 読売新聞風向計

読売新聞の北海道版に掲載される「風向計」というコーナー

に13日から私の文章が載ることになった。北海道以外の人にも読んでもらいたいので原稿を掲載することにした。

「便利追求で失ったもの」坂本和昭 坂本ビル社長

帯広の中心市街地に、にぎわいを取り戻そうと始めた「北の屋台」の専務理事を、2007年3月末に退いた。そこで、長年、自宅の一室で平積み状態のままとなっていたマジック関係の本の整理に取りかかった。30年近くのコレクションで、部屋は足の踏み場もないほどになっていた。

私が趣味でマジックを始めたのは小学6年生の時だ。当時、帯広には手品を指導する人がいなかったため、書店を巡って関係する本を求めたのだった。

東京の大学に進むと、マジックの奥深さに一層、魅せられ、プロのマジシャンを志した。東京の古本屋を巡り歩いてマジック本を集め、初代引田天功氏の弟弟子であるジミー忍氏に師事して修行を積んだ。マジシャンになる夢こそ父親の猛反対で実現しなかったが、マジックはその後の私の人生で、かけがえのない存在となっている。

マジック本の整理にかかったのも、今は亡きジミー師匠と約束した「2人のコレクションを合わせて、将来、マジックの資料館を作ろう」という夢を実現するためだった。師の遺言により、私のもとには師のコレクションが送られてきた。結局、書籍数は5000冊に上り、部屋の一室は足の踏み場がなくなったわけだ。

資料館を開設するのであれば一般公開しなければ意味がない。さすがに自宅を資料館とするわけにはいかず、会社の一室に書棚を設けて自宅からマジック本を運び込んでは分類、整理を続け、07年夏に資料館を開設した。

でも、それで終わらなかった。師と私のコレクションには重複する本が多かったため、さらに整理が必要だったのだ。

このため、私は古道具屋の資格を取り、「日本唯一のマジック古書店」をインターネット上に開店した。

ネット書店を開いてみて痛感したことがある。学生時代には足を棒にして古書店巡りをしていたのに、今はネット上で検索をかけるだけで、全国各地の店や個人から簡単に書籍を購入できるのだ。何とも便利な世の中になった。

しかし、その分、有りがたみは薄れる。苦労せずに集めた本には愛着がわかない。コレクションは集める苦労があるからこそ、後になって思い出深いものになるからだ。

便利さを追求をするあまり、別の何か大事なものを失ってはいないだろうか。今回、マジック本を整理していて改めて、そんな思いに駆られた。

「風向計」の執筆者に、今回から「観光カリスマ」の坂本和昭・坂本ビル社長が加わります。

さかもと・かずあき1958年、帯広市生まれ。駒沢大学法学部を卒業後、プロマジシャンを目指すも断念、家業を継いで「坂本ビル」社長に。「北の屋台」設立に尽力し、国土交通省の観光カリスマでもある。


■2009-02-18-Wednesday 中川辞任

中川昭一代議士がG7会議での

会見の醜態が原因で大臣を辞任した。

かねてより酒を飲んだ上での失態の数々は地元では有名であったから、遂にやっちゃったかぁ〜、バッカだなぁ〜と言うしかないが、今回の件はそれだけではどうやら収まりそうもないなぁ〜。

中川代議士には世界的な経済危機の中にあってG7という重大な会議に日本という国を背負って出席するという気概がまるでなかったのではないか?

帯広市民の一人としては、地元選出議員として情けない気分だ。ただでさえ自民党に逆風が吹いている中で、前回選挙で中川氏に善戦した民主党の石川ともひろ氏は先の北海道知事選挙に出馬する為に辞任した荒井氏に替って繰り上げ当選して代議士になった。だから今度の選挙は代議士同士の争いになるので中川氏も苦戦が予想されているので、最近は大臣兼任で忙しいのに結構頻繁に地元にも帰ってきていた。

それが今回の醜態でますます次回の選挙は厳しくなることが予想される。

やはり人間は偉くなればなるほど謙虚にならなければならないものだ。今回の中川大臣の辞任が麻生首相の息の根を止めるかもしれない。


■2009-02-19-Thursday ペテン師

人間には二種類のタイプがあるようだ。

自分にも世間にも誠実に生きようとするタイプと、保身の為には他人を陥れるのも平気なタイプである。

先日、実に嫌〜な噂話が耳に入ってきた。

『2年前まで貴方が関わっていた事業の関係者が、「坂本が辞める時に多額の借金を残して辞めたので、僕が肩代わりして返済しなければいけなくなったから困ってるんだよね。」と頭を抱えていた』と言うのである。

私がこの事業を辞める時には、金融機関からの借金は全額返済をして更に、600万円の定期預金まで残していったというのに・・・。

この事業を引き継いだ彼はその定期預金を一体どうしてしまったのだろうか?

