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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2015-03-01-Sunday DVD

妻が帯広の映画館では上映されなかった

クリント・イーストウッド監督の作品「ジャージー・ボーイズ」を観たいと云う。先週、同じイーストウッド監督の作品「アメリカン・スナイパー」を観たからであろう。映画評では、アメリカン・スナイパーよりもジャージーボーイズの方が評価が高かいようだから、どうしても観てみたいのだとワガママを言う。

言い出したらきかない性格なので、仕方なくDVDを買いに行ったのであった。

私は以前にはレーザーディスク(LD)を集めていて、映画も相当な枚数を持っている。

何せ、一番最初にもらった給料で、まだ販売されたばかりのパイオニアのLDの機械を購入したのである。ユーザー登録番号は全国でもかなり早い番号であった。

あんまりLDばかり見ていたので、最初に購入した機械はすぐに壊れてしまい。現在、自宅に置いてある機械は4台目である。

それが、どうだ!やがて薄くて小さいDVDが登場するとLDは衰退して、やがて製造中止になってしまった。

私が老後の楽しみにしていたLD鑑賞は、現在所持している機械が壊れたらオジャンなのである。

もう、新しい機械には飛びつかないことにした。それでも、マジックを見る為にはDVDを見る機械が必要である。

去年、その機械を買いに行ったら、なんと2万円もしなかったので驚いたのであった。LDの最初に購入した機械は30万円ほどだったと記憶している。15分の1とは・・・。

どうもレンタルというシステムが不得手である。所有したい欲求が強いのである。今回もレンタルではなく購入することにしたのであった。

「ジャージー・ボーイズ」はDVD化されてまだ日が浅いようだ。箱を見たらブルーレイ(BR)とDVDの2枚組である。ブルーレイの機械は持っていないから「DVDだけで良いのだが・・・」と店員さんに言ったら「今はこういう売り方なんです。値段もDVD1枚と同じです」と云う。

同じ値段と言われても、BRはいらないのだから何だかモッタイナイ気がする。でもそれしかないというから仕方なく購入して来た。

自宅で観たが・・・。

60年代のアメリカで一世を風靡した「フォー・シーズンズ」と云う4人組バンドの物語である。出て来る唄はほとんど聞いたことがある。

私が幼少期を過ごした家の隣では父がダンスホールをやっていた。このダンスホールは私が生まれる前の昭和25年の開店である。

そのダンスホールで毎晩掛かっていたレコードの曲は題名こそ知らないものの、私の耳にこびりついている。なにせ子守唄代わりに毎晩聞いて育ったのだから・・・。

ヘェ〜ッこの曲も、彼等の曲だったのかと思いながら、懐かしく楽しんだのであった。

ニュースでは、神奈川で中学生が18歳の少年らに殺されたらしいと、ここ毎日報道している。ジャージー・ボーイズを見ると、産まれてくる親を選ぶことは出来ないが、友達は選ばなければいけないなぁ〜とつくづく思う。

選らんだ友達によって人生は大きく変わってしまうものである。社会的成功と家庭的幸せの比較、幸せな人生とは何なのか。60年代の名曲オールディーズに乗せて展開されるこの映画はとても良い映画であった。お勧めの1本である。


■2015-03-02-Monday アレッ

昨晩から雪が降っていた。

寝る前に、一通りは除雪をしておいた。まだサラサラの軽い雪であったから寝る前の運動としても楽なもんであったが・・・。

朝、起きて窓の外を見ると20僂曚匹眄僂發辰討い拭今日、2日は父の月命日だからお坊さんが読経にやって来るので、母の家の前に駐車スペースを作っておかなければならない。

雪は一晩の内に、水分を吸って、ドッシリと重たくなっていた。このところの重たい雪の除雪作業で、私の腰はすでに限界に来ているが・・・。

母の家の次に、自宅の前を除雪していると、お坊さんが来てしまった。いつもよりも30分以上も早い時間である。私はまだ除雪作業中だったから、着替える間もなくジャージ姿でお参りしたのであった。

読経が終わってからもしばらく除雪作業をしたが、もう雪を捨てる場所がない。人が一人通れる幅だけ開けて止めた。雪は春になったら融けるからと開き直ったのである。天気予報では4日、5日と雪マークである。もう雪はいらない。

会社に行ったら、小荷物が2個届いていた。開いてみたら、何と2個とも同じマジックの本である。

一般の書店では販売されないマジック専門書であるが、どうやら別々のマジックショップにそれぞれに予約を入れていたらしい。注文したことすら忘れているのだから、母のことを笑えないなぁ〜。

マジックはその性質上、返品は不可なのである。本の値段は6200円と高額だ。そのまま捨て置くのもモッタイナイ。しかし、この手のマジック本を読むような人はそう多くは居ないというよりも、ほとんど居ないのが実情である。

帯広に、現在、転勤族のアマチュアマジシャンが3人集結していることは以前にこのブログに書いたが、その内の一人に、SNSのメールで事情を説明し安くするから買わないかと伝言しようとしたら・・・。

SNSのメールは字数が少なくて「(略)6200円のところを5」のところで文字数が尽きてしまったので、すぐに、もう一度操作して(したつもりになって)続きのつもりで「5千円で如何でしょうか?」とだけ打って送信したのであった。

すると、すぐ隣に居た妻が「な〜に?5千円で如何でしょう?って、私を5千円でどうするつもり? 何にしても、私は五千円じゃぁ安過ぎるわよ!」とニヤ〜ッとして言う。

エッ、何で妻が今打ったばかりのメールの内容を知っているんだ。と思ったら・・・。

操作を急いだ為に、間違ってマジシャンではなくて、妻にメールを送信してしまったらしい。

妻には、先にマジシャンに送ったメールは届いていないから、ただ「5千円で如何でしょう?」の文面だけが届いたのである。

確かに、この文面だけを見たら訝しく思うのも無理はない。どうやってこの誤解を解こうかと考えているところに、マジシャンから「今、近所に居るから会社に行きます」と電話が入った。彼も、ちょうどこの本を購入しようと思っていたところだったそうだ。

新品を安く、しかも送料や振り込み手数料もいらずに買えるということで、渡りに舟と、すぐに電話をくれたのであった。助かった〜。でも、どんなに急いでいてもメールの宛先の確認は怠ってはいけないなぁ〜。


■2015-03-03-Tuesday 何なんだ!

何なんだ!この変な天気は!

昨日の20僂旅濱磴ら一転して、今日は晴れで気温も+5℃と高いから雪がグチャグチャに融けて、道路が水浸しである。

本通り側は一応、除雪車が通ったからアスファルトが露出しているが、仲通り側は、除雪車が入らずのままなので、車が道路に積もった雪を踏み固めて10冂の圧雪状態で車道が盛り上がっていた。

その雪が溶け出したものだから雪がシャーベット状態になり、酷い轍(わだち)が出来ている。妻の車は車高が低いから、車の腹を擦りながら走るしかない。

会社の南東側の2階建ての木造建築物の屋根から、融けた雪が、屋根の傾斜で北側の我が社側の敷地に滴って来る。それが凍って大きなつららになっているが、北側面なので、日陰になっていてなかなか融けないのだ。

気温が高くなると氷が緩んで割れて、塊が落下してくる。我が社の駐車場との間には塀もないから、そのまま落下して、駐車している車に傷でもつけられたら面倒なことになる。

大家が帯広に居ないとのことなので、何度も、店子や管理会社に何とかするように言っているのだが、まるで対応をしないのだ。

店子はこの場所に、ガスボンベを数本並べているが、その上にビッシリと氷が付いている。これだけでも危険だと思うのだが・・・。

クーラーの室外機にもビッシリと氷がこびりついているから、中のファンも凍っているだろう。ファンが回らずにオーバーヒートするんじゃないかと心配である。どうして無関心で居られるのかその神経が理解出来ない。

天気予報は、明日からはまた大雪の予想である。

この状態で明日、雪が降って、気温が下がったら、ガチガチに凍ってしまって、スコップでなければ除雪が出来ない状態になりそうだ。

降るなら降る。融けるなら融けるとハッキリして欲しい。またまた腰が悲鳴をあげそうである。


■2015-03-04-Wednesday 長崎1

地元の金融機関の

ゴルフ愛好者の会が毎年実施している冬期間のゴルフ遠征旅行に参加した。

雪の降らない地域に暮らすゴルフ好きの人には理解できない感覚であるかもしれないが、北海道のように雪が積もる地域に暮らすゴルフ愛好家にとって、11月〜4月末までの5カ月間もゴルフが出来ないというのは、かなり辛いものがあるのである。

2月末ぐらいまでは、オフシーズンと諦めて、まったくゴルフクラブに触らないのも、一種の気分転換にはなるのだが、3月になってプロゴルフが始まると、もう身体がウズウズしてくる。

今年は、冬期間のゴルフ遠征はある事情で諦めていた。先月にあった別のゴルフ遠征に出発直前で参加を申し込んだのだが、締切日をとうに過ぎていたので参加が出来なかったのである。が、そのことが、ますますゴルフをやりたいと云う気持ちに火を付けたようであった。

最初の参加申し込み締切日もかなり過ぎていたのだが、念のために事務局に聞いてみたら、空きがあったようで急遽、参加することが出来たのであった。

今年の遠征場所は長崎の「パサージュ琴海ゴルフクラブ」と「ペニンシュラゴルフクラブ」の2ヶ所である。

パンフレットを見ると、リゾートホテルに泊ってゴルフだけをする予定である。どちらのコースもプレーしたことがないので楽しみである。

このゴルフ遠征には、ジンクスがあって、ここ3年連続で、天候不順の為に飛行機が飛ばずに日程が狂うのである。

今朝の天気は案の定、大雪である。8:00に同行者が自宅に迎えに来てくれることになっているが・・。

インターネットで飛行機の運航状況を調べたら、羽田空港から帯広空港に来る第1便の欠航が載っていた。この飛行機の折り返しで羽田空港に向かう予定が早くも狂ってしまった。

