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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2015-10-01-Thursday 爆弾低気圧

28日に与那国島で風速81m強の暴風を

吹かせた台風21号が大陸方面に行って低気圧に変わったのだが・・・。

それが日本に戻って来て、こんどは爆弾低気圧になった。

それにしても風速81m強ってどんな風なんだろう。

外に居たら、人間も空を飛んでしまうかもしれない。

帯広で1ヶ月前ほどに風速18m強で太い樹が倒れたりした。この時に外に居たら、風で身体が浮き上がるような感覚になったから・・・。

暴風雨をもたらす爆弾低気圧が、明日から北海道方面を襲来すると云う。先日、ビルの壁面修理の為に、足場を掛けたばかりなのだが、この足場は大丈夫だろうか?

ちょっとや、そっとの風ならビクともしないと業者の人は言うけれど、心配症であるから、ドキドキしてしまう。

母の育った街である留萌は、普段から風が強い場所であるが、今回の爆弾低気圧はその北海道の日本海側北部に停滞する見込みであるらしい。その低気圧に向かってうず状に風雨が吹き込むというから、十勝には南西からの風雨が吹き込むのではないだろうか。

そうであれば、日高山脈が壁になって防いでくれるかもしれない。

このところの日本列島は、これまでに経験したことのないような、変な天気が多く、災害にも見舞われている。

横殴りの暴風雨になると、この前みたいに換気扇などから雨が吹き込んできて部屋中が水浸しになってしまう危険性がある。

大雨、暴風などで被害がでなければよいのだが・・・。


■2015-10-02-Friday 爆弾低気圧2

今日は朝からものすごい風である。

余所の町では足場が強風の為に崩れたというニュースが流れた。ビルの壁面修理の為に先週から足場を掛けているが、倒れやしないかと心配で心配で仕方がない。何事もなければ良いのだが。

平原通り側(西側)の街路樹が、我が社のビルの前の1本だけ異常に高いのである。向かいにあった旧藤丸ビル(旧北洋銀行ビル)が壊されてから、日当りが良くなっているからだろうか、この樹だけが異常に伸びているのだ。

8月の暴風雨の際にも、この樹が風で揺れて、ビル4階の「シニアケアーショップ・パーム」の窓を叩いたが、今回の暴風でも、樹が揺れて窓にぶつかる。樹が折れてしまいそうにしなっている。

もしも窓ガラスが割れて下を歩く歩行者にでも当たって怪我でもさせたら大変だと思い、平原通り商店街事務所に電話して見に来てもらった。

あちらこちらから同様の苦情が事務所に入っているようだ。

しばらくして、高所作業車が来て、歩道側の樹の枝を払い始めたが、風が強いからほんの少しだけ枝を払っただけで終わったのであった。

風の強さは帯広市内で23m強だという。

窓ガラスに細かい砂のようなものが当たってピシピシと音がする。向かいにビルが無いからまともに我が社のビルに当たるようである。

この風なら看板なども吹っ飛びそうだから、飛んで来やしないかと怖くなる。

今回の爆弾低気圧は帯広市内では、風だけで雨が降らなかったからまだましであったが、これで雨も伴っていたら・・・。

何だか、日本の気候がオカシイ!

五十年に一度とか、百年に一度とか、ニュースで言っているが、こんなに頻繁にあったらその表現はオカシイだろう。

これから、もっと地球環境は変になっていくのだろうか?

地球環境問題にはもっと早くから対応するべきであった。

人間は実際に被害に遭わないと危機感が迫ってこないのであろう。帯広青年会議所で「国際環境大学構想」を打ちだした1992年頃から対応していても、もはや手遅れだったのかもしれないなぁ〜。


■2015-10-03-Saturday ラグビー

ラグビーはルールが未だに理解出来ていないから

W杯の試合を見ても面白くないだろうなぁと思いつつも、日本チームの試合は見てみたいなぁと思ったが・・・。

初戦の南アフリカ戦は、大番狂わせで勝利したが、2戦目のスコットランド戦には大敗を喫したから、やっぱりダメかなぁ〜と思っていた。

サモア戦が22時過ぎからテレビで放送されているので、一応チャンネルを合わせてみたら・・・。

何と日本チームが3対0で勝っているではないか。

こりゃぁ〜ひょっとすると、と思って見続けたら、前半を0封で折り返した。

明日の朝は5時に起きなければならないから、早目に寝ようと思っていたのに、ラグビーって見ていると、何だか興奮してくるスポーツである。

スポーツというよりは格闘技に近いから興奮するのかもしれないなぁ。

すっかり目が冴えてしまって眠れなくなってしまった。

ラグビーってのは、見ていると変なスポーツである。

後ろにパスしながら、相手を突破していくが、進んでいるんだか、後退しているんだかよく分からないことがある。

アメリカンフットボールみたいに相手をブロックするわけでもなさそうだし、無理やり中央突破を試みてはタックルされて失敗を繰り返すのは猪突猛進という感じがする。

結局、日本が26対5で完勝した。初めて2勝目を挙げたということだ。

リーグ戦だから、スコットランドが南アフリカに勝って、日本がアメリカに勝ったら決勝に行けるのだろうなぁ。

こりゃぁ〜ひょっとするとベスト8も夢じゃないかも・・・。

次の試合が楽しみだ。それまでに少しルールでも勉強しておくとするか。


■2015-10-04-Sunday ゴルフ

朝7時スタートでゴルフの「じゃがいも」最終戦が行われた。

前日夜のラグビーW杯対サモア戦を見て興奮してしまい、なかなか寝付けなかったから寝不足気味である。

「じゃがいも」は5〜10月までの6ヶ月間、毎月1回の月例会を催し、その6回の獲得ポイント数で年間優勝を決める。

私は前年度の年間優勝者であるから、ディフェンディングチャンピオンなのである。

ここまでの成績は5位タイ、首位とは13ポイントの差であるが、最終戦はポイントが倍になるから、首位がコケテ、私が優勝すれば逆転も可能である。

ここ数年、この最終戦は良い成績を残している。去年もこの最終戦で逆転した縁起の良い大会でもあるが・・・。

同じゴルフ場でプレーしているのだから、全員同条件ではあるのだが、グリーン上に芝保護の為に穴を空けるエアレーションを施していて、更にその上から砂を撒いている。この砂の量が多過ぎるのである。

パットの感覚が合わずにスリーパットを何度もやってしまってリズムを崩してしまった。

結果は散々で優勝争いから脱落してしまったのであった。

表彰式は夜の19時から市内のパブで行なわれる。昼の12時には終了したので自宅に戻った。

夕方からテレビで、プロゴルフの番組を見た。

女子プロの方は「日本女子オープン選手権」と云うメジャー戦である。17・18番と劇的な展開で面白かった。最終組でプレーしていて共に16番ホールまで−3の同スコアで優勝争いをしている菊地絵理香と柏原明日香であったが、若い柏原が17番のショートホールで何と池ポチャをやってしまいトリプルボギーを叩いて脱落したのだった。

まだ10代の若手プロであるが、優勝を意識して身体が動かなかったのだろう。

韓国勢に一打差で単独首位になった菊地絵理香は、札幌出身で、私の娘(フィギュア・スケート部)の東北高校スポルティーボクラスの後輩で同じ寮で暮らしていたから応援していたのだが・・・。

菊地絵理香は高校生の頃から真面目で練習熱心で頑張り屋さんであった。

最終18番をパーであがれば優勝だったのに・・・。

柏原選手のボールが、自然に動いてバンカー内に落ちると云うアクシデントがあって、プレーが遅滞し、リズムが崩れたのかもしれない。集中力が切れてしまったのか2mほどのパーパットを外してしまい韓国勢2人とのプレーオフになったが・・・。

残念なことに負けてしまったのだった。残念!

夜になって、表彰式に出席した。24日から禁酒していたが、外で飲むのは良しとした。大酒飲みの私が、酒の席で飲まないなんて云うと逆に説明するのが面倒だからだ。家では飲まないことにして、付き合いの酒は飲むことにしたのだ。

ゴルフの年間賞は少し下がって7位であった。こちらも残念!

