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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2014-04-01-Tuesday エイプリルフール

今日4月1日は

エイプリルフールで嘘をついても良いとされている日だからと云う訳ではないだろうが・・・。

例の小保方さんのSTAP細胞の件で理研が会見をした。

理研の調査委員会は1日に記者会見をして、論文の画像に意図的な捏造と改竄にあたる不正があったとの最終報告書を発表した。

不正は論文の筆頭著者である小保方晴子ユニットリーダーが単独で行なったと認定した。これに対して小保方女史は理研に不服を申し立てる考えを弁護士を通じて示した。

理解出来ないのは、これだけ世界的に注目される発表をすれば、いろいろな学者達が検証することは分かっているはずだ。であれば、すぐにバレることも分かっていたはずだ。それなのに何故このような幼稚なデタラメをやったのかということだ。

小保方さんが不服を申し立てると云うから、まだ完全な真相解明には至っていないと思うが、どうも小保方さんはかなりな劣勢であるように感じる。

以前のブログにも書いたが、私が感じるところ小保方さんはかなり思い込みの激しい人のように思える。こういうタイプの人は、自分の頭の中で作り上げた妄想に近いことを、まるで真実であるかのように思い込んでしまう傾向にある。

真実であると思い込んでいるから、他人を騙しているという感覚も無いのだろう。また真実であると思い込んでいるから他人に対する説得力も出てくるのが困りものなのである。

自分で意識しながら詐欺をはたらく人間との区別も付きにくい。

こういう人は「自分がやっていることは絶対に正しい」という自信を持っているから、このように落ち度が明るみになると、それは自分の所為ではなく、他人が自分を陥れようと画策している陰謀だと言い出す傾向が強いのも特徴である。

ちょうど同時期にみんなの党の渡辺喜美党首が、自らの落ち度を江田氏らの陰謀だと言い出しているのと似ているようにも感じる。

江田氏はそれに対して大人の対応をしているが、窮鼠猫を噛むような「陰謀論」を持ちだして論理をすり替えようとしてもそれには無理があるだろう。

この種の人は自分の落ち度は棚に上げて、自らを反省することなく、他人への攻撃に向かってしまうのだ。

大人気ないと云えばそれまでだが、精神的にまだ成長していない、ワガママな人間に多い傾向がある。

私の近くにもこういうご仁らがいるからよく分かる。自分は悪くないから一切の説明や釈明はしないのだと言っているそうだが、たんに世間を納得させるような説明できないだけのことであろう。役員としての最低限の説明責任すら果たそうとしていない無責任な奴というだけのことである。しかし、このままウヤムヤにしてしまおうとしても世間はそれを許さない。

しかし、理研の会見も何だか小保方さん一人に責任を押し付けているようにも感じる。まさか、エイプリルフールに合わせて会見を開いた訳ではなかろうが、後から「ウソぴょ〜ん」なんて言い出さないだろうな。


■2014-04-02-Wednesday 天変地異

日本海の

京都近くでイルカが500頭ほど海面から跳び跳ねながら北上している映像がニュースになった。

テレビでも、最近の日本海側では深海に棲むダイオウイカが数匹網に掛かったりしているから地震の前兆ではないかとも言っていたが・・・。

朝方のニュースで地球の裏側である南アメリカのチリでマグニチュード8.2の巨大地震で津波が発生し日本にも到達するのではないかと言っていた。

東北では以前にチリで発生した津波によって大きな被害を受けた事があると云うから3.11の津波被害があったばかりである東北は注意が必要だろう。

およそ1万5千キロメートルも離れた地球儀で見ると真裏にあたるチリからの津波が21時間程度で日本に到達するというのだからそのスピードに驚く。新幹線並みのスピードだと云う。

太平洋には波の障害物となる島が少ないから日本にまで到達するらしい。

チリから日本に津波が来ると云うことは、逆に東日本大震災の際に発生した津波がチリにも行ったということなのだろうなぁ。その辺のニュースは日本の被害ばかりが報道されていたからよく分からないが、おそらく北アメリカ大陸や南アメリカ大陸の太平洋側には津波の被害があったのだろうと思う。

内陸地で海から50キロメートル以上も離れている帯広に住んでいると津波というのはあまりピンと来ないが、津波は陸地にぶつかって跳ね返ってくるというので、一旦去った波が、また戻って来て波と波が重なって増幅する可能性もあると云うから、沿岸部では危機管理を事前にしておくことは重要なことだ。

イルカの件が大地震の前兆でなければ良いのだが。


■2014-04-03-Thursday 捕鯨

31日に

オランダのハーグ国際司法裁判所は日本が南極海で行っている調査捕鯨は違法として中止するようにオーストラリア政府が起こした裁判で「科学調査の為とは言えず、国際捕鯨取締条約に違反している」との判断を示し、現状での調査捕鯨の中止を言い渡したというニュースであるが・・・。

以前に「馬肉食」の件でこのブログに、馬はカワイイから食べられないと云う言葉には反発すると云う類のことを書いたが、それと「鯨肉食」は同じことである。

鯨がダメだというのは絶滅危惧種だから殺すなという理屈なら理解できるが、鯨はカワイイ動物だから、知能が発達した動物だから等という理由で、ある種の動物を食べないというのは、宗教的な教えで豚肉を食べないイスラム教徒などとは根本的に異なる。

ベジタリアンが動物を殺すのは可哀想だから肉を食べないというのともまた異なる。

西欧人の「自分達の文化が一番」であるから、西欧文化を世界のスタンダードにするのだという思い上がりも気にくわない。

その国特有の文化は守っていかなければいけない。だいいち世界中が同じ文化になってしまったら、私の好きな旅がつまらなくなってしまうではないか。

今朝の朝日新聞の天声人語欄に載っていたが、2日の朝日新聞の川柳には「来世ではクジラがいいとカンガルー」というのが載っていたそうな。

この川柳には、オーストラリア人はカンガルーはバンバン食べるくせに鯨を喰うななんて・・・という皮肉も込められているのではなかろうか。

アボリジニの文化を破壊したオーストラリア人が、日本の鯨肉食という文化を否定することは僭越な行為だと思う。

かのペリー来航も捕鯨の為だったという話もあるくらいで、欧米人は明かり取り用の油として鯨をバンバン殺して、肉は食べずに捨てて油しか使わないというモッタイナイことをしていたくせに・・・。日本人は鯨を骨に至るまで捨てる箇所なく全てを活用していたのだ。

日本人の「いただきます」という言葉には「生命を頂く」という意味もある。命あるものを殺して己が生命を永らえさせるのであるから、感謝して頂く、モッタイナイことをしないという文化である。

昭和40年頃は我が家でも鯨のステーキというのを良く食べたものだった。醤油と実にマッチした味であったし、牛肉なんかよりもかなり安価であったからだ。しかし、最近では鯨肉は贅沢品になってしまった。

鯨肉食が世界の中では少数派だということは日本人も認識する必要があるだろう。どうも日本人はアピールの仕方が下手なのではないだろうか。

鯨肉食という文化を残したいなら、方法とアピール手段をしっかりと考える必要があるだろう。


■2014-04-04-Friday 男?女?

数種の新聞の書評欄に

中原清一郎著の「かのん」が面白いと載っていたので読んでみた。

例によって詳しい内容はまだ読んでいない人の為に書かないが、脳移植の物語である。

脳移植といえば学生時代に読んだロバート・A・ハイライン著の「悪徳なんて怖くない」が思い出される。余命いくばくもない大富豪の男性老人が若い女性の身体に脳移植をするSF小説である。

井上ひさしの「吉里吉里人」の中にも男性の老人の脳を若い女性に移植する話が出て来た。

男性に生まれたのに、若い女性になると云うのはある種、作家に取っての格好の材料なのであろう。

脳移植に限らず、男性の意識が女性の身体に転移する話も多くの作家がテーマにしていて例えば浅田次郎が「椿山課長の七日間」という小説でも書いていたし、遠藤周作は「大変だァ」と「あべこべ人間」でセックスチェンジ物を2冊も書いていた。

人間には変身願望というものがあるから異なる性になってみるというのは究極の変身なのかもしれない。

女性同士の脳移植は、あまり美しいとはいえない女性警察官が、超美人の身体に脳移植されるという話は大沢在昌の「天使の牙」で描いていた。

脳移植というのはまだ現実には出来ていないからこその夢物語りなのだろうが、「心」は脳に存在するはずだという科学と、魂は果たしてこの世に存在するのかという問題があって面白い。

