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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2018-05-07-Monday 呪術

先日のブログで呪術について若干触れたが・・・、

もう少し詳しく解説する。

「呪い」を掛けるとか、「呪い」を解くとか書いているのは、実際に「呪い」や「呪術」が実効性のあるものだと言っているわけではない。

現代人が考える「呪い」・「呪術」と、昔の人達が感じる「呪い」や「呪術」とは、精神的な影響力と云う点では、雲泥の差があるのである。

今日の科学が進歩した世の中でも、迷信の類を信じて居る人が大勢いる。ましてや科学の「か」の字も無かった様な時代だったら・・・。

日本にも平安時代の呪術師(陰陽師)として有名な安倍晴明が居る。

日本人も江戸時代末期までは、自分の(本当の)名前を他人に明かすことはなかった。身内しか知らない(本当の)名前を持っていたのである。その理由は、本名が知られてしまうと(誰かに)「呪い」を掛けられる危険性があるからなのだ。

それほどまでに「呪い」を恐れていたのである。

誰かに「呪い」を掛けられたと思ったら、その呪いを掛けた人間に「呪詛返し」を行わなければ呪いが成就してしまうと信じられていたのである。

人の「思い込み」と云うのは、身体にも精神にも影響を与えるものである。

「呪い」を掛けられてしまったと思い込んで、自らを衰弱させる人が大勢居たのである。そうなると益々「呪い」と云うものが実効性のあるものの様に錯覚をしてしまい「呪い」をもっと恐れる様になる。

昔は、病気を治すのは「呪術師」であった。現代の精神科のカウンセラー的なものだったのかもしれない。

「呪術」と云うものは洋の東西を問わず、どこの国にも存在した。

カンボジアにも当然ながら「呪術師」と云う存在はあったであろう。

カンボジアの王様は、802年に即位したジャヴァルマン2世を初代としている。2003年にカンボジアを訪れて石澤先生にご案内いただいた「プノン・クレーン丘陵」で土着信仰とヒンズー教と仏教などが相混ぜになった信仰に依る儀式によって、神から王権を神授されたと「王権神授説」の説明を受けたことがある。カンボジアでも「王様」と「神」は切り離すことは出来ないのである。

土着信仰には「呪術師」がつきものだ。信仰的な争いでは「呪術」が大きな武器になる。相手側に「呪い」を掛けられたと思い込ませたら「勝」につながるのである。

その「呪い」を抑えるには、その「呪術師」よりも強力な能力を持った者に「呪詛返し」を頼むしかない。

ジャヤヴァルマン7世が、何者かの呪術によって「呪い」を掛けられた。その「呪い」を解けるのは、ヒンズー教の最高神にして破壊神でもある「シヴァ神」だけだったのではなかったのか。シヴァ神は、破壊の神様で、物事を一旦白紙に戻してくれる。だから、ジャヴァルマン8世は「呪い」を掛けられた仏像をことごとく破壊して埋めて「呪い返し」を行った。それが終了したことで役目を終えたから引退した。

想像力を逞しくしたら、そんな答えが導き出されたのである。