まぁ、まったく練習をしないし、年間30回程度の回数のゴルフではこんなもんだろう。

寝不足だから、2次会には出ないでサッサと戻って寝たのであった。


■2015-10-05-Monday 日本奇術協会

日本奇術協会と云うプロマジシャンの協会があるが、

そこの会報「マジックわくわく便り」のVOL.19が送られてきた。

その誌面に『「マジック博物館」設立準備中』と大きく写真付きで紹介された。

全国のプロマジシャン達が所属している組織であるから、この会報に載ることによって、サイン色紙の寄贈のお願いがとてもし易くなった。

今年の8月末から、知人のマジシャン達に依頼をしていたのだが、これまでに、坂本一魔、ジョニー広瀬、和田奈月、藤山新太郎、ケン正木、高井研一郎(漫画家)の各氏からサイン色紙の寄贈を受けた。

今日は、新潟に居を移されたバーディーコヤマさんから「今、新潟に来ている島田晴夫さんからサインをもらってあげたよ」と電話が入った。

嬉しいことである。

11年前の2004年8月に、帯広でマジックショーを主催した際に、島田晴夫さんにも出演していただき、一緒に写真まで撮ってもらったのだが、サイン色紙までは貰っていなかったのだ。

これまで、ズ〜ッと失敗したなぁ〜と悔やんでいたのだが、今回、バーディーコヤマさんのご協力で頂くことが出来たのでとても嬉しい。

日本では、松旭斎天洋門下の兄弟子の初代引田天功の方が有名であったが、世界のマジック界では、島田晴夫さんを、知らぬ者が居ないほどの超有名マジシャンなのである。

松旭斎天洋は、日本近代奇術の父とも言われる明治のスーパーマジシャン松旭斎天一の弟子であり親類でもあった。

天洋はデパートなどでマジック用品を販売するテンヨーと云う会社を興したが、そのマジックの実演販売員(ディーラー)出身のマジシャンが、引田天功、島田晴夫、八田加寿雄、ジミー忍、バーディコヤマ、ミスターマリックなどである。

マジック文化を広めるという意味では、マジシャンにとって「マジック博物館」は夢のひとつであろう。これまでに無かったことが不思議なくらいだ。だから、大勢のマジシャン達が協力を申し出てくれている。

これから、続々とサイン色紙が届く予定になっている。飾る場所が無くなるのではないかという心配をしなければならないかも・・・。

来年7月中旬のオープンには、マジシャン達から、是非とも駆け付けたいと云う手紙やメールが多数届いているから、これも嬉しいことだ。

準備にも力が入るってもんである。


■2015-10-06-Tuesday ステージ

仮称:マジック博物館のステージが今日完成した。

ステージと云っても、簡易的なモノで、大工さんに頼んで、余った端材を合わせて、同じ大きさのモノ(180×90×15)を3つ造り、それを組み合わせると舞台になるように設計したのである。

博物館の展示スペースも段々と狭くなってきたのだが、マジックを実演する場所が欲しいと云うマジシャン仲間からの要望が多かったからだ。

当初、ステージ製作の予算はまったく考えていなかったから、とにかく安上がりに出来るように頼んだのである。

最初から手弁当で手伝ってくれていた大工さん達は、マジック博物館が完成に近づくにつれ、こりゃぁ〜造っていても面白いなぁ〜と喜んでくれて、材料なども提供してくれるようになってきたのである。

ステージの床材も余っていたタイルの中で、カッコイイ素材を提供してくれたので、一寸見にはイッパシのステージに見える。

ステージの台があるだけでは、演技をするのに格好がつかないから、幕も必要だということになった。

更に、ステージを設置する場所の背景が窓だから、カーテンが無いと外の明かりに左右されてしまうので遮光カーテンも必要だ。

ここまで造ったら、せっかくだから照明器具も必要だと、ドンドンと要望が増えていく。

照明器具は昔のダンスホールで使っていたスポットライトを再利用することにした。まだまだ十分に使用には耐える代物だ。

遮光カーテンと幕の色は同じ黒にしたかったのだが、同じ生地では全部を造るだけの量がない。まさか、幕の左右の色を別々な色にするわけにもいかないので、幕はブルー系の色になった。いくら材料を提供し安く造ってくれているとは言っても、基本的な経費は掛かる。

それでも、今回のマジック博物館の製作には、マジックの神様がついていてくれるのだろう。出来あがってみたら、逆に恰好が良いのであった。

博物館自体の面積が段々と足りなくなってきたから、楽屋を造ることができなかったが、大工さんのアイデアで、廊下部分を上手く活用することで、楽屋の問題も解消することができた。

12月3日のプレオープンまではおよそ2ヶ月しかない。展示で一番てこずっているのが、シルク系とロープ系と毛花系の展示の仕方である。なかなか良いアイデアが浮かばなくて困っている。

今月15日にマコママが帯広に来るので、その時にママに任せてしまおうかなぁ〜と考えているところだ。


■2015-10-07-Wednesday 博士か大臣か

先日、私のブログの愛読者の方から、

「最近、政治に関するコメントが少ないようですが・・・」と云うメールをいただいた。

このブログは硬軟取り混ぜて、政治から映画やマジックなどの趣味、果ては私生活に至るまで幅広くコメントしているが、最近の政治にはコメントするような気が起こらないのである。

TPPの問題にしても、以前にコメントした通りの展開であるし、今更、同じコメントを繰り返したところで、あまり意味はなさそうである。

今日のニュースで内閣改造の顔ぶれを紹介していたが・・・。

これまたコメントする気にもなれないが・・・。

しいて挙げれば、新しく大臣になった女性議員の嬉しそうな顔を見て、そんなに大臣になるのが嬉しいのかと驚いた程度の感想でしかない。

昔は「末は博士か大臣か」と立身出世の道で、政治家になって大臣になることが、国民の夢、ジャパニーズドリームであった時代があったが・・・。

たまたま偶然に、同時期にノーベル賞の受賞者の発表があって、5日には生理学・医学賞に大村智さんが、6日には物理学賞に梶田隆章さんの、それぞれ受賞が決まった。

テレビのモーニングショーで、大村さんのヒトトナリを紹介していた番組をチラリと少しだけ見たのだが、特許で得たお金の使い方が実に見事であると感じた。研究で得た金は次の研究に使うという姿勢が素晴らしい。

今回、たまたま発表時期が重なったために「博士」の方の素晴らしさが際立ち、「大臣」の方の貧弱さが更に強調されたように感じたのは私だけではないだろうと思う。

それにしても「一億総活躍大臣」ってネーミングのセンスの無さはどうなんだ!

こんなに突っ込み所満載の名称を考えた奴が、国の未来を考えているのかと思うとゾッとする。

安倍首相にはこれ以上、日本をブッ壊さないで欲しいと願うだけである。


■2015-10-08-Thursday 台風から

台風23号が温帯低気圧に変わったが・・・、

北海道の東部を直撃して大嵐になっている。

温帯低気圧だから、台風よりは軽いのかと思っていたら・・・。

普段、台風など来ない十勝であるから、これだけの雨や風には恐怖を感じるほどである。

最大瞬間風速が、根室や釧路で約38mもの強風だと云う。十勝は若干それよりは低いものの、ついこの前の爆弾低気圧の時の23mよりも遥かに強いように感じる。

交差点で信号待ちしていたら、持っていたビニール傘が風で飛ばされそうになり、車道に引っ張られるような状態になった。強風で持っていた傘が裏返って壊れたから、それ以上は風の影響を受けなくて助かったが、丈夫な傘だったなら一緒に飛ばされて危なかったかもしれない。

体重75圓發△觧笋飛ばされそうになるのだから、この風はかなりヤバイぞ。

おまけに今回は風だけではなく雨も伴っているから、暴風雨に見舞われている状態だ。

我が家の庭には、梨、リンゴなどの果樹があるが、来週辺りに収穫するのを楽しみにしていた梨の実が、この強風で全部、落ちてしまった。

リンゴの方は、まだ十数個がかろうじて枝に付いているが・・・。

それにしても、ここ最近の天候の異常さはどうだ。

それこそ経験したことのないような、大雨、強風などが続いている。この異常気象(異常というよりも恒常化しているが・・・)が世界中で続けば食料不足に陥るかもしれない。

それなのに、日本の政府はTPPなんぞの成立に尽力しているというから呆れる。

たった70年前には、東京などの都会に暮らす住民は、貴重な品物を持って農村に行き、食べ物を分けてもらっていたことを思い出すべきだ。食べ物を生産していない都会人は、食べ物が無くなったらどうなるか。

その時の都会人のように、日本全体をしてしまおうというのだろうか?

人間は食べなければ生きていけないのだ。

日本の政治家は頭がオカシイ!