すぐに旅行会社の担当者に電話したら、第2便を押さえたと云うが、外はまだ激しく雪が降っているから、このままではまた欠航だなぁ〜と思っていた。

もう一度、ネットで調べたら、第2便は羽田空港を15分遅れで飛びたったが、帯広空港が雪で降りられない時は、羽田空港に引き返すか新千歳空港に降りることになると云う。

再び、旅行会社の担当者に電話したら、一応、12時に帯広空港に集合して欲しいと云う。後は、飛行機の到着待ちの状況だ。

帯広空港に降りることが出来れば、飛ばないということはない。帯広空港には飛行機を駐機する格納庫がないから、留め置くことが出来ないから、降りたら必ず飛び立つのだ。

午前中は自宅周りの除雪をして、11:00に自宅に迎えに来てくれた同行者と3人で帯広空港に向かった。

雪はまだ激しく降っている。道路の除雪もまるで出来ていない。帯広の高速道路は一車線しかないから、誰かが事故でも起こしてしまうと、高速道路を降りたくても降りられなくなってしまうから、危機管理で、国道を行くことにした。しかし、国道すらまだ除雪がされていない。

運転者が途中から、国道ではなく空港へ向かう最短コースの道に入ってしまった。まったく除雪がされていないし、周りは畑ばかりである。しかも雪がまだ降っているから、いわゆるホワイトアウト状態で、道路と畑の境目も分からない。案の定、車が2台も畑に落ちていてJAFがけん引作業をしていたのであった。

我々3人は無事に空港に到着したら・・・。

この落ちた人というのが、同行者のKさんだと云う。果たして間に合うのだろうかと心配になったが、どうすることも出来ない。

飛行機は到着はかなり遅れたが、帯広空港には何とか到着した。この遅れたお陰で、このKさんもギリギリ間に合ったのであった。

羽田空港で長崎空港行きに乗り換えて、19:30にようやく夜の長崎空港に到着したのであった。

ホテルのある場所は、長崎空港のある大村湾を挟んで西側の半島にある。船で大村湾を30分横断して到着した。外が真っ暗なので景色はまるで見えない。

21時に遅い夕食をホテルでとってその日はさすがに就寝したのであった。


■2015-03-05-Thursday 長崎2

朝起きて、窓の外を見たら、

素晴らしい景色である。

ホテルの内外を散策してみた。このパサージュ琴海ホテルは、みたところ、どうやらバブル時代に建てられたリゾートホテルの様である。

ゴルフコース・テニスコート・温水プール・結婚式場などの施設があり、建物は白壁で、コンセプトは地中海風の感じがする。

今回の参加者は20名、夫婦で参加している人もいる。5組に分かれて、2日間のトータルスコアで順位を決める。

私は、去年の11月にゴルフを終了してから、このゴルフ遠征に来るまでに、一度もクラブを握っていない。

元々、練習嫌いであるが・・・、妻からも「一度くらいは事前に練習場に行ってきたら・・・」と言われるほどであったが、除雪作業で腰が痛くてゴルフクラブを振る気分にならなかったのである。

ホテルとゴルフ場は隣合わせになっていて、ホテルからは徒歩1分でゴルフ場なのである。

同行者の2人は朝早くに、隣接する打ちっ放しの練習場に行って、数十発を打ってきたが、私はパットの練習をしただけであった。

ゴルフをナメテはいけないなぁ〜。

やはり、一発も打っていないでいきなり本番に臨むのは無茶であった。どこに飛んで行くのか不安なのである。この不安感がゴルフには禁物なのである。オンシーズンの時の球筋とは異なる球筋が出るので、どちらを向いて打てば良いのか分からなくなる。OBや池ポチャを連発して、最初のハーフは53打であった。

こちらのゴルフ場は昼食タイムを40〜50分くらい取るのが通例である。このゴルフ場も昼食タイムがある。これだけ成績が悪いと、かえって気分転換に昼食タイムはありがたい。

先に上がって昼食を取っている人たちが食べている長崎ちゃんぽんを見て、私も食べたいなぁ〜と思い「その長崎ちゃんぽんは美味しいですか?」と聞いたら、首を激しく横に振るではないか。

ラーメンなどの麺類は、北海道が一番だと云う。まぁ、食べ慣れていないからねぇ〜。私は無難なところでカツカレーにしておいたのであった。

昼食後のハーフは、やや安定してきたが、クラブにボールがキチンと当たらないから、距離がバラバラである。自信満々で打った距離が届かずに池ポチャをやってしまった。

結局、後半のハーフは46打で、何とか100を叩かずに終了することが出来たが・・・。

ゴルフを終えて部屋に戻って、ゆっくりとお風呂に入りながら、外の素晴らしい景色を見てノンビリしていた。

風呂を上がったら、私の母校の帯広柏葉高校では、3月1日に行なわれた卒業式で、柏葉高校出身の先輩で、歌手である中島みゆきの「時代」を歌ったが、そのことに、中島みゆき本人がメッセージをFAXで学校に送ってきたが、そのFAXがニセモノであったと云うニュースである。

中島みゆきは、高校生時代にイジメラレていたらしいという噂があって、帯広が好きじゃないという話も聞いていたから、母校の卒業式にメッセージを送って寄こすなんて随分変わったなぁ〜と思っていたのだが・・・。

その後、同行者から電話が入って、酒を持って部屋に来いと云う。

3人で飲んでいたら、またまた帯広から情報が入ってきた。帯広選出の代議士、中川郁子が東京の路上でキスをした写真が週刊誌に載ると云う不倫騒動が起きていると云う。

今日の5日に東京で発売される週刊新潮に、その路上キス写真と記事が載っていて、帯広ではちょっとした騒ぎになっているというのだ。

新潮の発売日は帯広では土曜日だから、まだ発売されていないが、何人かが取材を受けていたのだという。

記事を見ていないから、何とも言えないが、この手の話はチョットなぁ〜。

帯広の話題が、こんな離れた場所に居る時に、しかも2つも同時に全国ニュースになるなんて・・・。

夜は、ホテル内にあるフレンチレストランで食事をした。昨晩の内に、和食かフレンチかの選択をするのだが、私は南の地方の魚の刺身が苦手なので、フレンチを選択した。我々用に作ったメニューで、味はまぁまぁ美味しかった。同行者の3人でワインを2本空けて部屋に戻る。

ホテルの案内書きを見ていたら、マッサージがあると書いてある。かなり腰がキツイのでマッサージを受けることにした。

このマッサージ師がなかなか上手い。帯広でもあちこちでマッサージを受けているが、揉み方が随分と異なる。しかし腕はなかなかのものである。すっかり身体も楽になってグッスリ眠ることができたのであった。


■2015-03-06-Friday 長崎3

今日のゴルフは

泊っているホテルからバスで20分のところにある「ペニンシュラゴルフクラブ」である。

数十人の団体になると、中には時間にルーズな人が居るものだ。時間に遅れる人というのは、いつも決まって同じ人であるようだ。

時間にルーズな人というのは、約束にもルーズということである。

他人の立場に立って考えられない人でもある。待っている側の人達は皆、イライラしたり、焦ったりしているのに、当人はゆったりと遅れて現われては待っている人間の不興を買うのだ。しかし、当人は気にも留めていないようで、反省する様子はまるでない。周りも半分諦めているようだが・・・。

長崎の道路は狭くて、くねくね曲がっていて、昇り降りも多い。ドライバーはそこの道に慣れているとはいえ、相当な早さで運転して行く。北海道のドライバーなら運転出来ない人が多いだろうなぁ〜。家の塀の脇スレスレに、庭からはみ出ている樹の枝を擦りながら運転して行く。久し振りに車に酔ってしまった。

ペニンシュラゴルフコースの事前の情報では、フラットで距離が長いコースということである。だが、バスは山の上に昇って行く。

ここのコースもバブル時代に開発したゴルフコースであろう。自然の地形から山を無理に削ってホール自体はほぼフラットに設計されているようだ。帯広のゴルフ場のように自然の地形そのままで昇り降りの多いコースとは趣が異なる。

昨日のパサージュ琴海はキャディが若くて可愛い娘が多かったが、このペニンシュラにはキャディが4人しか居ないのだと云う。我々は5組であるから、一人、パサージュ琴海のキャディさんで、このコースのメンバーだという女性が助っ人に来て私の組に付いたが、他の組は皆50〜60歳代と思しき女性がキャディを務めていた。

私はオレンジ色のカラーボールを使っているが、カラーボールはカラスが持って行ってしまうから白いボールにした方が良いと云う。

レギュラーティからだと距離が長くなるので、フロントティからやることになった。これだと逆に昨日よりも短くなる。

グリーンは固くて早い。芝の芽がまだ生えていないからだ。

パットに苦しみながら前半のハーフは47打。まだショットは安定しないでどこに飛んで行くか分からない。それでも、2日目だから初日よりは、まだまとも当たるようになってきた。

昼食は、長崎名物の「トルコライス」というメニューを選んだ。長崎市内のレストランが始めたメニューで、チャーハン(炒めご飯)、スパゲッティのナポリタン、トンカツがひとつの皿に盛られている。味はイマイチで半分残してしまった。

午後のハーフは17番を終わって5オーバーである。最終18番をボギーで上がれば42打でトータル89打になり90を切ることが出来る。18番は左側がグリーンまで続く池がある380ヤードのミドルコースである。右に打っていけば楽なのに・・・。

第一打を左に引っ掛けて池ポチャ、この池は赤杭のラテラルウォーターハザードであるから池に入った場所の横から一打罰付加して第3打として打つのだが、これが左の池を怖がって、右のバンカーに入れてしまった。

第4打をバンカーからピン3mに出して、このパットを沈めればボギーであるが、これを外してダボで43打の90打ちょうどであった。

昨日からは9打縮めたが満足できるスコアではない。

夜はホテルで表彰式を兼ねた懇親会である。私は初日が14位、二日目が8位で二日間総合では9位であった。

宴会になって、私のマジックの話になり、何か出来ないか?と言われたので、いつも所持しているトランプマジックを披露した。けっこう受けたがタネを知りたがる人ばかりでやりにくい。

宴会終了後に、腰が辛いので、マッサージを再び頼んだ。昨日のマッサージ師が上手かったからだ。1時間じっくり揉んでもらって気持ち良く寝ることが出来た。


■2015-03-07-Saturday 長崎4

今日は、観光組とゴルフ組に分かれる。

ゴルフ組は4人だけで残り16人は観光組である。

私は2年前に妻と2人で長崎周辺の観光に来ていて、長崎の観光地はほとんど観ているから、ゴルフにしたのだ。

コースは初日と同じ、パサージュ琴海、15:15発の飛行機で帰るので、朝8時の一番スタートで昼食休憩を取らないスルーにしてもらった。

一昨日一度プレーしたばかりだから、コースは覚えている。ショットもだいぶ安定してきた。

昨日の最後の池ポチャで白いボールが1個しかないので、オレンジのカラーボールで打ったら、早速、ボールをカラスに持っていかれた。キャディさんは運動会の徒競争のスターターが持つ音だけが出るピストルを持っていて、そのピストルで、パンパ〜ンと2発の空砲を撃つがカラスはまったく平気である。