確か「悪徳なんて怖くない」でも脳を移植された身体の中には、以前の身体の持ち主の意識が残っていて、時々意識が出てきたように記憶していたが・・・。

そんなことを思いながら読んだら、2日の北海道新聞夕刊に『性別変更後「母親」に』との見出し、大阪家裁で性同一性障害で男性から女性に性別変更手術をし、男性と結婚した人が、児童養護施設から引き取った男児(3)との特別養子縁組を申し立て大阪家裁がそれを認めたという記事を読んだ。

これまでは男性から女性に性別変更した人が「母親」になる為には子のいる男性と結婚するか養子縁組をするしかなかった。日本では女性に性別変更した人が特別養子縁組(養子縁組とは異なり実の親との親子関係が消滅して養親の実子となる)で法的に母親と認められたのは初めてだという。

昨年12月に最高裁で女性から男性に性別変更した人が、妻(普通の女性)が第三者との人工授精で出産した子どもとの嫡出関係を認める決定を出したが・・・。

これでますます男性とは何か、女性とは何か、父親とは何か、母親とは何か、子どもとは何かが混とんとしてきた。

こうなると谷甲州の小説「エリコ」みたいに、男性が女性に性別変更手術をする際に女性の子宮を移植して、元男性が子どもを出産して本当の母親になるなんてことが現実になる日が近いのかもしれない。


■2014-04-05-Saturday 北の屋台卒業

先月で北の屋台を卒業した

「オブリガーダ」と「うさぎのしっぽ」の2軒を訪れた。

オブリガーダの村上英子さんは、私がまだ北の屋台の専務理事を務めていた第2期から入居した店主で、ブラジルから帰国してゴルフ場のキャディをしながら子どもを育てていた人だ。

開店当初は接客や料理もまったくの素人であった。そもそも北の屋台の店主は元々素人が多いのだが、それにしてもあまりに飲食店の知識がなかったので心配になってメニュー開発などの面でいろいろとアドバイスをしたものだった。その後、第3期、4期と本人の努力もあってメニューも格段に増え、お客さんも付いて順調に推移してきたようだ。

去年8月末の組合の解散発表やその後の撤回などの騒動があったが、その際に店主らに何らの報告もない組合の無責任さに憤ったことなどから今回の独立につながったようである。

北の屋台の西側にある「うまいもん通り」の中に新しく店を構えた。店の大きさは北の屋台の2倍の大きさで、(北の屋台に出店した当時はまだ幼かった)娘さんと一緒に切り盛りしている。屋台の時とは店の雰囲気も格段に良くなって明るくなっているし、メニューも十勝産の食材を活用したものが多く店の特色というものを良く考慮していると感じた。

先客で居たお客さんは十勝外の人のようであったが、屋台の時から出張で帯広の近くに来たら必ず立ち寄る常連さんの様子であった。村上さんも北の屋台育てて貰って有り難かったと言う、こういう展開の仕方は嬉しいことである。

もう1軒の「うさぎのしっぽ」は北の屋台の東側の恵小路の2階に小洒落た和風の店を新たに開店した。

狭い急な階段を昇って入る店で、目立つ看板も付いていないから探すのに苦労しそうな店だが、店主は隠れ家風の知る人ぞ知る店にしたいと言うから、これも店の特色を考えた展開である。

メニューも余所の店にはないような変わったものがあるし、カウンターの下にもオリジナルの創意工夫があって楽しい発見のある店になっている。

店主の木幡裕之夫妻は北の屋台の「うさぎのしっぽ」としては私が北の屋台を辞めた後の第3期からの入居であるが、第1期の時に北の屋台のスタンドバーのバーテンとして働いていたこともあり、また青年会議所の後輩ということもあって知っていた。

彼ら夫婦もやはり組合の解散騒動から嫌気がさして独立したという。

北の屋台の本来の目的は、北の屋台は原則1期3年若しくは2期6年で卒業して、街中のシャッターが閉まった店に店舗を構えることで街を活性化させようというものであるが、独立する屋台店主が組合に対して不満を持った形で卒業させるというのはヨロシクない。

本来、組合は屋台店主らが独立し易いように、商売の仕方を指導し、固定客を獲得させる手立てをし、そして開店資金を貯めさせる手助けをしなければならないのだ。

店主が独立して店舗を構える為には、会計上の正しいお金の使用法も指導する立場にあるはずの組合が、その貴重な店主から預かったお金を、勝手に目的外使用し、その使用内容すら報告しない行為は組合としてはあるまじきことである。

これは、もはや法律的にどうのこうのと云う問題以前よりも、何の為に組合が存在しているのかという基本的な問題なのである。

ことの本質を忘れた運営が組合をダメにしたのだと考える。

彼ら2店の独立のキッカケには、不満が残るものの、北の屋台の卒業生の店には繁盛してもらいたいと思う。


■2014-04-06-Sunday 白雪姫さつじん事件

映画「白雪姫さつじん事件」を観てきた。

例によって「夫婦50歳割引き制度」で鑑賞したのであるが、4月1日からの消費税増税の影響で一人1100円に値段が上がっていた。

それでも2人で2200円は安い娯楽である。

原作は湊かなえである。この人の小説は実に心理描写がすごい。人間の心の闇を描かせたら当代一の作家ではなかろうかと思う。

出演者は、最近映画では売れっ子になっている井上真央である。ごく最近観た映画でも「永遠のゼロ」や「謝罪の王様」にも出演していた。

これまた例によって、まだ観ていない人の為に内容の詳しい解説はしないが、この映画のテーマは「噂」と「嫉妬」ではないだろうか。

最近流行りの「ツイッター」が画面上にも文字で出てくるが・・・、私のハンディフォンはいわゆるガラケーと云うやつだから、ツイッターだのLINEだのと云うものはやったことがない。電話のメールさえようやく出来るようになったばかりなのである。

私の信条は「便利さが殺すコミュニケーション・不便さが生み出すコミュニケーション」であるから、携帯電話なんて道具の便利さは「適度な便利さ」に留めておかなければ、逆に機械に振り回されてしまうと考えているのである。

かの天才チャップリンが78年も前に既に「モダンタイムス(1936年)」で機械化される世の中を皮肉っていたが、現代人はまさにスマホに支配されているかのようだ。

便利さには後戻りできない「不可逆性」があるから、あまり一気に便利にし過ぎてはいけないのである。

映画の中で、綾野剛が演じた冴えない男赤星が仕事中にもひっきりなしにツイッターで呟いている場面が出てくるが、今のツイッターをやっている人達っていったい何の為に呟いているんだろう。

こんなにしょっちゅうツイ〜トばかりしていたら仕事に集中出来る訳がない。

無責任な「噂」話がツイッターで全国に一気に拡がっていく様は実に恐ろしいことである。一人一人が何気なく無責任なことをつぶやいても、それが集合すると恐ろしいほどの威力を持って攻撃することになる。

覚悟というものがない人間が無責任なことを無自覚ですることほど怖いものはない。

「嫉妬」というのも、他人が一体どんなところにコンプレックスを持っているのかは分からないし、常に自分がナンバーワンでいなければ気が済まないという感情や常に100%を求める「高望み」が「嫉妬」に似た感情につながるというのもなかなか面白い考え方である。

人間の心理描写が面白い映画であるし、現代の問題点も描き出している点が良い映画であった。


■2014-04-07-Monday ニュースを見て

ニュースを見ていて

思わず笑ってしまった。

何を見て笑ったのかというと「みんなの党」の渡辺喜美の代表辞任の記者会見の模様である。

「法律上は何ら問題がない」とやたら強調していたが・・・。

ことの本質は法律上云々というよりも、政治家としての姿勢であろう。

詳しいことは新聞にも載るだろうから、このブログで書く必要もないであろうが、一般市民の疑問としては、政治家にねだられたらポンと8億円ものお金を貸す人間が居るということだ。DHCの会長は日本でも有数の金持ちだというから、8億円なんて金はきっとゼロが3つほど少ない金額ぐらいにしか思っていないんじゃないだろうか?しかし、それでも80万円である。気安く貸せる金額ではない。

単に政治家のタニマチでもなって、俺は政治家を顎で使える男なんだぞみたいな気分に酔っているのだろうか?それとも、政治家に大金を貸せば何か大きな見返りでもあるのかしらん。

貸す方も貸す方だが、受け取る方も受け取る方だ。もしも本当に借りたとしても、政治家として国から貰う報酬だけで8億円ものお金を返せるはずがないではないか。

しかも、何故だか利息まで付けて、ポンと返したというのだからこれまたスゴイ。返せる金が手元にあったなら、何故借りる必要があるんだ?

