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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2016-12-01-Thursday レガシー

2020東京オリンピックで

やたら森喜朗会長が「レガシー」を連発しているが・・・。

首相時代に「サメの脳みそ」と揶揄された森会長にこの意味が分かっているのであろうか?

小池都知事の横浜アリーナへの変更示唆も、イマイチ横浜市側との交渉がスムーズにはいっていないことを表わしているが・・・。

横浜市サイドには、ボート会場の建築費の低減の為に、出汁に使われた宮城県の二の舞は嫌だとの思惑もあるのではないだろうか?

小池都知事のやり方も、イマイチ、スッキリとはしないが、それでも宮城県には悪いが、これで数十億〜数百億円が減るようだから、出汁のなりがいもあったろう。

それにしても、この、オリンピックの予算ってのは、一体何なんだろう?

見積もりをやり直して、数%が減るというなら、まだ理解も出来る。それが十億円〜百億円単位で下がるってのは、見積もりなんて意味が無い事と一緒ではないか。ドンブリ勘定も甚だしい。

もしも民間の会社でこんなことをやったら、即倒産であろうし、担当者は即クビであろう。だが、そもそも、民間ならそんな無能な、怪しい奴を担当者にはしないであろうが・・・。

レガシーを遺産と訳していたが、遺産には負の遺産だってある。

箱モノは造ったらそれでオシマイではない。維持運営費が掛かるのである。

これからの少子高齢化で、若者に年金があたらないかもしれないというのに、更には、福島第一原発の処理にも、当初予算の11兆円が20兆円にも膨れ上がるというではないか。その若者らに、オリンピックの負の遺産まで押しつけるつもりなのだろうか?

以前にも書いたが、今回のオリンピックが日本衰退の引き鉄になりそうである。


■2016-12-02-Friday カジノ

国会衆院は今日カジノ法案を可決した。

安倍首相は日本をいったいどうしたいのだろうか?

私はギャンブルが嫌いだ!

かと言って、まったく賭け事をしないわけではない。それほどのガチガチの堅物ではないと思っている。

「賭けるか〜?」と云うのが口癖でもある。

世界中のカジノで上手く運営出来ている場所は数ヶ所しかないと聞いている。マカオのカジノもここ最近はかなりパワーダウンしていると聞く。

日本にも、競馬、競輪、競艇、パチンコなどの公営ギャンブルが存在するが、それぞれの管轄が、農林省であったり、運輸省であったり、警察であったりとバラバラで、それぞれの組織の利権の温床になっていると言われている。

つまり、日本にはギャンブルを統一して管理する機関がない状態である。

ギャンブル依存症の問題もあるが、そもそも他人がギャンブルですった金を使って、何かをやろうとするのがまっとうな人間のやることなのだろうか?どうにも解せない。

国がこう云う姿勢であるから、最近の日本は、行政も方向性が間違ってきているのではなかろうか?

その象徴が「ふるさと納税」である。これも、本来なら自分の暮らす場所に払う税金を、余所の場所に払って、しかも軽減されるという変な仕組みである。

これも、百害あって一利なしである。要は、他の場所に払われる税金を横取りしようというのだから・・・。しかも、その方法がエゲツナイ。

モノで釣って、税金を集めている。

たしかに地場産品の宣伝にはなるのかもしれないが、本質が間違っているから早晩破たんするであろう。こんなものに血道をあげている行政が十勝にもあるが、これは単なる奪い合いであることに気がつかなければならない。国は、行政に不毛な戦を争わせているだけだ。

きっと、日本中をギャンブルで満たそうとでもしているのだろうなぁ〜。


■2016-12-03-Saturday 奇術の日

今日、12月3日は「奇術の日」である。

去年の今日、マジック関係者や工事関係者などマジック・ミュージアムに関わってくれた身内だけを集めてのプレ・オープン式を開催した。

もう1年も経ったんだなぁ〜。

何だか、年々、時間が過ぎるのが早くなっている気がする。

この「奇術の日」は12月3日が「1,2,3」の数字が並ぶと云うことで、マジックの掛け声の「ワン、ツー、スリー」に引っ掛けて制定された。

他ならぬ、この奇術の日制定を提唱したのが、私のマジックの師匠である故ジミー忍なのである。

ジミー師の夫人のマコママの誕生日が1月23日。

だから、ジミー師は1月23日を奇術の日にしようと、プロマジシャンが所属する団体である日本奇術協会に提唱したのである。

12月3日も同じ1,2,3の並びであるし、クリスマスが近い方が盛り上がるし、何かとイベントも組み易いと云うことから、1月ではなくて12月になってしまったのだが・・・。

それでも、1,2,3の並びを奇術の日にしようと云う考えは取り入れられたわけである。

去年の12月3日には、マジック・ミュージアムまだまだ未完成状態であったが、12月3日の奇術の日に、マコママは強い思い入れがあるから、プレオープン式を無理をして開催したのだ。

その後、7月16日に本格オープンの予定であったが、このプレオープンの際にNHKが全国ニュースで2回もマジック・ミュージアムのことを流してくれたので、全国各地から寄贈品が送り届けられてきて、その整理に時間が掛かり、グランドオープンの予定が大幅に延びてしまい、セミ・オープンとしたのだ。

その寄贈品が送り届けられる同じ現象が今も続いていて、マジック・ミュージアムの中はモノで溢れている。

こりゃ〜いつまで経ってもグランド・オープンは出来ないかもしれないなぁ〜。


■2016-12-04-Sunday 日曜日

妻は最近はちょっとした時間があると

映画を見たくなるようだ。この日も映画館に行こうと云う。

新聞の映画欄を見たら、スターウォーズなどの洋画は12月の中旬過ぎからのスタートなので、私の見たい映画がない。

妻がその中から邦画の「疾風ロンド」を選んだ。阿部寛主演の映画である。以前に予告編を見た限りでは、スキーを題材にしたコメディ映画かと思っていたのだが・・・。

例によって、夫婦50歳割引き制度のお陰げで二人で2200円である。この値段で、およそ2時間も楽しめるのだから、映画はコストパフォーマンスが高い娯楽である。

まだ見ていない人にとってストーリーを詳しく書くのは、マジックのタネ明かしと同じでご法度であるから、ここでは書かないが、最初から期待していなかった通りの内容であったとだけ書いておこう。

映画の後で、墓参りに行く。先週が最後かと思っていたのだが、まだ積雪がないから、雪が降るまでは行くつもりである。でも、これが今年最後かなぁ〜。

帰宅してから、テレビの「真田丸」を見る。ずっと見ていると途中で止める事が出来なくなるものだ。

脚本家の三谷幸喜得意の悪ふざけが出てきた。佐助がきりに告白する場面っていったい何んだ!まったくの不要な場面であろう。

でも、もうすぐこれも最終回か。

22時の「おしゃれ」に山本耕史が出演して、マジックを演じたのだが意外と上手だったので驚いた。俳優さんて器用なんだなぁ〜。

最近、マジックをやる俳優が増えているような気がする。もっともっと増えてくれたら良いのだがなぁ〜。


■2016-12-05-Monday 監視カメラ

今早朝に西側出入口の

大きなウィンドーガラスが割られた。

12月になると酔っ払いが増えて、ガラスを破損させる被害が生じるケースが多くなる。

今年はマジック・ミュージアム用に監視カメラを設置したが、1階の出入口にも付けてあるので、録画してある映像を見て状況の確認を行なった。

入口のガラスであるから、これからの寒い時期にガラスが無いとかなり冷え込むので、すぐに業者を呼んで入れ替えを指示し、同時に保険屋さんにも連絡を入れたところ、保険を適用させるには警察に被害届を提出する必要があるとのこと。

交番に電話したら3人も警察官が来た。

監視カメラがあるなら、まず割られた時間の特定をしましょうと云う。

昨日の閉店時から発見時までを全部ビデオで見たら時間が掛かるので、まずは発見した清掃人などから何時頃に破損に気が付いたかを聴取する。

徐々に時間が狭められて来て、その最も怪しい時間帯にビデオを戻して画面を凝視したら、ちょうど割れたガラスの箇所が死角に入ってしまい決定的な場面を発見できない。

道路側には平原通商店街が設置した監視カメラが付いていることを思い出した。だが、どう云う角度で撮影しているのかは知らないので、商店街事務所に電話したら、許可がないと勝手に映像を見せる訳にはいかないと云う。

