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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2009-12-01-Tuesday 11月のまとめ

11月はやたらと忙しかった。

講演が7本(秋田・神戸・旭川・札幌・札幌・仙台・石巻)も入ったので毎週、あちらこちらに出掛けていたからだ。

全国各地に旅費・宿泊費が先方持ちで行けて、1〜2時間講演しただけで謝礼が貰えて、しかも講演後は観光が出来る仕事なんて、旅行好きの私にとっては最高の生活である。でもさすがに1ヶ月で7本の講演は少々ハードなスケジュールであった。

更に「馬鹿もん(うまかもん)」プロジェクトの方も佳境に入って来たのでこの11月はとても充実した1ヶ月間であった。

今日から師走、2009年も後一月で終わりである。

帯広は来年春に市長選挙があるので、そろそろその話題が出始めてきた。昨晩の新聞にも現市長の業績について相手陣営である民主党サイドの見解が載っていたが、まさにクソミソという印象である。

私も現市長のやり方には疑問を持っている一人ではあるが、ここまでクソミソに言っては立つ瀬が無いだろうに。

今回の政権交代でも判る様に、批判するのは容易いことだが、実際に執行するのは並大抵の苦労ではないだろう。もし、今度の選挙で民主党が市政奪回が出来たとしたら、それこそ現市長をここまで批判するのは天に唾することと同じになるのではないだろうかと心配する。

鳩山首相も、野党時代に威勢良く自民党を批判していた政治資金問題で窮地に立っているではないか。

もはや死語になった感があった「井戸塀政治家(いどべいせいじか:政治に自分の金を注ぎ込んで最後は井戸と塀しか残らない)」という言葉を思い出した。

鳩山家ほどの資産家なら唸るほど金があるから、そんな心配は無いかと思っていたら、逆に家族や親族からの寄付にも制限があるんだということを、今度の件で初めて知った。どういう決着のつけ方をするのか知らないが、利権絡みの黒い金の献金と、贈与税逃れの献金とは違うように見えてはいても50歩100歩ではないのかなぁ〜。鳩山首相もいずれ首相になるつもりでいたのなら、もっと資金管理をしっかりとやっておく必要があった。参謀や側近に良い人物がいないのだろうなぁ。

事業仕分けが終わった。蓮ほう参議院ばかりがクローズアップされた感や科学技術に関する悶着はあったが、私はとても評価している。

この事業仕分けで全てが決定する訳でもないし、むしろこれまで国民が知らなかったし関心も持っていなかった事をこれだけ公開したのだからその功績の方が大きいと思う。バッサ、バッサと1時間でテンポ良く切り捨てたのだから見ていて小気味良かった。切られた方も、この事業仕分けはあくまでも第一段階にしか過ぎないのだから目くじら立てるほどのこともあるまい。第二段階に向けて戦略を練れば良いのだ。これまで密室で適当(表現が悪いかな?)にやっていた予算付けの方法が時代に合わなくなって来たのだから変えて当然である。

でも、市街地活性化や観光事業なども予算が削減されたら、私の講演の機会が減るのだろうなぁ〜。でも仕方ないか。


■2009-12-02-Wednesday 日本の未来

鳩山政権が誕生してから3ヶ月が過ぎた。

そろそろ日本の将来像をハッキリ示しても良い時期ではないのだろうか。枝葉末節のパフォーマンスはかなりやっているように見えるが肝心のことが後回しになってはいないだろうか。

目的と手段は違う。

政治の目的は国民の幸福の実現だろう(某新興宗教の政党とは関係有りません)と思うのだが、民主党がやっている党運営にしても、国会運営にしても、事業仕分けにしても手段が目的化してしまっているように見えるのだ。選挙に勝つ為の手段なのだろうが、日本の国の未来というものが見えないから不安になってしまう。

事業仕分けみたいにキッパリと日本の未来像を発表すれば良いと思うのだが・・・。民主党が言うところの「地域主権」も一体何をどう変えるのかがサッパリ判ってこない。

昨日の夕刊に十勝選出の石川知裕衆院議員の政治資金の記載について虚偽の疑いがあるとの報道が流れた。何だかスッキリしないねぇ〜。

政治資金っていうのは、そんなに扱い方が難しいものなのか?

政治家の世襲の問題だって、要は政治資金が親子の間で無税で受け渡せるから生じることではないのか?後援者も新たにゼロからスタートするよりも前任者の子供に継がせる方が面倒くさくなくて良いから子供に継がせようとしているだけだろう。つまり、候補者側と支援者側の利害が一致するから世襲させるのだ。

単純に政治資金も子供に渡す時には贈与税を取れば解決する問題じゃぁないのだろうかねぇ。

でも政治って何故そんなにお金が掛かるのだろうか?

そんなにお金の掛かる政治家に何故成りたいのだろうか?

何か旨味でもあるのだろうか?

私には理解できない!

先日東北地方の街に行ってきたが、某巨大流通のEグループが進出して街中は壊滅的な打撃を受けている。それまでは、まだ比較的中心部に近い郊外にロードサイド(RS)店が並んでいたが、高速道路のインターチェンジ近くに巨大なEが出来たら、RSも急激に寂れてしまい大型店が撤退してしまった。住民はEなどが出来た方が買い物が便利になると喜んでいるようだが、彼等巨大資本は地域の富を吸収し尽くしたら、サッサと居なくなってしまうのだ。アメリカではウォルマートがそういう展開をして批判されているが、日本では同じ様なことをEグループがやっている。

これから高齢化社会になるというのに、郊外型の自家用車でしかいけない店舗に住民はどうやって買い物に行くというのだろう。現在の便利さが未来の不便さに直結しているというのに・・・。刹那的な現在が良ければそれでいい、将来のことはなってみなけりゃ判らないとばかりに突き進んでいくように感じる。

北海道や東北地方には雪が降るのだから、除雪費の問題も含めて歩いて生活できる場所にカタマッテ暮らすコンパクトシティが必要だと考える。

便利さが殺すコミュニケーションがここにもあった。


■2009-12-03-Thursday 読売新聞「風向計」

読売新聞「風向計」2009年12月3日掲載

「遊び心でご当地グルメ」

「B級グルメ特集」なるテレビ番組があったが、自分の街の産品を自ら「B級」と卑下するのはどうも気にいらない。他所の街の人に自慢するなら「A級グルメ」でなければならないと思う。

帯広には「豚丼」という全国的に有名なご当地グルメが存在するが、それに並ぶ新しいA級グルメを開発しようと、現在、青年会議所(JC)のグループと企画中である。

名付けて「馬鹿もん」。こう書いて「うまかもん」と読ませる。読んで字の如くに「馬肉」と「鹿肉」を使った料理だ。

北海道では野生のエゾシカが害獣として駆除されているが、その肉はあまり利用されていない。フランス料理では高級食材なのに、日本人には獣臭さがあるとのイメージを抱かれているようである。一方の馬肉も馬の生産が日本一の十勝なのに、九州の熊本や東北地方のようには食べられていないのが現状だ。

両方の肉をミックスして提供することで、そのイメージを変えられないか、売り方次第で売れるようになるのではないかと考えたのである。

売れているご当地グルメにはいくつかの共通項がある。一つ目は思わず他人に話したくなるような「物語り(ストーリー)」や「薀蓄」があること。二つ目は強烈なインパクトがあること。三つ目は健康にも良いこと。四つ目はもちろん美味しいことだ。インパクトの強さはネーミングや、食材にあったりするが、いずれにしても口伝ほど効果の上がる宣伝はない。

「馬鹿」という字面はインパクトが強烈だから、「のぼり」でも並べたら目に留まる。これを「バカ」ではなく「ウマカ」と読ませるところに妙味があって「な〜んだ、君知らないの?」という風に広めたいのだ。「話のタネに一度食べてみるか!」となったらモウケモノである。

馬と鹿の肉を使った料理を「馬鹿(うまか)もん」と総称して、丼ものなら「馬鹿丼」、ミンチにして「馬鹿バーグ」(ハンバーグ)や「馬鹿双生児」(ソーセージ)、薄く切って何層にも重ねて「馬鹿ミルカツ」(ミルフィーユカツレット)・・・。

「馬鹿もん認定委員会」を組織して全道の馬鹿料理を審査し、「認定書」と「馬鹿もんのぼり」を進呈し、ユルキャラの使用権を与える。キャッチフレーズは「馬鹿もんはヘルシーでしかもうまい!」なんてのはどうだろう?

それともビート(甜菜)の甘味を付けて「てんさい馬鹿丼」な〜んてね。面白いアイデアはいくらでも出てくる。

遊び心で楽しみながら創れるご当地A級グルメを開発したい。


■2009-12-04-Friday 12月3日は

昨日12月3日は、

私のマジックの師匠である故ジミー忍師が提唱して始まった「奇術の日」である。1,2,3と数字が連続するところが、マジックの掛け声の「ワン、ツー、スリー」につながるということで、マジック関係者に働きかけて、何年か前から正式に採用されるに至ったのである。現在では、この日にマジックの催しが行われている。

この3日に読売新聞北海道版「風向計」に私のコラム「遊び心でご当地グルメ」が掲載(内容は昨日のブログに掲載)された。

この反響が予想以上に大きくてビックリしている。

朝からメールやら電話やらがドンドン入ってきて仕事にならないくらいであった。

読んだ方、皆さんが面白がってくれた様なので、狙いは当たっているのかなぁと自信を深めた次第である。鉄は熱い内に打てとばかりに14日(月)に第4回目の試食会を催すことにした。

昨日12月3日は日経ビジネス人文庫から「イノベーションの作法(リーダーに学ぶ革新の人間学)」野中郁次郎・勝見明共著800円が出版される日だ。ソニーやサントリーやシャープなどの超有名企業のプロジェクトと同列に「北の屋台」の事例を紹介してくれた本の文庫化である。文庫化に際して北の屋台の部分には手を入れたとの著者の勝見さんから連絡が入ったので早く現物を読みたいのだが、まだ帯広の書店には届いていないようである。

