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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2018-06-01-Friday マジック・ミュージアム

今週寄贈されたマジック道具を

分類・整理して展示を始めたのだが・・・。

1995年に亡くなったマジックの師匠である故ジミー忍師の遺言に従って「マジック博物館」を作ろうと考えてはいたのだが、本業もまちづくりの仕事も忙し過ぎて、なかなか着手することが出来なかったのである。

2007年3月末に「北の屋台」を辞めてから、ようやく自分の時間が持てる様になったので、所有するビルの空きスペースを活用して作り始めることにした。

3階の空きスペースの面積は、約60坪ほどにもなる。最初は、師匠の所持品、私の所持品、音更町のアマチュアマジシャンの所持品の、3人の所持品が主な展示物であったから、当初はこれで十分な広さであると思っていたのだが・・・。

着手した当初は、3階の空きスペースにブルーシートを敷いて、展示物を並べては分類をやっていた。

最初は全ての展示品の整理が終了してから、展示作業を開始するつもりでいたのだが、ジミー師の夫人が「それだと完成が何時になるのか分からない。自分が生きている内に作って欲しい」と要請するので、まずは「トランプの壁」の製作から作業を開始した。一人でコツコツと分類、整理、企画をしながら、少しずつだが形になっていった。

この「トランプの壁」は630個のカードを並べて壁を作ったのであるが、製作終了直後にNHKの全国ニュースで3回も放映してくれたお陰で、現在でも毎日のように家庭で死蔵していたトランプが届く様になった。

その後もコツコツと展示作業を続けて、2015年の12月3日の「奇術の日」にプレ・オープンするまでにこぎつけた。

2017年の夏からは本格的に一般開放するつもりでいたのだが、予定は未定であった。

6月に私に癌が見つかり、その治療の為に、去年1年間はほとんど開館出来なかったのである。癌も完治したので、今年こそはと張り切っていたのだが・・・。

治療中にもドンドンと寄贈品などが届くので、その整理が一人ではとても追い付かないのである。

展示品も増え過ぎて、壁や天井なども使用しながら展示してはいるのだが、もはや3階の空間だけでは足りなくなってきたのである。

せっかく寄贈してくださる方の為にも展示はしてあげたいし・・・。

さて、さて、さて・・・。


■2018-06-03-Sunday 橋爪紳也教授

十勝環境ラボラトリーを作った時からだから、

かれこれ22年の付き合いになる。

現在は、大阪府立大学特別教授で建築史・都市文化論を教えている橋爪紳也さんだ。

TKL(十勝環境ラボラトリー)(1996〜2006)をやっていた頃は毎年の様に十勝を訪問してくれていたが、今回の訪問は5年振りくらいである。

橋爪教授は年間120〜150日くらいもホテルで過ごすと云うほど多忙な人で全国各地を飛び回っているが、去年の私の癌治療後の経過と、「マジック・ミュージアム」をわざわざ視察しに来てくれたのである。

橋爪紳也教授は「見世物小屋」などの研究もしていて、私が1999年から「北の屋台」の研究を始めた時には助言もしてもらった。

私が蒐集していた「マジック」の資料の中には、「屋台」「大道芸」「見世物」なども含まれているし、橋爪教授の父親の趣味がマジックだったこともあって、とても話が合ったのである。

マジック・ミュージアムを一目見て「これ、今後どうするの?」と心配してくれた。モノが大量に溢れているから数多ある日本中の「博物館」とは雰囲気も展示方法も異質であるからだ。「別館を建てるか、企業のスポンサーでもみつけて移すかしないと・・・」と云う。私一人の手には余る代物と云うことをあっさりと見抜いてしまった。

それが悩みの種なのである。

夕食を食べた後で、北の屋台出身者のやっている店「オブリガータ」に連れて行ったら、この春に帯広を離れる人の送別会の最中であった。そのメンバーの中に橋爪教授のことを知っている関西出身の人が居て、顔の広さに驚いたのだが、その店を出て、駅の方面に向かう途中で、テレビの撮影をやっていた。その中の一人が、これまた橋爪教授のことを知っている人であった。遠く離れた北海道の帯広で、わずか数分の間に、橋爪教授をご存知の人に2人も出会うとは・・・。ビックリポンである。

翌日曜日、十勝のほとんどの施設は案内済みだし、春夏秋冬のあらゆる季節も、農場での体験も経験済みであるから、何処に案内しようか?と考えた。

いろいろ考えて大樹の宇宙施設に案内することにした。

高速道路(正確には高規格道路)に乗って大樹まで向かう。帯広空港までは高速道路に乗るが、空港の先は1度だけ次の中札内まで乗っただけ、その先にはまだ行ったことがない。

こんなに整備されているとは思わなかった。下の一般道を走るよりも遥かに早く着く。高速道路というのは便利なものである。


■2018-06-04-Monday 大量の

段ボールが届いたので開封したら、

中から36個ものトランプ(プレイングカード)が出て来た。いずれも古い年代モノのカードで、未開封のモノがほとんどである。何処かのおもちゃ屋さんのデッドストック品なのかな?と思っていた。

同封されていた手紙には「亡き父が集めていたトランプですが、マジック・ミュージアムに寄贈します。飾っていただき大勢の方に見ていただければ嬉しいです(云々)」とある。

ほとんどが、未所持の珍しいカードばかりである。

先週寄贈された段ボール箱25個分のマジック道具もまだ未整理のままである。幸い、カードは場所を取らないが、倉庫に入れてしまうと、所在が分からなくなってしまう危険性が高い。それほど、倉庫の中はグチャグチャの状態である。

今日の帯広市は気温が34℃で、日本一暑かったという。毎年、毎年この時期になると「今日、日本で一番暑かったのは北海道の帯広市で・・・」と云うニュースが流れるが、それにしても急に暑くなり過ぎだ。

少し動いただけで汗が背中を流れる。

汗かきだから、マジック・ミュージアムの整理作業をもっともやりたくない時期である。

このまま寄贈品が増えていくと溜まってしまってマズイことになりそうだ。暑くても頑張らなくっちゃ!