まぁ、プライバシーの問題などがあるのだろう。

何時なら許可をもらってビデオを見る事が可能なのかを尋ねたら、夕方になると云う。

警察も一旦戻ってから指定の時刻に商店街事務所に出直すと云って、退社したのであった。

17時過ぎに、再び警察官が訪ねて来て「商店街のカメラに、それらしき場面が写っていました。どうやら配送の人が台車をぶつけた様です。」と云う。

配送会社からは、事故掛かりの担当者が来て「配送人に確認したが、ドライバー本人は憶えていない」と云う。

我が社のカメラで確認すると、配送人がぶつけた角度は直接には写っていない。

それならと、警察官が商店街のカメラの映像を見せて「ここですね。ぶつけた後で本人が確認している様な仕草も見られるので、まず間違いないかと思いますが・・・」と云うと、「確かに、こりゃ〜ぶつけてますね〜」と認める。

商店街のカメラの映像を見るのは初めてである。我が社の前をしっかりと写していることが分かった。

担当者もさすがに「申し訳ない。本来なら割った直後に連絡すべきところを・・・、弁償します。以後、台車での搬入方法も改善します。」と謝って一件落着。

監視カメラが無かったら、しらばっくられることも可能であったかもしれないなぁ〜。

しかし、こんなにあちらこちらに監視カメラが付いているのは、逆にこっちも監視されてるようで怖いもんだなぁ〜。


■2016-12-06-Tuesday 2歳児不明事件

5日午後から行方不明になっていた

大分県佐伯市の2歳児女子が21時間後の6日午前9時50分頃に無事に保護された。

女児は5日午前に、母親(29)と祖母(58)の3人で曽祖父母宅を訪れていて、母親らが近くの畑で農作業中に、姿が見えなくなったと云う。

曽祖父母宅から約2キロの山中で発見された。発見時は、斜面の部分にうずくまり、泣いていたという。ほおなどにかすり傷を負っているが、命に別条はないという。無事に発見されて良かった。

失踪から21時間後と云うから、山中で一夜を過ごしたとみられるが、いくら九州とはいえ12月に山の中ではさぞ寒かったろうに・・・。

朝のワイドショーではコメンテーターが2歳児がそんな遠くに行くだろうか?と言っていたが、行くんである。

私の息子も2歳3カ月の時に、自宅から義父母宅まで脱走したことがあったのだ。

この時には、ご近所さんから警察まで動員して自宅周辺から緑ヶ丘公園まで捜索したが見つからなかったと云う。

他人事みたいに書いているが、実は私はこの時はゴルフに行っていて息子の失踪を知らなかったのである。

妻は長女のバレエの稽古に同伴、風邪で寝ていた次女と息子の世話をするために義母が我が家に来ていた。

ゴルフからの帰り道に義父母宅の前を車で通ったら、息子が新聞を持って義父母宅の前の歩道にしゃがんでいたのだ。

どうしてここに息子が居るんだろうと不思議に思った私が、車を停めて息子の所に行き、息子に事情を聞いたのだが、この時の息子はまだ満足に会話が出来るほどしゃべれていなかったのでさっぱり要領を得ない。

義父母宅のチャイムを鳴らしても誰も出て来ない。

義父の事務所は社員旅行で誰も居ないのであった。

義母は息子の面倒を見に我が家に居るはずであったから、自宅に電話しても誰も出ない。この時は、家族総動員で外を探しまわっていて留守であったのだ。

そんなこととは露知らず、私は義父母の家の周りをグルグルと回って誰か居ないかを探したのだが、誰も居ないので、息子を車に乗せて会社に行って仕事をしているところに、母から会社に「佳亮が行方不明で探している」と電話が入った。「佳亮ならここに居るよ!」と云うと「エッ〜!」と驚く。

警察やご近所さんにも無事に見つかった旨を言って、捜索は終了したのであった。

当時の義父母宅は、我が家からは2キロほども離れていて、途中には鉄道の踏切も渡らなければ行けない。

それまで、徒歩では自宅と義父母宅を息子を連れて行ったことはなく。まさか息子が義父母宅まで歩いて行っているとは誰も思わなかったのである。

偶然にも私が発見したから良かったものの、交通量も激しい道路を何本も渡らなければならないし、息子にはまだ横断歩道の渡り方や、踏切の渡り方さえも教えてはいなかったのだ。

よく、車に乗っていただけで、義父母宅と我が家との間の道順を憶えていたなぁ〜と感心したし、2歳児が2キロほどの距離を歩いたことにも驚いた。

いまだに、我が家では事ある毎に話題になる事件である。

それも無事だったからであり、もしもこの時に息子の身に何かが起こっていたら、一生のトラウマになったであろう。

2歳児といえども、結構な距離を歩けるものなのであるよ。


■2016-12-07-Wednesday 手帳

大学生の頃から40年間ズ〜ッと

手帳を日記代わりに使っている。

予定を書き込むのは勿論の事、予定に無かった事や、急に思い付いて実行した事等、例えば観に行った映画の題名なども書き込んでいる。

結婚してからは、毎日の食事の場所や内容まで書いてある。

後から、手帳を見れば、その年の大体の事は思い出せるようになっているのだ。

だから、年毎の統計の様なことも出来るのである。

私は、ほとんど毎日、お酒を飲んでいるが、飲まなかった日には印を付けている。年間の休肝日はすぐに分かる仕組みになっている。

使う手帳も、学生時代は学生手帳、社会人になってからは銀行が年末に配る無料の手帳、青年会議所の会員時代はJC手帳、JCを卒業してからは手帳の高橋のモノを使っている。

同じ形の手帳で、使い慣れていなければ、使い勝手が悪いからだ。

かなり昔は、記憶力にも自信があったが、ここ最近はめっきりと記憶力が落ちていることを自覚している。

最近は、たまに、その日の食事内容を書き忘れてしまい、翌日に書き込もうとして「アレッ、昨日は何処で何を食べんたんだっけ?」となかなか思い出せないこともある。

それでも手帳に書き残しておけば、まだ思い出せるだけマシであろう。

新しモノ好きであるから、社会人になってすぐに、電子手帳なるものを購入したことがあったが、まったく使用しなかった。

手帳の方が使い勝手が良かったからである。手帳を開く方が、調べるのに遥かに便利だ。

今年は、来年の手帳を買うのが遅くて昨日購入したばかりだ。

例年11月中には購入して、来年の予定を書き込むのに、段々と役職を辞しているからスケジュールが少なくなっていて、手帳に書き込む新年早々の行事が減っているからである。

いよいよ還暦である。これからもっと暇になるんだろうなぁ〜。


■2016-12-08-Thursday 税制

政府与党が2017年度の税制大綱を決めたが、

何だか、その場しのぎ、小手先だけの変更である。何をやりたいのかサッパリ理解出来ない。

安倍首相は女性の働き方を変えたいと言っていたが・・・。配偶者控除額を150万円に引き上げたところで、パートでの働く時間が増えるだけで、抜本的な改革にはまるでなっていない。

こんな小手先で、女性の働き方が多様になるとでも考えているのだろうか?

酒税では、いわゆるビール系の飲み物の税制が変更される。

私は、以前は大のビール党で、ビールを毎日1リットル以上も飲んでいた。それでも、発泡酒だとか第3のビールだとかいうものは、その時にもまったく飲んでいなかった。はっきり言って不味かったからだ。

私は、昔から、本物のビールしか飲まない。

現在は、痛風になったので、ビールは最初の1杯だけにしていて、後は芋焼酎にしているから、マスタープレミアムビールなどの量が少なくて高いビールでも、美味しければそれで良いので、値段はまるで気にならない。

むしろ、全部を本物のビールにしくれた方が、これは発泡酒なのかビールなのかと、いちいち調べなくても済むからかえって嬉しいくらいだ。

種類が多過ぎて選ぶのに困惑しているのが現状だからだ。

日本は、本物のビールの税金をもっと安くして、ビールを気軽に飲めるようにするべきである。あまり税制を複雑にするのはヨロシクナイ。

政治家よ!せめて酒くらいもっと気軽に飲ませろよ。

私は、少なくとも酒税だけは人の数倍は払ってきた自信がある。なにせ40年以上も飲んでいるんだから・・・。


■2016-12-09-Friday 議会

ナンダカナァ〜!

