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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2019-01-01-Tuesday 元旦

2019年が明けました。おめでとうございます。

年賀状を出すのは、一昨年の喪中から止めている。一度中止をしてしまうと再開するのが何だか億劫になってしまったのである。

遠方から頂いた賀状には、後日、テレビ出演の案内がてらに寒中見舞いでも書くことにしよう。

帰省中の次女と長男の4人での元旦である。初詣には、車を運転して行かなければいけないから、お屠蘇は形だけの舐めるだけで済ます。何とも寂しいなぁ〜。

空いている時間帯を見繕って昼頃に帯広神社まで初詣に出向いた。それほど並ばずにお参りできたので良かった。

今冬は雪が少なくて助かる。道路もほとんどアスファルトが出ている状態であるから、運転も楽である。

次女に作成してもらったパワーポイントの資料を見直していたら、やっぱり一部修正をしたい箇所が出て来たので、会社のマジック・ミュージアムに寄って、何枚か写真を写してきてようやく完成させた。

今年は、マジック関係のスケジュールが多い。

1月中旬には、フジテレビ系列の全国放送の番組に出演する為に、東京のスタジオまで出向いて撮影に臨むし、2月初旬には、プロマジシャンの団体である「日本奇術協会」の新年会で、プロマジシャン等を前に、マジック・ミュージアムの講演をすることになっている。

更に、ロサンゼルス在住の世界一のマジシャンの島田晴夫さんのご自宅にお邪魔して、今後のマジック・ミュージアムへの寄贈の打ち合わせに行くことになっている。

どうやら、今年は、マジック三昧の年になりそうな気配がするなぁ〜。


■2019-01-02-Wednesday

年末に購入することを決めた犬を

今日、受け取りに行った。

犬種は10月に生まれたばかりのトイプードルの雌、色はレッドである。

我が家では、平成8(1996)年から2頭のラブラドール・レトリバーを飼っていたが、オスは平成21(2009)年に13歳で死んだし、メスは平成24年(2012)年に16歳で死んでしまった。それ以来、大型犬は体力的に飼うのは無理があるし、小型犬なら、寿命が長いからこっちの方が先に逝ってしまうと思って飼わずにいたのだが・・・。

妻が、去年から、耳鳴りやめまいや吐き気に襲われ、体調不良が続いている。特に、耳鳴りは四六時中、耳がキーンとなっているとのことで、そうとうストレスが溜まっているようである。

気を紛らわせる楽しいことがやりたいと、とうとう飼うことになってしまったのだ。

ラブラドールレトリバーを飼っていた頃の犬小屋や檻や食器などは、他人にあげてしまったから、新たに購入しなければならない。(たとえ残してあったとしても大きさが違うから使い物にはならないが・・・)

犬を受け取りに行く前に、ホームセンターの初売りに行って、準備を済ませてから、受け取りにいくことにした。

娘や息子が妻の為に犬の購入費用を負担すると云う。私には何も買ってくれないのに・・・。

久し振りの犬の購入が嬉しいようで、嬉々として買い物に付き合っている。

サークルの組み立てなども、嬉しそうに手伝ってくれる。

準備を済ませて、4人でブリーダーの家に向かう。

ブリーダーの母親が、私の顔を見るなり「あらっ、坂本先生?」と云う。手品を教えている生徒さんから「先生」と呼ばれることはあるのだが、この母親の顔には見覚えがない。誰だか必死に思い出そうとするのだが・・・。

この母親は、昔、社交ダンスをやっていて「坂本会館」によく通っていたのだと云う。どうやら私のことを父と勘違いしたようである。

そんなに似ているのだろうか?

それがきっかけになって昔話に花が咲く。飼い方の指導を受けていると「何だか縁を感じる」と妻もブリーダーも言う。犬の餌などを随分とサービスしてくれたのだった。

自宅に連れ帰り、指導された通りに世話をする。久し振りに我が家の中が犬臭くなる。

サークルから出ると、活発に動き回る。メスは我が家に来たら、人間も動物も気が強くなるようである。

無駄吠えもしないし、サークルに入ったら大人しくなる。なかなか賢い犬だ。これで妻の体調も少しは良くなるかも・・・。


■2019-01-04-Friday 仕事始め

今日は仕事始め

3日に娘が帰り、今日は息子が帰って、急に寂しくなった。

また夫婦だけの生活に戻るが、今年は2日から犬を飼っているから少しは寂しさも紛れるかも・・・。

私が去年(2018年09月10日の十勝毎日新聞「論壇」)と11日のこのブログに転載した「世界一のマジシャン島田晴夫」の文中に誤りがあるとの指摘を頂いたので、ここで訂正をしておきたいと思います。

私が「論壇」に書いた文章は、『ラスベガスの人気ショーの「スプラッシュ」では2年にわたりメインゲストを務め、世界のマジック界を超越して、エンターテインメント界のスーパースターになった人なのである。』です。

この内の「2年にわたり」の箇所が「5年」の間違いであるとのこと。

確認したところ、確かに、間違っておりました。「5年」が正解です。

弁解すると、この「論壇」の記載は島田晴夫師の訪問前に書いたもので、直接ご本人から聞いたものではなく、ネットから検索したものでした。

この引用した文章の記載が間違っていました。年数などの確認は複数の媒体からするべきでありました。大変初歩的な誤りで申し訳ありません。

訂正させていただきます。

マジック・ミュージアムの仕事始めとして、帯広市の消防署に出向き、地階に造りたいと考えている「小劇場」のプランの消防法上の相談をしてきた。地上階に造るのと地階に造るのでは、消防法上は、かなり難易度が異なるとのこと。地階の方が乗り越えなければならない壁が多いのである。

この他にも色々と指摘を受けてきたので、今後は対処法を考えなければならない。

合わせて、市役所の建築指導課も訪ねる様にと言われたのだが、こちらの方は、時間が足りなかったので後日にすることにした。

古いビルで、新しく何かをやろうとするのは、なかなかに難しいことなのだ。壁が高くて分厚いほど、逆に意欲が湧いてくる。「北の屋台」の方法を考え出した時の気分が蘇ってきてワクワクする。

今年は、面白い年になりそうである。


■2019-01-05-Saturday 初床屋

例年なら年末に床屋に行って

サッパリとした髪にしてから新年を迎えるのだが・・・。

去年の暮は、やたらと忙しくて床屋に行く暇がなかったのである。

こんなに忙しい年末は久し振りである。

昨日の仕事始めの終業後に馴染みの床屋に電話したら、まだ休みの様で誰も出ない。

おそらく今日、明日の土日も休んで、孫にでも会いに行っているのであろうと思ったのだが、朝方、妻を車で送る道すがらに床屋の前を通ってみたら赤白青の三色の看板がクルクルと回っていたのであった。

私が新年の初来客になった。年末は散髪待ちの客が大勢居て、かなり長時間待たねばならないのだが、待たずに散髪してもらえるのは楽で良い。

今週はテレビの収録があるから、散髪をしておきたかったのである。

私の髪質は、天然パーマなので、長くなってくるとクルクルと丸まってくるのである。短めにしておかないと・・・。

来年からは、新年に散髪してもらう方がよさそうである。

年末12月29日から新年は3日まで会社は休み、4日(金)は仕事始めで一日だけ出勤し、翌日からはまた土曜、日曜日で休みと云う生活は、曜日の感覚が狂ってしまう。

忙し過ぎるのも嫌だが、暇なのも辛いものである。やっぱりこの世は適度が一番である。


■2019-01-07-Monday こんな夜更けにバナナかよ!