渡辺喜美の政治信条は「脱官僚」を訴えてきた。官僚が国を滅ぼすと言うのだ。しかし、今回の一件をみても政治家として国民に使い道をまとも説明できない庶民感覚とはまるでケタが違う金額の金を借りていた。

つまり、表の顔と裏の顔が異なっているということなのだろう。

渡辺喜美の間違いは、過ちを認めない姿勢にある。誰もが笑ってしまうような説明で逃げようという魂胆が政治家として失格である。

政治家を辞めたくないということは、やはり政治家にはうま味が多いのだろうと想像させることも問題だ。

ことは、政治家のお金の使い方を正しくしましょう。その替わりに国民の税金から政党助成金を出しましょう。という法律の趣旨を無にする行為が問われているのだ。


■2014-04-08-Tuesday お宝発見!

今朝の新聞によると

坂本龍馬の手紙の草稿が見つかったという。

何でもNHKの「突撃 アッとホーム」という番組の取材中に、坂本龍馬直筆の手紙が見つかったことが明らかになったいう。

番組内の「ファミリートレジャーハンティング」という家族との思い出がつまった宝物を見せてもらう企画の取材中に、東京・国立の一般家庭で偶然見つかったものだそうだ。

番組スタッフのタレントが街頭でインタビューした主婦から「父が古美術商から『坂本龍馬直筆の手紙』を買った」という話を聞いたことから、その主婦の自宅に行き、ちゃぶ台の下に保管されていたものを見せてもらったら出てきたのだという。ちゃぶ台の下って、一体どういう保管の仕方だったのだろうか。

今回見つかった坂本龍馬の手紙「越行の記」は約150年前の1867年に龍馬が暗殺された10日以内に書かれたもので、歴史的に非常に重要性が高く、専門家の鑑定でも真筆に間違いないというお墨付きをもっらたそうな。

こんなスゴイお宝が一般家庭のちゃぶ台の下に埋もれていたというのも面白いが、主婦の父親が古美術商から当時1000円で購入したというのも面白い。

つい先日もヨーロッパで盗まれたゴーギャンの絵が一般家庭の居間に飾られていたという話もあったが、こんなことってあるんだなぁ〜。

他人事ながら、何故だかワクワクする話である。

テレビ東京の「開運!なんでも鑑定団」という番組も大好きでよく見ているが、高額で買ったものがニセモノと鑑定されてガッカリする様子や、逆に数千円で買ったモノが何千万円にも評価されて大喜びしたりするのが、下手なドラマを見ているよりも数段面白いのだ。果たしてこの書は一体いくらに化けるのか。

この模様は4月12日(土)の同番組内で放送されるという、鑑定額も出るそうだから是非見てみようと思う。


■2014-04-09-Wednesday 小保方会見

STAP細胞の論文を巡る問題で

小保方晴子女史が9日に大阪市内のホテルで記者会見をした。この会見に掛った費用は自腹だという。

私は会見の模様をすべて見たわけではなく、夜のニュースで断片的に見ただけであるが印象は「論点のすり替え」にしか感じなかった。

おそらくは同席した弁護士先生の戦略なのだろうが、小保方さんの「女子力」をフルに使って、冷徹な科学の世界の話を、世俗の情緒の話にしようという魂胆にしかみえないのだ。

会見で小保方さんは自らの未熟さを反省していたが、科学の世界では今回の論文は、悪意が有ろうと無かろうと異なる画像を使用したり、画像の加工をしたりだとかのミスだらけなのだし、筆頭著者の小保方さんがそれを認めているのだから論文としての信用性は完全に消失したであろう。

カワイイ女性が「私ちょっと未熟でしたわ、ごめんなさい。でも本当なの信じて」と甘えて言えば、世の中の大抵の人は可哀相だなぁとか頑張ってほしいなぁとか思うのだろうが、

しかし、それは許されないのではないだろうか。

だが、もっと許されないのは「理研」の対応であろう。

1月末に最初の発表があった際には、理研はむしろ小保方さんの「女子力」を前面に押し出して世間にアピールしていたではないか。

もしも、このまま理研が、これ以上の検証をせずに小保方さんを切ったら、世間では「小保方さん可哀相〜」という方向になるだろう。

あまりに検証が短時間だったし、研究ノートの数の件にしても検証が不十分で拙速感は否めない。このままでは今度は理研が世間から攻撃される側になるだろう。

そもそも、STAP細胞はIPS細胞よりも簡単に作りだせることが売りなのだし、小保方さんも会見では200回以上も作製に成功していると言っているのだから、レシピやコツは公開できないなんて言っていないで、衆人環視の前で実験をして実際にSTAP細胞が出来るところを公開すればいいではないか。

それをしなければ、いつまでたっても水掛け論のままでいたずらに時間だけを浪費することになる。

理研側はこの論文がアウトになった時点でSTAP細胞は全てアウトと云う科学的な見解なのだろうが、世間ではもはや情緒的な問題になっていることを考慮しなければならないだろう。

小保方さんと云う人は、これだけの逆風の中で3時間近い会見をやれるのだから度胸もスゴイものだと感心するが、果たして彼女は天才なのか、それともたんなる思い込みの激しい妄想家なのだろうかそこが知りたい。

それともう一点気になることは、もしも小保方さんが冴えない男性だったなら、もしもブスなおばちゃんだったなら、マスコミや世間の反応は一体どうだったのだろうか?


■2014-04-10-Thursday 小さいおうち

映画「小さいおうち」を観に行った。

例によって「夫婦50歳割引き制度」のおかげで4月1日からの消費増税でも2人で2200円で観られるのはありがたいことだ。

テレビのドラマがつまらないし、なかなか毎週連続で見ることも出来ないから暇をみつけては映画舘に行くのである。

公開時にすぐに観たかった映画であったが、帯広での上映は今月に入ってからである。毎度感じることだが帯広の映画館での上映作品のチョイスは私の嗜好とはかなり異なる。

もうテレビでもこの映画の宣伝をしていないから、世の中のスピードからも大きくズレを感じる。全国の公開時に合わせて上映して欲しかったなぁ。女中タキの若い頃を演じた黒木華が第64回ベルリン国際映画祭最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞したからどんな演技をするのかが観たかったので20:30からの最終上映を観に行った。

黒木華は「銀の匙」でお嬢様の役を演じていたが、彼女の顔はお嬢様というよりも女中役に向いている。今回の女中役の方が正にピッタリとハマっていると感じた。

この「小さいおうち」の原作は直木賞を受賞した中島京子の作品である。映画の監督は山田洋次。映画と原作ではかなり内容が違っているが、まぁ、それはどの作品にも言えることだから仕方がないだろうと思うが、いささか設定の説明不足を感じた。

映画のストーリーの詳しい内容はまだ観ていない人の為に、タネ明かしをしないようにとの配慮からいつもなら書かないのだが、今回は公開からかなり遅れての上映であるから構わないであろう。

映画の冒頭で倍賞千恵子演じる老年のタキは既に死亡しているが、山形から女中奉公に出たタキが勤め先の家で体験したことを綴った回想録を軸に話が展開していく。

小説では、松たか子演じる時子は、黒木華演じるタキが山形から14歳で小中家に女中奉公に入ったときは22歳であったから8歳年上という設定である。お姉さんのようにタキの訛りを直してあげたり、お古の着物を与えたりしてタキの憧れの対象になっているのだが・・・。

時子が浅野家に嫁いだ時にタキも一緒に浅野家に仕え、時子は恭一を産むが、浅野家の主人が事故死したので、タキは時子と恭一とともに彼女の実家の小中家に戻る。

やがて時子は10歳年上の平井雅樹と再婚し、タキは再婚先の平井家に仕えることとなった。

この辺りが映画ではほとんど説明がされていないし、違って表現されていたように感じる。映画では、小中家に女中として奉公し、時子が結婚して新たに家を新築(これが小さいおうち)した時に、小中家から平井家に移ったように描かれていた。恭一も雅樹の実子であるかのような表現ではなかったか。

小説では、時子は同性から見ても非常に魅力的な女性として描かれているが、映画ではその辺があいまいである。

時子は夫の玩具会社の若手デザイナー板倉正治(吉岡秀隆)と不倫関係になっていくのだが、直接的な性描写がないところが実に良い。

山田洋次映画には「フーテンの寅さん」からの縁なのであろう倍賞千恵子や吉岡秀隆らが必ずと言って良いほど出てくるなぁ。

小説ではタキは雅樹と時子との間に性的関係がなかったのではないかと推測していたが、映画ではその辺りの表現もない。ただ夫の雅樹役の片岡孝太郎は「終戦のエンペラー」では昭和天皇を演じていたが、妻には嫉妬心を抱かないキャラクターとして演じていたように思う。