東京都議会での、小池百合子知事の答弁への自民党都議団の対応に、はっきり言ってバッカじゃないのとしか言いようががない。

このところの、オリンピック会場の問題やら、豊洲市場の問題などでも、小池都知事の勢いが就任時ほどではないように感じる。一時の勢いがだいぶ陰ってきたようにみえていた矢先である。

東京都の自民党都議団の連中は、叩くなら今だ!とでも思ったのだろう。

私は小池都知事は好きではないが、それでも、自民党の意地悪でしかないこの対応を見ていたら小池都知事を応援したくなる。

都議団の連中ってのは、世間の心情を理解していない。

小池都知事が自滅しそうだったのに、ここで起死回生の救済策を与えたように感じる。小池都知事は逆に自民党都議団に心の中で「サンキュー」と言っているかもね・・・。

男の嫉妬が、周りを見えなくさせているのだろうなぁ〜。こんな程度の人間しか政治家にならないのだろうかねぇ〜。

国会も、あいかわらずヒドイ。

質問時間が余ったからって、般若心経を唱えるバカが居る。

安倍首相も変だが、野次を飛ばすしか能が無い野党もバカばかりだ。

どうしてこうも低劣な奴ばかりなんだろう。ニュースを見る度に気が滅入るばかりだ。


■2016-12-10-Saturday 清水ミチコ

午後から母を連れて

姪(私の妹の娘)のところに11月末に産まれた赤ちゃんを見に行って来た。

産まれた直後に会いに行きたいと言っていたのだが、インフルエンザが流行っているから、産院では一親等以内の者しか面会出来ないのだと云う。

産院を退院して、妹の家に戻ったのでようやく面会が叶ったのである。

妹夫婦にとっても初孫の誕生である。

16:30から幕別町百年記念ホールで清水ミチコの30th Anniversary「ひとりのビックショー」を観に行った。

このところ、やたらと観劇やら映画鑑賞が増えている。

今年、一度死にかけた妻が、生きている内に人生を楽しむんだと思い直して、やたらとコンサートなどの情報を探すようになった。

私は、もともとLIVEの演劇、ミュージカル、寄席などが大好きであるから大歓迎だけどね。

席は2列目の中央で、最高の席である。

これまで、清水ミチコはテレビでしか見た事がなかったし、テレビでは少しの時間しか演じないし、モノマネ番組には出ないから、こんなに芸達者な人だとは思わなかった。

素晴らしい!

レパートリーも多いし、ただのモノマネとは違って、センスが良い。「作曲法」と云うシリーズは絶品である。

特徴をとても的確に捉えている。きっと頭の構造が論理的なんだろうなぁ〜。落語家の立川談志の様に芸の本質を見極める能力が備わっているようだ。それでいて偉ぶっていないところが良い。きっと人柄が良いのだろうなぁ〜。

とても面白いコンサートであった。大満足!!


■2016-12-11-Sunday 秋間美江子さん

アメリカコロラド州ボルダー市から

秋間美江子さんが来日していると云う情報が入った。しかも、札幌に来ているらしい。

秋間さんと、初めて会ったのは、私が、帯広青年会議所(JC)の「国際環境大学構想プロジェクト」担当の副理事長を務めていた時の1995年にボルダー市にコロラド大学の視察団の団長として赴いた時である。

当時のJCは、帯広に公立の地球環境大学を設立しようと活動していたのである。

アメリカのコロラド州ボルダー市はコロラド大学を中心にした街づくりをしており、帯広市の「帯広の森」と似た様な「オープンスペース」で街をグルリと囲ったコンパクトな政策をしているから参考にしたいと10名ほどで視察に向かったのである。

その時に、ボルダー在住であった秋間浩・美江子夫妻にとてもお世話になり、この時の縁で、以後、複数回、互いの家を行き来するほど親しくさせてもらったのである。

数年前に、秋間美江子さんが、我が家を訪れた際に、初めて身の上話しを聞かせてくれた。

美江子さんの実兄は、1941年12月8日の、太平洋戦争の真珠湾攻撃の日に、軍機密保護法違反の罪で、特高に逮捕された北大生の宮澤宏幸さんであるというのだ。いわゆるスパイの容疑で逮捕されたのだと云う。

この事件は「レーン・宮澤事件」と言われているが、秋間さんから聞くまでこの事件のことを私は知らなかった。

悪名高き特高によって、冤罪で逮捕され、15年の刑を言い渡され、極寒の網走刑務所に収監された。

終戦によって解放されたが、昭和22年2月22日午後2時に27歳の若さで病死した。

これまで、何度かこの事件のことはブログに書いているから、詳細は割合するが、外人との交流があっただけで、特高に目を付けられ、無実の罪をなすりつけられたのである。

大学には自治権がある。学生がスパイの嫌疑をかけられたとしても大学は学生を守らなければならないであろうが、当時の北大は宮澤弘幸さんを助けなかったのである。

秋間美江子さんは、今年90歳でこれまでに癌で7回もの手術を受けている身だ。数年前に来日して面会した際には、もう日本には来られないだろうと言っていた。このところ体調もすぐれなかった様であったから、まさか日本に来ているとは思ってもいなかったのである。

それが、とある人から秋間さんが来日して、札幌に来ているらしいと云う情報が10日に入ってきたのである。

秋間さんは、神出鬼没な人である。ある時などは、帯広の温泉銭湯でバッタリと会って「アッラ〜、これから貴方の家に行って驚かせようと思ったのに・・・」などと言うのである。携帯電話も持たない人であるから、ボルダーの自宅を離れると、こちらから連絡の仕様がない人なのである。

八方手を尽くしてようやく連絡先を探り当てたのであった。(つづく)


■2016-12-12-Monday 秋間美江子さん

ようやく秋間さんと連絡が取れた。

「会いたいわ〜、これから帯広にも行こうと思っているのよ!」と言ってくれるが「札幌と帯広の間は8月の台風で線路が切れて、まだ列車が通っていないんですよ」と伝えると「それじゃ〜ちょっと無理ね」と言う。

「兄が逮捕された12月8日に北大のキャンパスに立ちたいと思って札幌に来たの、そしたら11日に北大で『宮澤・レーン事件』の演劇があるっていうから、それも観たいと思って・・・」と云うので「では、私達夫婦もその演劇を観に札幌に行きますのでそこでお会いしましょう」と伝えたら、ちょうど秋間さんの横に、その演劇を催す会の責任者の山本玉樹代表幹事さんが居られて「秋間さんの隣の席を用意しますから是非観に来て下さい」と言う。

帯広からは、ボルダーで秋間さんのお世話になったGさん親子と、私達夫婦との4人で行くことになった。

Gさん親子は車を運転して日帰りで往復するから、私達とは別々に札幌に向かうことになった。

JRの列車は不通であるから、帯広ー札幌間の都市間バスのポテトライナーの空き情報を調べると全便満車である。

帯広ー千歳空港間のミルキーライナーの7:30発ならまだ空きがある。

これだと、南千歳駅から列車に乗り換えて札幌まで行かなければならない。乗り換えは面倒であるから、私が運転して自動車で行こうよと妻に言ったら・・・。

「夏でさえ、札幌まで運転したことがない貴方の運転で、冬道に札幌までなんて・・・、しかも、ニュースでは10日の札幌は大雪で大変な状況よ!貴方の運転にはとても命を預けられないから、自分で運転するというなら一人で行ってちょうだい、私は留守番にするから・・・」と云う。