仕方ないので1個しかない白ボールでプレーをした。最初のハーフは44打、1時間50分しか掛からずに09:50に上がってきた。このペースなら飛行機も十分に間に合う。スコアも少しずつ良くなっている。

昼食を取らずにスルーでインコースに入ったが、土曜日であるから混んでいて、前が詰まっているからかなり遅いペースになってきた。

10番ボギーの後、11番、12番と連続バーディを取って気分も良くなってきたが、次の13番の長いミドルで2オンを強行したら、飛び過ぎてグリーン右奥横の池に入れてしまってダボ。白いボールが無くなってしまったが、残り5ホール、もうカラスも取っていかないだろうと、14番でオレンジボールを使ったら、またまたカラスが持って行ってしまった。

仕方がないので、キャディさんが途中で拾ったボロボロの白いボールを借りてプレーしたが、普段使用しているボールと感触が違うのでその後が良くない。

最終の18番で、またまた一昨日と同じ様に池に入れてトリプルを叩いて46打になり、結局トータル90打。結局、長崎では90を切ることが出来ずに口をついて出たのはクールファイブの「♪アァ〜ア〜長崎は〜、今日もダメだった〜♪」の唄であった。

上がって時計を見たら12:20。空港にはゴルフ場のマイクロバスで送ってくれるという。1時丁度にここを出れば、余裕で間に合うと運転手が言うので、食事は空港ですることにして、サッとシャワーだけ浴びて12:50にフロント集合と云うことにしたが・・・。

時間にルーズな人が居るということを、この時点では忘れていたのであった。

12:50に3人が揃いバスに乗ったが、一人が1時になってもまだ来ない。どうやらゆったりと風呂に入っているようだ。

ハーフ終了時に「アッ、ホテルの部屋のクローゼットにコートを忘れた」と言うのでキャディがフロントに連絡して届けておいてもらったのであったが、忘れ物はこれだけではなかったのだ。

さぁ〜出発と思ったら、今度は「昨日買ったお土産のカラスミやハムなどをゴルフ場の冷蔵庫で預かってもらっている」と言う。するとゴルフ場ではなくホテルの冷蔵庫だということで、ホテルマンが慌てて持って来た。「もう、忘れ物はないですね!」とバスを発車させてゴルフ場を出かかったら「アッ、お風呂場に時計を忘れた!」と言うので、またゴルフ場に戻って、本人が風呂場に向かっている時に、ホテルからボーイが荷物を持って走ってくる「カステラを渡すのを忘れていました」と言う。これはホテル側のミスであるから、時計を忘れずにそのまま出発していたら送ってもらうだけである。まぁこれは間に合ったからホテル側は助かったであろうけど・・・。

でも、そういう預けたモノがあったのなら一番最初に上がって来て用意しておくのが普通だと思うけどなぁ〜。

風呂場から時計を持ってきてようやく13:15に出発した。

もうひとり別な人が、途中で道路脇で農家がミカンを売っている直売所を見つけて「ちょっと停まってくれ、3分で買って戻るから・・・」とバスを停めさせたのであった。

3分で買い物が終わる筈がないではないか。結局20分ほど掛けてゆっくりと買い物をしたのであった。

運転手は「まぁ、ギリギリ間に合うでしょう」とは言うが、私が昼食を食べる時間がなくなる。

途中で添乗員から「今、どの辺ですか?」と心配して私の携帯に電話が入る。14:30にギリギリ到着したのであったが、本人はバスの中でイビキをかいて寝ている。周りの人間をイライラさせて本人はヘッチャラなんだから、精神衛生上も甚だヨロシクない。

帯広からは週刊新潮が買い占められて、帯広では何処の書店にも売っていないから買って帰ってきてとメールが入っていた。昼食を取る間もなく売店で新潮を買って飛行機に乗り込む。

羽田空港に到着して空港の待ち合い室で解団式。「何とか無事に帰り着けそうですね」と代表者が挨拶した途端に放送で「帯広行きは視界不良のために羽田空港に引き返す可能性があることをあらかじめ御承知の上搭乗下さい」とのアナウンスが入る。

帯広到着寸前まで予断を許さない展開である。

帯広便の出発ロビーはかなり離れた搭乗口に変更になった。私はお腹が空いていたので、立ち食いの寿司屋で寿司をつまんで、さぁ帯広便の搭乗口に向かおうと精算を済ませたところに、同行の人が入って来た。私が「もう時間がありませんよ、はやく行かないとかなり距離がありますよ」と忠告したのだが・・・。

私が搭乗口に着いた時に、添乗員が「○○さんを見掛けませんでしたか?あの人が最後なんですが・・・」と聞く。まだ搭乗締切りまでは10分ほどあるが・・・。「私と入れ替わりで立ち喰い寿司屋に入ってきたよ」と告げておいた。

案の定、搭乗締切り時間になっても○○さんは飛行機に乗り込めずに、出発を少し遅らせることになったのであった。

飛行機は無事に帯広空港に到着したので助かった。羽田に戻るなんてことになったら体力的にも精神的にもかなりシンドイ。

帯広空港に置いてあった同行者の自動車の除雪をしなければいけないと覚悟していたが、サラッと雪が乗っているだけで、除雪の必要もなかったのでこれまた助かった。

帰宅してから、留守間の新聞を読む。例の2つの帯広の事件も長崎の新聞とはまるで書き方が異なる。地元であるから当然のこととは云え連日に渡って書かれている。

ウ〜ン、中川郁子の路チュウは、いろいろな見方があるだろうが、56歳で手を繋いで歩いたり、他人の目がある公道上でキスをするなんて、若いアツアツのカップル連中ならいざ知らず・・・。

この手のスキャンダルは男性にも、女性にも擁護する人間は少ないかもしれないなぁ〜。

政治の勉強をしていない専業主婦が、急死した夫の代わりに立候補して、死んだ旦那が安倍首相のお友達であったから、2期目にして政務官に抜粋されただけとゴルフの同行者も言っていた。

ホテルの中でキスしたのなら誰も分からないし、言い逃れだって出来たかもしれないのに、路上でのディープキッスはマズイだろ〜。


■2015-03-08-Sunday 人間の心理

昔のお伽噺(おとぎばなし)の

「鶴の恩返し」にも表現されている通り、人間は「見てはいけない」「見ないで欲しい」と言われると、却って見たくなってしまうと云うのが、性(さが)なのである。

中川郁子の不倫路上キスの写真と記事が掲載された週刊新潮が、帯広では土曜日に発売される予定であったが、発売前に大量の購入予約が入って買い占められ、帯広市内の本屋の店頭から消えたという記事が新聞にまで載った。

こうなると、人間と云う動物は、最初は大して関心がなかったことでも「買い占め」までするというのは、一体どんな写真や記事なんだろうと、逆に興味が湧いてくるというのが人情というものなのだ。

他人の眼に触れさせたくないと云う、買い占めた側の人間の思惑とは真逆の効果を生み出し、何としても見てみたいと、むしろ、喚起させてしまうようだ。そうなると、やっきになって手に入れようとするものらしい。

私のブログに、長崎で週刊新潮を購入して来たと書いたら、是非とも見せて欲しいと云う人が何人も現われたので驚いてしまった。

希少性が高まると、ついつい要らないものでも、欲しくなって買ってしまうと云う人間の心理である。

帯広市内の本屋で、通常は何冊の週刊新潮が売られているのかは知らないが、これだけ発売前から話題になっていたら、本屋側も仕入れ冊数を増やすであろうし、売れ残って返品なんてことはなくなるだろうから、通常の倍以上の冊数が売れることになるだろう。

それでも現物の週刊誌が手に入れられない人は、たとえコピーでも見てみたいとの思いまで募らせてしまうかもしれない。

つまり、こう云う事態になった時に「買占め」と云う行為は、まったくの逆効果でしかないということだ。

買占めという行為に依って、逆に人々の関心を集めてしまったのである。

ホッタラカシにしておけば良いものを・・・。


■2015-03-09-Monday マジック送別会

以前にこのブログに、

現在、帯広に、全国的にも有名なアマチュアマジシャン3人が、偶然にも集結していると書いたが・・・。

彼ら3人の職業は、自衛官、生保マン、銀行マンで、3人共に転勤族なのである。

まことに、残念なことに、この3人の内の2人が転勤と転職で、この3月末で帯広を去ることになってしまった。

転勤族であるから会社の命なら仕方がない。

去年、何度かこの3人に私を加えた4人で、お互いにマジックを披露し合う機会を持った。

12月には、妻帯者は妻同伴で、マジック忘年会を開催し、とても楽しく有意義なマジック三昧の時間を過ごしたのだった。

今年もマジック三昧の会を沢山やろうよと計画していたところであったが、3月末に一人が転勤することになり、もう一人は退職して、プロマジシャンになると云うのである。

私も学生時代に一度はプロマジシャンを志した者であるから、彼の気持ちも良く理解できるつもりだ。

先週、このプロになると云う芸名が「スペンサー・トリックス」さんが会社に来た際に、この転職話を聞き、急遽その場で、他の2人と連絡を取り合って日程を決め、最後のマジック三昧の会をやろうと企画したのであった。

帯広には、この4人以外にもまだ鑑賞に堪え得るマジシャンが2名居るから、彼ら2人も誘って6人でマジックを披露し合おうと考えたのだ。

最初は、内輪だけの12名しか入れない部屋で、交互にマジックを披露し合おうと思っていたのだが、たまたまマジック博物館の取材に来た北海道新聞の記者が、記事にしたいというので、他の3人が良いと云えば記事にしてもOKということで、私は長崎へゴルフに出掛けたのであった。

その記事が今朝9日の北海道新聞の朝刊に掲載され、一般客も10名は無料で鑑賞OKとなっていて、連絡先は私の携帯電話であった。

確かに、道新の記者から確認の電話が、長崎に居るときに何度か入ってはいたが、私はプレーの最中だったので、適当な返答をしてしまったのだろうと思う。

朝から、私の携帯電話が鳴りっ放しである。

9時ちょうどの段階で鑑賞希望者が10名になってしまい、その後も電話が何本も入る。

せっかく申し込んでくれたのに断わるのも申し訳ないから、会場を少し大きな場所に移動して30名くらいはOKにしようかと考えているが、15時の時点で既に希望者が25名にもなってしまった。

