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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2009-10-01-Thursday 札幌五番館閉店

札幌駅前の老舗百貨店五番館が、

昨日9月30日をもって103年の歴史に幕を閉じた。特徴のある建物のビルだけに文化的にもモッタイナイと思う。

JR札幌駅に大丸百貨店が進出し、駅前の東急などと南3条近辺の三越や丸井今井などとの2極の競争になって、どちらが勝つのかなぁ〜と思っていた。

北海道経済では、札幌の1人勝ち状態だと感じていたし、駅前は大丸+JRタワーやステラプラザの好調が伝えられていた、そこに丸井今井の倒産騒ぎもあって駅前群の勝ちなのかなぁと思っていたら、事態はそんな単純なものではなさそうである。

北海道は530万人の人口の内、およそ半分が札幌近郊に住んでいる状態である。それだけの人口集中地域でもデパートという業態は営業が厳しいのだろう。ついこの間もススキノのロビンソン百貨店が閉店をしたばかりである。

私も貸しビル業を営んでいる身であるから、ここ最近のビルのメンテナンス料の高騰は応える。官僚は何か事件が起きる度に、検査の項目を増やしていくからだ。まったく必要のない検査、検査で経費が馬鹿にならないのだ。

この不景気でテナントは撤退傾向にあるし、家賃も下降傾向にある。それなのにメンテナンス経費が、以前の3倍も掛かるのであるから大変なのだ。

こんなことを続けていると、ビルを建てて貸そうなどという人間は居なくなってしまう。帯広の中心街でもせいぜい3階建て程度の建物ばかりが増えている。新しい高層ビルはホテルだけだ。

郊外にバラックに毛の生えた程度の安普請の平屋建て店舗を建てて、10年程度で償却するような、カテゴリーキラーの店舗が増えている。エレベータなどを付けないでメンテナンス費用を最小限に抑える戦略だろう。確かに商売的には経費の節減として正しい選択なのだろうが、何か味気ない。商売っていうものは効率や利益だけを追求するものなのだろうか?少なくとも昔は商業には文化があったように思う。その文化の象徴たる百貨店が消えていくのは寂しい限りだ。ノスタルジーだけでは商売は続けられないだろうが、効率化だけの商売もつまらないものだ。

やはり、商売は、モノを売り買いするだけではなく、楽しさを演出して、思い入れなどの感情を加えたりする工夫が必要だと思う。

経費を節減する部分と、一見すると無駄に思われるかもしれないが、客に何等かの感情移入をさせる部分には金を掛けるメリハリが必要なのだと思う。節約一辺倒のコストカットだけでは生き残れない時代が到来した。


■2009-10-02-Friday 鞆の浦裁判

鞆の浦の埋め立てに反対する住民が

県知事らを相手に起こした裁判の判決が1日に出た。

広島県福山市の鞆の浦で県と市が進める埋め立て・架橋事業を巡って反対する住民159人が、埋め立て免許の交付の差し止めを求めた裁判で、原告の主張を全面的認めて、埋め立てを認めないという判決である。

画期的な判決であると思う。

景観は一旦壊してしまえば修復は不可能だからだ。これまで何でもかんでも便利さを追求してきて、景観など二の次、三の次であった公共事業に対して考え直す良い機会であると思う。

地元の住民の9割は埋め立て賛成だという。反対しているのは1割の住民と、観光客など地元以外の人々だ。

地元の賛成派の人々にしてみれば、一生の内、一度か二度しか来ない人間が、地元で生活している人間の不便を我慢しろとは何事だ!という意識があるのだろう。しかし、便利さを追求して人口を増やそうとか若しくは減らすまいとするよりも、ここにしかない景観を大切にして流入人口を増やす政策の方が町の維持をしやすいと思う。

せっかく全国的に注目されたのだから、これを契機に観光事業を発展させた方が良い。

とかく地元に暮らしていると、風景は幼い頃から毎日、見慣れた景色で感動がなくなりがちなものだが、他所から来た人に、これまで気が付かなかった地元の良さを教えられることも多いものだ。

便利さなんてものは、いくら追求したところで、所詮、大都会には勝てないのだから、別な方法で地域の良さを追求するべきだろう。

果たして、今回の判決に県や市はどんな対応をするのだろうか?


■2009-10-03-Saturday オリンピック

2016年のオリンピック開催地が、

昨日未明に南米ブラジルのリオデジャネイロに決定した。

シカゴ・東京・マドリード・リオデジャネイロのプレゼンテーションをテレビで見て、プレゼン自体は東京が一番上手かったと感じが・・・。

やはり、南米で初めてのオリンピック開催という意義には、環境問題では勝てなかったか。

スポーツと環境問題ではあまり繋がりというか、意味づけがしっくり感じられなかった。

オリンピックは開催することで、国費も使って施設等を大掛かりに造ることが出来る大義名分が生まれるが、東京で旧来の施設を使用して開催するというプランには建設事業的には魅力が乏しい。もはや、オリンピックで施設を充実させる時代は先進国に於いては終わったのでなかろうか?

東京はオリンピックを開催することで、経済効果を上げようということなのだろうが、150億円以上の経費を掛けて、招致活動をしたのに落選したことでその金は全て水泡に帰してしまった。確実に招致できるかどうかが判らない活動に150億円以上の金を掛けるのはリスクが大き過ぎる。150億円を別な経済活動に使った方が都民の為にもなったことだろう。巨額の無駄金を使ったことで、きっと、これから石原都知事の責任問題に発展するのだろうなぁ〜。

でも150億円って、一体何に使ったのだろうか?

昔から、IOCの委員には金銭的な疑惑が報じられて、オリンピック貴族などと言われてもいるが、ものすごい接待を受けているのだろうなぁ〜。このIOCの選出方法は不明朗なお金の掛け方だから早晩改めるべきではないだろうかと思う。


■2009-10-04-Sunday 驚いたな〜

朝方のニュース速報で中川昭一氏が死亡したという、

字幕スーパーが出たが、番組内では何も言わない。

エッ!嘘だろう。と驚いて、真偽を確かめるべくインターネットのニュースを開いたら本当だった。

父親の一郎氏のこともあったので、ひょっとするとという気がしたが、お昼のニュースでは、その可能性は低いと言っていた。

何にせよ、失意の内の無念の死であろうと思う。

まだ、56歳という若さである。

2日に帯広の北海道ホテルで開催された「十勝毎日新聞発刊90周年記念パーティ」にも中川昭一氏は急遽キャンセルして、奥さんの郁子さんが代理で出席されていたから、よっぽど体調がすぐれなかったのだろう。落選後には再び酒も飲んでいたようであるし・・・。

もし、病死だとしたら、肝臓系の病気ではないのだろうか?アルコール依存症という噂があったから、落選後すぐにでも入院させて治療した方が良かったと思った。

日本人は死んだ人間には極めて優しい人種であるなぁと感じる。死者に鞭打つ様な行為をする人間は非難されるからか、コメンテーターが首相候補の保守の論客であった、惜しい人を亡くしたと持ち上げている。

死亡原因はまだ定かではないが、人間と言うものは気力が伴なっていないと急に身体にもガタが来るようである。大物政治家として常に気を張っていた状態から、落選してタダの人になった落差に、目に見えない形での精神的なショックがあったのだろうと推察する。プライドの高い人は挫折に弱いのかもしれないなぁ〜。

本人も将来の首相候補の一人と自負していただろうが、今年2月のもうろう会見でミソを付けてしまった。この会見は世界中に報道されてしまったし、タイミング的にも選挙が近い時期で最悪であったと思う。地元十勝では、期待が大きかった分、その反動で落胆した人、怒りを持った人が多かったように思う。

冥土でユックリとして美味しい酒でも飲んで欲しい。ご冥福をお祈りする。


■2009-10-05-Monday プロゴルフ

4日のプロゴルフは男女共に面白かった。

女子の方はメジャー大会の日本女子オープンで、前日まで4打差でダントツ一位にいた宮里美香が、最終日に5オーバーと崩れてしまい。替わりに7打差を追いついた横峯さくらが韓国の宋選手と11アンダーで並んだがプレイオフで敗れてしまった。宮里美香も横峯さくらも、韓国選手に比べるとここ一番での精神面の弱さが窺える展開であった。

宮里美香はベテランの福島晃子と最終組で回ったが、明らかに二人ともシックリいっていない様に見えた。かなりやりにくい相手だったのだろうが、ゴルフはマッチプレー以外は自分との闘いであるから、結局宮里美香は嫌だなぁ〜と思った瞬間に負けてしまったように感じられた。