2日の勝毎の紙面に「老舗企業の表彰」という記事が載っていた。帯広商工会議所が帯広市内で創業100年を越える中小企業の会員企業を表彰するという記事である。

私の会社も創業が明治38年(1905年)だから今年で104年になるので当然表彰されるものと思っていたのだが、記事の中の会社名には我が社の名前が無かったのだ。

この記事を読んだ妻が「な〜にコレッ!!以前に100年以上の会社を表彰するっていう記事が出た時に、商工会議所婦人部の担当職員に家の会社も創業100年を越えているのよ!担当の人に伝えておいてねって頼んでおいたのに、家の会社は表彰するに当たらない会社ってことなの?!何故か聞いてみる!」と言って、すぐに商工会議所に電話したのだ(行動は迅速なのだ)。

翌3日の午前中に商工会議所から職員が飛んで来て、平謝りに謝るのだ。何でも商工会議所の書類には「坂本商事は会社設立年月日が昭和29年3月1日になっているから見落とした」と言うのである。創業年月日と会社設立年月日が異なるのは当たり前のことだろう。明治38年に法人化している会社などあるはずがないではないか。

こういう事を調べるのに、そんな書類だけ調べて終わりとは手抜きも甚だしい。

十勝毎日新聞社では1969年に「ふるさと百年」という本に十勝の老舗61軒を紹介している。我が社はこの本でも紹介されているのだし、その後もこの本は改訂版が出版されているのだから、せめて、こういう資料でも調べるようにしなければ、会議所の名簿だけ調べて終わりというのは、あまりにもアンテナが低過ぎると言わざるを得ない。せっかくのめでたい表彰なのに漏れた会社があったら、かえって裏目に出てしまいかねないと思うからだ。

会議所からあわてて表彰します。との案内をいただいたが、何だかクレームを付けたみたいで、どうもすっきりしないなぁ〜。


■2009-12-05-Saturday カールじいさん

映画カールじいさんの空飛ぶ家を

妻と二人で見てきた。例によって「夫婦50歳割引」で二人で2000円で映画鑑賞が出来るのである。何故、妻と映画に行くかと問われれば映画の上映中の約2時間は妻と会話をしなくて済むからだ(というのは冗談である。誰が何と言おうと冗談である)。

妻と同じ作品を見て、時間を共有出来ることが至上の喜びなのである(誰が何と言おうと本心である)。

この映画はディズニーのPIXAR作品である。PIXAR作品は「ウォリー」を見てから好きになった。単なる子供向けのアニメ作品ではないと感じたからだ。今日は封切り日だったが、観客は子供連れの家族が多く、夫婦二人だけで見に来ている人は少なかったが、私はこの映画はカップルが見るべき映画であると感じた。

画面は人形劇を見ている様な感じでもあり、アニメの平面的なものとは違って質感があってとても良かった。時々、実写と見間違うような場面もあったので、最近のアニメーション技術の進歩には驚かされる。

風船を沢山着けた家が飛び上がる瞬間に、そういえば以前に風船を沢山背中に着けて飛び立ったおじさんが居たなぁ〜、あのおじさんは一体どうなったんだろうかとフッと思い出してしまった。まぁそんな話はどうでも良いことだが、この映画のテンポの良さは実に素晴らしい。余計な説明は一切ないし、サイレント映画を彷彿とさせる演出に、この映画の監督はきっとサイレント映画ファンなんだなぁと感じさせられた。

アニメーションの突飛でムチャクチャな設定や矛盾なんかまるで気にならないテンポの良さであった。時々声を出して笑ってしまう箇所もあったし、最後に私はウルウルとしてしまったのだが、妻の感想は・・・(書かない方が・・・)。

日本の宮崎アニメとはまた異なる面白さであった。


■2009-12-06-Sunday ゆず

栃木県からゆずが送られてきた。

私と同じ観光カリスマとして活躍している栃木県茂木町の「ゆずの里かおり村」の石河さんから「ゆず」がダンボール一箱も届けられたのだ。

北海道ではゆずが採れないから料理の仕方が分らない。中にレシピが入っていたので、妻がジャム造りに挑戦してなんとか美味しく造る事ができた。ゆずはまだまだ大量に残っている。気を良くした妻は「そういえば娘が高校時代に入っていた寮の管理人(寮監)さんが、ゆずと砂糖を粉末状にして保存しておき、お湯で割ってゆず湯を作っていたから、それを作ってみる」と言い出した。早速、娘が入っていた寮の寮監さんにメールを打ってレシピを教えてもらい今朝から台所で何やら一生懸命に作っている。ゆずの香りは本当に良い匂いがする。

摺り鉦で摺り下ろしたゆずの皮をフライパンで煎って、砂糖を入れて甘みを付けて、粉状になるまで水分を飛ばすのだと言ってヘラを動かし続けている。チョット覗いてみたらドロドロになっているから「そんな状態で煎り続けても粉末にはならないんじゃないのか?」と言ったら「そんなことはない!このまま煎り続ければ水分が飛んで粉状になる!」と言ってやり続けているのだ。

私が「ちゃんと教えてもらったレシピ通りにやったのかい?」と尋ねてレシピの書かれたメールを見たら順番が逆になっている。レシピにはまず砂糖をフライパンで弱火で煎ってから、摺ったゆずを入れていくと書いてあるので、それを指摘したら「いいのよ!どっちでも同じことなんだから!」と言ってきかないのである。こういう時は自分でも失敗したなぁ〜と心の中では思っているのに違いないが、それを指摘されると意地になるのが妻なのだ。

そのまま構わずフライパンで煎り続けたら、飴状にドロドロになってしまった。妻はそのドロドロの飴状の中に味見をすると言って左手の人差指を入れたから大変だ、指にベッタリと飴がこびり付いて火傷をしてしまい水ぶくれを作ったのだ。

指は火傷するし、フライパンには飴状のものがこびり付くし、しゃもじは使い物にならなくするしで散々である。それでも自分でやったことだから怒りをぶつける先がない。何かに当たろうとしている様子だが、こんな時には触らぬ神に祟り無しで近くには寄らないことだ。長年の夫婦生活で身に着けた対処方法なのである。


■2009-12-07-Monday イノベーションの作法

日本経済新聞出版社から本が送られて来た。

12月3日に発売された「イノベーションの作法(リーダーに学ぶ人間学)」野中郁次郎・勝見明共著(日経ビジネス人文庫)の見本が2冊である。

同封の手紙には見本と書いてあるが、普通の本と何等変わりがない。きっと関係者に先に配る為に先行して作った本なのかなと思う。

第2章の理想主義的プラグマティズムで実現力を磨く(清濁あわせのむ政治力やマキャヴェリズムも駆使する)のところでCACE3として「北の屋台」が詳しく取り上げられている。

改めて読み直してみると気恥ずかしくなるくらいに高く評価してくれている。私の髭の無い頃の顔写真を見ると何だか間が抜けているような感じがするが・・・。

「北の屋台」以外に紹介されているのは「マツダ」・「サントリー」・「近畿大学水産研究所」・「新横浜ラーメン館」・「KDDI au」・「シャープ」・「ソニー」・「NTT」・「サッポロビール」・「トヨタ」・「はてなインターネットサービス」・「アルビレックス新潟」の13プロジェクトである。こんなすごいプロジェクトと同列に「北の屋台」を扱ってくれたことに今更ながら驚く。

今回の文庫本化するにあたって「北の屋台」の項目は初版の単行本の内容に多少手が入っているとの、著者の勝見さんからの伝言だったので、どこが変わったのか読み比べてみたら、K専務理事に関する記述がスッポリと抜け落ちていた。その他はそのままである。さすが勝見さんは北の屋台をよく調べてている。

勝見さんから「最近の北の屋台のHPを見てもあまりパッとしない様子ですね」とメールが入っていたので気にはしているのだが、卒業生である私が頼まれもしないのに運営方法に口出しすることは避けているので静かに見守ることしかできない。屋台店主達はすごく頑張っているんだけどなぁ〜。

来年6月頃には通りを挟んだ東側に新たに「屋台村」がオープンするそうだから、今の内にシッカリと運営を強化しておいてもらいたいものだ。

昨日の日曜日は雨交じりの雪が降ったので雪が水を含んだシャ−ベット状態で、重たくて、重たくて、除雪作業が大変であった。

今年初めての本格的な除雪作業である。午前中はあまりに重たい雪だったから、自宅前は人間が歩く幅だけ除雪したのだが、このまま気温が下がって凍ってしまったら、かえって除雪が大変なことになると思い直して、午後から幅を広げる作業をしたから、足・腰・肩・腕の筋肉がパンパンに張っているのだ。冬の運動不足の解消には良いのだが、重た過ぎる雪や降り過ぎる雪は困りものだ。

ゴルフでは丸山茂樹が10年ぶりに優勝し、石川遼が賞金王になった。18歳で賞金王とは、この男はどこまで強くなるのだろうか?タイガー・ウッズの日本版みたいな扱いだが、若くてハンサムだから悪い女に引っ掛かってタイガーの二の舞にならないようにしなけりゃね。何でも6人もの女性が愛人だと名乗り出ているらしいから怖いものだ。タイガーもゴルフ以外のところに思わぬ落とし穴があったものだ。

遼くんはゴルフの賞金だけで1億8千万円だし、スポンサーやCM料なんかを入れたら5億円以上は稼いだろうから、たぶん狙っている悪い女が多いんじゃないだろうか?騙されないようにそっちの方面もシッカリ教える人が必要だろうなぁ〜。でも余計なお世話か!