マジックには、大がかりなイリュージョンマジックやステージマジックならば、数千人入るような大ホールでもOKだが、私達が今回演じるのは、テーブル上で演じる小さなマジックである。あんまり大勢では、テーブルの上は見えないのである。

希望者が多いのは嬉しいことだが・・・。

私は、マジックのタネを見破ろうとする日本人のマジック鑑賞態度が好きではない。素直に不思議さを楽しんでもらいたいのだ。

マジシャン仲間なら、タネが分かっていても、演技者の技量を楽しむ見方もある。

マジックの素人観客が増え過ぎると「アッ、見えた!」とか「タネが分かった!」とか言い出して、雰囲気を壊してしまう可能性もその分だけ大になる。

しかし、内輪の会を一般にも開放して、演技者の技量の幅を広げるのもまた有りかも・・・。

まぁ、なんとか楽しいマジックの会にしたいものである。


■2015-03-10-Tuesday 新手の詐欺

昨夜のニュースで

札幌で80歳代の女性が、オレオレ詐欺で3000万円を騙し取られたという。

道警の発表によると、今月4日、女性宅に男から電話が入り、甥と思い込んだ女性は、電話の男の指示に従って、路上で3回に亘って現金3000万円を手渡したという。路上で手渡しでお金を受け取るという新手の手法だそうだ。詐欺師側もあの手、この手といろいろ考えるものである。

だが、私が驚いたのは、3000万円と云う金額と、甥という点であった。

この婆さん随分と金を持ってんなぁ〜、と云う驚きと、息子ならいざ知らず、普通、甥っこにこの金額を融通するかぁ〜という二重の驚きである。

すぐ近所では、別の70歳代の男性も900万円を同じく路上で手渡しで騙し取られたという。

これだけ、毎日の様に新聞やニュースでオレオレ詐欺のことを報道しているのに、それでも引っ掛かるのは、何故なんだろう。

詐欺師の手口がそれだけ巧妙ということなのだろうが・・・。

以前のニュースで「閉店セール」と云う商売方法を、どこかの大学生が調査したら、実際に閉店したのは、極々わずかな店だけで、閉店する閉店すると言いながら「閉店セール」をやっている店舗では、実際には閉店などすることはなく、ほとんどの店が「閉店セール」という看板だけを常態化しているのだという。これは「詐欺まがい」の商売であるという報道であった。

番組のスタッフが閉店セールをやっている店側にインタヴューしたら「改装の為の閉店セールで、廃業や閉鎖の閉店ではない」との開き直り方であった。

客側は、閉鎖や廃業の閉店セールなら、商品を全て処分する為に、破格の安値にするであろうとの思い込みがあるから、安いと錯覚して、ついつい不要なモノまで買ってしまうという人間心理を利用した悪徳商法であろう。

似た様な「閉店商法」というのは世界中どこにでもあるものだが、こんな例もあった。

飲食店で「店主が病弱の為に引退、廃業する」と新聞に記事で取りあげてもらう。記事を見た客は「もうこれでこの店で飲むのも終わりかぁ〜」との感慨を思ったら、たとえ最近は足が遠のいていた客であっても、挨拶代わりに最後に店に顔を出すかなぁ〜となって、閉店を謳った日までは、連日、連夜、満員御礼状態になり、いつもよりも儲かる仕組みである。

店は実際に閉店をした。閉店商法でいつもの営業よりも余分に儲かった金で、まずは旅行や温泉に行ってくる。

しばらくしてから「やっぱり、商売は生き甲斐だから・・・」とか何とか宣言をして、新たに店をオープンする。今度は、開店祝いでまた稼ぐという商売だ。

果たして、この恥を知らない商人を賢いというのか、それとも騙される客が悪いのだろうか。

商売とは信用であったはずなのだが・・・。


■2015-03-11-Wednesday おいおいおい

何なんだ!この天気は!

9日夜の天気予報では十勝には爆弾低気圧が来襲して、70僂發梁臉磴降ると云う警報が出ていた。

もう除雪作業は勘弁して欲しい〜!

10日の朝6時に起きて、窓の外を見てみたら・・・。

夜中に雪が降った形跡が全くない。こりゃぁ〜予報が外れたなぁ〜と喜んでいた。

会社に出勤する頃からは雨が降って来た。段々と激しくなってくる。この時期の雨は雪を融かしてくれるから街中としては大歓迎だが、山の方では雪崩が恐いことになる。

昼間の温度の方が高くなるのが普通だから、このまま雨のままでいて欲しいなぁ〜と願っていたのだが・・・。

11時頃から雨が雪に変わった。逆に朝より気温が低くなっているのだろう。

雪の降り方が、ドンドン激しくなってきて、朝の雨で溶けてアスファルトが出ていた路面に、見る間に雪が積もって白くなっていく。

こりゃぁ〜マズイぞ〜!

帯広は、例年、お彼岸近くに1日で50〜90僂離疋雪が降るのだ。

この時期の除雪には「気持ち」が重要なのである。

12〜1月頃の真冬の降雪なら、気温が低いから、雪はそのまま融けることがないので、除雪しなければ生活に困る。だから、何があっても除雪は最優先事項なのである。

しかし、春が近い3月の雪は、もういい加減、除雪作業に疲れ果てている頃でもあるし、そのまま除雪をしなくても、温かくなってすぐに融けるだろうという淡い期待があるのだ。この期待感が邪魔をして、除雪作業に向かう気持ちを萎えさせるのである。

そこにもってきて、普段、除雪作業を担当している、我が社の管理課長が母親の葬儀の為に帯広に居ないのである。

つまりは、会社も自宅も私が除雪をしなければならないということなのである。

昼食後に一旦、自宅に戻って玄関前と車庫前の除雪をしてきた。

会社に戻って、東側の駐車場スペースの除雪を始めたのだが・・・。

除雪機と融雪機の使用法が分からない。仕方ないから人力だけで除雪をしたが、何せ午前中は雨だったくらいだから、シャーベット状でやたらと重い雪なのだ。

中に着ているYシャツなどもビチャビチャになるほどの大量の汗をかいて、一応、人が歩けるスペースだけは確保したが、まだ雪は激しく降っているので、除雪した後にすぐに積もってしまう。

もう、こうなると嫌気がしてきて、明日にしようと諦めてしまった。

会社を終えて自宅に戻ったが、車庫前も雪が積もって車が入れない。

またまた、除雪作業である。腰はもう限界だぁ〜、もう勘弁してくれ〜!


■2015-03-12-Thursday 諦めた〜

昨日のブログで

この時期の除雪には「気持ち」が必要だと書いたばかりだが・・・。

朝起きて、玄関の除雪をしようと外に出たら、積もった雪の表面が凍っているのである。

朝方の雨から雪に変わり、また最後はミゾレ交じりの雪になったからだろう。積もった雪の下と上が完全に氷になっているのだ。

下の雪は路面にこびり付き、上の雪は表面が固くなっているから、プラスチック製のスコップやアルミ製の軽いスコップではまったく歯が立たない。昔の鉄製の重たいスコップで削るようにガリガリやらないと雪が取れないのである。

玄関先の除雪を少しだけやったが、すぐに腕も腰も痛くなったので、こりゃぁ〜もう今日はやっても無駄だなぁ〜と思えた。

三寒四温の時期であるから、明日はきっと温かくなって氷も緩むだろう。焦って身体を酷使するより、どうせ今日明日、自宅に来るのは新聞配達員くらいしかいないだろうから、人が一人通れる幅だけ路面を出しておくことにして、除雪はサッサと諦めてしまった。

今日明日に融けなくても、春になったら自然に雪は融ける!完全に開き直ったのであった。

それにしても、今冬の雪の多さは異常である。帯広市の除雪費用も過去最高額を更新し10億円を越えたという。

もし、これから先も毎年、帯広にこんなに雪が降るようなら、自宅用に除雪機か融雪機を買わなければならないかもしれない。

元々、腰が悪いのにもってきて、加齢とともに体力もなくなってきたから除雪作業はかなりシンドイ。

我が家が所属する町内会は、平均年齢は70歳近いだろうと思われるほど老人ばかりの町内会だ。町内会にはかなりの資金的余裕があるのだから、来年あたりから町内会として除雪を頼む必要があるかもしれないなぁ〜。


■2015-03-13-Friday マジックショーの

22日に予定している

マジックショーのことが、9日の北海道新聞朝刊に掲載されたことで、見学希望者が殺到してしまった。

当初はアマチュアマジシャン4人の仲間内だけでマジックを披露し合う会を予定していたのだが・・・。

「観客は入れないのか?」との新聞記者の問いに、その場に居たマジシャンと相談したところ、会場の大きさには制約がある、でも10名程度になら見せようかとなった。

我々4人はアマチュアマジシャンでもあるから、入場料を取ることは考えていなかったので「無料」で10名限定として、その件を記者に伝えたのである。

ところが・・・。

これがマズカッタ。連絡先にした私の携帯電話が、9日朝から鳴りっ放しなのである。

人間は「無料」とか「限定」とか云う言葉に反応するものだという事を、記者に伝えた時点ではスッカリ忘れていたのであった。

瞬く間に10名を越えてしまい、その後も電話が鳴りっ放しの状態である。しかし、当初に予定していた会場は窮屈を我慢してもらっても15名が限度の広さしかないのだ。

申し込みしてくれた方々には「場所を替えて30名程度なら入れる会場に変更するかもしれないので、一応、保留と云うことで2〜3日の時間を下さい」と云っておいたのであった。

クロース・アップ・マジックという少人数に見せるマジックを主流にしているから、50名を越えるとちょっと座が持たない。せいぜい30名が限度である。

しかし、せっかく申し込んでくれた方々には、今回が最初で最後のマジックショーになるので是非とも見せてあげたい。

まぁ、私のビルの中には、丁度良い場所もあるにはあるので、イスをセッティングしてみて可能か不可能かの検討をすることにした。

普段は教室などに使用している平場の会場で、マジックを演じるテーブルを挟んで、イスを5〜8個ほどを5列も並べると最後尾の客は前列の観客の頭が邪魔で、テーブル上が見ずらくなってしまう。

マジックの場合は観客を左右に広げ過ぎるとタネが見え易くなってしまうから、会場は狭くしか作れないのだ。

後方2列のイスを、別会場から高さ30僂曚匹離好董璽犬魃燭唸んで、そのステージ上にイスを並べてみたら、後方の観客もバッチリと見えるようになった。

普段は教室用の会場なので、照明が蛍光灯だけである。これでは見栄えがしないので、スポットライトを数個運び込んでマジシャンの手元を明るくするようにしてみた。

まぁ、何とかマジックの会場らしい雰囲気が作れたので、観客数を30名にまで拡張することにしたのであった。

マジシャン一人の持ち時間を15〜20分として4人で1時間程度のマジックショーにするつもりである。

私も練習しなくっちゃ!乞うご期待である。


■2015-03-14-Saturday 鑑賞

午前中に、今日が封切りの映画を観に行った。

春休み用にこれから新しい映画が続々と封切られるが、今回観たのはディズニー映画で、お伽噺のその後を描いた実写版で、ミュージカル仕立てでもあるという「イン・トゥー・ザ・ウッズ」である。

例に依って「夫婦50歳割引き制度」を使っての鑑賞である。これまた例に依って、まだ観ていない人の為にストーリーなどのタネ明かしはしないでおくが・・・。

観る前は、子ども向けの単純な映画かと思っていたのだが・・・。何の何の、実に深〜い、深〜い教訓を含んだ映画であった。

ハッピーエンドとは何ぞや!