■2015-10-09-Friday サイン色紙

憧れのマジシャン島田晴夫さんが

サイン色紙を寄贈して下さった。

今年6月に、札幌から新潟に居を移されたプロマジシャンのバーディーコヤマさんの所に、10月初旬に島田晴夫さんが行かれると云う情報を得たので、バーディーさんに依頼しておいたのだ。

島田晴夫さんも、バーディーコヤマさんも、師匠の故ジミー忍(聖忍)とは、螢謄鵐茵爾離妊ーラー出身のプロマジシャン仲間で、兄弟弟子の関係になる。

螢謄鵐茵爾髪召Σ饉劼蓮¬声のスーパーマジシャンで日本近代奇術の父と言われる、松旭斎天一と云うマジシャンの弟子で親類でもあった松旭斎天洋と云うマジシャンが興した会社である。

三越などの有名デパートのおもちゃ売り場にマジック用品販売のコーナーを作り、ディーラーと呼ばれる実演販売員を置いて、マジック用品が一般に売れる礎を築いた会社である。

このテンヨーのディーラー出身のプロマジシャンには有名な人が多く輩出していることでも知られているが、一番弟子が初代の引田天功、2番目が海外で活躍した島田晴夫、3番目がフランスで活躍した八田加寿雄、4番目我が師匠のジミー忍、その後には、バーディーコヤマ、ミスターマリックなどもそうである。

そのバーディーさんに、島田晴夫さんのサイン色紙を「仮称:マジック博物館」に寄贈して頂けるように頼んで欲しいとお願いしていたのだ。

届いた色紙は、豪華な金色の色紙であった。さすが、世界の島田晴夫師である。この他にもA4サイズの島田さんの写真にサインしたものも同封されていた。

島田さんの色紙や写真からもオーラを感じる。

これで、博物館にまたひとつ嬉しい展示物が増えた。これから、プロマジシャンのサインが続々と届く予定になっているから「サイン色紙コーナー」も充実していくことになるだろう。

皆さんの協力で素晴らしいものになりそうである。


■2015-10-10-Saturday マジシャン

今年3月まで帯広の金融機関で働いていたが、

4月から札幌でプロマジシャンとして活躍しているスペンサートリックスさんが、10、11日と帯広のばんえい競馬場で開催されるばん馬まつりのパフォーマーとしてやって来る。

このばん馬まつりにはもう一人、札幌で活躍しているアッキーさんと云うプロマジシャンもパフォーマーとして来ることになっている。

今年6月下旬に札幌から新潟に居を移されたプロマジシャン、バーディーコヤマさんの送別会が札幌で開催されたが、そこでアッキーさんと名刺交換をした。

そのアッキーさんから「帯広に仕事で行くのでマジック博物館を見たい」とのメールが入った。スペンサーさんも7月頃に帯広に来た際に、博物館を見て以来であるから、そこからはかなり進展しているので一緒に如何ですかと誘った。

更に、転勤で帯広に来ているアマチュア(保険マン)のマジマジシャンさん夫妻も誘って、私達夫婦と6人で会食することにしたのだった。

昼に、ばんえい競馬場に赴き、二人のマジックを見学した。さすが、プロとして場数を踏んでいるから、手際や客あしらいが上手い。この辺りがプロとアマの決定的な違いである。

私の様に、めったに人前で演じなくなると、この客あしらいの腕と勘がかなり落ちてしまうから、ますます実演から遠ざかってしまうことになる。

毎日演じているプロにはまったく適わない。

この日の午前中には、博物館のことで嬉しいことがあった。JC(青年会議所)の先輩でゴルフ仲間のTさんが、博物館に飾るパネルの製作をして下さるというのである。

今年、自社に導入した最新の機械で、製作して提供してくれるというのだ。博物館で打ち合わせをしている時に、隣のビルのA先輩にも電話して見学に来てもらった。

普段から口の悪いA先輩も「お前も金にならんことを、ようやるな〜、それでも、ここまでやるのはたいしたもんだ!」と褒めるのか貶すのかよくわからない言葉で・・・、でも、たぶん褒めてくれたのだろう。

少しずつ、帯広の人にもこの「仮称:マジック博物館」のことが知られてきている。

夕方に演技を終えた2人とアマ夫妻が見学に来てくれて、盛り上がって1階の居酒屋いろはにほへとに6人で入った。

外は結構な人出である。店も混んでいた。

マジックの話をし始めると尽きることがない。その会話の内容をここで書いても、専門的な話で一般の人にはまったくチンプンカンプンであろうから省くことにするが、実に楽しい時間を過ごすことができた夜であった。


■2015-10-11-Sunday 博物館の整備

3連休であるが、どこかに出掛けるわけでもない。

帯広ばんえい競馬場で開催されている、ばん馬まつりに知り合いのプロマジシャンのスペンサー・トリックスさんが出演しているので、昨晩、一緒に飲食をした保険マンでアマチュアマジシャンのまじまじしゃんさん夫妻と一緒に見学に行った。

午前中の演技を見に行ったのだが、途中で雨が降ってきた。マジシャンはトレーラーを改造したステージで演じているから雨には当たらないが、観客の見ている場所には屋根が掛かっていないからズブ濡れになる。

傘を持っていない観客が騒然となったが、そこはさすがプロである。

観客をステージに上げて演技を続行したのであった。その内に雨も小降りになり、事無きを得たのであったが、やはり臨機応変の対応が出来なければプロは務まらない。

午後からは、博物館の整備作業をした。15日に師匠夫人のマコママが帯広に来るから、それまでに少しでも進展させておきたいと思っているのだ。

悩みのタネである、ロープ系のマジック道具の展示をあれや、これやと試してみた。

ひとつひとつのロープマジックの道具を透明なケースに入れて並べてみたのだが、パッと見に、紐は全部同じに見えてしまう。ましてやマジックの素人の人が見ても、まったく分からないであろう。

違いをどうやって表現するのか、例えば、マジックの名称を「3本ロープ」と「5本ロープ」と表記したとしても、マジックの種類や演技法の違いは分からないだろう、おそらく数の違いぐらいにしか感じないだろうし・・・。こりゃぁ〜困ったゾ!

一般の人にも見学してもらう施設にするには、この辺りの工夫が必要だ。このままで、本当に来年7月中旬に一般公開できるのかしらん。

作業中に、旧知のマジシャンから電話が入った。マジシャン仲間の中では、話題に上がっているようである。来年7月のオープンに合わせて、マジックショーを企画しないか?という申し出である。マジシャン仲間が協力してくれるのはとても嬉しいことだ。

15日にマコママが来るので、返事は相談してからということになったが・・・。段々と大掛かりになっているようで、少々怖い気もする。

こじんまりと内輪でやろうと思っていたのだが・・・。

日本唯一の施設ということで期待もしてくれているのだろう。でも、整備費用が嵩んでいるから、ショーまでの予算はとてもないなぁ〜。困ったなぁ〜。


■2015-10-12-Monday 休日

こうも連休が多いと・・・。

何だか、今年はやたらと3連休以上の休みが多いなぁ〜。もともと連休中に何処かに旅行に行くと云うことはしたことがない。どこもかしこも混んでいるし、値段は高いしなので、家で本でも読んでいるのが一番であると思っている。

これまでの連休なら、夫婦で映画舘にでも行こうかと云うことになるのだが、今回の連休は土日に、妻がばんえい競馬場で開催されているばん馬まつりの手伝いで、家にいなかったから、その間に一人で映画を見に行くというのも・・・。

今日の振替休日は、映画でも楽しもうかと考えていたら、昨日のばん馬まつりで急な降雨にあたって風邪をひいたようだと云う。

疲れたから家でユックリしていたいと云うので、私は、会社に行ってマジック博物館の整備をすることにした。

15日には、マジックの師匠の故ジミー忍(聖忍)師の奥様のマコママが帯広に博物館の進捗状況を見に来る予定であるから、それまでに作業を少しでも進めておきたいのだ。マジック博物館の整備を一人で黙々とやっていたのであった。

普段は、会社の仕事の合間をみつけては、1〜2時間程度の作業をしているが、この日は妻も居ないからタップリと半日も作業ができたのでかなり捗った。

家に戻ったら、妻はまだ具合が悪いと云う。母に風邪をうつしたりしたら大変だと云うので、お弁当を買ってくることにした。

コンビニ弁当よりもホットモットの弁当の方が好きなので、家からはかなり距離があるが買いに行った。

自宅と母の家に弁当を届けて、私は家の近くの温泉銭湯に一人で行ったのだった。歩いて3分の所にある温泉銭湯であるが、ここには滅多に行かない。

背中に絵が描いてある人達が大勢入浴に来るので、顔馴染みになるのも・・・と思って行かなくなったのだ。でも、今日は、私一人だから、わざわざガソリン代を掛けてまで遠い温泉銭湯に行くまでもないと思い。久し振りに入浴したのだが・・・。やっぱり背中が派手な人が居たのであった。

ゆっくり温泉に浸かって身体を休めてから、自宅に戻り、弁当を食べた。本来なら晩酌にビールでも飲みたいところだが、自宅では酒を飲まないことにしたから我慢する。

テレビのハードディスクで昔(2006年)に撮ったマジックのビデオをDVDにダビングする作業を行なった。テレビ内蔵のハードディスクがマジック番組で満杯になってしまったからだ。