■2009-12-08-Tuesday 馬鹿もん

馬鹿もん(うまかもん)の記事が新聞に載った。

12月7日(月)の十勝毎日新聞の3面には私の書いた「かちまい論壇」の文章が、25面には記者が書いた囲み記事である。一日に同じ新聞に大きく2箇所も掲載されたのでインパクトはかなりのものがあるだろうと思う。以下に私の「論壇」の文章を掲載する。

「馬鹿もん」

「馬鹿もん」は「うまかもん」と読ませる。文字通り「馬肉(さくら)」と「鹿肉(もみじ)」を使って作る新しいご当地グルメの企画だ。

エゾシカは害獣として駆除されているがその肉はあまり消費されていない。鹿肉はフランス料理では高級食材なのに、日本では獣臭いというイメージが定着して、喰わず嫌いで敬遠されているようだ。一方の馬肉も九州の熊本では馬刺しが名物料理だし、東北地方ではお祝い事に使う肉だが、十勝は日本一の産地なのに地元ではあまり食べられてこなかったのが現状だ。この喰わず嫌いを直すためには、インパクトのある「動機付け」が必要だと考えた。

「馬鹿もん」をのぼりにして街に並べたら強烈なインパクトがあるだろう。これを「うまかもん」と読ませるところに妙味がある。

このプランは7年ほど前に「北の屋台」の名物料理にしようと発案したが、当時の北の屋台の店主たちは自分の屋台を切り盛りすることに手いっぱいで、この企画には乗ってこられなかった。以来、事あるごとにこのプランをさまざまな場で提唱してきたのだが協力してくれる人が現れなかったのである。

今年夏にJCメンバーが北海道の地産地消のアドバイスが欲しいと私を訪ねて来たときに、この話をしたら興味を持ってくれた。しかし、頭の中だけで創作したものだから味を確かめるために北の屋台の卒業者でイタリアンレストラン「タベルナ・センナリ」を経営している東成人シェフに依頼して試作してもらったら、これが実においしかったのだ。

「のぼり」の文字も八重柏冬雷先生にお願いした。話はトントン拍子にすすんで来年4月1日(四月馬鹿)のスタートを目標に「馬鹿もん認定委員会」設立の準備に入ったのである。

もともと高級食材なのだからまずいはずがないのに、これまで食べられなかったのは「動機付け」が足りなかったからだと思う。だから「ねぇねぇ馬鹿もん(うまかもん)て知ってる?食べてみた?美味しいわよ〜!」「じゃぁ、話のタネに食べてみようか」と口コミで伝播する仕掛けを施すのだ。これが成功したら単品での消費につながる可能性もある。

馬肉・鹿肉を使った料理ならOKだから、丼・ハンバーグ・ソーセージ・ギョウザ・まんじゅう・ミルフィーユカツなど、メニューもバラエティに富んだ料理を楽しめる。「ゆるキャラ」を作ったり、「馬鹿もんはヘルシーでしかもうまい!」のようなキャッチフレーズを考えたり、楽しい作業はまだまだこれから続くのである。


■2009-12-09-Wednesday 老舗表彰

創業100年超の企業表彰を受けた。

8日18時から市内の北海道ホテルで帯広商工会議所の忘年会が開催され、セレモニーの冒頭に「創業100年以上の中小会員企業」の表彰式が行われ、我が社も表彰を受けた。

今回表彰されたのは、森石材(119年)・キリヤ和楽器店(111年)・ヤマト木巧(105年)・大和家具店(105年)・坂本商事(104年)・久富時計店(104年)・オフィス近藤(102年)・ワインハウス堀田(101年)の8社である。

先日のこのブログにも書いたが、当初の新聞発表時には我が社の名前がスッポリと抜け落ちていた。

会場で表彰された会社の社長さんたちと話をしたら、この創業年は帯広市での創業年ではないと言う。本州で創業していて、途中から帯広に移って来て営業を始めたと言うのである。それが、昭和元年であったりもする。また十勝の他の町村で営業していて、後に帯広に入って来たという会社もある。また、元の会社は倒産して、社名も経営者も無関係の人間がやっている会社もある。

それなら、我が社の創業年は十勝の池田利別で創業した明治37年(1904)になる。私は、帯広商工会議所が表彰するのだから、帯広で創業してから100年超の企業を表彰すると思っていたのに・・・。帯広商工会議所は一体どんな基準で選んだのだろうか?帯広での創業100年超の企業で純粋に継続している会社は半分になってしまう。何だかスッキリしない選考過程であるし、選考結果でもある。まぁ、表彰してくれるというのだから、細かい事は言わずにおいたが・・・。

表彰式は帯広商工会議所の議員忘年会であるから、来賓に支庁長や市長や市議会議長、メディアの支社長さんたちも多数列席していた。

前日の十勝毎日新聞に「馬鹿もん」のことが載ったので、私の席にお酒を注ぎに来てくれる人たちは皆、その話題になった。皆さん食べてみたいと言ってくれるので14日の4回目の試食会に来て下さいと誘っておいた。

この種の初めて食べる食べ物のイベントは、ファースト・コンタクトが重要なのだ。この最初の試食で「不味い」と感じたら、もうアウトなのである。来年4月1日の正式スタートまでに、情報発信能力の有る人に食べてもらうには、美味しいものを食べてもらわなくてならないのだ。特に気をつけたいのは、鹿肉である。猟師が捕って血抜きが上手く出来ていない臭い肉を食べさせてしまったら、やっぱり鹿肉は臭いというイメージが定着してしまうからだ。

センナリのシェフ東くんなら、腕が確かだから、味の面でも信頼ができる。14日の試食会にはかなり大勢の人達が来るから楽しみである。

柏葉高校の書道教師の八重柏冬雷先生に書いて頂いた4枚の「馬鹿もん」の文字もどれもが素晴らしくて選ぶのに苦労している。

色々な協力者が次から次へと現れる事業は必ず上手くいくと確信している。


■2009-12-10-Thursday 神田神保町

千葉市での講演に呼ばれた。

講演は11日の13:00からであるが、飛行機の時間の関係で前泊をしなければ間に合わない。帯広という遠隔地に暮らしているハンディである。

その旨を事務局の方に伝えたら18:00から打ち合わせを兼ねて夕食会を設定してくれるという。どうせ夕方に千葉に行くなら早目の飛行機で行って久し振りに東京で古本屋街を回りたいなぁと考えたのである。

講演が終わった翌日の12日には、有楽町で姉と次女に会う約束であるから、彼女等に渡すお土産のお菓子を(彼女等に頼まれた大量の重たいお菓子)わざわざ千葉まで持って行ってまた、持ち帰るのも重たいだけだから、コインロッカーに預けてから、山手線〜総武線を乗り継いでお茶ノ水まで行った。学生時代は水道橋で降りて、御茶ノ水までほとんどの古本屋を歩き回って帰ったものっだった。

今回は全てを回る時間が無いから、御茶ノ水の近くの古本屋だけを回ったのである。

マジック関係の本をかなりの数取り扱っている羊頭書房という店の場所がなかなか思い出せない。結局、靖国通り沿いの矢口書店(演劇関係中心)や、高山書店(古典芸能中心)の書店に行ったが収穫はゼロであった。学生時代に好きだったキッチン南海の懐かしのハンバーグを食べて、別な道を通って戻る時に羊頭書房を見つけた。入ってみたら確かにマジック関係の本は揃ってはいるが全て所有しているものばかりである。店番の人にマジック関係書籍の出物が有ったら連絡をもらえないかと訊ねたら、「個別にはやっていません。インターネットに情報を出していますからそちらを見て注文してください」と言う。

ここでもインターネットが幅を利かせている。もはや、昔の古本屋というよりはインターネット古書店といった感じである。

がっかりして、御茶ノ水駅に戻り、東京駅まで中央線の快速に乗った。

これが、東京に暮らしていない不便さよ!

中央線は東京駅では地上3階くらいの高さの所に到着するのだ。そこから千葉の総武線の快速電車は地下3階くらいの場所まで降りて行かなければならないのだ。現在の東京駅は縦方向にものすごいことになっている。まるで蟻の巣の様である。

ものすごい急角度の長いエスカレーターに乗って地下に降りていくのでだ。駅の構内にいる人間はさしずめ働き蟻のごとくである。

快速電車は40分で千葉に着いた。

この時間なら通勤も十分に可能だろう。

千葉県には館山や市原に講演に訪れているが、いずれも海ホタルのあるアクアラインを使って来ているので千葉市に来るのは全くの初めてなのである。

初めて千葉市に降りたが、こんなに沢山の人がいる街だとは思わなかった。人口が92万人で政令指定都市なのだという。

吊り下げ方式のモノレールまである。何だか東京のベッドタウンのように感じた。(以下明日)


■2009-12-11-Friday 千葉

千葉で講演した。

6〜7年ほど前に学者が集まる学会で訪れた帯広で、私の「北の屋台」の説明(20分間ほどの短時間)を聞いて北の屋台を体験された千葉大学の北原理雄教授から、いつかは千葉で講演をして欲しいと言われていたのだが、今回「NPO法人 ちば市民活動・市民事業サポートクラブ」からの招聘で実現したのである。

まだ、行ったことのない場所に行くのは大歓迎である。

千葉の駅を降りて、宿泊するホテルを構内に掲示してある大きな地図で探したのだが見つからない。案内所を探して尋ねてようやく分った。千葉市は東京のベッドタウンだからなのか、観光客用にはまるで対応がなされていない街である。表示がとても不親切だ。

とりあえずホテルにチェックインして荷物を降ろすことにした。いつもなら街中探索に歩き回るところだが、東京で歩き回って足が疲れていたし、ホテルのフロントの人に聞いても、見るべきところはないという返事だったので、歩こうという意欲が一遍に失せてしまい。待ち合わせの時間まで仮眠をすることにしてしまった。

ホテルのフロントマンも観光にはまるで対応がなされていない。きっとこのホテルに観光客は泊まらないのであろう。

18:00にフロントで待ち合わせをする約束になっていたので10分前に降りて行ったら、すでにNPOの鍋嶋さんと牧野さんの2人が待っていてくれた。

明日の講演の後に鼎談ということで話すことになっているもう一人の女性である西田さんと北原教授との総勢5人で食事をしながら打ち合わせを行った。どこの街でもNPOをやっている女性達は皆パワフルな人ばかりである。

食後、ホテルに戻る時に「明日の会場まで行きましょう」というのでホテルから歩いて5分の距離にある「きぼーる」という会場に向かった。

巨大なアトリュームのある新しい建物である。これで明日は道に迷うことなく会場入りできる。

夜の千葉に繰り出そうかと思ったが、1人で知らない夜の街に出るのは気乗りしないので、コンビニでお酒を買ってホテルの部屋で一人で飲んで寝た。

夜中に背中が痛くて目が何度も覚めた。私にはベッドが固過ぎるのだ。自宅のベッドがウォーターベッドなので、どうもホテルのベッドが合わなくて眠れないことが多いのだ。出張の悩みはこの熟睡できないことなのである。


■2009-12-12-Saturday 千葉2

千葉市で講演した。

講演が13:00からなので、午前中は例によって街中を歩き回ってから会場入りした。今回は千葉のNPOの招きで千葉市の「きぼーる」という会場で講演したのである。

この「きぼーる」という会場は実にヘンテコリンな会場なのである。正面には巨大なアトリュームがあって、その天井にはこれまた巨大な球体がある。プラネタリュームなのだそうだ。