人の幸せとは何ぞや!

この映画の中に「不倫」の様な場面が出てくるが、人間心理の分析をかなりやった映画であると思う。大人が観るための映画である。

先週の週刊新潮に載った某国会議員の路チュウを思わず思い出してしまった。帰りに本屋に寄ってみたら、今週号でも続きが載っている。それも新潮だけではなく文春や、それ以外の雑誌にも・・・。

パラパラ見ると、今度は入院中に病室でタバコを吸って注意されたということである。国会でもまた追及されたという。

彼女に抱いていた清廉そうなお嬢様というイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていった。今時は、喫煙習慣そのものが敬遠される世の中である。それを入院中の病室でプカプカとタバコを吸っているという図は、一般的にはヨロシクはないだろうなぁ〜。

この人の場合は、清廉なイメージが崩壊してしまうと云うのは致命的なダメージかもしれないなぁ〜。こんな状況で地元に帰って来れるんだろうか?


■2015-03-15-Sunday 親類の葬儀

90歳の親類の女性が亡くなった

という連絡が母の家の電話にあった。

母は最近、物忘れが激しくて困っている。

「いつ、どこで葬儀があるの?」と母に聞いたら「アレッ、何とかかんとか斎場とか言っていたけど・・・」と言う。

「何とかかんとか斎場って言われても、帯広市内に斎場は沢山あるけどなぁ・・・」と・・・、連絡役に母はまるで向いていないのだが、私によりも母への方が気楽に連絡ができるのであろう。

「どうせ新聞の死亡広告欄に載るだろう」と思っていたら・・・。

最近、流行りの家族葬という葬儀方法で、新聞広告などには事前に載せずに極々内輪だけで葬儀を済ませ、後日、新聞に「内輪だけで済ませました」と報告を載せるのだという。

しかたなく母の記憶を頼りに、場所と時間を調べたのであった。

これでまた一人、近しい親類が減ってしまった。

親類たちにも、もちろんそれぞれ子孫たちが沢山いるのだが、代が替わると親類でも段々と疎遠になっていくものである。

よく遠くの親戚より近くの他人ともいうが、世の中というのは、まさにそういうことなのであろうなぁ〜。

親の代の親類たちが亡くなり、その子どもたちの代とは段々と疎遠になっていく。逆に、今度は自分の子どもたちが結婚して、新しく親類が増えていくということなのであろう。

私は土曜日の通夜には所用の為に出席できないので、妹に頼んで母と同席してもらい、私は日曜日の告別式と焼場と忌中引に、母と一緒に出席してきた。

通夜や告別式に出席する回数は年間に十数回はあるけれども、焼場まで行って骨を拾うのは極々稀なことである。それだけ近しい人が亡くなったということでもある。それが、今年はまだ3月だというのに、既に親類の葬儀が2件目で、その2件とも焼場まで同席したのである。親の世代がそう云う年齢になっているということであるのだろう。

高齢者の葬儀に出席していて、フッと思う事がある。

高齢になればなるほど、友人達は既に他界しているか、もしくは存命でも葬儀に出席出来ない健康状態にある人が多い。

友人たちを皆、あの世に送り出して、最後に自分が逝くのが幸せなのか。それとも最初の方に亡くなって、大勢の友人たちに送り出してもらう方が幸せなのだろうかと・・・。

やっぱり、最初に死ぬのは嫌だなぁ〜。最後に逝くのも何だかなぁ〜。真ん中よりも、やや後半に死ぬのがベストかなぁ〜なんて思ったりしたのであった。


■2015-03-16-Monday マジック博物館

マジック博物館の開館準備を

粛々と進めているが・・・。

今日、マジックの師匠であった故ジミー忍(聖忍)師の奥様のマコママから「また6月に帯広に行くでぇ〜」と電話が入った。

何でも、マジック博物館のことを知人に話したら、その知人さんが是非とも見てみたいということになったのであるが、そのママの知人さんと私とはまったく面識がないから、マコママが同席するために帯広に一緒に来るというのである。

マコママは去年の11月中旬に来たばかりなのに・・・。

完成まで、後最低2年は時間が掛かるよと言ってあるのだが、マコママはそんなに待っていられないと、またまたハッパを掛けに来るというのである。

まぁ、ハッパを掛けてもらった方が、やる気にもなるし、作業も進むというものでもあるが、これからはゴルフのシーズンも始まるしなぁ〜・・・。

マジック博物館ばかりに集中してもいられないのだ。何せ、私は趣味が多い人間だから・・・。

4月に出版予定の3冊目の著書も、編集作業が順調に進んでいる。こちらは、これまで「観光カリスマ坂本和昭のブログ」に書いてきた「坂本家の歴史」と、これまでに新聞や雑誌などに掲載された文章を、坂本勝玉堂創業111年の記念として一冊にまとめて出版しようと計画をしたものである。

編集作業をしている内に、掲載する内容が最初の予定とはかなり違ってきた。自分でもビックリするくらいに、これまでに新聞に掲載された原稿の量が多いのである。

「坂本家の歴史」を載せるスペースがまったく無くなってしまった。新聞に掲載されたものも全部を載せると予定のページ数をオーバーしてしまうからだ。似た様な文章は全部省くことにした。

歴史の箇所も、中途半端に載せるよりも、後で、歴史だけで1冊にまとめた方が良かろうと云うことになったのである。

だから今回の出版は、新聞に掲載されたものだけで構成することに今日の編集会議で変更したのである。

新たに原稿を書くのは「はじめに」と「おわりに」の部分だけにしたから、校正作業も楽になる。

予定通りに4月中旬には出版できそうな状況である。


■2015-03-17-Tuesday 北海道の政治

帯広はこれから地方選挙が始まるが・・・。

北海道知事選挙、北海道議会議員選挙、帯広市議会議員選挙と目白押しである。

だが、どうにも、どの選挙にも関心が湧かなくて困っている。誰に投票するのかというよりも、誰にも投票したくないのだから・・・。

北海道知事選挙は、高橋はるみはそこそこの仕事はやっているとは思うけど、力強さがまったく感じられないし、同じ人間が4期16年間も知事をやるのは道庁に悪影響を与えるだけだと懸念している。たとえ、どんなに素晴らしい人物であっても多選は好ましくないと思っている。

対立候補の佐藤のりゆきは、国会での野党が全部固まって対抗するのなら面白い戦いになるなぁと思ってみていたが、鈴木宗男と共産党の関係で一遍に興味が薄れてしまった。

鈴木宗男は自身の影響力を見せつけたいのだろうか、共産党の支援に対して激怒してみせるパフォーマンスをやったように思える。

昔の「赤」と言われていた時代の共産党ならいざ知らず、現代のかなり丸くなった共産党なら、佐藤のりゆきを応援したって、そのことで拒否反応を示すような人は少ないように思う。

むしろ保守系の中でも、鈴木宗男に対して拒否反応を示す人の数の方が多いんじゃないだろうか。

まぁ、今回は鈴木宗男のパフォーマンスに対して、共産党が大人の対応をしたから、何とか収まったようだが・・・。

そこに持ってきて中川郁子の路チュウや病院での喫煙問題で、我が十勝は中川郁子の応援がまったく望めないという事態に陥った。

北海道議会議員選挙の保守系の候補者は、全員、頭を抱えているのじゃぁないだろうか?

昨日のニュースや新聞でも、鈴木宗男の娘の貴子の姿が随分と出ていた。選挙区は隣の釧路なのに、十勝の高速道路の開通式に出席して、テープカットでも中央に陣取っていた。これで、十勝でも一気に存在価値を高めたのではないだろうか。この辺りの政治的センスは実に見事であると思う。ひょっとすると、次回の衆院選挙では十勝から立候補するかもね・・・。

帯広市議会選挙は、もっと酷い。

ベテラン議員が軒並み引退するが、何だか、このままでは立候補者数が定数に満たないかもしれないほど、立候補の表明が低調である。

候補者も市議になって何がやりたいのか、情熱がさっぱり伝わってこない。まさか議員報酬を生活費に充てようなんてことを考えているわけではなかろうなぁ。

選挙権を得てからこれまで、投票に行かなかったことはないが、今年の各種選挙は全部まるで興味がない。

これは!と思う様な政策を掲げた候補者が出てこないもんかねぇ〜。


■2015-03-18-Wednesday ブログ

最近、ブログに対して

過剰に反応する人間が多いように感じる。

今朝の新聞に以下の内容の記事が載っていた。

17日、留萌市議会は議員定数削減問題の採決経過などをブログに批判的に書いた鵜城(うしろ)雪子市議(59)に対し、「議会を冒涜するものだ」などとして、ブログの削除と謝罪を求める決議案を賛成多数で可決した。

決議案は4会派のうち3会派の市議4人が提出。議長と退席を求められた鵜城市議を除く14人で採決し、賛成13、反対1だったという。

問題にされたブログは1月5日付のもので、定数削減問題を議論した昨年8月の特別委員会で「定数2減」「定数1減」「現状維持」の3案に分けて採決した結果、それぞれ賛成が3、5、7となり、いずれの案も16人の委員の過半数に達せず、委員長判断で定数16の現状維持が決まった経緯を議員の実名入りで書いたものだ。

鵜城市議は市民アンケートで54%が削減を求めていることや、特別委で定数削減自体には半数の8人が賛成しているにもかかわらず削減が実現しなかったことを不満として「腹立たしい」と採決方法などを批判したという。

これに対し2月、特別委の野崎良夫委員長(72)が「名誉を傷つけられた」として、議会として対処するよう小野敏雄議長に申し入れた。これを受け各会派が対応を協議し、鵜城市議が謝罪を拒否したことなどから、17日に決議案が提出されたという。

決議では「委員会での異議の確認に対する発言や本会議での意見報告といった議員の基本的権利を行使することなく、議会を誹謗中傷するがごとき行為については、議会の規律を無視し、議会そのものを冒涜するものだ」などと鵜城市議を非難した。

これに対し鵜城市議は「誹謗中傷の意図はなく、客観的に書いたつもりだ。懲罰的な決議を議会の意思として行うことは、一種の言論封殺だと感じている」などとコメントしたというが・・・。

この経緯をみると、確かに、議会が言う通り、鵜城市議は、議員として議会で発言をしないで、ブログで批判しただけなのは議員としてはキチンと仕事をしていないことになる。これは確かにいただけない。

しかし、このブログの一体どこが名誉棄損に当たるのだろうか?