時子の夫(会社)からの見合い話を勧めるために板倉の下宿を時子が訪ねる場面で、時子の帯の柄が出掛ける前と戻った後で逆になっていることをタキが見て、帯が一旦解かれた後に結び直されていることに気付いてしまう場面は直接的性描写よりも客の想像力を喚起している表現であるところが昔の日本映画的でとても好感が持てた。

やがて日米開戦、徴兵検査で丙種だった板倉にも召集令状が届く。板倉のもとに行こうとする時子をタキは止め、代わりに板倉を平井邸に呼ぶよう手紙を書かせ、それを預かった。

ここも原作と映画が異なる場面であるが、原作ではタキは回想録に、板倉が訪問して来て、彼が家にいる間、屋外で作業をしていたと記すが、映画では、回想録に板倉は来なかったと記していた。

この後はこの「手紙」を軸に話が展開していくとだけ書いて、ここから先の解説は野暮になるから止めておこうと思う。

この映画はイマジネーションが豊かな人が観て楽しむ作品である。


■2014-04-11-Friday ゴルフシーズン

今年の帯広は

降雪量が少なかったから庭に積もっていた雪も完全に消えた。

今日からアメリカのオーガスタでマスターズが開催されるし、そろそろ十勝でもゴルフのシーズンが始まる。

1年中いつでもプレーできる地域に暮らしている人が多少はウラヤマシイが、4ヶ月間ほどまったくクラブを握らないというのも、オンとオフと云うメリハリがあって精神的にはゴルフの有り難さが身に染みる感じがするから好きなのである。

毎年、この頃になるとマスターズでの世界一流選手のプレーを見ると身体がうずいてきて、いよいよ私のゴルフシーズンも始まるゾという高揚感が出てくる。ゴルフが出来る様に温かくなると「春だ〜!」と云う気分がしてくるのである。

仕舞ってあったゴルフのクラブを出してきて庭に出て、窓ガラスを鏡替りに素振りをしてみたら身体が固くなっていて上手く振れない。

まずは柔軟体操からやることにしたが・・・。

年なんだなぁ〜たかだか4ヶ月間だけなのに肩も腰も筋肉がすっかり固まってしまっているようだ。

妻が「打ちっ放しにでも行って来たら?」と珍しいことを言う。運動不足からの肥満が気になるのだろう。

私は例年GW明けからしかコースに出ないのだが、今年はゴルフ場のオープンも早まりそうな気配である。

素振りだけではなく今度の日曜日には打ちっ放しにでも行って球を打ってみるとするか。


■2014-04-12-Saturday ウ〜ン

私が役員を務める

とある組織の会議に出席したが・・・。

私はこの日は会議の掛け持ちがあったので18:30〜20:00までで終わらなければ中座する旨を事前に伝えておいた。

会議の冒頭での一部役員の挨拶が何だか奥歯にモノが挟まったような意味がよく理解出来ない挨拶が続く。

私は3月27日に開催された前回の臨時役員会は急な用件が発生してドタキャンしているので、その会議で何かあったのだろうかと訝りながらも、この日の会議はその後は順調に進み、19:45分には次第に載っていた議題が全て終了した。これなら時間通りに次の会議に向かえると思ったのだが・・・。

そこからが問題であった。

ある役員が前回の臨時役員会の話をし始めたのであるが・・・。

固有名詞を口にしないで話をするものだから、前回の臨時役員会を欠席した人間にとっては一体何のことだかよく理解できない。

どうやら人事の件で揉めたらしい。

しかし、私には何で揉めているのかが理解出来ない。

そこに次の会合に向かう為に20時丁度に呼んでいたタクシーから私の携帯に電話が入ったので止むなく中座退席したのだが・・・。

後から内容を確認したら、臨時役員会で決めた人事に対して承服できない役員がいるというのだ。しかし、臨時役員会は何の瑕疵もなく進められ、決議がされたのだから、その内容が不服だからといって後日にその決議を覆そうと云うのはどだい無茶な行為であろうと思う。

不服のある役員が直接役員会で自分の口で発言するならともかく、別の役員に発言させるというのも何だかなぁ〜と云う感じがする。

振りあげた拳の降ろし所がなくなってしまったのかもしれないが、大人の対応をしてもらいたいものである。


■2014-04-13-Sunday 練習

今日の日曜日は

久し振りに風も弱くて温かい。このところやたらと強い風が吹いていたからポカポカと春らしい陽気である。

妻からは「家の中でダラダラしていないでゴルフの打ちっ放しにでも行ってきなさいよ」とハッパを掛けられたので久し振りに球を打ちに行くことにした。

一昨年に買ったゴルフ練習場の券がまだ残っている。

何せ練習が嫌いで年に数度しか打ちっ放しに行かないからなかなか減らないのである。

それでも年当初には球を打っておかないと、いきなりの本番はやはり不安になるから4月下旬頃には打ちに行くのである。

この時期に一度打ちに行って一旦筋肉痛を起こしてから、それが治ると今度は身体が動くようになるのである。

SWから始まってドライバーまでを30分程度で100球ほども打ったらもう身体がしんどい。一番後に来て打ち始めた私が一番先に帰ってしまうのだ。「もう帰って来たの?」と言われないように本屋に行って時間を潰してきた。ゴルフをプレーするのは楽しいが練習はつまらないのである。

マスターズでは日本人唯一の参加者である松山英樹が予選で落ちてしまった。日本人が決勝に残っていないと熱心にテレビを見る気にもなれないが3日目を終わってトップにいるのは私と同じクラブメーカーのPINE製品を使っているバッバ・ワトソン選手である。何か自分との共通点を見つけ出して応援するくらいしかなくなってしまうのだ。

B・ワトソンは1年前のマスターズで優勝している左打ちの飛ばし屋である。ドライバーがかるく300ヤードを超えてくる、あれだけ飛べば気分が良いだろうなぁ〜。しかし、この日はアイアンショットとパターに生彩を欠いていたようだ。

ポテトチップスみたいと表現されるグリーンの形状と、ガラスの上でパットをするような物凄い高速グリーンに苦しんでスコアを落としてしまったがまだトップタイである。明日は持ち直して二度目のグリーンジャケットを着て欲しいと願う。


■2014-04-14-Monday 連続テレビ小説

このところNHKの朝の

連続テレビ小説を見ている。

これまでまともに見たことはなかったが「あまちゃん」が面白いと話題になっていたので話のタネに途中から見始めたら面白くなって「ごちそうさん」はほとんど全部を見たのだった。

その流れで「花子とアン」も見ている。

「ごちそうさん」の方が「あまちゃん」よりも視聴率が良かったそうだが、「あまちゃん」は朝の連続テレビ小説から離れてしまった視聴者を呼び戻した功績が大きいだろう。その流れとして「ごちそうさん」が多くの視聴者に見られたのではなかろうかと思う。

貧しい家庭の子どもが頑張って成長する姿を描いたのは「おしん」でもそうだったが朝の連続テレビ小説の鉄板モノで、日本人には人気があるテーマなのだろう。

「花子とアン」は「赤毛のアン」の翻訳者である村岡花子の物語りであるが、花子役の子役の女の子の演技が気に入ったのと、花子が山梨県甲府の貧しい農家の生まれであるということから見るようになったのである。

山梨の方言である甲州弁の響きがとても懐かしく思えるのだ。

というのも、私の祖父の勝が山梨県北巨摩郡の出身で、山梨の商店とは祖父が亡くなった後もずっと取引があり、我が家には山梨県の行商人がよく出入りしていたし、私も毎年のように山梨に商品の仕入れに出掛けていたから懐かしく思えたのである。

我が家に出入りしていた山梨の商人は列車で日本中を移動しながら商売をしていたが、扱っていた商品は石の細工品が多かった。石の置物や風鎮から数珠やネックレスなどの装飾品まで背中に竹のつづらをでっかい風呂敷で結んで背負い、両手にはこれまたでっかい鞄をぶら下げて歩くのである。

私が大学生の時に、親切心から鞄をひとつ持ちましょうと言って持ってあげようと思ったのだが、とても重くて片手では持ち上げることが出来なかったほどである。それを両手と背中に担いで日本中を旅して歩くのだからすごい重労働であったろう。