私が講演する場所にはオレンジ色のエレベータ(13・14・15階にしか止まらない)に乗ってくれという、その他の赤やら青やら黄色やらのエレベータは別の階の別な施設へ行く単独のエレベータだというのだ???。

一緒に乗ったおばあさんが「○○に行きたいのだけど、どう行ったら良いのか?」と私に尋ねるが「すいません。私は判りません」と答えた。地元の年寄りが、私を地元の人間と勘違いして場所を聞いたのだと思ったのだ。だが、事情が違ったのだ。

この建物は、例えば10階と13階の二箇所に用事がある場合は、まず最初に10階の事務所に専用の青いエレベータに乗って1階から10階まで行き、用事を済ませたら、また青いエレベータに乗って10階から1階に降りる。次に1階でオレンジ色の専用エレベータに乗り換えて1階から13階に行かなければならないというのである10階から13階には直接行けないというのだ。。???なんのこっちゃかと思った。

講演終了後に館内の喫茶店でケーキを食べながら話をしたが、この喫茶店にも一旦、ドアを出てから行かなければならない構造になっている。

せっかく素晴らしいアトリュームがあるのだから、そこにオープンカフェの様にして飲食させれば流行るだろうにと思うのだが。

どうも、この建物を設計した人間の意図が理解できない建物である。

講演の方は千葉県内の各市から行政マンが多く聞きに来てくれたし、千葉大学の社会人学生も多く聞きに来てくれた。

聴講生の中に帯広の出身者であるOさんという方がいて、いろいろ話を聞いたら柏葉高校の先輩であった。結構共通の知人が居たので驚いた。

講演その他の後片付けを終了したのが17:00頃、この時間に羽田空港に向かっても間に合わないから、もう一泊するしかない。千葉に泊まるか東京に泊まるか迷うところだが大雨が降っているので千葉にした。


■2009-12-13-Sunday 東京

東京で姉と久し振りに会った。

12日の10:30に有楽町で会いましょう(フランク永井とは古いね)と姉と待ち合わせた。

千葉のホテルのフロントで、千葉から東京までの所要時間を尋ねたら1時間は掛かると言われたので早目に千葉を出ることにした。8:25分の電車に乗ったら9:05に東京駅に到着してしまったではないか。

あのフロントは何にも判っていないのだなぁ。そういえば千葉に来る時に乗った電車も40分で着いたのだから、東京行きだって同じ時間のはずなのに、何故だか1時間以上は掛かりますと言われて素直に信じたのだ。

有楽町には9:20と早くに着き過ぎた。待ち合わせ場所の駅前の交通会館もまだ閉まっているから喫茶店で時間をつぶそうと思ったのだが、開いてる喫茶店が見つからない。この時間に通勤してくる人はいても、有楽町で待ち合わせる人間は居ないということなのだろうか?

何とか1階がパン屋で2階が小さなセルフサービスの喫茶店を見つけて時間をつぶした。姉の携帯に電話して早目に着いちゃったから、貴女も有楽町に着いたらすぐに電話してと伝えた。携帯は便利である。かつての携帯が無い頃なら、途中で連絡できないから事前に約束した時間までは何としても時間をつぶさねばならないからだ。10:10頃に姉が到着したのでまた別な喫茶店に入った。10:00から開店する店はあるのだ。

11:00には次女が合流する予定である。次女と12:00から帝国劇場でミュージカル「パイレート・クイーン」を観ることになっているので、その1時間の間に姉弟間のつもる話もあったし、今回は母から姉に渡して欲しいと頼まれたものがあったので有楽町まで来てもらって久し振りに会ったのである。姉は府中に家があるが、私が千葉から府中に行ってまた羽田まで戻るのは時間がもったいないから中間の有楽町で会うことにしたのである。

3人で早目の昼食をしてから姉とは別れて、次女とミュージカルを観に行った。

私は東京に行って時間がある時にはいつも演劇やミュージカルや寄席などの生の芸能を堪能している。次女は私に似たのか、生の芸能が好きだから私に便乗して時々一緒に観るのである。なかなかちゃっかりしている。親と一緒なら入場料は親持ちだし、しかも良い場所で観られることが判っているのである。

今回は上京のスケジュールが早目に判っていたので、前から4列目の中央という最高の座席を確保できたから次女も大喜びである。学生でこんなに良い席で観ることなんて我々の頃には考えられなかったものだが。

ミュージカルを観終えて、次女と別れて羽田空港に向かった。まだ時計は16:00だから17:55発の飛行機に乗るには少し時間が早目であったが、とても眠たかったので、空港内のラウンジで仮眠するつもりだったのだ。

チケットを自動機械で出そうとしたら、帯広便は受付中止になっている。帯広が大雪で飛行機が飛ばないかも知れないというのだ。券が発券されなければラウンジには入れない。結局、この飛行機は19:30に無事飛んで21:00に帯広に到着、空港からバスで駅に向かい駅に着いたのが21:50分。そこから歩いて自宅に戻ったが、歩道はまだ除雪がされていない。履いているのは冬靴ではないから、交差点のツルツルは歩くのが怖かった。ようやく22:00に自宅に辿り着いた。冬の北海道はこれだから困る。


■2009-12-14-Monday マジック本

10日に東京の神田神保町で

東京堂出版の本社に行った。東京堂出版はマジック関係の書籍を沢山発刊している出版社で、その一般書籍の販売店にはマジックの本が多く売られているからである。以前に行った時には3階にマジック本のコーナーがあったのに、今回は2階の隅っこに棚の4分の一だけしか置かれていなかった。が、面白い新刊書を見つけた「マジックグッズコレクション(土屋理義著)東京堂出版刊2520円」である。

著者はアマチュアマジシャンで、著者の父親が集めたコレクションを引き継いでいる実にうらやましい方だ。

古今東西のマジックのグッズを元に、コラム形式で書かれている。

冒頭の「はじめに」の箇所に『これらのコレクションの山を見て、「どうするのよ、いったい・・・・・・?」と、女房が私に冷たい視線を投げかけています。』との記述があり、著者に一遍で親近感を覚えた。

どこのコレクターも怖い妻に怯えながらコレクションを増やしているのだなぁ、そしてコレクターが亡くなったら、古道具屋なんかに安く売り払ってしまうのだろうなぁと感じたのである。

3ヶ月ほど前に、奈良に暮らしている知人から昭和初期の「札幌の仮面のマジシャンの新聞記事」を紹介されたが、その方のことも載っていた。P26には「・・・と十勝毎日新聞にも書かれています」とある。

なんだかとても狭い世界であるが、面白いつながりを感じる。

私も自分のコレクションを元にして、いつかはこんな本を書いてみたいものである。


■2009-12-15-Tuesday 馬鹿もん試食会

馬鹿もんの試食会を行った。

「馬鹿もん」と書いて「うまかもん」と読ませる。馬肉(さくら)と鹿肉(もみじ)の肉をミックスして作ったご当地グルメの開発企画なのである。

今回の試食会は通算では4回目、センナリを会場にして3回目の試食会である。

出てくる料理も、段々とレベルが上がってきて、とても美味しい。これなら多くの人に食べてもらっても、口伝で良い噂が広まってくれるレベルに到達していると思う。

今回の試食会には竹林十勝支庁長、上野帯広市議会議長をはじめ、情報発信力のある方々にお声掛けをした結果、支庁、市役所、商工会議所職員らが10人ほど、その他に観光協会、金融機関、フードソムリエなどの方々、青年会議所からも坂本地区協会長他数名が参集してくれて席が足りなくなり青年会議所メンバーは立食になる盛況ぶりであった。報道関係者も5社ほど入ったので総勢では30名近い人が来てくれたのでPRとしては効果があったことだろう。

「イタリアンのタベルナ・センナリ」東成人シェフも腕を奮ってくれたので、今回は4品の試食をおこなった。一品目は「馬鹿ターメリックライス」でドライカレー風に味付けしたライスに馬・鹿肉のミンチと茄子を混ぜたミートソース風のタレをかけて食べる。カレー味が肉の風味を消してしまうので、肉の臭みが無くて食べ易いという声と、逆に何の肉かをハッキリさせる為にはカレーが強過ぎるとの賛否両論があった。私は後者で、馬も鹿も肉の味を表に出した方が良いと感じた。

二品目は「馬鹿ミートソーススパゲッティ」で、これは前回も出されて好評であった。前回との違いはスパゲッティの太さを太くしたところだ。細い麺よりも合っていると思う。これは前回同様に好評であった。普通に美味しいスパゲッティである。

三品目は「馬鹿ハンバーグ」これも前回出して好評であった作品だ。肉には少々ボサボサ感が感じられたが、逆に肉の味がシッカリ感じられるから良いと思う。以前に試した「醤油ベースのソース」や「デミグラスソース」よりは今回も使用した「ポテトソース」が実にピッタリと合っていて、私好みの味になっている。

四品目が今回のメインである「馬鹿ミルフィーユカツ」である。薄くスライスした肉を何層にも重ねてカツレットにする予定であったが、肉が薄く切れないとのことで2枚ずつ4枚重ねのカツになった。それでも前3品は皆、ミンチ肉だから、このミルフィーユカツは肉の味が感じられてとても良いと私は思った。これも賛否両論があって、肉が硬いという評価もあったが、ミンチ肉だけではなく、形のある料理を開発する必要性があると思うので、このミルフィーユカツはかなり手間が掛かるようだが、東シェフには次回もこれを改良して挑戦してもらいたい。

総じてどの料理でも、従来言われていた「獣臭さ」は全く感じられない。元々、馬肉も鹿肉も高級食材なのだから、血抜き処理を完璧に行った肉は、むしろ牛や豚よりも味わいがあって美味しいくらいなのだ。

要はファーストコンタクトで「旨い!」と感じてもらうことだ。喰わず嫌いの人達には、馬・鹿肉を食べてもらう良いキッカケ作りに出来れば、後々は単体でも売れる様になると思う。何とか成功させたいプロジェクトである。


■2009-12-16-Wednesday マジック古書

嬉しい〜!