■2018-06-06-Wednesday 不審なメール

毎日、毎日会社に着てから最初にやることは、

会社のPCに入って来る沢山の迷惑メールを「ゴミ箱」に削除する作業である。

もう慣れっこになっているが、それでも手を変え品を変えて新しい手口で送って来る。

少し前に、騙されそうになったのは『「請求書」を添付したのでご確認下さい』と云うメールである。相手の会社名が入っていないから不審に思って開かないが・・・。恐らくはウッカリ開いてしまうと「ウィルス」に侵されるのであろうと思う。

社員らにも、ウッカリ開かない様に指示してあるから、一応は、この手のモノへの対応は大丈夫だと思っているが・・・。

今日は、新手の迷惑メールが個人宛に入って来て、少し慌てたのである。

それは『「楽天市場」からのメールを完璧に装ったモノであった。』注文の確認メールなのであるが、注文した覚えが無い「テレビ」の注文である。「即日」扱いでその日の内に配達を注文していて、送り先は本州である。『「疑問」があったら「販売店」か「楽天市場」の係にメールする様になっている』。

以前に、本州に嫁いだ長女に、直接に品物を送ってもらいたいと思って、送付先住所に娘の住所と名前を書き込んだら、受け付けてくれなかったから、登録してある以外の住所に直接送る品物を私が決済することは出来ないのだと思うが・・・。

どうせ間違いであることは分かっているから、後から誤りを訂正させることも出来るが、手続きなどが面倒臭いのだろうと考えて、すぐに対応してしまったのである。

PCにウィルスバスターのソフトがインストールされているから「撃退」してくれて、「販売店」と称するメールアドレスにも「楽天市場」のアドレスにも入って行けなかったので大事には至らなかったのである。

改めて「楽天市場」にログインして、私の購入履歴を確認してみたところ「テレビ」の購入記録は無かったので安心した。

これも、恐らく「販売店」のアドレスに繋がったら、ウィルスに侵されることになるのかもしれない。

「森永乳業」のカード決済のデータが盗まれて被害に合ったというニュースがあったばかりだ。

悪い事を考える奴、こんな本物っぽい画面まで作る奴、もっと別な建設的なことに労力を使えよな!


■2018-06-07-Thursday 朝食会

連合町内会の会長さんから

「朝食会」で講演をして欲しいとの依頼を受けた。

実は、ここ最近は「マジック」を主題とした講演は極力お断りをしているのである。

以前に行っていた「北の屋台」や「まちづくり」など演題の講演ならば、ただ話をするだけで済むので、とても楽なのであるが、「マジック」を題材にするとマジックの演技をすることも求められるからだ。

マジシャンの端くれなんだから「マジック」を演じるのが好きなのでは?と思われる方が多いのであるが、マジシャンにも色々なタイプが居るのである。

アマチュアマジシャンの中には、機会がある度に演じたい。たとえ機会が無くても、それでも強引に演じたいと云うタイプも中には居るのであるが・・・、私は研究するのが大好きであって、演じることはそれほど好きではないタイプなのだ。

だが、マジックを演じる以上は下手なマジックは見せられない。私にだってプロマジシャンを目指したというプライドがあるからだ。

もうひとつ理由がある。

それは師匠であったプロマジシャンの故ジミー忍師の教えである。ジミー忍師からは「マジシャンたるもの、舞台に立つ時には燕尾服かタキシード等の正装で立つべきだ」と常日頃から言い聞かされてきたのである。

ジミー師が初めて寄席の舞台に立った時には、靴を脱がされて靴下姿で舞台に立たされたと云う。寄席は落語家の為の小屋であるから、舞台の上は足袋姿が基本で靴を履いてはいけないのである。燕尾服姿に靴を履かずに靴下だけと云うイデタチはまるで様にならずに恰好が悪く恥ずかしかったのだ、だから以来、寄席への出演は断ったのだと云う。

その教えが染みついていると云えばやや恰好が良いのだが・・・、私だって、プロマジシャンを目指したからには、舞台衣装として燕尾服もタキシードも作っているが・・・。実態は、太ってしまって昔の舞台衣装がまったく着られないのである。では、新たに舞台衣装を新調すれば良いではないかと思うだろうが、この無様な太鼓腹では、どんな衣装を着ても様にならないのである。

そういう訳で「マジック」だけの演技はお断りをしている次第。

7日は集会場に朝の7時までに入って欲しいとのこと。そうなると自宅を6時半には出なければならない。ということは5時半には起きて身支度を整えなければならない。いつもは8時起床なのに・・・。

町内会と聞いていたので、自宅の所属する町内会をイメージして、観客は20名程度かなと思って着いたら、何と50名ほども居る。そうかぁ「連合町内会」かぁ。思い込みはイケナイなぁ〜。持参した資料も数が足りなかったのであった。

講演は、40分間の内の15分間をマジックの実演に使って話をした。マジックの実演を交えると、話だけよりも観客は退屈しないのであろう。概ね好評であったように思う。

マジック・ミュージアムの宣伝にもなったので良かった。


■2018-06-08-Friday オカシナ風潮

近年の日本のメディアには違和感がある。

ついこの前までは、連日連夜「日大アメフトの危険タックル問題」を放送していたが、ここ2,3日は「紀州のドンファン怪死事件」にスポットが移った。

何だか、メディアが国民感情をあらぬ方向に誘導している様にしか思えない。

「水に落ちた犬は叩け!」とばかりに、メディア側が叩く標的を定めて、国民皆が標的にされた人間を叩くと云うような構図である。

まだ、事の白黒、善悪が判明してもいない段階で、メディアが黒、悪と定めた人間を攻撃する構図だ。

これは、甚だヨロシクナイ傾向だ。

かつて、日本国民はメディアに乗せられて、太平洋戦争に突入した。もちろん軍部に問題があったのだが、私は、それ以上に国民を煽ったメディアの責任が大きいと考えている。軍部だって、逆にメディアやメディアに扇動された国民から煽られたということだって少なからずあっただろう。

確かに、日大の監督も、紀州のドンファンの若妻も、アヤシイ存在であることは、たぶんそうなのだろう。だが、何も、日本国中のメディアが連日連夜取り上げるような大問題なのだろうか?

何だか、国民の目を、もっと重要な、そして大問題から逸らす目的で、瑣末な問題を、大問題に仕立て上げているかのように感じてしまう。

以前にも書いたが、人間なんて所詮は人間なのである。神ではない。清廉潔白な完全無欠の人間なんて居ないと断言してもよいであろう。

己の不完全さをさておいて、他人の些少な悪事を大袈裟に取り上げて、あげつらう。

言葉や文章の、言い回し等にケチをつける風潮も嫌いだ。

文章なんてものは、読み手側の人数分だけ解釈の数が存在するものだ。名文と言われる作家の文章だって、解釈は読み手によって異なる。

逆に異なるから面白いのだ。

言い回しに文句があったとて、それは読み手側の主観にしか過ぎない。

自分の主観だけが正義であると思っているから、それ以外のモノを認めない。狭量のなせるワザである。

なぜ、もっと豊かな気持ちで、あぁ、この人の感性はこうなんだな、私とは違うんだなぁと感じられないのだろうか。

言葉狩りの様なことばかりやっていたら、逆説的な表現は今後使えなくなってしまうであろう。それは、日本文化の衰退でしかない。

人には、他人を認める広い心の器が必要であると思う。


■2018-06-09-Saturday ソング&ダンス

劇団四季の「ソング&ダンス」が

帯広に公演に訪れたので観に行って来た。

これまでに劇団四季が上演してきたミュージカルの歌と踊りを連続で見せていくショウである。

休憩の20分間を挟んで前後通算で2時間20分(休憩時間含む)のショウである。

去年、東京で劇団四季の「アラジン」を観て来たが、それに出ていた俳優たちも多く出ていた。特にジニー役をやった俳優がここでも良い味を出していて楽しめた。

20名程の俳優たちで構成しているから、衣装替えも大変であろうし、1時間、次から次へと、衣装を替えて出ずっぱりで歌を唄いながら踊るのはかなりな体力を必要とするショウであるなぁ〜。