横峯さくらは攻撃的にいっている時は強いが、プレイオフのパットは守ってしまった様に見えた。本戦の時の18番の最後のパットとは思い切りの良さが違って見えた。

男子の方は、石川遼が勝った。彼の素晴らしいところは、こじんまりとしないところだ。若さでイケイケどんどんでいくところが見ていて気持ちが良い。ダブルボギーを叩いたかと思うと次のホールではイーグルを取る、気持ちの切り替えの早さと、あの飛距離のあるショットは観客を魅了する。久し振りの逸材だと思う。なんだかんだ言っても18歳で現在の賞金ランキング1位なのだから、誰も文句は言えまい。

彼に付いて回るギャラリーが、ゴルフをもっと理解して、他の選手に迷惑を掛けないように心掛けないと、嫉妬が降り注ぐだろう。ゴルフルールを知らない俄かファンが石川遼をダメにしてしまいかねない。久し振りにゴルフが見ていても楽しいスポーツになった。


■2009-10-06-Tuesday 布施明

布施明ショウを観て来た。

6日の18:30から帯広市民文化ホールで開催された布施明ショウを夫婦で観に行ってきた。

会社を17:00に退けて帰宅し、犬を散歩させてから歩いて文化ホールに向かった。歩いて5分程度のところにこういう施設があるのは有り難いことだ。

まず夕食を軽く取ろうと駅の蕎麦屋に入った。時間が無かったから駅の蕎麦屋ならすぐに食べられるだろうと考えたのである。

17:45に店に入ってすぐに注文したのだが、先客が3名いた。全席でも12席しかない小さな店であるからすぐに出てくるだろうと考えたのである。

ところが、25分経っても先客の頼んだモノが出てくる気配がない。すぐ横の厨房でなにやら蕎麦粉を練っているような感じがしたので伸び上がって覗いてみたら、まさしく粉打ちをしていた。エッ今から蕎麦を打つの?と心の中で思ったが・・・。

18:30の開場には遅れたくないから、遅くても18:20にはこの店を出なければならない。

店主に後どの位で出来るか?と聞いたら3分だと答えたので5分で食べれば何とか間に合うかなと思ったが、5分待ってもまだ先客の3名分の注文も出て来ないので、店主に「私が注文したものは、もう茹でたか?」と聞いたら「まだこれからです」と言うので、「それなら時間が無いからキャンセルしても良いか?」と聞いたら「良いですよ」と言うので蕎麦屋を出て、隣のパン屋でサンドウィッチを買って食べながら会場に向かった。

私達夫婦とほぼ同時に入店したカップルも私達と同じにキャンセルして蕎麦屋を出たが、案の定、布施明ショウの会場に向かっていた。

蕎麦は確かに、打ちたて、切りたて、茹でたてが美味しいのは分かっている。しかし、駅の蕎麦屋というのは、客は皆、時間が無いものだろうに、これでは、場所に合った商売とは言い難い。こんな手の掛かる蕎麦屋なら一軒家で商売するべきだろうし、客に時間が掛かるが良いかぐらいは聞けよな。結局イライラさせられただけであった。

ショウにはギリギリ間に合った。

布施明のショウは素晴らしかった。すごい声量と歌の上手さである。休みなしで25曲ぐらいを歌い続けた。体力も、のどの力もすごいものだ。感心した。

もっと、こういう素晴らしいショウをやってくれる人が沢山帯広に来てくれると嬉しいのだが・・・。


■2009-10-07-Wednesday ボクシング

亀田大毅(20歳)の試合をテレビで見た。

WBA世界フライ級タイトルマッチ12回戦である。相手はチャンピオンのデンカオセーン・カオウィチット(タイ)(33歳)で2−0の判定負けであった。

何という凡戦であろうか。見ていて実につまらない試合であった。

2007年10月にWBCのフライ級チャンピオンの内藤大助に挑んで、反則を繰り返して負けた試合以来の2度目の世界挑戦であるが、ハッキリいって、亀田大毅は世界に挑戦できるような実力ではないように見えた。

相手のチャンピオンも33歳と年だし、パンチ力も大したことない選手のように見えたが、それ以上に挑戦者としての気概がまるで感じられない試合であった。

真面目になったことをアピールしたかったのだろうが、もっともっとヤンチャに攻めなければ勝てないだろうに。

私は「あしたのジョー」を読んで以来のボクシングファンである。昔のチャンピオンは強かったしカッコよかったがなぁ〜。

ひと頃の世界チャンピオン不在の状況ではなくなったが、長谷川以外はどうもなぁ〜。

それにしても、テレビ局のTBSは、何故に亀田兄弟に肩入れするのだろうか?

兄の興毅もそうだが、これまでも弱い相手としかやっていないではないか?

私はテレビ観戦だからまだ我慢できたが、パフォーマンスだけの選手の試合を高い金を払って見に行った観客は、金返せ!と怒りたくなるのではないだろうか?

11月には内藤大助と興毅の因縁の試合があるが、内藤も最近はバラエティ番組ばかりに出過ぎで、かつてのハングリー精神が感じられないし、また、たいして面白くもない試合になるのではないだろうか?


■2009-10-08-Thursday 無駄?

無駄と余裕について考えてみた。

先日、税務署から「国税のダイレクト納付開始」の案内が送られてきた。我社は既にe-Tax(国税の電子申告)を利用しているが、納付は銀行に行って納めている。今度はその納税も金融機関からの自動引き落としにしないか?との案内なのである。

一見すると、わざわざ銀行まで行かなくて済むのだから便利なように感じるのだが・・・。

あらゆるケースを想定して、メリットとデメリットを比較してみたが、我社にはメリットはないと判断した。銀行には、ほぼ毎日社員が窓口まで行っているし、我社から銀行までの距離も一番遠いところでも200m程度しか離れていない。せいぜい窓口で待たされる時間が無くなる程度のことでしかない。

一方のデメリットは、この不況で、もし万が一にも我社が資金繰りに困った時に(実際に起きたら困るが)、税金の支払いを先延ばしにして、取引先や金融機関に支払うことを優先するだろう。

何故なら、税金は延滞金を納めれば済むことだが、もし、手形を振り出していて(実際には我社は手形は振り出していないが)、支払い期日に遅れてもし不渡りを出したら信用問題と倒産問題になってしまうからだ。

いつナンドキこんな問題が起こらないとは限らない今の不況の世の中である。有無を言わせず自動的に引き落とされてしまうのでは著しく融通性に欠ける。

何故、税務署はこんなことを始めたのであろうか?

亀井大臣の提案しているモラトリアム政策も零細企業には実際にはシックリこないのではないだろうか?

この自動引き落としも税務署側の一方的な経費削減と利便性の向上が大きな目的ではなかろうか?

確かに、現在は無駄を省こうという気運が盛り上がっている。特に民主党政権になって、公共事業などの無駄金を絞り出す作業が進んでいるから一層そんな感じが蔓延しているようだ。

確かにどうしようもない無駄は多くあるのだろう。しかし、何度も書いているが、無駄は余裕なのだ!無駄があるから文化が生まれる。

徹底的に無駄を省いて効率化するなら、極端な事を言えば、この世に人間は一握りだけ居れば良いことになってしまう。

リストラは正式にはリストラクチャリングで「再構築」という意味だが、リストラと短縮すると「首切り」という意味になってしまっているかのようだ。このリストラをやれば、とりあえずその企業はもつだろうが、世間全体は益々不況になるだけだ。

リストラで社員の首を切れば購買者が減るのだから、売れなくなる。売れないから商品の値段を下げる。値段を下げるから利益が出ない。利益が出ないから社員の首を切る。不況のスパイラル(螺旋階段)をマッ逆さまである。

私はこの考え方が、不況を呼んでいると思うのである。

商品には適正な価格というものがあるし、人は働くことで意欲が湧くのだ。生活保護などの社会保障で能動的な精神状態を持てと言う方が難しいだろう。

民主党の無駄探しも、自民党政権で膨れ上がった巨大な無駄を是正するには必要なことだろうと思う。しかし、それが行き過ぎると不況が更に進む。

無駄と余裕のバランスが大切だと思うのである。人気がある政策だからと、本当に必要なものまでカットすることには問題があると思う。

その見極めは鳩山首相がやるのだろうか?大富豪の御曹司で金銭感覚が庶民とは大分ズレテいると思うが、その金銭感覚のズレが日本国民にとって果たして吉と出るのか、凶と出るのかしっかりと見守りたい。


■2009-10-09-Friday 突然の秋

大型台風18号が近づいて来ているが、

8日は急に寒くなって突然に秋になってしまった。

今年の9月は温かい日が続いて、ゴルフのプレイも半袖でも汗ばむほどの天気であった。10月に入っても7日までは温かくて日中は半袖でも良いぐらいであったが、8日は急激に秋の気配に変わってしまった。

6・7月に天気が悪い日が続いたので、9月の陽気も農業にはあまり関係がなかったようで、実の付き方が良くなかったようである。やはり農作物には6・7月あたりの天候が重要なのだろう。

十勝の農業もあまりカンバシクないような気配である。農業関係の政治分野では大きなポジションに居た中川昭一氏が亡くなってしまったので、十勝の農業の行く末が気掛かりである。