だからテレビの中で花子の父親が行商人ということで出てくるのだが、あんなに少量の荷物では行商人としてはとても仕事にならないだろうなと思えたのだった。

テレビの舞台は山梨から女学校に移ってしまったが、女学校のエピソードもなかなか面白くて目が離せない。

気に入っていた子役の子の出演が前回で終わり今日からは吉高由里子に代わった果たしてこれからも面白く見させてくれるのだろうか。


■2014-04-15-Tuesday 超常現象

最近のNHKは面白い番組を作るなぁ〜。

今年の1月11日(土)は「第1集 さまよえる魂の行方〜心霊現象〜」と翌18日(土)には「第2集秘められた未知のパワー〜超能力〜」という超常現象を扱った番組がNHKのBSプレミアムで放送された。

週刊誌のテレビ放送の紹介記事で読んで知り、早速録画予約をしたのだが、録画してしまうといつでも見られるからと放っておいてなかなか見ないものである。今日に至るもまだ見ていない。

先月になって今度は地上波のNHKスペシャルで「超常現象 科学者たちの挑戦」という番組が放送されたが、同じものだと思いこれも見なかった。

日曜日の夜11:00からBSでNHKスペシャルの「超常現象 科学者たちの挑戦」を再放送していたので初めて見たのである。

先に録画してあるNHKのBSプレミアム放送の第1集と第2集を見ていないから違う番組なのか、1本にまとめたものなのかは分からないが私の大好きなテーマである。

私は「不思議」というテーマで1万51千冊もの書籍を収集しているから「超常現象」というのも当然ながらその範疇なのだ。

マジックの研究していると「超常現象」と同じ現象はマジックでも行なえることを知っているが、現代科学ではまだ解明できないものが存在することも確かな事実であろうと思っている。

しかし、世に多くの超能力者と称する人間が居るが、その多くはインチキであることも確かである。

番組内では「臨死体験」「幽体離脱」「生まれ変わり」を扱っていたが、それを体験した人の多くは「脳」の働きによるものであろうと思われる。現代医学や科学でもまだ「脳」の働きの全てが解明されているわけではない。

この「脳」の「超」能力を研究する大学もあるそうだ。

私もそういう大学で研究に参加してみたいなぁと思っているところだ。


■2014-04-16-Wednesday ドブ臭い

以前から西2条通りが

時々ドブ臭くてかなわない。

風が強い日は臭いも一緒に飛んでいくのか、あまり臭わないのだが、微風の時に外を歩くとヒドイ臭いがするのだ。

特に六花亭さんの前辺りを歩くとその臭いがキツイ。

帯広の下水道は南から北に向かって流れているから、臭いの元は11・10丁目の方向から来ているように思う。それがちょうど9丁目の六花亭の前辺りの流れが少し悪いのだろうか道路上に上がって来るような気がする。

最近、平原通りには飲食店がやたらと出来たが、どこかの店が下水道に流してはいけないモノを流してはいないだろうか?

生臭〜い臭いなのだ。

一応、平原通りはまだ帯広・十勝のメインストリートである。

かつての全盛時代には「街に行く」と云う表現を使っていたことがあったほどで、これは西2条南9丁目に藤丸百貨店、サニーデパート、長崎屋、金市舘の4つの大型店が集中し、帯広千秋庵(現:六花亭)やシノカワ、とくらなどのファッション関係の大きな店もあったからである。

自動車社会が進み、郊外に大型店が出来てからはドーナツ化現象が起きて中心街は廃れてきた。

我が社も昭和43(1968)年に寄合百貨店サニーデパートとしてオープンし、その一翼を担っていたのだが・・・。

中心街の物販系の店、特にファッション関係店は郊外型や、最近では通販型に取って替られ苦戦を強いられている。

平成4(1992)年に父が他界した後に、私は物販ビルに見切りをつけて飲食ビルに衣替えし、現在の飲食店ビルの盛況に先鞭をつけたのだが・・・。

私は物販ビルから飲食ビルに転換させる際に、多額の投資をして上下水道などの設備を充実させたが、最近のビルの物販から飲食への転換には、そのような様子は窺えない。おそらく下水道の許容量や処理能力を超えているのではなかろうか?

もしくは飲食店側のモラルが低くて、生ゴミなどを下水道に流しているのではなかろうか?

いずれにしろ迷惑な話である。

飲食店ビルが全て同じに見られてしまうのは大迷惑である。

メインストリートとしてのイメージの問題もある。

まだファッション関係やお菓子などの店も多いのだから、早急にこのドブ臭い臭いを何とかしなければならないだろう。

商店街の役員さん達も早急に対策を取らなければ後手後手にまわってしまう。これ以上店舗も客も減らしては致命傷になってしまうと危惧している。


■2014-04-17-Thursday 常套手段

先日、知人とズルイ人間の

話をしていたら共通点があることが分かって大笑いをした。

知人の所属する組織のことである、親が有名と云うだけでさほど能力のない人物が入って来たのだと云う。

入るにあたって役員会が開催されたが、その役員会の席でその人物が言ったセリフと云うのが「自分の給料分くらいは自分で稼ぐから役員にして欲しい」なのだそうな。

アレ〜ッ何処かで聞いたようなセリフだなぁ〜と思ったが話は続いていて、その人物は最初こそ、仕事をするようなポーズだけはするが、能力がないから、実際に稼ぐことは出来なかったそうな。そのうちに、稼ぐどころか、やれ調査だの視察だのと名目をつけては出張に行って経費がバカにならない。しかし、何をどう視察してきたのかまともな報告書も提出しない。損失の方が遥かに多いのだそうな。

当然ながら役員会でも問題になるが「成果が出るにはまだ時間が掛かる」とのらりくらりと上手く逃げる。役員の間では他に仕事もないし、即クビにするのは可哀想だと、父親の威光が暗黙の内にモノをいってクビにはできないという。

一旦、役員にした人間のクビを切るのは手間も苦労も大変なことになるから、そう簡単にはクビにできないことを知っているのだろう。

フ〜ンそう云う奴ってどこにでも居るもんなんだなぁ〜と聞いていた。

私の以前に居た組織でも「自分の給料分は自分で稼ぐから・・・」と言って入りこんで来た奴がいたが、やはり同じように自分で稼ぐなんて云うのに1週間も実働しないで、九州からバイクで帯広に来た若者を教育するとか何とか言い出して、実際には教育もせずにその若者も使い物にはならなくて帰って行ったが・・・。

しかし、そいつはその後も自分で稼ぐことはせずにズ〜ッと高給を取り続けていたっけ。

自分の言葉に責任を持たない人物と云うのは「恥」ということを知らないからへっちゃらなんだなぁ。

どこの世界にも似た様な人物というのは居るもんだ。組織への侵入の仕方もソックリだから声を出して笑ってしまった。

きっとこの手は彼ら恥知らずの連中の常套手段なのだろう。

これからは「自分の給料くらい自分で稼ぐから・・・」という人物には注意が必要だなぁ。


■2014-04-18-Friday 背中が痛い

今朝は妙に背中が痛い。

どうやらこの症状は筋肉痛のようだ。しかしこのところ別段身体を動かした訳でもないし・・・と思っていたら、1件だけ思い当たるふしがあった。それは13日に行ったゴルフの打ちっ放しである。

しかし、5日も経っているのに・・・。

そう云えば去年のブログにも書いたが、年々、運動後の筋肉痛になるまでの時間が長くなっていることに気が付いた。

若い頃は運動したらその日の内に筋肉痛になったものだったが、今では筋肉痛を起こすのに5日間もの期間があるようになってしまった。

筋肉の働きが鈍っているのか、神経の働きが鈍っているのか。痛みが伝わるスピードが遅くなっているように感じる。

小学生の時に読んだ本に「恐竜は何故滅んだのか?」と云うテーマのものがあったが、恐竜は身体がデカくて神経の伝わるスピードが遅いから、例えば足の先を他の動物に齧られたとしても、その痛みが脳に伝わるまでに時間が掛かってしまい致命傷になるまで齧られていることに気が付かなかったからだ云々というような事ではなかったかと記憶している。

