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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2012-10-01-Monday コメントが

野田内閣が改造人事を行なったが・・・、

野田首相になってから、もうすでに3回目の改造である。早過ぎないか?

新大臣に関しては論評する気にもならないのでコメントは書かない。

沖縄の普天間基地にオスプレイが配備された。安全性に疑念があると反発が強いなかで、地元の納得を得られないままに強制的に配備した格好だ。

オスプレイを初めて見た時に、ヘリコプターにも飛行機にもなるなんて何て画期的な乗り物なのだろうかと感嘆したのだったが・・・。

でも、どうやらそのヘリコプターと飛行機の切り替え時に事故が多いらしいから、画期的なものには未知の危険が伴うものなのであろう。

現在、尖閣諸島の問題が出ているなか、このオスプレイだとかなりな早さで沖縄から尖閣諸島まで行けると云うのだが、果たしてアメリカが安保条約の中で尖閣諸島が中国に攻められた時に守る意志があるのやら、ないのやら、サッパリはっきりしない。

だのに、何故に日本政府はオスプレイ配備を急ぐのだろうか?判らない。

軍事のことはサッパリ判らないからこれもコメントが出来ない。

JRの東京駅が創建時の姿に復元された。復元に掛かった費用が500億円で、それをJRは空中権を周りのビルに売って捻出したと云う。

自分が使わない空中を使用する権利をお金に換算して、ビルを高くしたい会社に販売すると云うのだが・・・。

地球環境問題でもCO2の排出権の売買なんて、訳の判らないことを欧米の連中がやって金儲けをしているが、後進国が排出する権利がある(と云う)CO2を先進国が買うってどういうことだ。何かそれで地球環境が改善されるのか?所詮総合的なCO2の排出量に変化がないのだから、地球環境的に何の改善にもなっていないのに、それで金儲けをするってどう云うことよ!

これと空中権とは一緒くたにはならないだろうが、どうにも実体のないものに権利を見立てて金に換算すると云うのは好きではない。

歴史的財産である東京駅を復元したことは良いことだとは思うが、他にやり方ってなかったのだろうか?

しかし、世のマスメディアはこぞって、この手法を絶賛しているから、私とは感覚が違うとしか言いようがない。


■2012-10-02-Tuesday 日本ハム優勝

最近のプロ野球には

全く興味がないから、ほとんどテレビでも試合は見ない。夜のニュースで勝敗を知る程度の興味でしかないが・・・。

それでも、北海道のチームである日本ハム・ファイターズの勝敗だけは気になる。

今日は日本ハムの試合は無かったが、2位の西武がロッテに敗れた為にマジック1だったから優勝が決定した。

今年は、前年18勝6敗、防御率1.44と云うダントツの成績を収めたダルビッシュがアメリカ大リーグに移籍して抜けたから15勝分は確実に勝利数が減ると思っていた。監督になった栗山英樹も、初めての監督だから実力は未知数だったし、ダルビッシュの移籍でかなりな高額の金をせしめた筈の球団は大型の補強もしなかったから、日本ハムは苦戦するだろうなぁと考えていたのだ。

それが、シーズンを通してずっと上位に居続けたのは、素晴らしいの一言である。

何よりスゴイのは、去年までまったくと言っていいほど活躍していなかった吉川光夫投手が昨日までに14勝5敗防御率1.71とダルビッシュの抜けた穴を完璧に埋めたことであろう。

この金を掛けずに生え抜きの新人を育てて優勝した日本ハムのやり方を、セ・リーグのDeNAも見習った方が良いだろう。

一方、金にあかして他チームの主戦力だった選手を獲得して優勝した巨人とは対照的手法である。

セ・リーグは巨人が最初こそもたついたが、選手層の厚さから、後半は独走して現在2位の中日に9ゲームもの差をつけている。

巨人が独走して喜んでいるのは、ナベツネ氏くらいだろうが、こうも大きく差が付いてしまったら、ファンは興味が半減するだろう。これが野球ファンを減らしていることに気がつかない巨人はバカである。

この後、これまた訳のわからないクライマックス・シリーズとかが始まるが、せっかく1年間掛けてペナントレースで優勝したのに、短期決戦で日本シリーズに出場できなくなったら、ペナントレースに何の意味があるというのだろうか?

もしも、私がセ・リーグの監督だったら、長期戦は選手層が厚い巨人が有利に決まっているから、巨人にゲーム差を離された時点で諦めて、ペナントレースでは巨人を独走させるにいいだけ独走させておき、自チームは2位狙いで行って、CSの短期決戦に全てを投入する戦法を取るだろう。

でも、そんな戦法が、はたして野球ファンの為になるのだろうか?

回り回って、巨人はプロ野球からファンを減らすことをやっているようにしか見えない。

野球が好きではなさそうなナベツネなんぞに牛耳らせるからこういうバカげた方向に行くのだ。

今年の日本ハムの優勝を気に、日本のプロ野球も方向性を変えた方が良いと思う。


■2012-10-03-Wednesday 子どもが

広島県で11歳の

女の子を母親が暴行して死なせたと云うニュースを耳だけで聞いていて、エッと思った。母親の年齢が28歳だと云うからだ。

娘の年齢を1歳と11歳を聞き間違ったのかと思ってテレビの画面を見たら死んだのは小学5年生の11歳の女の子だと云う。

てっことは、この母親は16歳で何をして、17歳でこの子を産んだことになる。17歳と云えばまだ高校2年生の年齢ではないか!

法律上は女性は16歳でも結婚できるのだから、別に法律違反をしている訳ではないが・・・。

子どもが子どもを産んでいると云う状態であろう。

テレビでは、この子が7月頃にテレビ局のインタビューみたいなものを受けている様子も映っていたが、ハキハキした子のように見えた。また殺される2日前の運動会で走っている様子も映っていたが、裸足だったのが気になったが、これは学校の方針だったのだろうか?

この走っている様子も健康でスクスクと育っているように感じたが・・・。

死因は母親からゴルフクラブで殴られたことによる出血性ショック死と云うことだが、祖母からも虐待を受けていたというから驚きだ。祖母の年齢は出てこなかったが、母親の年齢から推測すると50歳前のような気がする。早婚の家系は早婚だとも云うから、ひょっとすると45歳くらいだったりして。

子どもが生まれてすぐに離婚して、施設に長い間入れられていたと云う。虐待されたり、ましてや殺されるくらいなら施設に居た方がまだましである。どう云う基準で親の元に戻したのだろうか?行政側の責任もあるのではないのか?

子どもは生まれてくる親を選べないが、それにしてもあまりにも可哀想だ。もう少し、親としての自覚や責任感を持って産むべきだし、育てるべきだろう。


■2012-10-04-Thursday 驚いた〜

3日の夜は

18:30〜20:00まで坂本ビルの6階会議室で「かちまいアカデミー」のマジック教室の講師を務める。

会社が17:00に終わってから夕食を取りに出掛けた。昼食に蕎麦を食べたので、ご飯物が食べたいと思い。美珍楼という中華料理屋に入ることにした。ここのカニチャーハンが好きで月に3回は食べに行くのだ。いつもマジック教室の為に食べに行くこの時間帯は空いていて、客は大抵が私一人と云う事が多いのだが・・・。

この日は行ってみたら何と一階は満席で2階の座敷にどうぞと通されたが、2階も満席状態で、「相席をお願いします」と一人で座っていた50歳代後半と思しき女性客の前に座らされたのであった。

何で今日はこんなに混んでいるのだろうと思ったら「10月2・3・4日は開店45周年記念」で安く提供していると云う。皆、それで食べに来ていたのかと納得した次第。

私はカニチャーハンが食べられればそれで良いと思い注文したら、今日のチャーハンは「ヘルシーチャーハン」だという。この日のメニューは「日替わりチャーハン」がヘルシーチャーハンなのだという。カニチャーハンは昨日の日替わりメニューだったと云うので仕方なくそれを頼むことにした。

メニュー表を見たら7品目だけの提供で、メインは日替わりチャーハンである。2日はカニ、3日はヘルシー、4日は海老で320円である。その他のメニューは「五目あんかけ焼きそば(320円)」「焼餃子6個(190円)」「焼シューマイ4個(190円)」「もやし麺(190円)」「山菜おこわのおにぎり2個(190円)」「タピオカだんご2個(190円)」の7種類だけなのである。

私の相席した女性の元に「おこわ」と「焼そば」が運ばれて来た。それをペロッと食べたら「餃子」と「チャーハン」が来て、それもまたペロッとたいらげた。その後に「ラーメン」と「シューマイ」と「団子」まで来た。この女性は7品目全部注文したらしい。

この女性は体格は細くて小さい。一体どこに入るのだろうか?と思って見ていた。この日は持ち帰りは不可となっていたから残したからといっても持ち帰りは出来ないという。

すると全部を平然とたいらげたではないか。大食いタレントにギャル曽根と云う女性がいるが、60歳近い細いおばちゃんがこれだけの量をあっさりと食べたのには驚いた。

私は、値段の安さに釣られて「焼き餃子」も注文してしまい、フーフー言いながらなんとか食べたのに・・・。


■2012-10-05-Friday マジックの

マジック教室で

カップ&ボールと云う3個のカップと3個のボールを使った世界最古と云われているマジックを指導している。隔週で月2回、90分間の指導で、今年の2月からだから、すでに16回の指導をしたことになる。