民主党の所得保障制度は小規模の米農家には有効な政策かもしれないが、十勝の大規模農業には向いていない気がする。農業政策に明るくて尚且つ十勝の農業にも詳しい中川昭一氏を失って、十勝の農家はいよいよ国を頼りには出来なくなってきたのだから、これまでの意識を180度転回する必要があろう。これまでと同じやり方は通用するまい。今年の不作(恐らく)と中川氏の死を十勝農業の転換点にしなければならないだろう。

民主党は「都市型政党」でサラリーマンなどを支持者にしている政党であろうから、十勝のような農業地域の意識を恐らく重要視はしていないだろう。

しかし、食料の自給は重要な問題であることに変わりはない。これまでの外国との友好関係が政権が交代したことで崩れたなら、食料輸入だって簡単なことではなくなるだろう。

人間は食べなければ生きてはいけない動物なのだ。自動車や電気製品や服では、腹は満たされない。

民主党の農業政策がいかなるものになるのか、早く発表して欲しいものである。


■2009-10-10-Saturday あぁすれ違い夫婦

8日の夜に温泉銭湯に行った。

台風18号が十勝に接近していて外は雨が降っている。これから風も強くなってくるだろう。そう思って、妻に「今日は家の風呂に入らないか?」と言ったら「嫌だ!温泉に行きたい!」と言う。妻が言い出したら私の言うことなど聞かないから、仕方なく、いつも行っている自宅近く(100mほどの距離)の温泉銭湯に行くことにした。

いつもは歩いて行っているのだが、テレビのニュースでは台風18号の猛威を流していた。その強烈な台風が近づいていて今も雨が降っているし、これからは風も強くなるだろうから「車で行こうよ」と言ったのに「ダメ、歩いて行く」と言うのだ。せっかく温泉に浸かって身体を温めるのに、強風の雨の中をたった100mとは言いながらも歩いて帰って来るのは、温泉に入る意味が薄れると思って、私は車庫を開けて車を出したのだ。すると、妻は一人でサッサと傘を差して歩いて行ってしまった。確かに車を車庫から出して、また駐車場に停めている内に着いてしまう距離であるし、ガソリン代もモッタイナイ。しかし、これから大型台風が来るのだから今日ぐらいは車で往復した方が良いだろうと考えたのだ。

温泉銭湯にほぼ同時に到着して出る時間を確認した。妻は「8時30分に出るわよ!あっ、でも帰りも別々か?まぁ一応8:30に決めておくね!」と言って女風呂に入って行った。

8時30分になって私が男風呂から出て、待合室に行ったのだが妻の姿が見当たらない。妻はいつも2〜3分は遅く出て来るから、私は気を利かせて、妻を雨で濡らさせてはいけないと思い駐車場に行って車を出して入り口に着けて待っていたのだ。なんと優しい心遣いなのだろう。

しかし、35分になっても妻が出て来ないのだ。アッこれはひょっとすると先に出て一人で自宅に歩いて戻ったのかもしれないと考えたのだ。妻ならやりかねない。

そう思ったので、逆に自宅の鍵を持っている私が戻らなければ、妻は家に入れなくて風除室で待っているかもしれない。あまり待たせると「何をトロトロやっているのよ!」と怒られるかもしれないと考えて、慌てて自宅に車を走らせた。

車庫に車を仕舞い玄関に行ったら妻の姿がない。あぁ失敗したと思ったが、たかだか100mの距離だし、雨風もそんなに強くなかったから、また車庫を開けて車を出すのも面倒だ。たぶん大丈夫だろうと自宅で待ったらすぐに戻って来た。

「私を置いて帰るなんていい度胸してるわね!」と妻が言って脅すが、「お前がいつも一人で勝手に行動するから、今夜も一人で帰ったのかと思ったのだ。現に行く時も一人でスタスタと歩いて行ったではないか!」と言った。戻るに至ったいきさつを話して、君の為に良かれと思って取った行動が逆になったのだと説明したら、妻も納得したらしく「こういうことで夫婦のすれ違いって起きるのね」と珍しく殊勝なことを言って収まった。

そうなんだよなぁ〜!善意でやったことが、必ずしも相手にとって良い結果になるとは限らないのだよ。

すぐに仲直りをして夫婦の絆を再確認したのであった。


■2009-10-11-Sunday 日本文化

日本文化と欧米文化の違いについて考えてみた。

1996〜2006年まで10年間に亘って活動した「十勝場所と環境ラボラトリー」の指導をして頂いた山本哲史(当時は信州大学教授)さんが研究されていたことに「場所論」という哲学がある。

山本師は十勝という場所を主な舞台にして行われている「場所の経済」というものに着目していた。実例をあげると「十勝毎日新聞社」「六花亭」などの経済活動が、いわば閉じた場所である「十勝」でなぜに成功したのかを解明することで、場所論研究の一助にしたいとの考えがあったのだ。山本師は何度も十勝を訪れていたが、その中で師が言っていた日本文化と欧米文化の違いについての話を、昨日、私たちが子供の頃の遊びと現代の子供の遊びとを比較して考えている内にフッと思い出したのだ。

山本師曰く「日本の箸や風呂敷の文化と、欧米のナイフ&フォークとカバンの文化との違い」だとおっしゃっていた。

つまり、日本文化は道具に用途を限定しないで、使用する人の技量に合わせていかようにでも使える文化で、いわゆる技術の文化である。

対して欧米の道具文化はナイフは切るだけ、フォークを刺すだけ、スプーンはすくうだけ、用途に応じて道具を使い分ける文化である。

カバンはその形によって入れられるものが限定されているが風呂敷は小さなモノからスイカや一升瓶まであらゆる形のモノを包める。と言うのである。なるほどなぁ〜と感心したものだった。

昨日、子供の遊びについて話す機会があった。

そういえば、子供の遊びも、我々が子供の頃は、空き地という場所があれば想像力を駆使して、戦争ごっこ、チャンバラごっこ、月光仮面ごっこ、鬼ごっこ、かくれんぼ等など、バリエーションは豊富であった。道具も決められたモノが有る訳ではなくて、いわゆる「お約束事」として

そこらにあるモノをそれに「見立てて」使っていたのである。

対して現代の子供たちの遊びはどうなのだろうか?

テレビゲームという一方的なストーリーに従って、いかに上手くこなしていくという遊びなのではないか?そこには想像力というものが著しく欠如している。遊びを創り出していくことが想像力を養うことにも繋がっていたのではなかろうか?

現代の子供たちには、空き地が無くなり、近所の子供たちと「ごっこ」をする機会が失われた。替りに与えられた遊びは考えることを必要としないテレビゲームである。

テレビゲームは欧米文化の使用目的以外には使えない、極めて許容範囲の狭い遊びだと思う。

おもちゃというモノが溢れているから工夫する必要がなくなったのだろうか?

ここで、マジックの復権を唱えたい。マジックは一つのモノをあらゆる角度から眺めて、どんなマジックに使えるかを考える作業が必要なのだ。道具の使い道を色々と考えるから面白くて奥が深いのである。

子供たちにもっとマジックを普及させようと思う。

だって、そうだろう。マジシャン以外の誰がスプーンを曲げてやろうなんて考えるだろうか?


■2009-10-12-Monday 悔しい〜!

11日にJCのゴルフ大会

じゃがいもの最終戦が開催された。

私は今年、会長を務めている。日程の決定権は会長にあるから、当然のことながら私は皆勤賞である。

成績の方も、予定通り、1位で臨んだ決勝戦であった。

今日を上手く乗り切れば年間優勝である。

いつもは練習などしない人間が、珍しく、練習場に行って打ち込みをしてきた。案の定、上位者が皆練習に来ていた。

今朝は、7時頃にものすごい突風の音で目が覚めた。

朝から、ものすごい風の強さである。これくらい風が強ければハンディ上位者が有利なはずであった・・・。

決勝戦の最終組は成績上位者で組まされて、お互いにつぶしあいをするのが慣例である。

今年は最初で最後の年間優勝のチャンスだと思っていたから特別に気合が入った。

だが、空回りであった。

途中までは何とかいい線であったが、アウトの6番でパーパットを打って、自分では入ったと思ったパットが、風で飛んで来た葉っぱに邪魔されて外れてしまったのだ。それから、少しずつ崩れていった。

最終日にトップに居て、最後で負けたのは初めてである。どうにもパットが入らなかったのである。精神的にどこかが弱かったのであろう。悔しい〜。来年こそ優勝してやるぞ!