仕方がないので、行きはミルキーライナーで行き、帰りはJRで札幌からトマムまで行って、トマムでバスに乗り換えて帯広に戻る便にすることにした。

この予定だと日帰りは無理なので、北大近くのホテルも予約した。

行きのミルキーライナーは予約が出来たが、帰りのJRは列車もバスも予約を受け付けないと云うのである。みどりの窓口の係員に「どうして予約を受け付けないの?まさか当日になって満席で乗れないなんてことはないんだろうね?」と尋ねたら「これまで、満員で乗られなかったという事態は起きていないので大丈夫です」と云う。

このJRの対応はまるで理解出来ない。予約を受けつけた方が客は安心するだろうに・・・。

とりあえず、往復の手段と宿泊先は確保したのだが・・・。

11日の朝、帯広は晴れているが、ニュースでは札幌は雪で、昨日10日の札幌方面は60儖幣紊梁臉磴如∋ニ攣堝發六堙鼎眄磴覗れないし、飛行機は欠航して新千歳空港はてんやわんやの状態であったという。

バスは狩勝峠のトンネルを抜けると大吹雪で、前が真っ白になるいわゆるホワイトアウトの状態だ。

高速道路の道東道が、夕張ー追分間が不通になったと云うニュースが入り、バスは追分ICで高速道路から降りて一般道を走ることになった。

千歳空港に向かう間の道もホワイトアウトの状態である。数台の車が畑の側溝に落ちているのが見えた。

それを見た妻が「貴方が運転していたら、今頃側溝に落ちて、救助を求めていたかもね、バスで来て良かったでしょ」と誇らしげに言う。

南千歳駅で降りたら、バス停から駅舎までの間20mほどが除雪されていない。短靴で20僂曚匹寮磴鬚き分けて歩く。私が開けた道を妻が後に続く。

こりゃ〜ヒドイ状況だ。途中でG親子から「雪がヒドイので札幌行きは断念する」との連絡が入る。それが賢明な判断であろうと思った。(つづく)


■2016-12-13-Tuesday 秋間美江子さん

11日の14時から

北大の工学部フロンティア応用科学研究棟2階レクチャー(鈴木章)ホールで『構成劇「エルムに寄せて」』『北海道合唱団による合唱』『講演:戦前の日本と「宮澤・レーン冤罪事件」』が催される。

会場に到着したらテレビ局のカメラマンが撮影や新聞社の記者が取材をしている。

二百数十名が定員の会場は通路まで人で溢れていて、400名近くの観客が居るようだ。このヒドイ大雪の中を、これだけの人が観に来ていることに驚いた。

私達夫婦に用意されていた席は、一番前列の中央で秋間さんのすぐ横で、間には山野井孝有さんが座っている。

この山野井孝有さんは、有名な登山家の山野井泰史さんの父親である。

山野井泰史さんが若い頃にアメリカコロラドのボルダーでクライミング中に転落事故を起こして病院に運び込まれた際に、いろいろと世話をしたのが、病院関係のボランティアもやっていた秋間美江子さんで、山野井さん一家はその時から秋間さんと懇意にしている間柄である。

秋間さんと積もる話をしたかったが、次々と秋間さんの元に挨拶しに人が訪れる。後から食事の際にでも、と思い私達夫婦も簡単な挨拶をしただけで劇が始まったのであった。

「構成劇」と云うのを初めて見た。壇上の一番後方にはスクリーンがあって、宮澤弘幸さんらの当時の写真が写される。スクリーンのすぐ前には30名弱の合唱団員が上下黒の服を着てズラリと並び、中央に電子ピアノと指揮者が居る。

その前方に椅子に20名弱の劇団員が上は白、下は黒の服を着て、シナリオ脚本を手にして座っている。その前に4本のマイクが立てられているのだ。

数名ずつが出番になると、その4本のマイクに出て来てセリフを言う。演劇の本番前のセリフ合わせの様なイメージである。

内容がとても伝わり易く「宮澤・レーン事件」のあらましがとても理解し易かった。出演者の中には劇団員も居れば、北大OB・OGに現役の学生も居たが、練習の成果がよく現われていて、涙が出てくる場面も多々あった。

当初、秋間美江子さんは、この演劇があることを知らなかったようだが、たまたま来札時にこの演劇が行なわれ、それを観劇出来たことをとても喜んでいた。

構成劇の終了後、一番前列に座っていた秋間さんが、スクッと立ちあがってステージの前に行き、出演者らにお礼と感動の言葉を述べた。もちろん式次第にはないことである。伝えずにはおられなかったのであろう。素晴らしい盛り上がり方である。

2曲の合唱があり、休憩の後、北大名誉教授の講演があって、最後に山野井さんが締めの挨拶をした。

山野井さんは前日の大雪で千歳空港が閉鎖され飛行機での札幌入りが出来ず、急遽、東北・北海道新幹線で函館へ、更に最終列車で夜中の十二時半に札幌に15時間も掛けて到着したと云う。85歳で、直前に肺炎を患った身なのにすごいパワーである。

90歳で癌の手術を何度も受けている秋間さんが、たった一人でアメリカから日本に来ていることにも改めて驚くと共に、そのパワーに圧倒されたのであった。

16:30頃に会は終了した。

これから、秋間さんらと会食をしながら積もる話をしようと思ったのだが・・・。

秋間さんの元には、メディア関係者のインタヴューがひっきりなしで、なかなか落ち着いて話が出来ない。

この会の関係者らの打ち上げ会が北大学食で開催される様で、秋間さんもそちらに顔を出すと云うので私達も同席することになったが・・・。

外は雪で、会場と学食は50mほどしか離れていないが、徒歩で記者のインタヴューを受けながら移動した秋間さんは、さすがに疲れたようで、打ち上げには顔を出さずに宿舎に戻ると云う。

結局、秋間さんとは積もる話がゆっくりと出来なかったが、元気な顔を見れて安心した。それだけでも来た甲斐があった。

打ち上げ会は、私達夫婦は部外者なので、失礼してホテルに戻り、近くの焼鳥屋で一杯やって寝たのであった。


■2016-12-14-Wednesday 札幌から

12日帯広に戻る。

JRの札幌ー帯広間(トマムー芽室間)が不通と云うのはとても不便である。

今月の22日には、鉄路が復旧して札幌ー帯広間が開通すると云うから、ブログの話のタネにJRに乗ってみようと思ったが・・・。

札幌から特急おおぞらの列車でトマムまで行く。前々日からの大雪で依然として新千歳空港は大混雑が続いていると云うニュースに、当然、列車も混んでいると思ってみどりの窓口に行って切符を求めたら、グリーン車両はあるが、グリーン指定席券はここでは販売していない、ここで買えるのは普通席特急券のみで、グリーン指定席券は列車に乗ってから車掌から直接購入するのだと云う。

確実に座って行くには早目にホームに行って待つしかない。JR北海道はなんてサービスの悪いことか!何でみどりの窓口で指定席券を買えないんだ!

11:53発であるから、昼食を食べている時間がないので、駅弁を買って列車内で食べるしかない。これでは、じっくり買い物をする時間もないではないか!益々JRに腹が立ってきた。

寒いホームに発車30分前に着いて待っていた。11:53発だが、札幌始発なので11:38にはホームに列車が入って来たのでグリーン車に乗り込む。

なんと、ガラガラ。グリーン車には私達夫婦以外には2組しか乗っていない。なんだ、これならグリーン車に乗る必要などないではないか!

それなら、そうと切符を買う時に説明しろよ!怒りは増す。

発車早々に、札幌の隣の駅の苗穂でポイントが凍って切り替えが出来なくなったと20分の停車、オイオイ・・・。

新札幌駅でも、南千歳駅でも乗客は少ない。グリーン車に乗ってくる客はいなかった。ほとんどが中国人のスキー客と云う感じである。たぶんトマムに行くのだろうと思われる。家族連れのウルサイ子ども達がグリーン車には乗ってこなかったので、その分は助かったが・・・。

トマムには20分遅れで到着。

ここで車内アナウンスで「終着のトマムでは、まずトマムまでの客と星野リゾートトマムに行く客からバスに案内する。帯広まで行く客は、案内があるまで車内で待機するように」と。

ここで結構な時間が掛かる。星野リゾートへの客は、バス3台に乗り込んで向かった。次にJRバスが3〜4台が駅の降車口に乗り着ける。

車内アナウンスで、まずは1〜3号車の客がバスに乗り換えろと言う。私達が乗っていたのは3号車であるから、列車を降りてバスに向かった。

バスは左右2席ずつ4席の並びであるが、1席ずつの客で発車した。最初に私達夫婦は前から4列目の席に隣合わせに座ったが、後方がガラガラなので、私が最後方席に移動して別々に座ったが、これも、最初から、一人掛けで良いと説明していれば、離れて座る必要もなかったのに・・・。

JR北海道って会社には、サービス精神ってモノがまるで感じられないなぁ〜。本当に民間の会社なのだろうか?