俳優には、ハンサムや美女でなくても、妙に光輝いて見える人が居る。どことなく良い雰囲気を醸し出しているのである。

劇団四季のミュージカルも随分昔から観ているが、総じて劇団員のレベルが向上していると感じた。歌も踊りも、昔よりも格段に上手い俳優が増えた。

昔の劇団四季のミュージカルはこれほど大勢の客が入っていたわけではなかったから、こんなに多くの劇団員を抱えることが出来なかったのだと思う。海外で大ヒットしたミュージカルを輸入する形でファンが増え、経営的にも安定したのであろう。

おそらく日本で一番の金持ち劇団かもしれない。

劇場もあちこちにあるしね。

劇団四季で鍛えられた俳優が独立して、他の劇団や劇場のミュージカルにオーデションを受けて出ている。オーデションで受かると云うことは、実力もあると云うことであろう。

劇団四季は、経営優先でリスクの大きいオリジナル作品をやらなくなっていると言われているが、ミュージカル俳優養成所としては、日本のミュージカルのレベルアップに貢献しているのであろうなぁ。


■2018-06-10-Sunday 万引き家族

映画「万引き家族」を観てきた。

カンヌ映画祭で最高賞のパルムドール賞を受賞した是枝裕和監督の作品である。

疑似家族(本当の家族ではない)が「万引き」などの犯罪で「繋がる」と云う設定である。

血の繋がった本当の家族が「絆」の深い良い家族ばかりなのか?

映画を観ていて、数日前にニュースになった、5歳児虐待事件の犠牲者の船戸結愛ちゃんの姿が、この映画に登場する5歳の女の子に重なって見えてしようがなかったのである。

幸せ、優しさ、実の親、育ての親、家庭って一体何なんだろう?と語りかけてくる映画である。

例によって、詳しい内容は、タネ明かしになってしまうから、まだ観ていない人の為に書かないが・・・。

リリー・フランキーは、自堕落な男を演じさせたら、これほどピッタリくる役者は居ないなぁ〜。安藤サクラも実に上手い役者やなぁ〜。松岡茉優には監督の、清純派女優ではなく演技派女優に育てたいと云う愛情を感じたねぇ〜。脇役にも実力派を揃えているから、安心して観ていられる。

ワクワクするような映画ではないが、是枝監督が撮ってきた「家族」を扱った「誰も知らない」「そして父になる」の一連の作品の集大成なのかもしれない。前作を観た人は必見であるし、観ていない人は前二作も観るべきであろう。

是枝監督の考え方を押し付ける映画ではなく、観客の人数分以上の解釈が成り立つ映画を作ろうとしているのだろう。

その傾向は「三度目の殺人」にも見られて良かったし、是枝監督は乗っているねぇ〜。

ただ、現在の日本人は、自ら考えることを止めてしまった感があるから、この手のスッキリしない映画は、興行的には難しいかもね。アッ、でも日本人は権威に弱いから、カンヌ映画祭のパルムドール受賞作ってだけで観るかもね・・・。


■2018-06-11-Monday 勝毎「論壇」

2018年6月11日十勝毎日新聞「論壇」掲載

「十勝ファンづくり」

十勝環境ラボラトリー(TKL)を開始した1996年からの付き合いの大学教授が、5年振りに来勝した。建築史と都市文化論の教授である。

TKLとは、「国際環境大学」という地球環境問題を研究する新たな大学を十勝に造ろうとした帯広青年会議所の活動から生まれた組織であるが、2006年12月末に10年間の活動を終了し解散をした。

大学を造ることは叶わなかったが、同時に展開していた9つの活動の内、中心市街地を活性化するための部門「都市構想プロジェクト」から「北の屋台」が生まれたのである。

また、当時の新進気鋭の大学教授や研究者らを招聘して、毎月「国際環境大学公開講座」を開催して講演をしてもらい、十勝毎日新聞の文化欄には「十勝の場所の意志に学ぶ」という週一のコーナーを作って寄稿してもらい、量がまとまると出版して、十勝の文化度を高める活動もしていた。

講演の翌日には、講師を十勝中案内して歩き、単に見るだけの観光ではなく、季節によって農場での収穫体験や食事、熱気球、カヌー、スノーモービルの体験など等「十勝ファン」になってもらうことを繰り返してきた結果、TKL終了後も家族連れでたびたび来勝してくれる方が多いのである。こういった地道な活動が「北の屋台」誕生にも生かされてきたと思う。

今回は、大樹町の宇宙関係の施設や、農場などの視察を行った。TKLをやっていた20年ほど前には盛んに十勝中を案内して歩いたから、郊外の道もしっかり覚えていたのだが、解散した2006年からは、ほとんど行かなくなってしまった。高規格道路も中札内より先には、これまで行ったことがなかったのである。大樹まで完成していてビックリした。

東京の都心から羽田空港まで40分、飛行機に乗って90分、帯広空港から大樹まで自動車で40分、待合の時間を考慮しても3時間程度で行けて、広大で安価な土地のある場所というのはかなりなインセンティブになるであろう。昔の交通事情でしか想像していなかったから、とても便利に変わったなぁと実感した。

私のアナログな頭では、これまで「宇宙に行ってどうするの?」「デブリと呼ばれる宇宙ゴミを増やすだけじゃないの?」としか思っていなかったのだが・・・。

カーナビを使用すれば近くまでは案内してくれるが「この辺り」とまでしか分からない。農場も含めて、看板などの表示が分かりづらいのが難点である。ホスピタリティの必要性を感じた。