■2009-10-13-Tuesday ジュエルクラブ

12日にゴルフのジュエルクラブの最終戦が行われた。

前日のじゃがいも最終戦に続いて2日連続で大きなゴルフコンペの決勝戦である。どちらも最終戦は十勝カントリーで行うことが多い。

ジュエルクラブは30年前にJCのじゃがいもに参加しているゴルフ大好き人間が30名ほど集まって作った会で、メンバーの9割がシングルプレイヤーという会なのである。

私もJCに入会した翌年(1988年)に半場、強制的に入会させられたのだった。年会費を一人4万円ずつ徴収して運営され、年間優勝者と準優勝者にはかなりの金額(金額を明らかにすると差し障りがあるかもしれないのでここには書かないことにする)の宝石がプレゼントされるのである。優勝商品の高価な宝石が奥さんの手になるか、別の誰かの手になるかは優勝者本人の生活態度に懸かっている。因みに私は入会した一年目でいきなり優勝してヒンシュクをかったものだったが、勿論、宝石は妻の手に渡ったことは言うまでもないが・・・。

12日は朝から良い天気であったが、昼から風が強くなってきた。昨日の強風と晴れでグリーンが乾いていて、タダでさせ高速グリーンなのにこの日のグリーンはガラスの上でパットしている感じであった。特にインの16番は私が右下側から6mのバーディパットを打って、数センチのところで失速して僅かにカップに届かなかったボールがダラダラダラダラと落ちてきて3mほど下まで、まるでUの字を描くように降りてきてしまったのだ。なんとか返しのパットを入れてパーで上がれたが皆、とてもこの高速グリーンには手を焼いていた。そこに前日に続いての強風であるから皆スコアが悪かった。

私は前回のコンペで優勝してしまったのでハンディが2割アップして6でプレイしなければならなかったので端から上位入賞は諦めていたが、42、42で5位に入り、年間賞も4位に入ることができた。

結構な金額の商品券を手にして帰宅した。

この2日間のゴルフで得た商品券は9万1千円にもなったのだから、妻は大喜びである。十分に元は取ったし、これで来年もゴルフに出してくれるかもしれない。


■2009-10-14-Wednesday MAGIC書籍

ここ2年間に買ったマジック関係の書籍の数が1000冊を越えた。

2007年8月19日以降に買ったマジック関係の書籍は私が自分でPCにデータを入力しているが、それが13日についに1000冊を越えたのだ。2年と2ヶ月間だからおよそ790日である。それで1000冊だから毎日1冊以上の本を買っていたことになる。妻が呆れるはずだ。自分でもアホじゃないかと思う。

それ以前から持っていた本は、2007年の8月14〜16日のお盆の間に井原君というマジックの後輩が、全部の本を写真に写してデータ化してくれたのだが、まとめてくれたのは私の本だけではなく他の人の所有している本も一緒に一覧表になっているので、私の所有する本が何冊なのかはまだハッキリ分かっていないのである。推測だが5000冊程度ではないかと思っている。

その写真に写していない本は後から増えた分として分かるように付箋を付けて購入した日を書き込み更にPCにデータとして入れてあるのだ。

新しく増えた1000冊の8割以上が、インターネットオークションでの落札物件である。以前に古本屋を歩き回って買っていた時の100倍以上のスピードで本が増えているのだ。

5000冊も持っていたら、もう持っていない本など少ないだろうと思うだろうが、どうしてどうして、持っていない本が次から次へと出てくるから不思議だ。だから一週間に一度は、オークションの画面を検索しておかないと見逃してしまうこともあるのだ。

オークションは非常に安く手に入ることが多い。この1000冊の中には貴重な本をたったの100円で手に入れたこともあった。140円の送料の方が高かったのである。

古本屋というのは本の価値を知っているから、結構高めの値段設定のことが多いのでなかなか買うことができないが、インターネットオークションだ素人が出品するから、まとめて買っても「エッこんなに安かったの」ということがよくあるのだ。

何と便利な道具だろう。しかも、写真が付いているから間違ってすでに持っている本を、再び購入してしまう危険性が減った(全くゼロではない)のが大きい。

今年は本棚を2台増やしたのだが、もうそろそろ満杯になってしまいそうである。ライフワークとして、マジックの研究したいと思っているがまずはその前に、自分の所有する書籍のデータ化を自分でやらなければならないだろう。結構時間が掛かりそうだなぁ〜、でもそれも楽しいかもね。


■2009-10-15-Thursday 空港問題

前原国土交通相が羽田空港のハブ化に言及した。

私は大賛成である。

千葉県の俺は男だ!森田健作知事は、事前に相談が無い、地元の意向をまるで聞いていないと怒りまくっていたが、ある意味その手法が正解だろう。

こういう事業は他人の意見を聞いていたら「情」に流され易いからだ。かの漱石先生も「情けに棹差しゃ流される。とかくこの世は住みにくい」とおっしゃっているではないか。ある程度非情に推進しなければ、当然のことながら、現在それで生活している人達が困るからだ。しかし、一部の人間の利益と、日本国民の大多数の利益を天秤に掛ければ、国民の利益の方が上回るのは論を待たない。情に流されて地域住民の声を聞き始めたら改革など出来はしない。ドラスティックに政策を遂行してもらいたいと思う。

そもそも、成田なんて場所に空港を造ったのが大間違いだったのである。たしか私が大学生の頃に福田赳夫首相が無理やり開港したことを覚えているが、今に至るも実に使い勝手の悪い空港である。反対派の人達もまだまだ沢山いるのだろうし、どうせ、政治家や官僚のプライドだけで無理やり開港したのだろうから・・・。

国際線と国内線が繋がっていなくて、しかも陸路での移動に2時間近くもかかるなんて空港として意味がないし、現在も地元住民の反対で24時間使えないし、滑走路用地だって反対派が持っていて虫食い状態の不完全な空港なのだから、この際成田空港は廃止してしまえば良いのではないかと思う。その方が国民の利益になると思うし・・・。

茨城空港が全国98番目の空港として建築中だが、中止になるかもしれないと大騒ぎしている。先に97番目として開港した静岡空港もJALの倒産するかもしれないという動きの中で、廃港にしてしまうかもしれないという話まで出て来た。

日本みたいな狭い国に98もの空港が必要な訳がない。これは自民党政権がやってきたバラマキ体質が、民主党政権に変わって露呈してきたことの顕れだろう。何千億円とか何百億円だとかの費用を掛けたものが捨てられていく。なんという巨額の無駄使いだろう。その金を全国民に還元した方がよっぽど経済効果が上がっただろうに・・・。

誰か悪い奴らが上手い汁を吸っていたのだろう。

この際こそ、そういう既得権益にまみれた抵抗勢力を駆逐して、国民の為の政治に戻してもらいたいものだ。


■2009-10-16-Friday 買い物

ゴルフの景品で獲得した商品券で、

妻が私にズボン(洒落てスラックスと言わなければいけないのかな?)を買って上げるよと言う(アレッ何か変だなぁ俺が買ってもらうのか?おかしいなぁ〜)。

今回の買い物で2つのショックがあった。

最近はユニクロでしか洋服を買っていないし、スラックスは少し痩せてウエストを絞ってから買おうと思っていたので、上着の方ばかりしか買っていなかったのだ。

15日の水曜日に藤丸デパートの紳士服売り場に夫婦で行ってみた。すでに秋物のバーゲンが始まっている。

ここ最近は、クールヴィズとやらで、ネクタイは冠婚葬祭時にしかしなくなったからスーツを着る機会が極端に減った。少し寒くなった今でも開襟シャツにジャケットを羽織る程度である。

スラックスもゴルフとビジネスに併用出来るモノを選んでいる。講演などで旅行する時に皺になりにくい素材のスラックスが便利なのだ。

今回も、ゴルフズボンでビジネス時にもはけるデザインのモノを選んだ。価格は1本が13000円程度である。最近ユニクロで安い服しか買っていないから、この値段でも最初は「ウワァッ高い!」と感じてしまったのだ。慣れというのは恐ろしいものである。

たまにしか服を買わない私でさえ、そう感じるのだから、普段から買い物している人は、デパートは高いなぁと感じてしまうだろうと思う。

しかし、やはり、モノには適正価格というものがあって然るべきで、西友が発表した850円のジーンズはいくら安くても穿く気にはなれないし買う気にもなれない(とここまで書いていたらドンキホーテがプライベートブランドで690円のジーンズを発売すると発表した。原価は一体いくらで利益はいくらなのだろうか?)。こんな値段で作れることすら不思議であるからだ。穿いて歩いている内に糸がほつれて、パンツ一丁になって公然ワイセツで捕まるなんてことはまさか無いだろうが・・・。

2つ目はウエストのサイズがまた一回り大きくなったことだ。88センチのスラックスがキツイのだ。ついに90センチ台に突入して91センチになってしまった。まずい。このままではまずい。なんとかウエストを絞らなくては。

この冬は少しトレーニングをすることにしよう。そして来年は今年以上にゴルフで商品券をたくさん獲得して、また妻に洋服を買ってもらうことにしよう。


■2009-10-17-Saturday PB商品

PB(プライベート・ブランド)商品が盛んに出てくるようになった。

つい先頃も、ドンキホーテのPBのジーンズが690円で売り出されるというニュースが出て驚いたところである。

690円という値段では生地代にもならないのではないかと思うのだが、この値段で売って利益なんて出るのだろうか?売る方は客集めの為の宣伝費として考えているのかもしれないが、その値段で造らされる方はタマッタもんじゃないだろう。お付き合いか、それとも、もう買わないぞという恫喝に近い関係なのかもしれない。

一方で大手スーパーのイオングループがPB商品を多品種出している。PB商品と言ったって、自分の会社で造っているわけではなくて、メーカーに、製造した全商品を引き取って返品無しにするから、安くしろと言って造らせるのだという。メーカー側にしてみれば、利益の幅は少なくても、工場を稼動させて従業員を働かせることが出来るから、仕事が無いよりはマシだと考えて仕方なしに引き受けるのだそうだ。

だが、単純に考えたって、メーカーにしてみれば、自分のオリジナル商品と同じモノ(全く同じではないだろうが)を製造して、しかもオリジナル商品よりも安く販売されてしまうのだから、市場ではオリジナル商品の売上が減ることになるのではないだろうか?と思うのだが・・・。

そうなれば、結局は自分で自分の首を絞めていることにはならないのだろうか?