映画「こんな夜更けにバナナかよ」を見てきた。

自律神経失調症の耳鳴りやめまいなどで昨年から不調を訴える妻が、今日は少し具合が良いから気晴らしに映画に行きたいと云う。

キーンと云う耳鳴りが四六時中頭の中で鳴っているのは、かなりなストレスなんだと云う。そりゃそうだろうなぁ〜、しかし、私にはどうすることも出来ない。

安静にしていると、この耳鳴りがかえって気になるから、音がしている状況の中に居る方が気が楽なのだと云う。

普段は無口で、休日に静かに読書を楽しむ私を見ていると、気が滅入るのだそうだ。少しでも気が紛れるなら映画鑑賞は好きであるから一緒に見に行くことにした。

既に二人とも60歳を過ぎたので一人でも1100円の「シニア割引制度」が使えるが、いつも一緒に見に行くから「夫婦50歳割引制度」でもOK。一人分が1100円であるが、。およそ2時間を1100円で楽しめる気楽な娯楽は映画が一番である。

私達夫婦は年間で30本以上も映画を、映画館で楽しんでいる。

今回の映画は、大泉洋主演の「こんな夜更けにバナナかよ」である。大泉洋は最近売れているなぁ〜。北海道出身のチームナックスの他のメンバーも、下町ロケットなどにも出演しているし、道産子の役者が売れることは我がことの様に嬉しい。

映画館は、ほぼ満席であった。

ここ最近、この映画館に見に来た作品の中では、一番の入場者数である。

やっぱり映画館はこうでなくっちゃ〜。

例によって、映画のストーリーの詳細は、「マジックのタネ明かし」に通じるから、まだ見ていない人の為に書かないが、良い映画であった。

大泉洋の飄々とした演技が、主人公にピッタリと合っていた。

映画の舞台は札幌、私は一昨年、北大病院に2ヶ月間入院していたが、よく散歩をしていた病院隣接の北大キャンパスが映る。

よく知っている場所が舞台だと感情移入がし易いので、余計に親近感が湧いてくるなぁ〜。

とても良い映画であった。


■2019-01-08-Tuesday

鼻の中が気になって仕方がない。

3、4年ほど前に、右側の鼻の中をほじっていて、爪で粘膜を傷つけてしまい出血をしてしまった。その後で、治り掛けの傷口のカサブタが気になって、ついつい触っては、また出血することを繰り返していたのである。

ここ最近、帯広は雪も降らずに、やたらと乾燥しているので、鼻の粘膜も弱っていたのだろう。

今日も、ティッシュペーパーを丸めて鼻の中をグリグリと回していたら、カサブタが取れて、また出血した。

出血は大した量ではなかったので、止血してそのままにしておいたら、朝方4時頃になってジンジンと痛み出したのである。

起きて鏡を見たら、少し腫れている。傷口からばい菌でも入ったのかもしれない。

これはマズイぞ!

明後日は、テレビ出演をしなければならないのだ。鼻を腫らしたままで出演するのは恰好が悪い。

医者嫌いであるが止むを得ない、早朝に耳鼻科の医者に掛かったのであった。

抗生物質の薬と、スプレーと軟膏を処方してもらったのであった。

冬の乾燥は鼻の粘膜にはよろしくないと云う。念の為、マスクを買って来て予防することにした。

テレビで全国に放送されるのだから、少しでも恰好良く映る様にしなくっちゃ〜ね!


■2019-01-09-Wednesday 新年交礼会

地元の十勝毎日新聞社の新年交礼会に出席してきた。

青年会議所(JC)の現役時代(40歳まで)は、元旦明けの一番早くに開催される帯広市役所主催の新年交礼会に出席していたのだが、市役所主催の新年交礼会は会費を払わなければならないし、提供される食べ物は牛乳とみかんと簡単なオードブルだけで、正月早々何とも寂しい気分になるからだった。

JCを卒業してしまうと、いくつもの新年交礼会に出席して、毎度毎度、同じ顔ぶればかりで挨拶するのも面倒臭くなってしまった。一度で済ませてしまいたいと思うようになったのである。

ここ最近は、十勝毎日新聞社が開催する新年交礼会に出席するだけにしている。

それと云うのも、この勝毎の新年交礼会は、会場が勝毎グループの北海道ホテルであり、出される食事が、豪華でどれも美味しいからである。おまけにお土産まで付いているのだ。

どうせ出席するなら、美味しい食べ物がある方が良いに決まっている。

今年も大勢の客で一杯であった。久し振りに会う方々からも「新聞紙上でよく見かけますよ、ご活躍ですね」と言われる。確かに、去年は、毎月新聞に顔写真付きで載っていたからなぁ〜。

来月からは、テレビに立て続けに出演するから、また冷やかされるであろうが、まぁ、良い話題で載るのだから気分の悪かろうはずはない。

顔が売れると悪いことは出来ないし、結構窮屈なんだけどなぁ〜。


■2019-01-10-Thursday 東京1

テレビ番組の収録の為に上京した。

北海道からのこの時期の移動には、気象条件の悪さから予定変更のリスクが高いので、前日入りする必要がある。

収録日は11日なのであるが、念の為に前日の10日に上京することにしたのである。

このことを知った日本奇術協会の方から、夜に一杯飲みましょうと誘われた。もとより酒は大好きであるし、前日にやることといったら、テレビ局のスタッフとの簡単な打ち合わせだけである。

宿泊するホテルは新橋駅のすぐ傍であるから、待ち合わせするのは、分かり易い新橋駅前のSL広場ということになった。

この日の東京の最低気温は−1.2℃という寒い日である。北海道から上京するとなると、寒さに対する準備は軽めでしかない。外で待つのは寒さが応えるので、すぐ隣にある「しんばしビル」の入り口で待ち合わせることにした。

「しんばしビル」はかなり古いビルである。1階にはチケットの売買などを扱うショップがたくさん入居している。待ち合わせ時間までまだ余裕があったので、一周り地階、1階、2階、3階を見学して歩いた。ビルオーナーとしては、古いビルがどのように運営しているのかは、興味深いことなのである。

1階以外は飲食店やマッサージ関係のテナントが多い。同業種が揃うことで相乗効果を挙げているのであろう。

なかなか参考になった。

待ち合わせ時間になって、昨年、帯広のマジック・ミュージアムを訪ねてくれた日本奇術協会の花島皆子会長ら3名が来てくれた。先ほどまで理事会を開催していたのだという。

理事会の後に私に会いに来てくれるなんて恐縮ものである。

マジックの話に花が咲いて、とても楽しい時間をすごすことができた。出張先で一人寂しく食べるのはつまらないものね!