■2016-12-15-Thursday 冬道の運転

北海道の冬道の運転は怖いなぁ〜。

11日の札幌へは、都市間バスでの移動であったが、座った席が一番目の中央(3席並び)でフロントガラスが正面でよく見えたから、余計にホワイトアウトの怖さが身に染みたのである。

帯広を7:30に出発、高速道路の道東道を札幌方面に向かう。十勝は快晴なのに、狩勝峠付近のトンネルを抜けた途端に暗〜くなって、雪に変わり、トマム辺りから大吹雪になった。

やはり北海道は広い。日高山脈を境にして天候がガラリと変化する。

途中のニュース速報で、道東道は吹雪の為に、追分ー夕張間が不通となる。追分ICから一般道に降りたが、いわゆるホワイトアウトと云うやつで前が真っ白になって見えない。

こう云う時には停まるか減速するのがセオリーであるのだが・・・。そのまま減速しないで走った車がカーブが分からずに直進したのだろう、畑の側溝に落ちている。これを数台見掛けた。

前を走る車のテールランプに粉雪がこびりついていて、まったく見えなくなっている。濃霧の中を走るよりも見え難い。まだ濃霧の方がライトの明かり位はぼんやりとは見えるから、ゆっくりと前を走る車に付いていけば良いのだが、雪でテールランプ自体が隠れてしまっているから、ボンヤリ、薄っすらとも見えないのだ。テールランプが見えないから前を走る車が急に停まっても分からないのだ。これは非常に怖いことだ。

冬道での急停車、急ハンドルは厳禁である。

車のコントロールが効かなくなる。今のスタッドレスタイヤは、昔から較べれば性能は良くはなったが、スパイクタイヤには敵わない。

吹雪の日には、よっぽどの重要な事でもない限り、外には出ないことである。


■2016-12-16-Friday 札幌往復

札幌での会議に出席するために

都市間バスで日帰り往復をした。

16日の14時から札幌パークホテルで、駒澤大学同窓会北海道ブロックの支部長会議が開催されたのであった。

JRの鉄路は22日が復旧日なので、今日はまだ列車では行けない。冬道の運転は嫌いなので、都市間バスでいくことにした。

先週11日に札幌に行った際には、急な事だったので、ミルキーライナーと云う都市間バスしか切符が買えなかったのだが、これは帯広駅前バスターミナル(おびうん観光)から新千歳空港経由で南千歳駅前までのバスで、南千歳駅からはJRの列車で札幌駅まで行ったのである。

今回は、1ヶ月前に既にスケジュールが決まっていたので、札幌駅前まで乗り換え無しのポテトライナー(拓殖バス)を予約してあったのである。ところが・・・。

この選択が大間違いであった。

帯広駅前バスターミナルを8:30に出発した。この便は、高速道路の道東道には帯広芽室ICからは乗らずに、途中、一般国道の38号線を清水ICまであちらこちらのバス停に停まりながら行くのである。

冬道の一般道は時間が掛かる。清水ICに到着したのは1時間後の9:30であった。

これは、高速道路であったなら30分も掛からない区間であるが、途中で乗る人が居るのだから仕方がないことである。

この日は、狩勝峠のトンネルを抜けても、雪が降っていなかったから、ほぼ順調に札幌近郊まで12:00頃に到着した。

高速を降りて一般道に入り、最初の停車場は大谷地のバスターミナルである。ここで、数人が降りるのだが、運転手が「これから札幌市内に入りますが、交通情報では先の大雪で除雪が間に合わず、道路幅が狭い為に渋滞をしております。通常、札幌駅までは30分程度で到着する予定ですが、今日は1時間以上が掛かる模様です。お急ぎの方は、ここで降車して地下鉄で向かわれた方が良いかと思います」とアナウンスする。

大谷地のバスターミナルはすぐ下に地下鉄の駅が隣接しているから、外に出ずに地下鉄に乗ることが出来るのでここで降車した。

地下鉄で大通駅までは15分程度で290円である。12:30までに到着することが出来たのであった。

大通駅で立ち喰い蕎麦を食べて、東急ハンズに行ってマジック売場などを見て回る。

その後で、また大通駅から地下鉄でパークホテルに入る。

会議は14時きっかりから始まった。8支部の内の胆振・日高支部、空知支部、旭川支部、函館支部、十勝支部、北見支部、札幌支部7支部長が出席、事務局2名で、総勢9名の会議だ。欠席は釧路・根室支部長だけ。

北見支部長は飛行機で新千歳空港まで来たという。さすがに釧路・根室支部長は出席は難しかったのであろうなぁ。

議題は、ほとんど報告事項だけで、議事はほとんどなしで1時間で終了して解散。エ〜ッ、4時間も掛けて来たのにぃ〜・・・・。

帰りのバスは18:00に札幌駅前バスターミナル発であるから、時間はあるので駅前の紀伊国屋書店で好きな本を選んで時間をつぶした。

食事はサッとすませて18:00に出発、車内でズッ〜と小説を読んでいたが一冊読み終わって外を見たら、まだ札幌市内である。大谷地バスターミナルに到着したのは19:30。

来る時に運転手が言っていた様に、市内は渋滞がヒドイようだ。

帰りも清水ICで高速を降りて、一般道を走って帯広に到着したのは22:40であった。

たった1時間の会議に、往復9時間も掛けて・・・。お尻が痛い。

これなら、乗り換え無しで札幌駅前まで行くよりも、札幌市内までは電車か地下鉄で行く方がはるかに良かった。

この1週間で、帯広ー札幌間の移動で、実にいろいろな体験をさせてもらったものである。


■2016-12-17-Saturday 33回忌

17日は祖母ハナの33回忌

ハナは1896(明治)29年3月22日の札幌生まれの道産子である。

有田家の長女で、後に帯広で開業した有田紙店の有田重太郎の妹である。

重太郎は帯広商工会議所の副会頭も務めた帯広財界の重鎮の一人である。「紙」のコレクターとしても有名で、「紙」と名が付くモノなら切手・タバコ・マッチ・紙幣から割り箸の袋まで蒐集していて、私の収集癖はこの有田家の血が影響しているのかもしれないなぁ〜。

ハナ婆さんは、1984(昭和59)年12月31日の大晦日の朝に89歳で亡くなった。

この時代の人としては、米寿過ぎまで生きたのだからかなりの高齢である。

33回忌となると、ハナ婆さんのことを知っている人も少なくなったから、お誘いしても迷惑を掛けると思って、母と私達夫婦と弟夫婦の5人の身内だけで、坊さんに自宅に来てもらい読経してもらったのであった。

ちなみに私の妻も、弟の妻も、結婚する前に亡くなっているから、ハナ婆さんんには会ったことがないのである。

読経が終わった後で、ハナ婆さんが好きだった洋食屋のドラゴンの系統の店、ホームに行って昼食を摂ることにした。

ドラゴンは今の坂本ビルの東側にあった洋食屋さんで、我が家の店子さんでもあった。経営者は山崎多美也さんと言って、昔からよく食べに行っていたものだ。ホームは、その多美也さんの長女と、ドラゴンで働いていた弟子の井出さんとが結婚して始めた店である。現在は六花亭本店の2階で営業している。