ライバル会社が安く造るのとは、状況は違うように思うのだが。

何だか理屈に合わないことを、やっているようにしか感じないのだ。しかも、前から書いていることだが、デフレスパイラルを自ら作り出しているようなものである。メーカーは価格の維持をしなければ、生き残っていけないだろうと思う。今のPB商品の価格では、メーカーは働けど、働けど、我が生活、楽にならざるなりというところで、只働きよりも二重の意味で自らの首を締める行為だと思うのである。

消費者にとっては安い方が良いとは言いながら、消費者だって働いて給料をもらっている身なのだから、もっと異なる経済政策を取らなければ、日本から製造業が消滅してしまう危機にあると思うよ。安けりゃ良いってもんじゃないと思うがねぇ〜。


■2009-10-18-Sunday 鬼の霍乱

妻が身体がダルイと16日に会社を早退した。

鬼の霍乱(おにのかくらん)というやつだ。このところ土曜も日曜もなくスケジュールがビッシリと詰まっていたからだろう。

私が献身的に介抱したのは言うまでもないからここには書かない。

16日に中川昭一氏の哀惜の会が帯広の北海道ホテルで執り行われた。

新聞によると参列者数は4000人にもおよんだという。だが、残念ながら会場の選定を誤ったなぁ〜と思う。10月中旬では昼の11時とはいえ肌寒い。この寒空の中を30〜60分ほども外で待たされるのは辛いことだろう。

会場をホテルではなく、総合体育館にでもして、外履きの靴のまま入れるように床にシートを敷いて、一方通行でお参りさせれば良かったのに・・・。

献花だけしたい人もいれば、式に参列して弔辞を聞きたい人も居るのだから、前方は椅子席でお偉い方々の席にして、その後方にテーブルを長く繋げて献花台にする。その献花台を椅子席との境にして、後ろ側は流れ作業で一方通行でお参りだけする人たちの場所にして、二階の観客席は一般の弔辞などを聞きたい人たちの席にすれば良かったのにと思った。

ホテルは構造上、人の流れが上手く作れないから、入りきれない人は文句を言いながらお参りもせずに帰っていった人が沢山いたし、具合が悪くなって倒れた人も数人いて、救急車が出動したりもした。

最後の最後にも格式を求めたのだろうが、市井の人たちの気持ちを理解していないかのような会場選びには失望した。

多くの人たちにお参りの機会を与えようという考えが足りないのではなかろうか。後援会は何を考えてこの会場選定をしたのだろうか?スッキリしない哀惜の会であった。


■2009-10-19-Monday 小型船舶免許

小型船舶免許の更新があった。

18日の午後から帯広経済センタービルで小型船舶免許の更新講習がったので受けて来た。

以前にも書いたことがあるが、昭和62(1987)年に青年会議所に同期入会した人に強引に勧められて取得した資格である。その時はその勧めた人の父親にも資格を取らせる為(家族で釣りに行く為)に、講師を帯広に呼びたい、しかし、受講生が1人では講師が来てくれないから、青年会議所に一緒に入会した人間の内、暇そうな人間3人を巻き添えにして最低限の5人を確保して帯広での講習会を実現させたのだ。

結局、私は講習会を開催する為の要員であったわけである。

もともと、船には関心が無いというより船に乗るのが嫌いであった。何故なら船酔いが酷いからだ。

それでも、まぁ資格の一つとして受講してみるかという気になったのである。実技試験は阿寒湖であった。その時以来船の操縦はしたことが無い。全くのペーパー船長なのである。船は乗ることはあっても操縦する機会は無いなと思って更新もせずに放っておいたら、平成15(2003)年11月に法改正があって、4級免許を2級に自動的に格上げしてあげるという通知が来た。講習を受ければ良いのだというから、それならと思ってわざわざ札幌まで講習を受けに行って更新した。その時に、今なら実技試験無しで、筆記試験を受ければ1級が取得出来ますよ!という甘言に乗ってしまった。どうせなら2級よりも1級の方がカッコ良いという理由だけである。使いもしない資格なのに・・・。

その時に取得した1級免許の更新が昨日だった。更新費用は9000円である。おそらく今後も船など操縦する事はないだろうに、馬鹿なことだ。

でも、サイフにこの免許を入れていると、飲み屋ではホステスさんにカッコイイとモテルんだよなぁ〜。5年で9000円の投資なら安いもんかな?


■2009-10-20-Tuesday 文化の危機

文化の危機がヒタヒタと迫っている感じがする。

企業のスポーツクラブが減少し始めたのはリーマンショック以前からだから、おそらくバブル崩壊以後のことだと思うが、バブルの頃は企業メセナと盛んにもてはやされていた文化(支援)活動もそうである。

企業にゆとりが無くなってきたということなのだろう。

一方では効率化して人員を減らしているのに、スポーツや文化活動など金が掛かるばかりで儲からないものは、ドンドン止めてしまえ!ということだろうと思う。

これでは殺伐とした世の中になりはしないか?何度も書くようだが、無駄は潤滑油として必要なものなのだ。私は何も全く無駄なものまで残せと言っている訳ではない。ある程度の効率化は必要だと思っている。だが、それが限度を越えてしまうと、ギスギスとしたつまらない世の中になりはしないかと危惧しているのである。

金、かね、カネの世の中で、働いてばかりで何になるのだろう。ホモ・ルーデンスとは「遊ぶ人」という意味だと聞いた。人間は遊んだから智恵が発達して猿から進化したのではないかという学説だったと記憶している。日々、食うためだけに生きているなら動物と同じである。

欧米では、功成り名を遂げた人物は私財を使って文化的な活動を行った。日本でもかつてはそうではなかったのか?現代の日本には金を貯め込まないで公的なことに私財を投げ打つ金持ちはいないのかねぇ〜。

金持ちの質が変わったのか?それとも程度の低い奴しか金儲けができなくなったのか?

このままでは、日本から文化が消えてしまう。何とかならないのだろうか?


■2009-10-21-Wednesday コレクター心理

コレクションを始めてから何年になるだろう。

先日読んだ本(竹内久美子さんの本だったと思う)に、コレクションするのは圧倒的に男性が多いという。詳細はまったく憶えていないが、なるほどねぇ〜とつぶやいたなぁ〜と記憶している。

私はものごころついた時から、色々なモノをコレクションしていた。缶カン(お菓子の入っていたフタ付きの缶)をもらって蓋に「かずあきのたからもの」と書いて色んなモノを入れていた。中身はビー玉であったり、メンコであったり、独楽であったり、王冠であったり、etc.