楽しいものだから23時まで飲んでしまった。明日の朝は早くに行かなきゃならないのに・・・。ちょっと飲み過ぎたかなぁ〜。


■2019-01-11-Friday テレビ収録

今日はテレビ番組の収録日

放送予定日時は、2月3日(日)16:00〜17:30、放送局はフジテレビ系列、番組名は「コツコツ人生館」という番組である。

出演依頼があった時は、フジテレビ系列だから収録はお台場のフジテレビ本社のスタジオでするのかと楽しみにしていたのだが・・・。

収録場所は、「ゆりかもめ」に乗ってレインボーブリッジを越えては行くのであるが、フジテレビではなくて結婚式場が収録場所であった。

まだ放送日前であるから、あまり詳しく書くと、マジックの種明かしと同じになってしまうので、ここでは支障のない範囲に留めておくことにする。

司会は、人気漫才コンビの「ナインティナイン」の矢部浩之と岡村隆史、ゲストは西川きよし、「バイきんぐ」の小峠英二、女優の北乃きいである。

番組の趣旨は日本全国各地で「コツコツ」と、長年に渡って何事かをなしている人物をピックアップして紹介するものらしい。

リハーサルなどがあるから午前中の9:30までに会場入りして欲しいとのこと。

上京する前日まで、私の演じるマジックの演目が決定していなかったから、事前に道具を送ることが出来なかったので、演じる道具をトランクに入れて持参し、カラコロとトランクケースを転がしながら会場まで向かう。

当然のことながら、時間通りに会場入りをする。

テレビスタジオではない場所で撮影をするのは、機材などの持ち込みやセッティングなど、裏方の仕事が大変なのである。かなり早朝から準備作業をやっていた様子であった。

リハーサルでは、出演者の名前を書いた大きなカードを肩からぶら下げたスタッフが出演者の役をしながら台本の確認やカメラなどの位置決めを行っている。私も現場で一緒に見ているのである。

全国各地から集められた「コツコツさん」は全員で5名なのであるが、この日にスタジオ入りするのは、私ともう1名の二人だけである、後の3名はVTRや再現ビデオなどでの収録となっていた。

番組の放送時間は75分間と決まっている。民放であるからCMが入るので正味60分間といったところか。

あらかじめ収録してある3名のVTRはカットをしないであろうから、この日にスタジオ入りした2名の収録分で時間調整をするのであろう。

司会のナインティナインの2人と西川きよし、バイきんぐの小峠らのアドリブでの掛け合いが面白ければ、その分私の出演時間が削られるのであろうなぁ〜。こりゃ〜最初に考えていたのとは状況がかなり違うぞ!

5名の出番の内、私の出演順は4番目である。

私以外の「コツコツさん」のVTRを見ていると、あることに気が付いた。

皆、そうとうな「奇人」「変人」なのである。

そりゃ〜そうだろうなぁ、何十年間も「コツコツ」と何かをやり続けるには、ある種の「狂気」にも似た激しい「情熱」が必要なのである。

この日紹介された「コツコツさん」も、かなりな奇人変人揃いであった。

アレッ、と言うことは、私もテレビ局のスタッフからは奇人変人だと思われているってことなのか!

でも・・・。

私は奇人変人とは程遠い常識人だと自分では思っているのだがなぁ〜・・・。

そうかぁ〜!この番組の趣旨は、全国各地から奇人変人の「コツコツさん」を集めて紹介する番組だったのだな!

しかし、他の4人と私とでは明らかに雰囲気が異質なのである(そう思っているのは私だけかなぁ?)。

おそらく、私は、番組構成上は、時間調整要員であるのだろうなぁ〜。

だって、まともな常識人間なのは私一人だけなんだから(笑)・・・。

私の演じる予定であった3つのマジックは、現場の収録時間が押しているとのことで、そのひとつが収録自体を止めることになってしまったのであった。

きっと放送日の番組では、5名の内、私の出番だけが極端に短いのであろうなぁ〜。そのことを予想出来るような収録方法であった。

でも、楽しい経験であったなぁ〜。

テレビ関係者って凄いなぁ〜。テレビ局側が用意した私のマジック道具を乗せる台に不備があったのだが、私が指摘をしたら道具係りのスタッフがアッと言う間に直してしまったのである。

出演者の芸能人たちも凄いなぁ〜。本番直前にスタジオ入りして簡単な打ち合わせをしただけですぐに本番の撮影に入る。何本もレギュラーを持っている芸能人ならこうでもなけりゃ演れないんだろうなぁ〜。センスと勘が良くなければとても出来ないことである。

あらためて間近で玄人の凄さを感じることが出来たのであった。

たぶんマジック・ミュージアムの宣伝も、全国に向けて出来るであろうから、まぁ良しとしようか。

収録は17:30までかかった。

収録後の予定は入れていなかったので、東京で働いている次女に電話して呼び出し、一緒に夕食を食べたのであった。


■2019-01-12-Saturday 帰郷

東京は疲れるなぁ〜

なにせ人が多過ぎる。

前から歩いて来る人波を乗り越えるのが一苦労なのである。人とぶつからないように道を歩いているだけで気疲れをしてしまう。

マジック道具が入った荷物のトランクを転がしながらだと店に入るのも億劫であるから、早く帯広に戻りたい。

新橋のホテルを早目に出て羽田空港に向かう。搭乗予定をしていた飛行機よりも1便でも早い便に変更出来ないかと思ったのだ。

私が乗る予定の飛行機は13:15発なのであるが、羽田空港には10:00前に到着した。

1便前の飛行機も満席でキャンセル待ちだと云う。

上京する時の飛行機も満席であった。何故だか子ども連れの親子がやたらと多い。この時期に東京で何があるんだろう?

キャンセル待ちでは乗れそうもないから、早目に搭乗口まで行って、ブログを書くことにした。

10日と11日分のブログを書いてもまだ時間が余る。

昼食に蕎麦を食べてから、帯広便の搭乗口前の椅子に座り、今度は読書をする。

ようやく搭乗時間になって、最初に予定していた便に乗って帯広に戻るが帰りのこの便も満席である。やっぱりやたらと親子連れが多い。ディズニーランドの袋を持っているところを見ると、ディズニーランドに行ったのだろう。そう云えば、ディズニーランドには冬休みが長い北海道用のプランがあったなぁ〜。

