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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2019-10-01-Tuesday 嫌〜な気分

山梨県のオートキャンプ場で21日から行方不明に

なっている小学1年生の女の子が依然として見つからない。

昨日、母親がメディアに実名と映像を出して、協力を訴えていた悲痛な姿がニュースで流れた。

我が家でも、長男が4歳になる誕生日直前に我が家を飛び出して行方不明になり、近所の方々から警察までも動員して捜索したと云う忘れられない事件があったので、とても他人事には感じられないのだ。

1993年6月1日の事である。妻は娘たちの用事で家を不在にするために、妻の母親に留守番に来てもらっていたのである。

義母は息子が家の中に居ると思っていたのに、フッと目を離したスキに急に居なくなったという、どうやら外に出掛けてしまった様子だったので、あわてて家の周りを探したが見つからない。

妻に連絡して帰宅させて、近所から緑ヶ丘公園までを捜索したがみつからなかったという。近所の方々や警察にも連絡してパトカーまで出動しての大捜索をしたのだがみつからなかった。

その時私は、ゴルフコンペに行っていて不在であった。

コンペの帰りに、会社での仕事が残っていたので会社に向かって車を走らせていたら、会社に向かう途中にあった妻の実家の会計事務所の前に、息子らしい男の子が新聞を小脇に抱えて座っていたのである。

あれっオカシイナと感じた私は車を停めて、息子を抱き上げたが、息子はまだ語彙が不足していて会話が成立しない時期であったので、事情を聞いてもまったく分からない。

妻の実家の会計事務所は慰安旅行中で休業しておりシャッターが下りていて誰も居なかった。

家の周りを一周探したが誰も居ない。私の自宅の家電に電話(当時は携帯電話は私しか所有していなかった)したが、誰も出ない。全員が捜索に出払っていて不在だったのだ・・・。

とりあえず私は息子を連れて車に戻ったところに母から「あんた、今何処に居るの?息子が行方不明になって今探しているんだよ!」と云う。「息子は今俺の横に居るよ」と云ったら驚いた様子。すぐに自宅に戻った。

息子を見た妻は息子を抱きしめ涙がボロボロと溢れて泣いている。

子どもが行方不明になって、気も狂わんばかりの状態になっていたのだろう。見つかってホッとした安堵で涙が止まらなくなったのだ。

自分の子供が行方不明になったなんて事態は誰もが経験するようなことではないが、その経験を実際にしていない人間には親の気持ちの実感が湧かないのであろうなぁ。

子どもと云うのは、大人が考える以上に行動範囲が広いものだ。私の家と当時の妻の実家は3前幣紊睥イ譴討い燭掘途中には線路の踏み切りもあった。車に乗せてしか移動したことがなかったのに、ちゃんと道順を覚えて歩いていったのだから驚く。

まだ信号機の渡り方も踏切の渡り方も教えてはいないのだ。ちゃんと交通ルールを守って渡ったとはとても思えない。よくぞ車や列車にはねられなかったものである。

後から息子に聞いたら、じっちゃんにおもちゃを買ってもらおうと思って、新聞を抱えて妻の実家に向かったのだと云うが・・・、妻の実家近くのおもちゃやさんに一人で行ってはおもちゃを持ち出そうとして店の人が注意したと、後日店の人から聞かされたが、目の前の道路は横断歩道もないし、けっこう交通量が多い道であった。私が見つけたことも奇跡だと思うが、まったくの無傷で無事であったことも奇跡であると感じたものだった。

無事であったからこそ、今こうして話せるのだが・・・。

山梨の件で、ネット上には母親のメディアへの公表の仕方に非難の声が寄せられたと云う。

他人を思いやる気持ちが無いのだろうか?子供が行方不明になって正常な精神状態でいられるわけがないではないか。藁にもすがる気持ちで公表したであろう母親の心情を何故に理解してあげないのか。人間は立場が違えば、見える景色も異なるし、考え方も異なるものだ。たとえ理解出来ないまでも、立場の違う人間が批判の声をあげるなんて・・・、まともな人間のやることではない。日本人は何て無慈悲な国民になったのだろう。

おそらく無意識の内にやっているのであろうが、逆にそれが怖いことである。