■2018-06-12-Tuesday 検診

北大病院の検診を受けてきた。

去年の秋に、北大病院で治療を受けた「前立腺癌」の「陽子線治療」の術後経過の検診と内分泌療法の注射の為に、3ヶ月毎に北大病院の検診を受けることになっている。

前立腺癌の治癒状況をみる為に血液検査で「PSA値」を測るのであるが、

2017.07.18 は 18.89 治療開始前の検査

2017.09.05 は  0.70 9月1日から治療開始

2017.10.06 は  0.30 治療途中

2017.12.01 は  0.03 退院後初の検診

2018.03.13 は  0.01 退院後2回目の検診

2018.06.12 は  0.01以下 退院後3回目の検診

と云う数値であった。

PSA値の基準値が 0.5〜3.0 で 5.0 を超えると前立腺癌か前立腺肥大症等の疑いがあると云う。

2016.05.30 の人間ドックで 12.89 という高い数値が検出されたが、生体検査の方法の説明を受けてビビッてしまって2回もドタキャンをしてしまい1年間放っておいたのである。

2017.05.22 の人間ドックでは 17.89 に数値が上がっていたのでいよいよ覚悟を決めて生体検査を受けた結果、案の定、癌が発見されたのであった。

まったくの素人考えだが、放置した1年間で5ポイントも数値が上がっているし、その2か月後には更に1ポイント上がっているから、進行速度は結構な速さだったのかもしれないなぁ〜と思っている。

まぁ、何はともあれ、身体には負担が掛からない先進医療である「陽子線治療」を受けられたのが幸いであった。

後遺症もまったくないから、現在はオシッコの回数も勢いも以前とほとんど変わらない状態である。ただ、尿意を感じてから放尿するまでの間隔が短くなっていることは感じる。いわゆるオシッコの我慢が出来る時間が短くなっているのだ。

それでも、オシッコのコントロールが不能になって紙オムツをしなければならない様な状態でないことは喜ばしい。

今回の検診で、PSA値がもうこれ以下には下がらないと云う 0.01の更にそれ以下までいっているから3ヶ月毎の検診から6ヶ月毎の検診に期間が延びたのである。

3ヶ月毎に札幌まで行くのも結構面倒臭かったから助かった。

今のところ術後の経過は良好である。


■2018-06-14-Thursday 辞任

今日付けで、

長年務めて来た母校、帯広柏葉高等学校の同窓会の文化部長を辞任した。

私の父親も、文化部長を務めていたから、親子二代に亘っての役職であったが、還暦を期に後進に道を譲ることにした。

今後は、その他の公的な仕事も、後継者が決まり次第に辞任していくつもりである。

去年の前立腺癌治療の入院によって、自分の残された人生の中でやり残していることを全て成就させてから死にたいと考えるようになったのである。

去年受けた陽子線治療はお陰様で上手くいったから、担当の医者からは10年生存率は最高の98%だとも言われている。前立腺癌は進行の遅い癌であるから、今後、私が前立腺癌で死ぬことはないであろうと思っている。しかし、人間だから、他の病気や事故で、いつ死ぬかなんてことは誰にも分からない。

自分が気を付けていても、道を歩いている時に、車が突っ込んで来るかもしれないし、突然、見知らぬ暴漢に襲われないとも限らない。

もともと我が家は短命の家系である。父親が64歳、祖父が67歳で亡くなっている。父の享年までだと後4年、祖父の享年でも7年しかない。

今後の人生は、5年間毎の計画を立てて、まずはその最初の5年間が無事に過ぎたら、次の5年間計画に移行していこうと思っている。とりあえず少しでも身軽になっておきたい。

幸い、柏葉高校の同窓会は人材も多いし、今年、会長が新しく就任したから役員もかなり若返った。私が一人抜けても何の支障もないであろうから、こういう盤石な組織から足を抜いていくことにしたのである。

辞任届を書いたら、何だか急に肩の荷が軽くなった様な気がした。たいした仕事もしていなかったのだが・・・。


■2018-06-17-Sunday 地震

今日の15:27に群馬県で

震度5弱の地震が発生した。

昨日(16日)11:09には千葉県でも震度4の地震が発生している。これは、いよいよ東京でも大きな地震が起こる前触れかもしれないなぁ〜。

十勝も地震多発地域であるから、心配ではあるが、人口が多くはないし、家も寒冷地仕様で基礎や土台をしっかりと造っているから、そう大きな被害はないのだが、本州の古い家は基礎や土台がほとんど無いものもあるし、住宅も密集しているから火災でも起きたら大惨事になる。

近い内に東京に行かなければならない用事があるのだが、何だか怖いなぁ〜。

世界中のあちらこちらで火山が噴火しているし、地球が活動期に入ったのかなぁ〜。


■2018-06-18-Monday 大阪で地震

昨日、群馬で震度5弱の

大きめの地震があったばかりなのに・・・。

今朝の8時前(正確には7:58)に大阪で震度6弱の大きな地震があった。

私は自宅で朝食を終えてトイレに入ったところであったが、テレビを見ていた妻が「大阪で震度6の地震!」とトイレの前まで来て教えてくれたのであった。

すぐにトイレを出てテレビのニュースを見たが、地震の被害状況はある程度の時間が経過しなければ判明しないものだが、95年の阪神淡路大震災の時のような甚大な被害は少ないように見える。

あの時の教訓が生きているのかもしれない。

それにしても、昨日も千葉や群馬の地震のことをブログに書いたばかりなのに・・・。

それにしても、大地震の危険性を喧伝している南海沖や東京では地震が起こらずに、地震が少ないと思われている群馬で起きたりするのは何故なんだろう?

地震発生の空白地帯というのが怖いなぁ〜。

東京に行く時には、しっかり心の準備をしておかないといけないかもしれないなぁ〜。


■2018-06-19-Tuesday W杯サッカー

奇跡である!

何とサムライブルーがコロンビアに勝った!

世界ランキングでは61位対16位である。恐らく誰もが負けると思っていただろう。頑張っても引き分けがせいぜいかと・・・。

21時からテレビを観ていたが、開始直後の3分に大迫が上手く攻め込み、シュートしたがキーパーがはじいたのを香川がシュートしたら、コロンビアのカルロス・サンチェス選手が右腕で「ハンド」の反則をしてゴールを防いだ、が・・・。

何と一発退場のレッドカードである。

サッカーのルールは知っていたが、エ〜ッ、「ハンド」で退場?

キーパー以外はコートでは手を使ってはいけないというのがサッカーの基本的ルールだからなのだろうか?ハッキリとは分からないが初めて見た光景である。

確かに、香川のシュートは、サンチェスが腕を出さなければ、ほぼゴールになっていたであろう軌道であった。

サンチェスは1点を防いだつもりなのであったろうが・・・。

その後の90分間を11人対10人と云うのは、日本チームにとってはラッキーであった。

しかし、コロンビアはさすがに上手いと云うよりも、ズルイ!