4時間分の番組をDVDに入れて、HDの方は消去した。これで、またHDに余裕が出来たのである。

暇な様で、なんだか忙しい休日であった。


■2015-10-13-Tuesday マッドさん

ヤフーオークションで面白い絵を見つけた。

キャラがたったモンスター達の絵である。ハロウィンに飾るには格好の絵であると思った。

私は、小学6年生からマジックを始めたが、当時の帯広にはマジックを教えてくれる先生が居なかったので、独学で学び、練習するためにマジック関係の書籍を買い始めたのであった。

初めは、町の本屋さんに売っている「手品入門」なんてタイトルの子供向けの本であった。すぐに物足りなくなり、大人向けの奇術の本を買ったのだが、これも内容がイマイチで物足りなかった。

高校生の頃に「金沢文庫」と云う大層な名前の出版社が、かなり専門的なマジックの本をいくつか出版し、その内の一冊、「クロースアップマジック」と云う本でしばらくは関心がもったのだが、やがて飽きてしまった。

大学に入ってからは、毎週、神田神保町の古本屋に通っては、マジック関係の古書を買い漁ったのだった。

学生時代に、すでにマジック関係の蔵書は150冊を越えていたほどであった。。

大学3年生の時に、大学のマジッククラブの発表会の演出をやったのだが、その発表会の題名は「マジカル・ミステリー・ショー」で3部構成の内の第2部はモンスターにマジックを演じさせる趣向であった。

子供の頃に、映画大好き人間だった父に連れられて、クリストファー・リーが演じるドラキュラ映画を見たのだが、怖くて怖くて、吸血鬼に噛まれない様にと、以来、首に手拭いを巻いて寝たものだったが・・・。

神田の古本屋で、発表会用にモンスター関係の書籍を探している内に、モンスターがすっかり大好きになっていたのだった。

マジッククラブの発表会の第2部は、)盻の空飛ぶホウキ、▲札爛恵砲虜欧龍漫↓ドラキュラの骸骨ゾンビボール、だ秉、ト崢校屋敷のお菊、と云う構成である。

この演出はすごく観客に受けた。特に「雪女」はかなりの評判を取った作品である。

そんなモンスターに思い入れ深い私が、ヤフオクを検索していたら、マッドジョンソンさんと云う画家が描いたハロウィンのモンスターの絵を見つけたのだ。

いわゆるオドロオドロシイ恐ろしいモンスターの絵ではなく、キャラがたったモンスターが楽しげな雰囲気を醸し出していてユーモアを感じたのである。一目見て気に入り落札をした。

支払い方法や送付先などの連絡をする文章に、マジック博物館を作っていることを書いたら興味を持ってくれたようで返事がきたのであった。

「マッド」というので、SF小説や映画などに出てくるマッドサイエンティスト(気狂い科学者)を連想したのだが、マッドさんが実は気の良い日本人であると云うことが分かった。

彼が描くモンスターがマジックを演じている作品もあるので、ヤフオクに出品すると云う。

出品された「モンスターマジック」という一連の作品もとても気に入ったので落札したのであった。

博物館に飾るサイン色紙をお願いしたら、描いてくれると云う。実に嬉しいことだ。

これでまた「仮称:マジック博物館」に目玉展示物が増えた。日々ドンドンと良い方向に進んでいるように感じるている。


■2015-10-14-Wednesday 大根葉の漬け物

今年も漬け物のシーズンがやって来た。

例年、この時期に知り合いの農家から「大根」の葉っぱだけを分けてもらっている。大根の葉っぱは流通の邪魔になるから切り落として捨てるから、残しておいてもらい溜まったら届けてくれるのである。

13日に会社を終えて自宅に戻ったら、玄関先に、白菜を入れる大きなビニール袋に4つ大根葉が入った袋が置いてあった。

明後日15日からは、東京からマジック博物館の整備の為に、師匠夫人のマコママが帯広に来るから、今日中に漬けてしまわなければならない。

母は年を取っているから、もう漬け物を漬けるのは無理である。妻も仕事が忙しくて早朝から出勤しているから、漬ける作業は私一人でやるしかない。

大根葉は、普通の家庭でもほとんど漬け物にすることはない。漬け物にするどころか、多くの家庭では食べられないと思い込んでいるようで、捨ててしまう人も多い。

中には、炒め物にしたり、粕汁の具にしたりする家庭もあるようだが・・・。

我が家では、昔から大根葉を捨てることなく漬け物にしてきた。私は幼少の頃から、この大根葉の漬け物が大好物で、細かく刻んで味の素と醤油を掛けて食べるのが大好きであった。これさえあったら、ご飯が何杯でも食べられるほどだ。納豆に混ぜるのも絶品である。

しかし、大根葉の漬け物は製品にはなっていない。製品になっていないということは売っていないということでもある。だから食べたければ自分で漬けるしかないのである。

自分で漬けなければ、一年間、大好物を食べられないわけであるから、腰が痛くなろうが、忙しかろうが、頑張って漬けるのである。

早起きして、一人で大根葉を何度も洗って泥などを落とす、ザルに上げて水切りをし、2斗樽に漬けていく。一人で作業をすると効率が悪いが仕方ない。

8時から11時までの3時間掛かって、ようやく漬け終えたのであった。

中腰での作業は、腰の悪い私には、かなりの重労働であるが、人間、好きなモノを食べたいという意欲は何物にも勝るものである。

去年は、保存する為に、年明けすぐに20束ぐらいを冷凍庫に入れて保存したのだが、これが大失敗であった。

やはり冷凍すると水分が抜けてしまい、繊維だけが気になるようになった。今年は冷凍をしないでおこうと思う。

2週間後くらいには漬かるであろうから、また美味しい漬け物が食べられるだろう、自分で漬けたものは特に美味く感じるものであるから楽しみである。


■2015-10-15-Thursday マコママ

マジックの師匠である故ジミー忍師夫人のマコママが

15日に帯広に来た。

私は現在、ジミー忍(聖忍)師の「マジック博物館を造って欲しい」との遺言に従って博物館を整備中なのであるが、東京在住のマコママはジッと待ってはいられないようで、昨年の11月と今年の6月にも、視察の為に帯広入りし、「私が生きている内に早く完成させてヤ〜!」と発破を掛けに来たのであった。私の構想では、オープンは来年の7月中旬の3連休辺りを想定していたのだが・・・。

ジミー師が生前に、マジックの文化を一般にも広める為に「奇術の日」を制定しようと提言した。

プロマジシャンの組織である、公益社団法人日本奇術協会が平成2年から採用して、マジックの掛け声であるワン・ツー・スリーに因んで「12月3日」を奇術の日にしたと云う経緯があるが、この「奇術の日」にセレモニーを開催したいという希望を持っているのだ。

かつてのマジックの師匠と弟子の関係は、徒弟制度みたいなもので、師匠の言うことは絶対である。

12月3日に、一般(マジックの素人の観客)へのオープンは到底無理なスケジュールであるが、ショーケース内に道具類を納めて、一応の形式を作ることまでなら、何とかなりそうな状況であるから、ここはマコママの希望に合わせて12月3日に、身内や関係者のみを集めてプレ・オープン式をやることにしたのであった。

私の作業時間は、仕事の合間にやっている関係から、せいぜいが一日に1〜2時間程度でしかない。このペースではギリギリである。

先月には、マコママは11月の下旬に来て、12月3日まで作業を手伝うと言っていたのだが、どうやらそれでは心配になったらしい。10月にも行って進捗状況を確認し、作業も手伝うと言うのである。

帯広空港に15:05着の飛行機で到着するので迎えにいき、そのまま、まっすぐに博物館に入る。

6月に来た時点よりは、格段に進んでいるので、マコママも感激して涙を流して喜んでくれたのでまずは一安心。

進捗状況を説明し終わったら、すぐに作業を始めようと言う。前掛けやサンダルまで用意してきているから、こりゃ〜本格的に作業をするつもりのようである。

この日は夕食を食べに行く前の16:00〜19:00まで3時間の作業をしたのであった。


■2015-10-16-Friday マコママ2

15日にマジックの師匠である

故ジミー忍(聖忍)師夫人のマコママが帯広に来た。

「仮称:マジック博物館」のプレ・オープン式を、ジミー師ゆかりの12月3日の「奇術の日」に開催したいと云う希望を叶えるためである。

私の、日々の作業時間は、仕事の合間にやっている関係から、せいぜいが一日に1〜2時間程度でしかない。

まずは、2007年4月から「マジック図書館」の整備を始め、「仮称:マジック博物館」の方の作業を開始したは2011年からであるが・・・。

翌2012年と云う年が劇的な状況変化を私に与えたのであった。

2012年1月末に、母校である帯広柏葉高校の同窓会新年会に出席した私の横に、隣のクラスにいた植田君が座ったのである。彼の父親の植田広志さんは十勝では有名なアマチュアマジシャンであったが前年にお亡くなりになっていた。