本気で定数削減をするつもりなら、鵜城市議の言う通りに、この採決の仕方はオカシイと思う。

新聞記事を読む限りは、経緯を書いてあるだけのように思える。むしろ、留萌市民に取っては、議員定数削減が否決された経緯がよく分かって、かえって市民の為になっているように思うのだが・・・。

でも、この「ブログの削除と謝罪を求める決議案」が可決されたことで、これから全国的なニュースになるであろうから、逆に留萌市議会の見識が問われることになるだろう。可決した留萌市議会にとっては、とんだヤブヘビになるのではないだろうか?


■2015-03-19-Thursday 小型船舶免許

今日の午前中に

帯広で小型船舶操縦免許更新の講習があったので出席した。

帯広に海や湖は無いから、免許を持っている人数が少ない為、免許更新の講習は年に2回ほどしか帯広では開催されない。

私は昭和62年に4級の小型船舶免許を、先輩に強制されて、はんば強引に取得させられたのだが、免許取得後は今日に至るまで、ただの一度も船の操縦をしたことがないのである。

何回目かの更新の際に、帯広市での講習の日程と私のスケジュールとが合わなかった為に、どうせ今後も船なんぞ操縦することもなかろうと、わざわざ他都市まで講習に出向くようなことはせずに失効させていたのであった。

それが、平成15年6月1日に法律が改正されて、区分が1級と2級の2つだけになり、3・4・5級の人は自動的に2級になることになったのである。海事事務所から、失効させた人も、講習を受ければ2級の免許になるという案内をもらった。

4級ならば、持っていても仕方ないが、2級というのは何だか恰好が良いなぁ〜。飲み屋に行ってホステスに見せたらモテルかもね・・・と不純なことを考えて講習を受講したのであった。

その講習の終了時に「今回、2級を取得した人は、1級の資格が簡単に取得できますよ。実技は免除で筆記試験も14問だけです・・・」と言う。

2級よりも1級の方が断然カッコイイに決まっている。

しかし、帯広では1級の試験は実施されないから、札幌まで受験に行かなければならないのだ。

しかし、モテルためなら仕方がない。札幌で受験することに決めたのであった。

海事事務所の出張員に受験を申し込んだら・・・。

「自分一人だけで勉強して試験に合格するのはかなり難しいですよ」と言う。「試験の1週間前に、札幌で1級合格の為の授業をしますから受けませんか?」と言うのである。上手い商売の仕方だなぁ〜。

帯広-札幌間の往復の旅費と、授業が早朝からなので前泊の宿泊費、授業料などを含めると結構な金額が掛かる。

1週間後の試験日にもまた同様の費用が掛かるのだ。

免許を取得したところで船を操縦するような予定もないのに・・・。

女にモテようとする見栄だけは、我ながらたいしたもんである。

その試験に見事合格して、晴れて1級小型船舶免許を取得したのであった。2級は陸から5海里までしか行けないが、1級は外洋まで行ける。条件を整えれば世界一周だって可能なのだ。

しかし、以来、今日までただの一度も船を操縦したことがない。妻に「船を操縦してどこかに出掛けるか?俺は外海にだって出られる免許を持っているんだぞ」と冗談に言うが、「まだ死にたきゃないわよ!」と言う。そりゃ〜そうだろうなぁ〜、私だって恐ろしくて船の操縦なんか出来ないもの・・・。

これからも、まったくのペーパーキャプテンで、宝の持ち腐れというやつであろう。

今回も更新料に結構なお金を払った。さて、その分だけでも夜の街でモテなきゃなぁ〜。


■2015-03-20-Friday 地下鉄サリン

オウム真理教が起こしたテロ事件、

地下鉄サリン事件から20年が経った。

オウム真理教とは何の関係も無かった、地下鉄に乗っていただけの人々を、猛毒のサリンを撒いて無差別に殺傷した行為は、どんな弁明をしても許されない凶悪なテロである。

高学歴のオウムの信者達は、麻原彰晃(松本智津男)みたいな小汚ない男の一体どこに魅かれたのであろうか?

スピリチュアル的な、存在を証明することが難しいものは、逆に、存在を否定することも難しい。

信じている人の主観が全てになるからだ。

かの、シャーロック・ホームズを生み出した作家のコナン・ドイルも、スピリチュアルにハマった人間の一人であった。

当時の有名なマジシャンであるハリー・フーディニが、交(降)霊会などで行なわれていた霊媒師のトリックを暴いてみせたのだが、それでもドイルは心霊現象を信じていた。

いくらマジシャンが、トリックを暴露しても、いったん信じ込んでしまった人は、自分も否定されたと感じてしまうのだろうか、逆にかたくなになってしまう傾向にあるようである。人間の心理というのはオカシナものである。

これが、単なる霊媒師だけの問題ならまだ被害も少人数で済むことだが、ことが宗教団体となると話が変わってくる。構成員数が多くなるからだ。しかも、かのキリスト教もそうだったが、新興宗教には、宗教弾圧というものがつきものなのである。

昔と違って、現代の日本は憲法に依って信教の自由が保障されているから余計にやっかいなのだ。

オウム真理教も、教団に対する批判を宗教弾圧であると、盛んにデモなどを繰り返していた。しかし、救い(ステージを上げる)の為に人を殺(ポア)して(あげる)という教えは無茶苦茶である。

警察も、宗教弾圧と言われると動きが鈍くなってしまうのだろう。オウムを題材にしたドラマを見ていると、明らかな犯罪行為であっても、警察は宗教団体にはなかなか手を出せなかったようである。

現代の日本には、怪しげな新興宗教団体が一杯あるが、教義などを一切公開しないで秘密裏に信者を獲得しているものもあるらしい。

新興宗教にハマる人間というのは、人生に何等かの疑問や不条理を感じている人が多い。そういう心理状態にある人というのは、かなり精神的にアヤウクなっていて、しかも不安定だから、洗脳(マインドコントロール)を受け易い状態でもあるのだろう。

閉鎖された組織というのは狂気に走って暴走し易いから怖いのである。

漫画の「20世紀少年」みたいなことが現実にならないことを願うだけだ。


■2015-03-21-Saturday マジックの出し物

22日に帯広在住のアマチュアマジシャン

4人で最初で最後のマジックショーをすることになったが・・・。

私以外の3人は、オリジナルのマジックを創作し、しかも、ほとんど毎日の様に各所で披露している人達である。

私はと云うと、月に2回のマジック教室で教えるか、タマ〜に飲みに行った時にホステスさん相手に披露するくらいでしかない。

マジックは常に他人に見せていないと勘が鈍るというか、客あしらいが下手になるというか、とにかくツボが分からなくなってしまうものなのである。

学生時代は一日に8時間は練習していたが、現在ではほとんど練習することもなくなっている。完全に昔の名前で出ていますという状況なのだ。

しかし、出演する以上はチャンとした演技を披露したいという見栄もある。

さて、何を演じようかと考えていたが・・・。

学生時代に、師匠の故ジミー忍師宅に毎日の様に通って、当時はまだ珍しかったビデオを何度も何度も繰り返し見ながら習得した、トニー・スライディーニと云うマジシャンのオリジナル「ペーパー・ボール・イン・ザ・ボックス」と云うマジックを久し振りに演じてみたいと思った。

自宅で妻を相手にやってみたら・・・。

何とさすがに35年振りでは、細部を忘れてしまっている。

師のところから、このマジックの映像を収めたビデオは私の所に送られてきてはいるが、このビデオテープはソニーの古いビデオでU−マチックという代物で映す機械は持っていないのだ。

仕方ないので、所有しているスライディーニの写真付き解説書(英語版)を見ながら思い出そうとしたが、どうも写真だけでは演技の流れが掴めない。

こういう時はネットだと思い、「スライディーニ」「ペーパー・ボール」「マジック」などと入れて検索してみたが・・・。

スライディーニには「ペーパー・ボール・オーバー・ザ・ヘッド」と云う初代の引田天功もアレンジして演じていた、日本でも有名なマジックがあって、こちらは見ることが出来たが、「イン・ザ・ボックス」の方は出て来なかったのである。

途方に暮れていたら、フッと神戸のマジック映像の収集家Yさんのことを思い出し、メールをしてみたら、ユーチューブの存在を教えてくれたのであった。有り難いことだ!