演技時間は10〜12分間くらいの「ダイ・バーノン」と云うマジシャンが考案したルーティンであるが、1段目〜6段目までの順番がコンガラガッテしまうのか、なかなか覚えてもらえないので苦労している。

それでも4人の生徒(と云っても皆70歳以上の方)さんの内、3人は何とか様になってきた。

夏は仕事が忙しいと云うことで、一番練習が出来ていない一人の生徒さんが、10月末に、このマジックをとある会合で披露したいと言い出した。

マジックも他の習い事と同じ様に、習いに来ている場所での練習だけで上手くなれると云うものではない。自宅での復習が必要なのだ。

しかし、どうも一般的にマジックは種が判ったら、もうそれだけで出来るつもりになってしまうようなのである。

自宅での練習は、どうやらあまりやっていない様子なのだ。

上手く出来ないから、個人レッスンをして欲しいとの要請に、時間を作って応えたのだが・・・。

第一段目すらよく覚えていない。エッ、この状態なのに今月末に他人に披露するって????

マジックをナメテいるとしか感じられなかった。

以前の私なら、「フザケルナ!マジックをナメテいるなら、もう指導は止めた!」と言うところだが、私も大人になったものである。

忍耐強く、個人レッスンをすることにしたのだが・・・。


■2012-10-06-Saturday マジックのつづき

今日は3連休の土曜日

ゆっくり休もうと思っていたら、前日に電話が入って、6日土曜日の午前中にマジックの個人レッスンをお願いしたいと云う。

毎日が休日状態のお年寄りは、連休も平日も関係ないのだろうが・・・。

私にだって都合ってものがある。それとも私のことをよっぽどの暇人だと思っているのかなぁ〜。

時間をやり繰りして、要望に応えることにした。教える身にしたら熱心にマジックを覚えたいというのはとても嬉しいことだ。

会社の6階の会議室に11時に来てもらうことにして、私も支度をして会社に出掛けた。我が社はカレンダー通りに休日を取っている。

12時までの約束でレッスンを開始した。「前回教えた第一段からやってみて下さい」と言ったのだが、まだまるで出来ていない。一昨日教えたばかりじゃぁないの・・・。頭を抱えたくなってしまった。

辛抱強く、最初から始める。ようやく1時間で3段目までは何とか様になってきたが、ルーティンを覚えるだけで、精一杯で、細かい技術的なところはまだまだ問題点ばかりである。

「先生、明日もレッスンをお願いできませんか?」と言われたが・・・。練習熱心なのは認めるが、私にもスケジュールがある。自宅で自分一人でも練習できる様に、ルーティンをビデオに撮って渡してあるから「次は9日にしましょう。それまで自宅でビデオを見ながら練習しておいて下さい」と言ったら、ビデオでは判り難いと云う。そう云われてもなぁ〜。

完成していないマジックを披露されては、種明かしをしているも同然のことになってしまう。一緒に習っている他の3人にとっても、種明かしをされてしまったのでは、披露できなくなってしまうから、それだけは避けたい。生徒さんがヤル気になっている限りは、演技を完成させるのが私の役目であるから、私も頑張ろう。

この生徒さんにも何とか頑張ってもらいたい。


■2012-10-07-Sunday じゃがいも

帯広青年会議所のゴルフコンペ

「じゃがいもクラブ」の今年最後の第6回最終戦コンペが十勝カントリークラブで7日日曜日に開催された。

今年は、じゃがいもの日程と私のスケジュールが合わずに何度か欠席しているから年間賞に入るにはポイントが不足していて絶望的だ。

案の定、受付に張り出されていた年間ポイントの上位25人の中に私の名前は無かったのであった。

今日は気楽にプレイしようと考えていたのだが・・・。

天気は快晴だが、風が物凄く強い。フォローの時は楽だが、アゲインストの時はキツイ、まともなアゲインストであった134ヤードのショートホールで、いつもなら9番Iで打つところを6番Iで打ったのだがそれでも届かなかったくらいだから、いかに風が強かったかが判るだろう。横風の時は流されるからOBになり易いが、私は今日は何故だかタマが曲がらなかったので安定していたのだ。

INは43打、OUTは41打、グロス84打、HC9.9でネット74.1と云う+2のスコアで上がって来たが、表彰式は夜7時から市内の飲食店で行われるから結果はそれまで判らない。

表彰式での今日の私の結果は、何とベストグロス賞で第6位入賞して7千円の商品券をゲットしたのであった。

最終戦はポイントが2倍になる。年間賞の入賞も期待したら第11位であった。残念!。年間賞は第10位までしか賞品は当たらないのである。ガッカリしていたら、上位の入賞者の一人が表彰式を欠席した。「じゃがいもクラブ」は表彰式に居なければ賞品は当たらないシステムになっているのである。結局、私が第10位に繰り上がって年間賞の商品券1万円をゲットしたのであった。

圏外から、表彰式でギリギリ10位に滑り込んでこの日得た商品券は17000円であるが、帰宅したら妻に全部没収されてしまった。ゴルフで得た商品券は全部妻のモノなのだ。

まぁ、妻孝行が出来たから、これでまたゴルフに行っても許してもらえるだろう。


■2012-10-08-Monday ゴルフ

前日のじゃがいもには

出張の為に参加出来なかった先輩のAさんから電話が入って、明日ゴルフをやるぞ!と言う。

メンバーは今年何度か、晩ご飯を賭けてゴルフをやった。M先輩とT先輩の4人だと云う。今年の決着をつけるぞと云うのだ。

例に依ってルールは一番年長者で超が付くわがまま人間のAさんが決めるのだが、最終戦だから、賭けは縦もホールマッチもラスベガスも全部やるしポイントはこれまでの2倍だと云う。一番勝った人間が買った金額に関わらずに夕食代の80%を支払い、2位の人が20%を支払い、3・4位は無料にすると云う。夕食を奢るのは勝った人の名誉だからと云う理屈なのだ。極端な事を云えば、100円だけしか勝たなくても夕食代の80%を払うと云うことなのだから・・・。

何処に食べに行くかは、途中の成績を見てAさんが決めるのだとわがままを言う。要は自分の成績次第で食べに行く場所を決めると云うことなのだ。最初はAさんが不調で−12Pまで行ったが、途中から盛り返して来て、残り3ホールでほとんど同列になってしまったから面白い。

17番を終わって、成績はTさんが+4でトップ、Mさんは+2、Aさんが−2で私が−4である。最後に私とAさんチームが2P勝って、最終結果はTさん+2、MさんAさん±0、私が−2である。

Aさんの一言で「今日はしゃぶしゃぶにするぞ!」となったが、Tさんのぼやくことぼやくこと、そりゃ〜そうだろう。しゃぶしゃぶなら一人5千円は掛かるだろうから、4人で二万円としてその80%なら16000円を払うことになるからだ。

しかし、優しいんだなぁ、割り勘と云うことになったが、アレッ、そうすると私だけ負け分を払わされて、しかも割り勘かよ〜。ルールを途中で変えるのはズルイよ〜。と思ったら、さすがシッカリしているAさん「皆、4000円ずつな!足りない分は優勝したTが払え」と云う。

結局、このしゃぶしゃぶ屋で掛かったのは22000円程だったからTさん一人が一万円以上を払うことになった。高い夕食代である。


■2012-10-09-Tuesday オカシナ道路

毎日通る道路で

最近、不快な出来事が多い。

それは帯広市西5条南13丁目と14丁目の間のいわゆる13丁目線と言われる少しカーブしている道路で毎日に様に起こるのだ。もう少し場所を詳しく書くと、「長崎屋」と「とかちプラザ」の間の西3条線を南進して行き、西5条南13丁目の柴田歯科と14丁目の網走信金の間に出る少し右にカーブしている道路である。

朝の通勤時には逆に北進して会社に向かうのだが、13丁目線は西5条までは2車線なのであるが、西5条を過ぎてこの左カーブの曲がり鼻から長崎屋ととかちぷらざの前の交差点になると、一番右側は右折専用レーンの3車線になる。

西5条の交差点で赤信号で2車線に並んでいたとしよう。西5条を南進する為に右折する車が居る時はほとんど問題が発生しない。何故なら直進する車は左側の1台だけだからだ。

問題はこの2車線に直進する車が2台並んだケースである。

私は長崎屋ととかちプラザの間の西3条通りも9丁目線までは直進するから前に右折車が居無い場合は右側の車線に停まって信号が変わるのを待つのである。信号が変わってそのまま直進し、真ん中の路線を進む時に、左側の車線から同時に出た車と接触寸前になることが多いのだ。