噂によるとあちらこちらから彼の金銭に関する良からぬ噂が聞こえてくるのでもしやとは思ったのだが・・・、

他人からの同情心、若しくはお金を引き出す為に私の名前が使われているとしたなら激しい怒りを感じずにはいられない。

この事業に関しては、私は仲間たちに一切金銭的迷惑は掛けていない。仲間たちでさえこの事業がまさか成功するとは私以外の誰一人も考えてもいなかったから、この事業に投資しようなどという人間はいなかった。たまたま国や市が補助金を出してくれたから良かったものの・・・

それが、辞めた後にこのような噂を耳にするのは甚だ不愉快至極である。

私がこの事業を辞めたいきさつを明らかにすると、今もそこで働く多くの人たちに商売上の不利益を生み出すかもしれないと思って、怒りを抑えてこれまで堅く口を閉ざしていたのに・・・。

どうやら近い内に辞めた真相を明らかにする必要があるのかもしれないなぁ。

保身の為にヘッチャラで嘘を並べ立てるようなペテン師や詐欺師は、その場しのぎの嘘でも、嘘をつき続けているとそれがあたかも本当のことのように思い込むらしい。先日逮捕された円天の会長の映像を見てそう思った。

人間は不器用でも誠実に生きるのが一番である。天網恢恢疎にして漏らさず。お天道様はちゃんと見ていらっしゃるのだ。


■2009-02-20-Friday また大雪

またまた大雪が降っている。

雪はもう要らないゾ!いったい今年はどれだけ降ったら気がすむのだろうか?

気温も低いからサラサラのパウダースノーである。風も強く吹いてきたから吹き溜まりが多くなるだろう。心配だ。

吹き溜まりは、小麦粉の様な雪が固く締まってしまうので除雪が大変な作業になるのだ。

我が家には雪を積み上げる場所がもう残っていないから、遠くに捨てなければならなくて除雪作業が極端な重労働になる。もう勘弁してくれ〜!私の腰が悲鳴を上げているゾ。

実は昨日の昼に海外の出張先から新千歳空港に到着して帯広に戻ってきたのだが、もし、一日ずれていたら大変な事になっていた。ほとんどの飛行機便が新千歳空港には降りられなかった様だから、帰国する日がもし今日だったらまだ自宅には到着できていなかったかもしれない。その意味では運が良かったのかも・・・。

明日の朝が憂鬱だ〜ぁ!


■2009-02-21-Saturday 屋根

倉本聡作の演劇「屋根」を観て来た。

20日の大雪の夜に隣町の幕別町百年記念ホールで演じられた演劇集団富良野GROUPの「屋根」を観て来た。

娘が通っていたバレエ教室の生徒仲間が、倉本聡が主宰する演劇グループ「富良野塾」に入塾したという関係もあるが、何より私達夫婦はエンターテインメントが大好きな夫婦であるから、誘われたら断る訳が無いのである。

海外出張の疲れも、除雪の苦労も、なんのそのまだ雪がシンシンと降り積もる中を出掛けて行った。

倉本さんの演劇だからメッセージ性が強いとは思っていたが、この演劇のメッセージには同感である。

私が普段から言っている。「分相応」・「便利さと不便さ」・「時の流れ」などがまさにピッタリと合っていた。

人間は身の丈に合った生活をすれば良いのである。変な野望を持つから破滅が待っている。高きを望めば、転がり落ちる危険性も増えるのである。かといって、人間性を高めることを否定している訳ではない。

すなわち、「金が全て」とか「地位が全て」とかの価値観は「?」なのではないかということなのだ。

私は「もはや戦後ではない」と言われた昭和33年の生まれである。団塊の世代と言われた人達の10年後の時代を生きてきた。

翻ってみれば、団塊の世代の人達は最も可哀相な世代なのかもしれない。まさに時代の波に翻弄された世代なのだろう。

第二次世界大戦で激減した人口を「生めや、増やせや」の世代だから競争も多かったし、社会の思想も安定していなかった、可哀相な時代に生まれてしまった。でも、誰も怨んではいけないのである。そういう時代だったのだから。