長年探し求めていて、なかなか手に入らなかったマジックの本が今週一遍に7冊も手に入ったのである。

しかもその内の4冊は全部バラバラの古書店で購入したものだ。今週手に入れた7冊の名前は「カード・ファン・プロダクション(1959年)」「ロープ切り(あぶらかたぶらシリーズ1)(1961年)」「木の葉カード(1960年)」「実例に基づく催眠術療法(1960年)」この4冊はいずれも「力書房」というマジック関係の本を多数出版した本屋のものである。

現在ではいずれの本もなかなか出品されない本なのだが、偶然にもネットの古本屋の検索で見つけ出したのだ。しかも「ロープ切り」はなんとたったの400円で手に入れたので嬉しくて、嬉しくて仕方がない。掘り出し物を見つけるのはコレクター冥利に尽きる。

後の3冊は「カードマジック研究2.3.4巻(日本マジックアカデミー)加藤英夫著」(1巻というのは無くて薄いバラバラの本)である。今年8月に第1巻にあたる薄い本6冊はネットオークションで落札した。

この3冊の本は大学1年生の時に渋谷西武デパートのマジックショップで3冊セットで10,500円で売られているのを見つけたのだが手持ちのお金が無くて、近くの銀行にお金を下ろしに行っている間に、誰かに買われてしまったというイワクつきの本なのである。当時から悔しくて、悔しくて、どうしても手に入れたいとズ〜ッと考えていた本なのである。大学の先輩(4年生)がこの3冊を所持していたのでコピーを取らせてもらったのだが、実物が欲しくて、この先輩に何度も「譲って欲しい」とお願いしたのだがついに譲ってもらえずにいたのだ。

8月に第一巻目にあたる本を手に入れたものだから、余計に2.3.4巻を揃えたくなって、9月に再度この先輩に申し入れたのだが断られてしまったのである。

それを、今週3冊一度に手に入れることが出来たので、実に31年振りに気持ちがスッキリしたのである。もしこの入札で落札出来なければ、また何年もモヤモヤした気持ちを引っ張ってしまうと思ったので、何が何でも負けるもんかと競り合って遂に落札したのである(でも手に入れた値段は妻が怖いから公表しないでおく)。

これは何だか良いことがありそうな気配がするぞ。


■2009-12-17-Thursday なんでも鑑定団

マジックの師匠の故ジミー忍師の奥さん

まこママから「15日放送の開運なんでも鑑定団に出るから見てや〜」と電話が入ったので、録画しながら番組を見た。

「開運!なんでも鑑定団」は島田紳助・石坂浩二が司会をしているテレビ東京系の番組で、北海道では毎週火曜日の20:54〜21:54まで放送している番組である。

何でもかんでもコレクションするのが趣味である私はいつも楽しみに見ている番組なのである。

まこママは世田谷区でおこなわれた出張鑑定団のコーナーに出た。

故ジミー師とまこママは世田谷区千歳船橋1・1・16で「魔法の小箱」(TEL03−5450−4810)というマジックバーを経営していた。現在はまこママ一人で運営している。私も上京した時には必ず立ち寄るが、マジック関係の写真やポスターを所狭しと壁に飾ってある一風変わった店である。まこママが作る広島風お好み焼きが絶品メニューなのだ。

なんでも鑑定団には、この店に飾ってあった「ベルナール・ビュッフェの版画」を鑑定してもらっていた。この版画にはビュッフェ特有の線描でトランプやサイコロやタバコなどがバランス良く描かれていて、とても素敵な絵だなぁとずっと思っていたものだ。数十年前に70万円で買った版画を150万円と本人評価したのだが、鑑定結果は残念ながら35万円という価格であった。

放送終了後、すぐにまこママに「テレビ見たよ〜」と電話を入れた。まこママも笑っていたが「当日の会場では、先生の名前は一切出さなかったのに、放送では忍先生のことをチャンと調べてくれて、写真まで出してくれたから嬉しかった。」と言っていた。

「開運!なんでも鑑定団」は再放送している番組だから、何週間後かには北海道では日曜日の昼間の時間帯(11:54〜12:54)に再放送されるので、興味のある方は放送日を調べて見て下さい。


■2009-12-18-Friday 置き場所

コレクションの置き場所に困っている。

何でもかんでもコレクションするのが趣味(というより妻に言わせれば病気)なので、家中が私のコレクションで溢れかえっている。

でも私は(現在までのところ)タイガー・ウッズのように女だけはコレクションはしていないぞ!

切手・コイン・バッチに始まり、本・レコード・レーザーディスク、絵画に彫刻、ディズニーグッズにマリリン・モンローグッズ、ゴルフのクラブやパターなどなどである。

妻はモノには全く執着しない人なので、家中が私のモノだけで一杯なのである。

リビングルームは17年前に天井を高くして2部屋を1つに繋げる改築をしたから、とても広くて30畳ほどの広さがある部屋なのだが、子ども達3人が居なくなったので、夫婦2人では使うことが少なくなってしまった。

そこで昨年からゴルフ練習部屋にしていたのである。ゴルフクラブを振り回しても壁や天井には触れない広さなので、特にオフシーズンの練習には最適な環境なのである。もちろんパッティング練習が出来るようにマットも敷き詰めている。

先日の夜に、私がドライバーを振り回していたら、突然、テレビの上の棚の扉がバッタン〜と大きな音を出して落下して来た。隣の部屋に居た妻が「何やってるの!」と血相変えて入って来た。私がゴルフクラブを何かにブツケテ壊したのではないかと思ったようである。

驚いたのは私の方だ。ドライバーが何かに触れた訳ではなかったから、私も何が起きたのか判らなかったからだ。

このテレビの上の棚はレーザーディスクを入れていたものだ。天井と背面と横壁に釘で固定した、いわゆる空中に浮かんでいるような設計なのだ。私は作った当初から「下側からも支えなければ重たくて落ちる」と建築士に言ったのだが、「大丈夫ですよ。下側で支えるとデザイン上カッコ悪くなるから、大量の釘で支えるから、絶対大丈夫!」と言うのでその言葉に任せたのだ。

レーザーディスクの枚数は300枚以上だから重さは恐らく300坩幣紊呂△襪世蹐Δ隼廚Αそれが長年の加重に耐えられなくてズレたのだ。ただ横の壁にスッポリと収まっているので壁に支えられて棚自体が下には落ちずに、扉だけが歪んで落下したようなのだ。

アブナイところであった。棚自体がそのまま下に落下していたらテレビが壊れてしまうところだった。

棚からレーザーディスクを取り出して床に並べて棚を空っぽにしたが、その作業を見ていて妻が「どうするのよ、これ!」と冷たく言い放つ。

現在は小さなDVDに替わってしまったから、レーザーディスクの様に大きくて重たくて、場所も取って、映像はDVDより劣るし、機械の生産も終了したものなど誰も見向きもしないだろうから、売りたくても売れないだろう。かといってせっかく集めたものを捨てるのは忍びない。

棚を直してもらっても、もうその棚に入れるのは止めようと思うから置き場所に困ってしまうのだ。

レーザーディスクはレコードよりも始末に終えない代物になってしまった。新しいものに飛びついた罰なのだろうか。

メーカーよ!次から次へと新しいものを出すなよ!このコレクションを一体どうしてくれるのだ!

いよいよ、和昭コレクションの博物館でも作るとするかな。けっこうユニークなものになると思うけどね。

でも私が死んだら全部妻に捨てられるかもね。


■2009-12-19-Saturday 寒〜い

この寒さは一体どうしたというのだろうか?

温暖化ってのは嘘なんじゃないかと思うほどの寒さである。

12月中旬にマイナス20℃というのは、これまでにも経験したことがない寒さだ。1月下旬から2月中旬の極寒のシーズンにはこの程度の温度は当たり前だが、12月でこの気温は、まだ冬に対する覚悟が十分に出来ていないので、余計に寒く感じてしまう。

子供の頃にはマイナス30℃以下の気温も体験していて、それこそ、寒いというよりも痛いという気温だったが、人間がなまくらになったのか、以前よりも寒さがこたえるようになった。昔の隙間だらけの家で窓が凍りついて開かなくなるような家から、二重窓、高断熱、高気密住宅になって格段に温かくなった。かけ布団の襟足が朝になったら白く凍っていたことなんて、今なら笑い話にしかならない。

こんな強烈な寒い日が続く今週であるが、17日は会議が連続した。

まずは、12:00から十勝毎日新聞社でOCTV(地元のケーブルテレビ局)の番組審査会議が開かれた。昼食付きの会議である。勝毎の系列ホテルである北海道ホテルから重箱に入ったお弁当が出されたが、とても美味しくて残さずに全て食べ終えた。

夜は、私は19:00から北海道ホテルで青年会議所OB会役員会議、妻は18:30からガーデンズホテルで商店街婦人部の忘年会である。

北海道ホテルは駅の南側、ガーデンズホテルは駅の北側で、自宅はその真ん中にあるからそれぞれ反対方向に(歩いて5分の距離)向かうのである。

妻が「貴方の会議は30分後だから、寒いから送って!」と言う。足元は凍ってツルツルで危ないが、タクシーを呼んだらこの距離なら一区間だから嫌な顔をされるだけだし、時間も30分はあることだし、一旦妻を送ってから自宅に戻り、車庫に車を仕舞ってから私は歩いてホテルに向かうことにした。なんて優しい夫なのだろう。

妻をホテルまで送る車中で妻が「今日は寒いから、あんまりお酒を飲まないで早く帰って来て温泉に行くから、貴方も早く帰っておいで!」と言うのである。久し振りに外でお酒を飲もうと思っていたのに・・・。

寒くて足元が滑る中を歩いて北海道ホテルまで行った。所要時間は5分程度の距離なのである。それでも猛烈に寒くて、鼻が千切れそうに痛い。

ホテルでは会議の前に食事をするのだが、出てきたお弁当の箱が昼間に食べたお弁当と同じ重箱なのである。何だか嫌〜な予感がした。何と中身は昼間のお弁当とまったく同じだったのである。トホホ、いくら美味しくても昼食と夕食が同じメニューとはね。

会議はスムーズに20:30には終了した。さぁ、これから皆で夜の街に繰り出して飲むのかと思ったら、会長が痔が悪くて飲めないと言う。結局、飲みには行かずに、またトボトボと歩いて自宅に戻った。

妻の忘年会もせいぜい2時間というところだろうから、21:00には帰って来るだろうと温泉に行く準備をして待っていたが、帰って来ない。妻は23:00過ぎに上機嫌で帰宅したのであった。

「早く帰って来い!」と言ったのは誰だったっけ?