私は、左側の車線はそのまま直進すれば3車線の一番左側の線に行くもので、右側の車線から出た車が、直進か右折かを判断するのだと考えて運転しているが、接触しそうになる車の運転手は、どうやらそうは考えていないようなのだ。と云うのも、朝の出勤時には長崎屋の前の西3条通りは駐車場に入りたい車が行列を作っているから車線が狭くなっている為だ。

長崎屋手前の床屋の角の交差点で一番左側の車線に停まって左折するなら問題ないが、直進しようとすると、真ん中の車線からそのまま直進する車の後側に入り込まなくてはならなくなる。中には無理して信号が変わる直前に飛びだして真ん中車線の車の前に出る車も多い。

だから、交差点に停まる前に真ん中車線に入りたいのだろうが・・・。

そこで無理な運転をして接触事故が起こるのだ。

この逆のケースで、帰宅時に南進する時には、接触の危険性がもっと多いのだ。

とかちプラザと長崎屋の間の西3条通りの交差点は3車線になっていて、その一番右側は長崎屋側への右折専用レーンである。この交差点の先の「ささはら歯科医院」の前の道路は2車線で、この歯科医院を過ぎると右に入れる道路があって、その道路の先から交差点までは又、3車線になる。左側は左折専用レーンで真ん中は13丁目線を直進するレーン、一番右側は西5条通りに右折か13丁目線を直進するレーンなのである。書いていても複雑である。

私はいつも長崎屋ととかちプラザ間の交差点では真ん中の車線に停まってそのまま真ん中の車線に行くのだが、この3日間とも左側の車線に停まった車が強引に私の車を追い越して真ん中車線に入ってきたり、私の車に対してクラクションを鳴らしたりするのだ。

私は真ん中から真ん中に行っているだけだ。何もオカシナ運転はしていない。オカシイのは左車線から真ん中車線に変更して入ってくる車の方だろうに・・・、相手はさもこちらが変な運転をしているかのように睨みつけて行くのだ???サッパリ訳が判らん!

これの原因は交差点の3車線がイキナリ2車線になって、すぐにまた3車線になっていることだろう。

一体、誰が道路にこんな変な線を引かせているのか知らないが、危険この上ないではないか。

誰か、こういうヘンテコリンナ道路の正しい運転の仕方を教えてくれ〜!と言いたくなるが、一番悪いのは荒っぽい運転をする十勝のドライバーである。


■2012-10-10-Wednesday 牛丼

昨夜は妻がPCの

HP造り講座に参加するから夕食は外食で、しかも手っ取り早く済ませられるモノにしないと時間に間に合わないからと云うので、牛丼で済ませることにした。

牛丼と云えば「吉野家」である。学生時代(1976-1980)には都内に新しい吉野家の支店がオープンすると、どこの吉野家でも100円セールというのをやるので、そんな日には一日三食とも牛丼を食べたものだった。

昨晩も吉野家にしようかと思ったら、大通り3丁目に「すき家」」が出来たと云う、すき家は次女が大学生時代に4年間バイトした店であるが、私も妻もまだすき家で食べた事がないので、すき家で食べてみることにしたのである。

次女は、すき家のバイトは時給が高くてしかもまかない付きだからお金が貯まるからと4年間頑張って働き、海外留学の費用を貯めたのであった。更にバイト学生には、すき家の割引券まで貰えるので、こちらの方は弟が活用していたのである。

どんな店かなぁ〜と思って恐る恐る入ったのだが・・・、吉野家はどちらかと云うと労働者や男子学生の店というような雰囲気であるが、すき家の方は雰囲気的には女性が入り易い明るく小キレイな店だなぁ〜と感じた。

メニューも吉野家よりはかなり多い。牛丼とカレー以外にもハンバーグ定食などの定食ものがかなりあった。

この日は妻に時間が無かったので、一番早く出来る牛丼を頼んだが、味は吉野家とほとんど変わらないし、まぁまぁ美味しかった。値段の方も夫婦二人で夕食が900円と云うのは安過ぎるだろう。店内には客は3組くらいしかいなかったのに店員は3人は見掛けた。こんな値段と客数で元が取れているのだろうか?

と、思いながら外の駐車場に向かったら、ドライブスルーに車が3台連なって停車していた。帯広の人は、牛丼を自宅にテイクアウトして食べるのか?驚いたなぁ〜。どうせ安い店で食べるなら、容器代だってモッタイナイから、店で食べた方が良いと思うのだが・・・。

どうも理解が出来ないなぁ〜。


■2012-10-11-Thursday オカシナ道路のつづき

9日のブログ「オカシナ道路」に

対しての返信メールを愛読者の方から頂いた。

「貴方の運転の仕方が間違っています。」と云う指摘である。

『「ささはら歯科医院」と「床屋(理容プラージュ帯広店)」の間の交差点では2車線ですが、ささはら歯科医院の先の(西5条手前の)細い中道の所から西5条通りの交差点までは3車線になります。この道路に描かれている白線をよく見て下さい。右側の車線は実線で西5条まで描かれていますから西5条で右折するか直進する(右側の)車線になります。左側の車線は中道の所から2つに点線で分かれて13丁目線に直進する(真ん中の)車線と西5条通りを左折する(左側の)車線になっています。ですから、真ん中の直進する車線に入りたければ左側の車線から入らなければいけません。貴方の運転している右側から真ん中に入ってくるのは車線を跨って入る運転になりますから間違いだと思います。」』と云うのである。

今朝の出勤時に確認してみたら、確かにメールの通りの白線が描かれていたが・・・。

でも、私には解せない。どう考えても中央からそのまま中央を通るのが間違いで、一旦、左側の車線に入ってから中央の車線に戻るのが正しいってどう云うことだ。一般にはありえないのではないだろうか?

こんなに複雑で判り難い線を、一体誰が描かせているのだろうか?

この場所で接触事故は起きていないのだろうか?

はなはだ疑問であるが、わざわざお返事を頂いたことに感謝いたします。教えていただきありがとうございました。


■2012-10-12-Friday ノーベル賞

今年のノーベル医学・生理学賞を

日本人の山中伸弥京都大学教授が受賞した。

日本人が受賞したことはとても嬉しいのだが・・・。

考えが古い様に感じるかもしれないが、個人的には「IPS細胞」のような生命を人間の手で造るような研究はやってはいけない研究だと思っているので、素直に諸手を挙げて大喜びする気持ちにはなれない。

私は寿命と云うのは「この世に生を受けたものが必ず持っているもの」で「生あるものは必ず死ぬ」と云う真理が人生を深くしていると考えている。

病気で死ぬ人、事故で死ぬ人、自殺する人、様々であるが寿命の短い、長いもその人の運命であると思っている。

身近な人間が早死にしたら、確かに悲しいことだが、それを運命と捉えなければ人間は生きてはいけない。

特に、日本人の「無常感」と云うのは、死を運命と捉えるからこそ生まれたものだろう。

かぐや姫の「竹取物語」の中にも、翁がかぐや姫を育てたお礼に天人(月からの使者)から「不死の薬」を貰うが、かぐや姫が居ないのに長生きしても仕方がないと、煙を吐く一番高い山の火口に捨てたから、その山が「不死山」→「不二山」→「富士山」になったというような話があったが、不老不死に憧れる人間は、秦の始皇帝など昔から大勢いる。小説では不老不死の吸血鬼ドラキュラが死にたいと思うなど、不死はなったらなったで虚しいものではないだろうか。

ノーベル賞受賞のすぐ後に、アメリカのニューヨークでハーバード大学客員教授を名乗る森口尚史なる人物が、IPS細胞を使って心臓手術をして成功したなんていうニュースが流れて来た。

山中教授が実用化には5〜10年は掛かると言っていたのに???と思っていたら、今朝のワイドショーでは、この森口氏の言動に疑問が噴出していると云うことである。

まだ真相は判らないが、どうにも胡散臭い話のようなのである。

しかし、森口氏はこんなに堂々とテレビに出て、話しているのに、これがデタラメなんてことがあるのだろうか?と思うのが一般人の感覚だろう。

こういう目立ちたがりで、詐欺師タイプの胡散臭い人間は、どうやら自分の空想や妄想を現実の事だと信じ込んでしまうようなのである。

私の身近にもすぐにバレル嘘を平気でつく同様のタイプの人間が居たから、私は身をもって知っているので、さもありなんと思うところである。


■2012-10-13-Saturday 映画

映画「推理作家ポー最後の5日間」を見て来た。

例に依って夫婦50歳割引きで見ると2人でたったの2000円である。昨日が封切りの2日目の土曜の夜だからたぶん混むのではないかと思ったのだが・・・。

帯広は映画ファンが少ないのだろうか?

何故だかいつも一緒になる夫婦が居たが、観客は7組14名ほどであった。

これまた例に依って、まだ見ていない人の為にストーリーに関することは書かないが、R15指定の映画なので何か描写に過激なところがあるのかと思っていたら、案の定、途中で思わずウワッと目を背けたくなるようなグロテスクな描写があった。

最近の洋画は、このアラン・ポーやシャーロック・ホームズなど19世紀の探偵モノが多いなぁ〜。先祖返りでもしているのだろうか?