私も身体が肥ってしまったから神経の伝わるスピードが遅くなって筋肉痛の痛みも5日経たないと伝わらなくなってしまったのかしらん。

まぁ、冗談はさておいても筋肉痛の治療は、もう一度筋肉を使うことであると思うので明日は1週間ぶりにゴルフの打ちっ放しにでも行ってこよう。


■2014-04-19-Saturday アナと雪の女王

映画「アナと雪の女王」を観てきた。

アニメはスタジオジブリの「かぐや姫」以来の鑑賞である。映画好きでもアニメーションはめったに観ないのだが評判になっている作品は一応観ておきたいのだ。

私はディズニーファンではあるが、子ども達が成人してからはディズニーアニメも観なくなってしまって久しい。

映画の予告編で英語版の「Let it go」の歌を聞いた時に、あぁ良い歌だなぁと感じてはいたのだが、それだけで映画を観ようとは思わなかった。

ましてや帯広の映画館での上映は2Dの吹き替え版しかない。

3D版が素晴らしいと聞いていたし、歌も吹き替え版よりは英語版で聞きたかったのだ。

しかし、テレビのワイドショーで、吹き替え版の松たか子と松田聖子と神田正輝の娘の神田沙也加が唄っているのを聞いて、あぁ、これならまだ鑑賞にも耐えられるかなぁと考え直したのであった。エンディングでこの「Let it go」の日本語版をMay.Jという歌手が日本語版の「ありのままに」を唄っているのを聞いて、あぁ英語版よりも心に響く曲だなぁと感じたことも大きい。

このタイプのアニメーションはジブリの「かぐや妃」とは製作方法が大きく異なりコンピュータで作っている。子どもが幼い頃に観た「Toy story」と同じ製法であるが、最初に観た時はものすごく違和感があったが、今回の作品では格段に技術の進歩を感じた。

帯広の映画館での上映はすでに1ヶ月近くが経っているが、この日最後のレイトショー(20:40〜)だったのにかなりの人数が入っていた。

おそらく私と同じで評判の良さを聞いて観にきた人達が多いのだろう。

映画のストーリー自体は、まぁこんなもんだろう。ディズニーアニメの鉄板モノでハッピーエンドであるが、やはりディズニーアニメはどれも音楽が素晴らしいなと感じた。映画抜きで曲だけ聞いても素晴らしい。

家に戻ってユーチューブで「ありのままに」を聞いてカラオケで歌えないかと練習してみたが、前半の低音部がとても難しい。ちょっと無理だな。

今度は英語版の3D版で観てみたい。


■2014-04-20-Sunday 面白い

今日のスポーツは

どれも面白かったなぁ〜。

特に女子ゴルフ!

熊本県の熊本空港カントリークラブで行なわれたKKT杯バンテリンレディスオープンは鹿児島県出身の15歳(と293日)のアマチュア選手の勝みなみが通算11アンダーで優勝した。

今年高校に入学したばかりのまだ1年生が、日本のゴルフツアーの最年少優勝記録の更新をしたのである。

15番のプレーからテレビで見たが、まるで緊張などしていないようで、何かを口に入れてモグモグと食べながらティショットを打ったりして実に落ち着いてプレーしていたように見えた。

特にパットが強気で、カップの反対側にコツンとぶつけて入れるパットは見ていて小気味良い。怖さを知らない若いプレーという感じがした。

これでプロになると1打○○円なんてことになったら下りのパットが打てなくなることもあるだろうが、このままの小気味良いパットを続けてもらいたいものだ。

この日はベストスコアの68で回り、通算11アンダーにしたがこの数字はこの試合の最小スコアを2打縮めたというのだからアッパレである。

女子ゴルフ界にまた面白い人材が出てきた。

一方の男子も、去年の最終戦の日本シリーズで悲願の初優勝を遂げた宮里優作が逆転で優勝をした。

去年までなかなか優勝出来なかった男が、1勝を挙げたら急にメンタル面が強くなったようだ。男子プロゴルフはこれが第1戦目であるから、年を挟んで2連勝ということになる。宮里優作はもともとショットは素晴らしかったのだから、これで完全に一皮むけたということだろう。男子ツアーも面白くなってきた。

野球も二刀流の大谷がピッチャーとして日本ハムの連敗をストップさせた。今年も日本ハムは苦戦が続いている。さすがに良い選手を放出し過ぎだろう。栗山監督の吉川などピッチャーの使い方にも疑問があるが、これからに期待することにしよう。


■2014-04-21-Monday 酷いニュース

韓国の珍島付近で

起きた旅客船「セウォル号」の沈没事故の報道を見ていると、船長を始めとする船員らのモラルの低さに憤りを感じる。

これは事故などではなく人災である。

普通ならありえないことを重ねて起こしている。

まずは霧の為に出港時間が遅れたことで、暗礁の多い複雑な海域の操縦を経験の浅い三等航海士にやらせた点がまず第一の問題である。船長は時間になったから寝る為に船室に居たというではないか。危険な海域の航行なら時間だけで寝に行くか普通。

操縦を任された女性三等航海士は、何かの危険物を避ける為に急激に舵を切ったという。これも舵を切る時の船のスピードが速過ぎたのではないかという。

しかも不法に荷物を積んでいた過積載や、荷物の固定がされていなかったとか、本来積んではいけないデッキにコンテナを積んだとか違法な行ないが多いようだ。

その結果、荷物がヅレて船がバランスを崩したのだという。

脱出の際の不手際もヒドイ。

船長は一番最初に来た救助船に「自分は民間人だ」と偽って、一般人を船に残して真っ先に救助をされたというからトンデモナイ奴だ。

救助を求める初動もオカシイ。客には船内に留まるようにアナウンスし、船員には脱出するように言ったというから、まるで逆のことをやっているようだ。

船は完全に逆さまになっている。映画の「ポセイドンアドベンチャー」のような上下が逆の船内状態になっているのだろう。

この船はフェリーでもあるから、船倉の壁が少ないというから沈没も早かったようだし、空間が大きいから空気だまりも少ないのかもしれない。

家族のいらだちももっともだ。

生存者がいることを祈ろう。

同じ船のニュースで、中国の上海海事法院(日本の裁判所みたいなものか)が商船三井の船バオスチール・エモーション号を差し押さえたというニュースをみたが・・・。

何でも1930年代の船舶賃借の代金が支払われていないという中国の民間人が提訴した損害賠償請求の裁判で2010年に敗訴が確定したが商船三井が賠償の支払いに応じないとして差し押さえたというのである。

こんな無茶苦茶な裁判があるのかと驚いた。

中国はアホか!

最近、中国が戦争中の強制連行に対して、個人の損害賠償を認めるような無茶な判決を出しているが、これもその一環なのだろう。

しかし、この判決はあまりに無茶苦茶で、国際的にも通用しないだろう。日本憎しで、こんな無茶苦茶な判決を出したら世界中の国が中国から引き揚げてしまうゾ!これは中国にとっても宜しくない判決であると思う。

訴えるのは個人の勝手というか権利であろうが、そもそもとっくに時効になっている案件であるから、裁判所は門前払いするのが普通であろうに・・・。


■2014-04-22-Tuesday カジノ

このところの新聞によると

日本でもカジノを解禁しようという検討がなされており、北海道でも小樽・釧路・苫小牧が名乗りを挙げているそうな。

賛成意見も反対意見もあるとのことだが、そんな中、20日に釧路で双方の意見を交わすシンポジュウムが開催されたという記事を読んだ。

釧路市では阿寒湖温泉にカジノを軸とした統合型リゾートを誘致したい意向のようであるが・・・。

私はギャンブルが大嫌いである。

だから日本の法律で許されているパチンコも競馬もやらない。

しかし、ギャンブルの街アメリカのラスベガスには4度も訪れているのだ。ギャンブルが嫌いなのに何故にラスベガスに行くのかと云うとそれは「マジックショー」を観に行く為なのである。

またマジック道具の展示販売会やコンベンションなどもしょっちゅう開催されていて、新しいマジックを仕入れにいくにはとても便利な街なのである。

ラスベガスはギャンブルを始めてから1980年代まではギャングが支配する荒れた街であった。

その後、ギャング達を排除し、家族連れが訪れる街へと変貌させたという。

私が初めてラスベガスを訪れた90年代にはピラミッド型のホテルだとか無料の海賊ショーを楽しめるホテルなどが出来始めた頃で、宿泊料金も安いし、食事の料金も安いし、ショーの料金も安くて、しかも良質のショーを多くのホテルが専用劇場を建てて展開するようになっていたから、一日に2本ずつ異なるショーを堪能することが出来るようになっていた。

ショーの料金は高くても4000円程度から、多少古くなった演し物は2500円程度で見られるのである。

食事もフルコースのディナーが2500円も出せば食べられるし、ホテルの朝食もビュッフェスタイルの食事が5〜8ドル程度なのだからショー好きにとってはまさに天国のような街なのである。