私は一人寂しくBS放送の刑事コロンボを見ていたのだ。

気温ばかりでなく私の心も寒〜い一日であった。


■2009-12-20-Sunday 週間新潮

週刊新潮を読んでいたら、

19日(土)発売(北海道での発売日は土曜日)の週刊新潮12月24日49号を読んでいたら、105ページの「B級重大ニュース」というコーナーの一番最初に「帯広の馬鹿尽くし」という題名の記事が目に留まった。アレッ、と思って読み進めたら、「馬鹿もん」のことが書かれていたので驚いた。当方から新潮に売り込んだ訳ではないから、新聞記事を見て記者が面白いと感じたから書いたのだろうが、記者の琴線に触れるということは、メディア的にもフィーリングが合っているのだろう。以下に掲載記事を載せる。

「ご当地グルメのネーミングに知恵を絞った帯広の業者が「馬鹿もん」なるものを売り出す。文字通り馬肉と鹿肉を使った料理で、「ばかもん」ではなく「うまかもん」と読ます。試食会で馬鹿ミートソースや馬鹿丼をふるまったところ大評判だったそうで、来年4月1日の四月馬鹿の日から売り出していく予定。」

という短い紹介文だが、全国で読まれている週刊誌が取り上げてくれたのは大きい。ますます、「馬鹿もんプロジェクト」に勢いが付くだろう。

私も会う人毎に「うまかもん」は面白そうですね!上手いことを考えましたね!食べてみたいなぁ〜!と言われるから、仕掛けは上手くいっているようである。このまま口伝で、徐々に拡がっていけば、まさに思う壺である。

「馬鹿もん」は元々高級食材の馬肉と鹿肉を使っているのだから、美味しくて当たり前なのである。噂が拡がって、食べてくれる人が増えれば当然ながら消費も増える。

話題をどうやって作り出すかという手法なのだ。4月1日の正式スタートまでに、後ドレ位のネタを仕込めるかだ。

私が「宝くじは買わなければ絶対に当たらないのと同じで、種は蒔かなけりゃ芽が出ないのだ!」と言ったら、妻が、「アラッ、種は風に乗って飛んで来ることだってあるわよ!」と言う。う〜ん、ああ言えば、こう言う妻であるが、一面の真理でもあるなぁ〜。


■2009-12-21-Monday 日曜劇場

TBS系列の日曜劇場の

JIN-仁の最終回を見たが・・・???

あれが最終回?

このドラマが近来稀に見るほど話題になったから、続編を作ろうという魂胆なのが丸見えの最終回ならぬ最終回だ。これでは詐欺だ!インチキだ!

このドラマは妻が初回から見ていたが、私は最近のドラマがあまり好きではないのでテレビに背を向けながらコンピュータでブログを書いていた、後ろ向きながらテレビの音が聞こえて来て、面白そうだったので初回の途中から見始めたのだ。でも、ドラマの設定が毎回毎回面白かったのでそのまま見続けることにしたのである。

だが、最初を見ていないから、何故、南方仁が江戸時代にタイムスリップしたのか分らないままながらでも、毎回の病気の設定が面白かったので最後はどうなるかの興味が出てきてズ〜ッと今回の最終回まで見続けたのだ。

段々と世間でも視聴率が良いということになって人気ドラマになっていった。特に坂本龍馬役の内野聖陽が良かった。坂本龍馬とはまさにこんな人物だったのではないかと思わせる様な演技であったし、それに武田鉄也の緒方洪庵役もなかなかに良かった。

タイムマシンパラドックスを最終回でどう処理するのか興味があったのだが、思わせぶりな終わり方で、これでは終わりではなく続編を作る為に最終回の演出(脚本)を急に変えたなという感じである。

これで完全に最終回にしたなら視聴者から文句が出るだろう。何らタイムマシンパラドックスを解決していないからだ。

無理やりに改変して続編を作るのは、あまりヨロシクナイ。今回は今回でキチンと終わらせるべきである。

せっかくの良いドラマをむりやりに変えて続編を作ると、矛盾が生じてしまうからだ。

このドラマでTBSは久々にドラマのTBSに戻ったかに見えたのだが、本質は問題だらけのTBSにまた戻ってしまっている。実に残念なことだ。名作ドラマを金(視聴率)の為に台無しにした愚行であると思う。


■2009-12-22-Tuesday がっかりした

COP15の結果には失望したなぁ〜。

COPとは気候変動枠組条約締約国会議(Conference of the Parties)のことで15とは15回目の会議という意味である。

ちなみに第一回は1995年12月にドイツのベルリンで、第二回目は1996年7月にスイスで開催された。そして、1997年12月に京都で開催された第3回締約国会議(COP3)においては、2000年以降の取り組みについての規定が不十分であるとして、法的拘束力のある数値目標を定める京都議定書が採択されてCOPの会議としては重要な位置をしめたのである。2007年12月3日にオーストラリアが京都議定書に調印、批准したため、先進国で京都議定書に批准していないのはアメリカ合衆国だけとなっていた。

ブッシュ政権は環境問題に対してまったく関心を持っていなかったので、以後のCOPでは大した進展も見られずにいたが、今回のコペンハーゲンでのCOP15では、アメリカの大統領がオバマに変わったことと、鳩山首相が2020年までに二酸化炭素排出量の25%削減を先の国連でぶち上げてから初めての会議なので大いに期待していたのだが・・・。

結局、中国らの反発によって何らの成果も上げられずに終了してしまった。

途上国側の言い分は、「これまで先進国が地球環境をさんざんに破壊しながらガッポリ儲けてきたのだから、今度は我々が儲ける番だ。」と言っているに等しい。

しかし、そう言って儲けてきた国たちはイギリス・アメリカ・日本にしろすでに末路が見えているではないか。金を儲けたところで国民は幸せになっていないではないか。それと同じ道を歩もうというのだろうか?

少しは歴史の勉強をしたらどうなのだろう。それとも中国は同じ轍は踏まないとでもいうつもりなのか?

中国が発展を続けている沿岸部は中国の東側だから、排気ガスを大量に放出しても、全部偏西風に乗って日本に行くから、困るのは中国ではなくて日本だとでも考えているのだろうかねぇ〜。

何だか、今世間を騒がせている2012年のマヤの予言が真実味を帯びてきたようで不気味だ。中国が世界を破滅させるのかもしれない。

「温暖化」という表現は間違っている。「気候変動」が正しいのだ。だから今年のように季節外れの大寒波が来たり、オーストラリアのような大干ばつが来たり、別な場所では大雨が降ったりするのだ。

目の前の金儲けの為に、地球を破壊してしまっては元も子も無くなると思うのだが・・・。

小沢一郎よ!中国要人に尻尾ばっかり振っていないで、少しは意見して来いよな!


■2009-12-23-Wednesday イッセー尾形

イッセー尾形のライブを観て来た。

帯広市民文化小ホールで18:00〜20:30までイッセー尾形の一人芝居を妻と二人で観て来た。

今日23日には息子が東京から帰って来るが・・・。

二人の姉は私に似て演劇とか寄席などの生の芸能が大好きなのに、息子はミュージカルを観に連れて行けば「急に大声で歌い出したり、踊り出されてもなぁ〜」と言うし、寄席に連れて行けば「眠たくなる」と言って行きたがらないのだ。消極的で今流行の草食系男子というやつなのかもしれない。

私は子供たちを感性が豊かになるように、小さい時から、やたらと色々な所に連れて行った(実は自分が行きたかっただけだが)し、演劇関係も見せに連れて行った。海外旅行にも何度も連れて出掛けたのだが、息子は乗り物酔いがひどいので長距離の移動はとても嫌だったようである。今では逆にそれが祟って、飛行機嫌いになってしまった。

帰ってきたばかりの息子を一人残して観に行った。イッセー尾形の一人芝居をライブで観るのは初めてであるが、なかなか面白かった。2時間半ぶっ続けで舞台に立って演技し続けるのはすごい集中力と体力である。着替えやメーキャップを舞台上で行うので、登場人物に成り切る過程が見えて面白い。一人芝居というのは、かなり難しい芸だと思う。老若男女を巧みに演じ分ける演技力は素晴らしい。舞台で演じているのでなければ精神科の病院に入れられかねないなぁ〜と思いながら観ていた。

昼間、妻が息子(旦那よりも愛しいらしい。今月初めに私が千葉から戻った時には迎えに来てくれなくて、私はバスで駅前まで行き、雪道を徒歩で帰宅したというのに・・・)を迎えに空港に行っている間に、私は我が家の通称「かずあきの部屋」を片付けていた。私が高校生の時に使っていた部屋であるが、結婚後は書斎にしていた部屋である。この部屋が現在は物置部屋と化して久しいのだ、しかも文字通りに足の踏み場の無い状態で。なにせ、私はモノを捨てられないので、昔からの書類の入った大型の封筒や本などを捨てずに取ってあるのだ。それに嫌気が差している妻が、ポンポンとそれらの書類を放り入れるものだから山積みになっていたものが崩れているのである。これはさすがの私もイヨイヨ片付けねばなるまいというところまできてしまった。

それを掘り起こして中身を一々点検しながら、捨てていったのだ。おそらく20年分位の書類が溜まっていたのではと思う。3時間ほど掛かったがそれでも3分の1も終わらなかった。私も面倒臭くなって途中で嫌になって止めてしまったのだ。続きは年末に・・・。


■2009-12-24-Thursday 十勝の政治

なんだか雲行きが怪しくなってきたなぁ〜。

民主党のことである。

鳩山首相の、ママからの多額のおこずかいの件、小沢幹事長の西松建設からの献金問題、石川知裕議員の事情聴取の問題、マニュフェストを反故にする問題、などなどが出てきた。

まぁ、半世紀振りに自民党政権から、政権交代をしたばかりだし、ようやく100日たったところだから、国民もかなり大目には見ているのだろうと思う。

でも、なんだか鳩山さんのリーダーシップの欠如と経済&外交音痴は首相の資質としては致命的欠陥かもしれないなぁ。

小沢幹事長の独裁ぶりというのが、メディアで増幅されて伝えられているのか、それとも本当に強権政治をしているのか、私にはまだまだ判断しかねるが、国民の評判はあまりヨロシクナイようだ。