それが高じて小学1年から切手の収集にのめりこんだ。当時は切手集めが大ブームで、日本中の人が皆集めていたように思う。

記念切手の発売日に郵便局の本局に50番以内(くらいだったと記憶している)に並ぶと、初日カバーの台紙というのが無料で貰えるのである。それにはその日発売される切手の説明書きが書いてあって、その横に1枚その切手を貼って発売当日の消印を押してもらうのである。その台紙が、欲しいが為に朝6時頃に起きて郵便局に並んだのだ。段々それが知れ渡ってきて並ぶ人の数が増えて来たので、他人に先んじようと徐々に並ぶ時間が早まって最終的には並ぶ時間が4時頃にまでなるのであるが、コレクターというのは、そういうことに生き甲斐を見出して、並ぶのが楽しくなってしまうのである。

郵便局が開いてから学校に行ったのでは遅刻してしまうので、途中で母に並ぶのを代わってもらうのであるが、私は一人で嬉々としてそういうことをやっていた。他の3人の兄弟姉妹たちにはそういうことはまったくなかったから、私一人だけの性格であったようだ。困った性格であるが、これが50歳を過ぎても一向に直らないのだ。

私の中でこの切手集めのマイブームは中学2年生まで続いた。中学2年である程度まで集めてしまうと後はお金の問題になるからだ。友達同士の交換にも限度がある。そういう交換という楽しみ方が無くなったので急激に熱が醒めてしまったのである。いまだにその時集めた切手は持ってはいるが今では見ることもない。

その後はマジック関係の書籍の収集に凝った。これは現在まで続いている。途中でマリリン・モンロー・グッズやディズニー・グッズやバックギャモンやゴルフパターやレコードなどの収集にも凝ったが、ある程度集めてしまうと急激に熱が醒めてしまうのだ。どうやら先が見えてしまうとつまらなくなってしまうようである。

でも、マジックだけは熱が醒める気配がない。何故だろうかと考えてみた。

マジックは集めるだけではなくて、自分でも手を使って練習しなければならないからではなかろうかと考えるようになった。それに、歴史的にも古いものだから次から次へと知らない本が現れる。やはりそれだけ奥が深いということでもある。

だが、家族の中では私以外にマジックに興味を持ってる人間が居ないのが悩みだ。せっかく6000冊も集めたのに、私の死後にバラバラになるのはとても悲しいことだ。生きてる内に活用法を考え出さねばなるまい。

妻は「貴方が死んだら捨てる」と言っているから恐ろしい。価値というものをまるで判っていないのだ。マジックの同好の士にしてみれば泣いて喜ぶかヨダレを垂らすような貴重なものなのに、妻にしてみれば、場所を占領する不必要なゴミとしか捉えていないようなのだ。

コレクター心理というものはコレクターでなければ理解できないものらしい。次はどこかの誰かさんのように愛人のコレクションでもしてみようかしら・・・。

ブルブルッ、妻が恐ろしくて私にそんなことが出来ない事くらいはこのブログの読者の方なら先刻ご承知のことだ。


■2009-10-22-Thursday 保管料に十数億円?

今朝(21日)の読売新聞に

1970年代の石油危機時に、時の通産省が石油の配給制を実施する際(実際には行われなかった)に備えて用意した「石油配給切符」72億枚が一度も使われないまま、30年間もの長い間、首都圏の民間会社の倉庫に眠ったままになっていたことが判ったという記事が載っていた。

この30年間の保管料が少なく見積もっても十数億円になるという。

なんという無駄使いだろう。民主党政権に替わって、ようやくこんな無駄使いが見直されたということだろう。記事には政権交代は無関係でタマタマだとの経済産業省のコメントが載っていたが、官僚は税金を一体なんだと思っているのか、フザケルナと言いたい。国民をなめている。

保管料だけで年間9000万円近い金をドブに捨てていたようなものである。きっとこんな無駄使いがこれからもボロボロと出てくるのだろうなぁ〜。政権が替わったことでこんな問題が出てくるとは・・・。

やはり55年体制の終焉で色々な事が変わるのだろう。

自民党の高度経済成長・人口増加時代の政策で日本は確かに豊かになった。しかし、バブル崩壊後の、低成長経済・人口減少時代のベクトルとは明らかに矛盾した政策になってしまった。その表向きの表層部分だけ変えた様に見せかけてなんとか去年まで持たせてきたが、これまでの自民党の役割は終わったのだと思う。

自民党は小泉純一郎というあだ花が出現して、その終焉の流れがストップしてしまい。日本は小泉在位の5年間という貴重な変革の時間を無駄にしてしまったのかもしれない。これは後の歴史が証明することだが・・・。

民主党が上手くやれるかは心元ない状況だが、少なくとも、国民に意識変革の機会を与えたことは認めよう。

政治には早急に、新しい時代に合った哲学が必要なのだと思う。鳩山さんは何だか頼りないなぁ〜。


■2009-10-23-Friday 野球CS

昨日(21日)のパリーグのCSはすごかった!

最近の野球はつまらなくて、見る機会が極端に減っていた。野球のルールがしょっちゅう変わるからついていけなくなっているのだ。セ・パ交流戦は面白いが、どうやってチームの成績に反映されているのかよく解らない。クライマックス・シリーズ(CS)とやらも、ペナントレースを制したチームが日本シリーズに出られないことがあるから、何だかスッキリとしないのだ。もしもCSで3位のチームが勝ち上がったら、何の為に1年間の長期戦を闘っているのかまったく意味が無くなると思うからだ。それなら最初から1ヶ月毎の短期戦で各月の優勝チームを決めて、10月にそれぞれの月の優勝チームが決勝戦をすれば良いではないか。それなら短期戦の優劣が付けられる。何だかCSは長期戦と短期戦がごちゃ混ぜになっていて理屈に合わない闘い方だと感じる。

特に今年のセ・リーグは3位のヤクルトなんて勝率5割ギリギリだろう。そんなチームがもしも中日に勝っちゃったりしたら興醒めもいいところだったぞ。

だが、昨日21日(この文章は22日に書いている)の日本ハム対楽天の第一戦はビックリしたなぁ〜。

9:10まで自宅でテレビを見ていたが、日ハムの負けが濃厚になったので、見るのを止めて温泉に行ったのだ。温泉のサウナ風呂の中のテレビでもCSを映していたのだが、サウナに10分以上は入っていられないから、ところどころ切れ切れにしか見られない。

9:25には日ハムの8回裏の攻撃が終わって4対6まで迫ったところで放送が終了してしまったが、アッこれは今日は負けだな!と思っていた。

後から風呂に入って来た馴染み客が「イヤー日ハムは今日はダメだね!9回表にもう2点取られて8対4になったから俺も諦めて風呂に入りに来たよ」と言って風呂に入って来たから、完全に今日は負けたなと思っていた。

サウナのテレビに文字放送で日ハム9対8で楽天に逆転勝利と出たので風呂屋中にどよめきが起こった。

この時は詳細は判らなかったが、自宅に帰ってからテレビのスポーツニュースを見るとスレッジの逆転満塁サヨナラホームランで勝った場面が出た。

野球は筋書きの無いドラマだと言われるが、これには驚いた。

日ハムはエースのダルビッシュが故障で出られないし、野村監督の解任騒動で燃えている楽天に分があるかなと思っていたのだが、まさしく野球は最後の最後まで諦めてはいけないのだなぁ〜。

先はまだ長いが、日ハムが日本シリーズに出て、日本一にでもなれば北海道の経済効果も少しは上がるだろう。日ハム頑張れ!


■2009-10-24-Saturday 近頃の結婚式

帯広での結婚式に久し振りに出た。

去年は姪っ子の結婚式が東京のホテルであったが、帯広での結婚式に出るのは6〜7年振りのことである。

随分と様変わりしていて驚いた。

我々の頃は300人とか、多い人は500人なんていう結婚式もあったが、こじんまりと少人数での式になったようだ。まぁ、少ない方が祝ってもらっているという雰囲気が感じられて良いかもしれない。300人もいると、ワイワイがやがやと騒々しくて、あちらこちらで名刺交換している姿を見かけたものだ。結婚する当人が知らない人ばかりでは、何のための結婚式かも判らなくなってしまうから、友人達に祝ってもらうのは当人にも嬉しいことだろう。ただ、少々、結婚式にはチョット相応しくないような悪ふざけも気になったが・・・。

会費制の結婚式は北海道特有のものらしいが、招待制よりも気軽で良い風習かもしれない。

年寄りは二次会には行かないが、二次会がどの様になっているのか興味のあるところだ。きっと、ハチャ目茶なのだろうなぁ〜。

結婚式の会場で何人かの人たちに「ブログ読んでますよ!結構過激なことも書いてるんですね」と言われた。自分では過激なことなどはまったく書いていないつもりなのだが・・・。読者の捉え方次第なのだろうが、文章は難しいものだ。


■2009-10-25-Sunday 沈まぬ太陽

映画「沈まぬ太陽」を見てきた。

25日に妻が映画「沈まぬ太陽」が見たいと言い出した。しかも3時間22分の長編映画で、映画館で観る映画としては「風と共に去りぬ」以来のインターミッション(休憩時間)付きの映画だ。

あまり気が進まなかったが、暇だから付き合うことにした。昨日の結婚式とその後の自宅で酒を飲み過ぎた為に、お腹の調子がヨロシクナイ。

昼に蕎麦を食べてから映画館に向かったのだが、お腹がゴロゴロと鳴っている。上映中も鳴り続けたのでとても恥ずかしかった。

映画は予想に反してとても面白かった。感想を書くと、まずは時が過ぎるのは速いものだなぁと思った。日航機の御巣鷹山墜落事故が24年も前のことだったなんて、何だか10年ぐらいしか経っていないように感じていた。だから映画の登場人物のモデルが誰だか初めはよく判らなかったのだ。中曽根康弘、瀬島龍三が判ったところで面白くなってきた。政治家の中には、2人を一人に合体させたようなキャラクターが出てきた、竹下登、金丸信を合体させて名前も「竹丸」というのは笑っちゃうね!三塚博と思しき人物も出てきた。