母を連れて行くと、井出さんが「おあばちゃん元気だった?」と声を掛けてくれる。

昔懐かしい味に満足して、昔話に花を咲かせたのであった。


■2016-12-18-Sunday ローグ・ワン

映画スターウォーズのローグ・ワンを見て来た。

例によって夫婦50歳割引き制度のお陰で、二人で2200円で3時間も楽しめるのだからこんなコストパフォーマンスの良い娯楽はない。

16日に上映開始であるし、人気の映画であるから、きっと混むだろうと思って、午前中にチケットを購入しておいた。

正解であった。やはり、スターウォーズは人気がある。見易い良い席はほとんどが埋まっていたのだった。

スターウォーズといえば、エピソード4が第一弾として上映されたのが、1977(昭和52)年で、私がまだ大学生の頃である。昔から映画が好きで、良く見に行っていたものだったが、こんなに続編が続いて、しかも世界中にフリークが居る映画というのは珍しい。

ジョン・ウィリアムズの重厚な音楽も大好きで、私は大学3年生のマジックの発表会で、自分の演技のBGMにスターウォーズの曲を編集して使用したのであった。

レーザーディスクで、全編揃えて、家族で楽しんだりしたことで、今では、家族皆が大好きで、子ども達も、それぞれが早々に見に行ったようである。

内容に関しては、タネ明かしになるので、まだ見ていない人の為に、ここでは書かないが、前作の「フォースの覚醒」がイマイチだったので、期待は薄かったのだが、今回はなかなか面白い映画であった。

スターウォーズの全編を見た人の楽しみ方もあるし、これを初めて見る人も楽しめるようにも作られている。

映画はこうでなくっちゃ〜。


■2016-12-19-Monday 増える寄贈品

ウワァ〜!スゴイ!

またまたマジック・ミュージアムにマジック用品の寄贈品が大量に送り届けられてきた。

もの凄く嬉しい〜!・・・が、・・・。

これはやっぱり「日本唯一」と云う冠効果なのであろうなぁ〜。

造り始めた当初は広過ぎるかなぁ〜と逆に心配していた3階のマジック・ミュージアムの面積は約60坪である。が、しかし、セミ・オープン期間の9月30日の時点で既に品物で溢れていた。

セミ・オープン期間終了後に、展示をやり直そうと並べ替えをしている間に次々と全国各地から寄贈品が送り届けられて来るようになったので、嬉しい悲鳴を上げながら毎日少しずつ整理を続けているが、並べるよりも増える量の方が多くて、ついに通路にまでモノで溢れてしまった。

狭い場所をやりくりしながら、ショーケースを3台増やして対応しているのだが、こんな程度ではとてもとても追い付かない状態なのだ。

せっかく送ってくれたモノを展示しないで仕舞って置くのも忍びないしなぁ〜。

こりゃ〜抜本的に場所を変えるか、それとも展示方法を変えるかしないなと・・・。

さて、どうしましょうか!?悩み所である。


■2016-12-20-Tuesday 駒大役員会

駒澤大学同窓会十勝支部の役員会を

20日夜に開催した。

先の、駒澤大学同窓会北海道ブロックの支部長会議の報告と来年度の総会の日程と忘年会を兼ねての役員会である。

同窓会本部としても、少子化の影響で、受験者数や入学者数の減少が想定されるので、その対策として女性部会の活動を始めたいとの考え方がある。

既に、世田谷区の本校の学生男女比は、男4に対して女6と逆転していると云う。

女性の学生数が増えているのに、同窓会の活動には参加しない女性会員が多いのが悩みだと云う。

男社会である同窓会に、女性会員を増やして活気づけようというのである。高齢者が多い、おっさん達だけの考えではマンネリを打破出来ないのであろう。

北海道には、苫小牧に駒大、短大があるから、胆振・日高支部には女性会員が多い、空知支部にもかつては、岩見沢に短大があったから、そちらにも大勢の会員がいると云う。

一方、十勝支部は、もともと全国的にみても下から4番目の会員数しかいない少人数の支部である。その少ない会員の中の女性会員の比率となるともっと少ない。

北海道の他の支部長さんから「十勝支部はもっと頑張って欲しい!」と言われてもなぁ〜、物理的にも難しいのであるよ・・・。

そんな少ない会員数でも、いろいろと工夫しているつもりだけど・・・。

まぁ、来年は、女性会の活動にも努力しましょう。

来年度の総会の日程に関しては、例年の春頃の開催から秋にズラすことにした。会場の日程とゲスト講師の日程がなかなか噛み合わないからだ。

一応、10月21日(土)に候補を絞ってみた。

ゲスト講師は、また来年も、落語家の三遊亭王楽師匠にお願いすることにした。十勝には、彼の固定ファンも増えているようである。


■2016-12-21-Wednesday マジックの演技

普段は引き受けないマジックの実演を

青年会議所の先輩から依頼されたが受諾した。

マジックの実演を引き受けない理由はいくつかあるが、まず第一は太ってしまったが為に、かつての衣装が着られないと云うことにある。

マジックの師匠であったプロマジシャンの故ジミー忍師は、服装にはウルサイ方であった。正統派のマジシャンとして、燕尾服、タキシード、ボレロなどの正装での演技に拘っていたのである。

靴を履くことを許されない寄席などの会場での出演には、燕尾服に靴下姿は恰好が悪くて様にならないと引き受けなかったほどの人なのである。

弟子としてその教えを受けている私も、ステージ衣装を着てマジックを演じるのが本来の姿だと考えているのである。

しかし、ここ20年ほどは、毎年、毎年、身体が肥えて行くから、ステージ衣装を作っていないのだ。だから、引き受けないのである。それに練習もしていないしね・・・。

昭和21年生まれの会員のクリスマス会が21日夜に、帯広市内のフランス料理屋ベル・エレーヌで開催された。

私が昭和33年生まれの戌年生まれであるから、ちょうど一周り上の戌年の方達7組のご夫婦が集まった。

青年会議所と云う組織は40歳で卒業することになっている。卒業以来30年間も毎年この様な会を催していることにビックリした。33年会はほとんど活動をしていない。

私が青年会議所に入会したのが昭和62年であるから、この21年会の人達とはちょうど入れ違いであるので、一緒にJC活動をしたわけではない。しかし、帯広は人間関係が狭い場所でもある。

JC活動以外にも、何等かの経済活動や奉仕活動やゴルフなどで一緒に活動しているから、全員が顔見知りなのである。

その会に、私達夫婦二人で招待を受けたのでは断わり切れなかった。

マジックを演じる代わりに、夫婦の食事代は無料という条件である。

知った顔ばかりであるから、緊張もしないでマジックを演じることが出来た。まぁまぁの出来であったと思う。

食事も美味しかったし、私達夫婦にとっても楽しいクリスマスパーティになったのであった。


■2016-12-22-Thursday ダルビッシュ・有

米メジャー球団テキサス・レンジャースの

ダルビッシュ・有選手が、娘夫婦を東京に招待してくれたと云う。

長女夫婦は、共に仙台の東北高校で、ダルビッシュとは同級生であった。

娘はフィギュアスケート、旦那はバレーボールと競技が違っていたのが、かえって良かったのか娘の旦那さんとダルビッシュとは特に仲が良かったのだと云う。

去年結婚した娘たちには、待望の子供が授かったが、切迫早産で生まれてしまい、今年8月17日に幼い命が途絶えたのであった。

長女夫婦は、東北高校卒業以来も、ずっとダルビッシュとはメールのやり取りをしており、子供が亡くなった時にも弔意をもらい、日本に帰国したら一緒に食事をしようと誘われていたのだと云う。

野球シーズンも終わり、帰国したダルビッシュからの誘いがあり、この3日間、東京のホテルに泊って何度か一緒に食事やジムでのトレーニングを楽しみ、元気付けてくれたのだそうだ。いいなぁ〜うらやましい。

ダルビッシュは、考え方も成長してすごく大人になっていて、やはり世界のダルビッシュであると感心したと云う。同級生と云うのは、若い頃の思い出に戻れる特別な関係で、大人になってからの付き合いとはまた別の関係なのであろう。