なぜに、こんなに料金が安いのかというと、もちろん集客の為でもあるが、それだけギャンブラー達が落としていくマネーで潤っているからだ。

ホテルのフロントに辿り着くにはカジノの中を通っていかなければならない。だからどんなにギャンブルが嫌いでもスロットマシンの中を通っていかなければならないのだ。

長く滞在しているとその内に、ポケットにある小銭を入れてスロットマシンをやってみるようになる。アメリカのスロットマシンはアメリカの通貨をそのまま入れるようになっていて、当たったら通貨のコインが出てくるのだから、日本のスロットマシンのような専用コインとは違って臨場感がスゴイのだ。

まれにビギナーズラックでジャラジャラと現金が出てきたりしたら思わず嬉しくなってしまう。

カジノでは飲料もタダである。バニーガールの扮装をした女性がトレーにお酒をいれてグラスを持って歩いているから手を挙げて呼び止め、好きな飲物を貰う。チップ社会だから1ドル紙幣を渡すが1ドルが90円程度だから安いものだ。

ギャンブルは嫌いだがお酒が大好きな私は、毎晩カジノでビールをかなり飲んでいたものだった。

こう書くとカジノを奨励しているかのように思われるが、カジノ自体がいくら健全に運営してもそれに付随して悪い人間が集まってくるのが世の常である。

無料の海賊ショーや噴水ショーを見る為にホテルの外を歩くと街には娼婦達が並んでいる。またその類の卑猥なチラシも多い。

家族連れが楽しむ街として宣伝しているから私も一度家族連れで行ったことがあったが、とても子ども連れで行く場所ではないと感じて、それ以後は私一人で行っている。

ラスベガスの空港のロビーにもスロットマシンが置いてあるが、小銭に至るも最後まで絞り取ろうということなのかと感じるほどだ。

ギャンブルは依存症にまではならなくても、一時的に興奮状態になって入れ込んでしまう傾向が強いから、よっぽど意志の強い人でなければ取り込まれてしまう危険性がある。

ただ金儲けや集客の為にカジノを誘致しようなんて考えは止めておいた方がよいと思う。


■2014-04-23-Wednesday くるま

今月に入ってから

我が家の前の道路に自動車がズラリと十台ほど駐車するようになった。

なんでも近くの駐車場だった場所に建物が建つらしく、そこから行き場所を失った自動車が停めているらしいのである。

この道路には駐停車禁止の標識がないから駐車するのは道路法上は違反ではないのだろうが、見ていると、どうやら縄張りがあるらしく、決まった場所に決まった車が、午前8時頃から夕方6時くらいまでそのままずっと同じ場所に停めてある

困るのはゴミの集積所の前に停めてある車だ。近所の人がゴミを出すのにも邪魔であるし、ゴミの収集車も収集がしづらいであろう。

駐車場や建物の出入口近くギリギリに停められるのも出入りが不便であろうと思う。

でも、道路を駐車場代わりに使用するのはOKなのだろうか?

駐停車禁止ではないとしても、常態化するのはちょっと困る。一時避難的に次の駐車場が決まるまでなら構わないだろうが、いつまでも公共の道路を、さも自分の場所であるかのように振舞うのは如何なものだろうか。

帯広市内には空き地がたくさんあるのだから、月極め駐車場を借りて、そこに停めてもらいたいものである。


■2014-04-24-Thursday 夢枕

夢枕って本当にあるんだなぁ。

今朝、自分でもゾ〜ッとして鳥肌が立つような経験をした。

45年前、私にマジック道具をくれて、マジックを始めるキッカケを作ってくれた8つ年上の従兄弟が札幌にいるのだが・・・。

今朝方の夢の中に、前後には何の脈略もなく唐突にその従兄弟が出てきたのだ。

その従兄弟が昨年入院したという知らせはもらっていた。

去年の11月下旬に札幌に出張した際に、いつもなら日帰り出張ばかりなのだが、珍しく一泊しなければならなかったので、久し振りに酒でも一緒に飲みたいなと思い連絡を入れた時に「実は入院した」と聞かされたのだった。

私は病院にお見舞いに行くのが大嫌いなのである。

私自身はまだ入院というものを経験したことはないが、もしも私が入院したとしても弱っている姿を他人には見られたくはないし、見舞いに行けば患者を疲労させてしまうことになるのではないかと感じているからだ。

だから、よっぽどの事が無い限りお見舞いには行かないことにしている。

従兄弟もまだ若いしお見舞いには行かない方が良いだろうと判断して行かなかったのだが・・・。

唐突に朝方の夢に登場したから「まさか」と思って心配になり、札幌に電話しようと携帯電話を持った途端に、その札幌の従兄弟の兄から電話が入ったので、驚いて電話を落としそうになったほどだ。

昨晩、亡くなったという話を聞いて鳥肌が立った。

この話はまったく脚色なしである。

虫の知らせというものや夢枕に立つという話は知っているし、良く聞く話ではあるが・・・。

従兄弟が挨拶に来てくれたのだろうか?

とても不思議な経験であった。

冥福を祈る。合掌。


■2014-04-25-Friday はだかの王様

童話「はだかの王様」は

アンデルセンの傑作童話である。

それは現代社会に於いても同様のことが常に起こりうるから、戒めの例え話として有効なことによるのであろうと思う。

私も小さいながらも会社のトップとして仕事をしているからには、そして少数とはいえども他人を使う身であればこそ、常に自分は「はだかの王様」になってはいないか、自分が間違ったことをしていないかを考えて行動しなければならないと思っている。

自分が誤った言動をした時に戒めてくれる家族や部下や友人がいるか、そしてその箴言を素直に受け入れられるかどうか、それが人間の度量ってもんだろう。

特権的な権力を手中にした人間は、その権力で他人の意思を強制的に曲げさせていないかに気を配ることをしなければならないと考えているが、これがなかなか難しいことも承知している。

権力が強くなればなるほど、周りにはイエスマンばかりが集まってくる。自分の意見が何でも通ってしまうと、自分は賢明な、もしくは総明な人間であると錯覚を起こしてしまうのかもしれない。

正しい考えに同調してくれるのも、逆に間違った考えを戒めてくれるのもともにそれは人徳のなせる技である。

誤った考えを戒める人間を遠ざけたり処分したりすれば「はだかの王様」常態は慢性化し悪化する。

誤った考えに本心では同調していないのに、権力者によって嫌嫌ながらやらされる人は本当に可哀想である。

逆らえば仕事が奪われてしまう危険性があるから、仕方なく同調せざるをえない人も居るだろう。

私にはボスがいないから、これまでそう云う立場になったことがない。これまで自分の意思を貫いて生きてこられたからだが、そういう人達のストレスは如何ばかりかと思う。

特権的権力の乱用は他人を不幸にするだけではなく、自身の評価も下げていることに早く気が付くことが必要だろう。


■2014-04-26-Saturday 帰郷

明日27日は

平成4年5月2日に満64歳で亡くなった父の23回忌法要である。

東京に暮らしている姉も久し振りに帯広に帰郷してきたので帯広空港まで出迎へに行った。

帯広は一昨日から気温がグングン上がって今日も26℃近くもある。この連日の暑さで庭のつつじの花が咲いたし、桜の木も芽吹き始めた。例年よりも若干早いようである。

東京から到着した姉も、帯広の暑さに驚いていた。

空港からは高規格道路を通って川西インターチェンジで降りて、畜産大学から自衛隊前方面を通る新しくできた道路を通って我が家まで来るルートを選んだ。姉も風景の変わり様に驚いていた。

私は先月の東京出張の際に姉の家に泊ったから久し振りという感覚はまったくない。

母の家に妹が来ていて、母と姉と妹の3人でしばらく話し込んだようである。

夜に外に夕食に出掛けようと姉のリクエストを聞いたら「ホーム」に行きたいと言う。六花亭に移ってからまだ一度も行ったことがないからだと言う。

ホームのシェフの井出さんは以前は我が社の東側で店子だった「ドラゴン」という洋食屋に務めていた。ドラゴンの店主の山崎さんの長女と結婚し独立したのだが、井出さんの娘の宏子ちゃんは幼馴染である。

店に入ると皆が「いや〜佳枝ちゃんでしょう?久し振りだね〜、変わらないね〜」と次々に出て来る。

姉も35〜6年振りだと懐かしがっていた。子どもの頃に一緒に遊んだ仲である。当時は帯広の中心街であった西2条南9丁目も皆が住んで居たから近所付き合いが盛んであったのだ。