反則をアピールする転び方が実にずる賢い。

長谷川が反則を取られてフリーキック(FK)を与えてしまった。このFKがこれまた実に上手い!選手が作る壁の下の足元を抜くキックを始めて見た。壁を作った日本選手も飛び上がった瞬間に足元を抜けるキックが見えたのだろう、シマッタと云う様な顔をしたように見えたが、もう飛び上がってしまった後であった。

キーパーの川島もわずかに届かずに同点に追いつかれてしまった。いつもなら、この同点で浮足立つのであろうが・・・。何せ一人多いから余裕があったのかもしれないなぁ〜。

ハラハラ、ドキドキしながら観ていた。

日本は一人多かったのが幸いしたようだ。コロンビアとは一人多くて対等と云う感じであったが、、後半に出場した本田のコーナーキックから大迫がヘディングで決めた。後のニュースで「大迫半端ない」の由来をやっていたが、傑作だねぇ〜。

何だか今回のW杯サッカーは番狂わせが多くて、がぜん面白くなったなぁ。こうなったら日本は決勝ラウンドに行って欲しいものである。


■2018-06-21-Thursday 責任感

今週の月曜日に柏葉高校の文化部長を辞任したが・・・、

どうも、私の体調が悪くて辞任をしたかの様に、辞任理由を取られているような感じなのである。

つい昨日も、会社に来た後輩が「アレッ、先輩元気そうですね!新聞(十勝毎日新聞の論壇に書いた私の治療の件)で見たら、よっぽど具合が悪いのかと心配していました」と云うのである。

私が末期癌で普通の治療が受けられない程に重症で、それで最新治療の陽子線治療に頼ったのだと思っていたと云うのである。私の書いた文章を普通に読んだら、そんな解釈は有り得ないと思うのだが・・・。

早期発見で、身体に負担の掛からない治療法を選んで、完治したのであるが、この辺りをシッカリとしておかないと、在らぬ噂が駆け巡ってしまう可能性が大なのであろう。柏葉高校の文化部長の役を降りたと云うことは、坂本は重篤な状況であると勘違いされる危険性があるようだ。

辞任理由はハッキリしているのである。

先月、とある団体から重要な役を仰せつかったからである。

私は、多くの役職を同時にコナセル様な能力が無いと自認しているから、何かの役職を新たに受諾するとしたら、現在就いている役職の内のどれかを辞めなければ、とても全ての役職を責任持って全うすることが出来ないと考えているのである。

新たに依頼された役職は、私に適任な仕事であると思っているが、柏葉高校の文化部長の役は、他に大勢の適任者がいるから、私が抜けても代わりには困らないであろうと思うからである。

責任ある仕事を、本業を疎かにしてまで、同時にこなすなんて事は私にはとても出来ない話なのである。

だから、後任が居る仕事を降りたまでなのだが・・・。

それが、責任感と云うものではないかと、私は考えている。


■2018-06-22-Friday 東京

駒澤大学の同窓会関係で東京に行く。

今年の開催日は23日(土)12時である。

新しい校舎130周年記念棟の「種月館」が完成したので、例年の会場である浜松町の東京グランドホテルではなく、駒澤大学で開催されることになった。

北海道の帯広空港から行くとなると、当日の朝10:00発の第1便の飛行機なら11:40着なので、浜松町のグランドホテルが会場なら羽田空港からモノレール1本で着くから13時からの開始時間にも何とか間に合うのだが、会場が駒澤大学だと、品川で山手線に、渋谷で地下鉄半蔵門線に2回の電車の乗り替えがあるので、どうやっても間に合わないから、前泊をしなくてはならなくなった。

例年、この時期の私の出張に合わせて、「駒澤大学手品奇術研究会(KMC)」の同窓会も開催してくれている。

今年は大学同窓会の翌日の24日(日)12時に駒澤大学駅近くの店が会場である。

前泊することをKMCの同期生に連絡したら、東京で勤めている2人と22日の18時に三軒茶屋で会おうと云うことになった。2人とも定年になって時間を持て余しているから会って一緒に飲む時間があると云う。

私も東京で一人寂しくホテルの部屋で飲のは悲しい。

例年、宿泊するホテルは、会場である東京グランドホテルであるが、今年は駒澤大学に近い渋谷のホテルメッツ渋谷に泊ることにした。

初めて泊るホテルである。

ネットで検索したら、渋谷駅新南口直結の新しいホテルであるという。

新南口というから、品川では山手線の最後尾の車両に乗り、渋谷で降りたが、山手線のホームの南側には新南口が無かった。駅員に聞けば良いのに、どうせ近くであろうし、これから3泊もするからホテル周辺の道も覚えておこうと思って、東口で降りたら、道路が工事中であった。抜け道があったのだが、工事をしていない西口側に降りて、歩道橋を渡って246号線を越えて線路沿いに南側に向かったのである。

山手線なら新橋ー有楽町間みたいに線路の下を、どこでも潜って渡れると思ったのである。ところが・・・。

線路越しにホテルの建物は見えるのに、線路を越える道がまったくないのである。戻ろうか、先に進もうか迷ったが、どうせだから見知らぬ道を行こうと決めて代官山方面まで400m程も歩いて、ようやく越線橋があったので山手線を越えて明治通りに出ることが出来たのであった。見覚えがある道路だなと思ったら、4月14日にミュージカルを見た後に行った懇親会の会場の店があった通りであった。

何だかんだで、グルッと3kmほども遠回りしてホテルに着いたが、私一人で良かった〜。もしも妻が一緒だったらと思うと・・・。

帯広の気温はここ最近は20℃にも届かない寒い日が続いていたが、この日の東京はかなり暑い。帯広ではほとんど歩かないから、いきなり歩き過ぎて足が痛くなっしまったし、汗で身体中がベタベタである。シャワーを浴びて着替えたいと思った。

ホテルに到着したがチェックインタイムは15時だと云う。荷物をフロントに預けて、今度は別の道を通って、東急ハンズに行った。東急ハンズは私が学生の頃に出来た店で、開店当時から、店内を歩き回るだけで想像力と創造力を刺激してくれる面白い店なのである。

15時に戻って、シャワーを浴びて一眠りしていたら、16時半頃に電話がなって、KMCの同期生が、もう三軒茶屋で飲んでいるというので、早目に出たのであった。

半蔵門線の渋谷の駅は、私が学生の頃とは広さが違う。切符売り場が見当たらないのである。インフォメ―ションで聞いたら、随分と奥に移動したようだ。最近は切符を買って乗車する客が少ないからであろう。不便な場所に移動してある。

3人が揃ったので、昔よく行った下馬の「金寿司」に行く。店はまだ昔のままで、大将も年を取ったが昔のままである。実に40年振りくらいである。

途中でこれまた昔通った居酒屋の「伊勢元」を見つけた。まだやっていたんだ!一杯だけ飲んでいこうと店に入ったら、昔の店主がまだ80歳で頑張っていた。すごいなぁ〜。

明後日もまたKMCの同窓会で一緒に飲むから、この晩はそこそこにして解散した。


■2018-06-23-Saturday 東京

23日(日)は12時から駒澤大学の

同窓会館で全国支部長会議である。

11時に受付開始であるから、早目に行って大学の中を見学して来た。会議終了後にも種月館の見学会のスケジュールが組まれていたが、一人でじっくりと見たかったのである。

完成したばかりの130周年記念棟「種月館」は地上9階建ての立派な校舎である。

私が通っていた頃とは、まるで違う近代的な校舎だ。まずは昼食を食べようと思い、地階にある学生食堂に行ってみた。

地階には「7・11」「パン屋(名前は失念したが焼き立てパンを販売していた)」「丸亀製麺」「銀座スエヒロ」などが入っている。スエヒロの目玉メニューが「ビーフステーキセット(500円)」である。スエヒロのステーキがご飯とみそ汁も付いて、たったの500円?