私が「マジック・ミュージアム」に飾るサイン色紙を書いてもらえるように頼めるかと娘に打診したら、「頼んでみるね」と言ってくれた。

ダルビッシュに頼んだら快く書いてくれたから送るねと娘からメールが入った。嬉しいねぇ〜。

ダルビッシュはとっても気配りのある気持ちの良い人なのであるなぁ〜。日ハム時代にも応援していたが、ますますファンになったのであった。


■2016-12-23-Friday パフォーマー集合

天気予報では22日昼から翌23日夜までに

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雪は小粒ではあるが、昼からシンシンと降っている。

今日の夜には「北の大地de大道芸フェスティバル」の会議と懇親会の予定が入っている。

会議は18:30からであるから、17時に退社して自宅の除雪をしてから、再度会社に戻ろうかとも思ったが・・・。

それも面倒だなぁ〜、明日は天皇誕生日で休日だから、一日掛けて除雪すればよいだろうと、一旦家に戻ることを止めて、会社で仕事を済ませてから会議に参加したのであった。

会議の会場は、我が社の坂本ビル6階の会議室である。今年発足したジャグリングの同好会と、同じく今年発足したマジックの同好会のメンバーとも顔合わせをしたいと呼び掛けてある。

大雪の為に参加者の集合は遅れ気味である。

大幅に開始時刻を遅らせてスタートしたが、話が佳境に入ると、一人、また一人と入って来るので、その度に経過の説明を再度することになるから、なかなか先に進まない。

それでも、かなり面白そうな企画をやろうと云うことになった。

来年の4月頃を目処に、帯広在住のマジシャン、ジャグラー、パフォーマー等に声掛けをして、一ヶ所に集めて立食パーティを開催し、そこで、集まった各人がそれぞれ得意な演技を短時間で見せ合うと云う企画である。

皆が、面白しろそうだね!やろう!やろう!と云うので、早速、今日の宴会でそれぞれがパフォーマンスを見せ合うことにしたのである。

宴会場は坂本ビル2階のカラオケ屋の広い部屋を借りて、そこにしゃぶしゃぶ料理とドリンクの飲み放題で設定してある。

急にパフォーマンスをすることになったから、ジャグリングを本格的に見せるには少々狭い。

それにしても、皆がちゃんと道具を持って来ている所がスゴイなぁ〜!

ボールのジャグリングに始まって、ヨーヨーの演技、透明なボールを扱うコンタクトジャグリング、私のマジックなど参加者が次々と演技を披露し合うと、お酒が入っていることもあってかとても盛りがった。

今回は前哨戦であったが、この少ない人数でもこれだけ盛り上がるのだから、20名くらいのパフォーマーが集まったら、きっと面白い会になるだろうなぁ〜。今からとても楽しみである。

終了後に、3階のマジック・ミュージアムを見たことがないと云う人が数名いたので案内した。

皆、一様に関心を示していたが、やはり、パフォーマーにとってはこう云う施設が集まるキッカケになる。マジック・ミュージアムのオープンと、ジャグリングクラブやマジッククラブの発足は無関係ではないのだろう。

自宅に戻ったが、除雪をする元気もなくなっていたので、直ぐに寝て、翌朝の除雪作業の為に体力を温存することにした。


■2016-12-24-Saturday 大雪と火事

22〜23日に掛けての降雪は

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一遍に降るなよなぁ〜!

軽めの雪であったから、まだ除雪作業も見た目よりは軽かったが、それでも一晩に約50僂發旅濱穃未蓮∨鵡颪梁唸でも相当にシンドイ。

自宅周辺の除雪は私一人でやらなければならないから、元々、腰が痛い私にとっては激務なのである。庭の有る一軒家に住むよりも、マンションに移って除雪をしなくても済むように考えようかしら・・・。

今年は、実に変な年である。

何だか、毎年、毎年変な年だと言い続けているようにも感じるが・・・。

気候変動、いわゆる温暖化の影響なのであろう。自然災害の被害が年々甚大化しているようだ。地震も多いしなぁ〜・・・。

そこにもって来て新潟県の糸魚川市で大規模火災のニュースである。

火事は怖い!

我が家も昭和42年の冬に、ダンスホールから出火して店と隣接する自宅を全焼した。幸い延焼はしなかったから、被害は我が家だけで納まったからまだしもであったが、寒い中で寝る場所も無く、学校の教科書すら無い。あの時は親類を始め、燐近所の方々の世話になって、何とかしのいだのであったが、火事ほど悲惨な災害はないと思ったものだった。

火元になった中華料理屋の店主の鍋の空炒きが原因らしいが・・・。

飛び火して延焼した家の人にしてみれば「よりにもよって、何でこんな風の強い日に火を出すんだ!」と恨み事も言いたくなるだろう。

火事は、重大な過失でもなければ、賠償責任を負わないことになっていて、それぞれが火災保険で対応することになっている。

ここが問題で、「自分は火事など出さない自信がある」と考えて、火災保険に加入していない人は悲惨なことになるのだ。

年の瀬も迫り、予想もしていなかった火事で自宅や店舗を失った人は途方に暮れているであろう。

最近、認知症の年寄りが運転する自動車による事故が増えているが、今後は、同様の火災事故が増える可能性があるだろうなぁ〜。

怖いなぁ〜。


■2016-12-25-Sunday 全身筋肉痛

22〜23日にかけて一晩で降った49僂發寮

その除雪作業で一日が終わった。

外は冬であるから、0度前後の気温で寒いから、上下ジャージ姿に長めのダウンジャケットを羽織って除雪作業をするのだが、すぐに汗が噴き出てきて全身汗でびしょ濡れの状態になる。

額の汗が目に入る様になると一旦休憩して、家の中に入り、シャワーを浴びて着替えてから、再度、除雪作業をする。

何せ、除雪しなければならない面積がかなりあるのである。

12月の段階で、除雪作業をサボると、帯広は寒いから、雪が固まって重く堅くなってしまう。こうなると道幅を拡げる作業は、今よりもシンドクなるから、少しでもこの時期には除雪をしておきたいのであるが・・・。

いくら先日降った雪が軽いとは云いながらも、今年は11月から積雪があるので、すでに相当量の積雪がある。雪山の高さはすでに私の身長くらいまで溜まっている。この雪山の上にサラサラの雪を放り上げても、パラパラと崩れてくるのである。むしろ少し湿った雪の方が収まりが良い。

アスファルトに踏みつけられた雪がベッタリと張り付いている。

アスファルト等の黒っぽい地面を表面に出しておくと、太陽熱で溶けてくれるのだが、白い雪のままにしておくと、太陽光を反射してしまって溶けなくなる。だから、少しでも路面を出したいのだが、雪が固くこびりついてしまいなかなか取れないのだ。

ガンガンとスコップで削っている内に右手の手首を痛めてしまった。

背中は、肩から腰に掛けて、筋肉はガッチガチに堅くなっている。

太股やふくらはぎまで痛くなってきた。

これ以上頑張ると、身体が動かなくなりそうだったので除雪を止めた。

もう、春までこのままでもイイや!


■2016-12-26-Monday 増設

先日のガラス破損事件をうけて、

年末年始を控えて、我が社の監視カメラの増設工事をおこなった。

これまで1階入口には死角があったが、今回の事件を受けてカメラの位置の付け直しと、新たに3機のカメラを取り付けて全ての角度から写せるように変えたのである。

監視カメラと云うと、文字通り監視されているようで気味が悪いが、昨今の犯罪状況と、正直さの欠如具合を見ると、止むを得ない事態であると考える。

「監視カメラ設置」の看板やシールもあちらこちらに貼ってあるが、果たして、これを目にしたからと言って犯罪抑止力があるのかどうかは疑わしいところだが、犯人検挙には効果がありそうである。

犯罪抑止力としてならば、カメラの設置だけよりも、スピーカーでも取り付けて、まさに犯罪をしようとしている人に対して「こらっ!見てるぞ!」とマイクで伝えた方が効果がありそうな気もするが、かと言って、写っている映像をズ〜ッと眺めているわけでもないからなぁ〜。

聞く所によると、帯広市内でもかなりの数の監視カメラが設置されているのだという。

私も何処で写されているのかは分からないから、あまり変な事は出来ないなぁ〜。

自分で設置しておいて云うのもオカシナものだが、嫌〜な世の中になったもんである!