早速見てみたら、師の自宅で何度も見た懐かしい映像と同じ映像であった。

懐かしくなりながら、何度も見て練習を繰り返した。昔、惚れ込んだマジックであるから、やっぱりこれは素晴らしいマジックだ。また十八番に加えよう。

昔の学生時代を思い出しながら、マジックの練習をするのは実に楽しい。

明日は35年振りに人前で演じることになる。さて、はたして上手く演じられるだろうか。


■2015-03-22-Sunday 最初で最後の

帯広在住のアマチュア・マジシャンが

5人集まって22日16時から、坂本ビルの4階の会場でマジックショーを開催した。

転勤族の3人の内の2人が、4月に転勤で移動になったり、一人は会社を辞めてプロマジシャンに転職するのである。

だから、このメンバーが帯広で揃ってマジックを演じるのはこれが「最初で最後の」機会になるであろう。

会場の設営も何とか見栄えがするようには造ることが出来た。観客も入場料が無料なのだから、多少見ずらくても我慢はしてくれるだろうと思っていたが、予想よりは遥かに見易い会場になったと思う。

観覧希望者は、新聞を見て応募して来た人達だから、私はほとんど知らない顔ばかりである。演技の前説で「タネを見破ってやろうとか考えずに不思議な現象を楽しんで上品に見て欲しい」と言っておいたのだが、皆、質の良い観客ばかりで、会場はとても雰囲気が良かった。

やはり、マジシャンの人の子であるから、質の良い客なら乗ってくるし、質の悪い客ならサッサと止めたくなって、適当なところで切り上げたり、はしょってしまうものである。

マナー良く見るのは観客にとっても得なことなのである。

取材の新聞記者なども含めると40名弱の観客が入ったのであった。

出演者は、マジックを趣味としている「ゴーマル爆弾」というスナックのマスターも参加して5人で演じた。

出演順に書くと、まずはマスターが「カードマジック」を演じた。二番手が私で「カップ&ボール」とトニー・スライディーニの「ペーパー・ボール・イン・ザ・ボックス」を演じ、三番手はマジマジシャンで「コーラの復活」「ビル・イン・ザ・キーウィ」「カードマジック」などを演じた。

ここまでは順調に一人15〜20分の演技時間であった。

4番手がミスター・セリックであったが、「紙幣のチェンジ」「ワインボトルのプロダクション」「スプーンベンディング」など数種類のマジックを演じたが、乗ってしまって何と45分間も演じたのであった。途中で撮影していたビデオの電池が切れてしまい、彼の演技の後半が未収録になってしまうハプニングがあったのは残念である。全員の演技をビデオに収録しておきたかったのに・・・。

ラストは、4月からプロマジシャンとしてデヴューすることになったスペンサー・トリックス。

彼も「ワイン」「タバコ」「危険術&予言」「ロープ」など数種類のマジックを演じた。

18時からイタリアンレストランの「センナリ」で予定していた送別会は大幅に遅れて18時45分からのスタートになった。「センナリ」は日曜日が休業日であったのだが、無理を言って開けてもらい貸し切り状態にしてもらったのである。

私の妻と、マジマジシャンの奥さんも合流して、7人でマジック談義に花を咲かせ、楽しいひとときを過ごしたのであった。

このメンバーが揃うのはこれが最後かと思うととても残念である。


■2015-03-23-Monday 自己嫌悪

昨日のマジックショーを撮影したビデオを

ダビングしていて、写っている自分の姿を見たら自己嫌悪に陥ってしまった。

普段、自分の姿を鏡で見ているぶんには、周りの人間が言うほどには、それほど自分が醜く太っているとは思っていなかったのだ。

それが・・・。テレビ画面に映った自分の姿は、何とも恰好が悪い。腹だけが飛び出ていてとても不格好なのである。

いやいや、これは本当の自分の姿ではない。テレビに映る姿は、テレビ画面の構造の関係から実際よりも太って見えると、よく言うではないか!

ウン、そうに違いない!そう思い込むことにしたら・・・、

妻が「実物と映像に違いなんかないわよ、あなたは間違いなくデブで恰好悪い」と云う。

すると、次に私がお辞儀をする場面が映ったら、後頭部がかなり薄くなっている頭が映った。「エッ、俺の頭ってこんなに髪の毛が薄いの?」と思わず声が出てしまった。自分の頭頂部は鏡を2枚使わなければ見えないから、これまで自分の頭頂部を見た事なんてないのだ。

ショックであった。

太っていることや、頭頂部が薄くなっていることは薄々知ってはいたが、気にしないことにしていたのに・・・。

やっぱり、マジックを演じるのはスマートな体型の方が良いだろうなぁ〜。これからはダイエットを真剣に考えないと・・・。

自分のマジックの演技を見ていて、これまた自分の想像している演技と違っっていたので愕然とした。自分で抱いているイメージとビデオに写っている演技の映像とに差があり過ぎるのである。

自分でイメージしているようには身体がまったく動いていないようだ。

「カップ&ボール」の演技は、マジック教室の生徒にも教えていたルーティーンであるが、細部の手の動き、眼の動きがまるでなっていない。俺ってこんなに下手クソだったのかと思ってガッカリしてしまった。

40年ほど前に、師のジミー忍宅にあった、当時としては珍しかったビデオで何度も何度も繰り返し見ながら、ようやく習得し、その後も盛んに演じていたトニー・スライディーニの「ペーパー・ボール・イン・ザ・ボックス」もここ数十年間は演じたことがない。

細部の手の動きをすっかり忘れていたが、ユーチューブで確認してここ数日の練習で復活したと思っていたのだが・・・、ビデオを見ると、まるで酷い出来である。手の動きが逆であったり、不必要な動きをしてしまってミスディレクションを台無しにしていたりの失態ばかりが目に付く。

やはり、観客に見せることを怠っていた分だけ、マジックの勘所が鈍っているようだ。これでは本当に昔の名前で出ています状態である。

もう一度、勉強&練習をし直さなくてはならない。

今回の自己嫌悪をバネにして、再度、マジックを頑張ろうと決心したのであった。


■2015-03-24-Tuesday 便利なPC

コンピュータとは便利なものだ。

会社の会計処理を、遅ればせながら、会計士事務所のコンピュータシステムとつないで、この12月から始めているが・・・。

これまでは、まだ試用期間で、妻が悪戦苦闘しながらなんとかかんとかやってきた。

2月3月は、会計士事務所が確定申告の時期で忙しい時であるので、これまで我が社の手書きでやっていた会計処理をコンピュータに変更しただけであったが、いよいよ、確定申告も終わったので、家賃の請求に関わる事もコンピュータで行なえるようにシステムを創る段階に来た。

我が社では、30年前から、電卓で計算し、手書きで、書いていたものである。まぁ、不動産賃貸業であるから、決まった金額の家賃の請求があるだけで、変動するのは唯一、電気料金や水道料金などの使用量がメーター数によって変わるだけであるから、物品の販売のような計算の複雑さはない。

とりあえず、、会計士事務所の女性事務員に伝えたら・・・。

あっと云う間に、システムを創ってしまったので驚いた。

これで来月から仕事量が格段に減ることになるだろう。

もともと暇な不動産賃貸業で、家賃請求事務までコンピュータでやれるようになったら、これから一体何の仕事をやったら良いのだろうか?

こりゃぁ〜、神様がもっと趣味に力を入れなさいと言ってくれているのであろうか?


■2015-03-25-Wednesday 落語会

マジックショーが終わったら、

今度は落語会の準備である。昨日のブログに書いた通り、暇でしょうがないから、まるで芸能事務所みたいな仕事をしている。

落語会は、駒沢大学同窓会十勝支部の総会の時に、東京の同窓会本部から派遣講師を送ってくれる制度を活用して、派遣講師の落語家を招聘しているのだ。

今晩は、駒大同窓会十勝支部の役員会を開催して、落語会のポスターやチケットの準備をすることになっている。

今年の落語会は、6月27日(土)の18:30〜とかちプラザのレインボーホールで開催することが決定している。

招聘するのは、同窓の落語家「三遊亭王楽」で7年連続の招聘になる。

去年は支部開設15周年ということで、王楽の父親で笑点のレギュラーでもある好楽も招いて親子落語会とした。

好楽は駒澤大学とは何の繋がりもないから、ギャランティが発生するので、去年は入場料2000円を徴収したが、今回は王楽一人なので入場無料で行なう。

ただし、定員が300名の会場であるから、同窓生の分は50席を用意し、一般客分は先着250名分の席を用意することになった。

これまでは、北海道ホテルの平たい会場であったから後方の席の人は見ずらかったであろうが、今回は段差のあるホールであるから、これまでとはまた違った雰囲気の落語会になるであろう。

無料、先着250名ということなので、新聞に紹介記事が掲載されたら、また希望者が殺到するかもしれない。

同窓会もこう云う事業をすると、会員たちも楽しそうに協力してくれるので、駒大同窓会は皆、仲が良い。

さて、今年の演目は何をやってくれるのだろうか?


■2015-03-26-Thursday こりゃヒドイ

24日にフランス南東部の

アルプス山中に墜落したドイツの航空会社ルフトハンザの子会社で格安航空会社のジャーマンウィングスの旅客機に搭乗していた150人の中に日本人が2人乗っていたというニュースがあったが・・・。

今日の夜のニュースでは、副操縦士が、機長をコックピットから閉め出して飛行機を故意に墜落させたらしいという。

回収されたボイスレコーダーには、墜落30分前に機長が(トイレに立った模様)コックピットを出た後に、副操縦士が鍵を掛けて閉め出し、機長が扉を開けるようにドアを激しく叩いたりしたが、結局、開けることを拒否され、機長は開けられずにいたという。

その間に副操縦士が飛行機の高度を下げて墜落させたらしいという。

2001.9.11にニューヨークのワールドトレードセンターツインビルにハイジャックされた飛行機が突っ込んだテロ事件があったが、それから以後、コックピットに外部から人が入れないように扉の構造を厳重に変えたということらしい。

まさか、内部に居る副操縦士が機長を閉め出すなんて事態は想定外のことだろうから、ハイジャック犯を中に入れない仕掛けに依って、身内の機長も中に入る事が出来ないという事態では対処に困ったことだろう。

テロとの関係もまだ完全には否定されていないようだが、副操縦士はイスラム教徒ではないらしいから、その可能性は薄いらしい、副操縦士は恐らく心を病んでいたのではないだろうか?