頼んでみたら・・・。失敗した!「ご飯3分の1で、」と少なく注文するのを忘れてしまった!ご飯の量が半端ない。そうか!そう云えば私も学生の頃にはこれくらいの量を食べていたよなぁ〜。肉もボリュームがあるし、味もとても美味しかった。現在の学生は良いなぁ〜。一流の店が学生食堂を運営してくれるのだから・・・。

12時に会場に戻る頃には、雨がポツリポツリと落ちてきた。会議の間中は降っていた。会議はさしたる問題もなく15:30に終了。2班に分かれて種月館を見学の後、深沢校舎に移動して懇親会である。

ここは、私たちが学生だった頃は三越の上得意客用の外商施設であったところを駒澤大学が購入して校舎を建てたのである。

駒沢オリンピック公園も木々が成長して立派な公園になっている。殺風景だった昔よりも雰囲気は格段に良くなっている。周りは高級住宅街という感じだ。

19時頃には懇親会も終了。11:00〜19:00までの8時間程を会議などで椅子に座っている。歩き回るのも疲れるが、座りっ放しも疲れるものだ。東京に来ると、電車と電車の乗り換えだけでも、通路は長いし、階段の上り下りもやたらと多い。北海道では自動車での移動が多いので、ドアツードアでほとんど歩かないから、昨日からの歩き過ぎ、座り過ぎで身体が疲れたのでホテルに戻って、マッサージを受けてすぐに寝たのであった。


■2018-06-24-Sunday 東京

24日(日)は駒澤大学の手品奇術研究会(KMC)の同窓会である。

毎年、駒澤大学同窓会の全国支部長会議に出席する為に上京する一番遠方の私の上京日程に合わせて開催してくれているのだ。

不確かではあるが、たぶん12〜3年前から開催している。4年程前に、日程が合わずに一度だけ欠席をしたことがあったが、私も第一回目の新宿からずっと参加をしている。

一昨年は、マジック・ミュージアム(MM)の開館に合わせて、北海道のトマムで開催し、翌日は皆でMMを訪ねてくれた。

青春時代に同じ趣味を持って、同じ釜の飯を喰った仲間と云うのはいくつになっても友達であり、有難い存在である。

去年のKMCの同窓会は、ちょうど開催直前に、帯広の病院で前立腺癌の生体検査を受診し、その結果待ちの状況であった。不安な心理状態で大好きな酒も飲まずに参加していたのである。帯広に戻った翌日に病院に検査結果を聞きに行って癌宣告を受けたのであった。

治療中のことはこのブログにも何度も書いているから割愛するが、KMCのメンバーにはいろいろと心配していただき、S先輩は、群馬大学のパンフレットまで送ってくださったし、同輩のT君は札幌の北大病院に、札幌出張のついでに時間を作って見舞いにまで来てくれた。実にありがたいことである。

今回の会場は、地下鉄半蔵門線の駒澤大学駅近くのカラオケ屋さん。誰一人歌う訳ではないが、20人程度が入れて、他の客が居ない貸し切り状態に出来て、尚且つ3時間も居られる場所というのは、なかなか無いもんだ。幹事役は会場探しも含めて大変である。

事前にもらった連絡では、早目に来ても入れないから注意とのことだったので、12時ちょうどを目指して会場に入った。

出席予定の後輩のI君が、まだ一人だけ来ていないと云う。I君とラインをやっているメンバーが、確認したら渋谷から急行に乗ってしまい二子玉川駅まで行ってしまったと云う。駒澤大学駅には急行は停まらないのである。二子玉川からの戻りに、また急行に乗って三軒茶屋まで戻ったら、そこでまたまた急行に乗ってしまい、駒澤大学駅の下を通過して、再度、二子玉川まで行ってしまったと云う。学生時代からの相変わらずである。

開始時間になったから始めたのだが、I君なら、同窓会をやっている間中、ズッ〜と同じことをやり続けて参加出来ないんじゃないかと皆で笑ったのであったが、2回繰り返したところで辿り着いた。

懐かしい面々と会うのは、青春時代を思い出して楽しくなる。アッと云う間の3時間であった。

来年もまた、この時期に集まることを宣して解散。4人が残ったので三軒茶屋で降りて、茶沢通り辺りを散策した。喫茶店に入り1時間ほど談笑して解散した。

私は渋谷で降りて、映画館に行き「終わった人」を観た。KMCの仲間も定年退職して「毎日が暇だ〜」とボヤイていた。この映画は観た方が良いと皆から勧められたので、私も、この日は暇だから・・・。

見終わって渋谷のスクランブル交差点の前に出たら人、人、人である。そうか今晩0時からサッカーのW杯の日本対セネガル戦の放送があるんだった。渋谷の街はサムライブルーのユニフォームやら仮装した連中で溢れている。こりゃぁ〜このままここに居たら、60歳のオジサンにはツライものがあるかもしれない。コンビニに寄ってビールを買って、ホテルに戻った。ホテルで一人でビールでも飲みながら観戦することにした。


■2018-06-25-Monday 東京

寝不足である。

0時からサッカーw杯の日本対セネガル戦を見て、興奮してしまい4時くらいまで眠られなかったのである。

前半の10分くらいに何でもない場面だと思ったのだが、キーパーの川島の判断ミスであろう、キャッチしなければならない場面でパンチングしに行って、目の前のセネガルの選手に当ててしまい、そのボールがゴールになってしまった。

あぁ〜こりゃぁ、今日はダメかな〜と思ったが・・・。前半で乾の素晴らしいシュートで同点になったあたりから、興奮が続いてしまった。

まぁ、昼間っからズッ〜と酒を飲み続けているからなぁ〜。

2点目を入れられた後は、ズルズルとダメになるのかとも思ったが、何だか追いつきそうな気配がして見続けたのである。本田のゴールで追い着いた後は逆転出来るんじゃないかとさえ思った。

日本強いじゃないの!