しかし、彼等の子供いわゆる「団塊ジュニア世代」の問題は彼等の責任である。彼等の子育てがまずかったと思う。

私が他人のことは言える身分ではないが・・・。


■2009-02-22-Sunday チェンジリング

映画を観て来た。

昨日の演劇鑑賞に続いての映画鑑賞である。(本当に好きだね〜)

よっぽど暇な人間だと思われるかもしれないが・・・。

クリント・イーストウッドは素晴らしい監督である。本当に感動した。これは今年一番の映画である(まだ2月だけどネ)。

詳しい内容は例によってまだ観ていない人の為に書かないが、C・イーストウッドの監督としての力量は素晴らしいの一言と絶賛したい。

彼が主演した出世作「ダーティ・ハリー」はロサンゼルス?(サンフランシスコだったかな?)警察モノの映画であったし、彼は確かどこかの街の市長にもなっていたはずだから、その経験を自身の監督作品映画に活かしたのだろう。

主題はたぶん「権力を持った人の人間性が大切だ!」ということだろうと思う。権力の恐ろしさ、保身の愚かさである。指導者の「志」の高さがその組織の行く末を暗示しているのである。

いかに優れた組織であっても、腐った指導者がいれば犯罪を起こしてもヘッチャラになってしまうのだろう。そういう組織はこれまで沢山出てきた。

権力に服従する人間は多いが、それを正せるのは、今回の映画でA・ジョリーが演じた母の様に、権力や不当には屈しない強い意志を持った人なのだ。

北朝鮮の様に、とかく能力の無い人間がリーダーとしての地位を保つには「恐怖政治」しかないのだろう。民衆が団結しない様に格差を造り出し、疑心暗鬼を造り出すのが常套手段だ。

その常套手段を打破するのは不当な扱いを受けている民衆なのだが、よっぽどのことが無い限り蜂起することはないのだろうなぁ〜。怖いから・・・。

この映画は色々な事を教えてくれる映画である。


■2009-02-23-Monday リーダーたるもの

日曜日の昼のテレビで

石原慎太郎東京都知事がテリー伊藤のインタビューに答えていた番組を見た。

話が中川昭一元大臣のG7での会見問題になった時に、昭一氏の父親の一郎氏についても「酒は好きだったが、酒には弱かった」というようなコメントをしていた。一郎氏の裏話として、中曽根康弘氏との会合を石原氏と渡辺美智雄氏でセッティングした時に一郎氏が遅刻して来て、しかもへべれけに酔っていてまったくまともな会談にならなかったということである。あの時のあれがなかったら中川一郎の政治人生が変わっていたかも・・・とも言っていた。

今回の昭一氏の会見問題も政治生命を失うほどの大問題なのだが本人には当初その感覚はなかったようである。深酒するとどうやって自宅に帰ったか憶えていないなどということがよくあるものだが、それと同じで本人は酒を飲み過ぎて記憶がまったく無くなっていたのかもしれない。

自分を律することができない人間にリーダーの資質はないと思う。

また、麻生首相についても「漢字が読めないというのは、侮蔑の対象になる。リーダーが部下から軽蔑されるようになったら威厳がなくなりその地位を保てない」というようなことも言っていた。

小説「ろぼうの城」のように頼りない城主を部下が盛り立てるというケースも稀にはあるだろうが、その場合にはリーダーに人間的魅力が必要になるだろう。

人間的魅力にも乏しく、能力も無い人間がリーダーを長く務めることはどんな組織であっても難しいことだろう。

私の身近にも、口だけは達者で、その場しのぎの嘘を並べ立てて何とかその地位を保っている輩がいるが、部下から軽蔑され始めたらその地位も危ういものになるだろう。ウソはかんたんにバレるのであるから・・・。

転がり込んだ地位は長続きはしない。

リーダーは常に研鑽を積み、人徳を高める努力が必要なのだ。私も肝に銘じておこう。


■2009-02-24-Tuesday おくりびと

映画「おくりびと」がアカデミー賞を受賞した。

外国語映画部門で初めての受賞ということだ。素晴らしい!

この映画は帯広の映画館で観たが、人間の「死」を扱っている映画なのに宗教くささや暗さが無く、むしろ笑いもあって、ほのぼのとしたとても良い映画だった。

以前に、観た感想をこのブログにも書いたが、余貴美子が演じる女性の出身地が何故か「帯広」という設定に???。彼女は訳ありの女性で、どうやら子供を帯広に残してカケオチしたらしいということが描かれている。でも何故帯広なんだろう!?