でも私はこの19世紀モノの映画と云うのは好きなのである。

現代や未来のSFモノは、どうにも出てくる機械や設定などについていけないからだ。

映画としてはテンポも良くて、面白かった方だが・・・。

最後はどうにもスッキリしない終わり方であった。見終わった後に妻と、何故あそこで○○をしなければいけないんだ?と珍しく同じ箇所に疑問を感じたからだ。

さて、次は何を見に行こうか?


■2012-10-14-Sunday 日本オープン

日本オープンゴルフを

ズ〜ッとテレビで観戦した。

今年の日本オープンは、本土復帰40周年記念ということで沖縄の那覇カントリークラブで開催されたが、ものすごい強風と独特の芝に選手が随分悩まされた試合であったのでとても面白かった。

特に最終日は、選手のスコアが全然伸びずに、62人の予選通過をしたトップクラスの選手が全員オーバーパーなのであるからよっぽど難しいのだろう。

普通の試合と違って、歴史のあるメジャー大会だから選手の意気込みもすごいのだろうが、逆に緊張の為か上手くプレーできない選手もかなり見受けられた。

前日までトップだった平塚選手は最終日はスコアが伸びず、ズルズルズルズルと落としていく。

2打差の2位につけていたフィリピンのJ・パグンサン選手が他の選手がスコアを落としていく中、アジアの大会で鍛えた上手さでスコアをキープし、遂に逆転して16番までに2位に2打差をつけていた。

安定したショットをしていたからこのまますんなりと優勝するのかと思ったのだが・・・。ゴルフは何が起こるか判らない。特に強風の難コースなら尚更である。

パグンサンは17番のショートホールで、前日の小田孔明と同じにまさかの池ポチャのダボを叩いた。2打差なんだから右に打っていけば良いものを・・・。と考えるのは冷静になった終わってからなのだ。

最終18番も右に曲げてボギーを打ってしまった。

結局、久保谷選手が+8と云うスコアで大逆転優勝したのだが、こう云う日は辛抱強くプレーした選手が勝つものなのである。

地元沖縄の宮里優作も期待に応えて良く健闘したが、ショットは良いのにパットが下手くそで最後は崩れてしまった。

宮里の素晴らしいショットは私には到底打てないが、この日のパットだけなら私の方がはるかに上手いと感じたほど下手だった。

やはり、ゴルフはパット・イズ・マネーである。

単なるゴルフと云うよりも、人生の縮図を見ている様で面白かった。焦らず、腐らず、コツコツと己れが今出来る最善を尽くすこと。これしかないのだ。

テレビ観戦でこれだけ楽しめたゴルフ中継は久し振りであった。


■2012-10-15-Monday 大根葉の漬け物

今年も大根葉の漬け物を

漬ける季節がやってきた。

大根葉の漬け物は私の大好物なのだが、店では売っていないから自分で漬けるしか食べる方法がないのだ。

スーパーマーケットや八百屋では、大根を売る時は葉が邪魔になるからと切り落として売っている。農家が販売するファーマーズマーケットなどでも邪魔になるから葉を切り落としてしまうところが多い。だから、農家から直接に購入するしかないのだ。

以前は青年会議所の後輩で農家をやっているH君にお願いして、大根葉だけを分けてもらっていたのだが、「面倒なので大根も一緒に持って行っても良いか?」と云うことで、一昨年からは大根付きで貰っている。大根付きと云うのはオカシナ表現だが、私には大根そのものは不必要なのだ。葉っぱさえあれば良いのである。

H君曰く、葉っぱだけ切り落として持って行くよりも、小さ過ぎたり、大き過ぎたり曲がっていたり、二股になっていたり等、商品にならない規格外の大根を20本程度持って行った方が手間が楽だというのである。

もともと捨てるモノだから無料で良いと云うのだが、わざわざ自宅まで運んでくれるので、いつもお礼にお酒をプレゼントする。だから物々交換みたいなものか。

今年は14日(日)の夕方に届けてくれたので、月曜日の昼休みに自宅に戻って漬けることにした。

大根の葉には農薬が結構掛かっているだろうから、水洗いを5回もして農薬を落とすのであるが、これがズ〜ッと中腰のままの作業なので、腰の悪い私にはとても辛いのだ。しかし水はぬるくて助かった。いつもならゴム手袋をしなければ冷たくて手がかじかんでしまうのだが、今年は水道の水をいつまで出し続けていても全然冷たくならないのだ。

作業自体は毎年の事だから手早く約1時間ほどで終了してしまった。

今年もらった大根は太く大きい規格外のモノが多いので、急に思い立って沢庵漬けに挑戦することにした。

インターネットで漬け方を検索して、漬けてみようと思っている。まずは紐で括って、物干しに2〜3日ぶら下げるとあるので自宅の物干しにぶら下げてきた。

果たして美味しく漬かるだろうか?


■2012-10-16-Tuesday PCの調子が

私のパソコンの調子がオカシクなった。

妻がパソコンのホームページ作成の教室に通っていた今月の初週に、「HP作成用の無料体験ソフトがあって、他の生徒は皆それで練習しているから、あなたのPCにダウンロードして欲しい」と云うのでインストールしてあげた。

妻はたった一度だけしかこのソフトで練習をしなかったのだが・・・。

そのダウンロードした際に「レジズトリ云々」と云う変なソフトが一緒に入って来て、私の「PCを調べたら911もの修正個所が見つかったから修正した方が良い」とのご託宣である。修正するには修正用のソフトを購入するようになっている。つまり検査は無料でするが、修理にはお金が掛かるよということだ。

必要ないと思い。このソフトをゴミ箱に捨てたのだが・・・。

何度消しても、復活してくる。実にしつこいのだ。これじゃ〜押し売りだろう。

何とか消そうとあちらこちらと、いじくっている内に、昨日の夜から私のPCが「シャットダウン(終了)」出来なくなってしまったのだ。

そこに、例のPCの遠隔操作のニュースが流れたものだから、早とちりの私は「これは誰かに遠隔操作されているな。きっとシャットダウンさせずに繋げたままにしておいて、何か悪さをするつもりなのかもしれない」と思い込んで線だけは抜いてオフラインにしておいた。

今朝、いつもPCの管理をしてもらっている人に電話して会社に来てもらい修正してもらった。

元々、アナログ人間だから、こういう機械には弱いし、端から覚えようという気すらもない。だからコンピュータのことはチンプンカンプンである。

結局、無料ソフトをダウンロードした日に遡って、アンインストールだかをしてやれば大丈夫ではないか?と云う。私には???

この間に入れたデータ等が失われるからと云うのでフラッシュメモリーに一旦必要なデータを入れてから、再起動させたら、元に戻った。

ハッキリした原因は判らないと云うが、私はこの無料ソフトがあやしいと勝手に想像している。何せ、頼んでもいないものを、押し売りのようにしつこく送りつけて来て、素人が消そうとしても買うまで消せないなんていう販売方法はヨロシクない。

とても不快な気分である。

それにしてもコンピュータというのは恐ろしいものだ。便利さには、恐ろしさも含まれる。遠隔操作は防ぎようがないと云う。テレビのニュースを見て、またどこかのバカな奴が真似をするのだろうなぁ。

それだけの優秀な頭脳があったら、もっと良いことに使えば良いのに。


■2012-10-17-Wednesday 漬け物

大根葉の漬け物を15日

月曜日の昼休みに自宅で漬けたのだが・・・。

腰が痛くて、痛くてどうしようもない。ズ〜ッと中腰の姿勢のままでいたことが原因だろう。

翌日16日に掛かり付けの整骨院に行ったら、「一体何をやったの?背中から腰に掛けてバンバンに張っているじゃない。今日の治療で卒業のつもりだったけど、明日もう一度来なさい。」と云われてしまった。

タダでもらった大根を漬けては、整骨院代やマッサージ代を払っていたのでは、こちらの方が高く付くってもんだ。

しかし、大根葉の漬け物は売っていないから、食べたければ自分で漬けるしかないからなぁ〜。いくら腰や背中が痛くなっても、大根葉の漬け物を諦めることは出来ない。それくらい上手い漬け物なのだ。

さて、もらった20本程の大根の内、大きいものは沢庵漬けにすることにしたが、小さいものが2本ほどあるので、これを醤油漬けにしてみることにした。

PCで「大根 漬け物 レシピ」と検索してみたら簡単レシピと云うのが出てきたのでそれで漬けることにしたのだが・・・、材料は醤油、塩、砂糖、みりん、酢、トウガラシ、ショウガなどである。だが、我が家には酢が無い。私は酢が苦手なので我が家には酢が置いていないのだ。

代わりに日本酒をドブドブ使って漬けてみた。酢も酒も原料は同じだから似た様なものだろう。漬けタレは美味しく出来たのだが・・・、輪切りになったトウガラシを、入れる分量を間違えてしまった様だ。一掴み入れたのだが、これが多過ぎた。