4時から寝て、目覚めたのは11時頃であった。チェックアウトの時間が迫っていたので慌てて帰りの準備をしてホテルを出た。

新宿方面に向かおうかと思ったら、山手線の外回り線が信号のトラブルだかで運行停止になっている。内回りは動いているから、品川に向かうことにした。

今朝は梅雨が明けたのだろうか、快晴で気温がグングン上がっていく。昼間のニュースでは32℃を超えたと云う。帯広と違って、東京は湿度が高いから、ムシムシして空気が肌に纏わり着く感じがする。タオル地のハンカチも汗でビショビショになった。汗を拭いて濡れたハンカチをズボンの後ろポケットに入れたら、中のパンツにまでその湿気が伝わる。

屋外と室内の気温差は20℃位もあるのじゃないだろうか?出たり入ったりする度に、身体の具合が悪くなる。クーラーの効かせ過ぎだよ。

心も身体も何となく落ち着かない。

もう蒸し暑い夏の東京には来たくないなぁ〜。

やっぱり私は北海道の爽やかな気候が好きである。


■2018-06-26-Tuesday 殺人事件

24日夜に福岡市の「ブロースネクスト」で

ネットセキュリティ会社社員でブロガー「Hagex」こと岡本顕一郎(41)さんが刺殺される事件が起こった。

犯行に及んで捕まったのは松本英光(42)容疑者である。供述によると自分のブログを批判されて恨んだのだと云う。ここ最近の殺人事件には動機が全く理解出来ないものが多いが、エ〜ッ、そんな理由で殺されるのかぁ〜・・・恐ろしいなぁ〜。私も毎日の様に、ブログを書いているブロガーの端くれであるから、全くの他人事とは思えない。多少なりとも恐怖を感じる事件である。

私のブログの読者数は正確には分からないが、せいぜい居ても300人程度ではないかと推察しているが・・・。

極力、他人を誹謗中傷するような内容は書かない様にしてはいるのだが、中には書いても怒らない人(私の妻とか、心の広い人とか、政治家などの公人だとか、誰からみても悪い奴とかe.t.c.)のことは、たまに茶化して書くことがあるから気を付けないと・・・。

ブログの内容にクレームは全くと言っていいほど来ないのだが、内容の間違いの指摘はよく来るのである。先日もW杯サッカー日本選手団を「サムライジャパン」と書いたら「サムライブルー」の間違いだよと教えてくれる親切な人も居るのである。

間違いならば書き直せば済むことだが・・・。

読み手側が、私の文章を読んで、どの様に感じるのかは、それこそ千差万別であって、要は「感性」「感受性」の問題だから、こちら側ではそこまでコントロールは出来ない。読み手側の気分まで推し量って書くことは不可能である。忖度しまくった当たり障りの無い文章のブログなど、ツマラナイから誰も読みたいとは思わないであろう。

だから最近は、なるべく、私がこうした、こう考えたと自分のことだけを中心に書く様にして、日記のつもりで書いているのだが・・・。

他人の行動に関しては極力批判や批評は書かない様に注意しながら書いているのだが、それでも、私の言動に対して不快感を示す読者が居る様なのである。

私は、こう考えた!こう行動した!と書いただけなのに・・・、読者に不快になられてもなぁ〜・・・。

それをまた直接に言ってくれるのならばまだしも、間に、更に別の人間を挟んで伝言ゲーム化をしてしまうと、余計なことになってしまう危険性があると思うのである。

感情の行き違いと云うのは後々にヤヤコヤシイことになりがちだから・・・。私にだって、新聞社や雑誌社から依頼されて筆稿料を頂いている文章のプロフェッショナルとしてのプライドだってある。間違いの指摘ではなく文章にクレームを付けられたら・・・。

去年、癌宣告を受けてから、私の人生観はガラリと変わった。面倒臭いことは全くやりたくなくなったのである。

私に残りの人生がどれだけ残されているかは知らないが、楽しいことだけをやって往生したいと願っている。

去年までの私と、現在の私とでは、感情面でかなりな変化をしているのである。


■2018-06-27-Wednesday 上智の石澤先生

アンコール・ワット修復などで著名な上智大学の

石澤良昭教授が26日(火)の午前中にマジック・ミュージアムを訪れてくださった。

石澤先生は帯広市の出身で、アジアのノーベル賞とも称されるフィリピンのマグサイサイ賞を受賞したばかりである。

私と石澤先生との繋がりは23年前の1995年まで遡る。帯広市の大学設置委員会の副会長を石澤先生が、私が委員を務めたのがキッカケである。翌96年に帯広青年会議所有志とともに、この活動から「十勝環境ラボラトリー(TKL)」を開設し、9つのプロジェクトを同時展開したのだが、そのプロジェクトのひとつ「国際環境大学公開講座」の講師として石澤先生を招聘したことで関係が深まったのである(詳しく知りたい人は私のブログを参照のこと)。

私は23日(土)には東京に居たのであるが、ホテルの部屋でテレビのリモコンをザッピングしていたら、21:00からのTBSの「HITACHI世界ふしぎ発見!」の冒頭で石澤先生の顔がチラリと映った。

アレッ、今日の特集は「水戸黄門」のはず?

アンコール・ワットと徳川光圀に何か繋がりがあったのだろうか?と俄然好奇心が湧いてきたのである。

水戸藩に残されていた「祇園精舎図」と云う絵図が、何とアンコール・ワットの俯瞰図と完全に一致するのだと云う。誰がいつ書いたのか?誰が測量したのか?何故、水戸藩にあるのか?など等、謎が尽きないらしい。歴史の謎って面白いねぇ〜。

石澤先生の姿がテレビに映っている頃、先生は帯広に居る。先生の出身高校である帯広三条高校の同窓会が石澤先生を招聘して講演会を開催する予定だと云う連絡は事前に貰っていた。私はちょうど入れ違いで、駒澤大学同窓会の会議などで東京に来ている。

私は26日の最終便で帯広に戻るし、石澤先生は27日の昼の便で東京に戻られると云う。

27日の昼食は、帯広市内の飲食店で、上智大学の十勝同窓会のメンバーとの会食の予定が入っており、その前に、わざわざ時間を作ってマジック・ミュージアムの見学をしてくださると云う。

マジック・ミュージアムを見た石澤先生は「これは素晴らしい博物館だ!私も宣伝に一役かいましょう!」とおっしゃってくださった。うれしいことである。


■2018-06-28-Thursday 変な天気

昨日のブログに間違いの指摘があったので最初に修正しておく。

上智大学の石澤良昭先生が23日土曜日21時からののTBS「HITACHI世界まるごと不思議発見!」に出演されていたと書いたのだが、読者の方から『そんな番組名はありませんよ。大橋巨泉の「世界まるごとHOWマッチ」と「世界ふしぎ発見!」を合成して書いていませんか?』と云う指摘があった。「まるごと」が余計で「不思議」は平仮名でありました。ご指摘ありがとうございます。早速修正しておきました。