その父親の集めたマジック道具が自宅に一部屋分あるが、家族は処分に困っているので貰ってくれないかと云うのである。私にとってはとても嬉しい話である。その年の初夏に植田家を訪ねて、一日掛かりでマジック道具を会社に運び込んだのであった。

2012年6月に上京し、マコママが経営していたマジックスナック「魔法の小箱」を訪ねると、7月末で魔法の小箱を閉店すると言うのである。

8月になると、マコママから送られてきた段ボール箱が毎日数個ずつも会社に届くようになったのであった。

とりあえず会社のデッドスペースに運び込み、床にブルーシートを敷いて、並べていき、分類作業を開始したのだが、あまりの膨大な量に、気が遠くなるような感覚であった。

この、どんなマジックの道具があるのかという地味〜な作業が2年も続いたのである。

まだまだ調査分類作業の途中であった2014年11月に、マコママから「マジック博物館はまだかねぇ〜、私の目の黒い内に完成させてヤ〜」と言う電話が入り、帯広に見に来るというので、床に置いたままの状態では、まずいと思って、急遽、「トランプの壁」を製作したのであっった。

本来なら、全ての分類が終わってから、博物館の展示方法や配置などを考えて、設計図を作製してから取りかかろうと思っていたのだが・・・。

結局、マコママに発破を掛けられて、展示しながら完成させると云うことになったのっだった。

その後も今年6月に視察に来るというので作業を早め、12月3日にプレ・オープン式をすると云うので、更にスピードをアップした。

正式オープンが来年7月中旬と云うスケジュールを半年以上も早めようと云うのだから、かなりの無理があるのであるが・・・。

それでも、人間、切羽詰まれば何とかなるもんである。

私のことだから、マコママが発破を掛けてくれなければ、きっとまだ分類作業の途中であったことだろう。

どうやら、マコママからのプレッシャーが良い方向に向かっているようである。


■2015-10-17-Saturday マコママ3

マコアマが来て「仮称:マジック博物館」の

整備を手伝ってくれているが・・・。

事前に情報発信をしておいたので、十勝毎日新聞社とNHKが取材をしてくれた。

十勝毎日新聞社は、2014年11月、今年6月に続いて3回目の取材である。

今回も、マコママが来て発破を掛けに来たという記事ならば、ネタも切れてしまったかとも思うのだが、12月3日の「奇術の日」にプレ・オープン式をするというのは、けっこう新鮮なネタになるのだろう。

私も、今回の経緯を説明するのに、結構昔を思い出して楽しいことになったのであった。

NHKの方は22日朝07:45から放送の全道版の朝のニュース番組で取りあげてくれるという。シャク(テレビ界用語で放送時間)が4分間と云うから、これはちょっとした特集扱いである。

これはかなりすごいことである。

北海道全域に放送される全道版であるし、NHKのニュースであるから、札幌や留萌に居る親戚や友人達にも伝わることになるだろう。

記者とカメラマンと音声の3名で取材に来た。

マコママへのインタヴュー、私へのインタヴュー、二人で展示物を飾っている場面を撮っていったが、並べている最中に、そのマジック道具でマジックを実際に演じて欲しいと言うリクエストがあった。練習もしていないのにマジックを演じると、マコママに怒られるから、やり難いなぁ〜。

昔、やったことのある道具がたまたま出てきたので、それを演じたが・・・。果たして上手く編集してくれるだろうか?

4分間の放送時間だと言うのに、3時間近くもカメラを回していた。さすがNHKである。あれだけのビデオテープを回して撮影し、使うのは4分間だというのだから、良いところだを繋いで放送して欲しいなぁ〜。


■2015-10-18-Sunday マコママ4

マジックの師匠である故ジミー忍師夫人の

マコママが帯広に来て「仮称:マジック博物館」の展示の手伝いをしてくれている。

「坂もっちゃんだけには、任せられない、自分も展示をやりたい」と言うのである。

17日の土曜日は、私の会社は休みなのであるが、マコママと10:00から作業を開始した。

ホテルでジッとしていても仕方がないからと、早朝からやる気満々なのである。

午前中に2時間の展示作業を終えて昼食に蕎麦を食べに行った。マコママは昔から肉類をまったく口にしない人なので、せっかく肉の美味しい十勝に来てもらっているのに、食べさせる楽しみがないのが残念である。

それでも蕎麦は大好きだから、いろいろな蕎麦屋に連れていくことにした。

蕎麦を30分で食べ終えたら、すぐに戻って展示作業をやると言う。少しはゆっくりやりましょうよと云うのだが・・・。

興奮して、どうしても、ジッとしていられないようである。

午後は13:00〜15:00まで2時間の作業をしてから、15時のおやつタイムに六花亭の喫茶部に行く。

ここでも40分で出て、すぐに展示作業をやると言う。私は普段から1日に1〜2時間程度しか作業をしていないから、こんなに長時間も展示作業をやっていると疲れてしまうのに・・・。

おやつの後は15:50〜19:00まで作業が続いた。私が「もう今日は止めて晩ご飯を食べに行きましょうよ」と言って何とか終了することが出来たのであった。

マコママの集中力は、あいかわらず物凄い!

この2日間の間に、私の1ヶ月分の作業をやったのではなかろうか。

これで12月3日のプレ・オープン式の目処が立ったので、マコママも一安心したと言う。

夕食を食べながら、昔話をしている時に思い出した話で、1988年に、シークフリート&ロイと云うマジシャンが来日し、汐留のJR跡で長期間のマジックショーをやっていた時のことである。私は上京して観に行ったのであるが、その帰りに新橋演舞場の前を通ったら、新派特別公演、水谷良重主演「松旭斎天勝物語」の看板が目に入った。窓口で尋ねてみると当日券があると云うので入場したのである。

その劇中で、明治のスーパーマジシャンで日本近代奇術の父と云われる松旭斎天一の役を、松本幸四郎さんが演じていた。

松本幸四郎さんは燕尾服を着て「鳩出し」のマジックを華麗に披露していたのであった。マジックの素養がまったく無い人が1週間程度習ったところで鳩出しは出来ない。幸四郎さんはマジックが好きなのではなかろうかと思ったのだ。

その話をしたら、マコママの長男の駒田一ちゃんが、今、帝国劇場で松本幸四郎主演のミュージカル「ラ・マンチャの男」の従者サンチョ役で出演している話になったのである。

「仮称:マジック博物館」には、マジックに関わりのある有名人のサイン色紙を飾るコーナーがあるが、ここに松本幸四郎さんのサイン色紙も飾りたいね、松旭斎天一役をやってマジックまで披露したんだから資格は十分過ぎるほどだからねぇと云うことになっていったのだ。

すぐ、その場で駒田一さんに電話して依頼したのであった。果たして幸四郎さんは書いて下さるだろうか?

「仮称:マジック博物館」の名称もそろそろ決めなければならない。マコママと色々な名称を並べて検討してみたのだが、やはりマジックはシンプル・イズ・ベストだろうということになり「マジック・ミュージアム」でいこうよと云うことになったのであった。

名前も決めたことだし、その後は昔話に花が咲いておおいに呑んだのであった。


■2015-10-19-Monday マコママ5

マコママが昼の飛行機で東京に戻る。

10時にホテルに迎えに行き、お土産を買いに六花亭本店に連れていく。

私も、昨晩、駒田一さんに、松本幸四郎さんのサインを依頼したこともあるので、両名に楽屋見舞いを送ることにした。

松本幸四郎さんのサイン色紙には「何かマジックに関して一筆書き添えて欲しい」との注文もつけてある。そうでないと、歌舞伎役者のサイン色紙がマジシャンのサイン色紙と同じ場所に飾ってあっても場違いな印象を与えるであろうから。

お土産買いを終えたら、「マジック・ミュージアム」をもう一度見ておきたいと云う。六花亭本店は、我が社のすぐ隣であるから、そのまま向かう。

マコママは何だか、東京に帰りたくないようである。このまま12月3日まで展示作業を続けていたいような雰囲気であるが・・・。

飛行機の出発時間まではまだ時間があるから、ミュージアムの展示の参考にする為に、帯広百年記念館を見学することにした。マコママの真剣さが伝わってくる。

私も百年記念館を訪れるのは久し振りだ。展示の仕方をみると、ガラスケースにも入れずに、そのままむき出しで展示してあるものが多い。

だが、マジックの道具は、こう云うむき出しの展示の仕方は出来ないだろう。観客の手に直に触れることが出来ると、どう云うタネになっているのか、触りたくなったり、調べたくなったりするのが人情ってもんだからだ。