まぁ、暗い話題ばかりのところに、こういう嬉しいニュースが入ってくるのは良いことだ。


■2009-02-25-Wednesday 愛犬?

我が家の愛犬サニーくんが、

どうやらボケてきたようなのである。生まれてすぐに買ってから14年も経つからかなりの老犬になっていることは確かだ。ラブラドール・レトリバーは大型犬なので寿命が短い犬種でもある。

最近、耳が遠くなったようで呼びかけても無反応な時がある。恐らく聞こえていないのだろう。腰を落として歩くし、立ち上がり時には人間なら「どっこいしょ」と声をだすような感じなのである。

何が一番の問題かと言うと、ウンチの我慢が出来なくなってきたことだ。朝の散歩の前に我慢しきれずに家の中で脱糞してしまうのである。

一昨日の朝は、食事を与えてから、私が外套を着ている時間に我慢できずに居間で脱糞してしまい、しかもそれを踏んずけてしまったので後片付けが大変だったのである。

昨日はそれに懲りて、食事の時間を30分早目にしたのだが、今度は玄関内で首輪をしている最中に脱糞した、しかもスリッパの上にタップリと・・・。もうこのスリッパを洗っても履く気にはなれない。

後10秒もしたら外に出られるというのに、その10秒が我慢出来ないらしい。困ったものだ。

夕方、会社から自宅に戻って玄関を開けると、開けた途端にウンチの臭いがプ〜ンと漂ってくる。「アッ、サニーの奴またやったな!」と思ってウンチの行方を探すのだがどこにもないのである。どうやら自分で食べているようなのだ。自分のウンチを食うなんて・・・。

もう一頭の黒いメスのバニーちゃんは、露骨に嫌な顔をして、「こんなバカ犬と一緒にしないで!」と言っているかのように振舞うのである。

いよいよオムツでもしなければならないのだろうか?

それに加えて、最近は自己主張が強くなってきた。喉が渇くと犬部屋から水飲み用の容器を咥えてきて、居間で寛いでいる私の目の前に置いて「水をよこせ」というしぐさをするのである。イタズラして無視していると今度は咥えて放り投げて大きな音を出して催促するのだ。そんな時に唯の水道水を与えると「これじゃない!」と飲まないのだ。以前にジュースのペットボトルに少しジュースが残っていたものに水道水を入れてジャバジャバして薄めて与えたら、それからは味付きの水を欲するようになってしまったのである。人間同様に一旦覚えた贅沢は忘れられないようなのである。

最近は私も慣れてきてウンチの臭いも自己主張の強さもあまり気にならなくなってきた。まぁ、これから待っている老人介護の、練習のつもりで世話をしてみることにするさ。


■2009-02-26-Thursday マジックの嬉しい事

昨日マジックに関する嬉しい出来事が二つ起こった。

一つ目は、一人の青年が私が新聞に載った記事を見て是非ともマジック資料館を見てみたいと思い訪ねて来てくれたことだ。

話を聞くと青年は現在は札幌在住だが、帯広の出身であるという。その帯広にいた10歳頃の今から30年ほど前に、私に手品を習ってから病み付きになったというのである。

正確には私が大学を卒業したのは1980年(昭和55年)であるから29年前になるが、父が経営していた当時のサニーデパート(現坂本ビル)の一階の一角にマジックコーナーを設置して、マジックの道具を販売していたことがあったのだ。

父の猛反対でプロマジシャンになる道は閉ざされてしまったのだが、強引に帯広に連れ戻したのを可哀想に思ったのかマジックコーナーを設けることは認めてくれたのである。マジックコーナーを設置できたお陰で、マジック用品や道具の購入の為に度々上京することも出来たので幾分私の心も落ち着いたのであった。

その青年は10歳というから小学校4,5年生の頃にそのマジックコーナーに通ってきては私からマジックを教わっていたというのだ。

マジックコーナーはその後本業が忙しくなってしまい2年程で閉めてしまったのだが・・・。

先日もマジック教室の生徒さんから、昔、あのサニーデパートのマジックコーナーで道具を買ったのだと言われるととても嬉しくなったものだ。

わざわざ、札幌から訪ねて来てくれるとは嬉しい限りである。

もう一つは、去年の秋から毎週一回、3人の帯広畜産大学生にマジックを教えているのだが、この春からは大学にマジック同好会を創設したいと言って2人の新人を連れてきたことである。同好会として大学側に認めてもらうには最低5人のメンバーが必要だとのことなのでその要件を満たしたことになる。後は4月に新入生を勧誘して10人くらいの体制で運営したいというので、これまた嬉しい話だ。