私が暮らす北海道11区では中川昭一氏が亡くなってしまったし、11区選出の石川知裕議員も、小沢一郎の秘書時代の行状が週刊誌でも叩かれ出したし、自身の政治資金の記載問題なども出てきて清廉潔白というイメージが消えてしまったように感じる。来年は鈴木宗男議員の裁判も行われるしで十勝出身の政治家のイメージはあまり良くない。

来年春には帯広市長選挙がおこなわれるが、現職の砂川敏文市長は中川昭一氏という後ろ盾をなくして勇退を表明した。後援会もあえて出馬要請をしないというから寂しい結末である。

これから自民系、民主系でそれぞれ候補者を探すのだろうが、衆議員がこんな調子では、まとまるものもまとまらないのだろう。

なにせ、今日は私のところにまで「市長に立候補しないか?」などと可笑しなことを言って来る人がいるくらいだから、よっぽど人材が不足しているのだろう。ますます混迷の度合いを深めているようだ。

来年の十勝・帯広の政治情勢は一体どうなって行くのだろうか?とても心配な状況である。


■2009-12-25-Friday 帯広市長

何人かの方から電話を頂いた。

私の昨日のブログに「市長に立候補しないか?」なんて書いたせいである。結構私のブログを読んでくれている方が大勢居るんだなぁ〜。

いずれの方も「貴方が適任だと思う」とか「真剣に検討して欲しい」とかのありがたい電話であるが、私にはその気はまったくないのであらためてここに書いておく。

私は元来、行動を起こす前に、頭の中でいろいろとシミュレーションする癖があるが、そのシミュレーションでは、私が市長になったとしても何一つ良い結果は出てこなかったのだ。

特に一番の懸念は「中心街活性化」である。私の会社は帯広市のど真ん中である西2条南9丁目にある。そんな私が私人として中心街活性化を叫んで行動する分には何一つ非難されるいわれは無いが、公人たる市長として、中心街活性化に尽力したら、必ずや反対派から「我田引水である」として非難されること必至であるからだ。

私の持論として、十勝のような「積雪・寒冷地」では、人はまとまって暮らす必要があると考えている。まず第一に学校・商店・病院などはある程度のカタマッタ人口がなければ成立しないからだ。

それに街をイタズラに拡げれば除雪に掛かる費用などが膨大になる。足元のおぼつかない老人が冬に外を出歩くには、十勝の道路事情は甚だヨロシクナイ。交差点は自動車のスタートとストップの度にタイヤで磨かれて鏡のようにピカピカになっている。つまり安全に歩くはずの横断歩道が一番ツルツルで危険な箇所になっているのだ。

この財政難の時代にロードヒーティングを郊外まで満遍なくすることなど不可能であるから、中心街の一部にするしかない。それも移動するところの歩道は全てヒーティングしておかなければ、現在の様なまばらな状態では、これまた歩き回ることはできない。

だからこそ中心街には人を集中させて住まわせなければならないし、設備も充実させなければならないと思っているのだ。

だが、多くの市民は自分が現在暮らしている目の前の地域をもっともっと整備して欲しいと考えている。それも当然の感情であろう。

だが、人口が増加し続けていた時代の発想と、人口が減って、しかも高齢化する時代の発想では180度方向を変えねば対応が出来ないのだ。

個人のエゴよりも地域全体の利益を考えて行動しなければならない時代がきたのだ。

中心街を空き地や駐車場だらけにまだらにしておくことは、とてもモッタイナイことなのである。そんなところで寂しく店を開いていても客もやってこなくなるだろう。大胆にグッと店舗も住宅も中心部に集約して、周りは駐車場にするとかのコンパクトな街にする必要があると思うのである。もっと人の暮らす場所と自然とのメリハリをつけてはどうかと思うのだ。

私が考案した「環境モデル地域構想」と今の帯広市がやろうとしている「環境モデル都市」とは名前は似てるが、意味は全く逆である。二酸化炭素の排出量を減らすだけの政策ではこの街は発展しない。21世紀型のモデル地域として、化石燃料に頼らないエネルギーで暮らし、コンパクトシティ・公共交通機関の充実などを行って、世界中から注目される街にすることで、帯広を環境のブランド化し、視察に訪れる観光客を増やすようなやり方なのである。

だが、中心街に拠点を持つ私がやれば、返って異論が沸き起こるだろう。私も性格上「李下に冠を正さず」の方であるから、持論を推進することが出来なくなればジレンマだけが増幅してしまう。私は私人として行動するのがベストであると考えているのである。


■2009-12-26-Saturday よく降るなぁ〜

今冬はやたらと雪が多い。

12月の段階でこれだけ降ったのは近年記憶にない。もはや自宅の周りには雪を捨てる場所が無くなってしまった。

また、12月としてはかなり寒い日が続いている。ベランダにある庭の水撒き用の水道管が凍りついてしまったら困るので、水を落として養生した。この水道管はガラス戸の内側にあるから少々の寒さでは凍りつかない。しかもこの水道管の不凍栓は床下に潜らないと操作できない厄介な場所にあるから大作業になってしまうので、あまりやりたくないのだが、仕方が無い。破裂させてしまったらそれこそ面倒なことになる。

今日の雪も気温が低いからサラサラのパウダースノーである。このパウダースノーというのも厄介な代物なのである。

サラサラだから除雪作業がしにくい。スコップで雪を積み上げようとしても空中でバラバラになってしまって、空のスコップを動かしているだけ。ラッセルで押していっても固まらないから横に逃げてしまう。おまけに風が吹くと吹き溜まりになって固く締まってしまい、今度はスコップも刺さらなくなってしまうのだ。

息子が帰って来ているから、作業はいつもの半分で済むが、12月にしてもうすでに嫌になってしまった。これから雪の多い時期になるから今冬は大変だ。それこそトラックに積んで捨てに行かなくてはならないかもしれない。

老人だけの家庭の除雪はどうやっているのだろうか?

雪が無いと冬らしくないから困るが、雪が多過ぎるのも困りものである。


■2009-12-27-Sunday アバター

映画アバターを見た。

妻と息子と3人で映画「アバター」を見て来た。

「アバターとは、チャットなどのコミュニケーションツールで、自分の分身として画面上に登場するキャラクター。ゲームの主人公キャラクターのことはアバターとは呼ばない。マンガ風のキャラクターが使われることが多く、人間だけでなく動物やロボットなどを選択できたり、髪型や服装、装飾品などを選んでオリジナルのキャラクターを作成できるようになっている場合もある。パソコンの処理速度の向上に伴い、アニメーションや3次元グラフィックスを応用したシステムも登場している。(引用)」とのこと。コンピュータ音痴の私としては???

おそらくこの映画の題名もこのアバターから取っているのだろう。タイタニックのジェームス・キャメロン監督作品であるから期待して見に行った。一口に言って、最近見たSFものの映画の中では一番面白かった。

例によって、まだ見ていない人の為に内容は詳しく書かないが、アメリカ人のネイティヴ・アメリカン(インディアン)に対する原罪としての罪の意識と、ベトナム戦争の意識が下敷きになっているように感じた。

金、金、金の(悪しき)資本主義と環境問題もテーマの根底にあるのかもしれない。

映像も幻想的で美しかったし、敵役の描き方も、やたらと暴力的な体育会系の軍人と、憎々しく小賢しい文科系の会社員が良かった。

でも配役ではシガニー・ウィバーは、「エイリアン」の印象が強すぎてしっくりこなかったなぁ。なにせ、軍人が操作するロボット兵器も、確かエイリアンに同じような兵器が登場してたし、しかもシガニー・ウィバーが操作していた記憶があって、頭の中がゴッチャになって混乱してしまったから、この役は違う女優さんの方が良かったのではなかろうか?

映画を見終わった後に、3人で串焼き屋に行った。妻が、今度の成人式に息子が出席して同級生たちと二次会に行った時に酒の一杯も飲めないのはカッコ悪いから、息子に酒を練習させる為だと言うのである。明らかにこれは口実で、実は自分が飲みたいだけなんだろうが、逆らってはいけない。私も鶏レバー焼きでビールというのが大好物なのだが、医者からは痛風予防の為に控えて下さいと言われているのだ。でもたまになら良いだろう。

私と妻の息子なのだから体質的には酒が好きな筈なのだが、まるで酒を飲もうとはしないのだ。2人の姉たちは酒が好きだし強いのだが・・・。ビールは一口飲んで「不味い」と言って飲まない。それでも焼酎の巨峰割りを2杯飲んでも酔っ払わないから、まぁ飲めない方ではなさそうだ。私なんぞは高校1年の時から酒を欠かしたことがないというのに・・・。


■2009-12-28-Monday 諸事雑感

今日も雪が降っている。

今年もいよいよ終わりに近づいてきた。今日は振り込みの為に会社から郵便局と北洋銀行に歩いて行ったのだが、道中(と言ってもたかだか200メートルぐらいの距離であるが)どうも見慣れた光景なのに違和感を感じるのだ。

その違和感が何なのか分かるまでに少々時間が掛った。郵便局でCD機の前に並んでいる時にハタと気が付いた。それは雪の中を傘を差して歩く人の多さにであった。200メートルぐらいの距離なのに7人程の傘を差す人を見掛けたのである。

こんな光景はこれまであまり見たことがなかった。

雨混じりのベタベタした雪なら傘を差すのは構わないが、サラサラのパウダースノーで傘を差す人間が帯広にも居たんだ!

昔は冬に傘を差す人間など居なかった。

家に入る時に、頭と肩に積もった雪を手で払えば、ほとんど濡れることもなかったから、傘を差す意味がなかったのである。

高校生と思しき連中は傘など差さずに、しかも薄着で街中を歩いていた。その両方ともが違和感を感じさせたのだ。

郵便局で5件ほどの払い込みを済ませた後、北洋銀行に向かった。北洋銀行のCD機で払い込みをしようとしたら、何度やっても上手くいかない。行員のおばちゃんが「どうされましたか?お手伝いいたしましょうか?」と聞くのでとても恥ずかしかった。老人でもあるまいし、CD機の操作ぐらい簡単に出来るワイと「大丈夫です」と答えて自分でもう一度やったが、やはり上手くいかないのだ。数字の配列が郵便局の機械とは異なっているのである。郵便局で5件分の操作をしたから指が勝手に別の数字を押してしまうのである。それで戸惑ったのだ。なんとか数字を間違えずに押して、今度は自分の名前をちゃんとサカモトカズアキとタッチパネルの文字を押しているはずなのに、画面には別の文字が並ぶのだ。たまりかねたのか行員のおばちゃんがまた覗き込んで「お客様、コートの袖が画面に触れて、誤作動しているようです」と言う。タッチパネルの画面が敏感過ぎるのだ。袖をまくって操作したら今度は上手くいった。

金融機関によって、操作の仕方も、画面の数字の配列も異なるのは、老人にとっては不親切この上ない。サービス向上というなら、せめて画面や操作方法を統一しろ!