マコママはマジックのタネ明かしに関しては人一倍厳しい人である。たとえガラスケースに入れて展示しても、外から見てタネが分かるような展示の仕方は許さないと云う。

やはり、マジック・ミュージアムの展示はガラスのショーケースが必要であることを再確認したのであった。

空港に行く前に、蕎麦屋に寄って昼食を食べる。肉を食べない人だから、毎日、蕎麦である。

前日に食べた蕎麦とは、また違ったタイプの蕎麦に満足してくれて、空港に向かう。

12月3日のプレ・オープン式には、マコママ、長男でミュージカル俳優の駒田一さん、ジミー忍師の弟子が沖縄と東京から参加してくれるという。ミュージアム開設に手弁当で尽力してくれた大工さんや工事関係者、植田さんの関係者など身内を招いて少人数でやろうと思っている。楽しい会になりそうである。


■2015-10-20-Tuesday 取材

地元のケーブルテレビのOCTVの

番組「とかち青空放送局」の中の「まい さんぽリターンズ」と云うコーナーで、マジックミュージアムが紹介された。

19日からの一週間、18:15、20:15、0:15と2時間おきに放送されている。

10月6日に取材に来たのだが、放送時間は短いはずなのに、かなりの時間に渡ってビデオテープを回して撮影していたから、上手く納まる様に編集出来るのかなぁ〜と思っていたが・・・。

どうやら、1回の放送では、放映時間が足りなかったようで、翌週にも第2部として放送すると云う予告編が出ていた。

当日はリハーサルなども一切無くて、いきなりの撮影であったから、どんな内容になるのか不安であったが、結構、笑える内容である。特に、私の40年前の舞台姿の写真と現在の私の顔を比較して「どうしちゃったんでしょうね〜」なんてコメントをするものだから、一緒に見ていた妻も声を出して笑っていたほどだった。

今回の12月3日に行なう「マジックミュージアム」のプレ・オープン式はメディアもかなり、面白がってくれているようで、取材が続々と来ている。新聞社は十勝毎日新聞と読売新聞、テレビ局はOCTVとNHKが取材に来た。

この内、読売新聞は明日21日の朝刊の北海道全道版に掲載されるという連絡が入ったし、OCTVは今週と来週の2週間に渡って放送される。

NHKは22日の朝07:45からの北海道のニュース番組で特集として放送されると云う。取材も3日間もしてくれたので、かなり濃密な内容になりそうである。

今から放送日がとても楽しみだ。

十勝毎日新聞の記事も、今週掲載される予定である。メディアがこれだけ注目してくれるのも、日本初の施設だからであろう。コツコツと整備してきたことが報われるようで嬉しいことである。


■2015-10-21-Wednesday ジュエルクラブ

ジュエルクラブという名称の

ゴルフ同好会の今年度の最終戦が20日に開催された。

かれこれ40年近くも続いている会であるが、5〜10月の毎月1回、年間6回の月例会でのポイント制で年間優勝を決める仕組みになっている。

今月は「マジック・ミュージアム」の整備やマコママの来帯などで忙しく、足腰にも疲労が溜まっていて腰が痛い。

もともと練習嫌いだから、いつもと同じと云えば同じなのだが・・・。

今年も、去年から続いてゴルフの成績はイマイチである。ほとんどアンダーで回ることが出来ていない。

特に、今週はマジック・ミュージアムの取材なども立て続けにきたものだから、何だかゴルフに対する集中力がない。

それでも最終戦であるから、早起きして出掛けたのであった。

この日は5組でのプレーであるが、私の位置は7位なので最終組のひとつ前の組でのスタートである。

同伴プレーヤーは若い飛ばし屋2人と、10年先輩で飛ばない人との組み合わせだ。私は飛ぶ方の部類に入る。

飛ばす方の3人のボールは、あっちこっちに散らばって飛んで行く。枯葉が多くて、フェアーウェイを外すとボールがなかなか見つからない。ボールが見つからないとロストボールで2打罰になるから、皆、必死で探すが、これでリズムを崩すことになる。

一人飛ばない先輩は、たんたんとフェアーウェイの真ん中にボールを打っていくと云う対照的なゴルフになった。

結局、この先輩が4アンダー、私は3オーバーであった。

この日の表彰式は、18:30から帯広市内の飲食店で行なうことになっている。先に終えている前の3組のプレーヤーはすでにゴルフ場を離れてそれぞれ会社に戻っているから、私も風呂に入ってから会社に出勤した。

十勝のゴルフ場は、車で会社から15分の距離であるから、こう云う芸当ができるのである。

会社で18:15まで仕事とマジック・ミュージアムの整備をやってから表彰式会場の飲食店に向かった。

10月例会の優勝は一緒に回った飛ばない先輩で、私の成績は第5位であった。

年間賞の景品は、優勝者、準優勝者には、ジュエルクラブの名称通り宝石が当たることになっている。だが、優勝者、準優勝者は翌年から3年間は優勝と準優勝の権利がなくなるという決まりになっている。

今年の優勝者は圧倒的な成績を上げている人がいるので、発表を聞かなくても既に皆が知っているのだが・・・、準優勝者は1ポイントの差に4〜5人がひしめいていると云う。

焦らしながら年間賞の成績を下位から発表していくが、私の名前がなかなか出てこないのだ。

そして、私が準優勝ということになったのである。賞品にはティファニー製品のブレスレットをもらったのであった。

本来の成績ならば、私の順位は総合で4番目であるが、2位と3位の人間が権利放棄の人であったが為に、繰り上がりの繰り上がりで、私が準優勝になったと云う次第である。

5番目になった人とは1ポイントの差であったが、彼は18番で1mのバーディパットを外したと云う、私は最後の18番ホールで下りの10mのバーディパットを入れたから、このマグレの1打が効いたようであった。

当の本人が、予期していなかったから一番驚いているのだが、周りのメンバーも、成績があまりパッとしなかった私が準優勝したものだから、驚いていた。点数の計算ミスではないかと思ったくらいである。

まぁ、終わり良ければ全て良しで、今年のゴルフはスコアの割りに景品の当たりは良かった年であった。


■2015-10-22-Thursday NHKニュース

22日の朝07:45からのNHKテレビの

北海道のニュース番組で「マジック・ミュージアム」のことを取り上げてくれた。

4分間の特集番組で、ミュージアムと云うよりは、私にスポットを当てた番組内容であった。

かなり長い時間を使って撮影していたが、さすがプロである。上手く編集してくれたから、私が演じたマジックもタネがバレてはいない様で一安心である。

北海道の全道版のニュースであったし、しかも、朝の連続テレビ小説の直前のニュースであるから、結構、多くの視聴者が居たようだ。さっそく、親類からも「見たよ〜!」との電話が入った。

放送後にNHKの記者から電話が入って、今度は、24日の土曜日の朝6時半頃に、全国放送のニュース番組で放映することが決まったと云う。

エ〜ッ、全国放送!!!!

嬉しいやら恥ずかしいやら・・・。

早速、本州に居る姉など親類や大学のマジッククラブの連中に連絡を入れておいた。

もう少し時間的に余裕があれば、もっと多くの人に連絡出来たのだが・・・。

土曜日は休みの人が多いし、6時半だと、まだ寝ている人が多い時間帯であろうから、果たしてどれだけの人が見てくれるだろうか。


■2015-10-23-Friday マジック・ミュージアム

22日の朝のNHKニュースの全道版でマジック・ミュージアムの

ことを取り上げてくれたものだから、反響がスゴイ!

このニュースは、朝の連続テレビ小説「あさが来た」の直前に放送されているから、かなりの人が見ているのだろうなぁ〜。

朝から、何人もの人に「テレビ見ましたよ!」と声を掛けられる。「マジック・ミュージアムを見たいのだが・・・」と云う問い合わせの電話も数本入って来た。

これだけ反応があるというのは、やっぱりNHKってスゴイんだなぁ〜。

今日は、マジック・ミュージアムに新たに2つのショーケースを運び込んだ。先週、マコママが訪れた際に、展示作業を手伝ってもらったのだが、展示物が多過ぎて、ショーケースが足りなくなってしまったので、急遽追加で製作を依頼したのである。

大工さん達も、もうすっかり勝手知ったる他人の家と云う感じで、すぐに反応してくれるから有り難い。

ついでに、廊下のドアの開く方向を逆に付け直してもらった。

廊下の両側に、マジックの古いポスターや写真を大きく引き伸ばしたモノを貼り付けていく場所を作ったのだが、ドアの開きが逆の為に、せっかくの写真がドアで見えなくなってしまうから、開き方を手前に開けるように付け直してもらったのだ。さすがプロである。アッと云う間にこちらの注文通りに直してくれたのであった。

新しく出来たショーケースの中に入れるモノを買いに、昼休みにDIYの店に行ったら、店頭で見知らぬ人から「突然失礼ですが、マジックの坂本先生ですね!・・・」と声を掛けられた。まったく見知らぬ人だったから驚いたが、朝のニュースを見たらしい。