今朝見ると美味しそうに出来ているから、ひとつ食べて見たら、実に美味しいのだ。我ながら美味しく出来たなぁと思っていたら、その後に口の中の辛いこと辛いこと。トウガラシが多過ぎたのだ。

しかし、ご飯のおかずには丁度良いだろう。

さぁ、いよいよ土曜日には沢庵漬けにチャレンジである。


■2012-10-18-Thursday カンボジアの

カンボジアのノロドム・シアヌーク

前国王(89)が15日未明に療養中の北京で死去したと云うニュースが流れた。

私は、これまでカンボジアを3回訪れているが、いずれもアンコールワットの近辺のシュムリアップという町だけで、首都のプノンペンにはまだ行ったことがない。

(何故に3回も訪れているのかは、ここでは割愛するが興味のある方はこのブログの前の方に詳しく書いてあるのでそちらを読んでいただきたい)

シアヌーク前国王の息子である現シハモニ国王の顔は、2007年10月に訪れた時に、「(通称)シハヌーク・イオン博物館」の開館式典に出席した際にすぐ近くで拝見したことがあるが、シハヌーク前国王の姿はこれまで直接に見た事はない。が、しかし、カンボジアを訪れる前に、一応サラッと勉強したカンボジアの歴史においては、シハヌーク前国王のことを高く評価しているようには感じられなかった。

新聞等ではカンボジア国民はシハヌーク前国王のことを「国父」と慕っていたと報道していたが、私はむしろ現在のカンボジアの混迷を招いた元凶ではないかとさえ思っている。

シハヌーク殿下は18歳で即位し、1953年にフランスからの独立を果たした。55年に首相に就任、70年に米国の支援を受けたロン・ノル将軍によるクーデターで追放され中国に亡命。その中国の支援を受けたポル・ポト派と組んで75年には帰国するも、ポル・ポト派に裏切られて幽閉されてしまう。

79年にポト派政権が崩壊し、親ベトナムのサムリン政権が誕生したことで再び中国や北朝鮮に亡命する。

91年にパリ和平協定で内戦が終結したことで帰国し、93年には国家元首に就任、その後国王に帰り咲いた。

90年代後半には、息子のラナリット殿下が、現首相であるフン・センとの権力闘争に敗北した。

フン・セン現首相はシアヌーク前国王を敬愛する姿勢をみせることで国民に支持を得てきたが、国王の政治的影響力は著しく低下した。

シハヌーク前国王は言動を頻繁に変えることなどから「気まぐれ殿下」と云う不名誉なあだ名をつけられるほどだから、きっと自分の信念が無い人だったのではないだろうか?自らの保身の為にその場しのぎのことをやって結果的にポル・ポトによる大虐殺という暗黒の時代を迎えてしまった。

この内戦による傷痕はいまだに癒えてていない。カンボジアのあちこちには依然として地雷が沢山埋まっていて、人々が犠牲になっているのだ。

現在のカンボジアは賄賂が横行する国として世界のワースト3に入るとの噂もある。

現シハモニ国王は2007年に拝見した時にはまだ独身とのことだったが、気品のある立ち居振る舞いで立派な方のように拝察した。政治家の権力争いに振り回されることのないように、王室の気品と権威を守ってもらいたいものである。きっと、カンボジア国民もそんな王室を望んでいるのではないか思う。


■2012-10-19-Friday 北海道土産

ここ最近頻繁に

「熊の木彫りが欲しいのだが・・・」と云うお客様からの問い合わせが増えているが・・・。

我が社の商事部門である「坂本商事株式会社」は創業が明治37(1904)年であるから、もう既に108年になる老舗である。

私の祖父である山梨県北巨摩郡出身の「勝」が明治34年に北海道移住の夢を持って、16歳の時に単身で十勝に視察に入り、明治36年に準備を整えて十勝の池田利別に渡って来た。

翌37年に池田利別で「坂本勝玉堂」を創業、鉄道開通と共に明治38年に帯広に移転し現在に至るのである。

元々は、山梨出身だけに「印鑑屋」であったが、十勝で多数産出する「黒曜石(通称:十勝石)」を印鑑彫りの技術で加工し、「十勝達磨」や「風鎮」「硯」などを制作して、本州で販売し「十勝石」の名前を広めたところから北海道土産品を扱うようになり、木彫品の販売なども始めたのであった。だからおそらく北海道の中では土産屋としては一番古いのではないかと思われる。

私がまだ幼少の頃(自宅兼店舗が火事で焼失する昭和42年まで)は職住一致であったから、鮭を喰わえた熊の木彫りが毎日、毎日数個も売れたことを記憶している。当時は新婚旅行に北海道を訪れた人達は皆、おみやげに熊の木彫りを買っていったものだった。当時は旅行というものが一生の内に数度しか出来ないという時代であり、旅行に行く人達に「餞別」を渡すと云う習慣があった。餞別をもらったからには、お返しにお土産を買って帰るのが常識であったのだ。

また、当時の家はまだまだ大きく広い一戸建ての家が多く、床の間なんていうものがあったし、棚などを置けるスペースも十分に存在した。普及し始めたテレビの上にも人形などを飾るスペースもあったのである。それが、核家族化して家が狭くなり、テレビも薄くなってモノなど置けないようになってしまった。

お土産は、口に入れて消化したら無くなる「食べ物」に取って替られたのだ。不必要な人形や木彫りなど貰っても迷惑だという風になっていったのである。

木彫り職人の高齢化と云う問題もある。工場も、作っても売れないから生産量は減っていき、後継者もいないから遂には廃業するところが続発した。いまや、北海道で熊の木彫りを造っている人は、阿寒や白老などで個人的に彫っているか、旭川で細々と運営している2〜3社しか存在しない。だから問屋にも熊の木彫りの在庫なんてものは置いていないから急な注文にはまったく対応が出来ないのである。

タマ〜に熊の木彫りが欲しいと云われても、その為に在庫を抱えている訳にはなかなかいかないのが現状なのだ。

我が社は、十勝のみやげ品の普及に努めようと、帯広千秋庵(現:六花亭)・柳月・竹屋・豆総・坂本商事の5社で「帯広みやげ名店会協同組合」を設立して、帯広駅や帯広空港に共同で出店をしていた。

しかし、ここ最近のモノとしての土産品販売の低下や、中国、韓国などの客の減少などで木彫りなどはまったく売れなくなっている。

帯広空港の「名店会」も今年の3月には豆総が廃業し、4店舗に減った。

10月末には六花亭が単独で帯広空港に店舗を造って脱退することが決まった。我が社も10月末で脱退することにした。

時代の流れとは云え、寂しいものである。


■2012-10-20-Saturday PCの調子が変だ

どうも最近私のコンピュータがオカシイ!

私は、会社と自宅と趣味用に3台のPCを使っているが、台数があるからと云ってコンピュータに長けている訳では全く無い。いやむしろ、チンプンカンプンと云う方が正しいくらいだ。

一昨日あたりから、会社で使っている最新のPCの調子がオカシクなった。どうも先日入れた無料ソフトの影響なのかもしれない。やたらとウィルスに犯されているから、この退治ソフトを購入せよと云う宣伝だか押し売りだか判らないものが画面に登場するようになった。これを出ないようにする為に、コンピュータを管理してもらっている人を会社に呼んで修正してもらったばかりなのだが・・・。

昨日の午前中はごく普通の状態であったのだが、昼食から戻ってPCを立ち上げてメールを確認する為に「Office OUT LOOK 2007」を開いたら受信が出来ないと云うエラー表示が出た。再起動したりしたが、元に戻らない。

もう一度コンピュータ管理をしている人に来てもらって直してもらおうと思ったのだが・・・。

彼が何をどうやっても元に戻らないのだ。

会社のPCにはWindows7が入っている。これはオカシイと云うことになって、自宅の古いPCのwindowsXPで「OUT Look Express」でやってみたら送受信ともに異常なく出来るのだ。

一体どう云うことだろう。

もう一度、会社のPCを、管理する人にいろいろといじくってもらっていたら、何故だか元に戻った。本人も何故復旧したか、昨日は何故復旧できなかったかよく判らないと云う。

専門家が判らないのに私に判る訳がない。

今朝の北海道新聞にも、「ウィルスに犯されていると云う偽りの情報を送って高くて、しかも役に立たないソフトを買わせる詐欺まがいの行為が多発している」と出ていた。ソフトを買わせる為に、ウィルスをばら撒いているのじゃぁないかと勘繰りたくなる。

便利なPCも狂ってしまったらまったく使い物にならないし、人間の病気と違って自然治癒するわけでもないから、ウィルスにやられたらお手上げだ。

コンピュータ無しでは、私も仕事が出来なくなっている。困った世の中になったものである。


■2012-10-21-Sunday エマニエル夫人

映画「エマニエル夫人」で

主役を務めた女優のシルビア・クリステルが60歳と云う若さで死んだことが18日に明らかになったという新聞記事を見掛けた。

「エマニエル夫人」は1974年の公開とあるから、日本では一年遅れくらいの公開だろうか?