私でさえ、戸惑ってしまったではないか。

雪が降っていると足元が悪い。南北の平原通りにはロードヒーティングが入っているが、東西のアッピアロード(なんてセンスの無い命名だろう)にはロードヒーティングが入っていないから歩きにくいことこの上ない。各店舗の店員で雪かきくらいやれよ!

いくら南北に歩けても東西に歩けないんじゃ、街の機能は台無しだ。商店街に金が無いのだろうが、これは市役所が金を出して設備するべきだ。一番高い固定資産税をズ〜ッと100年以上も払い続けて来たんだゾ!受益者負担が原則といっても、市民皆が歩くのだから、雪国における街中の整備は市がやるべき仕事だと思うがなぁ〜。

今日はなんだか朝から気分が悪い!


■2009-12-29-Tuesday またまた雪が

昨日の午前中にはサラサラだった雪が、

午後からベタ雪に変わった。これなら傘を差した方が楽だろう。訂正する。だが、そもそも帯広で12月にベタ雪が降る方がおかしいのである。しかも朝からズ〜ッと降り続いている。本当に変な天気だ。

昨日は朝方に地震まであった。昨日の映画のアバターではないが、地球が先だってのCOP15の結果に怒って気候変動を激しくしているのかしらん。

明日には吹き溜まりがあちこちに出来ていることだろう。厄介なことだ。

中国で曹操の墓が見つかったというニュースが流れた。曹操は三国志の英雄の一人であるが、三国志では敵役として描かれているから日本人には人気が薄いが、私はなかなかにすごい人物だと思う。

三国志時代といえば魏・呉・蜀、日本では卑弥呼がこの魏に使者を送った時代であるから、この時代の日本と中国の差はものすごい。映画レッドクリフを見ても日本との開きは1000年くらいはあったかもしれない。今後の調査結果が楽しみだ。歴史の一端が垣間見えるっていうのはなんだかワクワクしてくるなぁ〜。

スピードスケートでは、男女で結果に差が出てしまった。帯広出身のオリンピック金メダリスト、小さな英雄、清水宏保が自身が出した当時の世界記録と同タイムで滑ったのだが7位に終わりオリンピックには出場出来なくなったのに対して、女子では岡崎朋美が2位に入って5度目のオリンピック出場を決めた。彼女は38歳でまだまだ進化し続けているようで素晴らしいの一言だ。以前にテレビで岡崎選手の練習風景が放送されていたが、よくこんなハードな練習ができるものである。文科系で体力ゼロの私にはとても信じられない。

帯広では小中学校の冬の体育の授業といえばスピードスケートであった。雪が降ったら全校生徒がグランドに出て雪を踏み固め、教師や親が夜間に散水車で水を撒けば、翌朝にはりっぱな丘リンクが出来上がる。気温がマイナス20度位のとても寒い日になどには、寒さで足の先が痛くなる。それでも腰を曲げて低い体勢で平らなリンクをグルグル周るだけの体育の時間は子供心にも大嫌いであった。中学生になった時にはスピードスケートをするのが嫌であったから、アイスホッケーのスケート靴とスティックを買ってもらってアイスホッケーをやったものだった。ホッケーならゲーム性があるからまだ楽しかったのである。

それでも各学校では、スケートのスピード記録会なる全校生徒が参加する冬の運動会みたいな競技会があった。短距離ならまだしも、長距離の選手になったら悲惨である。私は瞬発力には自信があるが、もともと体力が無いから、完全に短距離型の人間なのだが、イッパシニモ、タイムが早かったものだから中三の時の記録会では長距離選手に指名されてしまった。最初の1周だけトップで最後は周回遅れでビリ。実にカッコ悪かったことを憶えている。

今年も後3日で終わる。今年もあんまり良い年ではなかったなぁ〜。


■2009-12-30-Wednesday オカシナことが

世の中が何かがオカシイ!

今日、会社が加入している火災保険のことで緊急にお話したいことがあると、保険の代理店が来社した。

「来年1月1日から火災保険の料率が変更されて、御社の火災保険が年間で20万円ほど上がってしまう。」と言うのである。

いくらなんでも、いきなり20万円アップはないだろう。

大都会のビルの様に、家賃収入が高ければ、家賃でカバーできるかもしれないが、帯広のような家賃収入を見込めない地方都市のビルでは大打撃である。

それでなくても、最近は東京などの雑居ビルで火災が発生して死人でも出ようものなら、すぐに消防法が強化されて、やれスプリンクラーだ火災報知機だ、避難誘導灯だのと、金の掛ることばかりである。その分を家賃に反映できないから、たちまち経営が苦しくなる。

そもそも、役人が保身の為に、「このビルにはこれこれこういう指導をしていました。」というアリバイ作りの為の法律であって、実効性はほとんど無い。

例えば、私がオカシイと感じるのは「排煙窓の設置義務」である。早い話が、火災が起きた時に、建物から煙を出す為に開く窓を面積に比例した数だけ設置しなさいということである。???

これは素人が考えたってオカシナ話ではないだろうか?

火災の時に、外部から新鮮な酸素を取り入れて燃やし易くしなさいとでもいいたいのだろうか。

これは、火災の際にもしも内部に人が逃げ遅れてしまった時に、窒息しない為だというのであるが、では全員が逃げ出した後なら、どんどんと酸素を送り込んで燃やす助長をするだけだろうに・・・。

以前から、防災と防犯では矛盾することが随分と行われてきたが、全国一律で同じ法律を適用することに問題が有りはしないか?

先ほどの火災保険でも、北海道は台風災害がほとんどないのに、外せないのだ。もっと地域特性を組み込んだ適用をして欲しいものである。

地元の金融機関の外交員が年末の挨拶にきたが、我が社の向かい側のビルを取り壊す計画があるという話をしていった。「北洋銀行が入っているビルの事なら、今年の夏頃にも新聞に出ていたから知っているよ」と答えたら、「Hビルのことです」という。安く買ったもののテナントの入りてが見つからないから、空きビルのままだと固定資産税が高いので更地にするとのこと、我が社よりも10数年も新しく建てられたビルなのにモッタイナイ。

このHビルは建てた昭和55年頃に、やはりテナントが見つからなくて、我がサニーデパートから有力なテナントを引き抜いてオープンしたビルである。しかし、このテナントもサニーデパートに居たから相乗効果で儲かっていたのに、移転してからは単独では集客が出来ずに倒産、離婚、自殺へと追い込まれたしまった。実に罪作りなビルであった。

我が社も、この引き抜きを契機に方針を、物販ビルから飲食ビルへとガラリと変えることで生き残ったのだから、人生は何が良くて何が悪いかは後々までは分からないものだ。

今朝の新聞に民主党の来年の参議院選挙の比例代表の候補者名が載っていたが、元プロレスラーやら売れない女優やら83歳の老経営者やらの名前が出ていた。民主党は一体何を考えているのだろうか?理解に苦しむ。

選挙に勝つことが至上命題だと言っておきながら、候補者がこれでは民主党を応援する気にはなれないゾ!いくら数さえ揃えば良いと言っても、こんな候補者ではたして票がとれるのかねぇ〜。国民をなめきっているのかしらん。


■2009-12-31-Thursday 大晦日

今日は大晦日、

今年の総括を数字を使ってしてみよう。

365:これはこのブログである。去年から書き始めたこのブログであるが、去年は随分休んでいた日が多かった。出張などがあると書かずに飛ばしてしまったのだ。絶対に今年は毎日365日全部書くぞ!と決めてその通りに実行できた。出張がある場合などは書き溜めておいたり、後から書き足したりして、なんとか365日分更新する目標を達成した。最初は毎日書くネタなんてあるのかなぁ〜と思いながら書き始めたが、書いてみると以外に苦労せずに書くことが出来た。来年もやってみよう。まずは目標達成である。

254:これは今年1年間で温泉に入りに行った日数である。前半は帯広中の色々な温泉浴場を巡って歩いたが、最後は自宅から100メートルほどの近所にある「たぬきの里」に落ち着いた。ほとんど毎日のように妻と温泉に入りに行ったのである。新陳代謝が良くなり過ぎて、ラーメンを食べても汗が吹き出るようになってしまった。

149:これは今年1年間でお酒を飲まなかった日数である。9月までは順調に飲まずにいたのだが、10月に入ってから講演などの出張が重なり、温泉に行けないと、ホテルの慣れないベッドでは眠れなくて、ついつい酒を飲んで寝ることになる。結果、また酒の旨さを思い出してしまって後半の3ヶ月間はほとんど毎日飲んでしまった。来年は半分の183日は禁酒する目標を立てよう。

49:これは今年のゴルフのラウンドした日数である。去年の55回よりも減ってしまったが、6、7月の天候不順と早い降雪が原因であった。今年は青年会議所のゴルフの会である「じゃがいも」の会長を仰せつかったが、無事に終了できて良かった。来年こそは60回ラウンドして片手シングルを目指すゾ!

妻の実家(我が家から50メートルの距離)に妻の従兄弟が秋田から来ているからというので挨拶に行った。すると「(私の)ブログ読んでますよ」と言って、妻の顔を見てニヤリと笑ったのだ。従兄弟だから妻の性格をよく分かっているのだろう。私のブログの読者がこんなところにも居た!

同席していた従兄弟の両親(妻の叔父夫婦)がコンピュータを始めたばかりで、「ブログの呼び出し方が分からないから、帰ったら教えてくれ、読みたいから」と言う。まだ私のブログは読んだことがないようだ。読んで妻のくだりを読んだら一体どんな反応になるのだろうか?いまから楽しみである。

今年一年間はあまり良い年とは言えなかった。なにせ最後に当たるはずだった宝くじが当たらなかったからだ。というのは冗談で、まぁまぁ良い年だったと思う。

来年はもっと良い年でありますように!