「マジックを○○で演じて欲しいのですが・・・」と言う。

私は演じるのは、極力断わっているのだ。

何故なら、太り過ぎてしまって衣装が合わないからだ。

NHKの番組でも、マジックを演じて欲しいとのリクエストがあったが、普段着のジャケットでの演技は様にならない。

こりゃ〜少しは痩せて、昔のステージ衣装が着れるようにならなきゃなぁ〜と一瞬思ったのだが、サイズがあまりにも違い過ぎて、ちょっとやそっとでは無理であるから、新しく作らなけりゃならないかも・・・。


■2015-10-24-Saturday NHKの番組

24日朝のNHKニュースで全国放送されると

連絡をもらったのだが・・・。

はっきりした放送時間帯の連絡が入ったのが、前日23日の夕方だったので、あまり多くの人に連絡することが出来なかった。

それでも記者から聞いた放送時間帯は、24日(土)朝6:00から始まる「おはよう日本」と云うNHKの全国ニュースの中でだと云う。そのおおよその時間帯は6:30〜7:00までの間としか現段階では分からないのだと云う。

私は明日の朝は、北海道青年会議所のじゃがいもクラブと云うゴルフの地区対抗戦に出場する為に、小樽カントリークラブまで行かなくてはならない。

帯広から出場する他のメンバー2名と一緒に3人で車に乗り合わせて小樽に向かうことになっている。私の家に迎えに来てくれる時間が夜中の3時ちょうどである。

ゴルフは7:30のスタートであるから、6:30までにはゴルフ場入りしなければならないから、ちょうどゴルフ場のテレビで見られるなぁ〜と思っていた。

到着したら、札幌のメンバーから「坂本さんが5時のニュースに出ていましたよ。すごいですねぇ!」と言われた。

「エ〜ッ5時に?!」ありゃまぁ〜、NHKの記者が私に放送時間を誤って伝えたんだな、皆には6:30からと連絡しておいたのに・・・。

東京のマコママにも6:30〜7:00の間と伝えたのになぁ〜、どうしよう。

でも、一応念の為にゴルフ場のテレビで6:30から見ていたら・・・。

6:47〜6:52までの5分間も放送されたのであった。しかも22日の北海道版ニュースの「この人ピリカ」の時よりも尺(放送時間)が少し長かったのであった。あぁ〜一安心!

でも、2回も放送してくれたんだ〜!

すぐに、マコママに電話したら、マコママは5時の放送も見ていたと云う。よくある放送順番の入れ替えがあったんだろうと思っていたと云う。マコママもまさか2回も放送されるとは思っていなかったというから、嬉しい誤算である。

ただ、放送内容には2ヶ所の誤りがあるとマコママに指摘された「ひとつは、先生(ジミー忍師)は初代引田天功の弟子ではなく、弟弟子である。もうひとつは、オープンは12月上旬じゃなくて来年7月下旬である」と言う点である。さすが2回も見たから細かいところまで気が付いたのだろうなぁ〜。

ゴルフのプレー中は携帯電話の電源を切っていたが、終了してからスイッチを入れたら「見たよ〜」のメールが数本入っていた。

今日の放送を連絡出来なかった人からも「見たよ〜」との電話も来た。さすがNHKである。

かなり良い宣伝になったようである。


■2015-10-25-Sunday 大荒れの

24日の小樽カントリークラブでの

ゴルフは、スタート時は寒かったものの雨は途中に少しパラつく程度で済んで、後半は太陽が出たりもして少しは暖かくなったが、風だけはずっと強く吹いていた。

ゴルフの成績は、パッとしないもので、特にグリーンのタッチが合わずに3パットを繰り返している内に、ショットも乱れて散々な成績に終わったのであった。

表彰式の終了後に、一緒に行った3人で札幌に向かい翌日もゴルフをして帰る予定である。だが、天気予報では季節外れの雪が降ると云うし、暴風雪の警報まで出ているから、止めて帰ろうと言ったのだが・・・。

せっかく来たのだし、今年最後のゴルフになるかもしれないのだからと未練がましく言う。車に乗せてもらっているから、強く反対も出来ずにいたが、夜中の2時から起きているのでほとんど寝ていないし、ゴルフの疲れもあって、居酒屋で飲んでいる内に眠たくなったので、私は8時にはホテルに戻って寝てしまった。

夜中の1時に、ものすごい雷の音と、ホテルの窓ガラスを雹のつぶが叩く音で目が覚めた。

こんな状況では明日のゴルフは中止だろうなぁと思いながら、再び寝たのだが・・・。

朝早くに携帯に電話が入り、早目にゴルフ場に向かうと云う。キャンセルして、明るいうちに帯広に帰ろうようよと言ったのだが、ゴルフ場には一応行ってみると云うのだ。

ゴルフ場に到着したら、猛吹雪である。さすがに止めようということになったのだった。

帰り道の峠は猛吹雪で20儖幣紊論磴積もっていた。こんな状態でゴルフをしようなんて・・・。

帯広に入ったら晴れてはいたが、この後の天気は乱れるという。

とにかく無事に帰ってこれて良かったぁ〜。


■2015-10-26-Monday パネル

マジック・ミュージアムの入口に

繋がる廊下の壁が単なる石膏ボード張りの壁なの非常に殺風景であった。この廊下の壁の両側に、昔のマジシャンのポスターや写真を拡大したパネルを貼り付けたいとずっと考えていたが・・・。

ゴルフの仲間でもある帯広の印刷屋さんアドプリントの社長である田所先輩に相談したら、協力してあげるとのありがたいお返事。

何でも、日本最大級の印刷が出来る機械を導入したばかりだとのこと。180僉滷坑鵜僂離僖優襪膨樟椒廛螢鵐箸出来るのだと云う。

早速、依頼して製作してもらったのであった。

今日、電話してみたら「先週中に届けてあるよ」と言う。

先週中に完成していて、すぐに届けたと云うのだが・・・、配送会社が配達場所を間違えて、我が社のテナントさんのカラオケ店に配送していたのであった。

受け取ったカラオケ店の方でも、店頭などに飾る歌手などの実物大の人型の看板が届いたと思い込んでいたようで、そのままカラオケ店の事務所で保管されていたのであった。

どのみち、土曜、日曜は不在だったから作業も出来なかったので問題はなかったが、無くならなくて本当に良かった。

さっそく、荷を解いて、パネルを取り出してみたら、これが実に素晴らしい出来である。

事前に、大工さんに依頼して作ってもらっていた枠にはめ込んでいく作業を行なった。

出来あがりは、大満足である。殺風景だった廊下まで、マジック・ミュージアムの導入部として機能させることが出来たと思う。

ミュージアムは永遠に完成はしないモノであるが、これで、より充実させることが出来たのであった。


■2015-10-27-Tuesday テレビの

テレビの凄さをいろんな意味で実感した。

NHK総合テレビのニュースで、22日(木)は7:45からの北海道全道版、24日(土)は5時と6時の全国版で2回も4〜5分間ほどの特集を放送してくれた。

NHKの朝のニュースって云うのは、よっぽど視聴率が高いのだろうなぁ〜。道ですれ違う知人はもとより、見知らぬ人からまで「テレビ見ましたよ!」と声を掛けられる。

NHKの記者から「局に問い合わせがの電話が多数来ているので、坂本さんの会社の電話番号を教えても良いでしょうか?」との電話が入った。

個人の携帯電話よりは、まだ対応が出来るかなぁ〜と思ってOKしたのだが・・・。

すぐに、福島県の70歳代の男性から電話が入った。要は「マジックの道具が欲しい・・・マジックを教えて欲しい・・・」と云うことなのだが、身の上話から始まって現在の状況まで説明してくる。

そもそも、福島県と北海道では距離が遠過ぎて、個人レッスンなど不可能なことである。

「ネットで検索すれば身近にも、マジックを教えてくれる人が居ると思いますよ」と丁寧に事情を説明をしてお断りしたが、似たような電話が数本も来たのである。

帯広在住の80歳代のアマチュアマジシャンの方からは自宅に電話を頂いた。

35年前頃のことである。私が大学を卒業して家業に就いた時に、サニーデパート内に3年間ほど「マジックショップ」のコーナーを設けてマジック道具の実演販売をしていたことがあったが、その時に私から道具を購入したのだと云う。私は覚えていなかったが・・・。