JALも帯広便の飛行機をもう少し大きい飛行機にしてくれたら良いのになぁ〜。

帯広に到着して日高山脈を見るとやっぱりホッとする。

東京は、たまに遊びに行く分には面白い街だが、この年齢になると疲れるなぁ〜。


■2019-01-14-Monday 訃報

平成が終わろうとしている今年

昭和の一時代を築いた方々が相次いで亡くなられている。

兼高かおる(90)さんの「世界の旅」は、日曜日の午前中に放送されていたが、毎週とても楽しみにしていた番組であった。

子供の頃(昭和40年代前半)日曜の午前中はディズニーと世界の旅を見るのがとても楽しみであった。

海外旅行が高嶺の花であった頃に、海外の事情を紹介してくれるこの番組には憧れと羨望と好奇心があったのである。

いつかは海外旅行に行きたいなぁ〜と子供心にも感じたものであった。

兼高さんは150ヶ国を訪れたと云う。私も死ぬまでに、その四分の一くらいでも行きたいものである。

梅原猛(93)氏の死も残念である。

梅原氏の書いた「隠された十字架・法隆寺論」「水底の歌・柿本人麻呂論」は、高校生の時に読んで衝撃を受けた。

法隆寺は聖徳太子の怨霊を鎮魂する為の寺である。柿本人麻呂は刑死した等など・・・。

私の歴史の謎解き好きはここから始まっている。

まさに、頭の固い日本の歴史学会に衝撃を与えた新しい解釈であった。梅原史論から、新しい歴史学が始まったと言っても過言ではないだろう。まさに先駆者である。

初めて何かを行う先駆者と云うのはあらゆる意味で大変な存在なのである。タブーに挑戦する勇気と気概が必要であるからだ。それが確立された以降の二番目からは、それが当たり前になっていくから苦労は少ないのだが、今度は、それが当たり前になってしまうと第一号の苦労というのが忘れられていく運命にある。

私が、現在、夢中になって読んでいる新しい歴史の解釈をしている本の先駆者なのであるから、もっともっと梅原氏に敬意を表するべきであろう。

こう云う学者が今後もドンドンと現れて欲しいものである。

平成も終わりの年になって、次々と惜しい方々が亡くなるなぁ〜。これが時代の変わり目と云うことなのかもしれないなぁ〜。


■2019-01-15-Tuesday 故障

自宅の冷蔵庫の冷凍庫部分が故障した。

我が家では冷凍庫は調理にはあまり使用しない。

冷凍食品というモノをほとんど食べないし、冷凍して保存すると云うこともあまりしないからだ。

冷凍庫の中に何が入っているかというとアイスクリームとアイスキャンディが一杯入っているのだ。

毎日、風呂上りにアイスを食べるのが習慣のようになっている。

そのアイスが、融けてしまったので捨てるしかなかった。

電器屋に行って新しく冷蔵庫を買い替えようと妻に言ったのだが・・・。

冷凍庫なんて使わないし、冷蔵庫は壊れていないんだから、夫婦二人だけならこれでも不便じゃないからいらない。と云うのである。

さすがに2、3日はアイスを買うのを止めていたのだが、やっぱり冬のアイスは美味しいから、風呂上りには食べたいのである。

今日はコンビニで2個だけ買って来て、外の物干し竿に袋に入れたままぶら下げて置いたのである。

私が子どもの頃の冬の北海道では、冷蔵庫は食べ物を冷やす為のモノではなく、凍らせない為のモノであった。

帯広の冬は外気温が−20〜30℃にもなるのである。窓の外に置いていたら、ビール瓶などは破裂してしまう。

牛乳配達の牛乳もすぐに家の中に入れないとシャーベット状になって紙の蓋が持ち上がってしまうのである。逆にヨーグルトはシャーベット状にしてスプーンですくって食べるのが好きであったが・・・。

天然の冷凍庫であるから、外に出しておけば凍ったままであるが、昼間は太陽が当たる場所だと融けることもある。

そのままに置いておくと、猫やカラスに食べられてしまうから、盗られないようにしなければ・・・。

天然の冷凍庫もせいぜいが3月までだから、それまでには冷凍庫を買い替えよう。

冬に食べるアイスクリームは夏よりも美味いのである。


■2019-01-16-Wednesday

朝、起きたらうっすらと雪が積もっていた。

5、6冂度の軽い雪であるが、何と去年の12月7日以来の降雪である。この程度の降雪量なら除雪作業も朝飯前の軽い運動程度なので、かえって健康の為には良いだろうが・・・。

それにしても、こんなに冬の長い期間に雪が降らなかったのは珍しいことだ。

除雪作業がないのは助かるが、やっぱり冬はある程度の雪がないと困ることが多い。

観光面でも、景色がよろしくないのは問題だ。冬に土の色が見えているのは景観上も悪いから観光面でも損失である。

1月末の「氷まつり」の雪像作りは、かなり難しくなっている。

スキー場は雪がないと商売上がったりである。

農業の面でも雪が少ないのは問題がある、雪は冷気が土の深部にまで入らない断熱材的な役割を果たすので、土が露出したままだと、農地の深部までが凍ってしまい、春の種まきが遅れると云うのである。

ファッション関係も、雪が少ないと冬物衣料が売れなくて困ると云う。雪がないと冬と云う雰囲気にならないのであろう。

やっぱり、降る時には降り、晴れる時には晴れなければならないのだ。

温暖化の影響なのか、気候変動が著しいなぁ〜。

例年、十勝は3月の末過ぎになるとドカ雪が降るが、それは勘弁して欲しいなぁ〜。


■2019-01-17-Thursday わらしべ長者

17日の深夜に放送された静岡朝日テレビの

「ピエール瀧のしょんないTV」という番組の「わらしべ長者in帯広編」に出演したのだが・・・。

このテレビ局は、静岡のローカル放送局ということで、北海道では放送されていないので私は見られないのだ。

何故に、放送されない北海道の十勝に取材に来たのかと云うと、明治時代に帯広を開拓した最初の人と云うのが、静岡県松崎町出身の依田勉三さんと云う方で、この方にちなんで帯広を訪れたのだそうである。

誰か、ビデオを撮った人が居たらダビングして送って欲しいなぁ〜。

そんな「わらしべ長者」みたいな事が、今日、現実に起こったのである。

16日、会社に「アメリカ在住の秋間美江子さんと云う方をご存知ですか?」と静岡県のSさんと云う方から電話が入ったのである。

秋間さんとは1995年からの家族同士のお付き合いで、帯広の我が家にも何度も来てくれたし、私の家族もアメリカの秋間さん宅に宿泊したこともある間柄だ。

秋間さんは1927年生まれの91歳、一番最後に会ったのは、2016年12月11日の猛吹雪の中、札幌の北大キャンパスでの行事に参加されると云うので、列車もストップする中を何とか駆け付けてお会いしたきりで、その後は手紙のやり取りだけであったのだが・・・。

去年の暮に妻がクリスマス&ハッピーニューイヤーカードを郵送していた。その返礼であったのだろう。

静岡県のSさん宅に、どうやら私宛ての荷物が届いたのらしい。Sさんは中に入っていた手紙に書いてあった私の名前をネットで検索して、私を探り当てたのだと云う。チョコレートなどが入った小包で、すぐに私宛に転送して下さると云う。

翌17日になって、私の自宅宛てに秋間さんからの荷物が届いた。

アレッ、オカシイなぁ〜?