マジックという趣味は、万国共通のものでコミュニケーションツールとしては最適のものだと思っている。皆、器用でなければ出来ないと思って敬遠するようだが、器用さはそんなに重要な要素ではない。

指先を使うことで脳みその老化を防ぐ効果もあるらしいし、マジックのタネを考える時には逆転の発想法を使うから脳みその活性化にもつながる。マジックは老若男女を問わずに楽しめる趣味だと思う。

4月からは「勝毎アカデミー」で「かんたんトランプマジック教室」も開催する。先週募集を始めたばかりなのにすぐに20人の定員が埋まってしまう人気の高さだ。

これに気を良くして今後は、帯広に同好の士を増やしていこうと思う。


■2009-02-27-Friday 観光カリスマ本

本が届いた。

出版社の日本文芸社から著者謹呈で「地域再生の仕掛人 観光カリスマ100選(952円)」なる本が届いた。著者の市原実山梨県立大学教授は100人全ての観光カリスマに実際に会って取材したというからすごいエネルギーの人である。当然私も何度か著者の取材を受けた。

観光カリスマというのは小泉首相の時に実現したもので、2002年12月26日に第一回の観光カリスマ11名が選定されている。内閣府・国土交通省・農林水産省が中心になって選定をおこなった事業で、私は2005年3月7日に最後の第八回目に選定されたクチだ。

観光カリスマというのは、観光関係の事業で成功を収めた人間を観光カリスマに選定し、全国の観光振興の指導やお手伝いをさせようという目論見だと聞いている。当然無報酬だし、選定されても何のメリットもないが、日本の中でたった100人かぁ〜という、それとなく自尊心をくすぐって人をタダで働かせる上手い方法だと感じた。

ただ、せっかく選定した100名なのに横の連絡がまったくなく、ただそれぞれが単独で活動しているに留まっているのが非常にもったいないといえばもったいないことだ。

北海道は都道府県別(県によっては一人しか選定されていないところもある)では最多の7人(現在は6人)が選定されたのに、一堂に会して話したことはまだ一度もない。

北海道庁の会議で数人とお話を軽くした程度である。皆、それぞれ一家言持っている人達なのだから、思う存分に話をする機会を与えてくれたら今後の北海道観光の良いヒントになる話がたくさん出てくるのではないかと思っているのだが・・・。

これからは多大な費用を掛ける観光開発は難しい時代になった。かといって何もしなければジリ貧になるだけだ。ここは智恵を使って、お金をそんなに掛けなくても効果のある事業をおこなうべきだろう。観光カリスマの智恵と経験を是非とも活用してもらいたいものである。


■2009-02-28-Saturday

映画「禅」を観てきた。

以前にもブログに書いたが、駒澤大学の同窓会十勝支部が創立10周年を記念して後援し、1000円で一般の方々も観られるようにした事業である。一般の人達に宣伝するのに映画を観ていないのでは宣伝の仕様がないから、28日からの一般公開に先駆けて同窓会関係者を集めて試写会を27日夜に催したのである。

この「禅」と言う映画は、駒澤大学の大谷哲夫総長が原作を書いた「永平の風 道元の生涯」を高橋伴明監督が映画にしたものだ。

最近のハラハラドキドキするような映画や面白可笑しい映画とはまた違った「心が洗われる」ようなタイプの映画である。

やはり、歴史に残る仕事をした人間というのは信念が強い。度重なる延暦寺の僧兵による妨害にも屈せず永平寺を開く、その後に時の権力者からもっと大きな寺を鎌倉に建ててやろうという誘いも断る。

分をわきまえた(道元ならもっと分も大きいと思うが)高望みをしない、権力にはオモネない、思慮深い言動には感動をおぼえた。やはりリーダーというのはブレない信念が必要だと思った。

原作には登場しない女性を内田有紀が好演しているが、さすがに男の坊主ばかりが登場するのでは映画にならなかったのだろう。

鎌倉時代に新宗教がたくさん興ったが、始祖が高潔な人物だから長く続いたのだろうと思う。それに比べて最近の宗教家は・・・。

とにかく良い映画なので多くの方に是非観ていただきたい。