「明日、お宅の会社に訪ねて行く」と言うので「どのようなご用件でしょうか?」と尋ねたら「マジックの件だ」としか言わない。

お年寄りだし、かつてのお客様だと云うからには、邪険にするわけにもいかないから「どうぞ」と答えておいたが・・・。

午前中に会社に荷物を一抱え持って現われた。顔を見たら、確かに数度会ったことがある人であった。

座ると、すぐに荷物を開き始めて、何やらマジック道具らしきモノを並べだした。

「これは昔、貴方から買った道具だ」と鳥の毛で出来た花を出してステッキに変えるマジックを演じた。次にCD盤とハンカチを出して貫通のマジックを演じる。

エ〜ッ、延々とマジックを見せるつもりなんだろうか?と思い。「まずは、ご用件を言ってくれませんか?」と聞いたら、ようやく本題に入ったのであった。

風呂敷からパネル状のモノを取り出して「これは、私が考案して作ったマジックです。これを博物館に寄贈して上げるから展示して欲しい・・・」と云うのである。

今度は、この道具の使い方の説明を始めたのだが「思い入れのある作品だから別れ難いので、昨日、この道具で最後の実演をしてきた」と言う。

私はこの人に寄贈して欲しいと言ったことはないのになぁ〜。

アマチュアが自分で考案したという道具だからなのか、現象が不思議には見えないし、自分で造ったと云うから作りもイマイチである。

寄贈すると言われても飾る場所も無いしなぁ〜、どうやってお断りしようかなぁと思っていたら、また別のモノを出そうとするから「貴重な道具をご寄贈下さり、ありがとうございます。まだ展示作業の途中の段階で、館内もゴチャゴチャしていますので、今、寄贈されても壊れてしまったり、無くしてしまったりするかもしれないので・・・」と言ったら、「せっかく持って来たから、これは置いて行く、この作品名は・・・」と説明が始まった。

タイミング良く、銀行さんが来たので「申し訳ないが忙しいので・・・」と云ったのだが帰ろうとはしない。1時間は居たであろうか、過去に自分が出たマジックショーの自慢話を続ける。

結局、この自家製の道具を一点寄贈して上げると置いて帰ったのであった。

きっと、自分の考案製作したマジック道具が、この博物館の展示物の目玉になるとでも思ったのかもしれないなぁ〜。

イヤァ〜、でもまいったなぁ〜。

寄贈してくれるのはとても嬉しいことなのだが・・・。


■2015-10-28-Wednesday 同期会

高校の同期会を企画することになった。

私が帯広柏葉高校を卒業した年は昭和51(1976)年であるから、来年が卒業40周年にあたる年になる。5年毎に8クラス全部の同期会を開催しているが、還暦も近いことだし、還暦の年にしようか?なんて声も出ていたが・・・。

各クラスの幹事を集めて会議をしたら、5年毎のはそのまま開催しよう。還暦の同期会はその場で参加者に諮って決めようということになったのである。

9年前の卒業30周年の同期会は、十勝川温泉のホテルで一泊で開催したが、4年前の35周年の時は、帯広市内のホテルで開催した。

今回は、また0年の周年だから一泊が良いと云う。

日程を決めるにあたっては、本州方面に住んでいる人も参加し易い様に、連休が良いと云うことになった。

連休といってもGWでは期間が短過ぎて、皆のスケジュールがすでに決まっている可能性も高いから、なるべく時期を遅くしようということで、10月の3連休に設定することにした。

来年の10月には、8日(土)、9日(日)10日(月)の3連休がある。真ん中の9日なら、皆に早目に日程の連絡をすれば、大勢の参加者が見込めるのではないかと云うことになったのだ。

9年前の30周年には360名中の100名ほどが参加している。

10月の3連休に、100名の泊る部屋を確保するには、すぐにホテルに予約を入れなければならない。

ホテルとしても稼ぎ時であろうから、果たして受けてくれるかどうか・・・。

幹事で予算案を作成したのだが見積もりが少々甘かったようだ。

3連休だからか、料金設定が普段よりもやや高目である。しかし、本州の同期生に来てもらうには、2連休では難しいから、やはり3連休で設定しなければならない。

私の姉は一学年上の25期生であるが、25期は今年の11月の3連休の初日21日(土)に同期会を十勝川温泉のホテルで開催すると云う。姉は東京在住だが参加すると云う。11月なら値段も10月よりも安いのだが、残念ながら来年の11月には3連休は無いのである。

11月なら寒くてゴルフも出来ないだろうから、ゴルフの選択肢も入れることで先輩の25期との差を埋めることにした。

9日(日)の午前中にはゴルフ場にも予約を入れた。前日の土曜日に帯広入りすれば、ゴルフにも参加可能な設定にしたのである。

さて、来年の10月9日(日)の同期会には、いったい何人が参加するだろうか?


■2015-10-29-Thursday 太り過ぎ?

郵便局のATMで

お金を振り込んでいる時のことである。

いつもと同じ通りにタッチパネルで操作していたのだが、何度やっても中止になってしまう。

たぶん、機械が壊れているのだろうと思って隣のATMに移って操作したが、またまた同様に中止になってしまうのだ。

郵便局員の女性がすぐ側に立って居たので、機械が壊れているのではないか?と文句を言ったら・・・。

「私が操作してもよろしいですか?」と云うので「お願いします」とやってもらったら、ちゃんと作動するではないか。

「おかしいなぁ」と言いながら、私が操作するとまたまた中止になる。

この機械は人を見て作動するのか?と思ったが・・・。

郵便局員が「お客様、お客様のお腹が中止ボタンを押しています」と笑いを懸命に堪えている様子で言う。

この郵便局のATMはタッチパネルの画面の手前側に操作ボタンが付いているタイプであるが、一番手前側のボタンが赤い色で「中止」のボタンなのである。そういえば、以前にも同様のことがあって、自分のお腹でこのスイッチを押して中止にしてしまったことを思い出した。

お腹のベルトの金具がちょうどこのスイッチに触れるのである。ベルトの金具であるから触れている感覚がなくて、自分でスイッチを押しているとはまったく感じなかったのだ。

恥ずかしくて赤面してしまった。

先日も、自宅でコンピュータのプリンター越しにモノを取ろうとして、お腹でスイッチを押してしまい妻に笑われてしまったのであった。

自分の感覚では、お腹の出具合がイマイチ把握出来ていないようだ。お腹が何かに触れるという距離感が分からないのである。

こりゃ〜困ったもんだ。

太るとこんなに恥ずかしいことも起きてしまうのだから、お腹は引っ込めなければならないなぁ〜。

少し真剣に痩せる努力を始めるとするか。


■2015-10-30-Friday 指導

商工会議所青年部の人達が

来年1月に家族会を催す際の余興として、マジックをやりたいとの希望があって私の会社を訪ねて来た。

マジックの指導をして欲しいと云うことである。

演技時間は30分程度で、いわゆるイリュージョンという部類の大掛かりな仕掛けのマジックをやりたいと云う希望である。

残念ながら、私の手元には大掛かりなマジック道具は無い。その旨を伝えたら、自分たちで道具を製作するから、造り方や演出を指導して欲しいと云う。

マジック図書館にはイリュージョンの道具の設計図面の本も数冊あるし、映像の方面でも演じ方を指導している類のものも数本持っているから対応は可能であるが・・・。

とりあえず会社に来てもらって詳しく話を聞くことにしたのであった。

だいたいの意向は分かったが、果たして、数回の説明で理解できるであろうか?

まだ、時間的には2ヶ月以上はあるから、なんとかなるかもしれないが・・・。

まったくのマジックの素人の方に、マジックの重要なタネだけを明かす様な真似は出来ない。教える以上は、完璧なマジックを演じてもらわなければ困る。

しっかりと指導して、家族を不思議がらせる様なマジックを演じられるようにしたいものである。


■2015-10-31-Saturday 義父が亡くなった

妻の父親である西雪博志が今朝亡くなった。

大正12年11月生まれであるから、享年は93歳と云うことになる。

2年前に具合が悪くなって、一度は入院していたが、元気を取り戻して、以来ずっと自宅で療養していた。

義父はシベリア抑留帰りであるから、心肺機能が相当に頑丈なのだろう。もともと細い身体であったが、その細い身体がかなり痩せてきたので「お義父さん、随分痩せましたね〜」と冗談を言ったら、「シベリアから帰って来た時はもっとガリガリだったぞ」と笑っていたものだった。

私の家と妻の実家は歩いて1分の距離にある。妻は毎日実家に顔を出していた。やはり、娘がすぐ近くにいるというのは精神的にも物理的にも両親は安心であったことであろう。。

食事も自分の口から摂取出来ていたし、食後のタバコの一服をいつも楽しみにしていたのだった。

足腰は弱っていて移動は車椅子だったが、頭の方は最後までしっかりとしていたが、2〜3日前から、肺炎を患い、呼吸が苦しそうだったので、昨晩は、私も一緒に訪ねたのだが、私の手をしっかりと握りしめて、後は頼んだぞというようなしぐさをしたのだった。

今日の朝方、8時過ぎに妻が実家を訪ねたら、妻が来るのを待っていたかのように、十分後に静かに息を引き取ったのであった。

通夜は3日(火)18時から、葬儀は4日(水)10時から、喪主は妻の恭子、施主は私が務め、帯広市西12条南29丁目1番地(0155−49−3100)公益社中央斎場で行なうことになっている。