静岡県のSさんからの荷物が翌日に届く訳がないし・・・。

中を開けてみたら、秋間さんの書いた手紙が入っているが、誰宛てに書いた手紙なのか判断に苦しむ内容である。私達夫婦に宛てた手紙のようでもあるし、誰か別のご夫婦に宛てた手紙のようでもあるのだ。

中身はクッキーやチョコレートなどである。荷物の横の方には発送する為に書いたのか住所と名前が書いたメモが入っていた。

そのメモには、埼玉県の住所とK.Mさんと云う女性の名前だけがアルファベットで書かれていたのである。

ネットで住所を検索してみたら、Y.Mさんと云う男性名で、同じ苗字の発音であるMという苗字の電話番号が判明した。

試しに、静岡県のSさんみたいに「秋間美江子さんをご存知でしょうか?」と電話で尋ねてみてくれよと妻に頼んだのであった。すると・・・。

秋間さんとは親しい方であることが判明した。見事にヒットしたのである。

すぐに埼玉県に転送しますと云うことになったのであった。

まだ、まだ静岡県のSさんからの荷物が届いていないので、中身を確認していないが・・・。

アレッ、そうすると、私と埼玉県のMさんには荷物が届いたことになるが、静岡県のSさんにはどうなるのだろうか?

おそらく、発送を依頼した娘婿さんはアメリカ人だから、日本語が読めない。たぶん手紙と宛先とを一致させられなかったのであろうなぁ〜。

不思議なご縁で静岡と埼玉の人とつながったのであった。秋間さんからの手紙が届くのが楽しみである。


■2019-01-18-Friday わらしべ長者2

18日に静岡県のSさんからの手紙と

ポンカンが届いた。

封筒の中には、Sさんからの手紙と共に秋間美江子さんからの、便箋3枚に書かれた手紙も入っていた。

この手紙には、誰に書いたのか宛先が書かれていない。この文章中で私と繋がる情報は、唯一、ひらがなで書かれた「おびひろ」と云う文字が2ヶ所出てくるだけである。

Sさんは、この「おびひろ」と云う情報と、「秋間美江子」と云う情報だけから私を割り出したのである。

ネットにこの2つのキーワードを入力したら、私が書いた秋間さんに関するブログに行き当たったので、「アッこの人だ!」と直感し、電話番号を調べて電話したのだという。

まるでシャーロック・ホームズばりの推理力だ。すごいなぁ〜。

Sさんのお手紙に、メールアドレスが書かれてあったので、早速、メールを打ってみたら、すぐにお返事が来た。

私の昨日のブログ「わらしべ長者」を読んでくれたようで、「埼玉のK.Mさんと云うのはM○K子さんではありませんか?」と書いてある。

まさにその通りであった。

静岡のSさんと埼玉のMさんもお知り合いの仲だったとのこと。

秋間さんが、自身の縁を繋ごうとされているのかもしれないなぁ〜。

可笑しな不思議な出来事であった。


■2019-01-20-Sunday 町内会

自宅が所属する町内会の新年会が20日に開催された。

私は一応、副会長と云う役職に着いているのでいつも出席をしている。

この日の会場は「すき焼きの松伊」である。

新しい家族が引っ越して来ないから、会員の平均年齢は、毎年上がる一方である。この日も、米寿や喜寿のお祝いの方が多く居た。

何せ、これまでは還暦を過ぎた私の年齢が下から3番目の若さなのであるから、推して知るべしである。ちなみに私より下の役員は1歳、2歳下だけなのであった。

去年、会長の息子(45)さんが引っ越して来たからもう一人年下が増えたのであるが・・・。

限界町内会にまっしぐらと云う感じである。

出席者は34名、去年よりは若干多かった。私の議長で総会を開催するが毎年代わり映えのしない議題だけ、去年の暮れに会員さんが1名亡くなったので、会員数が減少した。総会の時間は10分間も掛からない。

昼食を食べながら談笑し、お次は恒例になった私のマジックショーであるが、高齢者相手に演じるマジックの持ちネタが少なくて毎年演目選びには苦労をする。

マジックショーの後は、これまたお馴染みのビンゴゲーム。

ビンゴゲームが終わったら解散である。

年2回、夏と冬のリクリエーションは、どちらも変わらず同じことをやっているが、町内会の貯金額が微増しているのである。定期預金もあるのである。

女性会員からは、女性だけで温泉旅行に行きたいとの要望があるようだ。もう少し、パァ〜ッと使えば良いのに・・・。 


■2019-01-21-Monday テレビ

17日(木)深夜に静岡県で放送された

静岡朝日テレビの番組「ピエール瀧のしょんないTV わらしべ長者in帯広 後編」のDVDが送られて来た。

北海道では放送されない静岡ローカルの番組なので放送日には視聴出来なかったのであるが・・・。

私の登場する時間もかなり長めであったし、編集が上手いので、マジックの実演もかなり面白く撮れていたから一安心である。

やっぱりオンエアーを見てみないことには、どのような編集がなされているのかはとても心配なのである。

妻は「貴方は自分大好き人間だから、映り方が気になるんでしょう?」と云うのだが、そうではない。

マジックの実演をした場合は、タネがバレるような映り方をしていないかというのは、とても気になるところなのである。でも、自分大好き人間と云うのは当たっているけどね・・・。

11日に、東京で撮影して来たフジテレビ系列の東海テレビ開局60周年記念特別番組「コツコツ人生館」の番宣が解禁になった。

東海テレビのHPでは『コツコツ人生館は 人知れず長く地道にひとつの事に情熱を傾けて、コツコツ頑張っている人たちに光を当て、彼らの活動を紹介していく番組です。』と番組のコンセプトが載っているが、最後に『その他、コツコツとあるものを集め続けるコレクターも紹介します。』とある。「コレクターも」と「も」が付いているってことは、今回、コレクターは「添え物」ってことなのであろうなぁ〜。

収録では5名を紹介しているが、この日スタジオ入りしていない ↓◆↓ト嵬椶諒々のVTRの時間はかなり長かったのである。この3名にはパラパラ漫画も付いていたしね。

スタジオ入りしたコレクターの2人(私も含む)は、収録時間調整用の要員なのであろうが、その中でも、私の扱いが一番軽かったのである。

私がこのテレビ番組の趣旨的には一番合致しない面白くない人間だったのであろうなぁ〜。

私が、唯一まともな人間だったからなのかなぁ〜・・・。

2月3日(日)の16:05〜17:20、全国のフジテレビ系列局で放送されるのだが、どうやら私のOA部分は期待しない方がよさそうな予感がする。

きっと私が登場する時間は、極端に短いのではなかろうか?

まぁ、マジック・ミュージアムの宣伝だと思うことにしよう!


■2019-01-22-Tuesday 小学校の訪問

十勝の浦幌町の小学校の

3・4年生の校外学習として「マジック・ミュージアム」を見学したいと云う申し出が年末にあり、今日22日の昼に対応した。

浦幌中央小学校の生徒13名と引率の先生2名の合計15名の参加である。

引率してきた教頭先生が、私の長女が習ったN先生であると挨拶されたのでビックリしたのであった。

小学校の中学年(3・4年生)は、まだまだ純朴で可愛らしいからマジックもやり易い。純粋に驚いてくれるので演じ甲斐もあろうというものである。

マジック・ミュージアムを開館してから、マジックを演じる機会も増えたので、かつての演技勘がかなり戻ってきているように感じる。

やっぱり、マジックは多くの回数を演じなければ自分のモノにならないのである。

大学生時代には一日に7〜8時間近くも練習していたし、若い時には指先も良く動いたものである。身体もスマートであったから見た目も良かったはずであるが・・・。

当時はシャイで、あがり症でもあったから、舞台が終わった途端に胃がキューッと痛くなったものだった。胃薬が離せなかったほどであった。

現在は、太ってしまって舞台衣装は着られないし、指先もかつての様には華麗に動かない。そもそもが練習不足であるし、見た目も、技術的にもかなり落ちているはずであるのだが、年齢を重ねた結果なのだろう、人間がズーズーしくなったのか、まったくあがると云うことがなくなったのである。

テレビに出ようが、大舞台で大観衆の前に立とうがまったく緊張するっていうことがなくなったのである。

太目の身体は「貫禄」がある様にも見えるらしいから、他人様からは余裕を持って演じているかの様に映るらしい。

これがベテランの味ってか!