今日の本来の主題は「気温」である。

25日(月)19:20着の最終便で帯広に戻って来たが、飛行機を降りた途端に冷っとした。この日の昼間に居た東京は32℃ほどにもなっていたし、前日は雨であったので湿度も高く蒸し蒸して、汗が肌にベタ付く様な天気であった。

そこから、1時間半で気温が12℃ほどしかない帯広に来たのである。上着を鞄に仕舞っていたから、どうせすぐに車に乗るので、出して着るのも面倒臭いと思って、半袖のまま運転して自宅に戻ったが、部屋の中も寒い。あんまり寒いので妻は電気ストーブを点けたくらいであった。

翌日の26日も最高気温が15℃ほどにしかならない。27日も同じような気温である。この2日間で、東京の暑さから、また北海道の寒さに身体が慣れたと思ったら、それが・・・、今日の28日は朝から暑い。

天気予報では帯広は29℃にもなると云う。

徐々に温かくなったり、徐々に涼しくなったりするのならまだしも、気温差が15℃ほどにもなる日が交互に来るというのは極端過ぎる。

身体の調整が上手く出来ない感じである。

何だか身体がダルクて頭が痛くなってきた。クシャミも出るし、どうやら風邪をひいてしまったかなぁ〜。


■2018-06-29-Friday W杯ポーランド戦

このブログは29日の午前10時に書いている。

W杯サッカーのポーランド戦を観たが、結論から先に言うと西野監督は良くやった。

リーダーが一番やってはイケナイことは『確固たる信念を持たず、何も決められずにズルズルと行く』という行為である。

確かに、試合後半の残り15分間位は、見ていて楽しい試合ではなかった。スタンドの観客からも激しいブーイングがなされていた。金を払って観に行った観客にしてみたら「金返せ!」と云う気持ちも分かる。もしも私がスタンドに居たら、きっと同じ対応をしたであろう。

しかし、西野監督に課せられた最大の仕事は、サムライブルーを決勝トーナメントのベスト16に行かせることであろう。観客を喜ばせるのは2番目、3番目のプライオリティでしかない。

朝のテレビでは、コメンテータの一人が「明日(将来?)の日本サッカーを考えたら攻めるべきであった」云々としつこく何度も正論を吐いていたが・・・。こう云う人はトップに立った経験の無い人であろう。評論家に多いタイプだと感じた。

だが、ここは誰もが頭の中ではそう思っていても、他人に正論を吐かれると頭に来る場面である。そんなこたぁ〜先刻ご承知だぁ〜と。

指揮官として、別の会場で同時刻に戦っているコロンビア対セネガル戦の戦況情報もリアルタイムで入手しながら、あの場面では最善と思われる手を打った西野監督の判断と信念を称えるべきであろう。

相手任せ(セネガルが同点にしたら決勝には進めない)の大ギャンブル、大博打ではあったが、結果的にはそれが成功したのであるから良い判断であったと思う。

博打と云うのは、本来は勝つ見込みがかなり少ないのに、無謀に攻めることを言う。今回の場合は、負けているのに攻めない超消極策である。超消極策ではあるが、事前の分析がシッカリと成されていたからこそ出来る策なのである。

日本人は昔から「玉砕」とか「散り際の美学」とかを尊重し、格好良く死ぬことを良しとする風潮があるが、「死んで花実が咲くものか」なのである。

「格好が良い」と思っているのは死ぬ本人だけで、残された周りの人間にとっては甚だ迷惑な行為だけなのだ。

もしも、コロンビア対セネガル戦が、別の日や別の時間帯での開催ならば、状況判断はまた変わっていたであろう。しかし、同時刻での試合である。昔ならば、その状況を刻々と入手することは難しかったであろうが、現在にはスマホ等と云う情報機器があってリアルタイムで情報を入手できるのだ。

他の会場で同時刻に戦っているコロンビア対セネガル戦で、コロンビアが1点リードして残り時間が10分程度でしかない。この試合がこのまま終われば日本は、フェアプレーポイント(イエローカードの枚数)でセネガルの上位に行けて決勝トーナメントに進める。

日本は、この試合はポーランドの攻撃を川島がギリギリで防いでいた場面が多かった。完全に押されていた試合である。

もしも、攻めていって、反撃され、2点目を入れられたらその時点で予選敗退が決まる。

指揮官としては、1点取って、引き分けに持ち込んで、自力で決勝に進みたかったはずであろうが、そこをグッと堪えて、屈辱に耐えて超消極策を選手にやらせたと思う。

選手側にも不満が残ったゲーム展開であろう。しかし、その鬱憤を決勝トーナメントで返せば良いのだ。ここで正論通りに攻めて、もしも敗退して、4年後までズルズルとモヤモヤした気持ちを引きずるのは、それこそ日本のサッカー界にとって得策ではないと思う。

さぁ、日本チームよ。西野監督よ。決勝で勝って正論を吐いた連中を見返してやれ!頑張れ!日本!


■2018-06-30-Saturday 写真集の企画

マジック・ミュージアムの収蔵品で写真集を

地元の出版社で作る話が持ち上がってきた。

同様のモノは、マジック関係の書籍を多数出版している東京堂出版からは2009年11月26日発刊で「マジックグッズ・コレクション(土屋理義著)」というA5判144頁で2400円の本が出版されている。

この本は、私も所持しているが、見開き頁の半分が解説文になっていて、写真は白黒が多くて、かなりマジック・マニア向けの傾向の本である。

マジック・ミュージアムの収蔵品は、日々、増え続けている。正確には数えていないがおそらく、書籍は約17,000冊、プレイングカード(トランプ)は約2,500種類、マジック道具は約15,000点、人形(フィギュア)は約3,000点、絵画は約50点、ポスター類は約100点、ブリキ看板は約50枚、ブリキ玩具は約30点、鋳物のからくり貯金箱約30点、その他にも雑貨類、衣装、サイン色紙、ビデオ、DVD、資料、写真など等、多分、マジック関係のミュージアムとしての収蔵品数では世界一なのではないかと自負している。

そこから、掲載するモノを厳選して写真を撮影し、構成やデザインなどを決めていき、来年のGW前頃には出版しようという企画である。

今日の第一回目の打ち合わせでは、ページ数は100頁程、写真はすべてカラーにして、解説文よりも写真の数を多くして、マジックに興味の無い人でも購買対象になるような作りにしようと云うことになった。

これからどの品物を載せようかと考えるだけでも、ワクワクする企画である。

私にとって4冊目の出版物になりそうだ。楽しみである。