あまり記憶が定かではないが、確か日本での公開当時、私は高校1年生ではなかったかと思う。

友人と一緒に映画館に観に行ったように記憶しているのだが・・・、と云うことは成人指定の映画ではなかったと云うことだろうか?

それとも校則の禁を犯して、停学覚悟で観に行ったのだろうか?その辺はあまりよくは覚えていない。

当時、邦画は観客が激減していた時代で、日活はロマンポルノだとか東映でもピンク路線の映画をやっていた。しかし、18歳未満禁止の映画であったから中学生や高校生では当然観ることは出来ないし、いくら性に興味があったとしても、日活ロマンポルノに出ている女優は私らの年齢にしてみたら、いかにも「おばさん」と云う感じがして、好みのタイプというか性の対象にもならない女優であったから、観たいなどとは全然思わなかった。

しかし、シルビア・クリステルは21歳くらいでエマニエル夫人に出演していたから、なによりも若かったし、私の年齢とは5〜6歳しか離れていない。邦画のポルノに出るおばちゃん女優とは可愛さがまるで違っていたのだ。

当時はこんな可憐な女性がポルノ映画に出るのかと驚いたくらいである。

映画も、音楽も良かったし、ソフトな映像で汚らしさがなく、女性の観客も多かったはずである。

シルビア・クリステルは60歳で亡くなったが、60歳ならかなり容姿も衰えていただろう。

私の大好きな女優のマリリン・モンローのように30代で謎の死を遂げたら伝説になったかもしれない。

美人や二枚目よりも先日亡くなった大滝秀治みたいな個性的な俳優の方が長続きするのだろうなぁ。

そう考えると美人女優と云うのは、実は可哀想な存在なのかもしれない。


■2012-10-22-Monday 風邪?

昨日、今日と晴れているけど

逆にその分、放射冷却現象と云う奴で気温が低くなった。

この急激に寒くなった中をゴルフをやったもんだから、すっかり身体が冷えてしまい。久し振りに風邪をひいてしまったようで、鼻水が止まらない。

温泉にほとんど毎晩通う様になって3年ほどになるが、この間、風邪はひかなくなったのに・・・。

今年の9月の残暑がきつかったから、何だか急激に秋をす通りしていきなり冬になったような感じがして、この急激な温度変化に身体がついていかなかったのだろうか?

でも、よ〜く考えたらこの気温が普通なんだよね。

ゴルフの方は、グリーンの芝が利かなくなっているから、早いこと、早いこと。ちょっと打ったらサ〜ッと転がってしまう。

寒くて、風が強い中、苦労しながら、なんとかかんとか上がってきた。

21日は高校時代の同期生S君が9月22日に開催した同年会の時にやったホールインワン記念のコンペである。

ホールインワン保険に50万円は加入していたと言うが、これなら大赤字になるだろうなぁ〜と予測できる。

私も、ホールインワン保険には50万円ずつ2社に加入しているから、いざ達成した時には保険金の100万円で対応しようと考えていたのだが・・・。何と、聞くところに依ると、2社に50万円ずつ加入していたら、最高50万円しか出ないとのことなのである。てっきり、両社の額ずつ足した金額が出るのかと誤解をしていた。

こりゃ〜来年は1社にして100万円に直しておかなきゃならないなぁ〜と思った次第である。

22日は青年会議所のOBと現役のシングルプレーヤー(皆、年取ってHCが下がったから現在は違うが)の同好会であるジュエルクラブの最終戦である。

私は総合2位のポジションに着けていたのだが・・・。

出だしのインコース10番で270ヤードの最高のティショットでスタートした。ピンまで残り90ヤードをPWで軽く打とうと思ったら、シャンクして右にOBになってしまってダボ。

13番のロングホールのティショットはやや左に引っ掛けたが、無くなるような球ではないのに、ロストボールである。4ホールを終えて早くも4つオーバーである。

私のこの日のHCは6であるから、もう万事急須。しかし、腐ることなくプレーを続けたが、歯止めが掛からずに結局87打も叩いてしまった。

年間賞は5位まで下がってしまったのだった。

まぁ、しょうがない。また来年頑張ることにしよう。


■2012-10-23-Tuesday 秋間美江子さん

アメリカ・コロラド州ボルダー市在住の

秋間美江子さんから今朝8時に自宅に電話が入り妻が出た。

「今、成田空港なの、これから札幌に行くのよ。札幌で今晩、私を囲む会が開催されるからそこで坂本さんに会えることを楽しみにしているわ!」と言うのである。

秋間さんが今回、来日することは筆不精の秋間さんから珍しく事前にハガキを頂いていたものだから、たぶん来日は10月の中旬ころだろうなぁと予想はしていたのだ。

そんな中、NHKの記者の方から、23日に札幌で秋間美江子さんを囲む会をするので坂本さんにも是非出席して欲しいとのご案内を10日ほど前に頂いたのだが、秋間さんは札幌に来る時にはいつも帯広まで足を伸ばしてくれるのが常だし、私も妻も23日は商店街の会合に出席する予定が入っていたので、帯広で会えるだろうからと欠席の返事を出していたのであった。

秋間美江子さんとは、1995年に私が帯広青年会議所の「国際環境大学構想プロジェクト」のリーダーをやった時からだから、かれこれ17年のお付き合いになる。コロラド州立大学を視察する際に、秋間浩(10年前に逝去)・美江子夫妻には大変にお世話になったことから、その後お互いに何度も何度も帯広とボルダーを家族ぐるみで行き来するような関係になったのであった。

しかし、秋間さんが来られる時はいつも突然なのである。なにせ、秋間さんは筆不精でほとんど手紙を書かないし、コンピュータは持っていない、ましてや携帯電話も持っていない。一旦、彼女が移動し始めたら、こちらから連絡を入れる手段はまったくないのである。

2年程前に秋間さんが来日した時などは、帯広の銭湯温泉「水光園」に妻と二人で入浴に行ったら、妻が何と入浴中にバッタリと秋間さんに会って「あら、明日坂本さんに会いに行こうと思っていたのよ!」なんて云うこともあったくらいに、いつも突然なのである。

しかし、秋間さんは「今回は帯広には行けない」と言うのである。

3年前に長女がやっているフィギュア・スケートの16名の団体で滑る「シンクロナイズド・スケーティング」の世界大会がコロラド州のコロラドスプリングス市で開催された際に、秋間さんはわざわざ観に来てくれて、私と妻を観光にも連れて行ってくれたのだった。ボルダーとコロラドスプリングス間は札幌ー帯広間よりもはるかに遠距離なのに、当時82歳の老夫人が自分で車を運転して・・・。その時の恩義もあるし、秋間さんは85歳で癌の手術も数度も受けている身である。本人も「来日するのはこれが最後かもしれない」なんて弱気なことを言うものだから、急遽、妻と二人で札幌に行くことにしたのである。

今回の秋間さんの来日目的は、第二次世界大戦時に北大で起きたスパイ冤罪事件に関するものである。

その事件とは『日本が真珠湾攻撃を開始した太平洋戦争開戦日の1941年12月8日早朝。この時、外国人を中心に170名(内日本人61名)の人々がスパイ容疑で検挙されたのであった。当時、北海道大学2年の宮沢弘幸さんと北大予科の英語教師ハロルド・レーンさん、妻のポーリンさんの3人が軍機保護法違反などの嫌疑をかけられて逮捕され、それぞれが懲役12〜15年の刑を受けたのであった。宮沢さんは網走刑務所の獄中で激しい拷問を受けている。旅行や登山が好きな日本の学生と、米国人教師との人間的な交友がスパイであると決めつけられて、彼等や彼等の家族の人生すべてが打ち砕かれたのだった。宮沢さんは1945年10月釈放されたが、獄中での栄養失調と肺結核で衰弱し1年4ヶ月後の1947年2月22日に27歳で死亡した。』これは「レーン・宮沢事件」と呼ばれる冤罪事件であるが、この時、北海道の特高警察が一番酷かったらしい。点数稼ぎの為に、何でもない人達をスパイにでっち上げて検挙したのでないかと思われる。この時の北大生、宮沢弘幸さんが秋間美江子さんの実のお兄さんなのであった。

私が、この事件のことを秋間さんから聞いたのは2年前の来日の際であった。秋間さんにとっても、つらい事件であったのであろう。

この事件に関しては、真相を究明する動きはあるが、裁判資料などがアメリカ人が関わっているとのことで終戦時に進駐軍が来る前に処分されており、なかなか進んでいないのが現状である。

今回はこのお兄さんが北大の学生時代に作った写真アルバムを、資料として北大に寄贈する為の来日である。

秋間さんを囲む会には、真相究明のための支援者である弁護士や学者や元新聞記者、現役の新聞記者など私達夫婦も含めて15名が札幌市内のレストランに集まったのであった。

秋間さんは、レーンさんにも北大にも好い感情は抱いていなかったと云う。終戦後も「スパイだった人の家族」と世間から冷たい目でみられ、肩身の狭い思いをしていた秋間さんが日本に居ずらくなってアメリカのボルダーに移住した理由は、このお兄さんの事件による影響が大きかったようだ。しかし、数年前にレーンさんの墓前に参ってレーンさんに対するその悪感情を改めたと云う。