学生時代にこの図太い神経があったなら天下無敵のマジシャンで「向かうところ手品師(敵無し)」であったろうに・・・。

人生ってのは上手くいかないものであるなぁ〜。またそれが良いのだろうけどね。


■2019-01-23-Wednesday 引っ越し

坂本ビルの1階に展示していた

マジック・ミュージアムのイリュージョン(大掛かりなマジック)部門であるが・・・。

隣接するテナントであるメンズセレクション(男性ファッション店)さんから店舗面積を拡張したいとの申し出があり、引っ越しをしなければならなくなったのであった。

経理担当常務である妻からは「家賃を払って下さるテナントさんと、社長の道楽ならば比較するまでもない・・・」と強制的に移動を迫られていたのである。

同じ1階に自動販売機を設置してあった場所にガラスのウィンドウを新たに設置して展示スペースを作ったのであるが、面積は半分以下になってしまったのである。

特に奥行きが半減したので、展示出来るマジック道具が減ってしまった。

イリュージョンマジックの道具は、人間を空中に浮かせたり、半分に切断したり、ジグザクにずらしたり、串刺しにしたり等の大掛かりな仕掛けのマジックであるから結構な場所を取るのである。

今回の引っ越しで展示出来なくなった道具や、箱等をどこかに移動させなければならないのだが、それとて、結構な場所が必要になるのである。

どこに移動させるかズ〜ッと悩んでいる内に、明後日から工事に入るからと通告されたのである。これは大変!

なんとか地階の階段下に若干の空きスペースを見つけたので、とりあえずはここに保管することにしたのだが、大きくて、重たくて、私一人ではとても運ぶことは出来ない。

地階に行くエレベータは、現在は停止してあるのだが、1フロアー分の階段と云えども人力で運ぶのは相当な重労働である。

坂本ビルに入居しているエレベータ管理会社に頼んで、臨時にエレベータを動かしてもらうことにした。

一応、昨日までには細かいモノは私が一人で運び終えている。残りは一人では運べない大きくて重いモノだけである。

我が社の社員に頼んで手伝ってもらい。わずか20分間程度の短時間で作業を終えることが出来た。

このまま、マジック道具を仕舞って置くのはかわいそうだから、早い機会にどこか、他に場所を見つけて展示してやろうと思っている。

取り敢えずは緊急避難の引っ越しである。

1階の廊下の雰囲気も変わったし、まぁ、何にせよ、動きがあるのは良いことであるなぁ〜。


■2019-01-24-Thursday 大雪の予報

23日の天気予報では

北海道は大雪の予報であった。

オホーツク・道東方面は60僂旅濱穃未陵汁曚され、風も強くて暴風雪になる予報で、不要不急の外出は控えるようにとの警告も発せられた。

今冬の十勝は雪が少ない。まだ3回ほどしか降っていないし、それぞれが10儖焚爾旅濱穃未任靴ないから、除雪作業も楽で良かったのだが・・・。

一晩で60僂盥澆襪箸覆襪搬臺僂澄23日の朝は早くに起きて除雪をしなければならないなと、早目に寝ることにしたのであった。

朝6時に目が覚めて窓の外を、恐る恐る眺めてみたら、10僂眄僂發辰討い覆ったので一安心。

7時から自宅の除雪作業を始めたが、軽い雪だったので1時間掛からずに終了したのであった。

この程度ならば、除雪作業も良い運動になる。

冬にはゴルフも出来ないし、この年齢でスキーに行くと骨折するかもしれないと云う心配があるからスキーにも行かないし・・・。

冬の運動不足解消には除雪作業は実益があってよろしい。

除雪作業を終えて家の中に入り、新聞を読むと、昨日の雪で新千歳空港では飛行機の欠航が多かったと云う、JRも列車が何本か停止したのだと云う。

北海道の冬の移動には、これがあるから困るのだ。多少の遅延ならまだしも完全に欠航、欠便になってしまうと予定が大幅に狂ってしまう。

それにしても、ここ近年の千歳空港は少し欠航し過ぎなんじゃないのか?

飛行機会社も雪の少ない帯広の空港をもっともっと活用した方が良いのじゃないだろうかねぇ〜?

白銀の雪景色は美しいが、多過ぎる雪というのは迷惑ものなのである。


■2019-01-25-Friday 冷凍庫

以前のブログに自宅の冷蔵庫が壊れたことを書いたが・・・

冷蔵庫の冷凍庫部分のみが壊れたのである。

この冷蔵庫は、購入してから15年が経っている。電化製品の寿命としてはそろそろなのかな?

普段から冷凍庫は、アイスクリームを保存する程度にしか使用しないから、冬の間は家の外に出しておけば融けないだろうと書いたのだが・・・。

会社の帰りにコンビニで購入してきたアイスクリームを袋に入れたまま、外の物干し竿にぶら下げて置き、風呂から上がってから食べようとしたら、ソフトアイスクリーム状態の柔らかさになってしまったのである・・・。

太陽が出ていなければ大丈夫だと思ったのだが・・・。

電気冷凍庫の温度が何度なのかを調べてみたら「−18℃以下」とあるではないか。

そういえば、ここ最近の帯広の気温が−18℃以下にはなっていないなぁ〜。そうかぁ〜、帯広も、昔から比べると気温が高くなっているのだろうなぁ〜。

私が小学生の時には、−30℃以下と云うのも経験しているのだが・・・。

こりゃぁ〜いかん!

冷凍食品というのは、ほとんど食べないから冷凍庫を買うのは3月でも良いだろうと悠長に構えていたのだが、大好きなアイスクリームが食べられないのは困る!