さすがに映画や小説だから、現実をモデルにはしているが、多少のデフォルメやフィクションはつきものだろう。だが現実を知っているとまた映画の楽しみ方が増える。

石坂浩二が演じた国見会長のモデルは伊藤惇二会長(元鐘紡会長)だろうが、当時の日航がこんな状態だったとは知らなかったので正直驚いた。今、まさに日航の再建問題が浮上しているが、この時にもっとしっかりやっていれば日航もこんな状態にはなっていなかったかもなぁと考えさせられた。

映画は政治家や官僚や天下り役員たちの汚さを表現しているが、こういう不正を描く場面に、まぁこんなモンなんだろうなぁと慣れてしまっている自分の感覚が嫌になるねぇ〜。

今回の映画では、いつも好い人を演じる三浦友和が珍しく敵役を演じた行天が良かったねぇ。これまでの敵役というと個性が強い俳優が、更にアクの強いオーバーな演技で演じたものだが、三浦友和の演じた敵役は、いかにも気の弱い、渡辺謙演じる恩地に嫉妬する役でまさにはまり役だった。

行天は恩地に対して、実力でも人間性でも勝てなくて嫉妬する小賢しい人間だ。裏切りや悪事そしてゴマすりで出世はしていくが、自分に実力という拠り所がないから悪事の泥沼の深みにハマっていく、足元が不安定な小心者という感じが上手く出ていたように思う。私の身近にも似たような人物がいたから良く判るなぁ〜。

人物描写では香川照之が演じた役の、心理状態の変化が良く理解出来なかった。これは小説を読め!ということなのだろう。

救われた描写は、娘の結婚の件での場面で、外で妻が夫に手を差し出すところだ。この時の恩地の妻役の鈴木京香の表情が実に良かった。

もう一箇所は家族4人が自宅のリビングで蕎麦を食べる場面で、息子が「お父さんの生き方が少しは判ったような気がする」というような(一字一句憶えているわけではない)台詞を吐くところだ。堅物過ぎて融通の利かない人間というのも扱いにくいものだが、融通が利き過ぎる人間は信頼ができない。親が信念を曲げずに生きることで息子や娘たち家族も割りをくうが、やがては理解してもらえるというのは救いがある場面だ。恩地が会社を辞めない理由が、私では考えられない。ここまでのイジメというか、執拗な嫌らしさは、私なら我慢出来ないだろうなぁ〜。

首相が「王道」を歩んで欲しいと三顧の礼で迎えた人間(国見会長)を、自らの保身の為に更迭する身勝手さが、今日の諸問題を生んでいるようにも感じた。この映画は政権が交代した今まさに公開の時期がピッタリの映画である。

最後に妻と吹き出したのは、ロールバックの最後に「この映画は山崎豊子原作の「沈まない太陽」を元に・・・・フィクションであり、実在の人物・団体等とは何の関係もありません」みたいなキャプションが出たことである。たぶんこう書かないと訴えられるのかなぁ〜。

長〜い映画であったがなかなか面白い映画であった。アッそうそう、最後に映画は結構混んでいたけど、皆、中年〜老年の人たちばかりで若い観客は居なかったよ。


■2009-10-26-Monday 講演依頼

このところ講演依頼が増えている。

11〜12月にかけて、旭川・札幌・秋田・仙台・千葉・神戸とたて続けに6件も入ったのだ。来年2月には関東の埼玉県、東京都、神奈川県などの依頼も入った。一体、急にどうしたというのだろうか?

この不況が続く中で、屋台で街を活性化したいということなのだろうか?

私はコンサルタントではないから、「こうしなさい!」とか「こうやったら上手くいくよ!」などと言うつもりは全くない。

無責任に暮らした事も無い街にああしろ!だの、こうしろなどと指示するのはおこがましいと考えているからだ。ただ自分がこれまでにやってきたことを述べるだけである。それらをヒントにして自分達で考えなければ意味がないとも思うからだ。

場所には場所毎に、街の気象条件、地理的条件、人口数、などなどは勿論のこと、住んでいる人の気質も違う。帯広で上手くいったからといって他所の街で同じ事をしても上手くいくとは限らないからだ。その場所に合った事業を探し出す作業が必要で、他所の成功例をただ真似しても決して上手くはいかないだろう。

2006年にインタビューを受けて本になった「イノベーションの作法(リーダーに学ぶ革新の人間学)」(野中郁次郎・勝見明共著)(2007年1月24日、日本経済新聞出版社刊1900円)が、今年の12月に「日経ビジネス人文庫」から単行本化されるという連絡が著者の一人である勝見さんから入った。

この本は「サントリーの伊右衛門」「トヨタのプリウス」「サッカーJリーグのアルビレックス新潟」「シャープ」「ソニー」「サッポロビール」などなどの有名な錚々たる開発チームと同列に「北の屋台」事業を高く評価してくれた本である。

今回の単行本化にあたっては、内容も若干変わるようだ。特に「北の屋台」についての箇所はその後の推移を調査して、内容を変えるとのことだ。どこがどう変わるかは、12月に発売されるのを楽しみにしようと思う。

だが、いずれも、私のやってきたことを再評価してくれるのはありがたいことである。これを励みに更に頑張る事にしよう。


■2009-10-27-Tuesday 所信表明演説

鳩山首相の所信表明演説があった。

52分間の演説の全てを聞いたわけではない。ニュースでごく一部をかいつまんで聞いただけである。

これまでの自民党の首相たちの官僚によって書かれた演説とは違って、自分の言葉(民主党内にライターがいるらしいが・・・)で書かれたもののように感じた。

それにしても議員連中のあのヒドイ野次はなんとかならないもんかねぇ〜。少しは黙って他人の話を聞くことができないのかなぁ〜。品格の無さったらないね。

それにしても(が続くが)自民党の谷垣総裁の感想には呆れたね!よりにもよってヒットラー演説みたいだなんてことを言ってはいけないだろうに・・・。

こりゃ〜谷垣総裁も麻生に負けないKYだね。自民党関係者はガックリきてるのじゃないか。

参議院の補選も民主党の2勝に終わったから、ますます自民党は焦っているのかもしれないね。

これまでの自民党政治というよりも、戦後復興から始まって、人口増加、高度経済成長時代の政治が終わって、低成長、人口減少社会への転換が始まったと見るべきだろう。自民党にはしがらみがあって、転換が出来なかったのだと思う。

小泉純一郎というトリックスターが現れて、自民党でも転換ができるかもしれないという錯覚を国民に与えたが、状況を悪化させただけに終わった。むしろ、バブル後の「失われた10年」よりも、この小泉時代の「失われた5年」の方がもっと罪が重いかもしれない。

これまでの54年間を直すのだから、一朝一夕に出来るわけはない。ここは性根を入れて最低でも4年間は頑張って欲しいものだ。

映画の「沈まぬ太陽」に描かれているような腐敗や利権が結構あるのだろうから、この際徹底的に洗い出して欲しいものである。

だが、鳩山首相も何だか頼りないなぁ〜。資産公開でダントツの資産を持っている大金持ちなんだから、今回の政治資金の問題はいただけないよなぁ〜。おそらく本人は金に関しては無頓着で、秘書がセコイことをやっていたのだろうけど、せめて、鳩山くらいはキレイに問題無くしておくべきだろう。秘書すらコントロールできないリーダーシップでは心もとないぞ!国民の期待が高い内に何等かの成果を出さないと・・・。アメリカのオバマもひと頃の勢いというか、アメリカ国民の支持が薄れているように感じる。基本的にアメリカの民主党は日本嫌いだと思うから、今回のトヨタのレクサスのアクセルペダルのようないわれのない日本イジメの訴訟が増えるかもね。

岡田外相は天皇のお言葉問題なんて無関係なことにまで首を突っ込んでいる暇は無いだろうに。アメリカとの外交問題に専念してくれよ!

「事業仕分けチーム」の人選も小沢幹事長の一言で新人議員の引き揚げがあったりした。ここら辺にも鳩山のリーダーシップが疑われるよなぁ〜。頼むぜ!しっかり頑張れよ!


■2009-10-28-Wednesday 新しい屋台村

今朝の北海道新聞の朝刊に、

来年6月開業(4月着工)予定で、帯広に新しい屋台村が出来るという記事が載っていた。

「北の屋台」脇の道路(西1条通本通り)1本を挟んだ東側の立体駐車場を壊して建てるそうだ。

この情報は今年8月末に、その近くで営業している焼鳥屋のおやじのYに聞いてはいたが、その時に聞いた話とは、事業の主体主が異なるよう(他人の事には関心が薄いのであまり良く憶えていない)に感じた。

新聞によると「江戸時代のような、ちょうちん横町」のイメージで造るとのこと。土地の形状は、幅が約10メートルで長さは約50メートルのおよそ160坪で「北の屋台」と全く同じである。

北の屋台の位置とは南へのズレが10メートルほどあるが、ほぼ一直線に東西に抜けられる(西1条は広くて交通量が多いから少々危険だが)ようになるのではないか?