■2016-12-27-Tuesday 豪雪

今年の十勝の雪の降り方は異常である。

クリスマスに雪が間に合ってホワイトクリスマスになるかどうかと気を揉むのが例年であるのだが・・・。

この例年と云う言い方自体が、もう使えないように異常気象が常態化して平常気象になっているかのようだ。

十勝の雪もヒドイがそれ以上に、札幌方面の降雪量の多さと、その大雪による交通機関の麻痺が、最近のニュースを騒がせている。

ニュースでは、札幌市の除雪費用が年間で195億円も掛かるのだと言っていた。数年前に私が新聞のコラムを書く際に調べた時には150億円だったのに、それから45億円も増えたと云うのだろうか?

その時のコラムにも「札幌の降雪量は年間で6〜8mにもなる。こんな豪雪地域に、180万人もの人間が暮らしている場所は世界中探したってない。寒さは暖を取ればなんとかなるが、雪は処理が大変だ・・・云々」的な内容で書いた記憶がある。

今回の大雪で、札幌市内の道路は大渋滞をひきおこし、JRも列車が動かず、新千歳空港も飛行機が飛ばずに空港で2〜3日も泊まらなければならない乗客が大勢でた。

日本の日本海側の豪雪地域に、こんな大きな都市を造ること自体が問題なのだ。

雪と云うのは、春になれば自然に融けるものだが、そこに人間が暮らしていたら、自然に融けるのをただ待っているわけにはいかない。人間の手で除雪・排雪をしなければ生活が出来ないからだ。

その除・排雪に年間約200億円もの経費を掛ける暮らしって、これからの人口減少社会において賄えるのだろうか?

毎年、ただ捨てるためだけの200億円があったら、いったい何に使えるだろうか?

このコラムに、十勝に第二の都市を造るべきだと書いたが、この異常気象で帯広も雪が多くなったからなぁ〜・・・。


■2016-12-28-Wednesday 手品村?

今朝のテレビのワイドショー「ビビット」で、

中国河南省にある周営村と云うところが「手品の郷」であると紹介されていたが・・・。

「マジック・ミュージアム」を今年7月16日にセミ・オープンさせた館長としては、「手品村」のニュースを見ておかねばなるまい。

それによると・・・。

中国では手品のことを「魔力」と表記するらしい。

この周営村は800年前に中国手品の発祥の地と云うことで、この地から有名なマジシャンが何人も生まれたようだ。

村には「魔力」の文字がある大きな門があり、その広場には、この村出身の有名マジシャンの等身大の銅像が何体も飾られている。

しかし、映像では、その広場に面した「マジックショップ」はシャッターが閉じられており、閑散とした風景が映し出されていた。

住民へのインタヴューでは、時代遅れのマジックは廃れてしまった。のだと云う。

生活の為に、偽の僧侶に化けて、世界中の観光客の居る場所に出没し、怪しげな数珠状のブレスレットや金色のお札状のモノを押し売りして荒稼ぎしていると云うではないか。

この村の農民の平均年収が10万円程度なのに、この偽僧侶に化けた連中は1ヶ月に10万円以上も荒稼ぎをしていると云うのだから驚く。

日本にも大勢が来ているようだし、アメリカなど、世界中にも出張しているらしい。

最初は、マジシャンくずれの芸人が、僧侶の恰好をして超能力マジックを演じて、これはお釈迦様の霊力ですみたいな口上で稼いでいたらしいが・・・、それを、手っ取り早く、怪しげなマジックを演じることさえしないで、数珠等を押し売りするようになってきたのだと云うから呆れる。

元々、まっとうなマジシャンには超能力と言ってマジックを演じてはいけないと云う不文律があるのだが・・・。

こんな輩が多数出現して「手品」「奇術」「マジック」のイメージを悪くすることには我慢がならないことである。

あぁ、気分が悪い!


■2016-12-29-Thursday どうなんだろう?

電通の24歳の女性社員が、

昨年12月に自殺した問題で、石井社長が記者会見し、来年1月に引責辞任すると発表した。

これってどうなんだろう?

確かに、違法な長時間労働があったのだから、労働基準法違反であることは明確だが・・・。

この女性社員は、何も自殺することなんかなかったんじゃぁないだろうか?

電通を辞めれば良かっただけじゃぁないのだろうか?

東大に入学したのだから、勉強も頑張り屋さんだったのだろう。だから、精神の限界まで頑張ってしまったのかもしれないなぁ〜。

自ら生命を絶つまでに追い込まれてしまったのは不幸な出来事であるが・・・。

だが、電通社員のモーレツな仕事振りは、世間では有名な話だし、この会社を選んだ時点で、この女性社員もそのことは承知の上であったろう。

広告関連の会社なら、他にも博報堂などいくらでもあるだろう。この職種での業界一位の電通に入社するってことは、この女性は「2位じゃダメ」だったんだろうなぁと思う。

確かに電通社員の働き方は、世間から見たら異常と映るであろう。でも、なかにはそう云う会社に入ってバリバリ仕事をやりたいと云う人間だっているはずだ。

それが、電通と云う会社のレゾンデートル(存在意義)であったのだと思う。そのバリバリが嫌だったら、合わなかったら、そんな会社を選ばなければ良いのだし、もし間違って入社してしまっても会社を移れば良いではないか。

何も自殺することはないだろう。

今回の事件をうけて、電通はその働き方を変えざるを得なくなるだろうが、しかし、そうなると電通らしさが無くなるのだろうなぁ〜。

世間の会社の全てが、平均的な、特徴の無い会社ばかりになってしまうような気がする。

会社としての個性が失われると思うのである。日本社会の活気・活力と云うのは会社独自の個性に支えられていたのではないだろうか?

会社の個性に合わない人間が入社することで、その会社の個性が失われてしまうと云うのは、経営者としては解せないことだ。

世の中の会社を平均化するのではなく。自分に合った会社に入社するように、また途中でも自分に合わないと感じたら、簡単にトレード出来る様な仕組みを作る方が良いと思う。

映画などでみると、アメリカの会社はもっとスゴイ働き方をしている様に描かれているがなぁ〜。

良い仕事をキッチリとやって成果を得たら、長めの休暇でも取ってユックリする。そんな働き方があっても良いかもネ・・・。

現在の日本の社会では難しいことなのかなぁ〜?


■2016-12-30-Friday 2016年

今年は実にいろいろな事が起こった年であった。

それこそ、10年間分くらいの出来事が一度に起こったかの様な感じであった。

禍福はあざなえる縄の如しと云うから、きっと来年は良いことが続くのではないかと期待しておくことにしよう。

さぁ、後一日で今年も終わりか〜。


■2016-12-31-Saturday 大晦日

さぁ、今日で2016年も終わり。

平穏な正月が迎えられるかと思ったのだが・・・。

甘かった〜!

2016年はそんなに甘い年ではなかったようだ。

夕方になって、妻の実家の水道管が破裂してしまったのだ。

台所の床が水でビチャビチャになっていると、緊急のSOSを我が家に求めてきた。

すぐに駆けつけてはみたものの、素人ではどうすることも出来ない。とりあず水を止める為に水道管の水を落として止めて、水の噴出だけはストップさせた。どうやら給湯ボイラーから台所のシンクに繋がるお湯の管が破裂したようだ。

十勝の極寒の冬は、ほんの僅かの間の不在でも許してはくれないのだなぁ〜。

すぐに電話帳で、水道管工事業者の組合を探して電話をしたら、担当の業者のところに転送されて、すぐに来てくれた。実にありがたいことだ。

水が使えなければ、食事の支度にも支障が出るし、水洗だからトイレも使えなくなる。

最悪の場合は、義母らは今日はこの家に泊まることも出来ないかもしれない。

業者の人が来て調べてくれたが、台所のシンクを壁から外さなければ、管が見えない構造なのだ。今日はとても工事は出来ないと云う。

とりあえず、給湯ボイラーからの給湯管をストップし、水の方だけは使えるようにしてくれた。

これで、お風呂には入れないが、トイレはOKになった。ガスは使えるからお湯が必要なら沸かせば済む。

最後の最後まで2016年は人騒がせな年である。