電器屋に行って、冷蔵庫のカタログをもらって来たのだが・・・。

現在の我が家は夫婦2人だけの生活である。この冷蔵庫を買った時の家族数は6人であったから、3分の1に減ったわけだ。

人数が減った分だけ小さな冷蔵庫にスケールダウンさせようかなとも思うのだが・・・。

今の冷蔵庫を置いてある場所に小さな冷蔵庫を置くことをイメージしてみると見た目のバランスが非常に悪いのである。

これは困ったゾ。配置のバランスを優先させるのか、環境コストのバランスを優先させるのか。

無駄にデカイ冷蔵庫を買っても仕方がないしなぁ〜。15年前よりもエコが進んで省エネにはなっているしなぁ〜。

老齢になると、こんな悩みまで出てくるんだなぁ〜。


■2019-01-26-Saturday 雑誌の取材

札幌の雑誌社蠅屬蕕鵑肇泪ジン社の雑誌

「HO(ほっ)」の取材を26日(土)に受けた。

北海道の観光、飲食、遊び、穴場スポットを紹介する雑誌である。

ちなみに、お土産にもらった雑誌は 2019 3月号VOL.136 で「ジンギスカン 牛タン ホルモン」の特集号である。

その雑誌の中の「HO × ほくでんene:mall」と云う企画で、「登録料無料の会員制Webサービス」で「https://www.enemall.hepco.co.jp」で読めるが、私の登場はWeb版の3月号と云うことである。

記者とカメラマンの2人が14時にマジック・ミュージアムに訪問して来ての取材である。

到着してミュージアムの中に入った瞬間に2人共に「ウワァ〜すごい!」「事前の調査なしで来たけれど、想像していたモノより遥かに凄くてビックリしました!」と驚きの声を連発するので、私も嬉しくなってしまった。面積の広さにも、収蔵品の多さにも驚いたと云う。

予定では1時間程度の取材時間と云うことであったが、双方とも気合いが入ってしまって、倍の2時間以上、16時過ぎまで掛った長時間の取材になった。

説明もキチンとしたし、将来構想も話すが出来たし、写真もたくさん写してくれたので、どんな紹介になるのか楽しみである。

このところ、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌などメディアへの露出が立て続けに増えている。

いよいよ、マジック・ミュージアムの面白さがマスコミにも浸透し始めたのかな?

今後は、口伝てで一般のファンが増えていけば、完全予約制にしなくても運営が可能になるかもしれない。良い方向に進んでいる気配がする。楽しみである。


■2019-01-27-Sunday 大坂なおみ

テニスの大坂なおみ選手が全豪オープンで優勝した。

テニスの試合を、テレビで最初から最後まで観たのは初めてである。

NHK総合テレビで観ていたのだが、18:45分近くになったら、テレビ画面に「サブchがどうのこうの」と訳の分からない文字が出て来た。

「サブch」って何だ?!

リモコンをあれこれやってみるが、よくわからない。何とかかんとかリモコンをいじくっている内にようやくサブchの見方が分かったのであった。そうかぁ〜、こんな機能もあったのか!どうやら私は、最近の機械の機能の10分の1も使っていないのであろうなぁ〜。

素晴らしい試合であった。

私も昔はビヨン・ボルグに憧れて硬式テニスをやっていたことがあったので、興奮して椅子から立ち上がり、サーブのまねごとをやったら、右のわき腹周辺の筋肉がピキッと音を立てて痛くなってしまった。急にやったら危険であるなぁ〜。

第一セットをフルセットからタイブレークを粘り勝ちして勝利したし、第2セットもマッチポイント(チャンピオンシップポイントと言っていたが)を3本分も握ったから楽勝するのかと思ったのだが・・・。

私が相手のクビトバだったらここで諦めるところであるが・・・。

相手のクビトバ選手の勝利への執念が素晴らしい!

およそ2年前(2016年12月)に自宅で強盗に襲われて、利き腕の左手に重傷を負ったと云う、そこからの復活だと云うのだから、すごい精神力の選手である。

クビトバ選手はこのマッチポイント3本を凌ぎ切って、逆に第2セットを奪ってしまった。

大坂選手の動揺、焦り、苛立ちが画面を通して伝わって来る。

あぁ〜こりゃ、流れが完全にクビトバの方に行ってしまったか!と、おそらく世界中のほとんどの観客が感じたのではなかろうか?そんな雰囲気であった。

しかし、大坂選手の精神力の成長は、自身が言っていた3歳や5歳なんてレベルのところから、一気に20歳くらいまで成長したのではなかろうか。第3セットは冷静に戦って遂に優勝し、世界ランクも1位になった。

これから日本ではテニスの一大ブームが起こるのであろうなぁ〜。

私も、去年生れた孫娘にテニスでもやらせて「おじいちゃんお誕生日おめでとう」と世界に向けて言ってもらいたいなぁ〜。


■2019-01-28-Monday 新聞社の取材

今日は新聞社の取材が入った。

何だか、このところ連日のようにテレビ、ラジオ、雑誌、新聞と取材が多い。

今日の取材は「小劇場」に関してである。

昨年の10月頃から、坂本ビル内に百人規模の階段状客席の小劇場を造りたいと考えており、色々な方面に相談をしていたのだが、その情報が新聞社にも伝わったようである。

まだまだ、クリアしなければならない問題が山積しているから、実行に移すか、止めるのかは、まだ分からないよと言ったのだが・・・。

一番の問題は、作ったとしても使用してくれるグループや個人が居るのかと云う点なのである。相談したパフォーマーらの反応は、皆が皆、こういう施設が欲しかったと云うが・・・。

タダで作れるわけではない。改築費用が掛かるし、音響や照明なども揃えなければならない。全体でどれだけの費用が必要なのかの見積もりもまだ出来ていない状況なのである。

掛けた費用を使用料で回収出来なければ商売としては成り立たない。

中心市街地活性化として、または私の道楽(マジック)として、無理やり採算に合わせなければならないと云うものでもないところが、かえって決断を難しくしている。

半分商売、半分道楽、こんな感じなのである。

マジックに限らず、エンターティンメントの世界というものは、スポーツの世界と違って一人で黙々と練習すれば上手くなると云うものではない。

一人で黙々と練習すれば、確かに技は上手くはなるのであろうが・・・、エンターティンメント(芸事)と云うのは観客とのコミュニケーションが重要なのである。独りよがりではダメなのだ。

だから、見せてなんぼ、魅せてなんぼの世界なのである。

観客の反応と融合して、場が盛り上がるのである。それを体得するのには、とにかく回数を多く演じてみせることが必要なのだ。

発表の場としては、550名収容の文化小ホールや350名収容のとかちプラザレインボーホールでは少し広過ぎる。このような大きな箱で演るのは年に1度がせいぜいであるが、それでは上達が遅くなる。

100名以下の規模ならば、月1回でもなんとかなるだろう。これを繰り返すのである。

このことの必要性をどれだけの演技者が理解しているのだろうか?

それが問題なのである。

昔から図面を描くのは好きなので、色々と描いてみたが、観客にも演技者にも使い勝手が良さそうな設計が出来たと自負する出来栄えになった。

所有者側の理屈と、使う側の理屈の両方が分かる私だから出来たプランかもしれない。

もちろんのこと、既存の建物を使用して作るのであるから、新築で造るのとは条件が異なる。天井高だとか柱の問題だとか、音の問題だとかの制約があるのである。天井を高くすることも出来ないし、柱を動かすことも出来ない、既存建物と云う条件の中では完璧なものを造るのは無理な注文なのである。

どこまで、与えられた条件の中で妥協しながらも良いものが作れるのか!