私はズ〜ッと帯広だから分からないが、久し振りに帰郷して懐かしい人たちに会うのは楽しいことのようである。


■2014-04-27-Sunday 23回忌

今日27日に

父の23回忌法要を行なった。

父が満64歳で亡くなったのが平成4年5月2日のことだから今年で丸22年が過ぎることになる。

64歳と云う年齢は日本人の平均寿命からしてみても20年は早い。せめて後10年くらいは長生きしてもらいたかったと思う。

父が生きていたら今年米寿を迎える年であるから、23回忌法要といっても、父の友人らは皆、死去されていたり、入院されて動けない人も多いので、母の自宅に兄弟4人の家族だけが集まって、お寺からお坊さんに来てもらって読経してもらうのみである。

毎月2日の月命日にもお坊さんには来てもらっているが、23回忌法要となると、さすがに読経の時間がいつもよりも長い。

このところ正座をすることがないものだから、すっかり足がしびれてしまった。しびれが元に戻る時のジンジンと来るのがかなりきつい。

自宅での法要は40分程度で終了した。集合写真を撮ってから全員でお墓に移動して墓掃除と墓参りである。

13時に中華料理店に移動して会食し法要は無事に終了し、長男としての役目も終了したが、夕食も全員で焼肉屋ですることに決めて一応解散した。

家に戻ると庭の桜の花が咲き始めているし、お向かいの家は満開に咲いている。今日の気温も27度程もあるという。4月中に帯広で桜が咲くのは初めての経験だ。ニュースによると函館よりも帯広の方が先に咲いたというから変な天気である。一方で雨が異常に少ないのも気になる。

父が亡くなった時の私の年齢が満34歳であった。平成4年はバブルの最後の年であったといえるだろう。既にバブル景気は終了していたものの土地の固定資産税は平成4年が過去最高額であった。

父もせめて後1年生きていてくれたら相続税の支払いもいくらか楽になったのに・・・。

父が亡くなった後に、長年に渡って父が気にしていた自社ビル東側の店子の立ち退きが始まったのだった。物事というのはこんなものなのだろうなぁ。

立ち退きが終わった後に、土地の中央に植えた山もみじの木が今年枯れてしまった。切り倒さないと危険だという。これも何かを暗示しているのかもしれないなぁ。


■2014-04-28-Monday 追悼

23日に亡くなった従兄弟が

夢枕に立ったことはブログに書いた。

仲の良かった従兄弟であったから通夜や葬式にも行きたかったのだが、父の23回忌法要などとぶつかってしまって行くことが出来なかった。

とても残念であった。

この従兄弟坂本晴則が亡くなったのも父と同じ64歳で、病名も同じ肝臓癌であった。父同様に亡くなるのが早過ぎる。

晴則(以下敬称略)は、私の父(昭和2年生)の兄である恒久(大正元年生)の4人兄弟の末っ子。

恒久伯父は次男であるが長男が早世しているので実質的には長男のようなものであった。父は末っ子の五男で16歳の年齢差があった。恒久伯父と父の間の兄弟は皆早世している。

恒久伯父は札幌にあった坂本勝玉堂の支店を任されていたが、第二次大戦中は家族で帯広の実家に疎開していた。終戦後も従兄弟らは子ども達だけで我が家に遊びに来ていたのである。

中でも晴則は4人兄弟の末っ子で長兄とは10歳も年が離れているし、私は4人兄弟の長男で姉は居るが兄はいないから、晴則にとって私は弟のような存在だっただろうし、私にとっては兄のような存在で、いつも「晴則にいちゃん」と呼んで慕っていた。

晴則のことを皆は「はっくん」と呼んでいたが、私が「はっくん」と呼んだら伯母から「あなたは晴則より年下なんだから晴則にいちゃんと呼びなさい」と注意されてからはズッと晴則にいちゃんであった。

私は小学2年生の時から今度は逆に札幌の伯父の家に一人で遊びに行っていたが、8歳年上の晴則は趣味が多くて影響を一番受けた従兄弟である。

始めに影響を受けたのはモデルガンのコレクションであった。狸小路に中川ライター店というモデルガンやプラモデルやマジック用品を売っている一風変わった店が現在もあるが・・・。

そこでモデルガンを買って楽しんだものだったが、晴則は手品の道具もそこで買っていたのだった。

私が小学6年生になったすぐの春休みに札幌に遊びに行った時に、晴則から「俺ももう大学生だから手品は止めた、だからお前に手品の道具をやる」と7〜8個ほどの手品道具をもらったのだった。その中に「シカゴの四ツ玉」と云う指の間でボールが増えたり減ったりする道具をもらったことが、私がこんなに手品にのめり込むキッカケになったのである。

それ以後も札幌に遊びに行く度にデパートでマジック道具を買ってはドンドンマジックにハマっていったのである。

私が大学を卒業してからも札幌に行ったらホテルには泊らずに従兄弟の家に泊めてもらっていたから、一緒によく酒も飲みに行ったものだった。

私に趣味の楽しさを教えてくれたのは晴則であったと言っていい。

その晴則が64歳の若さで亡くなってしまった。去年の11月にお見舞いに行っておけば良かったと悔やまれる。

でも晴則なら天国でも趣味を生かして楽しく暮らせることだろう。

冥福を祈る。合掌。


■2014-04-29-Tuesday ゴルフシーズン

昨晩、帯広青年会議所のゴルフのクラブである

「じゃがいもクラブ」の総会が市内のクラブで開催された。今季もいよいよゴルフシーズンの開幕であるが、私はまだ今季は一度もゴルフ場でプレーをしていない。

例年ゴルフを始めるのは連休が明けてからなのだから、いつもと同じペースなのだが、今年は雪解けがいつもの年よりも早いし、桜の花が4月に咲くくらいでかなり温かいから周りの連中が皆ゴルフをやっているので、何だか一人取り残されているような感じがするのである。

先日も誘われたのだが、別な用件が入っていたりしてタイミングが合わないのである。

帯広に「ゴルフ5」という大型のゴルフショップが開店したので覗いてみた。

ショップの店員に「スライスに悩んでいる」と告げたら、ここで試打をするとコンピュータでスイングのタイプを診断してあげるというので私もやってみたのであった。

私のスイングタイプはヘッドが開いて入る癖があって、それでヘッドスピードが足りないとスライスになり易いという。

貴方に合っているクラブはこれだということで何本がドライバーを勧められ打ってみると確かにドロー系のボールになる。

開店記念セール中だから特別に安くしますよと言われて、その気になり掛けたが、まだ一度もゴルフ場でプレーもしていない身体が固い段階のスイングに合わせても、身体が廻るようになったら合わなくなるんじゃないかと思い直して「夏頃にもう一回診断してもらってからにする」とようやくのこと断って店を出てきたのであった。

連休中もゴルフの予定が入っていないから庭で素振りでもやることにするか。今年の初めてのプレーはいつになることやら。


■2014-04-30-Wednesday 年金

先頃「年金定期便」と云うハガキが手元に届いた。

差出人は「日本年金機構」とある。

開いてみると、私が年金を受け取ることが出来るのは63歳からであるが、2年遅く65歳から受け取るようにすると「老齢基礎年金」が加わって受取金額が高くなるという説明である。

私はまだまだ若いのだからと、これまで年金のことなど気にしたこともなかったのだが・・・。

27日の日曜日に64歳で亡くなった父の23回忌を終えたばかりであるから「ンッちょっと待てよ」と思ったのである。

以前のブログにも書いたが、我が家の男はどうやら短命の家系であるようだ。祖父が67歳、父が64歳、先日亡くなった従兄弟が64歳である。

父も従兄弟も死因は肝臓癌。私も肝臓にはバクダンを抱えているようなものなのだが、酒は止められないからおそらく60代で死ぬことになるのだろうなぁと漠然と考えている。

はて、そうなると年金はどう受け取ったら良いのだろうか?

シュミレーションをしてみた。

以下63歳から年金を受け取り始めるのをA、65歳からをBと表記する。

Aは金額が少ないが2年早くに受け取り始めることができるのがメリットだ。父と同じ64歳で死んだら1回しか受け取ることができないがそれでも1回は受け取れる。

Bを選択して64歳で死んだら年金は受け取れない。

しかし、Bを選択して老齢基礎年金を加えた金額を受け取る様にすると67歳で受け取り金額の総額が逆転するのだ。67歳以上まで生きていればBを選択した方がメリットがある。

つまり、自分の寿命との賭けみたいなものだろうか。

私の寿命を何歳と考えるかだが・・・。

でも、本当にそれまでこの年金制度がもつのだろうか?

何だか、また変えられてしまいそうな気がするなぁ〜。選択はギリギリまで待つとするか。

それにしても、私も年金のことを考える年齢になったということなのだなぁ〜。