今回は北大に資料としてアルバムを寄贈する際に、支援者の方から「お兄さんの退学処分の撤回を申請してはどうか」と勧められているという。果たして大学がそれを認めるかどうかはまだ判らないと云う。

恐らく、明日の新聞やニュースになるだろう。結果を注視したいが、秋間さんの北大に対する感情も良い方向になることを祈りたい。


■2012-10-24-Wednesday 秋間美江子さん2

24日夕方6時からのNHKの

「ニュースネット北海道」で秋間さんが北大にお兄さんの写真アルバムを「レーン・宮沢事件」の資料として寄贈する模様が放送された。

どうやら、北大は宮沢弘幸さんの退学処分の取り消しは確約しなかったように思う。もし、それが確約されていたら、このニュース番組でも公表したであろうからだ。権威を大切にしたい方々と云うのは頭が固いというか、例え、はるか前の本人が無関係だった時代の事でも、先人の誤りを認めたくないというのであろうか・・・。

このニュースで、秋間さんに寄り添っていた男性は、昨夜の「秋間美江子さんを囲む会」でお会いした千葉県在住の山野井孝有(80)さん(元・毎日新聞印刷部長)である。

今回、秋間さんを成田空港に出迎えて、札幌までエスコートしてきた方でだ。

囲む会に出席した15名のメンバーは初対面の人も多く、それぞれが、いかに秋間さんと知り合ったのかと云う自己紹介を一人10分以上も掛けて熱弁をふるった会でもあったが、中でも特に印象深かったのがこの山野井さんであった。

山野井さんの息子さんである泰史さんは日本で3本指に入る有名なアルピニスト(登山家)であるらしい。「らしい」と書いたのは、私は、登山家がなぜ身の危険を冒してまで山に登りたいのか、その登山家の気持ちがまったく理解できないからだ。だから登山というものには全く興味が無くて、登山家の名前など一人も知らなかったから、「息子はアルピニストの山野井泰史です」と聞かされてもどんな方なのか見当もつかなかったのである(もちろん後からPCで検索してものすごい方だと実感した)。

この泰史さんが27年前の1985年にコロラドで登山中に事故に遭い膝に大怪我を負ってボルダーの病院に搬送されたが、秋間さんはその病院でボランティアをしていた。病院からの「英語が十分に話せない日本人青年の患者が居るから来て欲しい」との要請で呼び出されて親切に対応してくれたのがお付き合いの縁であるとのこと。

アメリカの病院は、日本の病院とはシステムが大きく異なり、患者が払える金額に依って治療方法のレベルがまったく変わるのだと云う。

秋間さんは泰史さんに「治療はどの程度のレベルでして欲しいか?完全に元に戻すレベルの治療なら○○円、後遺症が残っても仕方がないというレベルなら○○円」と説明したら、「これからも登山は続けたいから完璧に治療してもらいたいが・・・」と言ったそうな。泰史さんに「お金は持っているか?」と尋ねたら「持っていない」と言う。泰史さんは親に迷惑は掛けたくないと思っていたようだが、金が無ければ完璧な治療が出来ないからと、秋間さんが泰史さんに内緒で、日本に居る親の孝有さんに電話して治療資金を工面したと云う。これ以上の詳しいエピソードはここでは割愛するが、山野井さん一家とはそれ以来のお付き合いだそうだ。

秋間さんのボルダーの家には、学生時代にアメリカ旅行していた故小渕恵三元首相も滞在して秋間さんのお世話になったそうで、秋間さんが後に日本で総理大臣表彰を受けた時に、「あら〜貴方は・・・」となったらしい。秋間さんは面白いエピソードには事欠かない方だが、その中に私も入っているかと思うと嬉しい限りである。

秋間さんには、これからも元気にしてもらい、日本とアメリカの橋渡しを続けてもらいたいと願っている。


■2012-10-25-Thursday 都知事辞任

東京都の石原慎太郎都知事が突然辞任した

と云うニュースが流れてきたので驚いた。

何か不祥事でも?と思ってネットのニュースを見たら、新党を結成して国政に戻るとのこと。

会見の模様を聞いていると、憲法改正をしなければいけないとか、文科省のゆとり教育が悪いとか、外務省が悪いとかと言っていた。

同意する部分もあるにはあるが、この方の発言は、やたらと勇ましくは聞こえるが・・・。なんだかナルシストの発言を聞いているようで本当に日本全体の為を思っての発言なのか少々疑問に思う。

前回の都知事選挙では、後継者として考えていた神奈川県知事の松沢成文氏への支持が広がらず、アホな都民が東国原前宮崎県知事を都知事にでもしたら大変だと、自民党の都議らから「任期半分の2年でも良いからやってくれ」と懇願され、急遽、立候補したのであろう。

人気だけで選ぶ日本人の情けなさもあるが、松沢は何のために神奈川県知事を辞めたのか意味が無くなってしまった。自分が出る出ないで、他人の人生をもてあそんだといえるのかもしれないではないか。

この時期の突然の辞任は、恐らく今年中に衆院の解散総選挙が行われると見越してのことであろう。

確かに、今の民主党政権は酷過ぎるから、一刻も早く替って欲しいが、さりとて自民党も安倍じゃぁ〜なぁ〜・・・。だが、今更、80歳の方に登場願うのもいささか違う気がする。もっと、我々の世代の政治家に頑張ってもらわなければならないのだが・・・。

政治家の質があまりにも低過ぎる。

石原慎太郎は、官僚が悪いと言うが、政治家のレベルの方が低過ぎて、官僚を上手く使えていないのだから、政治家の連中をなんとかして欲しいものだ。

石原慎太郎は、橋下大阪市長を高く評価しているようだが、私は疑問に感じる。この両者はとてもエキセントリックな発言をして物議を醸すが、中身が薄いと感じるからだ。地方自治の長なら外交はほとんど無いだろうが、首相としてこの手法で外交をやったら、日本は世界から孤立してしまうのではないだろうか?

なんだか、政治の世界もきな臭くなってきたようである。


■2012-10-26-Friday マッサージ

どうも腰が重い。

中学生の時に鉄棒から落下して以来ズ〜ッと痛めたままなのだ。その後、軽いギックリ腰も数度やっているが、その前兆として腰が重た〜く感じるようになるのだ。

先日、札幌への往復で列車に乗っていたからだろうか?

季節の変わり目が特に良くないのだ。

こう云う時は、マッサージをしてもらうにかぎる。贔屓にしているマッサージ師の森山さんは先代の頃から、かれこれ30年くらいも治療してもらっているが、最近は人気が高くて、なかなか予約が取れないのだ。

私の空いている時間と、森山さんの空いている時間が合致しない場合は、そのままにしておくと辛くなってくるので、仕方なく温泉銭湯のマッサージさんにやってもらっている。

温泉にジックリ浸かってから60分間揉んでもらうのだが、やはり慣れていて私の身体の悪い箇所を知ってもらっているマッサージさんの方が効きが違うし、マッサージの値段も森山さんの方が安い。1時間30分タップリ揉んでもらって4000円なのが有り難い。

マッサージは揉んでくれる人に依って、強弱にかなりの差があるが、私は中学生の時分から揉んでもらっているから、軽い揉み方では効かない様な気がしているのだ。

森山さんはかなり強く揉んでくれるので、私には合っているように感じる。

今日もタップリ、キツク揉んでもらってスッキリした。これでまたしばらくは腰も状態も良くなるだろう。

やはり定期的にマッサージを受ける方が予防にもなるようである。


■2012-10-27-Saturday 風呂場の

我が家の風呂場の戸が壊れている。

風呂場の戸は中折れ戸と云う形式で、戸がレールから外れてしまっているが、もうかれこれ半年以上は壊れたままの状態なのである。

しかし、ここ2年以上はほとんど毎日の様に温泉浴場に通っているから、我が家でお風呂に入ることはめったになく、せいぜいがシャワーを浴びる程度にしか使っていなかった。それに壊れた6月頃からは気温が高い日が続いていたから、風呂場の戸が開いていても寒いと云うことはなかったのでたいして気にしていなかったのだ。

ところが、今日は妻が温泉には行きたくないと言い出した。私一人だけで行こうと思って準備を始めたのだが「一人だけで行くの?」と嫌味を言って行かせないようにする。別に温泉に一緒に行ったって、男湯と女湯に分かれて入り、時間を合わせて出てくるのだから、ただ単に行き帰りの車が一緒なだけなのだが・・・。

私一人だけ温泉に入って、自分は自宅の風呂だと差があるようで気に入らないのだろう。妻一人だけしか入らないのにお風呂を沸かすのもモッタイナイので、仕方がないから久し振りに自宅のお風呂に入ったのだった。