しかし、たとえ心の病であったとしても、150人もの他人を巻き添えにして自殺するなんてトンデモナイことである。

そう云えば、かなり以前に、羽田空港の沖で、心を病んでいた日航機の機長が逆噴射をして飛行機を墜落させた事故があったなぁ。

格安航空会社の躍進に依って、世界的にパイロットの人数が不足していて、その為にかなりハードワークになってもいるようだ

乗客の命を預ける操縦士が心の病を持っていて、正常な心理状態でないかもしれない等と考えたら怖くて飛行機になんて乗れない。

少しくらい安い飛行機に乗る為に、いちいち命を掛ける訳にはいかない。でも、日航機は格安航空じゃぁなかったしなぁ〜。

何にせよ安全性はシッカリ確保してもらいたいものである。


■2015-03-27-Friday 温かい

今日は気温が上がって温かい。

三寒四温とは云うけれど、段々と温かくなって雪山が小さくなっていくのを見るのは何だか心がウキウキとしてくる。

今冬は珍しく帯広に降雪が多くて、3月末でもまだ庭には雪が沢山積もったままだ。

この雪山を壊して、雪を陽の当たる場所に出しておくと見る間に雪が融けていく。

腰が悪いのだからそんなことはしなくても、放っておいても自然に雪は融けるのだが、どうも性分らしい。

少しでも早く雪山を消滅させたいと思ってしまうのだ。

さすがに、雪山の下にある氷をツルハシで割ることは止めておいた。そこまでやったら確実に腰を痛めてしまうだろうから・・・。

「最初で最後のマジックショー」の新聞記事を読んだ方数人から「私も見たかったけど、10名で締切りって書いてあったから、もう一杯になっていると諦めて電話しなかったのに、30名も入れたなら、私一人くらいなら・・・」と云う人が多いことに驚いた。

まぁ、席を詰めれば後5人くらいならOKだったかも・・・、でも日本人って確かめもしないで諦めてしまう人が多いのだなぁ〜。

慎ましいというのか、何と云うのか・・・。

もっと申し込みが多かったら、また別な方法を考えたものを・・・。

まぁ、今回見ることが出来た30名の観客は運が良かったということにしておこう。


■2015-03-28-Saturday 母の誕生日

今日は母の84回目の誕生日である。

子どもとしてお祝いしてあげようと思い、兄弟姉妹に妻から連絡を入れさせたが、女性陣の都合が付かず、兄弟の家族だけで食事会をすることになった。

自宅での食事会よりも外食にしようと云うことになり、弟の娘の入学祝いも兼ねての食事会にすることになった。

姉、妹、私の子ども達は、皆、年が近い従兄弟同士であったから、昔は、毎年のように、やれ、誕生日、幼稚園入園、小学校入学、中学校入学などのイベント毎に、お祝いと称しては集まって食事会を催していた。

弟のところは子どもがなかなか出来なかったので、弟の娘は、従兄弟たちとは年が離れてしまっているから、その種の催しには参加できていなかった。

大人ばかりの集まりに子どもが一人というのも可哀想であるが、こればっかりはどうしようもないことだ。

ちょうど土曜日ということもあって、地方で勤務している弟も参加できるのでタイミング的には良かったのであった。

今日は母の誕生日がメインであるから、母の好きな料理にしようということで北海道ホテルの和食の店を選んだ。子どもの好みに合わせて選ぶと、どうしても肉料理が多くなってしまうが、母はどちらかというと肉料理があまり好きな方ではないからだ。

親兄弟とは云え、それぞれが家庭を持つと、当然ながら比重はそちらの方が重たくなる。

この年齢になると、顔を合わせるのは親類などの葬儀の時だけということになりかねない。たまに、こういうお祝い事で、家族が集まるのは良いことである。久し振りに母を中心にして家族の団欒があった食事会であった。


■2015-03-29-Sunday 春だ〜!

暖かい!温かいという字よりも、

この暖かいという字の方がピッタリの感じだ。

帯広は5月中旬の17℃以上の気温である。庭に積み上がっていた雪が見る間に融けていく。

お陽様の力はスゴイものだ。

こう気温が高くなるとジッとしていられない。スコップを持ち出して、日陰の雪山の雪を崩しては、日向に移動させることを繰り返した。

2月末〜3月初旬に降った大雪は、湿った雪の為にとても重たかったのと、それ以前に降った雪がすでに大量に貯まっていて、もはや雪を捨てる場所が無かったのであった。

どうせもうすぐ春だからすぐに融けるだろうと思って、除雪作業を諦め、車庫や門の前に、そのままにしてあった雪の山を、崩してアスファルト面を出しておいたら、瞬く間に融けていく。こうなると中途半端な状態で止めることが出来ない性分だから、汗だくになりながら全ての雪を排除したのであった。

家の前の景色が、冬から一遍に春に変わったのであった。

午後から、妻と二人で帯広美術館にバルビゾン派の絵画・写真展を観に行く。美術館のある緑ヶ丘公園はまだ雪が多く残っていた。

月に一度は美術館に行っているが、帯広美術館の展示物はあまり面白くない。もう少し、面白い企画展をやってもらいたいなぁ〜といつも思う。

美術館を見た後で、夕食の買い物に行く。

駐車場に停めた私の車が泥だらけになっている。あまりにも汚れているから、帰りに洗車場に寄ったのだが、人の考えることは一緒の様だ。

洗車待ちの車が行列を作っている。

並んでまで洗車しても、どうせ道は雪解けの泥で濡れているから、タイヤが泥水を跳ね上げて、家に帰り着く前に、すぐに泥だらけになってしまうからと、サッサと諦めて洗車せずに自宅に戻り、再びスコップを持ち出して雪山を壊したのであった。

それでも、今冬の雪は異常に多かったから、片屋根の雪が一方向に落ちて固まって出来ている雪山は、日陰であるし、落雪の勢いで雪が固く締まっていてスコップも入っていかないから、まるで手が付けられない。

この雪山は、きっと5月の連休過ぎまで残るであろうなぁ〜。

テレビのニュースでは本州の桜が見事に咲いている様子が映っていた。大学入学で3月下旬に初めて東京に行った時に、本州の桜の見事さに驚いた。葉っぱの多い北海道のエゾヤマ桜とは違って、ソメイヨシノの花は数が多いし色も綺麗だ。何より、花見は5月の連休以後だと身体が体感しているから、3月下旬に桜が満開になる景色は不思議な感じがしたのだった。

雪が融け始めたら、我が家の庭にも福寿草が咲き始めるだろう。

そうなると、我が家も完全に春になる。あらためて、日本は縦に長い国であることを実感したのだった。


■2015-03-30-Monday 最初で最後の

2015年3月30日十勝毎日新聞「論壇」掲載

「最初で最後のマジックショー」

日本有数のアマチュア・マジシャン3人が、去年、偶然にも帯広に集結した。3人ともいわゆる転勤族で、それぞれの職業とステージネームは、自衛官(ミスター・セリック)、生保マン(マジマジシャン)、銀行マン(スペンサー・トリックス)である。大都会ならいざ知らず、帯広のような地方都市に3人もの有名マジシャンが同時期に転勤して来たのは奇跡に近い出来事であった。

私も40年ほど前にはプロマジシャンになることを夢見ていた人間である。マジック界は狭い世界だから、この情報はすぐに共有するところとなり、誰知れず声を掛け合って4人が集まり、互いにマジックを披露し合う会を数回催したのであった。

マジックは、落語と同じように先人が作った「古典」を演じる人もいれば、自分で考案した「創作」を演じる人もいる。3人は創作マジックでは日本有数の名手なのだ。私も刺激を受けてマジックの練習を再開した。

今年も、集まってはマジックを楽しもうと考えていたのだが、この春、2人が帯広を離れることになった。一人は転勤、もう一人は会社を辞めてプロのマジシャンになるという。

帯広を離れる前にマジックの送別会をやろうとなった。当初はこの4人だけで見せ合う企画、次には10人ほどの観客を入れて実施する予定だった。観客を入れることで、程良い緊張感を得たかったからである。この企画が新聞に載ったところ、観覧希望者が殺到したため会場を広い場所に変更して対応することにした。

マジックには、人が入れ替わったり、人が空中に浮いたりするような大掛かりな装置を使った「イリュージョン」といわれるものから、舞台などでハトや花などを出したりする「ステージマジック」、コインやトランプなどの小物を使って技術で見せる「クロースアップマジック」などの分類がある。

今回はお互いのテクニックを見せ合おうという趣旨から「スライハンド&クロースアップ」を選んだので観客数は30人が限度だった。

3月22日の日曜日の夕方から、帯広市内の坂本ビルの1室を会場に、帯広在住のアマチュア・マジシャン1名を加えて5人の演技者で「最初で最後のマジックショー」を開催した。

マジックはテレビ画面を通して見るよりも、目の前の実演を見た方が不思議さははるかに倍増する。観客と演技者との生のやり取りが面白いのである。5人揃っての生演技を見ることができた30人の観客は幸運な人たちであった。


■2015-03-31-Tuesday 年度末

今年度の年度末はとても忙しない。

経理を担当していた職員が昨年末に退職したので、いろいろな事で分からない事が発生する。

年金事務所に新入社員の書類の届け出を4月1〜5日までにしなければいけないというから、事前に必要なモノを聞いておこうと思ったら・・・。

会社の番号やら何やら書かなければならないのだが、私はそれすら知らないのだから困ったものだ。

何度か行き来して、その都度不備を指摘され、結局、私ではよく分からないから前職員に援助を依頼したのであった。

妻からは役に立たたないんだからと言われる始末である。あぁ情けない・・・。

4月中旬に発刊予定で進めている「観光カリスマ坂本和昭のエッセー&コラム集 人間万事塞翁が馬」の第3稿が上がってきた。

私が、これまでに新聞などに寄稿した文章を1冊にまとめて出版するのだが、何と328ページものボリュームになると云う。随分と沢山書いて来たものである。

2日までに、原稿にチェックを入れて校正を完成させなければならない。私は、1996年に作った「十勝環境ラボラトリー」の9つのプロジェクトの1つ「新聞紙上セミナー」で、講師に書いてもらった原稿の校正作業をやっていたから、校正は慣れたものである。

机の左側に新聞の切り抜きのコピーを置き、右側に原稿を置く、両方の文字を左右の指で同時になぞりながら、間違いを見つけていくのだ。

左右両方の文字を同時に見分けられる様になるのだから、人間の能力というものは素晴らしい。

校正をやっていて、おかしな事に気が付いた。

私の一番最初の寄稿文が新聞に掲載されたのが、1999年1月30日であるが、そこから2001年9月29日掲載までの14編の文章の数字表記が漢数字なのである。例えば1978年4月5日なら一九七八年四月五日と表記してあるのだ。それが、何故だか突然、2001年10月6日の掲載分から数字はアラビア数字になっているのである。

事情はさっぱり分からないが、9月と10月の1週間の境目に、新聞社としての表記方法が突然に変わったのだろうか???

出版社との間で、表記を統一するか、新聞に掲載されたままにするかを検討した。読者にしてみれば、途中で数字の表記が、変わるから混乱するか、もしくは誤植ではないかと勘違いされてしまうかもしれない。しかし、新聞掲載時のままにしようと云うことになり、「ここから数字の表記が変わります」というキャプションを入れることにした。

新聞社によっては、転載する際に、掲載内容は一字一句変更してはならないという契約をしている社もあるからだ。

そりゃ〜そうだろうなぁ、○月○日の新聞に載った文章ですと表記しながら、中身を自由に変えてしまったら、予言者にだってなれてしまうからだ。

こういう、イレギュラーな校正は結構疲れるものである。久し振りに肩が凝ってしまったのだった。