北の屋台と同じに中央部にイベント広場を設けて、江戸時代風屋台19店舗で営業するという。

「北の屋台」の西側には、3年ほど前にマルヒロセンターという連売(屋根が掛かった通りの両側に小型の店舗が張り付く形態)を屋台風の飲食店の集合体に変えた「北のうまいもん通り」というのがオープンしているから、これでメインストリートである西2条本通りから大通りno

西仲通り(名門通り)まで3丁を繋げて東西に抜ける屋台通りが出来ることになる。

「北の屋台」を造った時(2001年)には、適正店舗数は人口8000人に対して一軒と割り出して20店舗分を用意したのだが・・・。

シナジー(相乗)効果が上がるのか、それともオーバーストアで一軒当たりの客が激減するのか、判断が難しいところではないだろうか?

お互いの屋台店舗同士が切磋琢磨し合って、サービスが向上すれば良いと思うのだが・・・。

私は「屋台は商売の原点であり、最終目標ではない。商売の出発点として屋台で、固定客を掴み、資金を貯め、商売のノウハウを学んで屋台を卒業し、ちゃんとした店舗を構える(シャーターが閉まった店を再び開ける)ことで街づくりに貢献するのが、屋台の役割である」と考えて造ったものだ。

屋台村という商売の形状が儲かるからと、屋台を商売の目標にしてしまうのは本末転倒なことだと感じる。

商売というのは勿論誰がやっても(真似しても)構わない(自由な)ものだが、理念が欠けた商売というのは・・・。

「北の屋台」によって帯広が21世紀型屋台の発祥の地として全国的にも有名になったのだが、その本家本元の近くに同じ様な屋台村が出来るということは、現在の北の屋台には勝てると計算したのか、それとも、コバンザメ(あやかり)商法なのか?

少なくとも私が北の屋台に居た頃には、コバンザメ商法しか無かったのだが・・・。

なんだか北の屋台全体のパワーが落ちて、侮られているのかもしれないなぁ〜。


■2009-10-29-Thursday ゴルフ

今日、今年最後のゴルフコンペがあった。

今月9日に予定されていた帯広信用金庫主催の信友会の最終コンペが台風接近で延期されていたのである。

昨日の天気予報では、晴れで気温が17度になると出ていたので、2週間ぶりに行くことにした。ところが、気温は低いし、途中に雨が降ってきたりしてとても寒い中でのコンペになってしまった。

寒さでショットがイマイチ短い、距離感が合わなくて全然パーオンしないのに、なぜか寄せワン(パット)でパーを拾いまくって、前半のインコースが39打、後半のアウトコースが40打、グロスが79打、ハンディ8.7でネット70.3でただ一人の70台でベスグロ優勝してしまった。不思議なものである。

これで今年のプレイは46ラウンド目である。去年は52回プレイしたから、後6回はやって去年並みにしたいのだが、この寒さでは難しいかな?

でも今日のスコアが良かったので気分を良くして11月3日の文化の日杯に申し込んできた。おそらくこれが最後になるのだろうなぁ。


■2009-10-30-Friday 読売「風向計」

2009年10月29日読売新聞朝刊北海道版「風向計」掲載

「PB商品に疑問あり」

PB(プライベート・ブランド)商品(小売店独自の販売商品)が随分と出回っている。それも価格が異常に安いのが特徴だ。ジーンズなら850円のが出たかと思えば、すぐに他社から690円のが出るという具合だ。もはや安かろう悪かろうで売れる時代ではないから、良いモノを安く販売しているのだろう。

どう考えても縫製代はおろか生地代にもならないだろうと思うのだが、メディアが取り上げてくれれば、宣伝効果抜群で客集めにつながる、と割り切っているのだろうか。

大量仕入れをするから安くできると言われるが、「大量生産・大量消費の時代は終わった」と喧伝されたのは、ついこの前であったように思う。やはり、リーマン・ショック以降の世界的不況で、逆戻りしたのだろうか?

PB商品を売る小売店チェーンは、NB商品(ナショナル・ブランド:日本中で販売されている商品)のメーカーと共同開発して徹底的に無駄を省き、しかも生産した全商品を引き取るといった契約を結んで安い商品を消費者に提供しているという。メーカー側からすれば、NB商品が売れなくなっている分を、PB商品の製造で乗り切ろう(従業員のクビを切らないために)ということだろうが、どうもしっくりこない。自分で自分の首を絞めているようにしか見えないのだ。

複雑な世の中だから単純にはいかないだろうが、自分の会社が造っているNB商品よりも価格が安い(利益も薄い)PB商品を自分で造れば、やがて収益の柱であるNB商品が売れなくなってしまうと思うのだ。収益が減れば、効率化によるコストカットが必要になり、無理なコストカットは、やがて従業員のクビ切りにつながる。従業員も購買者の一人であるから、購買者が減る。購買者が減れば商品が売れないから、もっと安い商品を売り出す。そのために更なるコストカット・・・・・。この悪循環に陥る心配はないのか?

不況時の消費者にとって、安い商品は確かに魅力的だし家計にはありがたい。だが、自分だけが良ければという考え方ではこの不況は乗り切れないと思う。社会全体の利益を考える必要があるだろう。

モノには適正な価格があって然るべきで、会社は然るべき利益を上げて、社会や社員に還元しなければ存在意義がない。効率化で、企業のスポーツ部が廃部され、企業メセナも激減しているという。つくづく無駄は余裕だと思う。このまま無駄を徹底的に省いてしまえば、日本に文化の危機が訪れないかと危惧している。


■2009-10-31-Saturday 諸事雑感

テレビや新聞のニュースに対する雑感を書いてみた。

民主党の小沢幹事長の独裁的手法に対する批判がかなり出ている。普通の政治家なら、国民からどう見えているのかを気にするものだが、小沢幹事長には、それが全く見受けられない。自身の心臓病もあってか、自分の命のある内に政治改革をやり遂げようとでも考えているのだろうか?

民主党の他の議員たちも、小沢氏に逆らえないのは情けないが、おそらく、そういった迫力というものが違うのだろう。

小沢幹事長が新人議員を「事業仕分け作業」から撤退させたが、その理由の内、「新人議員に仕分けは難し過ぎる」という理由はもっともだと思ったが、その後の「一年生議員(特に比例復活組)は次の選挙で当選することだけを考えていれば良い」という発言には耳を疑った。少なくとも税金で歳費を貰って活動するのだから、選挙のことだけ考えてろというのは如何なものか。むしろ、事業仕分けも側にいて勉強するぐらいの積極的な気持ちがあっても良いのではないだろうか?

小沢氏は自分に残された時間が少ないと思って焦っているのだろうか?

小沢氏の考え(好き嫌い)だけで事が決まるとしたら問題が大きい。

国会の代表質問は、寄席の漫才みたいだった。野党の自民党が攻めても、今日の国の860兆円もの借金問題や年金問題にいたるまで、自民党政治がやってきたことの結果なのだから、何を言っても「あなた方には言われたくない」の一言で片付けられてしまう。論戦にもならない。

ここでも、民主党が与党が質問するのはどうかと思うと代表質問を止めてしまったが、これも小沢幹事長の意向だという。何だかスッキリしないなぁ。

北海道出身の34歳の女詐欺師の周辺で不審な死を遂げた男が4〜6人ほどもいるというから驚いた。チャップリンの殺人狂時代という映画さながらの内容である。何ともすごい女が登場したものだ。

日本ハムと巨人の日本シリーズを観たいと思ってチケットを申し込もうと思ったが、全く繋がらなくて入手できなかった。一体どうなっているのだろうか?そのくせ、ネットオークションにはその日の内に販売されているという。これでは、誰かが余分に買ってネットで販売する、ネットダフ屋だ。もっと、普通の人間が簡単に買えるようにしなければ問題だ。

交通規制が変わるかもしれない。一般道でも最高時速を80kmにしようという。大歓迎だ。自動車の性能が上がり、道路事情も格段に良くなっているのに、何十年も前に作った交通法をこれまで変えることが出来なかったのは自民党の一党支配が続いたからだ。これまで役人が自民党政権に胡坐をかいて、見直し作業をしてこなかったからだ。変更することが面倒だということだけで片付けられていた問題が、これから沢山掘り起こされるだろう。どだい、北海道の最高時速制限が東京などの大都会や狭い地域と一緒という方がオカシカッタのだ。

長くなりそうなので今日はこの辺でやめておこう。