ところが戸が壊れているから、戸が半分開いた状態のままなのだ。ここ最近は急激に気温が下がっているから、お風呂場にも冷気が入って来る。身体を洗っている内にすっかり身体が冷えてしまうのだ。

いつ何時、また自宅の風呂を使うかもしれない事態になるかもしれない。これはすぐに直さなければならないだろう。

自宅は直さなければならないところが一杯ある。

今のフローリングが飼っていた犬の爪でボロボロになっているし、絨毯を貼っていた両面テープの跡が残っている。家の壁紙にも16年間の犬の臭いが染み付いて臭うから替えなければならない。

直すとなると結構大がかりな工事になりそうである。いつごろ直そうか思案中である。


■2012-10-28-Sunday 日曜日の過ごし方

今朝は朝からダラダラとしている。

風邪が治りきっていないのと、昨夜の酒の飲み過ぎで身体がダルイ。

昨日は、青年会議所OB会の今年の会長輩出年の昭和31年生まれと、幹事長輩出年の35年生まれの連中が、親睦で始めたゴルフコンペの納会に参加してきた。私は中間の33年生まれで本来は無関係なのだが、ゴルフ好きだからと誘われたので参加したのである。

何かかにかの理由をつけてゴルフを少しでも多くやろうという魂胆を見透かされているということか。

土曜日の27日は10月末にしては天気が良くて風も無い絶好のゴルフ日和であった。

17名が参加して帯広国際カントリークラブでプレーしたが、ボールが曲がって木の中に行くと枯葉だらけでボールが見つからないから、ボール探しで時間が掛かること掛かること。グリーンも芝目が利いていないからフローリングの上でパットしているかのように早い。西コースは最後の9番でダボを叩いて42打、東コースはこれまた最後の9番で、左の林の中に打ち込み木の真後ろで右打ちでは出せないから5番アイアンで左打ちを試みたが空振り、次はバンカーに入れてトリを叩いて44打であった。

打ち上げの懇親会は、JCの先輩が経営する居酒屋「りょうま」でおこなった。一人5000円会費で飲み放題だが、飲み放題と言っても安いそれ用の酒ではない。日本酒も焼酎も高い酒をバンバン出してくれるので、皆、いい気になってガバガバ飲んだ。17名で日本酒の1升瓶を3本空にし、焼酎も720瓶を2本空にした。ビールも一体何杯飲んだことか。料理も次々と美味しいものを出してくれるので、完全に赤字状態だろうが、また来年もやってくれると云うから、先輩と云うのはありがたいものだ。

飲み過ぎて自宅に戻ったが、ここで止めておけば良いのに、また自分で焼酎を飲んでしまう。明日が日曜日でスケジュールが入っていないという気安さもあるから、ついつい度が過ぎてしまった。

日曜日は11時過ぎまで寝ていて、昼食を食べがてら新しくオープンした電気屋に行こうかと云うことになった。私の息が焼酎臭いから妻が運転して電気屋に行ったのだが、混んでいて車が並んでいるから、止めて戻ってきた。並んでまで見るほどのものでもない。

自宅に戻って、男子ゴルフ、女子ゴルフ、男子シニアゴルフのテレビをズ〜ッとベッドの中で寝ながら見ていた。

それぞれ、ツアーの特徴があって面白い試合であったが、3戦とも日本人以外の選手が優勝したのは情けない。もっと日本人選手よ頑張れ!


■2012-10-29-Monday 政治の・・・

石原慎太郎が都知事を辞任してから

政治に動きが出てきたようである。

東京都知事選挙には、東国原前宮崎県知事が立候補する意向のようだが・・・。

宮崎県みたいな小さな県の知事と、日本の首都の知事とでは政治的影響力はまるで天と地ほども違う。

立候補するのは当人の権利だから止める事は出来ないが、選ぶのは都民なんだから、北海道民の私は東京都民がバカばっかりではないことを祈るしかないのだが・・・。

猪瀬副知事もモノの言い方が気にいらないが、まだ東国原よりは数段まともな人間であろう。しかし、ここにきて、白洲次郎の孫だとか、蓮舫だとか小池百合子だとかの声も候補者に上がっているらしいから、ドングリの背比べで票が割れるようなことになれば東国原にも勝機が出てくる可能性がある。

あんな程度の低い奴が東京都知事にでもなったら世も末である。私は真剣に日本を脱出する計画を立てなければならないだろう。

民主党からまた2名脱退者が出て、後6人で過半数割れになる瀬戸際まできた。過半数割れになったら「内閣不信任案可決」が可能になるから、そうなったら解散するしか野田首相にも手がなくなるだろう。

その民主党を脱退した2名は「減税日本」に行くという。これで減税日本も5名の国会議員を得て政党として要件を満たすことになるというから、小さな政党が沢山出来て、皆キャスチングボードを取ろうと躍起になっているようだ。

これが3年前に2大政党制を目指した国の姿ののだろうか?

私は日本には2大政党制は合わないと思っているから、これを機会に選挙を小選挙区から中選挙区に戻せば良いと思っている。どうせ、違憲状態なのだから、思い切って改革をしてもらいたいものだ。

果たして今回の一連の動きが正となるのか邪となるのか。選ぶ国民にかかっているだろう。


■2012-10-30-Tuesday とかち帯広空港

とかち帯広空港に

「帯広みやげ名店会協同組合」の一員「民芸品のさかもと」として出店していたが、今月一杯で退店することになり、29日の最終便が飛び立った後に、商品を引き上げに行った。

19時に自宅を出て空港に向かったが、空港までの道のりはものすごい霧である。自動車のライトを遠目にすると真っ白になって全く前が見えないから、近目にして前のめりの体勢になってユックリと運転していった。

「帯広みやげ名店会」は昭和42年頃に「坂本商事(民芸品)」「帯広千秋庵(菓子)(現六花亭)」「柳月(菓子)」「竹屋(菓子)」「豆総(豆菓子)」の5店で協同組合を設立して旧帯広空港に出店したことに始まる。

これ以前に、当時父が十勝観光協会の副会長を務めていて、本州などのデパートなどで十勝物産展が開催される時に十勝の観光菓子や土産品などの店を集めて出店していたのがベースになったのである。

帯広空港が開港した際に、空港が狭くて売店のスペースが取れないという空港会社に、帯広の土産物を置かない空港があるかと、出店交渉をして小さなスペースを確保したが、場所が狭いところにショーケース2本分のスペースしか取れないので5社で相談して協同組合を作って出店することにしたのである。

その後、帯広駅が改修された際に、ステーションデパートが作られ、そこにも「帯広みやげ名店会」として5社で協同出店したのである。

いずれの会社も先代達が仲良く商売をやっていた。ライバル同士である同じお菓子屋が4社集まったが、1社だけ「さかもと」が異業種だったから緩衝材的な、もしくは接着剤的な役割を果たして上手く機能していたようである。

5社の会社全てが先代が亡くなり、2代目3代目の時代になって、会社も大きくなり、昔のようにはいかなくなってきたのは時代の流れかもしれない。

今年の2月頃に、豆総さんの工場が火災で焼け、社長の体調不良ということもあって廃業することになり、名店会も5社から4社に減った。

これを機会に六花亭が名店会から脱退して単独で店を出したいということになり、「さかもと」も今月末で脱退することになったのだ。

帯広空港のような地方空港では客数は少ない。一般客がわざわざ空港まで買いに来るわけもないから、当然ながら客は搭乗者の中の数パーセントしかいないのである。1日6便の東京ー帯広便だけでは乗降客も限られているところに、道東高速道が開通したから、安くて便数も多い新千歳空港に自動車で行ってしまう人が増えた。

土産品もかつての熊やアイヌの木彫人形などは、買う人が居ないから工場や問屋も廃業するところが多い。もはや土産品は食べたら無くなる場所を取らないお菓子が主流なのである。

先代が腐心して作った名店会を辞めるのは心苦しいがやむをえない状態でもある。残った店には頑張って続けてもらいたいと思う。


■2012-10-31-Wednesday 日本シリーズ

日本ハム対巨人の日本シリーズ第4戦は

現在のプロ野球には興味がない私にも面白かった。

銭湯のサウナと露店風呂のテレビで観戦していたが、風呂に浸かり過ぎて身体がふやけてしまうほどであった。

第1戦目は栗山監督の吉川投手起用に疑問を持った。第2戦の武田と起用法が逆だろうに・・・。

それでも第2戦、第3戦、第4戦と緊迫した試合の連続で面白くなってきた。特にこの第4戦みたいな試合を勝つのと負けるのとで大違いである。

これで2勝2敗の五分になったが、精神的には日本ハム有利になったのではないだろうか?

明日の先発はまた吉川だということだが、これにも疑問だ。吉川は自信喪失しているから良い結果にはならないだろう。

4番の中田も替えた方が良いと思うが栗山監督は頑固だからなぁ〜。

短期決戦と長期戦とは戦い方を変えても良いと思うのだが・・・。

まぁ、なんとか頑張って王手をかけて東京ドームに行ってもらいたい。