こう云うのを考えるのが好きなのだ。面白い取り組みで、久し振りにワクワクしてきた。


■2019-01-29-Tuesday 誕生日

今日は私の61回目の誕生日

還暦を過ぎても、まだ生きていたと云うのが実感である。

我が家の男性は寿命が長い方ではない、祖父が67歳、父が64歳で死んでいる。

私も59歳で前立腺癌がみつかり、2ヶ月間の入院をして治療した。生まれてこのかた怪我をすることは多かったが、入院はしたことがないし、病気で入院したのも初めてである。

これまでに交通事故はやたらと多かった。

幼稚園に入園前には、自宅(現在の会社)の裏で遊んでいて、バックして来た軽トラックの下敷きになったことがあった。この時は車のタイヤに轢かれることもなく、トラックの真ん中をうつ伏せになった私の身体をトラックが通過しただけで、周りの大人達は慌てた様だが、本人はケロッとしていたのだと云う(記憶にはあまりないのだが・・・)。

小学3年生の時には、現藤丸百貨店前の西2条南8・9丁目の交差点で、自転車ごと大型トラックの下敷きになった。まだ信号機が着く前で、道路も工事中であった。道路を横断する時に、私の姿がトラックの左死角に入ってしまったのであろう。トラックの前を横断する私に気が付かずに運転手がトラックを発進させたのである。私は自転車を捨てて逃げた。バリバリと云う自転車がヒシャゲル音に慌てた運転手がトラックを停めて降りてきて、私が無事だったことにホッと胸をなで降ろして、50mも離れていない自宅に行き、私が無傷であったので、自転車を弁償するからと云うことで警察も呼ばずに終わったのであった。

小学4年生の時には、国道246号の大通8丁目の信号機の無い交差点で、これも自転車で横断している時に自動車に跳ね飛ばされた。この時は身体が空中を飛び、電信柱まで吹っ飛ばされた。ドライバーは慌てて近くにあった外科病院に私を連れて行ったが、この病院の院長先生が父の友達で、「アッこりゃ坂本の息子だ!」と家に連絡が入り、両親が病院まで吹っ飛んで来たのであった。

この時も自宅で養生し、学校を1日休んだだけで、大した怪我はしなかったのである。

まぁ、この他にも怪我で外科の世話になったことはあったが、骨折もしたことがなかったのである。

病院の世話になるのは、ガラスのウィンドウをぶち破って両手を切って血だらけになったりなどの怪我だけで、病気で入院したことはなかったのだ。

還暦前に人生初の入院をして、暇だからいろいろと考えた。

しょせん、この世に生を受けたモノは何時かは死ぬのである。たった一度の人生である。後何年生きるか分からないが、楽しまなくっちゃぁ〜ね。


■2019-01-30-Wednesday 新聞取材2

小劇場の件で

28日とは別の新聞社の取材が入った。

昨日29日の紙面に大きく掲載されたからだろう。誰もが読む社会面の一番目立つ場所に大きく写真付きで載ったから、けっこう話題になっているようだ。

昼食を食べに行った蕎麦屋でも「社長!劇場を造るの?」と店の亭主に言われたほどである。

皆が無謀な試みだ。劇場なんて作ったって・・・と言う気持ちが根底にはあるようである。

しかし、私なりに分析した結果では、決して無謀な試みとは考えていない。

帯広市の人口は16万人、周辺の町村を入れても商圏人口は23万人といったところである。この少ない人口で、中心市街地で可能な不動産賃貸業を考えたときに、「物販」はネット販売にやられてしまってかなり難しくなっている。郊外型のロードサイドショップだとて安閑としていられない状況であろう。

「飲食」業は、人間は食べなければ生きていけない。食べたいと思った時に食べられなければ、ネットで注文して届くまで待つなんてことは出来ないので、物販よりは有利なのであるが、帯広は昔から人手不足なのである。大学生のバイトが少なく、主婦のバイトも農繁期は農家の「でめんさん」に取られて十分な確保が難しいという地域なのである。

「飲食」にいち早く目を付けて、物販のデパート業から飲食店ビルに転換した私であったが、こうも飲食店が増えてしまっては、客の取り合いならぬ、従業員の取り合い状態に陥っている帯広では、新たな展開は難しいと判断している。

他のビルがそうそう簡単に真似することが出来ない業態で、私の趣味や人脈が活かせて、やってて面白い業種なんてのは、少ないのである。

そんな中で、見つけたのが小劇場と云うモノであった。

大学生時代に東京の下北沢で小劇場でマジックを演じたことがあったが、ステージは狭いし、楽屋は無いし、マジックのネタをセットする場所も満足に無い劇場であった。

行政が造る「劇場」には大規模なものが多い。たとえ「小」ホールと名が付いていたとしても300〜600名規模のモノが多いのである。

これは、興行的には、この程度の収容人数でなければ、芸能人のコンサートなどでは、ギャランティを確保できないからであろう。

私が目指しているのは、高額なギャランティを必要とする芸能人用の劇場ではない。地元のアマチュア団体や個人が気軽に借りられて発表会に使える劇場なのである。

だから、客数は70〜100名も居ればOKなのである。逆にそれ以上だとかえって難しくなってしまうのである。

帯広にも、観客席が平らな貸会場は我が社のホールも含めて多数あるのだが、階段状の客席を持った場所は少ない。

そこに需要があると思っているのである。

既存の建物を使うから、制約も多いが、改築費用などは、建築費から比べれば格段に安くなる。

もちろん、本業が不動産賃貸業であるのだから、掛ける経費と収入とが採算に合わなければ実現は難しい。大勢の団体や個人が使ってくれると云う見込みが計算できるか否かがポイントになる。

果たして、今回の新聞記事で、どれだけの人が関心を持って関わってくれるのであろうか?


■2019-01-31-Thursday セミナー

以前にも書いたが東京での講演の依頼があった。

依頼主はプロマジシャンの団体である「公益法人 日本奇術協会」である。新年会での「特別セミナー」として私に90分間の講演をして欲しいと云う依頼である。

プロマジシャン等を前にして、私が「マジック」の話をするなんて・・・。

当初の話では、例年、セミナーへの参加者数は20〜30名程度ですからと云うので、そのつもりで資料の数も揃えておいたのだが・・・。

今日、担当者から電話が入り「坂本さん、大変です!参加者数が50名弱になっています!ほぼ満席です。」と云うのである。エッ、私の話を聞きたいなんてマジシャンが50名弱も居る?ビックリしたなぁ〜。嬉しい反面、何だが珍しく緊張しちゃうなぁ〜。

セミナー当日に配布する資料は半分の25名分しか作っていなかったのである。

私の話を聞きたいなんて人は、そんな程度の人数だろうと思っていたのだ。何せ、新年会の会費が会員が1万円で、一般は1万5千円と高額なんである。

すぐに、全部で55名分に増やして送付したのであった。

おそらく「島田晴夫師の道具寄贈のニュース」が、世界的なマジック界の大ニュースになっていることに関心が高まっているのであろう。

プロマジシャンの中には、私なんぞよりも島田晴夫師と親しい人が大勢居る。日本のアマチュアマジック界まで広げたら、それこそすごい人数になるはずだ。

それが、選ばれたのは何故、坂本なんだ!?

と云う謎を解き明かしたいのであろう。なぞ解きはマジック関係者の習性だから・・・。

でも、その謎解きは無理だろうなぁ!

何せ、本人の私にさえ分からないのだから・・・。

全国からいろいろなマジシャンが集まってくるようである。交流を持てるのはとても楽しみである。